ブログ記事1,209件
朝早くに吉野神宮をスタートし、昼過ぎに金峯神社に到着。そして昼ご飯も食べず歩き続けて、さらに寄り道して如意輪寺。このように如意輪寺は脇にそれたところにあります。ようやく見えてきた。しかし疲労のピーク。入口のところでしばし休憩を取りました。ここに青年武将楠木正行が決死の覚悟を記したのだという。初めて太平記を読んだ時は、父正成との桜井の別れのイメージが強く、少年が戦争に行ったものだと勘違いしたものです。難切不動尊、とな。不動明王様が
ブログランキング参加しました。『ブログランキング』と『にほんブログ村』の2つです。よろしければクリックお願いします。歴史ランキングにほんブログ村いつも応援ありがとうございます。久しぶりの日本史記事ですがあまりにもマイナーだから興味ある方はほとんどいないと思います。国司信濃、本名国司親相(くにしちかすけ)。幕末の長州藩家老です。21歳の若さで家老就任、1864年の禁門の変では益田右衛門介、福原越後ら他の家老と共に長州藩兵を率いて上洛、薩摩藩・会津藩を主力とする幕府軍と戦うも
桑の葉お蚕さん御用達本の名を忘れたが塩野七生の著作に、彼女がたまたま旅行中、内戦下のキプロスの軍人に会って話をしたときのことを書いたエッセイがあった。どうすれば、部下は上官のために死んでくれるのかと凄いことを訊いたらしい。軍人曰く、大意、普段から部下の面倒をよくみる。訓練も最善を尽くす。部下の為にできることは何でもやる。そうすれば、いざというとき自分のために死んでくれる。上司は選べないのが組織の原則であり、こういう上官に恵まれればよいが、旧軍には「上官の命令は陛下の御命令で
寺社No.6613御朱印No.6997赤松円心兵庫県赤穂郡上郡町2024年10月1日武将印は、上郡町観光案内所赤松円心(則村)1277年~1350年父:赤松茂則、子:赤松範資、貞範、則祐、氏範村上源氏上郡町赤松五社八幡神社赤松円心御影堂松雲寺『【上郡町】赤松松雲寺【御朱印なし】』寺社No.5454御朱印No.【なし】金輪山松雲寺兵庫県赤穂郡上郡町赤松東寺真言宗赤穂郡八十八霊場1、4番赤松貞範建立、カヤの大木2020年9月26日砦みたい…ameblo.jp赤
寺社No.6612【未登】御朱印No.6996国指定史跡白旗城跡兵庫県赤穂郡上郡町2024年10月1日御城印は、上郡町観光案内所標高440m、赤松円心築城2020年9月26日円心の里と白旗城跡登山口200927NHKBS太平記201206ごんたさんのブログ『白旗山439.9m難攻不落の名城跡』前日の6日に丹波市の金山540mを歩いた後は道の駅「しんぐう」に隣接している新宮ふれあい福祉会館の「ふれあいの湯」で汗を流し、金山登山口からは約103km、2…am
宿坊がある地域を抜けると、急激に人が少なくなります。そろそろ疲労もたまってきた。そこでバス停に行き、上まで行こうと思ったらです。運休日でした…やむなく徒歩で上を目指すことにしたら、ここで出会ったのが二十代の若者二人組。彼らもこれから上を目指そうとして、ここで休憩をとっていたところでした。「僕ら一度来たことありますけど、吉野水分神社まで三十分くらいかかりますよ~」「じゃあ俺はもっとかかるなぁ」などと会話。もう一人、体格が良くて自分より若い男も上までの案内板を見てい
おそらく元となっているのは、『太平記』の巻21に見える「何れあやめと」だろうと言われている。二つの花がよく似ていて、美しいことから、どちらも優れていて、優劣がつけがたいという意味です。とてもうまく表現しましたね。
