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第28話絶対に2本の足で歩いて帰るぞ2025年3月19日(水)朝、目が覚めてテーブルの上を見る。コップが置いてある。まさか……と思って手に取ると、温かい。ひとくち、口に含む。人の真心に、涙腺が思わず緩む。どういう気持ちで置いてくださったのだろう。「早く目覚めて、飲んでほしい」それとも、「ゆっくり目覚めてからでいい」どっちかな?早朝5時。日本野球連盟の坂口ヒロユキ氏とスポーツ担当アナウンサーの対談を聞く。小学校から野球を始めた話。高校生の時
第27話16歳、ヤミ物資の運び屋昭和22年(1947年)3月。いかなご漁の季節。家で釜揚げしたいかなごを、朝一番の電車で大阪へ運ぶ。西明石駅始発、午前4時20分頃の電車に乗ると、大阪駅西口の階段を下りる頃、ちょうど午前6時のサイレンが鳴っていた。いかなご一貫目130円。5貫目買うと650円。家で釜揚げすると、3.5貫目ほどになる。一貫目280円で売ると980円。980円から仕入れ650円、運賃12円を引くと、手元には318円ほど残る
医療事故で子どもを亡くした親にとって、そのカルテは子どもの最期までの様子を知ることのできる大切な記録のひとつだと思う。どこまで見たいと思うかは、人それぞれだろう。入院期間が長くなれば記録は膨大になる。家族にとっては意味を見出しにくい投薬指示や事務的な記録もたくさんある。それでも、その中に僅かながら、交わした会話や、その日の様子を見た看護師さんの言葉が残されていることがある。そういう記録には、日記のようなところもある。だから私は、そうちゃんと過ごした日々について残っているものなら、できること
父は7月1日訪問診療で行った血液検査の結果から緊急入院することになった。そして7月29日、早朝7時48分。父が入院している病院から俺の携帯に電話が来た。通常面会は15時から17時までなんだけど「容体が急変しました。何時でもいいので、すぐに来てください」そう言われた。急いで兄に連絡を入れた。でも、その日は母のデイサービスの日で急遽キャンセルすることもできず9時30分に母をデイサービスへ送り出してから10時に兄と病院で待ち合わせをして2人で父の病室へ向かった。父
ゆる寧ブログへようこそ♡今日もお越しくださりありがとうございます(ㅅ´˘`)94年ぶりの女子誕生?!わたしの嫁ぎ先は、100年近く女子の誕生がなかった家系。そんな歴史に風穴が久々にやってきてくれた女の子は、わたし達をふにゃふにゃにするほど、可愛かった♡先日用意したお祝いのベビー服をやっとプレゼント🎁ひとまずママに喜んで貰えて、一安心♡お洋服を買いに行った時のblog👇『気づけば2万歩。女の子ベビー服の魔力♡』ゆる寧blogへようこそおはようございますレナ蔵ですご機嫌な毎
焼け跡には、釘一本、金槌一本もなかった。そんな時――第24話三木の叔母からの贈り物母の妹が嫁いでいた三木市東這田(ひがしほうだ)から、大工道具一式が送られてきた。真新しい道具箱。箱の上には、新しい鋸が二丁、金尺まで入っていた。その場を、自分も見ていた。兄が道具箱を開けた時の、あの笑顔。目の輝き。「ありがとう」感涙しているのがヒシヒシ伝わってきた。~*~*~*~兄は入隊するまで、機械の仕上げ工として働いていた。
私が大冒険だったなあと思う海外旅はいくつかある。初めての家族大冒険旅は、1997年留学中のマイアミから家族4人で行ったヨーロッパ周遊旅。アルバムには写真が残っているが、当時はスマホも無く、写真の数も少ない。今なら必ず写真に撮る食事したレストランも食事の風景もない。ホテルもネットで予約する現代なら、予約記録は残るだろう。でも、行った先々でホテルを取るというスタイルのこの旅は、なんの記録も残っていない。なにものにも代え難い、かけがえのない約2週間の旅だと思っていたが、記録に書き残すことを半ば諦
こちらの手記は、終戦の日の記録です。終戦の日については、別の手記にも綴られています。『【父の手記2010】第4話_戦後の暮らしと働きはじめ』父が亡くなる15年前の2010年に書かれた手記。第4話は「戦後の暮らしと働きはじめ」です。イカナゴの運び屋の話は取締官から間一髪で逃げた顛末をドキドキしながら…ameblo.jp第21話終戦―長い一日昭和20年8月15日。家は丸焼け。工場はボコボコ。そこへ、「機関砲用の蛸つぼ壕を掘るので、各町内から二名出してく
第19話神技のテーブルと、背伸びする焼き豆腐2025年3月15日5時過ぎ。トイレをすませ、ベッドに腰かける。ペットボトルの味気ないお茶で、喉をうるおす。一口飲んで、しばし瞑想。目を開けると、コップが消えていることが時々ある。しばらくすると――熱い入れたてのお茶が届けられる。ありがたい。今日は補助器具を使って洗面台で歯を磨く。しかし、まだ長く立っていられない。×。今日のリハビリは田口さん。3
