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3元講習第9回の講習を行いました。座捕と後捕です。手の位置も大切ですが、その前に足の位置が大切です。佐川幸義先生は、「ミリ単位で相手が倒れる位置は決まっている」という指導でしたが、残念ながら、今はそこまでは追いついていません。しかし、相手が崩れる角度と崩れない角度の境界線は見えてきています。まさに「手からの力はかわせるが、腰からの力はかわせない」数年前に解明された、数学の最大の難問「フェルマーの最終定理」が「三平方の定理」から始まっていますが、合氣は「支点・力
北島マヤが、身分を偽った真澄社長(紫のバラ)の育ての父と会ったとき、「私は紅天女になりたいんです」と言うのです。「紅天女を演じたい」ではなく(思い込んだら命がけ)。実はその前にも、ワンワンと犬のおまわりさんにになる場面がありました。北島マヤが月影先生の家を訪れたとき、「あなたにとって、女優は趣味なの。ただの憧れなの。それだったら、今すぐ帰りなさい」(自分が、佐川幸義先生に会ったときのことを思い出します)と言われ、「私は、わたしは女優になります!」「その言葉を待っていたのよ
親睦旅行で訪れた北海道のホテルです。とにかく露天風呂には何とも言えない天気でした。これから吹雪が来そうだというときに、どうしても露天風呂に入りたく、さっそうと向かうと、露店風呂への扉が開きません。壊れているのかと思いましたが、どうも鍵は正常に動いているようです。試しに体重を思い切りかけると何とか開きました。しかしその次が信じられない冷たい風。ほんの10メートルが100メートルに感じました。やっと露天風呂にたどり着いたときは、「今までの露天風呂の中で、サイコー!」次の日は、飛
連休なので、どこへも出かけず、書いて書きまくっています。今思うと、佐川幸義先生のあらゆる言葉は、すべて合氣修得へ向かっていました。「最初のうちは、力でもいいから(相手の手を)揚げようとしなさい」「技は、最後までかけなさい」「うまくいかなかったからといって、途中でやめてはいけない」「同じ技を何度も繰り返してはいけない」私が、いつも佐川先生が技をかけようとするとき、一番前で、先生の手を見つめていたら、笑いながら、「そんな近くで見たってわからないよ、皮膚の下の筋肉を
「戦場にかける橋」で敵の簡単な罠を見破って、意気揚々と前進しようとした新兵に、上官が警告をする場面があります。「待て。簡単な罠の次には、さらに危険がある」そう言って、木の枝を投げると、見事にもう一つの罠。受験生の指導をするとき、必ずこの話をします。「簡単な問題だなと思ったときほど、もう一度問題を読みなさい」「人生いろいろ」なので、もちろん、受験生もいろいろ。「映画の話が、直接受験勉強と関係ないです」という生徒。「実にためになります」という生徒。実は、
中学2年生のときに、自分の生家に訪れた、「つくばの霊能力者」をいつも思い出します。「私の将来を見てください」と言ったら、黙って、しばらく私の顔を見て、生年月日を聞くこともなく、手相を見ることもなく、「あなたは・・・」と言いました。それでは、職業は何ですか」とさらに尋ねました。何の迷いもなく、「弁護士か教師」ふと、我が父の顔を見たら、あきれたように笑っていました。その当時の私は、「テストがなかったら、学校ももう少しいいのになあ」などといつも言っていたのでした。
理想は1日2時間です。月間40時間。佐藤道場の1回の稽古が2時間なので。「佐川派大東流合氣武術」が、世の中にもっと広まり、「いざというときののために受け身だけでも」または、「佐川幸義先生の残した合氣とは何だろう」と関心をもってもらえれば、この上ない喜びです。佐山聡氏が、「キックは蹴ろうとしてはいけない。当てに行く」と名言を残しています。私は、柔道の指導をしているときに、必ず言ったのが、「蹴りは(脚を)引く力で。大外刈りは振りだす力(刈ろうとすると、余計な力が入る)。」
