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今回は私のお姑さんのオカルト話。私とお姑さんは、仲が良かったです。もちろん普段は「お義母さん」と呼んでいましたが、時々「〇ちゃん」なんて私がちゃんづけて呼んだりしても、怒らない人でした。お義母さんは、割とこだわりの強い、ちょっとめんどくさいところがあった人でしたが、それを補って余りあるほど、とても人にはおおらかでかわいらしい人だったですし、私と義母では嫁姑戦争のよの字もありませんでした。けれど、話を聞く限り、義母は夫のお婆さん(つまり義母のお姑さん)とお皿が飛び交
今回は、夫に見えていたもの二回目。前回の夫に見えていたものは助からない人の話といえます。今回は、助かった人の話。そんなにはっきり見えるわけではない、とずっと言っていた夫ですが一人、確実に助けたであろう人がいます。その人は夫の後輩で、一緒に仕事をしていた男の人です。夫から、黒いもやが見えるとかそういう話を聞いていたし、前回書いた話の、黒いもやが張り付いているプロデューサーのことを、事前に聞いて知っていました。その話を聞いた後で、プロデューサーさんは死んでし
ブログを始めます。自分の記憶を整理して記録にしたいと思います。私達夫婦に起きた事、そして自分の気持ちを吐き出します。読み苦しいことがあります。どうぞお許しください。
昨日は、朝もお昼も泣いていました。ふとした瞬間に、夫を思い出して涙が出るのですが、朝の大泣きの原因は、私が甘ったれているからになるでしょうか。夫との生活を思い出すのが止まらなくて、たまらなくて、泣いてしまいました。夫にそばにいてほしい。支えてほしい。抱きしめてほしい。手を握ってほしい。隣で眠ってほしい。話を聞いてほしい。なんで帰ってこないの。ただいまーって……いつもみたいにだるそうに帰ってきて。私が、おかえりって抱きつくから。そしたら「今日は
私の人生再設計ストーリー、前回の続きです。妊娠中に夫が急逝。死別シングルマザーになり、それだけでなく、法人の訴訟にまで巻き込まれる。この短期間の間にこんなにも大きな出来事が一気に押し寄せた。それら一つ一つ、現実に対処していかなくてはならない。頭の中の「空想」ではなく目の前で起きている「現実」だから。それらに蓋をしてポジ変なんて到底できるわけがない。現実から目を背けられない状況。私は連日、頭を抱えていた。私が何をしたというのだ!
失われた時の中で2022年8月20日公開坂田雅子監督によるベトナムの枯葉剤被害をテーマにした中編ドキュメンタリー。夫の死を契機に枯葉剤の被害を追い始めた坂田監督が、重い障害を抱えた子供たちやその家族ら、枯葉剤被害者の現実を映し出す。あらすじ写真家だった夫グレッグが突然他界し、その死にベトナム戦争時に米軍が使用した枯葉剤が関係しているのではと聞かされた妻の坂田雅子は、夫の身に起こったことを知りたい一心でカメラを手に取り、ベトナムへ向かった。戦後30年を過ぎてもなお、そこには枯葉剤の影響で重
今回は、夫のオカルト話夫は、占い師だったお婆さんが亡くなってから、良くないものが見え始めました。あんたが私の目を継ぐ、と言われていた通り、おばあさんから力を継いでしまったのでしょう。それは、「黒いもや」のようなもので命をもうすぐ失う人の周りは、その黒いもやで本人が見えないほどだったと聞いています。夫の話はいくつかありますが、覚えているのは、夫が嫌いだった人で、大ヒット邦画のプロデューサーが亡くなった話でしょうか。廊下ですれ違う時に黒いもやの塊が近づいてきて
悲しい時は我慢せず泣けと言いますが、そうやって泣いて喚いても、全部すっきりするわけではないということに最近気づきました。いえ、一時的にはすっきりしているんでしょうか。でも今まで一晩寝ればなくなっていた悲しみももやもやも泣いて吐き出しても、また心の底の澱から、新しく悲しみが生まれてくる。たとえが悪いかもしれませんが、ヘドロから出る悪臭をいくら吹き飛ばしたところで、ヘドロはそのままですね。泣いても笑ってもどこにも流れていかないこの心のヘドロの掃除は、どうしたらできるんでし
