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吾輩は猫である。名前はシロ。主人がシロを押さえつけてでも写真を撮りたがる。まさしくネコハラである😾。幾らシロが寛大とはいえ、主人には、もう少し節操を持って貰いたいものだとシロは思うのである😼。それはともかく、主人が日付が変わった早々に出掛けていった🙀。どうやら、もう一度ショゴ(カンパチの子供)にチャレンジしてきたようである。今年、4度目のチャレンジだという。何度坊主を喰らっても、まったく、懲りもせず、良く行くものだなとシロは感心しきりなのである😸。主人は釣りバカゆえ、やむを得な
今日の英語ブログは夏目漱石のことを書きました。最近はちょっと日本の文豪シリーズ続いています(笑)もともと夏目漱石は翻訳の仕事をしていた影響なのか?なんか文章も外国語をそのまま日本語に訳した感じの文章なので外国人の方にとっても読みやすいかもしれません。NatsumeSōsekiisoneofJapan’sgreatestwriters.OneofhismostfamousnovelsisIAmaCat,publishe
吾輩は猫である。名前はシロ。母さまのラインに主人から連絡がはいった😽。どうやら、オホーツクの鮭釣場についたという連絡らしい。綺麗なのか不気味なのかは、微妙な月の出が見える海での釣りだという😼。でっ、翌日の朝ニ(午前9時くらい)で、待望のアキアジが釣れたとのラインも入った様である😸。釣れた魚はこれだと言う。かなり美味しそうなアキアジだと主人は言ってる様である😸。・・・・・・・・良かったな😸。オホーツクまで行って坊主ならコスパ悪すぎるからな。それでも、1尾ならガソリン代だけでも
〈社説〉2026・8・28“睡眠の質”確保する工夫【社説】www.seikyoonline.com安原稔安原稔-「いいね!」2,883件·164人が話題にしています-27年5月より、玉野市議会議員を退職し、宇野地区連合自治会会長として地域のボランティアに取り組んでいます。www.facebook.com々が戻るよう祈りたい。
『徒然なる珍文』つれづれなるままに、冷蔵庫を開ければ、昨日のプリンなし。誰ぞ食ひけむ。母に問へば「知らぬ」と言ふ。父に問へば「知らぬ」と言ふ。弟に問へば、口にカラメルソースつきてあり。いとをかし。『枕草子・令和版』春は眠い。夏は暑い。秋は腹が減る。冬は布団から出たくない。されど給料日は、いづれの季節にも尊し。『方丈記・賃貸版』ゆく河の流れは絶えずして、しかも家賃は下がらぬ。浮かぶ家々はかつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。されど更新料だけは、なぜか二
吾輩は猫である。名前はシロ。シロは主人の布団に連れ込まれて、どうやって逃げようかと考えている次第なのである😾。それはともかく、主人が、またショゴ(カンパチの幼魚)が来ていないかを太平洋に探りに行ってきたと言う😺。結論として、まだショゴは見かけなかったものの、30cm前後のフクラギは、なんとか釣れたと言う😻。とりあえず、刺身を確保したという😸。まあ、後1週間もしたらショゴも来るかもしれないなと主人は淡い期待を抱いた次第だという😼。それはともかく、今回の釣れた魚の釣り方なのだが、ちょっ
昨夜は21時頃、起きてASKAさんやTMNETWORKの音楽などを聴いて、コレは現実なのか?夢なのか?寝る前にTOPFUNを観て眠ったんだけども、良く覚えてなかったんだけども、あの深く傷付けないでと云う言葉の所で、自分の心も停まってああ同じだと思って寝たんだけども、起きた時はもう既にスッキリ気分が調って居て、あんまり自分はもう一つの事に拘れないと云うか覚えて居られないと云う歳を取って物凄く物事を簡単に捌く様になったんだとくよくよしなくなって、やっぱり経験に依る思考になった
