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今日は、終戦記念日です。わずか一世代前、同じ人間が、同じ人間に対して、あれほど残酷になれた。できれば目を背けたい、辛い事実です。『夜と霧』(ヴィクトール・フランクル)の冒頭に、『みすず書房』の出版者さんがこう書いています。「知ることは、超えることである」だからこそ、平和な今を生きる私たちが、あえて知る。そこに意味があるのだと、私は思います。フランクルは、あの極限の収容所で、一つの真実にたどり着きました。「あらゆるものを奪われた人間に残された、たっ
おはようございます。♪天使のとまり木♪にようこそブログランキングに参加しています。ポチっとお願いできたら嬉しいです。にほんブログ村熊本地震により被害を受けられた皆様へお見舞い申し上げます。今、6冊の本を読み進めています。『いちばんよくわかる!猫の飼い方・暮らし方』まだ、猫を飼えるかどうかも不明の状態ですのでちょっと、ペラペラ捲りながら眺める程度です。『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』小林孝延
8月は昨日の広島からはじまって平和の希求と第二次世界大戦のことを考えることになる。本日はフランクル『夜と霧』からです。ユーモアをというフランクルの言葉には深く考えさせられた。収容所の生活の描写とのつながりの中で印象に残っている。今年はパトランの強化月間WPMアンバサダーをやっている。ユーモアを取り入れて楽しみたい。パトランJAPANWPMWORLDPATORUNMONTH2026patorun.com今日もありがとうございます。ありがとうござい
アウシュビッツ=ビルケナウ博物館へ今回、私たちはVELTRAのツアーを利用してアウシュヴィッツ=ビルケナウ博物館に行きました。7:45にホテルのロビーでクラクフ出身の日本語ガイドの方とお会いし、中谷さんにガイドしていたけることを知りました。事前に購入していた3daysチケットを使ってトラムに乗り、クラクフ中央駅へ向かいました。今回は公共交通機関を利用するので行きはバスで帰りは電車を利用しました。クラクフ中央駅のバスセンタ
『夜と霧』NuitetBrouillard映画トーキー32分白黒/カラー製作1956年1956年フランス公開昭和三十六年(1961年)十月二十日日本封切製作国フランス製作言語フランス語ナレーターミシェル・ブーケ脚本ジャン・ケイヨ―ル原作ジャン・ケイヨ―ル音楽ハンス・アイスラー撮影ギスラン・ロッケサッシャ・ヴィエルニ製作アナトール・ドーマン監督アラン・レネ◎アラン・レネ=アレックス・レヴァル◎鑑賞日時場所平成十三
この話を聞いてあなたはどう生きますか絶望に打ちひしがれ明日に希望を見いだせず毎日毎日を後悔と不安で過ごし逃げだしたいのに逃げられずこんな毎日なら自分を消してしまいたいでもそんな勇気も機会もなく漫然と毎日を生きているそんな中でも希望を見いだすことはできるのだろうかそんなヒントがあの有名な『夜と霧』(ヴィクトール・E・フランク
作品「夜霧」水彩画/cansonGraduate水彩紙30年社会人をやってきて、これまでにない失敗をしました。私の確認ミスです。「なぜ確認しなかったの?」「まさか、あなたが間違えるとは思わなかった。」そんな言葉を受けながら、私は2か月近く、重苦しい時間を過ごしました。事態はおさまり、退職願いも受理され、ようやく少しずつ、日常を取り戻しています。普通の失敗や愚痴なら、家族に話せたかもしれません。でも今回は、誰にも話せませんでした。心配をか
皆さん、こんにちは!日曜日の人生相談室へようこそ。週の終わりに、少し深い人生のテーマについてお話ししましょう。【こんな方にオススメ】成果主義の職場で競争に疲れ、生きる意味を見失いそうになっている方今の仕事や人生に虚無感を感じている方どんな状況でも心の平穏を保つための哲学を知りたい方この記事を読むことで、どんなに過酷な状況下でも人間としての尊厳を保ち、「生きる意味」を見出すための強靭な精神的支柱(ロゴセラピー)に触れることができます。現代社会は、ともすれば「金だけ、今だけ、
