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く、新しく登城するたびに、登城先を加筆していますので、そのたびに更新しています。2013年から頻繁に訪れるようになりました。再訪したい所は太字にしてあります。滋賀県賤ケ岳砦、小谷城、山本山城、佐和山城、彦根城、山崎山城、安土城、観音寺城、八幡山城、水口岡山城、音羽城、長浜城、肥田城、目加田城、水口城、膳所城、坂本城、大溝城、百済寺城、日野城磯野山城(登城路入口まで。竹や木々など繁茂していて登れる状態ではなかった。)京極氏館、上平寺城(登城路入口の神社まで。)、佐
水戸城跡散策〜水戸学の精神が息づく文教のまち〜茨城県水戸市にある水戸城跡を散策してきました。水戸城といえば、徳川御三家のひとつ、水戸徳川家の居城として知られる歴史ある名城。初代藩主・徳川頼房公から始まり、二代藩主・徳川光圀公、そして幕末の徳川斉昭公へと受け継がれた水戸藩の歴史と文化を感じることができました。今回、特に印象的だったのは、城跡一帯が現在も教育機関の集まる文教エリアとなっていること。水戸城跡には、水戸第一高等学校をはじめ、複数の学校が立地しており、かつての城郭が現代の学びの
二股台奥陣城(鳥取市馬場町・栗谷町・上町)鳥取城包囲陣の一つ。各陣城の境界が不明なので、仙石秀久陣城、堀尾吉晴陣城、羽柴藤五郎陣城、二股台陣城、二股台東陣城、二股台奥陣城、舞上陣城と七つ連なった概略図西十三郭西十二郭西十一郭西十郭西九郭二股に別れる通路西八郭西七郭西七郭の東櫓台西七郭の南土塁西六郭西五郭西四郭西三郭西三郭の北土塁西二郭主郭主郭の謎の溝謎の溝軌跡ログ鳥取市の城
水別れ公園から出撃し、いそ部神社で戦勝祈願し、人工滝のとこで秋を感じ、登山道を進撃すると2度も道を間違えた挙句ヘビに通せんぼされ、沢沿いを歩いてたらコケてレンズフードが割れてしもて意気消沈。激斜面を登って士気も撃沈しかけたところ竪堀に遭遇して精気回復。竪堀を横断するとようやく城域に突入した様子で士気アゲアゲとなってきたところです。石生西河原城後半戦と題しながらの本戦編参ります。ド派手な竪堀を横断すると間もなく尾根に辿り着いたかな。上に見えてるのが尾根の西先端部で、そこから清水山とか
こんばんはヨッサンです久しぶりに日曜日出勤しました三連休の中日が仕事だと休んだ気がしない!!月曜日祝日ヘロヘロの身体にムチ打って小田原城へ朝9時半三の丸外郭新堀土塁駐車場に到着小田原城から見て西側(箱根方面)にあります見晴らしの良い無料駐車場ですマイナースポットなのでいつでも空いてそう駐車場のすぐ北側に小峰御鐘ノ台大堀切東堀があります大きな空堀の底を散策する事ができますよ😆空堀の底は若干湿っていましたが快適に歩けました気持ちの良い道終点の小峰御鐘ノ台東堀
こんにちは。埼玉県加須(かぞ)市の騎西地域に騎西城跡があります。市のHPより⇒『1975(昭和50)年に婦人会館として建てられました。現在は郷土史料展示室として公開しています。史実の騎西城(私市城)は、土塁や塀を廻らした平屋の館でしたが、天守閣を持つ城として復元しました。』⇐平日は閉館で、土日祝開館なのです。天守の中は資料館です。↓自分が幼少の頃に自宅にあって触った覚えがある洗濯機がありました。小さなドラム缶式もあったような。↓土塁跡です。平地の城というか沼城なんで必要だったのでし
岐阜県・可児市3連休、晴天が続くとの事でドライブがてら行きました♪寝不足で歩いたので、かんり疲れた圭那です。と言うことで・・・今回の目的は・・・ご先祖様の銅像を見に行こう♪です(笑)※但し、確定する資料等は全く無いのである意味勝手な思い込みだけですので、軽く流してください(笑)東海環状線・可児御嶽IC下車10分くらいの場所です。※自動車利用が便利な場所ですね。まず、明智城は・・・明智光秀公の誕生地の候補の1つです。また、落城した明智城か