(2022年3月1日に記す。なお、詩歌作品および作者名等については著作権に配慮して一部省略し、タイトルおよび内容も適宜修正した)たんたん評論「パロディ/本歌取りを詠おう」NHKEテレの「NHK短歌」の2022年2月第4週のお題は「寝室」だった。ちなみに、ブログ主はこの言葉を含む、あるいはテーマとする作品をこれまでに幾つか制作している。今回は次のうたを紹介しよう。暑い夜に姉妹でベッドを転がれば女房も混ぜて絡まっている/ブログ主さて、第4週の選者である佐伯裕
残暑が猛暑暦の上では「処暑」が来たが、少々なことでは動じない太陽が、ここにはずっと居座っている雨はない台風一過の雨が数日涼しくしてくれただけだ日が昇れば、刺すような光と暑さに、すぐに音を上げてしまうどこか涼しい処へ…………本の中に涼しさがあったいや、「涼しさ」というより、伝わってくる話の内容に「鳥肌が立つ」ような怖さが忍び寄って来る『めぐる糸明治浪漫霊異譚』(永井紗耶子)は、まさに「霊異譚」だった江戸が東京と名を変え、それでも、まだ、彰義隊の上野戦争の名残り
「吾輩は猫である」を読んでいて後半に「doyouseetheboy?」という一文が出てきた?なぜ、ここに、この文が?前後を何度か読んでやっと意味がわかったwどうしてもこれ書きたかったんだろうなあわかる〜当時流行っていたのかなあ?思いついて書かずにはいられなかったのかなあ?タモリさんの空耳アワーのんと違うかあ?漱石さんの方が先輩やで〜ほな違うか〜(ミルクボーイ風)私もそういう場面があったら言ってみたいけど
やっと「吾輩は猫である」を読み終えた子供の頃読みかけて途中でやめたので今回は今度こそ,,,と思っていたから読み終えてホッと,,,<ネタバレあり?>名前の無い吾輩くんは仔猫でありながらとても難しい言葉を流暢に使いこなし”ちょっと何言ってんのかわかんない”(サンド富澤風に)ところが多かったこの段階で子供の頃の私は読むのを断念したんだと何度もうなずきながら今の私はそれはそれスルーっと読み飛ばした(目標は読了)同じ夏目漱石著の”草枕”の中
【『はじめに』より引用】夏目漱石も、紀貫之も、紫式部も、鴨長明も、松尾芭蕉も、最初は全然、権威じゃなかった。むしろ、傍流だった。漢詩文こそが教養だった時代に、仮名文字で『源氏物語』をつくりあげた紫式部。漢文で散文を綴ることが主流だった時代に、仮名文字で『土佐日記』を書いた紀貫之。記録にはいいことばかり書くのが常識だった時代に、災にを『方丈記』で書いた鴨長明。伝統の規範が強い和歌が雅だった時代に、写実を『おくのほそ道』で綴った松尾芭蕉。内面を告白することが文学だった時代に、内面を『吾輩
吾輩は猫である。名前はシロ。主人は、最近シロの写真をあまり撮らなくなった。この写真は1ヶ月前に撮った写真だという。まあ、シロとしてはポーズをとらないで済むので、ありがたいが、出来れば、タイムリーな写真を使って欲しいとも思う矛盾したシロなのである😹。・・・・・・・さて、いつものように、主人の釣行の話を聞いてやることにした。主人は虫歯になったので、どうやら今日は歯医者にも行かなければならなかったのと、生命保険の更新のために夕方には保険屋さんとの打ち合わせがあるので、朝一だけの釣りをして
人として........その場で床に崩れ落ちました(;´Д⊂)イオンネットスーパーで何気なく買っていて美味しい美味しいと食べていた缶詰3缶目を食して?と思いメガネ🤓を掛けたらまさかのキャットフード😼「いなば食品」だから←新入社員に極悪非道の扱いをしたけど安くて美味しいと先入観があったんだよね100円ショップでも食品コーナーに置いてあるしネットスーパーでは食品とペットフードがごちゃ混ぜにあるから気を付けてはいたけど....迂
ワタクシメなにしろ活字中毒なので興味を持ったものは、すぐに活字の世界へ繋げたがります。この春から通い始めた小石川植物園は歴史が古いので文学作品にも登場しているのでは?調べてみたら、まず最初に寺田寅彦の名前が明治38年4月ホトトギスに発表した「どんぐり」という随筆です。これは岩波文庫の寺田寅彦随筆集の第1巻に収録されていました。若き日の寺田寅彦が、病身で身重の妻と冬のある日、小石川植物園へ散歩に行った話です。読んでみると小石川植物園の情景が今とさほど変わっていない
