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今日は6時間も連続で眠ることができました。昨日眠れていなかったからかな。でも、一昨日から強い息苦しさがまた復活しました。3割くらいにまで減ってきてたのに。胸が締め付けられると言うか、ギューっと心臓のあたりを掴まれていると言うか。AIの説明を抜粋すると深い喪失やトラウマティックな出来事に直面した際、心だけでなく身体(自律神経や筋肉)が大きなショックを受け、過剰に緊張しているために起こる非常に強い反応です。大切な方を亡くしたとき、体は常に危機状態(緊張状態)にあるため、胸が締め付けられるよ
私は仕事や学業で目を酷使しすぎた時期があり、そのせいか老眼の始まりが早く、37歳くらいからだった。それがここ2年くらい異常なまでに進んで、コンタクトレンズを買いに行くたび(4カ月に一度くらい)に視力も低下、老眼用のものを使い始めたのだが、その度もあっという間にLOW(+1.0)からMID(+2.5)に。50にもなってないのにもう中程度の老眼に進んでしまった。あの子の旅立ち後、泣き過ぎて涙のコントロールが出来なくなり、ドライアイになった。あれからコンタクトレンズは買いに行っていないが絶対に
最近何かにつけて遺影の顔を見ている。顔は大体遺影の方向を向いていて、引き寄せられる様に見てしまう。スマホを見ながら、テレビを見ながらでも、画面から目を離しチラッ、チラッ、と。寂しがりやのあの子が呼んでるのかな。あの子の遺影の表情は毎日、毎回変わる。にこやかに笑っている日もあればどこか寂しそうな日も。時には私を蔑んでみている様に感じる日さえある。表情はその日のシチュエーションによって、私の心理状態によって変わるあの子はいつもリビングで私を見ていて、遺影を見るとあの子と目が合う。目
最近夜目が覚める回数が増えました。今日なんて12時過ぎに寝て1時半から1時間おき、3時からは3,40分おき。寝ている間も何かを考え続けているのが分かる。朝起きる直前になると5分おきに目が覚めるのだけど、起きる時には眠くて起きたくない。起きたあとは疲れも残ってないし、体も重くない。眠れているのかな?胸の苦しさもあったので、子供を送って帰宅後、少し眠った。起きたら無性に寂しかった。今日はダメだな。
目下、私にはどうしてもやりたくないことがあります。それはマンションの修理依頼。8月上旬に実家に帰って、中旬にマンションに戻った時、お風呂のファンが故障していることに気がつきました。動かないわけじゃないけど、高い大きな音がする。もうかれこれ半月、修理の依頼ができていません。別にサボっているわけじゃなく。家に人が入ることをどうしても受け付けないのです。元々はホームパーティとか大好きだった私。母親が自営業で職場が自宅だったため、子供の時友達を誘うことができませんでした。なのでそう言う
夜、1人で寝るともうずーっと1時間おきくらいに目を覚まします。昨日は1時半、2時半、3時、5時、でした。体重もゆっくりと落ち、35キロを割り昨夜は34.6。しっかり食べているのに。テーマパークでも頑張って夕食、朝食共に完食したのになー。左の頬が痙攣するし、髪の毛もかなり抜ける。こういうのは仕方ないんだろう、とは思い受け入れてますが、家族も心配しますし、下の子の学校に行くこともあるので目に見えて衰弱しないようにしなければと思います。これまでの同じ境遇のかたは身体症状どんな感じだったの
昨日、昼過ぎに帰った下の子と話してると、突然どこかに行こうか!と言う話になりました。私も下の子も最近落ちてたし、学校が本格的に始まると忙しくなるので、それまでに気分転換を、と。早速夫に許可を得て、ホテルを予約、車で1時間半ほどのテーマパークへ行ってきました。14時に出て着いたのは16時前。園内のホテルにチェックインして、昨日今日と下の子の行きたいアトラクションや花火を見てきました。アトラクションでは、楽しむ下の子の様子を見ながら少しホッとし、なんとなく楽しい気持ちになれました。(結構激