まさに「己以外にすべてが師なり」私は、合氣武術の指導を始めるまで、30年以上柔道を指導していましたので、柔道の指導をしていたときのいろいろな話をします。今年に入ってから参加してくれた道場生が大学院卒業ということで、「専門は何ですか」と尋ねたら、「体育です。体育の柔道です」私の知らないことも知っているはずなのに、自分からは何も語らない奥ゆかしさに、「学ぶべきものがある」と感心しました。その道場生は、ときには、稽古が終わってから仕事に向かうこともあります。まさに「
先月、個人指導を始めた道場生は、何とか都合がつき、毎週土曜日の通常稽古に参加することになりました。「塾の先生をしているんですね」と、必ず私のアメーバブログを読んでくれているようです。そして、何より、佐川幸義先生の教えを伝えるととてもうらやまがしがってくれます。改めて、自分は幸せな出会いをしているのだなあと思います。実際、道場で佐川先生に指導を受けているときの緊張感と言ったら、教員採用試験の100倍でしたが。何10人もの道場生(パイロットや医師や大学教授)が静まり返って正座をしている空間
丹田糞食らえ②以前(丹田糞食らえ①)も述べましたが、師匠はよく『丹田糞食らえ!』と言います。巷の道場では古流剣術や大東流合気柔術では超重要事項である【丹田】をです。ビックリですよね。初めは何を言っているんだ!?と疑いの気持ちでした。。。。ですが最近その意味がよく解って来ました。ここの道場では誰も丹田を意識しない。意識なんかしたらその途端、①身体が居ついて、②固まって、③動けなくなります。やれば解ります。武術的には死
佐川道場の大先輩に、「普通、肉体と意識はべったりくっついている。これを自由にするためには、肉体を鍛えることから入るしか方法はない」と聞いたときに、どんな方法があるというのだ。とまさに雲をつかむような話でした。とにかく、「合氣をかける」「できて当たり前」と、朝から晩まで自分に言い聞かせ、まさに「オブセッション」の世界でした。有名な音楽家バーン・スタインの言葉が浮かびました。「『私は両親が音楽家なので、音楽家になったほうがいいでしょうか』と聞かれることがある。答えは『ノーだ』
ゴールデンウィークとは何の御脈略もなく、突然我が祖母の名調子を思い出しました。「大臣梅干し」2月、3月花盛り。うぐいす鳴いた春の日の楽しいときも夢のうち5月、6月実が成れば枝から振り落とされてしそに漬かって赤くなり塩に漬かって辛くなり街から街へと運ばれて何じょう何ごうはかり売りしわは酔っても若い気で小さな君らの仲間入り運動会にもついていくまして戦のその時はなくてはならないこの私以上この「以上」のところで、いつ
【254】自慢話【後編】先月、「最後の合気論:追記」の中で、十干十二支の誤記を根拠に、「大東流英名録に記された保科近悳の署名は偽物である可能性が極めて濃厚(99%偽)」であると記した。この事を初めて公の場(=雑誌や本、ネット上等)で発表したのは私だと思うのだが、多分、私よりも先にこのことに気付いていた可能性のある人物が一人だけ存在する。この人物を仮にA氏とする。A氏は、何故、このこと(保科偽署名説)を発表しなかったのか?いや、「しなかった」のではなく、「出来なかった」と云うのが本
佐藤道場では、通常稽古では1元の稽古をします。希望者には5元までの講習を行います。私は10元の講習を佐久間顧問より受けました。教える立場の方はお分かりと思いますが、「技を知っていることと教えることは別の次元です」各元の講習は、2元から4元までが10回、5元が11回で成り立っています。1度目の講習で、技の流れを学びます。そして2度めの講習までに、自分で考えたことを試しながら、講習を受けます。私は、3度目の講習で、自信を持って伝えられると確信しました。将来、自分の道場を出し
