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去る8月12日(水)この日の朝は寒い位だったよ!何せ前日の晩に飲み過ぎた挙句・・・スッポンポンで寝ちゃったもんねっ🤣―――【時間⌚】―――――――――――――4:30〜5:30⏰️約60分まだまだ薄暗い時間帯⏰️・・・だけどまぁまぁの人達が外出してるよ👍️―――【天気☀】―――――――――――――曇☁この時季にも関わらず、やや冷たい北風🌬️珍しく西進する台風15号🌀コイツの影響だろうねぇ😁―――【本日のルート🚶】―――――――――踏切供養地蔵更地になっとるじゃん
富賀岡八幡宮より葛西橋通りを経て神明通りへ曲がる住所は南砂から東砂と変わる・・・ひっそりと地蔵堂がありその向かい側に、鎮座するは東砂天祖神社向かって右手に手水舎、左手には神楽殿そして正面奥、東砂天祖神社社殿と獅子山の狛犬さん東砂天祖神社は、江東区東砂にある天祖神社万治年間(1658年~1661年)に深川村の名主深川八郎右衛門による新田開発その名をとって八郎右衛門新田の鎮守として深川神明宮より分霊を勧請して元禄10年(1697年)に創建したとされています深川神明
県警によると、7月31日8時10分ころ、新潟県燕市地蔵堂本町1丁目の道路上で、歩いていた女子高校生に対し、「スカートの中見せて」と卑わいな言動をした不審者の情報があった。不審者は、シルバー色の車に乗った男性で、年齢は不明。警察は、不審者を見かけた際は安全を確保した上で、速やかに警察へ通報するよう呼びかけている。
「重機娘Ⓡ」BREAKER-MAKOTO第44巻地蔵堂調査編発刊主役「プロコ」続投ですさぁ、三人娘物語、お届けいたします第2巻を2026年5月28日に発刊今日まで既に【発刊73巻】※日本記録挑戦中【日刊ペース】で発刊しております13年ぶりに筆をとり、溢れる熱量が止まりません【第44巻:静寂の対話】土地の記憶を拾い上げる、地蔵堂調査**「調べるって、知らないって知ることなんだね。」**最乗寺での調査を終えた三人が次に向かったの
「重機娘Ⓡ」BREAKER-MAKOTO第43巻地蔵堂調査編発刊主役「プロコ」続投ですさぁ、三人娘物語、お届けいたします第2巻を2026年5月28日に発刊今日まで既に【発刊73巻】※日本記録挑戦中【日刊ペース】で発刊しております13年ぶりに筆をとり、溢れる熱量が止まりません【第43巻:調査のプロトコル】整理された記録と、次なる現場への助走**「現場は終わりました。でも、調査は続きます。」**最乗寺の広大な現場と向き合い、膨大
地蔵盆を1日勘違いしてた私…清瀧寺の副住職様のブログで慌てふためく↓てっきり昨日だと思い込んでいました🤪確か地蔵盆法要は2時からの筈…その前に九品仏浄真寺の閻魔大王と沢山の地蔵菩薩に挨拶して来よっと😁いそいその浄真寺へ〜我が家からだと上手く乗り換え出来れば30分と近い場所九品仏こと浄真寺の参道の石仏総門総門を潜るとお地蔵様がた〜くさんいらっしゃいます笠を被った六地蔵まさに笠地蔵…六地蔵の真正面には三途の川が流れ、閻魔堂があります三途の川浄真寺の閻魔大王もハイテク閻魔
地蔵堂の祭り夏越しは・・・子ども達の行事でしたが少子で・・・・自治会&お宮の関係者で開催お宮の関係者さんが製作した竹提灯奇麗でした
足柄地蔵堂足柄街道の矢倉沢にある地蔵堂です。足柄街道に面していることから古い地蔵堂のようですが縁起に関するは見つかりません。onedayhik.com
【成道山大樹寺…松平家歴代の菩提寺で徳川家康ゆかりの名刹、江戸時代には将軍家の位牌所と位置づけられていた】【愛知県・岡崎市】戦国時代の永禄三年(1560)の桶狭間合戦で総大将今川義元が破れたため、大高城を守っていた松平元康(当時19歳/後の徳川家康)は大樹寺に逃げ込み、先祖の墓前で切腹しようとしたが、13代住持登誉上人が元康に「厭離穢土欣求浄土」の教えを諭して自害を思い止まらせた。「厭離穢土欣求浄土」は、平安中期の高僧源信(恵心僧都)が著した「往生要集」の中にある言葉。江戸初期の慶長七年(16
さて引き続き佐渡八十八箇所巡りを畑野地区にある玉林寺を目指します畑野小学校前の道を道なりに前進し、この地蔵堂のある交差点を左に進みますどうやらこれは薬師如来を祀ったところらしく、ただの地蔵堂ではないですねぇ〜玉林寺はちゃんと参拝客用に広い駐車場を用意してくれているようでした山門立派な本堂本堂より山門を望む山門の向こうの景色のどかな田舎の情景って感じがしてGutですこれにて74寺目探訪近くには畑野地区の熊野神社が狛犬は勢いのある感じ何代の梅由来は分かりませんが。本社
