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「小倉百人一首第43番は「権中納言敦忠」(ごんちゅうなごんあつただ)の歌です。逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり(あいみてののちのこころにくらぶればむかしはものをおもはざりけり)あなたに逢って契りを交わした後の,私の深い思いに比べると、それまであなたを思っていた気持ちは,何も思ってなかったようなものだなあ。作者・「権中納言敦忠」と言うのは,藤原敦忠のことです。左大臣時平の息子で、小倉百人一首・第17番
NHKラジオの古典講読で、王朝文学をここ数年ずっと聞き続けてきた。更級日記から始まって、蜻蛉日記、和泉式部日記、紫式部日記そして昨年は源氏物語。源氏物語のおもしろさは当然だが、日記文学もそれぞれ個性があって面白かった。ところが、源氏物語成立時期から百年前の伊勢物語は今一つ面白さが感じられない。それはある和歌がどんないきさつで詠まれたかを描く一話完結の歌物語という形式にあるからだろう。つまり一話一話完結してそれぞれのつながりはあまりない。「昔男ありけり」この男は在原業平という。イケメンでやり
京都の歴史ある梨木神社で、全面的に宮司様のご協力のもと十輪寺の和尚様96才阿保親王、毛利の末裔の小川先生94才他50名の皆さま方と共に在原業平公の生誕1200年を記念する奉納行事を開催させていただきました朝方までの激しい雷雨自分もおなかを壊し天の気も人の気も浄化8時にはカラッと晴れ黄色い蝶々が寄ってきました土門家の紋章は蝶々です公家の方から貴重な冠や扇をお借りしそこに業平の神霊をおろし、奉納演奏させていただきました神社の宮司様などいろいろなお立場の方も
過日、AIはどうして噓をつくのかという記事を書いたが、その後日談『AIはなぜ噓をつくのか?』AIに欺されたある雑誌に、百人一首の歌の解説を連載している。11月号用には歌人Aを採り上げた。一応10冊ぐらいは関連の本を読んで…ameblo.jpとりあえず、AIが言ったことは検証できないので、雑誌社に出した原稿は差し替えた。その直後、AIが事実は存在しなかった判例を教えて、そのまま検証せずに記載した本を大学教授が出版したが、噓が発覚し、本を回
「直感」人はいつでも考えすぎます。考えて、考えて、考え抜いてもそれがうまくいくとは限りません。「直感に頼る」というのは、論理的でなく、あいまいな、あやふやなものになってしまいそうですが、今月は、少し考えた後には、体の力をぬいて、ふとしたひらめきに頼ってみましょう。それが、新しい扉を開くようです。あなたの9月はいかがでしたか☟お
みーちゃった、みーちゃった。27日。「踊る大捜査線N.E.W」の中身みーちゃった。長い時間の映画だというので、羽織ったパーカーを丸めて腰に当て、「お!❤️」てな気分で観たかった。ひとりで観たかったの。それはあれで、あれだからとか嬉しい発見がいっぱいでした。都内のアレコレです。私ね、青島くんが下の、もっと下の代を育ててるのが嬉しかった。そして、自分が若くて生意気だった頃を思い出す機会があってよかった。体力他云々。新しいものと融合する、旧知のものも抱きしめる。「へぇ
ご覧いただきありがとうございます。わたしのプロフィールはこちらから。ななせ『【自己紹介】ブログ始めました!』みなさん、はじめまして!作家・モデルの「ななせ」です。普段はInstagramをメインに活動をしているのですが、このたびオフィシャルブログを始めることにな…ameblo.jp京都小説サイト「夢と知りせば」についてはこちら📕ななせ『京都小説サイト「夢と知りせば」について①』昨日は早速フォロー&コメントしていただきありがとうございます!とっても嬉しいです