ここのところスマホのご機嫌が悪く皆さんのブログを読みたくてもぐるぐる🌀状態で読めません。再起動すると少し読めますが、読めてもいいねボタンが反応しなかったりとご機嫌ななめなスマホですそんな状況下でも、ブログの方から読んでほしいとばかりにスッと繋がるときがあるから不思議です。こういうことをご縁というのだと思います。世の中に偶然はないのですから今朝、スッと開けたブログの中に『夜と霧』について書かれていて、そういえばわたしもブログに記したことを思いだしました『夜と霧』毎日、皆
今日は洋書について。たまに洋書を読んだりします。もちろん翻訳版で。でも、翻訳って相性があるのか、まったく読み進められない翻訳と和書と同じくスラスラ読めるものがあります。初めは「この本の内容が私にしっくりこないものだったのか・・?」と思っていましたが、途中から翻訳に左右されることに気がつきました。顕著だったのは名著「夜と霧」ヴィクトール・E・フランクル著夜と霧ドイツ強制収容所の体験記録Amazon(アマゾン)Amazon(アマゾン)で詳細を見る楽天市場で詳細を
『絶望のはてに光がある』(ヴィクトル・フランクル)最近、精神科医ヴィクトル・フランクルの本を読み直していました。有名な『夜と霧』の著者でもあるフランクルの言葉を集めた一冊です。タイトルだけ聞くと少し重たく感じるかもしれませんが、読み進めると不思議と心がすーっと軽くなるような、温かい包容力に満ちていました。フランクルは過酷な環境を生き抜いた人ですが、どんな暗闇の中でも「人は希望を見失わずにいられる」と教えてくれます。特に心に残ったのは、彼が伝える「祈り」と「人生への信頼」について
優ちゃんです。アウシュビッツ収容所から生還した心理学者ヴィクトール・フランクルさんが書かれた『夜と霧』という名著があります。こちらから拝借しました過酷な強制収容所という極限状況の中でも夕陽を見て感動したり音楽を頭の中で奏でたりすることで人間らしさを保つことで生還できたということが書かれてあります。僕が今年4月から7月の間に32回も映画館で鑑賞してしまった映画プロジェクト・へイル・メアリーで冒頭主人公グレースは一生死ぬまで宇宙船に独りぼっちだと分かった後人形と一緒に踊り
わたしたちはためらわずに言うことができる。いい人は帰ってこなかった、と。ふと机の上を見ると、一冊の本が置いてあった、学校の先生から薦められたという、図書館から借りてきたらしい、そういう先生もいるのだなと人から教えてもらってはいたが、文庫化はされてないこともあり、そのときまでは手に取る機会がなかった、厚い本ではないのだけれど夜と霧/V.E.フランクルアウシュビッツから奇跡的に生還した心理学者が著したドキュメンタリ、原題は、『……それでも生にしかりと言う』、「心理学者、強制収容所を体
礼拝は毎週日曜日朝10時半から夕6時半から説教をユーチューブに朝6時から流していますマタイ13章24~30,36~43節今日のたとえ。畑には良い麦だけではなく毒麦もあるという話です。確かに、この世界は楽園ではありません。プーさんやティガー(トラ)のぬいぐるみではなく、プーさんやトラさんの戦争がまだ続いています。スパッと解決したらいいのにと思いますが、「毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れない。収穫まで、両
【不登校】「子どもを信頼する」とは一体どういうことなのか?こんにちは。公認心理師・元養護教諭の大川祥代です。前回の記事で、私は「信頼」という言葉について、一つの問いを残しました。「不登校の我が子はきっと社会に出られる。」という、未来への期待を含む信頼と、「この子の命の価値は、今この瞬間も変わらない。」という、存在への信頼。この二つは、似ているようで、その土台は大きく違います。今日は、この違いについて、少し丁寧に考えてみたいと思います。■「信頼」という言葉には、二つの向き先が
