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渓谷を縫うようにキハ単行がトコトコ走る
清流のほとりの秘境駅にキハ単行が滑り込む
小串行き普通列車キハ40-2096にほんブログ村にほんブログ村
1月7日小杉駅キハ47に乗って富山駅城端線からあいの風線乗り入れ(JRの片乗り入れ)城端発富山行富山駅でのこの光景もあとわずか行先方向幕はわざとスペース??降車完了確認したら照明も消えました(←)47+40(→)で、キハに乗ったのはただの偶然w本日は新幹線改札を抜けていざ東京オトナしか使えないきっぷで行ってきます
1975年、北海道SL撮影行で初めてキハ22を見ました。板張りの床、二重窓などの寒冷地仕様に興味深々でした。(1975.7.21夕張線追分〜東追分)確か、キハ12にも乗った記憶がありますが、何故か撮らず仕舞い・・まぁ、いずれにせよ夕張線のようなローカル線でも、3両編成の普通列車に多くの乗車が居たのが、今となっては考えられない光景ですね。(1975.7.21夕張線追分〜東追分)その後、高校と大学浪人生活を経て、9年後に北海道を再び訪問。塗装は「首都圏色」になれど、道内の主力気動
大鶴~今山間で田畑の中を走る普通列車を撮影車両はキハ47形2両上の写真の逆方向(今山方面)を半逆光気味に撮影写真の右側には酒造会社があります大鶴地区には2つの酒造会社があります
11月5日水曜日wAM5時、早朝の高岡駅もちろんこんな早起きは出張とかお仕事な訳でなく今のうちに普段の光景を撮っておきたくてこんな朝早くから活動開始出発準備中カメラくんも寝ぼけてるねむいぞ目を覚まそう今度は手振れ1番列車は5時27分発城端行から高岡駅はスタートだけれども改札は5時30分からという訳で改札を通って、城端行き~はこれじゃなくてこっちみたい城端線始発城端行き5時27分発城端行発車
当日、単行ながら2運用とも旧型気動車での運行でした。ただ、朝から小雨混じりのパッとしない陽気で、中根駅で雨宿りをしながらの撮影でした。(2006.5.7茨城交通中根駅)それでも1時間ほどで雨も止み、上り方の直線区間で旋回窓のキハ222(旧.羽幌炭礦鉄道)を待ちました。(2006.5.7茨城交通金上〜中根)その後、阿字ヶ浦駅まで1往復し、再び中根駅へ戻りました。中根駅に到着と同時に運転士に1日乗車券を提示、ダッシュでホームの端から走り去る列車を撮るのが毎度のパターン。(2006
水海道駅から徒歩30分程で車両基地に到着、公道からフェンス越しにカメラで納めることができました。(2011.11.3関東鉄道水海道車両基地)既に運用を終えた旧標準色のキハ350形が好ましい位置に留置中、この車両が撮れただけで十分満足・・・旧常総筑波色のキハ102は現役車両で、水海道以遠のワンマン区間の運用に就いていました。知る人ぞ知るキハ301・・・この車両は筑波鉄道から移籍した車両で、キハ35系の大量入線以前から在籍してした異端車!
幾度か訪れた大糸線キハ52の撮影行も今回が最後となりました。日付けが変わらないうちに帰宅するには、16時台に南小谷を発つ下り列車の撮影が限界と踏んで、中土駅の下り方で待機しました。(2009.8.22大糸線中土駅)中土駅に来たのは初めてで、仮乗降場のような狭いホームのある小駅でした。乗降客ゼロで静かに発車、「長野県統計」によると中土駅の乗客数は1日1人(令和4年)です。
初秋の昼下がり国鉄色が行き交うとき
小郡駅(現:新山口駅)を訪問駅構内の広さに驚いた記憶があります写真はキハ23とキハ47の山口線の普通列車先頭のキハ23-1は1966年11月に製造、2009年6月に廃車となっています同車は運用離脱後しばらくは幡生にある下関総合作業所本所に保管されていましたが、最後は解体されました
ひと足早く秋を迎えた勇払原野のススキの海を足早に駆け抜ける
昼下がりの日高本線宗谷色を纏った40がトコトコ走る
高岡駅からキハ40系に揺られること20分で雨晴駅に到着。こんなローカル線の駅にまで外国人客が押し寄せるとは、恐るべきインバウンド。(2025.6.24氷見線雨晴駅)1本目は「ハットリくん」ラッピングが通過。私が59年前に白黒テレビで見た「忍者ハットリくん」は実写版で、毎週楽しく観ていました。(2025.6.24氷見線越中国分〜雨晴)背後にある女岩(めいわ)と氷見線とのコラボが定番の撮影地。凝ったアングルを探しましたが、斜面の雑草が遮るのため無難な位置にて・・景勝地「義経岩
湯ノ峠~鴨ノ庄信号所間での撮影終了後徒歩で対岸の国道を北に向かって移動しました写真は移動時にキハ40の普通列車が来たので撮影しましたこちらはアングルを横にして撮影写真を拡大してみると立客もいました
緑の絨毯の餘部にキハが朱を添える
四郎ケ原で貨物列車を撮影後、次の撮影地に向かうため厚狭行の普通列車に乗車写真は入線するキハ40の厚狭行普通列車乗車すると乗客が多く席に座れなかった記憶があります現在、美祢線は2023年6月30日~7月1日の災害で不通となっています鉄道による復旧は未定で、JR西日本からは一部区間の線路跡を活用したバス転換を関係自治体に提案しているとのことです