『自分の為にたこ焼きを作る』なんて・・・夫が亡くなって以来初めてです😳作りながら、たこ焼きが大好きだった夫への思慕で込み上げる物も無く、楽しんでたこ焼きを焼く自分の姿に、本当に、あの日以来私は夫の死を完全に乗り越えたのだなぁ・・・と、しみじみ実感しました。はい、出来上がり。本日の夕飯はこれだけです。『たこ焼きの粉』には、初めから味がついてるので、私は基本おソースは付けません。美味しく楽しく一人で頂きました🥰💕゚・:,。゚・:,。★゚・:,。゚・:,。☆゚・:,。゚・:,。★゚・:,。
今日は夫の月命日。夜は、家で夫も義母も大好きだったたこやき。私の父母と夫と、入院中もなにかとお世話になった行きつけのバーのママとマスターを呼んでのたこやきパーティです。義母が亡くなる直前に家で食べたのは、たこ抜きたこ焼き(たこ入れて焼いて、たこを抜く)でしたね。お義母さんもたこ焼きが好きでしたけど、たこ焼きが好きというよりはみんなでわいわいご飯を食べるのが好きというのが、正しかったかもしれません。夫の実家近くに家を建てた時に、私の親友が新築祝い何が欲しい?と聞い
ごきげんいかがですか水曜日は清水比庵の歌(短歌)をご一緒にふるさとの人は年老いてよく語りよく喜びぬなつかしきかも案外、田舎の方が年をとってもよくおしゃべりをするのかも知れない。都会にすむと、よもやま話を気軽にできる環境ではないのかもしれない。久しぶりにふるさとの田舎に帰ると、みんなよくしゃべる。よく喜ぶ。それがなんとも懐かしく嬉しい比庵であった。年老いて日々に無事なり天地のささやく如く雨のおとする※今週の朝日歌壇から共通選1首・男系男子を嘆く?
明日は夫の月命日です。たこやきをみんなで食べる予定です。夫は、たこ焼き好きだったので。夫の命日から、もう一月、まだ一月というぐちゃぐちゃの気持ちですね。私は、夫が本当に大好きです。愛しています。今、六月に戻れるのならば絶対に六月半ばの転んだ瞬間に夫を病院に無理やり連れていく。おそらくあれが、義母か夫の祖母かわかりませんが、ギリギリのタイミングの警告だったと思います。それを、私も夫も無視してしまった。六月の頭の検査では全く数値に出ていないので、六月半
毎年、8月の第一日曜日は、地域のお墓参りの日。ギラギラの日差しの中、妹と、まずはお寺へ。住職の読経を聞きながら、父、母、そして、オトンを想いました。オトンの戒名も、読み上げていただきました。ちょっと鼻の奥が、ツン、と、きました。住職に、「お元気に過ごされていて、ほんとによかったです。Facebook見せてもろてます」ドキッ(笑)そんな夜は、急に話がまとまって、わが家にて、ハイネケンの樽を開栓。一品持ち寄り、ってことで。
『Tシャツが乾くまで』というドラマにはまっています。一つひとつのセリフが、過去の自分と重なってしまって、ものすごく共感します。死別をしても、普段の自分と変わらない様子でいると、周りは違和感があるのでしょうか。死別をしたら落ち込みます。心もものすごくつらいです。でも、人前では毅然としていたり、仕事はむしろその辛さから解放されて没頭できることもあります。だから、それは周りからすると違和感なのかもしれません。辛かったら仕事は手につかないものだとか、ミスをするものだとか
夫の祖母の話。今回は千里眼編。お盆が近づいてきましたね。夫はまだ四十九日が終わっていないので、きっとまだそのあたりにいて、私を見ていると思いますので、今年のお盆は関係ないんですけど。今まで、お盆なんて全く気にしてなかったのに、夫が死んだ途端にこんなにお盆グッズってあるんだなと気づきましたね。今までどれだけ周りを見てなかったんだという話ですけど。大切で身近な人を亡くすというのが初めてなもので、お盆に帰ってきてほしい人とか(祖父母は、特に会いたいと思わないし)今までいなか