抜粋防衛省情報本部電波部、画像部が陸上自衛隊調査部を通じて、多数の国民にテロを実行する動機は、正義を実現していると誤認していることにあるのかもしれません。感想やはり悪は凡庸であった。残虐行為を崇高さと勘違いするのは、いかにも宗教的で、キリスト教とも親和性が高いと思う。キリスト教のナラティブに殉死がある。拷問の末の殉死。宗教と科学信仰と拷問は三位一体!?ブッシュは、ジャスティスジャスティスと繰り返していましたね。私は幼少期から、ユダヤ系に惹かれる傾向が有りましたが、攻撃のせい
ハンス・アイスラーさんハンス・アイスラー(HannsEisler)1898年7月6日生まれ、1962年9月6日、満64歳没。ドイツライプツィヒ生まれのアシュケナジム・ユダヤ人の作曲家。1938年に米国へ移住(亡命)したアイスラーは、チャールズ・チャップリンの音楽顧問を引き受けるなど、映画音楽の企画・作曲の仕事に従事。『死刑執行人もまた死す』と『孤独な心』(NoneButtheLonelyHeart)でアカデミー賞にノミネートされた。1947年、ハリウッド
こんばんは笑顔や人生を楽しく過ごすことを大切にしていますMihoですジャンル問わず色んなことを綴っています今日のひと言:また暑くなってきた!ご覧いただいている皆さまありがとうございますまた暑くなってきたけど、夜は涼しいいい〜todaysbestsong今日は、精神科医でもあるフランクルがナチスの強制収容所での体験を記した夜と霧私は指南書とも思います。6月も最後!みなさんにとって7月が素敵な日々になりますようにでは
今日も、私は生きている。世界を巡って気づいた生きること、死ぬことの意味Amazon(アマゾン)2023年9月11日発行・・・2026年6月27日読みました私の心に残ったこと受けるよりは与えるほうが幸いである・三秒の感謝もし、その人が、自分はやや幸福な生涯を送ってきたという自覚があるなら、毎夜、寝る前に、「今日死んでも、自分は人よりいい思いをしてきた」ということを自分に確認させることである五十歳になった時から、私は
ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」第二次大戦中にユダヤ人収容所に入れられた著者が、自分の体験と観察をまとめた本。でも私が印象に残ったのは収容所を出た後のシーン。同じく収容所に入れられていた人と著者が一緒に歩いていると、相手は近道をするために他人の畑を横切ろうとする。著者は畑を横切ったら苗を踏みつぶしてしまうと反対するが、相手は、自分が収容所で本当に酷い目にあった。畑の苗を踏みつぶされるのは、自分の苦しみより重いというのか、と怒る。つまり、自分は酷い目に合ったんだか
夜と霧の感想を、タロットで読みました「夜と霧」を隠者のランタンに灯して読む-たまっ子魔女三上琴子のタロットと本の小さな魔法☆タイトル☆夜と霧新版☆著者☆ヴィクトル、E.フランクル☆出版社☆みすず書房☆発行日☆2002年そもそもわたしは何を問われているのだろう『夜と霧』を読み終えて、そんなことを考えている後半部分に近づくにつれ、読むペースは遅くなったあらすじを書けば、心理学者である筆者が強制収容所へ送られ、やがて解放されるまでの出来事を記した本だ前半は収容所…kett
ごきげんよう(^^♪NHKETV特集病児との遊びのボランティアをされその時間はおかあさんに少しの自由な時間を持ってもらったり、コンビニなどで済ませがちな毎日に手作りのお弁当を届けたり。コロナ禍では病院の中に入れなかったので医療従事者へサラダを届けていました。坂上(さかうえ)さんのボランティアとはどんな活動でしょう。病児の家族を生きる〜お母さん食堂の1年〜|ETV特集【NHK】新宿に“病気の子どもの家族”のための居場所がある。子どもが入院すると、付きそう
ヴィクトル・フランクルは、ナチの強制収容所に入れられたユダヤ人の一人でした。彼が強制収容所に入れられたとき、看守たちは彼が身につけていたものをすべて剥ぎ取りました。彼の人としての尊厳を奪い、妻、家族、服、結婚指輪さえ奪い取ったのです。けれども、彼から奪い取ることができなかったものが一つだけありました。彼はその著書「夜と霧」の中で、こう書いています。「人間の自由の中で最後に残されるものは、置かれた状況の中で、どう振る舞うかを選択する能力である」看守はフランクルから、どう振る舞
