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日暮里「羽二重団子本店」母のお見舞いの帰り道少し歩いてみようかということになって日暮里の街をぶらぶらそうしたらおだんご屋さんを発見しましたお昼を食べそびれていたので迷わず入店羽二重団子のセット👇️漱石セット👇『吾輩は猫である』にこんな一節があります「芋坂へ行って団子を食ひませうか。先生あすこの団子を食つた事がありますか。柔らかくて安いです」この「芋坂の団子」がこちらのお店のおだんごと言われているそう
モロシになりそう。~「国家か?個人か?」「新軍国主義」とやらは、もうどうにも止まらないようだ。文豪伝説を信じちゃいけないよ。NHKが夏目漱石の『私の個人主義』に関する番組を、近頃、何度も放送している。連中は『私の個人主義』を完全に誤解しているようだ。この講演が国家主義に対する防波堤の役目を果たすとでも思っているのだろう。浅はかだ。この講演で、夏目は反国家主義者を思想的に排除したかったのだ。*最初の小説「吾輩は猫である」で大和魂を呼号する風潮を風刺した夏目漱石。(Gガイドシステ
おはようございます♪水曜(10月7日)の朝。曇り。今日は唐突ですが高校生の時にやりたかったことを少しお話しますね。子供の時から本ばかり読んでいる子でした。かつて小学生の時に担任だったN先生に(20歳くらいの時)「今の教え子に〇ちゃんの話をするのよ教え子に図書室の本をほとんど読んだ子がいた」などと言われたりもしました。中学、高校と変わらず過ごし高校2年の時に夏目漱石をとても好きな先生に出会います。もちろん『坊ちゃん』や『吾輩は猫であ
夏目漱石の『吾輩は猫である』の第8章は、社会の理不尽や人間関係の泥沼を経験してきた者が読んで初めて、その真価が骨身に染みる「人生の救済書」である。この章がなければ、本作はただの「神経症の苦沙弥先生が世間にすり潰されていく悲劇」で終わっていた。八木独仙という哲学者がもたらした対話と、その後の苦沙弥先生の書斎の後ろ姿には、現代を生きる私たちが直面するストレスへの究極の対処法が隠されている。1.理不尽な「外敵」との泥仕合。すり減る神経への冷や水第8章に至るまで、主人公の苦沙弥先生(漱石の
コーヒーが冷めるまでの、作者の続編。というのかな?作者の優しい世界観が気に入る。気がついたら娘もハマった。コーヒーが冷めるまで、親子は似るもんなんですかね?我が家は割と本の共有かあり、🦊と長男。長男とサンナーンやサンナーンと🦊長男サンナーン🦊とか娘とは漫画が割と多く。小説は合わない部分が多々あって、お互い干渉せずにいたのが、コーヒーが冷めるまで、で、これ面白い!娘が手に取るまで、出版されてから、10年近くの時間が流れてました😄その歳にならないと読めないという本ありますか
吾輩は猫である。名前はシロ。主人がなんか分けがわからない、ゴミを買ってきた😹。主人曰く、イカの手釣りの竿の役目を果たす中古のイカローラーというものを買ってきたという😾。これだと言う。これのどこが竿みたいなものなのか😾?主人の感覚は、シロの理解を遥かに越えたところにあるらしい🙀。ただ、これがあるのとないのでは、イカの手釣りの面白さが段違いなのだという😽。ふ~ん、そんなに大事な道具なんだとシロは思った次第なのである😺。それなら、なぜ主人は持っていなかったのか😾?さらに、持っていな
夏目漱石の『吾輩は猫である』に登場する迷亭先生は、一見すると物語に陽気な笑いをもたらすユーモラスなスパイスに思える。しかし、その言動を大人の倫理観で凝視したとき、愕然とせざるを得ない。彼の本質は「人間的に普通に最低で、救いようのない役立たず」だからである。息を吸うように大嘘をついて友人を騙し、相手が恥をかいたり困惑したりする姿を嗤う。苦沙弥先生の家にアポなしで上がり込み、自分の家のように振る舞い、相手が本気で嫌がっている空気をあえて無視して自分の「楽しさ」を優先する。現代の基準で見れば