土曜の今日は買い物の日。いつもより少し早めに出発した下の子を学校まで送迎し、そのままスーパーへ行きました。あの子の旅立ちから、私はついつい花を買いすぎます。あれもかわいい、これもかわいいと、もはや自分の自己満足になりつつあって汗放っておくとどんどん買うので週に1500円と設定しました。1週間に1500円、月に約6500円だとすると年間78000円。24年(切りよく勝手に設定した私の寿命。2050年、下の子40歳)で換算すると1872000円。ここからかかるはずだった学費に比べれば
私は以前、あの子の旅立ちから死ぬことが怖くなくなった、と書いたことがあります。頑張って生きた末、余命宣告を受けるとしたら、その時私は穏やかに笑っているでしょう。多分、同じ境遇でなら解って頂ける方は多いんじゃないかな?と思います。それは私たちにとっての"最後の救い"であり"最期のプレゼント"なのではないかと思います。私にはわかる。この先どんなに幸せなことがあってもあの子がいなくなった悲しみに勝てることは絶対にあり得ない。プラスの人生には絶対にならないんです。それ程凄まじい苦し
これを読む人は、なんだ、3ヶ月も経ってんのにまだそんな事言ってるのか。と思う人もいるんだろうな。今日は落ちてる。ちょうど葬儀の数週間後の心境。なんでかな、がんばってたのに。泣きたくても泣けない。なんでか涙が出てこない。胸のところでつかえて出てこない。でも爆発しそうな感じになってる。家族もいて、普段封じ込めてるからかな。でも手はものすごく震える。今もスマホを持つ手が震えてる。誰かに助けてほしい。でも誰も助けられない。ぎゃーって叫びたい。
髪の毛が怖いくらい抜けます。3ヶ月前に比べると、目立ちはしませんが分け目がかなり薄くなりました。昨日お風呂で洗髪後、手についた髪の毛を見て思わず目を見開きました。夫が抗がん剤をやったときの様…グリーフについて調べると、子供をなくしてしまった後、髪の毛が抜けるのは普通にある様です。激しすぎるショックを受けたとき、人体は耐えきれずに防御体制に入り、生きるために一番必要なところにエネルギーを供給するのだそう。それで、生命活動に必要ない髪の毛や爪を伸ばすことをやめたり、髪の毛の毛根自体の活動を
下の子のお迎えで駅まで来ています。急行で20分。車内は50度を超えるので、少しでも冷やすために早めに出ます。駅までの道、下の子からラインが。"普通"に乗ってると。えーっ!?普通なら40分かかります。初めに言って欲しかった…。仕方なく駅前で待つことにしました。ここは3ヶ月前まで上の子も帰ってきていた駅です。毎日エレベーターを駆け降りて来る、超元気な子でした。駅から出て来る高校生を見ていると、あの子の残像が浮かびます。私を見つけると何かよく分からないけど、エッヘン!という顔
上の子の友達からラインが来ました。上の子に宛てたLINE。同級生にとっては日々を綴ったラインでしたが、私にとっては心をえぐられる内容でした。チョット、気持ちが付いていかない。波が…くるかな…。離れないと、あの子達から。私がやられる
街に出て歩いていると前から来た人とふと目が合ってそのままちょっとの時間合ったままになったり、じーっとこちらをみていたりする人っていませんか?子供とか、お年寄りとかも含めて。そういう人と会うとはっ!この人ってもしかして私のそばに〇〇(上の子)がいて、それが見えてるんじゃない!?とか、いつか"あなたの傍に若い人がいますよ?"とか言ってくれる人と出会うんじゃない?とか変な期待をしてしまうことがあります。もちろんそんな事ないってちゃんと解ってはいますが、心からモコモコ湧き上がってくる勝手な
つい先程。21時を回った頃、下の子がふらっとリビングに来て私の目を見ずに言いました。"最近チョット悲しくなるんだよね。"上の子を失ったグリーフの悲しみは波の様に来るらしいです。それが今、下の子のところに来ていました。不意打ちにチョット焦りながら頭を撫でていると、突然"本屋に行きたい"と。まだ21時過ぎだし本屋なら遅くまで開いていると思い急いで準備をして出かけました。出不精の下の子から、しかも夜に出掛けたいなんて奇跡です。(←私は子供達大きくなったし、そろそろそういうのもいいなー
