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湊川の戦い・・・延元元年/建武3年(1336年)九州から東上した足利尊氏・直義の軍が、摂津国湊川で新田義貞・楠木正成らの軍を破った戦い。今年の7月あたりから北方謙三先生の太平記もの・・・いわゆる北方太平記を再読し始めまして・・・『武王の門』(懐良親王)、『陽炎の旗』、『波王の秋』、『破軍の星』(北畠顕家)、『悪党の裔』(赤松円心)、『道誉なり』(佐々木道誉)、『楠木正成』と全作品(現在における全作品)を読み切りました。『【か】懐良親王
週末、YouTubeが1991年度の大河ドラマ《太平記》のショート動画を推し捲って来ました「え゛っ何で今更」と不思議に思ったのですが、後々Wikipedia《大河ドラマ》の項目を確認してみると、この4月からBSプレミアム4Kでアンコール放送をしているのですね。・・・・・・ということは、来年1月からNHK-BSでもアンコール放送するということですか後に足利直冬の母となる藤夜叉(宮沢りえさん)と若き日の足利高氏(真田広之さん)の非常に切ないラヴシーンを思い出すと、今でも涙目に
楠木正成・・・鎌倉時代末~南北朝時代の武将。父は楠木正遠と伝えられ、幼名を多聞丸、のち兵衛尉と称する。後醍醐天皇の鎌倉幕府討伐に参加し、河内の赤坂城にて挙兵、のちに千早城に拠り幕府軍を防ぎ、諸国に反幕軍の蜂起を促した。建武新政により河内守および摂津・河内・和泉3国の守護となる。のち建武政権に反した足利尊を九州に駆逐したが、再起した尊氏の大軍を湊川に迎え撃って敗死。(楠木正成像:皇居外苑)今年の7月あたりから北方謙三先生の太平記もの・・・い
伊関浩明氏という名の高齢と思われるネトウヨがいます。本人のホームページには職業は個人営業の彫金師と書いてありますが、仕事の話が出て来なくて、1日中ネットの書き込みをやっていて、毎日のように政府にメールを送り付けていますから、仕事は殆どしていないのではないかという気がします。ネトウヨでも嫌韓や外国人排斥の主張が少なくて、特攻隊礼賛で戦前に社会を戻せば全てが良くなるといった主張を飽くことなく毎日書いて、戦前に社会を戻せと唱えるメールを政府に送り付けています。その人物が下に貼ったようなことを
③京見峠は標高446メートル。南北朝の内乱を描いた『太平記』に「京中を足の下に見下ろせる」と書かれている。後醍醐天皇方は都の足利尊氏勢を攻める為、北の要衝である京見峠に陣を敷いたとある。古来、若狭・丹波と京を結ぶ道の要所で、室町期には関所があった。峠に立てば、眼下に京都五山送り火「船形」がある船山、さらに鷹峯が見え、更に前方に目を移すと京都市中が一望でき、若狭・丹波からの旅人の感慨がしのばれる。今では舗装された府道が通り、京都市街地から杉坂や周山街道に抜ける車が往
津市を東西に流れる雲出川にかかる瀬戸ヶ渕橋です。橋名は岩肌が露出した瀬戸ヶ渕のそばにかかることから。詳しい地図で見る瀬戸ヶ渕橋南から。下路式のトラスドランガー。南東から。青空をバックに見上げる。橋門構のある端部だけ筋交いのパターンが違う。高欄には津市の花、ツツジが描かれていた。…ツ市だからツツジ?南のたもとに下りられる謎のスペースがあるのでそこから。瀬戸ヶ渕は白山町の由来となった伝説の舞台となっている。説明書きの中の珍徳上人は別名円乗坊といい、橋
「逃げ上手の若君」の2期が最終回です。……いかん、録画を見るのが追いついていない(汗地味に忙しくて、風邪っぽくもあって。なにかそれっぽいことを書きたいのですが。拙著『北畠顕家の旗ー蘭陵王太平記ー』にも北条時行は登場しています。北畠顕家の連携相手に新田義顕を選んでいるので、出番はあまり多くないかも知れませんが。まあ、年相応の少年ぽく出ているというか、何というかあわや、斬られそうになっていましたが、若様。あとは……岩松経家も。出番は1か所くらいですが。全力で今更ですが、経
