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風の奏の君へ2024年6月7日公開岡山県美作地域を舞台にしたあさのあつこの小説『透き通った風が吹いて』を原案に、「4月の君、スピカ。」の大谷健太郎が監督した人間ドラマ。あらすじお茶の名産地である岡山県美作地域。家業の茶葉屋・まなか屋を継いだ兄・淳也は町を盛り上げようと尽力する一方、浪人生の弟・渓哉は無気力な日々を過ごしていた。ある日、コンサートツアーで美作に来たピアニストの里香が演奏中に倒れてしまい、里香は療養を兼ねてしばらくこの地に滞在することにする。淳也は大学時代の元恋人であ
2023年7月20日畑多楽デビューニックネーム:ひろちゃん私は2023年6月から7月18日まで精神科の閉鎖病棟にいました。5月時点で今通ってる作業所の法人がやっているレストランの作業所に移行支援で通うことが決まっていましたが、精神的にぐちゃぐちゃしているときに父が烏に向かって「うるさい」といったのが私に対するストレスなのだと勘違いしてパニックになって叫んでしまい無意識に家からいなくなってしまったことが入院のきっかけですニックネームの由来は、大学のソフトテニス部の部長に「名前が呼び
おはようございますたねすきです😎少し曇り空の日曜の朝です昨日、外干しした毛布は忘れず取り込みました🍞🍞🍞今朝の食パン🍞➖手抜きのトースト➖冷凍していたデニッシュ食パンこれで最後になりました✨2本買ってたけど食べるの早い‼️途中で普通の食パン🍞を食べたりしたけど、デニッシュ食パンの方が甘くて美味しいただ、アレンジはやりにくい甘い食パン🍞に甘いマーマレードを塗って…(自分も甘い糖尿女😎💦)今日も完食、ご馳走様でした🚗💨🚗💨🚗💨今日は夕方から大学の同級生と姫路の居酒屋
海外在住でなかなか会える機会が少ないので!こんばんは!いつもブログをご覧頂きまして、ありがとうございます(^_^)今日は朝から人間修行の取り組みをしてから、日暮里(にっぽり)の画廊で開催中の大学時代の親友の個展を拝見して来ました!大学時代の親友と言っても現在は台湾(タイワン)で暮らしていて、日本に帰国した時しかなかなか会うチャンスがないので、数少ない会えるチャンスを大事にしたいと思っていろいろスケ
おはようございます3回シリーズで始めた…「大学卒業50年」を迎えたOB・OGが招待された…初回(1/3)の…『大学の入学式に招待されました(①入学式)【@日吉キャンパス】』おはようございます私が卒業した大学では…1.「卒業25年」の塾員(=OB・OG)は、“卒業式”に招待され…2.「卒業50年」の塾員は…ameblo.jp(4月17日アップ)そして…『大学の入学式に招待されました(②招待会)【@日吉キャンパス】』おはようございます
おはようございます前回の拙ブログから3回シリーズで始めた…「大学卒業50年」を迎えたOB・OGが招待された…(入学式会場の日吉キャンパス記念館)初回(1/3)の…『大学の入学式に招待されました(①入学式)【@日吉キャンパス】』おはようございます私が卒業した大学では…1.「卒業25年」の塾員(=OB・OG)は、“卒業式”に招待され…2.「卒業50年」の塾員は…ameblo.jp(4月17日アップ)に続き…今回は、入学式後に開かれた…
土日を利用して、甥っ子1号2号が夜行バス移動で東京に遊びに行っていたそうな。それを聞いた時の最初の感想「危ないなー子供2人で」ところが落ち着いて考えたら、子供といえば子供だけど、19歳と17歳、1人は一応成人してるし2人揃って180センチ近くある、スマホ一つで臨機応変に動けるわけで、危ないってことはない。しかしいつまでも小さい子みたいに思ってしまうのが伯母という生き物。あの2人をハウステンボスに一泊で連れて行った時の記憶がいまだにリアル。思えば当時、7歳と5歳で、12年も経ったらそり