二股台東陣城(鳥取市馬場町・栗谷町・上町)鳥取城包囲陣の一つ。各陣城の境界が不明なので、仙石秀久陣城、堀尾吉晴陣城、羽柴藤五郎陣城、二股台陣城、二股台東陣城、二股台奥陣城、舞上陣城と七つ連なった概略図西二郭主郭主郭の北土塁東土橋北横堀東二郭東二郭の北東横堀東三郭軌跡ログ鳥取市の城
明日〈10月12日<月・休日>に、ハンセン病資料館と多磨全生園の見学ガイドをします。高校生平和ゼミナールとしての企画ですが、中高生のほかに一般の人の参加も構いません。12時半前に、ハンセン病資料館前においで下さい。50ページの資料もつくりました。(ハンセン病資料館は、西武池袋線清瀬駅、あるいは西武新宿線久米川駅から西武バスです。ハンセン病資料館前バス停で降りてください)その準備しようと、全生園を歩いてきました。多磨全生園の中にある「望郷の丘」の工事がもう終わりそうです。まだ周りに
二股台陣城(鳥取市馬場町・栗谷町・上町)鳥取城包囲陣城の一つ。各陣城の境界が不明なので、仙石秀久陣城、堀尾吉晴陣城、羽柴藤五郎陣城、二股台陣城、二股台東陣城、二股台奥陣城、舞上陣城と七つ連なった概略図主郭のL字型土塁主郭の北土塁主郭南二郭南二郭の東虎口東横堀外から見た東虎口北二郭東二郭東二郭の北土塁東二郭の南土塁東二郭の東横堀横堀からの竪堀群外側に土塁のある北横堀軌跡ログ鳥取市の城
栃木県宇都宮市を歩く15放浪日2024年10月13日宇都宮市の“世にも奇妙な建物”を歩いて観ていますこちらは、普通の3階建てのお宅の様です“大谷石建築物”がごく自然に建っているこの界隈は凄いですお店っぽいですが、洗濯機は屋外仕様です生活感も感じられますね『家来る?』と言われて、ここに連れてこられたら驚くでしょうw乗るバス停の前だったのでバスを待っていたら住民が帰って来ましたお隣さんと井戸端会議をしているみたいですなかなかの“世にも奇妙な光景”ですね~さて、宇都宮市繁華
日田市埋蔵文化財センターで、令和8年度企画展「戦国の日田―西豊後随一の国人領主日田氏と武士団の暮らし―」が開催されます。令和7年度発掘調査速報展を兼ねた展示で、入場無料です。開催概要会期:2026年10月13日(火)~2027年3月31日(水)会場:日田市埋蔵文化財センター(萩尾公園隣接)開館時間:午前9時~午後4時休館日:土・日・祝日・年末年始(休日開館は日田市のホームページで確認できます)主催:日田市お問い合わせ:文化財課埋蔵文化財係TEL0973-24-717
こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。神武征討記の登場人物等はこちら(・ω・)『【まとめ記事】神武征討記(・ω・)』こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。神武征討記(・ω・)のまとめ記事です。この物語は、日本という国の原型を作っ…ameblo.jpなお、この物語はフィクションです。極右、ネトウヨからの批判、誹謗中傷は受け付けません。本作の著作権は、作者に属します(・ω・)それでは
昨日は、オール下道、往復12時間、398.1キロで愛知県小牧山城跡に行ってきました。天気は良かったですが、三重県に入ってから風が強く吹いていました。壁に感じたものは、盛り土の土塁でした。これだけの高さと距離をどれだけの人数と期間かけて作ったのでしょうか?ここで記念撮影できます。城下町をどのように作るのか?戦に勝つために民の力が必須ですので、町づくりも力を入れているのがよくわかります。この時代に、これだけのクオリティで作ってる職人さんは凄いと思います。気持ち良いくらい良い天気です
今朝お城へ行きましたよ朝散歩は久しぶりかな西口から入ります少し紅葉も始まった感じ笠間稲荷神社と紫陽花花は枯れて来てるけど色はまだありますね桜の定番スポットから桜は御覧の通り葉っぱが枯れて落ちちゃってるのが多いですなのでここ数年は桜の紅葉はほぼアウトですね鉄門を通って馬洗場の井戸から灰色の雲が空を覆っていてあまり良い色が出ませんね・・・・・土塁に上がって走り長屋からも一枚月見櫓の下から紫陽花と
