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昨日、妻のFALSの原因が「SOD1変異か否か」(SOD1変異=ALS1型)を知りたいと記載しました。それには下記理由があります。昨今、慶応大学病院及び京都大学iPS細胞研究所では、既承認医薬品からiPS細胞を用いて効果的だと探索されたALS治療(進行抑制)候補薬の治験を相次いで開始しました。これはそれぞれロピニロール(レキップ)とボスチニブ(ボシュリフ)です。どちらも経口投与によるALS進行抑制候補薬ですが、大きな違いがあります。ロピニロールはALS1には効果が無いとして、治験参加条件か
現状遺伝子検査を依頼しています。検査機関に検体(採血した血液)を送付してからそろそろ4ヶ月経ちますが、本日現在まだ結果の連絡はありません。主治医に言っても「2年位かかることもあるからなあ」・「2年経っても結局わからないこともあるからなぁ」としてのんびりとした感じです。(前にも記しましたが、ご性格自体はとてもおおらかで患者思いの優しい主治医です)しょうがないので早く結果が欲しいと検査機関に直接(ずうずうしくも)私から督促をしました。その回答は「全国の病院から検査依頼が毎日大量にあるので順番にやっ
ALSの発症タイプは球麻痺型・上肢型・下肢型・呼吸筋麻痺型などありますが、妻の場合は下肢型発症でした。下肢型発症のタイプは比較的進行が遅いことが多いようで、告知されたときには発症から約3年も経過していたにもかかわらず、右下肢機能全廃以外には左下肢・両手とも少しの筋力低下のみに留まっていました。(しかしなぜかその後急速に病状が進行し、告知日からまだ半年強しか経過していないにもかかわらず、今日ではそれら残る手足のすべての機能も著しく低下してしまいました)また30代で発症したことから若年性ALSの
もちろんカッパを着て出かけます!(^^)ヘルパーさんに危害が及ぶ様な天候でない限り外に出るようにしています。
2017年一発目の写真です。2016年1月から6月までの話です。前回の僕の体⑩の病院も含まれますが僕がM県を離れ、東京で在宅生活を始めるまでに7つの病院を渡り歩きました。その時に助けてくれた方がいます。僕はその方から受けた御恩は生涯忘れないし、僕なんかが出る幕はないと思いますが何かしらの形で恩返しが出来たらと思ってます。その方が用意してくれた家にその後の約2年間2018年3月31日までお世話になる事になります。場所は東京都練馬区です。そこでの生活に至るまでの6ヶ月の入院生活は嫌な思い
本日はお日柄も良く、ど満開の桜が見れて良かったです。
車椅子が出来上がるまでの話になります。最初は気管切開手術前、どノーマルから始まり、病院で首が座らなくなリ、paramountbetのヘッドレストのXシェイプに付け替えて、、^_^退院後11ヶ月かけていまのかたちになりました。アームレストも幅が広い広くて腕がしっかりのるタイプに変更、Xシェイプもクッション入りのカバーをつけてもらい、背中には特殊な低反発素材のものを乗せ、前輪を既製品の中ではクッション性の高いものに変更してあとiPadを乗せるマウントを取り付けて、電動アシストを付ければほ
2015年の末に撮った写真前回のALS僕の体⑨の続きになります。今回はいつもと違う感じで、入院中にあった嫌な思いをしたこと(殺されかけたことも…)を愚痴っぽくなりますが全て本当にあったことなので皆様にも気を付けて頂きたいと思いここに記します。病院関係者の方々の中には嫌な思いをする方もいるかという思いもあり、今までは語ってきませんでしたがやはり事実として今後の為に書き残さねばならないという思いが増して今回に至りました。前置きが長くなりましたので本題に入ります。1位.M県北東部にある地
退院直後前回のALS僕の体⑧の続きになります。2014年8月27日に気管切開手術の為に入院してから2015年2月の頭までの5ヵ月に及ぶ在宅生活までの道のりは僕にとっては途方もない期間でした。世の中にはもっとキツイ入院をせざるを得ない方がいるのに…当時の僕はすぐにでも在宅生活をすることしか考えてませんでした。無知とは本当に恐ろしいものです。在宅をする上で最も重要なものの一つであり、最も確保することが難しく、時間もかかるもの、それは自立支援の支給時間確保です。そこに関しては我が偉大
前回の僕の体⑦の続きになります。前回の僕の写真は気管切開の手術後、約一ヵ月のものでした。1ヵ月目、全く歩かせてもらえず完全に自立歩行をすることは出来なくなってました。そのかわりにやっていたのがPTさんの手を全力で蹴るという運動でした。ここでの正解は何だったのでしょうか?はい、正解は何もしないです。厳密に言えばPTさん、OTさんには体をほぐしてもらう、マッサージしてくださいと頼むです。(あくまでも僕の体で試したことなので、参考程度に聞いてください。)この写真は久々に車いすに座ってちょっ
今日は少し早いですが、今日で卒業して(うちの介護)看護師になる為に学校に行く方によく連れて行ってもらったところに最後に花見に行って来ました。本当にありがとう!世界一の看護師になるでしょう。間違いなく!
先日の金曜日は写真の現像と食材の買い出し、セブン銀行で野暮用を足して来ました。場所は西武池袋線の大泉学園駅の近くです。
前回の続きになります、僕の体⑥では手術前後のの写真を載せましたが前の写真は死んだ魚の目のような感じ、対して術後は生き帰った〜ということが自分だけにはよくわかる1枚です。実際にも目の前がクリアに開けた感覚になったことをはっきりと覚えています。そして2014年8月27日〜2015年2月の頭までの5ヵ月の入院生活で僕の体の機能はほぼほぼ削られていきました。病院の入院システムって本当に恐ろしいものでした。