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「指導力」よりも大切な「性格」の話。子どもが心を開くのは、完璧な教師ではなく「誠実な人間」です。1.教師は「完璧」でなければならないという呪縛「どんな質問にも答えられなきゃ」「常に毅然としていなきゃ」「なめられてはいけない」教壇に立つとき、そんな鎧をガチガチに着込んでいませんか?かつての私は、この「理想の教師像」に縛られていました。でも、先生が完璧を目指せば目指すほど、子どもたちは「失敗してはいけない」と萎縮し、教室から安心感が消えてい
新年度が始まって、学級経営は健全ですか。クラスは平穏ですか。児童生徒は生き生きと学校生活を送っていますか。担任は生き生きと毎日仕事を行っていますか。何か困ったことやうまくいかないことが学級で発生していませんか。確かな4月を乗り越えて、無難な5月を迎えましたか。学級経営上、何か困ったことはありませんか。それらを相談できる学年主任、管理職はいますか。新年度の慌ただしさが一段落し、カレンダーが5月へと移り変わるこの時期。緊張がふっと解ける一方で、学級の真の姿が見え始める大
お疲れ様です。4月の1ヶ月間、本当によく頑張りましたね。今、夜に一人で反省会をして、明日が来るのが少し怖い…と感じている先生へ。今日は、5月からクラスを立て直すための『心の持ち方』をお話しします。ゴールデンウィークが終わった連休明け。1ヶ月走り抜けた先生は、今まさに「理想と現実のギャップ」に打ちのめされ、疲れがピークに達している頃ですね。この時期の「立て直し」は、新しいことを始めるのではなく、「緩んだネジを締め直す」こと。5月からの
学級通信を出すのは「報告」のためじゃない。保護者があなたの最大の味方に変わる「たった一つの書き方」視覚で「意外性」を伝える「また出してるの?」とは言わせない。保護者が毎週楽しみに待つ学級通信の「黄金のテンプレート」1.なぜ、あなたの学級通信は読まれないのか?「〇月〇日、遠足に行きました。みんな楽しそうでした。」これでは、読んだ後に何も残りません。学級通信の本当の役割は、学校での出来事を「報告」することではなく、「先生が、その子のどこを見ている
クラスがなんとなくバタバタしている、子どもとの距離が縮まらない……そんな悩みはありませんか?解決策はたった一つ。『良いことは続け、悪いことはやめる』耳が痛いかもしれませんが、これが本質です。「クラスを良くしたい」と願う担任ほど、新しいレクリエーションや特別な指導法を取り入れようと一生懸命になります。しかし、現場で38年過ごして気づいた真理はもっとシンプルでした。「良いことは続け、悪いことはやめる」実は、これこそが学級経営の土台を支える「
いずれも、昭和45年の短歌である。今日は昭和の日です。昭和~平成~令和と生きて「こんな時もあっのだなあーーー」すべてが懐かしく一生懸命生きた時でした。外出する前に息子が国旗を玄関に出していました。「祝日」には日の丸が玄関にはためくのが習いです。🌿🌿🌿🌿🌿こんな日もあったのだと、組合活動が盛んだった頃を思い出す。統一行動に参加するにいたるまで、勤務時間が終わってから明け方まで、討論をしたこともあった。組合活動に熱心であった以上に、児童一人一人を
「群れ」はただ集まっているだけの状態、「集団」は共通の目的を持って高め合える状態。先生が一番苦しむのは、クラスがただの「騒がしい群れ」になってしまった時です。「ただの集まり」で終わらせない。騒がしいだけのクラスを、互いを高め合える「最高の集団」に変える3つのステップ1.「群れ」と「集団」の決定的な違いクラスが「群れ」の状態のとき、子どもたちは自分のことしか考えていません。「自分が楽しければいい」「自分が良ければいい」だから、
