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近年の日本史の大発見を、古代・戦国・江戸のそれぞれの時代からベスト3を選んで解説してくれるものです。武田信玄の恋文⁉豊臣兄弟の手紙、天皇陵からの大発見、細川家の薩摩への密偵などの大発見を解説!(NHK歴史探偵『最新の大発見!歴史ニュース2025』より)内容や感想について今回は、ここ数年の日本史における発見・発掘・調査から、古代・戦国・江戸時代でそれぞれの歴史学者が選んだベスト3が紹介されました。古代史における発見ベスト3選者は、瀧音能之先生(駒澤大学名誉教授)です。
往馬大社の境内を散策してきました。境内の神木の杉。雷に打たれも繁る生命力の象徴とされています。境内の石灯篭上溝桜。この桜の木は、天皇陛下の大嘗祭に関わる斎田点定の儀に使用された御神木です。平成や令和の大嘗祭にも当社よりこの上溝桜を献上いたしました。4月中旬から下旬頃に白い房状の小さな花を咲かせます。(説明板より)水行場三笠宮殿下お手植えの楠木(昭和27年)往馬大社の社叢(県指定天然記念物)往馬大社の社叢の説明板往馬大社の冊子表紙
ウワミズザクラの枝普通落葉樹では葉を落として過ごすだがウワミズザクラはまず葉を落とす次にせっかく作った小枝も落とす皮目はお飾りではありません葉の気孔の代わりで空気を流通させている以下は何年も前の毎日新聞に載っていた概要そのころウワミズザクラの樹があるのを知ったので衝撃的だったこのウワミズザクラは古くからある樹大嘗祭で使うお米の産地を決めるのにこのウワミズザクラを使う亀の甲羅をあぶってひび割れぐあいで物事を決めるそのあぶる
愛知県西尾市で、平安時代から続くとされている、県無形民俗文化財の祭礼「てんてこ祭」祭礼「てんてこ祭」が1月3日に、愛知県西尾市熱池町の「熱池八幡社」で開催されました赤装束に身を包んだ厄男の皆さんが、太鼓の音とともに熱池町内や境内をゆっくりと練り歩きましたこの「てんてこ祭」祭礼は、平安時代の859年、清和天皇の大嘗祭(だいじょうさい)で神社一帯が神田に選ばれて、米が伊勢神宮に献上されたことが始まりとされていますその後、地元で五穀豊穣を願う「豊年祭」として毎年行われるようになった
新嘗祭宮中祭祀の大祭で、祝祭日の一つ。収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿(しんかでん)にて執り行わる。また、天皇が即位の令の後に初めて行う新嘗祭を大嘗祭という。もともとは旧暦11月の二の卯の日に行われていたが、※旧暦11月13日~24日のいずれかが該当する。卯の日が二回しかない場合は下卯、三回ある場合は中卯とも呼ばれる。明治六年の改暦より11月23日
いらっしゃいませ。Mackenの神社仏閣訪問記です。年が改まるタイミングで日本神話をもっと遡(さかのぼ)り天地開闢(てんちかいびゃく)の宇宙と繋がってみましょう。熊本県です。と言っても宮崎県高千穂とは30分くらい。熊本県上益城郡山都町(旧蘇陽町)です。山都はヤマトと読みます。何かと話題の多い弊立神宮(へいたてじんぐう)。五ヶ瀬の山中に鎮座。五ヶ瀬川は高千穂から流れて来るのです。近年参拝者が非常に多い神社です。
名古屋円頓寺商店街の落とされた秀吉像の首が修復された酔っ払いの愛媛警官が首をねじり折り、後日別の男が蹴り落した来年はNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』が放映される信長・秀吉は尊皇の心厚く、滞っていた宮中祭祀や即位礼、大嘗祭、式年遷宮などの復活に尽力した江戸に幕府を開いた徳川家康なんかよりは朝廷に対する素朴な思いがあったやるならば家康の首だっただろう