読書遍歴をまとめてみたいと思います。幸い、私は紙のノートに読んだ・観た作品をすべて日付と一緒に記録しているので、まとめるのはそこまで大変ではないかなと。いつもは作品名には『』をつかうのがマイルールなんですが、今日はナシで行きます。あと、文学作品と実用書の区別はつけません。2022年吾輩は猫である(漱石坊ちゃん(漱石草枕(漱石いえ(小野寺史宜匿名(柿原朋哉兇人邸の殺人(今村昌弘かがみの孤城(辻村深月2023年幽霊(乱歩D坂の殺人事件(乱歩心理試験(乱歩黒手組(乱
先日ちょっとかわったカフェへいってまいりましたその名は漱石といえば代表作吾輩は猫である実はこのカフェには猫がいる二匹のお店猫猫カフェとはちがうまったり感にもつ入れもいつのまにか占領されちゃうコーヒーもここでの時間も幸せ猫好きさんにはたまらないカフェ外国人観光客のかたがおみせの80%をしめていましたインスタからかなー山の麓のわかりにくい場所なのに。。よくご存知だなあって❤️情報社会の力を感じた日でした
吾輩は猫である。名前はシロ。主人と母様と次女様が、母様の父様と母様のお墓参りに行ってきたという(南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、合掌🙏)。たまには、ご先祖様を敬い感謝することは大事なことなので、お墓参りをすることは、シロは大事なことだと思う😸。シロは生まれて直ぐに、人の母様に育てられたので、実母を知らないが、この世に産み出してくれた実母にも感謝しているのである😺。でっ、お墓参りの後に、こんなところを見てきたという。北竜町のヒマワリだという。年に一回くらいは、お墓参りのついでに見ていると
吾輩は猫である。名前はシロ。主人は、太平洋で鯖が釣れだしたと聞き、ショゴ(カンパチの幼魚)が来てるかもと思い、そそくさと出かけてきたようである😼。でっ、ものの見事に足が速い鯖も含めて、ショゴに振られたという😹。残念なことに、周りも含めてショゴは釣れず、青物は横の釣り人が辛うじて鯖を1尾釣っただけだったという😾。代わりに30cm程度のサヨリが釣れたという😽。刺身にしたら、晩ご飯のおかずになったという😼。予想より美味しかったという😸。・・・・・・・・今年は、ショゴが釣れたとの話がな
2020年8月7日。「国難を国難として気づかず、漫然と太平楽を歌っている国民的神経衰弱こそ、もっとも恐るべき国難である」。後藤新平が1924年に残した警告を、新型コロナウイルスに直面した2020年の日本に重ねる。国難とは、危機が起きることだけなのでしょうか。それとも、危機が目の前にあるのに、それを危機として認識しなくなることこそ、さらに恐ろしい国難なのでしょうか。約100年前、後藤新平は既にこの問題を語っていました。国難来る佐々木今回の疫病蔓延はまさに日本の国難です。今から
読みました『坊ちゃん』、『吾輩は猫である』などユーモラスな作品で親しまれる夏目漱石には、もう一つの顔があったのですね。『明暗』や『道草』を読むと、その顔の一端が見えてきます。半藤末利子さんは、漱石の長女筆子さんの長女。漱石は、祖父にあたります。けれど、漱石に親しみをもったことがないそう。それは、母から神経症による暴力的な恐ろしい漱石の話を聞いていたからです。漱石の妻、鏡子さんは、自立した女性で、『三四郎』などの漱石作品に登場する女性のモデルでもあるそうです。そんな、家族でしかわからない様々な
わたしは綺麗に生きているやわらかな人たちに支えられて綺麗な道を真っ直ぐに突き進むとキラキラとした流星が舞い降りてきてすぐさま力を貸してくれた猫吾輩は猫である可愛いしそれから躓いてもいいよと言ってくれたからそーっと中を覗くとそこはメルヘンやわらかい人たちやビューティーの女神がいる場所へひとっ飛びそこはまるで輝かしい美がある場所だったつづく...Rena