1,不屈の南部一族さて、師行の2回目ですが。2度目の上洛戦も当然参加。鎌倉から東海道を経て、青野原へと顕家と共に進軍します。本作では敗戦後、青野原に踏み止まって敵を防ぎ、佐々木道誉勢と激戦の末に討たれたとしています。実は……戦死場所はここではなくて。青野原を生き延び、伊勢、大和と顕家と共に行動。最後は顕家の死んだ石津の戦いで、共に戦死しています。本作では少々影が薄かったですが、最後まで顕家と共にいたのは師行でした。私も最近まで知らなかったのですが、石津には顕家と共に、師行の供養塔がある
フランキー堺と緒形拳みたい。
佐々木道誉・・・佐々木高氏、京極高氏、京極道誉とも。鎌倉末期~南北朝期の武将。宇田源氏の佐々木氏の分家である京極氏に生まれる。鎌倉幕府では執権・北条高時の御相供衆として仕え、高時が出家した際に共に出家して導誉と号した。足利尊氏に従って建武の新政の樹立に功を挙げ、尊氏が室町幕府を樹立するとそこでも功を挙げ、尊氏没後も室町幕府で権勢を誇った。(NHK大河ドラマ『太平記』より左が足利尊氏、右が佐々木道誉)現在、北方謙三先生の太平記もの・・・いわゆる「
福岡に戻ってひと月以上経ち寂しい気持ちはそのままですが、、すっかり福岡県民です。京都に住んでたことが既に夢かと思うほどただ勿論こっちの方が快適なことも多くて一番は🚙が使えること。やっぱり車は便利です。京都でも時々レンタカー借りてやってましたがそれでもやっぱり無理してでも車持ってればもう少し行動範囲が広がったなと思います。田舎の方には中々行けなかったので後悔しても遅いけど大きな後悔のひとつ後は図書館❗️京都でも図書館にはお世話になりました。家の近くは勿論あちこち遠征しま
赤松円心・・・赤松則村、鎌倉時代後期~南北朝時代の武将。護良親王(大塔宮)の令旨に応じ、六波羅探題の攻略など元弘の乱で活躍し、建武政権の成立に貢献。ただ報いられることが少なく、足利尊氏が建武政権に背くと、尊氏を助けて活躍。(大河ドラマ『太平記』より)現在、北方謙三先生の太平記ものの作品(いわゆる「北方太平記」)を読み直しておりますが・・・今回は『悪党の裔』という作品を読み切りました。赤松円心を描いた作品になります。なお、作品名に
1,宗広の最期さて、結城宗広の第2回ですが。宗広には2人の息子がいます。長男は結城親朝、次男は親光。親光は足利尊氏と共に都を攻めて功績を上げ、建武政権で重用されます。世に名高い「三木一草」のひとりです(楠木、結城、名和(伯耆守)、千種)。京都攻防戦では楠木正成とともに瀬田を守りますが、敗戦に際して偽装降伏して尊氏を討とうとします。ところが尊氏に見抜かれ……これまでと悟った親光は群がる足利兵を次々と倒し、箱根・竹之下の戦いで新田を裏切って敗因となった大友貞載を狙いますが討ち取られました(
森山光太郎先生の「冬霞」という小説、読み終わりました。題材がイイ。足利直冬公。足利尊氏公の子…だけど、尊氏公の弟、足利直義公の養子となって父である尊氏公と戦っていく…という方。かなりマニアックでしょ。この作家さんの小説を読んでてスゲェな…って思うのが、敵方をホントにイヤなヤツとして描いてるトコ。オイラの中でこの時代ってったら、NHK大河ドラマ「太平記」。本来の主役である尊氏公が、この作品では強大で自分勝手で誰もが嫌いになるだろうって姿で描かれてるの。史実知ってるから負ける訳ないんだけ
磯見忠彦監督による日本のコメディ映画。出演は小沢昭一、西村晃、古川潤子。<あらすじ>キャバレー経営者の益本利徳は、ライバル店が真相されると知って第二店舗を考えた。ところが予定地は文教地区であったため反対され、第一店舗も燃えてしまう。それでもくじけず焼け跡での営業や第二店舗開店などをやり、自分の天職がこれであることをかみしめた。<雑感>これも小沢昭一のコメディ。どこをどう面白がればいいのかわからない微妙な作品であった。おそらくだが、大学の経営学などより人間の中に混ざって人と触れ合う方が