2025年冬至点は、12月22日(月)の0時3分。氣になるキーワードは、冬至・シリウス・大嘗祭・安曇磯良……今から話すことはわたしの妄想なので、話半分に聞いて欲しい。シリウス。隠れたる神。太陽の背後の隠れた太陽。あるいはソティスと呼ばれたもの。古代エジプトにおいては女神ソプデト。ヒエログリフではソプデトは△(三角形)で表される。**********ずっと昔、変な夢を見た。遠くにお椀を伏せたような形の山があって、その向かって右側に銀
昨夜、ふと、チャンネルを変えた時にわたしの眼に留まりました『平城京』を上空から観た景色そのままなんとなく観続けていたら今度は『金峯山寺』がそしてさらには『仁徳天皇陵』まですべて、今までに御心事を勤めさせていただいた土地だったもので興味深く、見入っておりました。歴史探偵【NHK】佐藤二朗が探偵社を結成、歴史に挑む新感覚番組。現場調査、科学実験、シミュレーションを駆使。古代、戦国、幕末、あの大事件の真相に迫ります。www.web.nhk『『聖帝オホサザキ』』2010-04
皇居乾通の一般公開は春と秋に行われます2025年秋の公開は11月29日~12月7日です2019年秋に見学に行ったときの写真です6年前の2019年は皇居東御苑に造営された大嘗宮の一般公開も併せて行われました大嘗宮(だいじょうきゅう)は平成から令和天皇への皇位継承に伴う皇室行事「大嘗祭」が行なわれた舞台です坂下門から皇居内に入ります宮内庁の建物ここからは乾通ではなく皇居東御苑です大嘗宮一般参観の列です2019年11月に大嘗祭の儀が行われ
足利氏の支配の下では皇室も公家も極度に凋落し、ついには新天皇即位の際の大嘗祭でさえ取り止めすることに至った。この事が意味するのは単なる皇室の没落ということではなく日本国の実権者の足利幕府が宮中神道祭祀の価値を無に等しいものと考えていたことを示している。このようにして足利幕府は中央の京都から全国津々浦々に至るまで日本をまとめる理念と実力を喪失しただただひたすらに「下克上」が唯一の普遍的な論理であり
言われて嬉しくなる労いの一言は?▼本日限定!ブログスタンプ「勤労感謝の日」の由来~新嘗祭「勤労感謝の日」は、新嘗祭(にいなめさい)という祭祀に由来します。「新」は新穀、「嘗」は奉る、舌の上にのせて味をためすという意味で、「新嘗」はその年に収穫された新穀を神様に奉って恵に感謝し、口にすることを表しています。新嘗祭の歴史は古く、『日本書記』には飛鳥時代に行ったという記述があります。現在でも、新嘗祭は宮中をはじめ全国の神社で行われており、五穀豊穣を祈願する祈
11月23日は「大嘗祭」ある読者の方から、天皇の行う儀式「大嘗祭」が悪魔崇拝そのものであるとのメールをいただきました。(上の画像は「大嘗祭」の一場面)「大嘗祭」というのは、新しい天皇が即位した後、一番最初に行う「収穫祭」のことです。○大嘗祭–Wikipediaその読者の方の話によると、1990年に発刊された「噂の真相」という雑誌に、この「大嘗祭」についての詳細が書かれてあったとのことで、早速、その雑誌のコピーを送っていただきました。で、今回はその雑誌の記事をそ
本日は新嘗祭おめでとうございます🌾宮中では、天皇陛下がご自作の稲穂を神嘉殿にて新穀として天照大神はじめ万神にお捧げになり、日本国と国民の安寧を祈られます。また、全国の神社でも、五穀豊穣と恵みに感謝する祭典が斎行されます。これは本来、勤労感謝の日ではなく、大嘗祭の原型とも言える古来より続く最も大切な祭祀です。今も日本を支えてくださる陛下のお祭りに感謝を。彌榮🇯🇵新米令和7年米コシヒカリ10kg別格新潟県魚沼産お米白米10キロ令和7年産魚沼産コシヒカリ新潟県産コシ
昔は民間でも米が獲れると新嘗祭を行ったが、現代では天子さまが代表して行う。これが祭司としての天皇の最大の行事だ、天皇となって初めて行う新嘗祭を大嘗祭と呼ぶ、天皇に即位しても大嘗祭までは仮の天皇のようなものだ。これが終われば僕も新米にありつけるということだ。次に大事な天皇さまのお仕事はお正月の四方拝、国の隅々まで福が行き渡るようにと祈る、80年前は当たり前のようにどの家でも行った。僕も鐘の音が止んだら家の四方に塩を盛り、祝詞をあげる。サンタさんだってすべての家に福を運ぶことは出