雨の日曜日、母の病室へ向かう名古屋での仕事を終え、帰り道に母の病室へ寄った。雨降りの日曜日の病院は、いつもより静かに感じる。なかなか起きない母と、小さな合図母は眠っていたので、そっと「トントン」と合図を送る。今日はなかなか起きない。三度ほど合図をして、ようやく目を開け、手で返事をしてくれた。雨のせいか、よく眠れるのだろう。「寝てないよ」と言う母の小さな意地「寝てないよ」と母は言う。明らかに寝ていたのに、「目をつぶってただけ」と言い張る。ベッドで横になっている自分を見られ
これは2025年12月27日に起きた私たち家族の物語。あの頃の私は、うつ病になってそれまで普通にできていた家事や生活のことが、ほとんどできなくなっていた。同時に、それまで見ないようにしていたことに、気づけるようになってしまった時期でもあった。人の言葉と本音のズレや、場の空気の違和感や、「本当はそうじゃないよね」と感じることを、見ないふりができなくなっていた。前みたいに合わせることができなくなって、人と関わること自体が、急にしんどくなった。で
おはようございます☁昨日は近場が日本一の暑さでしたな滅茶苦茶暑かった💦1位伊達市、2位福島市と…夏が恐ろしー💦家族の記録ってひと昔は自分でカメラで撮って写真にしてアルバムに…主流今はいろいろあるよね動画にしてDVDにしたりアプリで画像選択して頼んで写真が届く…とかYouTubeやInstagramなどに載せて残したり私は動画かなInstagram用にあげるのは加工した動画だけどアプリにしか残せてないんで💦アルバム製作アプリとかでイベント活動を常にアルバム化さ
【第10話】悲しい売掛け金先輩の横山君の家はオヤジさんが米屋をしていた。暇な時は、よく手伝っていた。米の代金を踏み倒して岡山・琴浦へ帰っていった得意先がある。「売掛金の集金に行きたい」という横山君に同行して岡山までサイクリングがてら出かけた。昭和二十三~二十四年ごろの話である。当日は、天気こそ良かったが道路は“えくぼ道路”と呼ばれる悪路の連続。横山君の親戚のブドウ農家に着き昼ごはんをいただいた。そのとき、ご飯の炊き方に驚いた。近
【第9話】医師との面談と、退院後の夢お気に入り3月10日AM6:00過ぎ「カーテン、開けましょうか?」その声に、「お願いします」と答える。東の空から昇りかけの太陽の光が向かいのマンションに降り注ぎ、淡路島の山々は長く伸びる斜光線を受けている。ここから見る淡路島は、本当に美しい。この病室は、気に入っている。面談。リハビリ室の見学。いろいろな問題点、今の自分の状態、入浴時の注意点など、丁寧に話し合ってくれた。担当医の
こんにちは、かりんです🌱ご訪問ありがとうございます。このブログは、十数年前に夫が交通事故にあってから、治療やリハビリを経て社会復帰し、相手方との和解に至るまでの道のりを、過去を振り返りながら記録として綴っているものです。……ようやく、裁判が終わった。夫が事故にあったその日からを、このブログに書いて158話。書いてみると、あっという間の出来事のような気もする。でも実際には、復職からすでに3年半ほどが経ち、事故からは5年近い年月が流れていた。事故当時、中
MemoryofVoice〜声の記憶〜iPhone向けアプリのご紹介です。<ダウロードはAppStoreから>MemoryofVoice〜声の記憶〜アプリ-AppStoreKoichiTakahashiの「MemoryofVoice〜声の記憶〜」をAppStoreでダウンロードしてください。スクリーンショット、評価とレビュー、ユーザのヒント、「MemoryofVoice〜声の記憶〜」に似たゲームを見ることなどができます。apps.apple.com
暖かくなってくるこの季節になると、ふと思い出します。まだ生後数か月だった息子を連れて、家族で桜の名所にお花見に行ったこと。晴れた日は毎日のように、近所の桜並木をベビーカーでお散歩したこと。桜吹雪を楽しそうに見上げていたこと。あの頃の息子の笑顔を思い出すと、懐かしくて、胸の奥がじんわりあたたかくなります。ただ、同時に少し胸がきゅっとします。春って正直ちょっとしんどい。新生活とか、新しい一歩とか、そんな空気があふれる季節だから。なんだか自分だけ取り残されているようなうまく言えな
以前、わが家のかりんの木のことを書きました。『拾えど拾えど葉は落ちる…老眼おばさんの秋の庭奮闘記』本日本編はひと休み。老眼おばさんの現実世界に少々おつきあいください。我が家には、息子が生まれた年に苗木で植えた「かりん」の木があります。息子と同い年な…ameblo.jp我が家には、息子が生まれた年に苗木で植えた「かりん」の木があります。息子と同い年の木です。以前は全然気にしていなかったのですが、かりんの花って、とっても可愛いんですよね。今はま