日本遺産(地域)三重県明和町祈る皇女斎王のみやこツアーガイド:倭姫命観光客:歴史散歩を楽しむ旅人。倭姫命:「こんにちは、倭姫命です!私は天照大御神様をお祀りする場所を探して旅をして、最後にたどり着いたのがこの伊勢の地なんです😊」観光客:(おお、伊勢神宮の超キーパーソンなガイドさん登場!)1.斎宮歴史博物館にて倭姫命:「見てください、この緑の陶器やガラス器。当時の斎宮ではこんな高級品が使われていたんですよ」観光客:「へぇ~、おしゃれ!……ところで、斎宮って結局なにする場
平安時代が大好きなぱんだ(´Д`)。スタバでの朝読書でこんな本を読んでみました。倉本一宏『続平安貴族列伝』(日本ビジネスプレス、2025)です。『平安貴族列伝』が面白かったので、続編も買ってみました。今回も非常に面白かったです(´Д`)!薨卒伝から見た平安貴族の実像ということで、実に様々な人々が取り上げられていました。前書では六国史のうち、『日本後紀』『続日本後紀』の薨卒伝が紹介されていましたが、今回は『日本文徳天皇実録』と『日本三代実録』の薨卒伝が紹介されています。在原業平や
31代目斎宮です。文徳天皇第一皇女です。母親は藤原是雄(藤原北家の流れをくむ。大納言藤原真楯のひ孫)の娘列子です。同母妹に賀茂斎院となった慧子(あきらけいこ)内親王がいます。父帝が即位したのに伴い、斎宮も代替わりとなるのが慣例だったので、彼女もその一人として卜定となりました。それからしばらくは野宮で精進潔斎、伊勢にやってきて、斎宮の務めを7年した後は父帝が崩御されたので、これまた慣例に従い(身内の不幸故)退下となりました。それから40年ひっそりと生きて亡くなりました。32代目の斎
読書が趣味のぱんだ(´Д`)。今回は『伊勢物語』の伝説で彩られた歌人の歌を読んでみることにしました。スタバで朝読書。中野方子『在原業平コレクション日本歌人選004』笠間書院、2011です。在原業平は平城天皇の第一皇子・阿保親王の五男で、母は桓武天皇の皇女・伊都内親王です。父方からも母方からも桓武天皇の血を引く高貴な生まれでした(´Д`)。在原氏の五男なので在五中将とも呼ばれました。二歳の時に父・阿保親王の計らいにより臣籍降下し、異母兄の行平・守平とともに在原氏の姓を賜りました
先日『雲林院』キリを舞う機会をいただきました。そして今回、ようやく京都紫野の雲林院を訪ねることができました。雲林院は、もともとは淳和天皇の離宮「紫野院」として始まり、平安時代には桜や紅葉の名所として知られ、歌や舞を楽しむ宴も催された場所だそうです。その後「雲林院」と呼ばれるようになり、『大鏡』『源氏物語』『伊勢物語』など、平安文学の中にもその名が登場します。今はとても静かな境内でした。能雲林院もここから生まれたのですね。仕舞『雲林院キリ』は物語のクライマックス月夜にありし日の
ご訪問ありがとうございます🤗昨日は古書店のお店番でした📚️お客様が途絶えた時に、本棚チェックをするのですが・・・「私の美男子論」森茉莉🐸載せられた美男子のお写真は著作権があるのでご紹介出来ないな?!と思案しておりましたら、お客様が入って来られました💡🐸「今日は、カードゲーム会は開かれていないのでしょうか?」その若い男性に、事情をお聞きしますと、インテリア的にお店の窓に貼っていた以前、発行していたこちらの新聞?!の2019年9月14日の
奈良まほろば検定一級目指し(*^_^*)第57回(57)の答え:イ井筒能の演目『井筒』世阿弥が自他ともに最高傑作の一つと称賛した、幽玄能(ゆうげんのう)の代表作。内容:『伊勢物語』の「筒井筒」を題材に、在原業平の幼馴染みであった妻(紀有常の娘)の霊が、夫の形見の衣を着て井戸の水に自分の姿を映し、昔をしみじみと回想して舞う幻想的な物語。あらすじある秋の日、諸国を旅する僧が、初瀬参りへの途中に在原業平(ありわらのなりひら)建立と伝えられる大和の国の在原(ありわら)寺に