【253】自慢話【前編】BABのHPに月刊秘伝2026年6月号(2026年5月14日発売予定)の内容が告知されていた。中でも一番目を引いたのは「次号予告」(笑)。なんと、6月中旬に発売予定の7月号で、「合気柔術の歴史と武術の極意(大宮司朗×平上信行)」が特別編として復活するらしい。以前から思っていたのだが、月刊秘伝の制作は毎月ごとではなく、偶数月班と奇数月班に分かれていて、各号、それぞれ二ヶ月掛けて制作しているのではないかと思う。そうしないと掲載記事のクオリティを一定水準に維持
♪おかだづけ、おかたづけ♪や♪じゅんばんじゅんばんばんばばん♪など、自分の子どもたちが小さいころに歌った歌を、ふと、歌ってしまっています。ある日、しまじろうグッズを持って、公園で遊んでいたら、どこかの子連れの女性が、「これ好きなのよね、うちの子も。とらじろう」というので、ばかにユーモアのある方だなと振り返ると、真顔でした。今は、公園は、だれも来ない朝早くに1人で鍛錬をする場所になっています。鉄棒や、滑り台が、なにか語りかけてきそうです。
先週に続き、今週も無料体験に参加してくれた方がいました。佐川幸義先生の合氣を世に広めることと、佐川先生に近づくことが、自分の目標です。本日は、小学校から高校まで15年間剣道の修行をした方です。受け身の練習から、合氣の体験をしてもらいました。「一元の形を覚えることは、3年間でできます。ただその先は・・・」「押すことも引くことも合氣ではありません」「合氣はまずつくことです」
QUEENの”WEARETHECHAMPIONS”あのしびれる声でMyfriends"と呼びかけられるると、足元から力が湧いてきます。柔道部の生徒とよくこんな話のやり取りがありました。「私は負けたことがない」「先生、それじゃ、オリンピックに出たんですか」「出るわけがない」「じゃあ負けたんじゃないですか」「負けたことはない。勝ちを譲ったのだ」「誰かが、君の物を盗んだら泥棒だ。しかし、君があげたと思えば泥棒ではない」"Lifeisconfusing."
教師時代、30回ほど家庭訪問を行いました。「玄関でお話をして帰るのがいい」と先輩教師からアドバイスを受けて出発。しかし、2度「ここで結構です」とお断りしても、「そう言わずに」と言われると、ついお部屋に通され、話が盛り上がってしまいました。次の家はそう遠くではないので大丈夫と思っていると、地図で確認しているのも関わらず、意外にわかりずらく、かなり遅れてしまうことがありました。自転車の調子やいろいろなことで1時間遅れたことがあり、次こそは玄関で失礼しようとしたところ、自分
神童と呼ばれている少年に、「地球と月を牛の尻尾でつないだら、牛は何頭必要か」と聞いたら、「十分な長さがあれば、牛は1頭でいい」と答えたという話を聞いたことがあります。私は、3人の天才に会いました。1人は、大学の助教授が解けない数学の問題を1時間で説いたという高校生。もう一人は、物理の天才、保江邦夫大先輩。そして、佐川幸義先生。今、佐川先生の合気を伝えることができるのは(佐川先生にはたどり着いていませんが)、保江大先輩と、我が道場の末久高平顧問(空手の大先輩で、佐
欧陽菲菲氏が、「わけなどないさ」と歌っていましたが、その次に、「ただ一つだけ、あなたのため」ときちんとわけがありました。私も、出版社が倒産して、作品が絶版になりましたが、きちんと書くわけがあります。足元の石ころが気になって、大好きな飛行機が見られない人のために。四畳半一間で、ガウンを着てパイプをくわえているおかしさを笑える人のために。佐川派大東流合氣武術佐藤道場代表