『夫の仕事復帰、転院、その後の体調変化』夫は約3ヶ月休職し、元の職場に戻りました。全ての役職を降りたので、責任から解放され、楽になれる。そう期待しての選択でした。私は辞めることを強く勧めましたが、こ…ameblo.jp↓↓↓『夫に決断させたのは』『夫の仕事復帰、転院、その後の体調変化』夫は約3ヶ月休職し、元の職場に戻りました。全ての役職を降りたので、責任から解放され、楽になれる。そう期待しての選択で…ameblo.jp↓↓↓続きです。夫の死について書いています。ご注意ください。
今回は、またオカルトが入ってくる話です。夫が死んで次の週に、遠くに住む私の親友が心配して泊まってくれました。泣いたり笑ったりしながら話をしている途中で、彼女が夫の遺骨をダイヤモンドにする話をしてくれたのです。遺骨や遺灰、遺髪の炭素を使ってダイヤモンドにする技法ですね。葬儀会館にも冊子がありました。それだったら一緒にいられるし(位牌は、義父が生きていて仏壇があるため夫の実家にいく)いいかもね~なんて話を、酔いながらしていました。あ、ちなみに住職さんに尋
私の人生再設計ストーリー、前回の続きです。夫の死については過去記事でも書いていますが『死別直後の心境(回想)』こんにちは、akikoです。自己紹介にも書いたように私は妊娠中に夫と死別しています。死別直後、こちらの気持ちとは関係なしに喪主となり、葬儀の事などは進んでい…ameblo.jp改めて。夫の誕生日が目前となり、夫に「誕生日、行きたいところ考えておいてね」そう伝えたのが、最後の会話になった。コロナ禍で県外移動はできない。近場で夫の好きなホテルに泊まれた
例えば私が今死んだとして、困るのは財産の処分でしょうけれど、大したものと言ったら夫が残してくれた家くらいでしょう。現金なんかはみんなで分けちゃえばいいわけですけど、でも死後のあれやこれやを、テキトーでもいいからやってもらうための現金はいるわけです。相続人のいない今は、最初に来る相続人は私の父になるでしょうか。父が死んだら、おそらく私の兄側の甥っ子になるでしょうか。そんなに会ったこともない甥っ子たちにやってもらうのは気が引けますね。お葬式なんか、私もうぶっちゃけ直葬でいいわ
山本潤子さん。私が小学生の頃デビューした方で、綺麗な歌声を聴かせてくれていた。「赤い鳥」「ハイファイセット」のボーカルといえば、私たちの年代の方は、ああ、と分かるだろう。彼らがデビューするコンテストでは、オフコースを押さえて赤い鳥がグランプリだった。オフコース大好きな私としては、でもまあ赤い鳥がグランプリなら仕方がないかと後で思ったものだった。(小田さんも彼女のことを大絶賛していたし。)潤子さんは「翼をください」とかそのあとのハイファイセットで「卒業写真」とか「フィーリング」とか、う
理性的であることは、とにかく厄介だなと思います。感情的にすべてを捨てられるならどれだけ楽だろうか。そしたらきっと、私は今頃生きていないでしょうね。様々な名前のある人、ない人たちがこの国に残した宗教観にほんの少しだけ感謝しています。死ねば誰でも同じところにいけると思ってしまったら、生きるのをやめていたかもしれませんから。悲しみが継続しないように、夫を愛しているという感情も、このまま生き続けることで他の誰かを好きになってしまうかもしれないと思うと、それも怖いのです。永遠に
「また、次(の、お付き合いする男性)探すの?」と、次男に聞かれた還暦未亡人あんじぇら☆です子どもたちの父親と別れて、けっこうすぐに子どもたちから婚活を勧められ、その気になったのが私ですしかし、今は私、夫の死を悲しむほやほやの未亡人だよ?なんて事言うのよ、次男もう探しませんよ正直懲りましただって私子どもたちの父親はギャンブル依存離婚後、負債を遺して逝きました婚活して(正確には婚活に疲れたところで)婚約までしたのが、DVほんと、事件になるんじゃないかって危険もあ
今回は完全にオカルトというべき話。ちょっとしたシリーズで書いていきます。夫の祖母は、占い師でした。巷でよくいる商売をしている占い師ではなく、紹介がなければ占ってもらえない、どこにもお店がないただの一軒家にいる、おばあちゃん。お金は一切受け取らなかったので、みなさん物を持ってきていたと聞いています。夫は、そのおこぼれ…もとい占い師本人以外には現金を渡してもよかったようで、時々来た人からこっそりおこづかいをもらっていた(もちろんねだったのではなく向こうから自発的に)と聞