先日で上の子の旅立ちから3ヶ月が過ぎました。無宗派で元々月命日はするつもりもありませんし、数えると寂しく(苦しく)なるので、その日私は忙しく過ごし、夫とも下の子ともその事は話しませんでした。でも朝起きたその瞬間から、食器を洗いながら、お風呂を掃除しながら、あの子の部屋を覗きながら、何度も何度もたった3ヶ月前にはまだ元気に笑ってたとあの子の笑顔を思い浮かべては涙が出ました。あの子が恋しい。寂しい。寂しいよ。多分、家族もそれぞれ1人でそう思ったんじゃないかな。今日だけは口に出さない
夫と子供のことを話す時、私は未だにあ、あれ、子供達2人とも好きなんだよね〜とか、子供達が喜ぶよ!とか、ついつい子供のうしろに"達"を付けてしまいます。旅立ちから3ヶ月を過ぎてもその癖は全く治りません。つい言ってしまった後はしんみり…。そうする事で夫にも悲しい思いをさせてるんじゃないかと思い、先日、夫に私、未だに"子供達"っていってしまう〜と言いました。夫は笑ってそのままでいいんじゃない?と言いました。私の子供は一生2人。永遠の17歳✨のあの子と、年をとっていくこの子
上の子が旅立ってから、食事を侘しく感じる様になりました。半世紀近く生きてきて、こんな事初めてです。侘しいなんて言葉も自分の生活において使ったことありませんでした。どんなに豪華な食事でも侘しい…。上の子の生前から火曜の今日は買い物の日。25日が給料日の企業も多く、いつものスーパーは賑わっていました。そこでバリアを張りながら買い物。下の子と2人分の食事を探します。私も下の子も食が細いので逆に大変。買ってきたお肉なんて何回分にも分けて冷凍します。上の子が元気だった頃、下の子は聞く専
良性発作性頭位めまい症という病気があります。私が20年以上悩まされている持病です。昔はメニエール病と区別がついておらず、私もそう診断されずっと信じて治療してきました。三半規管の病気で、子供の頃ワザとクルクル回って目を回らせた事があるとおもうのですが、それのひどい状態のめまいです。なのでまっすぐ歩く事もままなりません。(バットをおでこにつけて10回回って走る、なんてゲームがありましたね)視界もまさにあの状態で右から左に動いて見え、その間眼振も激しくおきます。それだけならまだギリギリ壁
今日は用事があり早朝から車で往復4時間ほどのところへ行った。帰りながらふと、帰ったらあの子がいる様な…?普通に待ってる様な?遠くに行くと時々こうなる。車で場所を移動するからか、自ずと時空をも超えている様に感じるのかな?そう思うともう止まらない。あの子とあーしたとか、こー過ごしたとか、これ見たとか、もしあの時こーしたら未来は変わってたかも、とか。行き着く所はいつも同じだけど、あの子の人生は17年。寿命も17年。最近、あの子の生きてる未来が想像できない。あの子の生きる時間は17年
コメントなどで時々やり取りさせていただいているブロガーさんから教えていただいたブログを、最近毎日拝読させていただくのが習慣になりました。そのブログでも、上の子より少し若いお子さんが、うちより一年ほど前に旅立たれており、その後の日々を綴っておられます。その時々の心情などしっかり綴っておられ、下の子への接し方の参考にさせていただく事もあります。うちの下の子は自分の気持ちをほとんど外に出しませんので、そのブログで語られる、ご遺族となる3人のお子様たちの気持ちは本当に参考になります。例えば、私に
もうすぐ下の子の課外が始まるので、最後の足掻きとばかりに夫のいない今日はゆっくり8時に起きました。と言ってもいつも通り4時ごろから何度も何度も目が覚めてはいるのですが、頑なに目を開けないでいるだけです。起きればあの子のいない苦しい現実が待っていますから。あの子が倒れたのも朝。それまでは朝になって目を開けるとあの子が隣で寝ていて、幸せな朝を迎えていました。あの日から必ず4時くらいから1時間おきに目を覚ます。その後は無理やり目を閉じて時間をやり過ごす毎日です。今日はその間に結婚して初め