昨日あんな暗いアメブロを更新した後に、いいニュースが入って来て、更新早まっちゃったなと思ったりしました。いいニュースその①今年の夏の高校野球選手権の詳細が発表されました。その中に女性審判の記述が!\🌻第108回全国高校野球選手権大会🌻/選手権大会は、8月5日(水)~22日(土)の18日間(休養日含む・雨天順延)にわたり、阪神甲子園球場で開催します💁🏻♀️⚾️🗓️日程・8月5日(第1日):16時~開会式+1試合・観客入替制:第3日~第8日(選手の負担軽減などが目的)🗳️抽選
おはようございます私が卒業した大学では…1.「卒業25年」の塾員(=OB・OG)は、“卒業式”に招待され…2.「卒業50年」の塾員は、“入学式”に招待されるという…伝統があります。今回から3回に亘って…4月1日(水)に開催され…「卒業50年」を迎えた私たち塾員が招待された…「学部入学式」の模様をの三部構成で纏めます初回(1/3)は…会場は、東急東横線・日吉駅前の…(日吉駅から始まる銀杏並木
【遠方より来る】先週、学生時代の友人が栃木から現れた。彼は山男で、今回は久住山から法華院に付き合うことに。二人とも善行の少ない人間ながら、神の情けか、文句なしの好天。こんなに澄んだ久住山には初めてお目にかかる。山に近づいてくると、山頂にあそぶ人の様子までこの日はくっきりとわかる。草原に差しかかり、ふと見上げるとひこうき雲が天にまっしぐら。山中の昼飯に彼が湯を沸かし、コーヒーを淹れてくれる。この男の淹れるコーヒーが旨いのだ。学生時代、冬のバ
STORY公式さん【舞台四畳半神話大系】に絡めてのインタビューあ、やっぱり見てたー?って思った伊野尾さん四畳半のアニメ見てた上田さんが言ってくれたことに対しての返しがおもしろーい経験値があるから視野が広いです必ずそこにその言葉入れてくるんだーって頭の良さを感じます新しいことでも飲み込みが早くていろんなこと吸収してるところ親子に近い年齢の差ありますけど賢いなぁ
AtelierRue&Roro(アトリエルート・ロロ)のブログへようこそ昨日は学生時代の友人たちと銀座でランチしてきました同じ学部には女子が16人、全体の1割しかいなくて関西以西在住が殆どです東京・横浜にいるのは私を含めて3人昨日は神戸からこちらに来ていた人と3人が合流し銀座で楽しい時間を過ごしてきました神戸の友人がスペイン料理を食べたいというので私が色々探してお店を決め予約しましたどうかな~と思いながらの予約でしたがとっても雰囲気が良くて美味しくて
関西の高校、大学時代に仲が良かった友達と数年ぶりに、サクッと会った桃。「高校時代3年間同じクラス&部活までずっと一緒だったさみちゃんが来てくれました」で、大学は違う学部だったみたい。「文学部の私はあんまり友達がいなかったの…」って、文学部だから友達がいなかったって聞こえるね。文学部なんて女子ばかりなのに。あぁ〜、女子に嫌われてたってことかなで、「地元がない私は、成人式を諦めかけてたんだけど、さみが、一緒にいこうと誘ってくれました…」それで、さ
学生時代、数多くの脱落者を見てきた。特に、それは大学時代に多かった。それらの事象を見るにつけ思うたのが、なんでその時なんかいうことなんよ。なんで薬学部なのに、パチンコで100万負けて留年して退学するかとか、恋愛に狂うて片方が留年して気まずくなったとか、車の改造のために借金まみれになって留年とかそういうこと。薬学部は、実習やテストが多くて空き時間もない。そんな中、なんで勉強と関係ないこと、しかも娯楽関係にハマり倒して留年とかどういうことなんじゃ?私も友達から誘われて
ここのところ知人の病気のことで、肉体の意識がその本人に抱く感情とかを深く考えさせられることになった。そうすると、結構厳しめの評価になっとることが多い。肉体にはそれぞれ臓器の意識があり、それらが人間の意識と共存して生きとるんよね。それで言葉もわかるし、小学生程度の知能は持っとるんよね。この小学生程度いうのがちょっと難ありで、守護霊は大人の意識なんじゃけど、そこまで難しいことはようわからんのよ。基本的に善悪の判断はしとって、善を喜んで悪を憎むいうことはその通り。しかし