心の勉強をしていると、色々なことが腑に落ちることが多いです。今までの思考の癖が、私たちには非常に大きく影響しています。頭では「変わりたい」と思っていても、結局は元の木阿弥。気づけば、いつも通りの自分に戻ることを繰り返します。嫌な癖だとしても、それはある意味、自分にとって慣れ親しんだ安全地帯だからです。仕方がないことでもありますし、自分自身を守っているということでもあります。でも、その癖を打破するなら、周りが変わることはありません。自分が変わるしかないのです。マインドを変えようとす
前回からの続きです⇒パートナーさんが亡くなりまして①今、私は北海道中を車中泊でめぐる旅をしていますその旅のお陰でようやく、泣かずに生きられるようになってきました旅の動画も下の方にリンクを貼っておきますので、もし気が向いたらご覧くださいパートナーさんが亡くなってからずっと泣いて過ごしていたのですが、寝る瞬間、起きてすぐ、潜在意識と繋がるゴールデンタイムにパートナーさんのことでの後悔や、怒りなどどうしてもどうしてもネガティブなことばかり考えてしまっていたんです仕
みんな、こんな毎日毎日どこかのタイミングで夫を思い出して涙が溢れるようなそんな日々をどうやってやり過ごしているのかな……と。もちろん日にち薬とは言いますが、それにしても毎日辛い…。不思議で不思議で仕方なくて、時間だけでどうにかなるものなのか?と考えてしまうのです。私もネット黎明期前から生きている人間なので、とりあえずネットで調べてしまいました。「夫死別悲しい」みたいな単語を並べて検索してみると『グリーフケア』という言葉に当たります。家族、友人
初めて、UberEatsを頼んでみた。ちょっと勇気が入りましたこれからもお願いしようっと。勇気だして・・・(^^)今から読書時間。オトンも大好きだった井上陽水、その彼の歌を深く掘り下げて、「英訳詩集」おもしろいんで、ふといろいろ思ってしまってん。私を愛しいと思ってくれる人は、もういないこと、楽しいこと、嬉しいこと、分かちあえないこと、私の面白い話を聞いて、笑ってくれる人がいないこと、ネックレスをとめてくれる人、怪我した右手の指に、傷
夫は、人のために生きて、人のために死んだような人です。目立つのが嫌いで、でも彼がいなければ成り立たない仕事もあったりして縁の下の力持ちという言葉がぴったり当てはまるような、そんな陰でみんなを支える人でした。夫は自分のため、と言っていましたが残念ながら私にはそうは見えず最後まで人のため私のために働いていたと断言できます。あんなに人のために働いている人は見たことがなくて、ずっとずっと本当に休みもなく働いて昨年胃がんになったのをきっかけに、少しずつ仕事をセーブしてやっと最近楽な生
色々な人と対話をしていると、分かり合えたなと感じる事が年々増えてきています。とはいえ、なかなか難しいと思う時も、もちろんあります。それは、お互いの解釈が違う事が受け入れられないとき。もしくはそもそも,その解釈すら聞き入れたくないと話を聞いてもらえない時ですね。そう言う人は、自分の言いたいことだけ言いっぱなしで、相手の話を断固として聞きません。自分の正しさを証明したいから、自分と違う意見はそもそも聞かないと言う姿勢をとります。そうすると自分の中には自分の正しい意見しか存在しなくなりますの
夫が亡くなり、二週間ほど経ちましたがいろいろとやることに追われています。泣いているばかりではいけないと思っていても泣いて、やらなきゃと思っても体が動かず、うまく寝られず、ご飯も食べられずの毎日でした。ただ、このブログに関してのみで言えば、書けなかったというよりは、最初プロフィールに書いていたように(再開にあたりその文言は消しました)、夫が死ぬまでブログを続けようと思っていたので、夫の死で終わろうと思っていたのです。しかし時間が経つにつれまだ夫のことで書いていないことがある