【第7話】電話機の設置父が若い頃の思い出話。申し込んでも、音沙汰なし。電話局に出向いてみると、「設置困難」の名簿の一番上に自分の名前があった。係員の説明によると道幅が狭く電柱を設置する場所がない、とのこと。なるほど。待てど暮らせど音沙汰がないわけだ。ある時、その話を副課長にした。すると「自分の友達が、明石電報電話局で線路架設の係長をしている」とのこと。早速、連絡を取ってくれ現地調査となった。調べてみると前の道路から
【第6話】三歳で父を亡くした少年の決意3歳の記憶昭和8年11月18日。三歳で父を亡くした淋しさは当事者でなければ分からないと思う。納棺された父の顔を見て「お父さん、よう寝てる」と言ったそうだ。三歳の私には、覚えはない。それでも――「お父さんがいたら……」そう思って人知れず何度涙したことか。母もまた、同じ思いであったと思う。母は度々口にしていた。「お父さんが、ただいま、と言って帰ってくれたら……」と成長するにつれ心
提訴から、まもなく3年。あの日から7年半が過ぎた。私は、ただの母だった。れおのママだった。それだけだった。あの日までは、ミルクの時間を気にして、小さな笑顔が、ただ嬉しかった。夜中に目を覚まして抱き上げる、どこにでもいる母だった。今、私のまわりには裁判という現実がある。こちらは個人で、相手は組織。私立大学病院で、学校法人が相手になる。緊張の続く時間を重ねてきた。けれど、変わらないこともある。れおの手を握ること。抱きしめて、話しかけること。「今日もママここにいるよ」
とうとうこの日がやってきました。母の認知症外来の検査結果を聞くため、帰省した日のことです。2月も後半、外は快晴で少し春の陽気。その日は小学生の息子よりも早く家を出ました。早めに駅に着いたので、従姉妹からもらったスタバのチケットで朝食を買い、書店で今読みたい本もGETもう、いくら心配してもキリがない。そう思って、自分なりにご機嫌をとりながら向かいました地元で母と合流し、そのままホテルの中華ランチへ。最近、おいしいものを食べるのが楽しみで(笑)でもふと思います。
毎日の生活に奮戦する、よしお稼ぎ手は4人家族で自分だけだから辞められない定年後も継続雇用制度で働き続けます定年退職したし、能登半島地震で石塀は崩れるし、墓はズレるし、父は1月に亡くなり3人家族、母が瀕死のため現在「無職」人生第2章の始まりですが・・・あと3年で65歳⇒年休受給3年間生き延びれば・・・・定年退職後、無職で分かったことノンストレス!!仕事のストレス、人間関係のストレスが無い⇒いかに精神的に楽か!!要はお金が続
父の手記を読んでいると、病院という場所が小さな宇宙のように感じられます。時間の流れが、外とは違う。昼夜が逆転し小さなことが、大事件になる。そんな父の手記を文字起こししながらなぜか私自身が静かに癒されていくのです。【第5話】病院という、小さな宇宙で3月6日この病院の縦割り。情けない話。食後の歯磨き用のコップとブラシ。ひどいときは、次の食事まで引き取って洗ってくれない。その時どうするか。無断で歩行補助機を使い三、四メートル離れた洗面所
【第4話】ふたを開ける楽しみ一皿の感涙転院する前の、ある日の夕食。メインのおかずのふたをそっと開ける。すき間から、白いものが見える。この時がいちばんワクワクして楽しみのひとつ。サーモンの上に卵の白身がかけられ添え物のえんどうも、生き生きとしている。驚いたのは、魚のうろこの皮が取られていたこと。食べる人への、細やかな気遣いを感じた。一切れ口に入れるとさらに驚いた。甘からず、辛からず。よく煮込まれ、煮汁も十分にしみている。こんな料理
2025年の父の手記。痛みがなくなり少し落ち着いたころ父は私たちに「ノートを買ってきて」と頼みました。そこに綴られたなんでもない病院の生活。どうしてでしょうか?読んでいると不思議に笑顔になります。病院という場所なのに…がんを患っているのに…「生」が凝縮されているのです。【第2話】病室の一日と、窓の外の世界3月4日朝食後差し入れの一品盗み食い封を切り、一口、口の中へ。歯ざわりのしっとりした食感、ザラメ砂糖のガリガリ
お久しぶりの更新になりました。三男の嫁、由子(ゆうこ)です。今日からは2025年に義父が書き残した手記になります。第一話では入院当時の経過が、淡々と記されています。【第一話】この痛みには、前触れがあった前年の11月初め。両足に、少ししびれと痛みが出始めました。15年前に大変お世話になったO脳神経外科を受診。MRI、エコー、レントゲンなどさまざまな検査を受けましたが結果は「異常なし」。しかし症状は徐々に進んでいきました。湿布薬や痛み止め
いつもありがとうございます。※この物語は、当時の家族の視点で振り返った実話です。ここから先には、心に負担がかかる可能性のある内容が含まれます。手術を控えている方や、不安が強い方は、ご自身の心を最優先にしてください。それでも、読み進めると決めた方へ👇面会に行くと、今日は少し自分で目を開けたり、閉じたりしていた。顔は、だいぶむくんでいた。昨夜、私達が帰宅したあと、心臓があまり休まっていないとのことで、追加の処置が行われたと伝えられた。『(急変が)夜間だったら、もしかしたら助かっ