子どものための教育学第3章不登校編3不登校とは(5)教育と人間形成⑦人間形成障害は子どもたちの悲鳴不登校・ひきこもりといった人間形成障害は、「このままでは一人前の大人になれない」という、子どもたちが発する悲鳴なのです。高等な哺乳類としての人間の大人になる前に、身につけるべき力。そのために必要なことは「筋を通した大人扱い」「自分の将来について何が必要であるかを考える」「当面の目標を設定」「その目標の実現に向けて,7転び8起き、習うより慣れろ」ということです
『次、何やるのー?』という質問に追われて、自分の仕事が進まない…と悩んでいる先生へ。子どもがソワソワする原因、実は「不安」かもしれません。授業の合間や休み時間、「先生、次は何?」「何が必要?」としつこく聞いてくる子はいませんか?かつての私は「さっき言ったよね!」と怒っていましたが、実はこれ、子どもからのSOSなんです。見通しが立たない環境は、大人でも不安なもの。特にADHD傾向のある子や、慎重な性格の子にとって、「次がわからない」のは霧の
1.「荒れ」のサインは、いつも床に落ちている「最近、子どもたちがざわついている」「指示が一度で通らない」そんな時、一度教室の後ろから全体を眺めてみてください。ロッカーから袋がはみ出していたり、床に小さな紙屑が落ちていたり、掲示物が斜めになっていたりしませんか?かつての私は、子どもの態度ばかりを正そうとしていました。でも、実は「乱れた環境」そのものが、子どもたちのイライラを増幅させていたのです。2.なぜ「掃除」が学級経営を救うのか
1.なぜ「熱意」があるのに、子どもは離れていくのか「もっと教えたい」「この問題だけは解かせたい」そんな熱意から、授業を数分延長していませんか?実は、その「たった1分」が、子どもたちからの信頼を少しずつ削り取っています。初任者の頃の私は、時間を守ることよりも「内容を教えきること」を優先していました。でも、子どもたちの心はこう叫んでいたんです。「先生、約束が違うよ。休み時間が減るじゃん!」と。そもそも、休み時間なのです。もう授業
子どものための教育学第3章不登校編3不登校とは(5)教育と人間形成⑤育児には原則がある。成長の原則は、今も昔も変わらない。どれほど文明が進もうとも、人間の成長は、今も昔も変わることはありません。生まれるときの体重は、だいたい3kg、身長は50cmです。子どもを健全に育てるための大切な原則は三つあります。集団生活環境が充実していること。親の育児観がしっかりしていること。年齢相応の扱い方を親が理解していること。この三つです。
「教えなきゃ」という焦りが生む、静かな置き去り授業中、一人の子が「先生、これどういう意味?」と聞いてくる。どのクラスにもよくある風景です。問題は、この後の先生の対応です。真面目な先生ほど、その子の机に駆け寄り、丁寧に解説を始めます。でも、その時、他の子どもたちはどうなっているでしょうか?ある子はぼーっと窓の外を眺め、ある子は隣の子とこそこそ話。先生が一人に集中している間、クラスの30人は「放置」されているのです。そして、
子どものための教育学第3章不登校編3不登校とは(5)教育と人間形成④親が悪いのか?不登校は、育てられ方によって起こると言うと、「それではすべて親が悪いのか」と思われがちです。確かに、子どもが不登校に陥った直接的な原因は、親の育て方にありますから、親に責任があることは否定できません。けれど、その親にしても、悪意を持って故意にそのように育てたわけではありません。適切な育て方を知らなかったばかりに、夢にも思わないうちに子どもが不登校やひきこもりになってしまった
ブログ全体目次へ『吹奏楽の舞台演出いろいろ<本章>』ブログ全体目次へ<序章>の続きです。→今回はPOPS舞台を動画で紹介していきます。僕が吹奏楽部顧問の現役だった時には、コンクール以上に力を注いだのが、文…ameblo.jp前々回、数学教師になろうと思っていた僕がなぜか音楽教師になってしまった理由と、クラシックや吹奏楽に興味のなかった僕が吹奏楽にのめり込んでいく歴史を書いたが、今回は、そんな僕の合唱指導の歴史も書こうと思う。僕が新任当時、町の中学校だったためか、まず口を