学生時代には、人生のドン底を救うてくれたチャイコフスキーの曲を聞いとった。当時はひたすらCDやカセットテープで、レコードがダメダメになっとった頃。今はYouTubeで検索すると、すぐに出る。時代は変わったのう。金沢の山奥で、大学のテスト攻めに遭うて難儀しとった。同級生Yのおかげで、だいぶひどいことになった。小周天の修行をやりながらの日々、それを聞きつけたYが学内に悪評を広めた。しかし、やつの天下はそう長く続かんかった。やつの横暴は、周囲の反感を買い
年が変わって1999年。社会人3年目の年、私は26歳、彼女は25歳になった。私は早くも最初の定期異動を迎え、鳥取から京都に転勤した。転勤したことは、水戸の彼女にも知らせたのだろう。この年の夏、2か所目の任地に届いた葉書が残っていた。「いい日旅立ち」の50円切手。涼しげな金魚鉢が描かれた暑中見舞いだった。<封書>1998年7月28日消印暑中お見舞い申し上げます。〈落款印〉いつの間にか京都ですか。いいですね。私も京都は好きです。(ウワサではプライドの高い人が多いといいます
10通目は98年8月7日の消印だった。前の9通目が7月26日だったから2週間も経っていない。80円切手は小林古径という日本画家。封書はトリコロールの可愛らしいデザインで、ヨットや旗のワンポイントがエンボス加工で散りばめられていた。この前月に開催国フランスの優勝で終わったばかりのサッカーW杯の余韻が伝わってくる。文末の署名には前回に続いて落款印が押されていた。このころ気に入っていたようだ。<封書>1998年8月7日消印この前は電話が切れてしまって、ごめんなさい。●●さんが私と同じよ
この知識や行為は役に立つのだろうか?不安になることもあるよね。大学時代、2年間が教養課程、2年間が専門課程。意外と前者で得た知識が社会人になってから役に立ったなと。こう捉えると不安はなくなるんじゃないかな。人生は遠回りがいい。必ず役に立つ時が来るってね。経験上、実際そうだったから
【余滴】先日、石川県に住む大学時代のひとつ上の先輩が筆者の職場を訪ねてきてくださった。仕事でこちらに来られたという。同郷の大学時代の仲間から筆者の状況を聞いていたらしく、会うなり開口一番「元気そうでなにより!以前とまったく変わっていないな!嬉しいよ」。筆者は「まだ頭の中のモヤモヤは残っていますが、お陰様で元気です」と返した。話していて、大学時代の先輩とのシーンが幾つも浮かんだ。先輩の車でいろんなところに行ったし、筆者の母親の葬儀にも東京から山梨まで来てくださった。短時間だ
8通目のクリスマスカードを読み終えると、すぐ1998年が明けた。お互い社会人2年目。私が25歳、彼女は24歳になる年である。サッカー日本代表が初めてW杯に出場した年だった。そのフランス大会が終わったばかりの7月末、遠く離れた彼女から再び便りが届いた。封筒には涼しげな尾瀬の切手。この8通目から、郵便番号は7ケタになった。中を開くと、グレーの用紙に淡いリーフの絵があしらわれた落ち着いたデザインの便箋が3枚折りたたまれていた。彼女の字は7か月前のクリスマスカードのように躍っておらず、一文字
大学時代の野球仲間8人で一見お断りの鉄板焼き店を貸し切り但馬牛のイチボなどのミニステーキ大学を卒業したのは1979年(昭和54)ですから、もう47年も前のことになります。大学時代、一番熱を入れたのが軟式野球同好会の活動でした。週に2回の練習、関西一円の大学が集っての同好会リーグ戦(春秋)、年に2回はあちこちに出かけて合宿もやっていました。その同好会のメンバーはいまでもしょっちゅう顔を合わせていて、1泊2ラウンドのゴルフツアーあり、旅行会あり、飲み会あり…先輩後輩の垣
誰にでも時々訪ねたくなる懐かしい場所があると思います。私にとってはこの界隈です。「学びの場」でした。大学との付き合いは、自分の学生時代に始まり、30代は勤務先として長居。子育て中、何をすればいいか分からなかった10年でした。今後、何をしようかと思っていた時、最後に勤めた大学で留学生係になりました。留学生(実際には大学院の研究生)たちが、週に1回、日本語レッスンを受けているのを見て、これだと思いました。今後も外国人と接する仕事がしたいと思っていたためです。社会復帰した時、10か月の赤ち