高尾山真言宗長光寺京急本線汐入駅のロータリーを出て左に進みます。高架橋を潜って道なりに進み二つ目の信号の少し先に右側に脇道がありますのでそこに入りタイムズ駐車場前を右に進みます。そのまま進みますと左側にお寺の入り口があります。ここがお寺の入り口です。子育地蔵尊入り口横の岩壁に穴を掘って、お堂になっていました。寺号標長い階段を登って行きます。登ったところにお地蔵様です。上のせり出している建物が本堂です。不動明王堂本堂までの中間地点です。この中に不動明王が居るのでし
心が静まる景色と、小さな祈りを記すブログおはようございます美和巫女こと竹嶋美和です。愛知県尾張地方(主に一宮市)神社やカフェをめぐりながらそこで感じた、光と氣配を写真と小さな言葉で綴っています。写真の氣に合わせた朝の祈り日々の気付きなどお届けします*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。..。.:*・゜゚・*地蔵堂(一宮市時之島本郷)神社巡りをしながら歩いている途中、ふと目に留まった小さな地蔵堂。住
今日は七夕ですね、3日にいつものように地蔵堂前に大七夕を立てましたCATVの収録がありました飾り付けが済んだ大七夕磯部小学校先生・生徒さんが到着しました地区区長の挨拶や今日の予定などが話されました願い事を書いて100歳くらいまで・・・ね僕はこっちの方が・・・アリジゴクに夢中お願いを取り付けて、七夕を立てます
前回紹介したお地蔵さんのお堂から1ブロック隔てた場所に、同じようなコンクリート製のお堂があります。西之庄、住宅街の路傍にある地蔵堂地蔵菩薩一般的な、地蔵尊の立像です。手前のコンクリートの台で隠れていますが、奥の台座をのぞいてみると、かすかに彫ってある文字が見えます。腕を伸ばして、なんとかスマホで撮影しました。台座左側面「現住雲梯」と読めます。「現住」とは「現在の住職」という意味です。すると次に来る「雲梯」は住職さんの名前という
今回は室積西之庄にあるお地蔵さんの紹介です。西之庄、住宅街の坂道にある地蔵堂地蔵菩薩右手に錫杖、左手に宝珠を持つ、いつものお地蔵さんの姿です。左足を下ろし、右足を左足の膝に乗せた座り方は半跏倚坐(はんかいざ)といわれます。台座正面お堂のおかげで風雨に晒されることなく、彫られた文字がきれいに残っています。「現在未来天人衆吾今慇懃付囑汝以大神通方便度勿令墮在諸悪趣」(現在未来、天界・人間界、全ての
続きです木曽街道は、ヨンイチ(国道41号線)を渡ります左手に地蔵堂?町内会の掲示板にある七尾天神社はヨンイチより西側にある神社街道は国道を斜めに横切ってた様ですが、近くに横断歩道がありません渡る所はかなり迂回しましたので割愛しますこの道はグーグルマップですと上街道とあります木曽街道=上街道です左手にお堂が(ピンボケですみません)秋葉宮とあります木曽街道を北に歩きます正面に見えてきた高架は名鉄瀬戸線です清水駅まで来ました始発の栄町駅は、オアシス21横の地下に駅がありますが
今日の散歩おじさん地域は一日を通してほぼ曇り、最高気温は「6月下旬並」の25.9℃で風もありましたので過ごし易かったですが、午後1時を回ったころ、ごく短時間ながら雲間から青空が見えた時はジリっと日差しの暑さを感じました!さて記事の方は“不動前から白金台へ「ぶらり」”の3回目です!目黒駅前から目黒通りを東へ向かって進み、首都高をくぐった先で通りの南側の住宅地に入ると間もなく「池田山公園」に到着です(^.^)江戸時代初期に岡山藩主・池田家の下屋敷があったことから「池田山」と呼ばれた一帯が公園と
七夕をそれぞれの場所に立てました地蔵堂前私は普段と変わらない日々が続きます様にと願いを日々色々なことが起こりますねここからは、違ったお楽しみ会場をお借りした場所に、小鳥と触れ合うものが出来ていました朝の8時前に早速、スズメが来ていましたハンターでもあるご主人は小鳥も呼び寄せていました先ずはスズメが降りてきましたつがいでしょうか?いかにも自然な餌場の止まり木クルミやくず米などを毎朝あげているとの事この後、ヤマガラも来ましたしかも、手乗りです(お昼頃に投
歩いて行きます!階段と建物です!階段を上ります!建物です!入口です!入口拡大図です!中を覗いて見ると・・・・・オッ!!!!!地蔵です!!!!!地蔵堂の地図です!地蔵堂良い思い出になりました!!!!!
看板です!看板拡大図です!写真、右側に何か見えます!建物です!建物拡大図です!さらに拡大図して見ると・・・・・オッ!!!!!地蔵がいっぱいです!!!!!狼煙ポケットパーク地蔵堂の地図です!狼煙ポケットパーク地蔵堂良い思い出になりました!!!!