「はい!」と手が挙がる子だけが主役じゃない。クラス全員に「活躍の場」を届けるための、たった一つの視点「いつも同じ子ばかりが発言し、あとの子はただ座っているだけ……。そんな授業に、心のどこかで申し訳なさを感じていませんか?」かつての私は、活気のあるクラスを作ろうと焦り、目立つ子の反応ばかりを拾っていました。そして、それ以外の子たちに、「このクラスは、こういうものなんだ。」という諦めの気持ちさえ抱かせていました。でも、それはまさしく、「
子どものための教育学第3章不登校編3不登校とは(5)教育と人間形成①一人前に育つために必要なもの畑と農民と作物に例えてみましょう。畑・・・集団生活環境・・・夫婦・家族・近所が仲良く気があっている・笑顔・会話・やさしい気持ち・明るく活動的でにぎやか・勤勉と節約農民・・・親、家族・・・「子は子宝」「手がかかるほどかわいい」「ぬかりなく手際がよい」「やる気にさせるのがうまい」「年齢相応の扱い方が直感的に分かる」・・・作物に対する姿勢環境側に何らかの
誰もが悩む「距離」の難しさ「休み時間に一緒に遊ぶのはいいけれど、授業になると話を聞いてくれない…そんな悩みを抱えていませんか?」かつての私は、子どもたちに好かれたくて『物分かりのいい、優しい先生』を演じていました。でも、それは本当の信頼関係ではありませんでした。休み時間に遊んでくれるただの大人の友達。その時はお互いに楽しいけれど、先生としての教室での子どもたちとの距離感は、遠いままでした。なぜ「近すぎる距離」は危険なのか「友達」になる
子どものための教育学第3章不登校編3不登校とは(4)高等な哺乳類としての人間①脳の進化言うまでもありませんが、驚異的な脳の進化により、精密な視力、器用な手先、複雑な言語・思考、想像力などを他の霊長類よりも発達させたのが私たち人類です。これらの能力が,知恵と工夫を生み出す原動力となったのです。②四つの脳人間には、ア生命維持の脳イ本能行動の脳ウ適応行動の脳エ創造の脳、の四つの脳があります。ウの脳は、イで形成される様々
「正しい指導」をしようとして、毎日必死に怒鳴っていませんか?かつての私は、自己流の正義感で子どもたちをコントロールしようとして、大失敗しました。怒鳴ることの限界怒鳴る指導は「即効性」はありますが「持続性」がありません。しかも、「怒鳴られ慣れてしまった」子どもたちは、授業中に先生とふつうの声の大きさでの会話ができなくなるおそれさえあります。いや、私の場合そうでした。子どもたちの「ちょっとした間違いや指示に遅れること」が気になり、
子どものための教育学第3章不登校編3不登校とは(3)不登校するように育ったということ「人間形成」とは、「育つ」ということです。「なぜこんなことをするのか理解に苦しむ」と首をひねるような数々の出来事も、この立場になって考えれば、要は、そういう個性、性格の持ち主に育ったということです。何故こんなに問題を起こすのか、性格異常ではないかと様々な評価分析をされる出来事も結論は1つです。そういう個性の持ち主に育ったということです。不登校も考え方は同じ
「朝、教室に行くのが少し怖い。あの子の顔を見ると、身構えてしまう……。」そう思うのは、先生が真面目に、全力で向き合おうとしている証拠です。まずは自分に『お疲れ様』を言いませんか?「私もかつて、子どもたちとの『関わり方』に困り、力ずくで動かそうとして、一番大切な笑顔を忘れていた時期がありました」いいクラスを作らなければ・・・他の先生にいろいろと言われているから・・・「○○先生は、もっと厳しくいかないとダメだよ。」そんなことを
子どものための教育学第3章不登校編3不登校とは(2)医学から見たときかつて「登校拒否」といわれていた頃は、「ずる休み」であるとか「休み癖がついた」などと、子どもの怠け心からきていると考える人が多くいました。怠け癖がつくといけないからといって、泣きじゃくる子どもを、無理矢理教室に連れてくるような場面もありました。そこから歳月が流れ、いろいろ研究が進む中で、どうも怠けとは言い切れないぞと「不登校」という表現となってきたわけです。これを医学的に