新神戸駅から徒歩約15分日光華厳の滝、紀州那智の滝とともに三大神滝とも呼ばれる布引の滝を目指しました。平安時代から布引の滝で貴族たちが歌を詠んできました。明治時代になると、市民団体が36基の歌碑を建てたそうです。その後、平成19年に歌碑を復旧。雄滝と雌滝の分岐点にて雄滝へ向かうと在原業平の歌碑と説明板があります。在原業平の説明板ぬきみたる人こそあるらし白たまのまなくもちるかそての狭きに雄滝と夫婦滝にて業平の兄、在原行平の歌碑もあります。在原行平の歌
高田馬場駅から歩いて約10分。駅前のにぎやかな街並みを抜けていくと、木々に囲まれた静かな神社が現れます。今回訪れたのは、東京都新宿区に鎮座する「諏訪神社(すわじんじゃ)」です。諏訪神社は、古くから「お諏訪さま」と呼ばれてきた歴史ある神社。そして、境内の木々が茂る「諏訪の森」には、平安時代の歌人・在原業平(ありわらのなりひら)にまつわる恋の物語が残されています。その伝承から、いつしか「諏訪の森」は「恋の森」と呼ばれるようになりました。さらに境内には、1682年に造立された貴重な石塔も残
ブログにお越しくださりありがとうございます。いいね、フォローをありがとうございます。昨日に引き続きなんとまあ、暑いこと。早朝から家事など活動したら、2時間でぐったり。あれは軽い熱中症だった?8月号仮名初級・中級課題みなさまのお清書です。初級課題「山も庭も(に)うごきいるるや夏ざしき」=夏座敷からby芭蕉「庭」がどうなってるの?でしたけど、ちゃんとできました。^^・・・・・中級課題「名にし負はばいざ言問
おはようございます・・(^_-)-☆今の奈良市は気温が24℃と少し蒸し暑い日になりましたが午後には雨が降り32℃と昨日並みで大分暖かくなりそうですね。奈良まほろばソムリエ奈良通2級の17回目の問題です。6奈良県に関連する文学について最も適当なものを選びなさい。(58)「ちはやぶる神代も聞かず」で始まる、在原業平の歌に詠まれた川はどれか。ア.竜田川イ.初瀬川ウ.飛鳥川エ.富雄川(59)『枕草子』の「市は」の段に出てくる「海柘榴市
実はこのために来ました館長講座第4回8月8日(土)10:30~12:00「斎王井上内親王」榎村先生のお話は何を聞いても面白いのですが先生の本当の本当のご専門斎王について色々お勉強したいと思って参加しています頂いた資料にめっちゃ書き込んでますそもそも「井上内親王」ってなんと読むのかたぶん「いのえないしんのう」と呼ばれていたであろう。。。と言うのが先生が考えられた説その根拠は。。。と一つ一つ掘り下げていかれますミステリー小説を読んでいるようですそしてお昼いつき茶屋でお昼
ラデエ!の"Somehow"をAppleMusicで曲・1996年・時間:3:57music.apple.comラデエ!の"Don'tTakeYourLove"をAppleMusicで曲・1996年・時間:4:42music.apple.com笑さのくんのとこか..💞💰🌠騒がしいったらないよwホタルの嫁入りの主題歌かと思ったよ。さのくんも後藤できそうだもんね。でも途中から後藤イマイチな人になったからな..なんか..惹かれあいとかキンタローさんとラウールさんの相性みたら
“ラスト・デイト”〈ついに行く道とは聞きしかど〉エリック・ドルフィーの「ラスト・デイト」fontanaからのLPで1964年6月2日にレコーディング同月29日にベルリンで帰らぬ人となった。どうして人は旅立つのか・・・・西脇順三郎の「旅人かへらず」この詩集のラストの五行枯れ枝の山のくづれを越え水茎の長く映る渡しをわたり草の実のさがる薮を通り幻影の人は去る永劫の旅人は帰らず多くの友だちが帰らぬ人となった束の間の旅だったのかこ
ブログにお越しくださりありがとうございます。いいね、フォローをありがとうございます。この上なく暑く感じる日でした。ヘルパーさん方もさすがに今日はひどい、と。午後4時頃から風向きが北に。少し空気が熱くなくなりました。雨は降らず…8月号仮名大人の方の課題です。初級「山も庭も(に)うごきいるるや夏ざしき」=夏座敷からby芭蕉【変体仮名】山も庭もうこきいるゝやなつさし支・・・・・中級「名にし負はばいざ言問わむ都