8本に飾り付けが終わって、小休止タイム私は欲張って大き目なメロンアイスさぁ~並んで記念撮影各自の担当場所へ持参し取付です遠いですが↓この辺りに立てましたとくし丸の日でもありました花壇とジオの解説板も入れて2本ほど写してありませんが、すべての場所に予定通り建てました七夕が過ぎたら取り外しです7月2日には、地蔵堂前に大七夕が小学生の応援もあって立てられます
前回の青山不動明王奥の院を出ると墓地が広がっていて…。〈長崎市本河内〉(最近文章の右寄せができません)↑石仏などをおまつりしてきるほこらがあったり。↑わかれ道に道しるべがあったり。わたしは向かって左側の道から出てきました。良いですね。こんな昔風の道↑さらに進むとわかれ道に、「宗教法人高野平観世音墓地・墓地経営許可日…」と彫られた石柱と道しるべ。↑道は薮でなければ普段着でも行ける感じでした。そして人里(御手水バス停方面)へ降りていく景色が斜面地の里らしくて良かったのですが、雨だ
皆さんこんばんは。前回の続きになりますが光沢山円照寺六沢観音でお参りのあとは祥雲山龍護寺延沢観音でお参りして素敵な御朱印をいただきました。いただいた御朱印歴史由来寛文年間、延沢に住んでいた土屋又三郎という人が、深く観音を信じ、諸国の霊場を巡礼して歩いている途中、近江の国の瓦原寺に泊まった。その夜、夢に天女が現れ「自分はここの観音であるが、お前と一緒に出羽の国に行ってとどまりたいから、明日、私を背負って出発せよ」というお告げがあった。翌朝になると、寺の住職が又三郎の
この日は朝から貝塚南近義地区王子町の修理入魂式30周年記念曳行を見に行きました5時過ぎ貝塚王子町のだんじり小屋につきました5時18分過ぎ曳行開始一旦王子南の交差点へUターンして戻ってきました南近義神社へ先回り南近義神社へ入魂式を終えて6時6分過ぎ神社を出発王子町のだんじりは一旦小屋へ後ろの旗とか変えましたやりまわしポイントへ移動途中同じ南近義地区の窪田町のだんじりを見ました王子町のだんじりはお披露目曳行を開始窪田町の交差点でやりまわしを
昨日に続いて今日も散歩おじさん地域は「梅雨の晴れ間」で朝から青空が広がり、最高気温の27.4℃は「7月上旬並」とこの時期としてはやや季節先取りですが、これからもっと暑くなりますので、暑さに体を慣らすつもりで過ごしました!ただ、明日、明後日は雲や傘のマークとともにお日様マークもあるのですが、土曜日からはズ~っと雲か傘のマークばかりなんですよねぇ(^^;さて記事の方は「本駒込・向丘で寺社巡り」の最終回です!「その二」の記事でご紹介した「吉祥寺」から、本郷通りを350mほど北上した先の交差点をち
中山地蔵場所:奈良須池の畔住所:〒761-8047香川県高松市岡本町刻像:丸彫り塔型:坐像特徴:由来慶応元年(1865)、当時流行っていた疫病から命を守るため、この地区の守り地蔵尊として岡本の人々によって建立された。お堂は、数度の改築を繰り返している。毎年八月二十三日の地蔵盆の日には、自治会を中心に子供会・婦人会等が合同で盆踊り等を奉納し夜遅くまでお祈りをしていた。建立:岡本村の人々願主:資料:香川県立図書館蔵:ふるさと川岡より抜粋撮影日:
前津通りから大津通りに抜けるのに歩いて通るには近道になる矢場地蔵があるお寺を通りと古いお地蔵さんもまだ残ってるので時々抜け道として通りますが細長い境内ですが戦災に会う前はもっと境内が広買っtsのかも知れませんね。徳寿山清淨寺境内お地矢場地蔵堂延命子育地蔵水子供養南無地増大菩薩
みなさんおはようございます~(*^^*)日曜日です、体調は悪いしかしゆるく散歩に行こうかな~大正区千島3丁目6にある文殊堂だそうだこの書き方なら地蔵堂のような気がするが調べると文殊堂と出てきたどう考えても文殊堂ではないしかしこのふくよかな顔を見ると文殊堂でもいいかもしれない手水舎の龍身代わり不動明王六地蔵かな?本堂は地蔵堂みたいですよ地蔵菩薩ですねここでは延命地蔵尊とされてるみたいです前は公園でいい場所ですまだAM
次にやってきたのは小泊地区の如意輪寺小泊は須恵器生産で有名な場所です当初道が全く分からず田んぼ道の真ん中でGoogleMapを開く分岐を間違えていたことに気付き(本日n度目)、ようやく寺に辿り着く広い駐車場があってよかった・・・なおスズメバチの斥候に偵察された模様(手を出さなければ大丈夫なやつです参道変わったデザインの山門だと思ったら地蔵堂を兼ねてました寺へ続く階段こちらも西報寺みたいな小型の本