宮中で,11/23に新嘗祭(にいなめさい)が行われますが,本来は旧暦11月の2度目の卯の日,つまり,2026年だと1月5日に行われる儀式です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・※11/23(日)は新嘗祭!新天皇に天皇霊をつける大嘗祭はマコモ祭り!新嘗祭は、天皇がその年に収穫された新穀等を天神地祇(てんじんちぎ)に供えて感謝の奉告を行ない,これらの供え物を神からの賜りものとして,天皇自らも食する儀式です。毎年11月23日に宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われ
10月から新天皇の即位の儀礼が続き、先週の14日にはメインイベントの[大嘗祭]が行われました。約1300年前にされた儀礼の一部がテレビを通して見られることは、本当に幸せなことです。⑴10月22日(火)の[即位礼正殿の儀]…「即位の礼」の中心儀式で,国の内外に即位を宣明されました。「さきに、日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより皇位を継承致しました。ここに『即位礼正殿の儀』を行い、即位を内外に宣明致します。上皇陛下が三十年以上にわたる御在位の間、常に国民の幸せと世界の平和を願われ、
大嘗祭を創った天武天皇は呪術と天文遁甲の天才!➀から続くhttps://ameblo.jp/skmhirai/entry-12546334612.html【3】[北斗八星]と[呪術]について道教的な哲理で,天帝[北極星]は北極星を輔弼(ほひつ・助ける)する[北斗星]を必要とします。天武天皇は伊勢神宮で,[内宮]を[北極星]とし,[外宮]を[北斗星]とし,北斗星は北斗七星ではなく,「北斗八星」としたのです。➊「北斗八星」とは?⑴北斗八星とは,北斗七星に第6星:ミザールの脇にある,輔星(
日本が元気になれば世界がマルっと良くなるそんな気がする369サロン関東千葉市川店の『施術者K』ですご予約はLINEからお願いいたします。11月予約可能日時🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀みなさま✨11月23日は新嘗祭日本人の魂が最も澄みわたる日宮中行事(皇居)です今の日本人のほとんどは11月23日は「勤労感謝の日」という認識の人も多いけど(施術者Kも以前はそうでした😅)けれどこの日はもともと**一年の実りを神さまに感謝する大切な行事「新嘗祭(にいなめ
天皇陛下は日々ご先祖と神々に感謝され、ひろく世の中の平安をお祈りされています。毎年行われる慣例祭祀で最も重要な祭典とは何でしょう?1、大嘗祭2、祈年祭3、鎮魂の儀4、新嘗祭(伊勢神宮HPより)答えは4、新嘗祭新嘗祭とは(神社本庁HPより)皇室の弥栄と国家・国民の安泰を祈り11月23日に行われるお祭りです。宮中では天皇陛下が天照大御神をはじめ神々に新穀をお供えし、御自身もお召し上がりになります。
11月15日七五三!この時期、神社に詣でるかわいい姿を目にしますね💗七五三をウィキペディアで見てみると、、、以下要約七五三とは、7歳、5歳、3歳の子どもの成長を祝う日本の年中行事であり、神社・寺などで「七五三詣で」を行い、報告、感謝、祈願を行う奉告祭。由来天和元年11月15日(1681年12月24日)に館林城主・徳川徳松(第5代将軍・徳川綱吉の長男)の健康を祈って始まったとされる説が有力。江戸期は関東圏における地方風俗であったが、やがてこの儀式は京都、大阪でも行われるようにな
昭和3年(1928年)11月10日は昭和天皇の即位の大礼があった日です。昭和天皇は今上陛下の御祖父、上皇陛下の御父にあらせられます。以下に当時の貴重な映像があります。このような映像を拝見すると、私はこうした儀式を生で拝見できる時代に居合わせたことを幸せに感じます。まだ幼かったりしていたら、せっかくの令和の御代替わり儀式もわかりませんでした。それなのにこうした儀式を平成と令和2回も拝見することができました。その前の昭和天皇の御代はとても長かったため、平成の御代替わりの時はこうした儀式を目の当