児島高徳御墓兵庫県赤穂市坂越児島高徳?~1382年義父:和田範長鎌倉末期、南北朝時代の武将。備前児島の土豪。後醍醐天皇奪還計画の「白桜十字詩」で有名。明治時代、忠臣として国民的英雄となった。「天莫空勾践時非無茫蠡」この鳥居は、白勢稲荷の鳥居か御墓の鳥居か、どちらでしょうか。忠魂碑御墓ここで死んだ説と、東国に逃げた説があります。賜天覧備後三郎碑宝珠山妙見寺の境内の一部です。白勢稲荷「船岡園十三景」四観海軒清一望濶瀬戸内市餘慶寺児島高徳供養塔『【瀬戸内市
金峯山寺蔵王堂の次は東南院。歩いていけば右手に門が現れます。中に入ると。多宝塔に圧倒されました!そして本堂へと。この時は中に入ってお仏様を拝むことが出来ました。金峯山寺の南東にある、というのがこの名前の由来か。そして向かい側には…吉水神社!ここも世界遺産として登録しています。吉水院とも言うのですね。坂を登っていくと…吉水神社の歴史が書かれていました。源頼朝に追われた義経、弁慶、静がここに滞在し
ここに初めて来たのは、もう8年も前になるのか!『吉野山その3~後醍醐天皇の吉野朝跡地~』吉野山攻防戦で敗北した大塔宮が最後の酒宴を開いたとされるところに四本の桜が植えられ、後世に大塔宮陣跡地として記念されているのだとか。しかし村上義光の活躍で…ameblo.jpここでデジカメの調子がおかしくなり、おそらく撮影したであろうデータのいくつかが飛んでしまっている。ということは、吉野山にはまた行かねばならんということだ。髪の毛の神様・脳天大神から戻ってきて。吉
「虎に翼」はあんまり観ませんでした(´・ω・`)最終回、亡くなった夫の優三さんがでました中野大賀さんはこれから大河でも「豊臣兄弟!」の「!」がいやな予感しかしない(´・ω・`)ふざけないで真面目にやればどうやったって面白いお題なんだからNHKはしっかり作ってほしい(´・ω・`)音楽も妙にポップにならなくていい、大河らしく威厳のあるものがいい個人的には、秀長は高嶋政伸さんでイメージ固定金遣いの荒い兄になにかあったときの為自分は節
隠岐·黒木御所。歴史ロマンと絶景が融合する島での特別な体験\46都道府県制覇28km走破車旅好き/絶景大好きで全国の色んな所に出掛けてます。いつもお読み戴きありがとうございます。前回は、隠岐·焼火神社の神秘と歴史についてブログを書きました。『隠岐·焼火神社、神秘と歴史が織りなす島国の聖地』隠岐·焼火神社、神秘と歴史が織りなす島国の聖地\46都道府県制覇28km走破車旅好き/絶景大好きで全国の色んな所に出掛けてます。いつもお読み戴きありがとう…ameblo.jp今回は、後醍
さて吉野朝宮址のところにこんな案内が。「首から上の守り神脳天大神」これはいかなる神社なのか?1.顔面2.髪の毛3.頭脳ともあれ行くことにしてみた。階段を下りる前に見つけた役行者だ。吉野にはこの役行者が多い。階段を見下ろす。かなりの急勾配である上に、距離も長そうだ。予想以上に階段が長かった。大学の時に女先輩から「後ろ姿が可愛い」と言われたペンギンウォークが未だに身についている。やっと神社が見えてきたぞ。しっかりと
しばらくサボっていましたが、吉野山。『吉野山その2』早朝に吉野神宮を見たのは先日の投稿で。http://ameblo.jp/lucky-penguins904/entry-12254898749.htmlそ…ameblo.jpもう8年も過ぎていたんだ…時の流れは速いんだぜ。吉野神宮から歩いて歩いて、下千本まで来ました。幕府軍を迎え撃つ大塔宮は、こうして高台から敵を見下ろしていたことになる。赤い橋が見えてきました。ここが宮軍の最初の防衛ラ
『SHOGUN将軍』エミー賞18冠!おめでとうございます!今から33年前、私は大河ドラマ「太平記」出演の機会を得て、NHKでの本読みに臨んだ。出席者は、すでにスター俳優だった、主役の足利尊氏役の真田広之さんを初めメインの役者さんが7、8人。一方の私は、出演といっても1話だけ。シーンも2シーンのみの、誰から見ても取るに足らぬ無名の俳優。それでもスタッフさんがキャストの皆さんに御紹介くださった。そのとき、真田さんはわざわざ椅子から立ち上がり、頭を下げて御挨拶くださった。