なら燈花会能講演"在原業平ゆかりの奈良"と『雲林院』なら燈花会能は、20年続けられている公演と知り、驚きました。いつか寶山寺の世阿弥忌、自筆本の虫干しにも足を運んでみたいです。お能は分からないことばかりですが、お衣装の美しさ、お謡、四拍子が生み出す間合いを全身で楽しみました🤲✨また観に行きたいな。この日は、紗の州浜文様の着物に、雪持芭蕉の帯を合わせて。お昼ご飯に万葉粥をいただきました。冷たいお粥です。美味しかった🫶8月5日から14日までは「なら燈花会」、そして8月15日は東大
「京都の暮らし*日常に喜びが!文学・読書・旅・自然・グルメ・スポーツ・膝のリハビリなどなど幸せに生きるメロハモの身辺雑記」にようこそご訪問ありがとうございますはじめましての方はこちらからこのブログについて*メロハモ・プロフィール前回のブログもたくさんの方に見ていただきありがとうございました【勤務校と佐野藤右衛門さんのお庭の紫陽花】『【勤務校と佐野藤右衛門さんのお庭の紫陽花】』「京都の暮らし*日常に喜びが!文学・読書・旅・自然・グルメ・スポーツ・膝のリハビリなどなど幸せに
《新古今和歌集・巻第十七・雑歌中》1616五月(さつき)の晦日(つごもり)に、富士(ふじ)の山の雪白く降れるを見て、よみ侍りける業平朝臣時知らぬ山は富士の嶺(ね)いつとてか鹿(か)の子(こ)まだらに雪の降るらん☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆五月の末に、富士の山の雪が白く降ったのを見て、詠みました歌業平朝臣季節を知らない山は富士の山であることだ。今をいつと思って、鹿の子まだ
月こそは照りて変はらで春は来ぬ袖には今も香のみ残れる
自分の娘と、38親等離れた600年前に別れた分家の男子と比べて、女はダメだから、遠い遠い昔は親戚で今は他人になっている家の男子に家督を相続させるという話は現実社会では絶対にあり得ません。娘に相続させて、婿になってくれる男性を探すというのがふつうです。しかし高市政権はあり得ない方を選択しました。そして女性では神武天皇のY染色体を継承できないから天皇家は相続できない、600年前に別れた家でも男子であれば神武天皇のY染色体を持っているので天皇家は相続できる、などという議論が高市政権のやったこ
六華苑を見学した後お次は、車をビュンと走らせて💨到着したのは斎宮歴史博物館トップページ伊勢神宮に仕えた皇女・斎王とその居所・斎宮の歴史を紹介する県立の博物館。斎宮跡は国史跡に指定され、現在も発掘調査が進められている。www.bunka.pref.mie.lg.jp斎宮は天皇に代わって伊勢神宮に仕える天皇の皇女、女王が勤めた斎王が住む宮殿です。三重県明和町にあったのですね。天武天皇の頃(670年頃)から後醍醐天皇(1330年頃)まで続いた制度です。丁度、"王朝文学と斎王"というのがや
【本記事は、かつて存在したXWINIIWeblogに2010年12月28日掲載した記事をほぼそのまま転載したものです。】東武鉄道は、昨日(27日)プレスリリースを発し、東武伊勢崎線「業平橋」駅の名称を2012年春に「とうきょうスカイツリー」駅に改称すると発表した。再来年のオープンを控え、具体的な情宣活動に入ったと見るべきだろうか。ちなみに正式名称の「東京スカイツリー」でなく「とうきょうスカイツリー」とひらがな表記になっているのは、東武鉄道の考え方によるのだろうが、あえて固有名詞である
今回はこういうお題でいきます。月についてのお話です。自分は大学の史学科を出ていますので、宇宙物理的な内容よりは、この手の内容が専門なので、『竹取物語』について書いてみることにしました。ただ、この内容は急に考えたものですので、話半分程度で聞いてください。『竹取物語』・・・日本最古の物語と伝えられ、「物語の祖(おや)」と『枕草子』にも出てきます。成立年については諸説あるんですが、遅くとも平安時代初期の10世紀半ばまでにできたのは間違いないと思われます。これを語る切り口としてはいくらもあ