大嘗祭に隠された“盟約”の真実天皇家の儀式、大嘗祭。その日程は必ず“月齢”で決まる。太陽神の末裔が、なぜ月を基準にするのか。平安期の古文書には「月の民との盟約、八咫鏡を介して継がれる」との記述。天皇が一人きりで神と交わるという秘儀、その実態は量子共鳴儀式だったのではないか。鏡を通じ、月の民の情報体と同期する――保江博士はこれを“意識通信プロトコル”と呼んだ。もしこれが真実なら、天皇家は1,500年以上も人類の量子情報を保護してきたことになる。そして2025年、その契約が更新される。続きはプ
吉良町荻原の羽利神社です。旧三河荻原駅や吉良町図書館の近く。詳しい地図で見る羽利神社正面。鳥居の後ろにはクスの巨木がそびえている。入口の石灯篭には「金比羅山」とあった。2013年10月のストリートビューを見ると火袋の形が違い、竿(火袋と中台の下にある細長い部分)が無くなっていることに気付く。倒壊対策だろうか。境内東側の道路に面した所には「大嘗祭悠紀斎田御料調肥所之跡」という石碑があった。矢田の熊野神社でも触れたが、大正四年の大嘗祭にあたり岡崎市中島町が悠紀の地と
昨日は栃木県に行ってきましたん。令和の大嘗祭献上米の太田主である石塚さんにお会いするために。儀式に献上されたお米は『とちぎの星』献上米とは。天皇陛下が崩御され新しい年号になる際の儀式『大嘗祭』に奉納されたお米のことです。どの県から奉納されるか?は、亀の甲羅を焼いたときのひび割れであらわれた形で占う卜占(とぼく)で選ばれた県なんです。その中でも、お家柄や人望、お人柄など様々な観点からただ1人。選ばれた農家さんこそが石塚穀男さん
皇室とは、血統であり、霊統であり、遺伝であり、「祭祀」の家柄。「皇統」(こうとう)という。戦後、アメリカにより皇室離脱させられた皇族を復帰するしかないのでは?天皇の神霊を継承する大嘗祭(だいじょうさい)。祝(はふり)之神事の秘密。白川伯王家(しらかわはくおうけ)白川伯王家-Wikipedia白川伯王家(しらかわはくおうけ)、又は白川家(しらかわけ)とは花山天皇の皇孫の延信王(清仁親王の王子)から始まり、古代からの神祇官に伝えられた伝
関西パビリオンに行ってきました!関西パビリオンは行く時によって展示が変わっていて。今回刺さったのは三重パビリオンにあった自由の鐘という展示。真珠12,250個ダイヤモンド366個使った鐘で。1939年のニューヨーク万博でも展示されてたそうです。徳島パビリオンでは日本で唯一大麻の栽培を許された三木家から麻織物が飾られてました。天皇が御即位される時の御召し物のために育てているので次使われるのは何年後になるかわからないそうです。なんかスゴイ。
履中記に墨江中王すみのえのなかつみこの反乱譚が載る。紀の話より充実している。大嘗祭後の豊明節会において天皇が寝てしまったところを、弟の墨江中王が天皇位を簒奪しようと放火するに及び、側用人的な存在であったと思われる阿知直あちのあたひが救い出し、寝ている天皇を馬に乗せて倭やまと(大和)へと連れて行った話になっている。歌謡を伴う。子みこ、伊耶本和いざほわ気王けのみこ、伊波礼いはれの若桜宮わかさくらのみやに坐いまして、天下あめのしたを治をさむ。……本もと、難波宮なにはのみやに坐います時、大嘗お
「三輪山」◆大物主神・事代主神・大己貴神の関係~ヤマト王権の祭祀から読み解く~【後編】体調不良により記事UPをしばらく小休止しておりましたが本日より再開させます。まだ本調子にはほど遠く逆に悪化しているのでは?と思わなくもないのですが。また小休止に入る可能性をはらんでいます。【前編】【中編】からの続きです。◎【前編】『◆大物主神・事代主神・大己貴神の関係~ヤマト王権の祭祀から読み解く~【前編】』「三輪山」◆大物主神・事代主神・大己貴神の関係~ヤマト王権の祭祀から読み