「坂の上の雲」再放送中素晴らしすぎる(´・ω・`)真之を見送る徳井優さんの暖かいまなざし・・・情熱あふれる香川照之さん(これを機に戻ってきてほしい・・・)見事な騎馬姿・阿部寛さん本木雅弘さんはビシっと軸が通っている脚本の野沢尚さんが途中で他界されたので脚本監修という形で、「太平記」「麒麟」の池端俊策さんがまとめています音楽もいいんだこれがキャラの情緒を引き出し余韻を残すエンディングこの曲はほぼ毎年コンサートで聴き
足利一門のお寺ずっと足利駅のほうに戻ってきました。ここは鎫阿寺(ばんあじ)で真言宗のお寺です。足利一族の氏寺です。大いちょう。もともと足利氏の屋敷があったところで、周囲には堀や土塁のあとが見られます。太平記館は観光案内兼おみやげ物のお店です。ゴールはスタートと同じJR足利駅でした。約8.5km、2時間40分のウォーキングでした。(撮影:2024.6.9)
三枝成彰さんの「太平記」のサントラを探しに、ブックオフへ当時は大河ドラマのサントラがなくこの「太平記」も他の人の指揮・編曲なので正確には三枝さんのものではありませんへんなとこ壮大になっていたり、テンポが違うそれでも欲しい、聴きたい(´・ω・`)第7話で高氏が夜霧の中、藤夜叉をのせて馬を走らせるシーン!あまりの甘美なメロディに、日曜朝6時に目が覚めました三枝さんの音楽は本当に素晴らしいのですブックオフはあんなめんどくさい並べ方しないで
軍神の血脈楠木正成秘伝/高田崇史【1000円以上送料無料】楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}副題は「楠木正成秘伝」です。特攻隊の生き残りの祖父が主人公に渡した太平記。祖父はその本を元にある物語を書こうとしていた。そんな祖父が暴漢に襲われ、そこに残された謎の文字から、楠木正成について調べ始める主人公。徳川家康が正成信奉者だったと思うのですが、江戸の鬼門なども出てきます。南朝と北朝、いずれが正当かという皇国史観と、第二次世界大戦で散っていった人々。
牛に引かれて善光寺参り(^^♪というわけで、今日の関東地方も残暑が厳しくなりそうですが、その前にちょっとだけ。つい先日、久しぶりに足を運ばせて頂いた長野県の善光寺の模様をお届けしたいと思います(^^♪じゃんじゃじゃ~ん☆☆☆こちらに見えますのは、善光寺へ向かう前に立ち寄らせて頂いた長野県上田市の池波正太郎記念館でございます。室内は撮影禁止でしたが、館内は思いのほか充実しており。期間限定の企画展示も楽しむことができました(^^♪真田
息子の誕生日も終わり、気がついたらもう9月!でもまだまだ暑いですね(^^;今回は今期、ハマっているアニメの紹介です。逃げ上手の若君作者は「暗殺教室」を描いた松井優征先生です。少年ジャンプで現在も連載中です。暗殺教室の作者が今度は歴史漫画?!この漫画が出た時はちょっとびっくりしました。主人公は北条時行。実在した人物です。物語最初はまだ8歳くらいの子供です。この表紙が主人公の北条時行。めっちゃ可愛い(〃▽〃)まぁ、漫画の主人公だから、これくらいのインパクトないとね(^
日本史、どこから勉強していいか、わからん。もう、いまさら、めんどうくさい、と言う方。まんがで、楽しく、勉強しちゃいましょう。面白いよ。いま、さいとうたかお先生の「太平記」読んでます。おもしろい。ゴルゴ13は、ご存知ですよね。このシリーズいろいろあります。また、石ノ森章太郎先生が、全巻書き下ろした大作もあります。このシリーズ、NHKの大河ドラマより、面白いです。