『こころ』夏目漱石さんの『こころ』を読了しました。中学生くらいの頃に一度読んだ作品です。なぜか今回は、もう一度読んでみたくなりました。以前読んだときよりも、今回は先生の心の動きや、その後の人生について、少し深く読むことができたように思います。夏目漱石さんについて夏目漱石さんは、明治から大正にかけて活躍した日本を代表する小説家です。『吾輩は猫である』『坊っちゃん』『三四郎』『それから』『門』など、数多くの名作を残しました。『こころ』は1914年に発表された作品で、漱石の代表作
今日は新潮文庫の思い出を。左から満願こころ返事はいらない夜のピクニック恋沈黙シャーロックホームズの事件簿ボッコちゃんベンハー吾輩は猫である初めて新潮文庫を目にしたのは、家に転がってた真鍋博カバーの「ボッコちゃん」と、姉のネコのイタズラ書きがあった「吾輩は猫である」山名さんのぶどうの絵を眺めながら、なぜ大人はこんな小さな漢字だらけで挿絵もない本が読めるのだろうと尊敬の念を抱いた。長編を読みきる力がない小学生には、「吾輩」を読むのはエベレストにのぼるようなもので、その後は
いつでもさみしい時は、ぼくを呼んでね☺️にゃ~\(^o^)/
以前やっていたブログでも描いていたキャラクター。実はこれ、夏目漱石の『吾輩は猫である』に出て来る女学生「雪江さん」を絵にしたもの。雪江さんを主人公にした短編マンガも以前描いたのだけれど、もしかしたら再度アップしようかな、と思っています。愛嬌のあるキャラクターなので、時々描きたくなります。
あのさぁ、「ツシマヤマネコ」って知ってる?長崎県の対馬だけに生息しているとても希少な野生のネコで、国の天然記念物にも指定されているんだって。そのツシマヤマネコの赤ちゃんが、今年の4月25日に、福岡市動物園で生まれたんだって。福岡市動物園でツシマヤマネコの赤ちゃんが生まれたのは4年ぶりなんだって。でね、今から20年前の2006年9月29日のことなんだけど、このツシマヤマネコを絶滅から守り、未来へつないでいくため、環境省が新たな飼育下繁殖の取り組みを発表したんだよ
今どんなことを招きたい?✨画像はAIで生成したイメージです*ImagegeneratedbyAI✨去年は「お金」今年は「若さ」▼本日限定!ブログスタンプ世間では「招き猫の日」などと称して、我々猫の右手に過剰な期待を寄せているようである。聞けば、あの右手が招くのは金運だの無病息災だのというが、人間の欲というものには際限がない。現に今の私が乞い願うものは、そのような世俗の利益ではなく、他でもない「若さ」という妙薬なのだから。さすがに二十年の歳月を巻き戻そうなどという大それた野
吾輩は猫である名前はシロ。主人が夜中に帰ってきた。どうやらマイカ釣りに行ってきたらしい。完全に消化不良のようである。シロは問う。「釣れなかったのか?」😹主人は写真を見せる。ちゃんと5杯も釣れたではないか。良かったな😸。それでも、主人は少し悲しげである😾。「どうした?」と問えば、周りの半分以下しか釣れなかったというではないか🙀。どうやら、昔の感覚で釣ろうとして失敗したようである。仕方がないから、主人の話を少しだけ聞いてやることにした🙀。・・・・・・・・主人は餌木でショ
吾輩は猫である。名前はシロ。今日は主人と母さまに、いきなり拉致をされた🙀。シロをバックに入れると、車でどこかに向かうではないか😾。車が止まると、何故か少しだけ記憶のある場所にいるではないか🙀。ここに来ると、だいたい痛いおもいをするシロの嫌いな場所である😿。建物の中に入って、さらに診察室という狭い空間に入って、母様と主人が先生とか言う若い女性と何か話をしているではないか。何かを話すと、いきなり母さまと主人は部屋から出ていき、若い先生とその助手とシロだけが、その部屋に残されたではないか