私は泊まりで出かける時など、必ず上の子の遺骨を持っていきます。災害などで失いたくないし、自宅安置のつもりですが、事情があり、まだきちんと安置できていないからです。今日車で下の子と話しました。下の子〇〇(上の子)の骨は〇〇の身体だとは思えないんだよねー。だから全然大事だとは思わない。私えー、そうなの?でも捨てたりとか、投げたりとか出来ないでしょ?床にも直接置かないし。下の子あ、まぁ、そうか。私だから、大事じゃないってわけじゃないんじゃない?下の子まぁね、〇〇の一部だし。
今日は下の子も帰りが遅く(もう帰宅しましたが)、夫も外泊しているので1人でいることが怖く、あちこち外出していました。稀に平気な時もあるのですが、2人が出かける少し前になったり、自分が出掛けていて誰もいない家に帰る、となった時に突然恐怖心が襲ってきます。1人で帰宅すると家の雰囲気が怖くて落ち着くまでドキドキします。実はあの子が旅立ってから、私は他にも怖くてできないことがあります。記録しておこうと思います。①1人の時は電気を消して寝られない。出来るだけ誰かと一緒がいい。②刺激の強いこと
下の子、熱下がってました。おしゃれして元気に出かけました。暑いのがチョット気になるけど…良い日になりますように。こころなしか写真の上の子も嬉しそう。△△(下の子)幸せになろうね。※写真は上の子が撮った孔雀
最近、ふと気がついた。私はこのブログであの子に会えると何度か言った。自分が亡くなる前、走馬灯のなかできっとあの子に会えるとか。でも…意思を持ったあの子に会えることはもうないんですよね。なにを言ってるんだ、と思うかもしれませんが、私は漠然と走馬灯の中であの子に触れ、あのこと笑い合う、そんな風景を想像していました。けれど、あの子とはもう会話なんて出来ない。触れることも叶わない。もう、ないんですよ…。身体も、脳も。だから会えるのは私の作り出したあの子。もう未来永劫あの子は私の前に現
お盆休みを終えて、夫が仕事に行った。また1人の時間が始まる。下の子が合宿から帰ってくるタイミングで実家から戻ってきた。それからまた胸がザワザワと苦しい。だってここはあの子が倒れてた場所。現実に引き戻された。明るくしているフリをする。けれど心はテレビで見るあの戦地のよう。粉砕された瓦礫のピースは決して元には戻らない。重い"心"が入ったボロボロの袋を引きずり引きずり、瓦礫の中を這いずり回る。目的を失ったまま。私は身勝手。2ヶ月半も経ってあの子はもう戻りたいとは思わないかもしれ
ってのは私の事です。お盆。お盆に寂しいと思ったのは半世紀近く生きてきて初めてでした。これまでお盆は親孝行の時だったり、お墓参りだったり、連休で家族がそろったり。子供の時は祖母がご馳走を作って待ってる日だったり。お盆=楽しい日だった。今年は夫と2人。買い物に行ったり、あれこれ片付けをしたり。どこに行っても楽しそうな家族連れ。笑い声と笑顔が眩しいっ。去年までの私の姿。だれのことも気に留める事なくハッピーに過ごしてる。今年は反対の立場からみんなを見てる。去年までも私の周りで買
家から花火大会を見ました。あの子のお骨を花火がよく見える位置に置いて。おつまみなど買って。寂しいかな、と思ったけど、夫と2人、少しは楽しめました。感動屋な私は卒業式でも運動会でもすぐ涙ぐんでしまいます。それを防ぐ裏技を数年前から見つけました。それはスマホ越しに見ることです。綺麗な動画を撮ろうとすると感動はしますが、少し紛れて涙までは出ません。もちろん、ちょっとは肉眼で見ます。そして涙が出そうになるとすぐ、スマホで写真や録画を撮ります。で、涙を引っ込める。今回の花火も見られな
※写真はあの子が撮ったイルミネーションです。今朝方、あの子が旅立って初めて楽しそうにするあの子の夢を見ました。家族でいて、いつものようにあの子と私がじゃれています。あの子は寝転んで何か透明なフィルムのような物を両目に乗せ"見て見てコナンくん笑"と言いました。私は"全然違うじゃん笑"と言いながら2人で爆笑。本当にいつもの光景。その後じゃれながら私はあの子に尋ねます。"今日何日?"するとあの子は"6月1日"と答えました。あの子が旅立ったのは5月。私は"はっ!助かってる"