1997年春、就職した二人はそれぞれの任地に旅立った。私は中国地方の一都市に赴任した。労働環境は過酷で、文字通り土日もなく働きづめであった。社会人一年生として早く適応することに必死で、彼女含めて大学時代の友人と連絡を取る余裕はなかった。半年があっという間に過ぎ、年の瀬を迎えたころ、赴任先の自宅に一通の封書が届いた。封筒の裏面には水戸市の住所が書いてあったが、差出人の名前がない。代わりに「ふっふっふーだれだー?」と書かれていた。しかし、大学時代に何度も目にした筆跡、そして赴任
実家に帰って家に戻る時の恒例行事として母親と近所のスーパーに行き好きなものを買ってもらって帰るというのがある大学生で一人暮らしを開始した時からの恒例行事好きなものと言っても近所の普段使いのスーパーだし高級品があるわけでもなく私も値段の高いものは選ばないから合計で5〜6000円くらいなんだけどこんなにスーパーで購入出来るなんて親ってすごいなと昔は思っていたそれが今は普通に自分で買い物するにも1回で3000円くらいは使ってしまうし金銭感覚が大人になったなぁとしみじ
全力で家族のサポートをすること。摂食障害になって以来、それが私の夢の一つでした。娘の高校受験は、私は摂食障害にずぶずぶにハマっていた時期。自分なりに抜け出したくてもがき苦しんでいたのだけど摂食障害活動に生活の全てを支配されていて受験生の娘に協力なんてできなかった。それどころか足引っ張ってましたね、確実に。徐々に摂食障害から解放されるにつれ子どもたちや夫への申し訳なさが大きくなりました。家族のことそっちのけで、自分が太らないことだけに全力を尽くしていること。これからは受験だけじゃ
春ですね。お別れとスタートの季節ですね先日、大学の担当教授の最終講義がありました。このご時世、何だかんだと業務は続き?かなり想定より遅いお知らせだったようです。これでお世話になった先生たちは全員退官。大学に行くのも最後だろうと都合のあった同期メンバーでに乗って行ってきました。待ち合わせは大学時代によく行ったカフェ。よく、30年、潰れずに残ってくれた私は待ち合わせより早く到着して、自分が住んでいたあたりを歩きましたが、どうやら住んでいたアパートは既になく、元来方向音痴のため、この辺
おはようございます大学時代の私は…ゼミとテニス同好会に所属してはいましたが…どちらかと言えば…だったかも。。。それが…「慶早戦支援委員会」です(1976年卒の同期)左から:M井くん、I島くん、ろっきぃ、S倉くん、N嶋くん今回は、(ちょっと前の)1月13日(火)に開催された…の模様を纏めます会場は…会はの二部構成で行われました第一部:定時総会第二部:懇親会(OB・OG会)
去年も天王寺での研修セミナーに行ってきたが今年は特別。高校3年、18の時からオープンキャンパスでの講義の時からお世話になっていた5回生、6回生時の講座の教授、俺の恩師が定年退職という事。その為今日のセミナーに関してはどうしても遅れたくなかった…土曜日は仕事はあったものの14時30分からの業務だったから12時15分にひと段落付き、締め作業もして出ようと考えていたがその仕事先の方からセミナーに遅れないように配慮してくださり12時15分にその薬局を後にする事になった。仕事先からJR
田舎の雲ひとつない大空を優雅にとんでいる飛行機を見るのが好きだった私小学6年生の時に親族を見送りに行った空港できびきびと働くグランドスタッフの姿に一瞬にして心を奪われました✨️純粋に「私もここで働きたい」と思ったことを覚えています。数年が経ち高校生になる頃にはその憧れは少し形を変えて…客室乗務員CAになりたい✈️と思うようになっていました。小さい頃から「しっかり者」と言われることが多かった私しっかり者=甘えてはいけないと言われているように感じて「が