女優の宮沢りえ《本名:宮沢梨絵》は、東京都練馬区出身で、生年月日は昭和48年(1973)4月6日。2026年8月現在、53歳です。11歳の頃、モデルとしてデビュー。昭和62年(1987)、白鳥麗子役で登場した「三井のリハウス」のTVCMで一躍注目を浴びます。翌年、映画『ぼくらの七日間戦争』でスクリーンデビューを果たします。篠山紀信撮影のヌード写真集『Santa-Fe』は、社会現象と呼ばれるほどのヒットとなりました。その後、マスコミから、私生活に関して、様々なバ
最近なってまとめてみましたが、太平記読んでる感じですね。太平記が史実かどうかはさておき、すごくわかりやすいです。北畠さんも実際あんな感じだったって言われてますからね、何より登場人物が若い、ほんとであればすごい時代だったと思います。太平記に20何巻も時間書けれる受験生はいないと思いますが、、、日本史において誰が書いた書物かが重要視されますが、内容も大事です。まぁ、時間があれば読んだ方がいいですね。日本史専攻なら今日は昭和天皇物語の新刊発売です。近代史苦手な人にいいかもですね。
光明寺合戦@1351舞台は現在の兵庫県加東市にある光明寺足利尊氏と弟・足利直義の兄弟が敵味方に分かれて戦った「観応の擾乱」の一場面観応の擾乱1350-1352足利尊氏方----足利尊氏高師直・高師泰兄弟赤松則祐(赤松円心の子)足利直義方----石塔頼房上杉氏・愛曽伊勢守高師直?-1351足利尊氏を支えた有力武将高師直・師泰兄弟は直義方に敗北@1351上杉重能・畠山国清ら直義派によって殺害赤松則祐1311-1371父は赤松円心足利尊氏の
大河ドラマの再放送、してますてね、4Kなんだよね。うちは息子のだけしか対応してないので観られんが「録画する?」て言ってくれたけどそうまでして・・・なんだよなぁ。あ、でも若き日の仁左衛門が出てるので興味のある方はどうぞ♪・・てこれは逃げ上手若君効果?てねー、たぶん時行は出てないんですよ『『逃げ上手の若君』』少年ジャンプで連載中買ってるのは私じゃありませんよー息子ですよー・・・てしっかり読んじゃってますが何か?で、今年に入って始まった新連載『逃げ上手の若君』前…ameb
北畠顕家・・・鎌倉時代末期から南北朝時代の南朝公卿・武将。『神皇正統記』を著した准三后北畠親房の長男。建武政権の樹立後、義良親王を奉じて陸奥へ下り、陸奥守、鎮守府将軍を兼ねる。のち、離反した足利尊氏を京から追いやって、九州へ敗走させる。奥州へ戻ったが、再挙し東上した足利軍と各地で戦い、和泉国石津で戦死。現在、北方謙三先生の歴史小説のうち『太平記』の時代を扱った作品群・・・いわゆる「北方太平記」を読み直していますが・・・最近、『破軍の星』を読み切り
本日は8月17日です。旧暦では閏7月2日です。1338年のこの日、新田義貞が越前で戦死を遂げています。拙著2作ともそれが大きく関わりまして。『銅の軍神ー天皇誤導事件と新田義貞像盗難の点と線ー』の終章(跋)はまさにこの日。戦死直前の義貞の姿を描いています。『北畠顕家の旗ー蘭陵王太平記ー』では顕家戦死の三か月後、義貞の戦死が語られています。この時の情勢は奥州軍は伊勢から大和を経て石清水八幡宮に入り、新田は越前から近江へ進出。京都を挟撃する直前というものなのですが……
寇・・・(音)コウ(訓)あだ、かたき①外から侵入して害を加える敵。賊。あだ。かたき。②外から攻めこむ。あだする。(元寇;『蒙古襲来絵詞』)(倭寇;『倭寇図鑑』)現在、北方謙三先生の太平記もの(いわゆる北方太平記)を読み直しています。つい最近、『波王の秋』とい作品を読み切りました。南北朝時代の玄界灘に面する九州北部が冒頭の舞台ですが・・・舞台は九州に留まらず、対馬、高麗の済州島、元王朝末期の大陸・・・それらを繋ぐ海といったものが舞台と
お盆真っ最中ですが、いかがお過ごしでしょうか?今年のお盆は涼しいのは良いのですが、豪雨とかあって大変ですねさて、先日はツーリングの予定でしたが、雨予報ということもあり、ドライブに変更して行って参りましたのでご報告です私の車で友人宅に9時集合腰痛のため早速友人に運転を変わってもらいます意外とツーリングじゃなくてよかったかも最初の予定では河口湖自動車博物館・飛行館に行こうと思っていましたこちらの飛行館には、本物の特攻用ロケット「桜花」が展示してあるそうでそれを見たいのですが、な