吉野神宮から吉野山へと向かいます。なかなか大変な山道。不動坂、というのか。薬師堂跡の石碑。吉野神宮からケーブルカー乗り場に向かう途中に、もとは薬師堂があったと記されていました。この山全体が修行の場所。久しぶりでここに来ました。村上義光の墓。『吉野山その2』早朝に吉野神宮を見たのは先日の投稿で。http://ameblo.jp/lucky-penguins904/entry-12254898749.htmlそ…ameblo.jp
谷瀬の吊り橋を渡った後で、黒木御所を目指します。このあたりにはキャンプ場があり、また黒木御所跡地以外にも楽しそうな場所があるのだが…残念ながらこちらは時間がない。吊り橋から十分ほど歩いたところで見つけました。楠木正成のデビューとなった赤坂の戦い。とありますが、ぢつは護良親王は赤阪の戦いには参戦していません。この時親王は般若寺で敵の追撃をかわしたあと、熊野を目指して歩いていました。『般若寺にて大塔宮のイリュージョン』笠置山・赤坂城と、相次いで後醍醐天皇側の
世の中の人は執権何人知っているだろうか?初代から3代目までは知っているか?時政、義時、泰時は有名か実質的には最後の執権である高時もまあ有名かもしれぬ。それ以外ではどうだるか?いざ鎌倉で有名?5代目の時頼元寇の時の執権である時宗大河ドラマであったし多少は知られているか???大河ドラマ見ていた人は赤橋守時も知っているか?16代であるな。貞時、師時とかまで知っている人は少ないかな?宗宣、煕時、基時まではさすがにしらないか。太平記によると17代がい
いや…、今までは見てたんだけど、もういいや…って感じになってきてる。大河ドラマ。やっぱ時代背景かな…。心躍らない。ワクワクしない。次ドゥなるの?…ってのがないのよね…。更に、昔の大河ドラマの名場面をユーチューブで見ちゃったりするとさ…。比べちゃいけないんだけど…。コレって役者さんの力とかではないと思うのよね。映画とかスゲェって思うのあるじゃん?キングダムとかさ。王騎将軍、マンガとはビジュアル全然違うけど王騎将軍だもん。だから、単純に大河ドラマが軽くなっちゃってるのかな…って。昔の大河はホン
歴史人のホロスコープ鑑定、しばらくお休みしていましたが、久しぶりに復活です🌟『8月生まれの歴史人』8月18日は『足利尊氏』さんの誕生日🎂足利将軍家の祖である尊氏さん。後醍醐天皇とともに鎌倉幕府を倒し、室町幕府の初代将軍としても有名ですね。ということでホロスコープ鑑定をさせていただきました!足利尊氏さんの出生地は京都か鎌倉か、など色々な説があるようですが、京都の綾部安国寺に尊氏さんの生湯の井戸や、産着・毛髪などが保存されていることから、京都でホロスコープを作成してみました。生年月日は
極楽征夷大将軍(文春e-book)Amazon(アマゾン)★★★★★足利尊氏、その弟の直義、そして足利家執事の高師直の3人を軸とした、現代版の太平記と言って良いだろうか。尊氏は怠惰で情けない人物であり、それを直義と師直が支えていた、という解釈は(自分には)とても新鮮だった。何より面白くて読み耽っていたが、非常にボリュームのある一冊で、夏季休暇中でなければ一週間ではとても読み終えれなかっただろう。大河ドラマ化される可能性があるんじゃないだろうか。真田広之主演の「太平記」依頼、足利尊
皇居跡をみてから、続く目的地は北畠親房の墓。資料館の裏の山の上にあると聞いて…案内標識に沿って坂を上っていきます。ところが坂を上ったところで、ふと案内が途切れる。先には稲荷神社が。まずはお祈りしてきました。ちなみに今後ここを目指す方、この神社に来たらUターンです。いちおう資料館の方に要望出してきましたが、廃校の門のところに最後の案内板を設置してほしい。そうでないとわからん。神社の手前、向かって左に古い校門が。すでに廃校。その門の