幕末に築かれた最後の日本式城郭松前城(福山城)嘉永2年(1849年)幕府が松前藩に居城の福山舘の大改修を命じ築城させた日本式の最後の城です。函館駅からバスを乗り継ぎながら3時間かけるか、JR木古内駅まで新幹線で来てからバスに乗り換えそこから「松城」まで1時間半。バス停から徒歩7分。今回、レンタカーを借りて来て正解(•̀∀•́)bドライブも楽しめました(*^^*)🅿️駐車場は何箇所かあり全て無料。我が家は、松岡街道近くの天神坂側の駐車場に停め、そこから階段登って行きました😊天神
こんにちは。雨続きだった尾張にもようやく晴れ間がのぞき、昨日の日中は暑いくらいでした。秋が長くなるといいですがね。さてさて、三重県は伊勢に程近い田丸城址の続きにて。城の北側には田丸神社がありますので安全祈願に。牛さんがいますので天神様でしょうか。かつてはやんごとなき方々の足となったていた彼らがやがて食用の対象になるとは思いもしなかったでしょう。天神様の使いであり、仏教の思想で大切にされてきた牛が文明開化によって食用の対象になったということは興味深いです。鳥居に刻まれ
国立科学博物館付属自然教育園・目黒・白金2026年4月29日12:10東京都庭園美術館の後は国立科学博物館付属自然教育園を散策します320教育管理棟12:32事前に少し情報を入れたので進みます路傍植物園土塁スタジイの巨木🌲シジュウカラの巣箱🐓自然の中のそうじ屋さん🐛下ります館跡🏡水鳥の沼🐢いもりの池武蔵野植物園コナラの切り株🪵🐢湿地かきつばたあやめ水生植物園ひょうたん池物語りの松モミジの新緑・紅葉物語の松🎍天然記念物及び
堀尾吉晴陣城(鳥取市馬場町・栗谷町・上町)鳥取城包囲陣の一つ。仙石秀久陣城、羽柴藤五郎陣城との境界が不明なので、仙石秀久陣城、堀尾吉晴陣城、羽柴藤五郎陣城、二股台陣城、二股台東陣城、二股台奥陣城、舞上陣城と七つ連なった概略図西三郭西二郭西二郭の南土塁主郭主郭を囲む土塁東二郭東三郭東四郭東三郭と東四郭の北下の横堀軌跡ログ鳥取市の城
今日は精神科の受診があり午後お休みを取りました受診は早い時間に終わり、余った時間で新穂地区の城跡を巡る事としましたなお今回の探訪は全面的に余湖さんのサイトを参考にしています先ずは新穂ダムに行く途中にある瓜生屋城跡立派な土塁の跡が見られます新穂地区でこれだけの土塁が残っているのはなかなか無いとか新穂ダムにも行きましたが農閑期で水を抜いてました次に向かったのは、新穂市街から少し入った所にある慈恩寺ここは大野殿として知られる村殿・本間十郎の平城があった場所らしいですたぶん義民の碑慈
所在地〒389-1213長野県上水内郡飯綱町平出特徴上杉謙信が武田信玄に備えて、北国街道沿いに築いたとされる山城。馬洗い池から空堀や段郭を経て登り、石垣の虎口を抜けると、土塁に囲まれた主郭で、奥にも虎口を確認できる。感想登城道は夏でも登り易く、主郭はきれいに草刈りされている。ただ、主郭以外の遺構は藪に埋もれ
只今「城スキーのお城紀行」は、「日本100名城」のお城を順次紹介しています。「日本100名城」とは、財団法人「日本城郭協会」が専門家や城郭ファンによって、「優れた文化財・史跡」「著名な歴史の舞台」「時代・地域の代表」という3つの基準に基づいて選んだ100城で、2006年に発表されました。発行されている公式ガイドブックに付随するスタンプ帳を使い、各城のスタンプを集めるスタンプラリーも人気となっています。「日本100名城」を紹介していくに当たっては、そのお城の「歴史と城主(藩主)」
猪倉城(GoogleMapだと井内城)京都府亀山市にあります。丹波遠征2日目に攻城しました✋駐車場はないので、お城から少し離れた道路脇の空いたスペースに駐車しました🚗ここから歩いて行くのですが、お城の周りを防獣柵が囲んでいて、入れる場所を見つけるのが難しいですね💦この日も地元のフォロワーさんと一緒だったので、助かりましたが、ソロなら無理だったかも…って思いました😅ではさっそくスタートします▶️車はちょっと離れたこの辺りに停めました。(但し自己責任でお願いします🙏)フォロワ