大河ドラマで北条高時を演じた片岡鶴太郎が持つ狂気と稚気は、観る者に、権力を握った無能な暗君であることを暗示した。と前回書いたが、史料でみる高時の狂気と稚気は、どうも本当らしい。増鏡には、心構えや性格なども、どういうわけか思慮分別がなく、しっかりした考えがないと、手厳しい。他の史料には、「ほとんど妄気」などとある。妄気とは、中身のないとか暗愚の意である。これだけ見れば、とうていまともな政治判断のできる人とは思えない。劇変する世の時勢におされ、貞時の晩年ころから得宗(北条氏惣領)は
⚫︎『平家物語』は平家一門の栄光と破滅を描いた一大叙事詩。『鴨越の逆落とし」などの源平合戦のイメージは、ほとんど『平家物語』に由来する。⚫︎『太平記』は、後醍醐天皇の倒幕運動や南北朝内乱を叙述した軍記物。『明徳記』『応永記』などの中世後期の軍記類は文体、故事成語や中国古典の引用の仕方を『太平記』に倣っている。⚫︎『太平記』は『平家物語』の影響を強く受けていて、『平家物語』と『太平記』を抜きにして日本史を語ることは難しい。⚫︎平家物語の作者は不明。信濃の下級武士・行長、盲目の法師・生仏、高
【感想】『荒山徹「風と雅の帝」(2023)』【感想】天皇が主人公というのが珍しいかもしれない。しかし、光厳天皇は歴史の荒波に揉まれ、即位したにもかかわらず、正史では天皇としての在位は記録されていないとい…ameblo.jpこの本(↑)を読んで、南北朝時代に無知な自分に気が付き、慌てて本書を購入して読んでみた。なるほど、極端に言えば後醍醐天皇ひとりにかき回された時代。先に読んだ上の小説では、後醍醐天皇は『悪役』だったのだが、後醍醐の側から見ればそうとも言えまい。まあアナクロだったので上
下記の商品は本日入荷したホンの一部です。大阪駅前第3ビル地下2階・永井古書店店頭でも購入できますがインターネット通販サイト「日本の古本屋」でのご注文が確実です。http://www.kosho.or.jp/「日本の古本屋」で当店の商品がヒットしない場合は売約済みか売り切れです。『天忠組の戦誌南山踏雲録評釈』(島田兵三)昭和14年、あけび発行所刊売価4,950円『浅見絅齋先生と其の主張』(佐藤豊吉)昭和8年、山本文華堂書店刊売価2,500円円
陽炎・・・天気のよい日に、地面から炎のような揺らめきが立ちのぼる現象。強い日射で地面が熱せられて不規則な上昇気流を生じ、密度の異なる空気が入りまじるため、通過する光が不規則に屈折して起こる。北方謙三先生の『陽炎の旗』という作品を読みました。『陽炎の旗』は、ちょっと前に読んだ『武王の門』の続編です。『武王の門』は、実在の人物である懐良親王と菊池武光を中心に話が展開し、実際の歴史にリンクした話でした。『【か】懐良親王(かねよししんのう
毎日新聞2026年7月6日付朝刊の支局版を入手しました。それではご覧ください。北海道、中部、大阪、西部、全国版の各紙です。……おお、なんということ。その全紙に『北畠顕家の旗ー蘭陵王太平記ー』が掲載されているではないですか。なんという奇跡!この勢いだとアルゼンチン版にもメッシの下の方に載っているかも知れません……全紙を載せることにこだわったあまり、肝心の記事が良く見えないと言う方はこちらをご覧ください。品薄が続いているようですが、Amazonでは在庫が
【太平記】後醍醐天皇の新政権は恩賞の土地をなぜ適切に授与することができなかったのか?(濱田浩一郎)-エキスパート-Yahoo!ニュース【太平記】後醍醐天皇の新政権は恩賞の土地をなぜ適切に授与することができなかったのか?濱田浩一郎歴史家・作家7/13(月)6:01元弘3年(1333)5月、後醍醐天皇とそれに加勢した武将らは、ついに鎌倉幕府を滅亡に追い込みます。同年8月には「軍勢恩賞の沙汰」として、上卿(議事の首席の公卿)に後醍醐帝の側近・洞院実世が任じら