羽幌から来たキハ22形は国鉄とほぼ同一仕様でしたが、違いは旋回窓だと良く言われています。ただ国鉄時代に大湊・大畑線のキハ22で旋回窓を見たことがあるのですが・・(2008.7.6ひたちなか海浜鉄道阿字ヶ浦駅)羽幌炭礦鉄道では1966年までキハ22の増備を続け、その4年後の炭坑閉山とともに全線廃止。羽幌炭礦鉄道の歴史そのものが石炭産業の盛衰史と言えます。(2008.7.6ひたちなか海浜鉄道日工前駅)最近の旧型車両のイベント走行では、非冷房だと夏季の運行を休止しますが、当時はごく
この日は美祢線を訪問鉄道雑誌で貨物列車の撮影ガイドが掲載されていたため、その雑誌の内容を頼りに訪問しました博多駅から列車を乗り継いで最初の訪問地四郎ケ原駅に到着した際の最初の一コマです車両はキハ30の2両編成当時の美祢線はキハ23やキハ30などが普通列車として運行されていました
岡山駅から10分ほど歩いて気動車区に到着、気動車区と本線を跨ぐ歩道橋が絶好の撮影スポットでした。(2021.4.3岡山気動車支区)首都圏色の40系気動車に混じって「国鉄急行色」1編成が夜の臨時列車まで待機中。「国鉄急行色」と言っても、普段は定期運用に就いており、この日は金川駅から岡山へ向かう上り列車に充当されていました。(2023.4.1津山線金川駅)この日は、金川駅近くの宇甘川橋梁で桜と絡めて気動車を撮りましたが既に葉桜直前で、「国鉄急行色」に乗って早めのチェックインとなった次
朝から快晴でしたので三角線を訪問住吉駅のあじさいも満開でしたので撮影しました写真はホームに咲くあじさいを手前に入れて入線するキハ147を撮影しました住吉駅の上りホームの待合所には券売機がありますがSUGOCAの端末はありません停車中のキハ147にあじさいの花を入れて撮影キハ147の塗装も剥がれている箇所もありもう少し手入れすればよいのにと感じました住吉駅ホームから宇土駅方面に向けて撮影多くのあじさいの花が植えられています訪問日は平日でしたが、ご年配の方を中心に多くの方があ
午後の日差しを浴びながら単行のキハが海辺を駆ける
香椎駅で香椎線の列車を撮影車両はキハ40の単行香椎線といえばキハ47の2両編成を多く見かけましたのでキハ40の単行は珍しく感じましたこの日は香椎駅から香椎線で和白駅に向かい西鉄宮地岳線で貝塚駅まで移動しました
みなさんこんにちは前回の415系に続いて今回は長崎地区でYC-1系気動車の投入により順次引退していったキハ66/キハ67のトップナンバー車です。『JR九州小倉総合車両センター見学会へ参加してきました』みなさんこんにちは3/22(土)は早朝から小倉へ向かうため眠気を我慢しながら家を出ました。AM5:30頃日の出前の色合いがきれいな三重町駅自宅から車を走らせ…ameblo.jpローアングルからキハ66-1復活国鉄色として塗り直されたまま引退したこの車両。キハ58に似た顔がよりこの色を引き
日田の実家から由布院駅まで父親の自動車を運転して移動由布院駅ホームでキハ31+キハ58系3両編成の普通列車を撮影当時の久大本線は、キハ31が運用されていました使用フィルムはフジのネオパンですこちらは上の写真の反対側から撮影由布院駅での撮影後、列車で南由布駅へ移動しました
2006年2月24日、大阪駅にて。キハ181系特急「はまかぜ2号」。19年前のきょう。ワタシは↓の旅に出るために、九州から関西へ出てきていた。遠いあの街へ・・・列車は走る。「トワイライトエクスプレス」とローカル線の旅Part1tohmori-train.sakura.ne.jp新幹線で姫路まで出てきて、そこから乗車したのは、キハ181系特急「はまかぜ2号」。姫路を出ると、山陽本線・東海道本線をDML30HSCエンジンの唸りを響かせながら爆走していく。新快速がスマートに走って
この日は久留里駅にて下車、列車交換の3分間で改札口を出て、去り行く下り列車後部のキハ30を撮りました。(2012.7.28久留里線久留里駅構内)久留里駅前にある昔ながらの米穀店が目に留まりましたが、地方では今でも「お米屋さん」の商売が成立するのかな?私の近所にも、江戸末期から続く米穀店がありましたが、残念ながら数年前に廃業しました。久留里駅の下り方面に来たのは初めてでしたが、駅から歩くこと30分でようやく無難な場所を見つけ、上り列車を待ちました。(2012.7.28久留里線久
多々良川橋梁から香椎線海の中道駅へ移動海の中道駅から雁ノ巣駅寄りに徒歩で移動旧海の中道駅付近(現:海の中道信号所)で撮影写真はキハ47の普通列車松林の中を走るキハ471993年頃になると香椎線の車両はキハ47が多くなりました上記の写真の反対側(西戸崎側)での撮影この頃の香椎線(西戸崎~香椎間)は15分おきに列車が運行されていた記憶があります
水島臨海鉄道へ国鉄形気動車を撮りに行きました。目的地は球場前駅の周辺、線路沿いに植樹された運動公園の樹木が、臨海鉄道らしからぬ佇まい。(2025.1.4水島臨海鉄道球場前駅)編成は、首都圏色キハ37と国鉄標準色キハ30の2両編成。当初、キハ37を狙いたかったのだが、順光の下り方のキハ30を撮ることに・・(2025.1.4水島臨海鉄道球場前〜西富井)背後に数人の同業者が三脚を並べており、移動も煩わしく折り返し列車も同じアングルになりました。