昨日(9/27)は楽しみにしていたこちらへ💁♀️上田市のサントミューゼにて布袋寅泰LIVEツアーに参戦🎸今回はいつもにも増して楽しみでした、なぜなら…めっちゃ神席ツモったからです🤭8列目、しかもステージの真ん中!FCに入って初めてここまでの神席をツモりました🤭そりゃここ最近麻雀勝てないし馬券も当たらないはずだ、昨日スプリンターズSも当然外したし、一昨日の麻雀も222と来てそこそこ上向きになったかなと思いきやラス半コールをかけた4半荘目は…5着(ハコラス)でした、親リーにベタオリして
北海道函館市【五稜郭】国内初の星型西洋式城塞五稜郭は2度目の訪問となりますが、前回訪問したのは7年前で、100名城スタンプを始めて間もなくでした。奉行所へも入ってないし、雪景色のイメージしかありませんでしたが、今回は少し歴史を交えながらレポート出来たら良いなど思います(*´꒳`*)良かったらお時間のある時にのんびり読んで頂けたら幸いです(五稜郭がどんな城だったかを調べたら、とても長くなりました)五稜郭タワーが見えて来た辺りでカラーの五稜郭枠の中に旧函館区公会堂が描かれたマンホール発
毎月1回、26コースから選んでの焼津アルプス山歩きの一般公募です。今回は、久しぶりに「狼煙台コース」を使い高草山に登ります。戦国時代に方ノ上城があり、狼煙で連絡を取った場所を通り高草山(焼津市最高峰)山頂へ登ります。1.テーマ秋を探しながら方ノ上城址に寄る高草山ウオーク2.日時10月17日(土)9時出発*雨天の場合は翌日に延期します。3.集合場所林叟院第2駐車場(静岡県焼津市坂本)公共交通機関を利用される方、JR焼津駅からのピックアップも可能です。4.内容9:00に林叟院
太閤ヶ平(鳥取市栗谷町・小西谷・東町2丁目)天正九年(1581)の羽柴秀吉の包囲作戦と吉川経家の籠城とによる対陣は、鳥取城の歴史の中で最大の攻防戦であった。この戦いは、天下統一を目指して中国地方を征討しようとする織田信長と、これを阻止しようとする中国地方の雄毛利氏との対立の中で展開されたものである。信長の派遣した部将羽柴秀吉は、姫路から但馬口を経て天正九年七月十二日鳥取に到着し鳥取城背後野東北の山頂(太閤ヶ平)のこの位置に本陣を置き、左右両軍と前面の袋川沿いに各陣を布いて、二万余の軍勢により
蓑上山城(鳥取市三山口)標高297m・比高240m六反田の丸山城の後、吉岡氏が本拠地を移転した城で、その後、防己尾城へと移転している。蓑上山城跡は吉岡温泉の東の蓑上山の山頂である。蓑上山は標高259mで「四五里の外に孤立して見える」高山である。『因幡誌』は山頂に「東西二十四間、南北凡百間」の本丸跡、「段々に切平し、重々の曲輪跡」があると記す。また『因伯古城跡図志』をみると城の大手は「表亥戌(北西)」の吉岡側で、山上には「長十三間横七間」「長十七間横五間」「長四十三間横六間」「長十三間横四間
いつも「カッキーは全国を旅するブログ」をご覧くださいましてありがとうございます。前回に続き9月連休を利用して「日本海北陸関西めぐり」と称してお泊まりマイカー旅をした様子を紹介しましょう。今回は1日1城の「リアル登城」を目指して、石川県白山市にある国の史跡「鳥越城(とりごえじょう)」を登城します。一向一揆の拠点・鳥越城を登城今回は続日本100名城「鳥越城」を登城。標高312mある城山の頂上部にあります。狭い山道をドライブ。山頂近くまでマイカー移動できるので
中村城(鳥取市内海中)標高50m・比高30m内海中の東の山上に中村城跡がある。『因伯古城跡図志』に「中村古城跡山高二十二間、麓より山上え上り四十間、大林にて当時道無し」と記している。また山上の城の大手は「戌亥(西北)」で、山上には「六間(約10.9m四方)」の平地が2ヶ所書かれている。地積図でも「城ノ谷」「城ノ谷奥」「城ノ谷口」の小字が検出されるが、居館位置を推定できるものは見られず、伝承も残らない。また古城跡と中村氏の関係も不明である。(※鳥取市史より)因幡守護の山名氏の家臣、中村氏の