昨日は連休明けでダルかった人も多かったんでしょうね連休無しなので関係ないですけど2026年5月13日~5月27日九州から四国へ渡った車中泊の旅『【12-2】朝風呂のハシゴは…飛鳥乃湯泉へ向かいました(◠‿・)—☆』昨日は台風一過なのか綺麗に晴れましたね夜勤も仕事しやすかったです2026年5月13日~5月27日九州から四国へ渡った車中泊…ameblo.jp朝風呂を楽しんで行動開始しました夏目漱石さんの坊っちゃん像小説、読んだことありません松山城へやってきまし
あなたが今まく種はやがて、あなたの未来となって現れる。文豪で坊ちゃんとか吾輩は猫であるとかの作品を残していますね、夏目漱石先生の言葉です!要はこの言葉は、いま頑張ってることの努力は「まく種」となって、未来の自分に良いこととなってあらわれる・・みたいなことです。
吾輩は猫である。名前はシロ。主人が度々夜中に、アキアジ釣りに出ていった。そして、毎回坊主だったようである😿。今年は、主人が好きな釣場で1尾もアキアジ(鮭)を見てないという🙀。どうやら、由々しき事態だという😾。いつもの釣場だという。たいした数が釣れる場所ではないが、タイミングが合えば、複数安打も可能だという😺。そんな釣場で鮭をまるで見かけなくなったようである😿。近くの川に遡上するアキアジも皆無だという😿。・・・・・・・・・・結果このショックに堪えかねて、癒しを求めて、別の釣場
最近の本本は大好きで、読みにくくて分厚い単行本や文庫本が好きです。読むのに時間のかかる本が好きなのです。夏目漱石が好きで漱石の本はこれで3冊目。まだまだ読みたい。吾輩は猫であるの文庫本、とても分厚くて文字も小さくぎっしり。エンドレス文章。意味が理解できない昔の言葉も出てきていて意味が理解できない言葉があれば辞典を使って調べて読み進めます。・星の王子様はとても素敵な物語。子供の頃に読んだ記憶があり、再度読みたくなって購入しました。・人間には12の感覚がある人間の感覚について書かれて
ビブリア古書堂の事件手帖シリーズ11冊目。ついに主人公篠川栞子の母・智恵子の若い頃の物語が明らかになる。初登場?の栞子の父・登も大活躍。登と、後に栞子の夫となる中学生の五浦大輔の出会いも愉快。昭和から令和の話で語られ、昭和の主人公は母・智恵子、平成の主人公は栞子、令和の主人公は娘の扉子という感じで物語は進む。今回大きく取り上げられたのは「鎌倉文庫」。1945年、鎌倉市在住の文学者たちが自らの蔵書数千冊を集めて開いたという貸本屋。戦争中の文学者たちの生活難解消と人心を明る
猫の「フレーメン反応」・・・今まで聞いたことがなかったので、何のことかと新聞記事を読んでみた。確かに猫は犬とは違い、人間から見るとよくわからない生き物と言えます。下記に新聞記事の大事な部分だけ抜粋しています。*人間と猫の間には、確かに他の動物との関係にはない、「見る、見られる」という視覚以外にも何か不思議な気の流れやコミュニケーションが成立している」*”猫を飼う人々は、猫が口を半開きにしてぼんやりした表情を見せる「フレーメン反応」はお馴染みでしょう”と解説されている。(
う〜ん。正解はこれかもしれませんね。「長い物には巻かれろ」シンドローム(症候群)です。まだ確定はさせる気にはなれませんから、これからもじっくり様子を見ていきたいと思っています。ところで、韓国人には韓国人特有の精神疾患があるそうです。「鬱火病(ウルファビョン)」というそうですが、これは米国精神医学会(APA)の診断マニュアル(DSM-5など)においても掲載されている精神疾患になります。日本人も、"「長い物には巻かれろ」シンドローム"をDSM-5などに掲載してもらうといいというのが私の意見
作家で誰が好きかと聞かれたら、夏目漱石と答えると思う。別段読書家でもないし、読んでも内容も忘れちゃうんだけれど、でも若い頃に幾つか読んだ中では漱石の本を好んで読んでいたと思う。亀を飼ったら”漱石”って名前にしようと思ってたし。(結局亀は飼わなかったけれど)なので、息子にも読んで欲しくて(親の勝手)日本語では難しいだろうと思い、イタリア語の「こころ」を購入しました。もちろん手をつけない長男。ところがいいタイミングで夏休みが始まり、3冊以上本を読まなく