―元教員として気づいた、子どもが伸びる関わり方―ここまで書いてきて、「じゃあ実際に親はどう関わればいいの?」ということを、改めて考えました。そして気づいたのは――親としての関わりも、教員としての関わりも、本質は同じだということでした。⸻🌿①まずは“安心できる場所”をつくる教員として、一番大切にしていたこと。それは、「教室を安心できる場所にすること」どんなに勉強が大切でも、どんなにルールがあっても、安心できない場所では、子どもは伸びません。これは家庭でも同じ。
「今日も予定していた授業が終わらなかった。子どもたちがキョトンとしている。焦れば焦るほど、自分の声が上ずって、教室がザワついていく……。そんな『焦りのループ』にハマっていませんか?かつての私もそうでした。早く伝えなきゃと焦って、弾丸のように指示を飛ばしていました。でも、それは子どもたちを置いてけぼりにしているだけでした。「ゆっくり」の正体は「安心感」先生がゆっくり話し、動くことで、教室に「落ち着いていいんだよ」
いろんなイベント、いろんな企画、それに伴う書類等々頭のキャパを超えて、アップアップしています。昨日はユズリンコンサートの事務局会議に行ってきました。7月26日日曜日に富田林のすばるホール(小ホールにて)ユズリンコンサートをします。ユズリンとは中山讓さんのことで、元小学校の先生のシンガーソングライターです。私は現役時代、学級経営にこのユズリンの曲を使っていました。4月、学年組が決まると、そのクラスのお人形を作り、そして名前を決め、学級ソングを決めます。それがいつもこのユズリンの曲で
子どものための教育学第3章不登校編3不登校とは不登校については、様々語られています。私は、医学的な観点から考えてみたいと思います。(1)なぜ?他の子どもたちは何事もなく学校へ行っているのに,なぜこの子だけが学校へ行くことができずストレスとなって腹痛を起こすのでしょうか。もしも原因が学校にあるのなら、同じ学校の中に他にも腹痛を訴えて不登校に陥る子どもが大勢いてもいいはずです。そうでないということは、原因は学校ではなく、この子自身にあると考えるの
私の声が届かなかった理由と、見つけた解決策『静かにして!』『前を向いて!』何度も言っているのに、教室のざわめきが消えない。そんな時、先生は心のどこかで『私のことなんて、誰も見ていないんじゃないか』と寂しさを感じていませんか。私は、そのような経験を何回もしてきました。自分の言葉だけが虚しく教室に響き、それを聞く自分がさらに虚しい気持ちになっていました。『なぜ、指示が届かないのか?』「指示の出し方」の落とし穴・長すぎる
新学期が始まって2週間。目が回るほどの慌ただしさの日々。そんな金曜日の夜にも関わらず、参加された先生方のおかげで、熱気あふれる時間を共有することができました。今回は、授業びらきの話を中心に実践交流をしました。理科の専科の先生からは、実験を通して、理科の学習の進め方を学ぶ授業。そして、理科の授業通信をもとに、子どもたちがより興味を持って授業に参加できるような手立てについて話し合いました。また、5年生の国語、物語教材「おにぎり石の伝説」の提案もあり、この物語の『おもしろさ』、
「優しさ」と「甘やかし」の境界線で迷った時。私がたどり着いた、子どもに本当に必要な「愛ある厳しさ」「優しく接していたはずなのに、なぜか子どもたちのわがままがエスカレートしてしまう。…そんな時、『私は間違った優しさを与えていたのかな』と、自分の教育観が揺らぐ夜はありませんか?「私も若い頃は、嫌われたくなくて『優しい先生』を演じることばかり優先していました。」そして、うまくいかないクラスの様子を見て、「突如、厳しい先生を演じていました。」・優しくしてい