私は本が好きで常に何かを読んでいます📚そして、今の私を構成してるのも本であり救ってくるたのも、頼っているのも本が影響しています。中でも20歳前後のときの絶望感の中、先が見えなくなった時救ってくれたのが一冊の本でこの本の影響で今の仕事に行きついていると思っています。それから数十年がたち、20歳の頃の私と同じような絶望感の中、答えを導いてくれたのが、同じ本でした。が、、20歳の自分とは全く受け取り方が異なってますが同じ作者の同じ本に助けられました。私は幼い頃から人は何故生きてる?何
アラン・レネさんアラン・レネ(AlainResnais)本名:AlainPierreMarieJeanGeorgesResnais1922年6月3日生まれ、2014年3月1日、満91歳没。フランス・ブルターニュ地域圏モルビアン県ヴァンヌ生まれの映画監督。1943年、映画高等研究所に入る。1948年製作、画家ヴァン・ゴッホをテーマにした短編映画『ヴァン・ゴッホ』(VanGogh)が、1950年の第22回アカデミー賞で短編映画賞を受賞。Pobednik1985
愛蔵版「花情」瀬戸内寂聴著海竜社平成十四年六月十一日発行瀬戸内寂聴さんは1922年生まれ。新潮社同人雑誌賞受賞、「田村俊子」で田村俊子賞受賞「夏の終わり」で女流文学書受賞、1973年に中尊寺で得度受戒、法名寂聴となる1974年に京都嵯峨野に寂庵を結ぶ。「花に問え」で谷崎潤一郎賞、「白蓮」で芸術選奨文部大臣賞受賞、1997年に文化功労章受章、「場所」で野間文芸賞受賞、他著書多数あります花にまつわる文学的表現の素晴らしい瀬戸内寂聴さんの短編集を満喫した
ついに夏の冠模試を申し込むときが来たと、それも東大プレなのだと、私は興奮したのです。ぽんぽんも一気呵成に参戦するはずだと思う私です。ぽんぽん「中間テストが終わってからねー」決断を先送りにしたがっているように私には映りました。まさか、受けたくないのでしょうか。それはなぜでしょうか。私は昭和の女です。代ゼミの東大プレ、駿台の東大実戦、そして河合塾の東大オープンは、現浪大集結の3大冠模試であり必ず受験するものだと思い込んでいました。けれど今は少し事情が違うようなのです。7月の夏休み初
ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』を読了。強制収容所という生き延びることが困難な極限状況を自ら経験した精神科医による心理的考察。悲惨な体験を主観や感情を抑えて、医師であるとともに心理学者として客観的に語り、人間として生きる意味を問う姿が素晴らしい。強制収容所というとアウシュビッツが有名だが、フランクルはアウシュビッツではなく、周辺にある支所で過酷な強制労働をさせられた。ガス室で死を行うアウシュビッツに対し、強制労働をさせる小規模支所の方が被収容者にとってはより過酷な環境だったそうであ
【送料無料】それでも人生にイエスと言う/V.E.フランクル/山田邦男/松田美佳楽天市場戦争が終わった”翌年”に行われた講演の記録とのことですが、当時、アウシュビッツの話は、さぞかし生々しいものだったのでは?と思います。私は戦後60年以上経った現在、この本を読んでいるので、アウシュビッツの情景は鮮明には浮かんできませんが、この講演の時点では、「それは、すぐそこ」にあったようなものだったのでしょう。アウシュビッツの地獄は、たった1年前にすぐ近くで実際に起こったことだったのです。とても重厚な
夜と霧はナチスの収容所に入れられた精神科医のフランクルがそこの収容所で体験した過酷な状況、収容所の仲間、監督者などを観察し、その中でどのように人々が振る舞い、どのような苦しみを味わい、どのように死んでいったかを精神科医の視点で書き残したものだ。毎日周りで仲間が死ぬ。そのことは各人が毎日突きつけられる選択に左右されたり、監視人の好き嫌いに左右されたりという全く自分でコントロールできない状況で変わる。現在の自分達の置かれている状況では考えられないほどの過酷なことは本を読めばある程度は想像できる。で