4月23日(木)靖国神社にて奉納演武行います!!大東流は本部長以下5名で参加いたします。我々にとっても靖国神社の落ち着いた雰囲気の中で行われる演武は、普段なかなか味わえない貴重な機会です。靖国神社演武大会初参加のメンバーもいますが、会心の演武を行います!武道が好きな方も、初めての方も、どうぞお気軽にお立ち寄りください。多くの皆さんに見ていただければと思います。
7幕旅立ちの扉わたしには友がいる。今日まで支えてくれたわたしの友だち。ありがとう。今日までこんな自分を支えてくれた情熱、ありがとう。わたしは旅立つのよ。わたしたち、また会えるよね。いつか見た青い空で。(これは、教師時代「3年生を送る会」で、私が作った劇「輝ける7つの扉」です。各クラスで、「私が『泣けと言ったら泣ける女生徒』という条件で3人ずつ立候補してもらい『日蝕歌劇団』と名付け、上演したものです」)
6幕歴史の扉「右手に見えますのが、法隆寺でございます」天才とうたわれた、聖徳太子のような歴史上の人物は、まるで別世界の人だと思っていた。それが、、今こうして見ると、鏡を見るよう。救世観音像の眉間には厚い縦皺が掘られ、憂悶の情がありありだわ。佐川派大東流合氣武術佐藤道場代表
実に合氣について興味のある道場生です。「塩田剛三師範はどうですか」「吉丸慶雪師範はどうですか」私は、佐川道場で20年以上修行したので、かなり多くのお話を聞きました。しかし、私が会って、習ったのは佐川幸義先生だけなので、わかりません。それぞれの師範の書物を読んで、実に素晴らしく思ったことがたくさんあったことを伝えました。塩田師範の「上半身の固定」や吉丸師範の「無目的の力」という表現のうまさを伝えました。
5幕太陽の扉汗と埃の中に、本当の自分が、いたような、気もする。時々めまいがした。「走らなくっちゃ。走らなくちゃ」「ゴールは目の前よ。わたしの体が私の体じゃないみたい。でも走るのよ。ゴールの向こうで、だれかが私を待っているのだから」佐川派大東流合氣武術佐藤道場代表
本日の無料体験に参加をしてくれた方は、私のアメーバブログを読んでくれていました。ありがたいです、佐藤道場のウェブサイトとインスタグラムだけでなく、このブログを始めて本当に良かったと思います。合気道と空手の修行をしているということでしたので、昭和の極真空手の稽古の厳しさを語ってしまいました。私の場合は、「道場を出す」という条件で入門したので、特に厳しかったわけですが。佐川幸義先生には、もちろんまだまだ追いついていませんが、佐川先生が残した合氣の素晴らしさを本日も伝えることがで
4幕人間の扉生きるということは、かっこいいことじゃないかも知れない。だけど。だから。本当はそんなことじゃないかも知れない。本当はあんなことじゃないかも知れない。みんな誰だって、本当の言葉はわからない。すごく憧れているのに、いつまでたってもそれが見つからない。じれったくて。じれったくて。佐川派大東流合氣武術佐藤道場代表
3幕月の扉「合唱というのはね。何10人もの人間が、同じ時間に、同じ言葉で、同じ歌を歌うという大切な瞬間なんだ」わたしだって、声が嗄れるぐらい歌っている。汗のしずくが音を立てて落ちてくるようで、何だか恥ずかしい。わたしは今、クラスのみんなと同じ歌を、同じ気持ちで歌っているんだ。きっと・・・たぶん」「私の声・・・みんなと一つに・・・なって・・・いなかった」佐川派大東流合氣武術
自分の体に興味を持つ必要性子供の頃、というか30前まではろくに何も考えず、ただ言われたことを鵜呑みにしてきました。自分の頭で筋道立てて考えてきたかというと、そういう訓練自体、というか、そういう発想すらありませんでした。大東流を学んでいた当時も、実はろくに考えず、稽古をしていればいつか合気が習得できるという幻想を抱いていました。まるで、3年立てば学校を卒業できるという経験と同じように、ある程度時間が経てば段位や資格がもらえる的な考えでした。しかし、それは大きな間違いだ