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紅雲庵あかね塾茶の湯に、和のしつらえにご興味のある方は随時ご入会いただけます「お茶をしたいな、どうしようかな」と迷っていらっしゃる方は多いと思います稽古日が決められてると通えないかも…夜しか時間が取れないけど…お稽古予約制の紅雲庵なら大丈夫です詳細はこちらご一読ください『茶の湯のすゝめ紅雲庵あかね塾のお稽古』2010年から自宅で茶の湯の手ほどきのお手伝いをしています。現在の名称は紅雲庵あかね塾、他のお稽古場とは随分違った内容ですのでここであらためて概要のご案内をし
紅雲庵あかね塾茶の湯に、和のしつらえにご興味のある方は随時ご入会いただけます「お茶をしたいな、どうしようかな」と迷っていらっしゃる方は多いと思います稽古日が決められてると通えないかも…夜しか時間が取れないけど…お稽古予約制の紅雲庵なら大丈夫です詳細はこちらご一読ください研究会後半は廻り花七事式のうちです七事式しちじしき茶の湯の精神、技術をみがくために制定された稽古法。数茶(かずちゃ)廻花(まわりばな)廻炭(まわりずみ)且坐(さざ)茶カフキ(ちゃかぶき
はは紅雲庵あかね塾茶の湯に、和のしつらえにご興味のある方は随時ご入会いただけます「お茶をしたいな、どうしようかな」と迷っていらっしゃる方は多いと思います稽古日が決められてると通えないかも…夜しか時間が取れないけど…お稽古予約制の紅雲庵なら大丈夫です詳細はこちらご一読ください『茶の湯のすゝめ紅雲庵あかね塾のお稽古』2010年から自宅で茶の湯の手ほどきのお手伝いをしています。現在の名称は紅雲庵あかね塾、他のお稽古場とは随分違った内容ですのでここであらためて概要のご案内
紅雲庵あかね塾茶の湯に、和のしつらえにご興味のある方は随時ご入会いただけます「お茶をしたいな、どうしようかな」と迷っていらっしゃる方は多いと思います稽古日が決められてると通えないかも…夜しか時間が取れないけど…お稽古予約制の紅雲庵なら大丈夫です詳細はこちらご一読ください『茶の湯のすゝめ紅雲庵あかね塾のお稽古』2010年から自宅で茶の湯の手ほどきのお手伝いをしています。現在の名称は紅雲庵あかね塾、他のお稽古場とは随分違った内容ですのでここであらためて概要のご案内
紅雲庵あかね塾茶の湯に、和のしつらえにご興味のある方は随時ご入会いただけます「お茶をしたいな、どうしようかな」と迷っていらっしゃる方は多いと思います稽古日が決められてると通えないかも…夜しか時間が取れないけど…それでもお稽古予約制の紅雲庵なら大丈夫です詳細はこちらご一読ください『茶の湯のすゝめ紅雲庵あかね塾のお稽古』2010年から自宅で茶の湯の手ほどきのお手伝いをしています。現在の名称は紅雲庵あかね塾、他のお稽古場とは随分違った内容ですのでここであらためて概要
紅雲庵あかね塾茶の湯に、和のしつらえにご興味のある方は随時ご入会いただけます「お茶をしたいな、どうしようかな」と迷っていらっしゃる方は多いと思います稽古日が決められてると通えないかも…夜しか時間が取れないけど…それでもお稽古予約制の紅雲庵なら大丈夫です詳細はこちらご一読ください『茶の湯のすゝめ紅雲庵あかね塾のお稽古』2010年から自宅で茶の湯の手ほどきのお手伝いをしています。現在の名称は紅雲庵あかね塾、他のお稽古場とは随分違った内容ですのでここであらためて概要のご
6月16日は和菓子の日。昭和54年から和菓子の日、なんです。平安時代から6月16日にお菓子を食して厄除けした行事「嘉祥」に因んでとのこと。本当は旧暦六月十六日の行事ですから今年の新暦になおすと、ずいぶん先で7月29日です。この日は16個のお菓子を食べる。16個くらい平気ですよね何が良いかしら。まず葛のお菓子は外せない。きんとんも入れなくちゃ外郎側の櫻襲も必須あ、粽、粽!引千切も薯蕷なら常盤薯蕷千代の糸!うすらひもねぇ。
茶花がお好きな方が増えたようでインスタグラムで#茶花を検索すると皆さんがpostしたたくさんの画像を見ることが出来ます。でもただ単に和風の花を和風の花入(茶の湯では花瓶とは言いません)に入れた(茶の湯では花を活けるとも言いません)ものはそれは茶花とは言いたくないんです。茶花は茶の湯の床に荘る花と定義してせっかくですから初歩的な茶花の決まりを覚えて入れてみてはいかがでしょう。「薄板」うすいた(注)敷板ではありません。花と花入と薄板の三つの格を揃えて入れます。畳床では薄
名古屋の木曜会は昭和23年から続く、流派を超えてお茶を愉しむ月釜です。元々は浄念寺七日会、その後六日会へと改称し熱田神宮茶室などで開催されていましたが、平成27年度からは「木曜会」と改称し、毎月第一木曜日(第二木曜の月もあります)御懐石志ら玉を会場にどなたさまでも予約なしでご参加可能(初釜は要予約)月釜と言っても大変レベルの高いお道具で気軽に一服いただけます。会場の御懐石志ら玉名古屋市北区上飯田西町4月の木曜会は紅雲庵の大先生である臥雲庵長谷川如隠師匠旦那
2026年4月前半当地の桜はそろそろ散り初めではありますが花見の趣向で遊びましょうこの頃桜の開花が早いので利休忌あたりと満開が被るんです利休忌ははずせないとなるとこの頃になっちゃいます掛物柳緑花紅聚光院高安筆点前座は朱縁扇面貼りの風炉先に八景棚八景棚の扱いに決まりはなく、置き方も決まりなくよきように椿と都忘れを笛を模した竹掛花に入れました香合は道成寺八景棚には花丸蒔絵の棗と三彩の水指清水六兵衛の団子茶碗蓋置は慶州の鼓
2026年3月後半は利休忌のしつらえ掛物は毎年お決まりの宗旦筆利休像コロタイプです棚は山里棚縁が竹貼りで春慶塗、元は木地のものを前の持ち主さんが塗ったんでしょう竹一重切花入は叔母からもらってきました様子は良いのですが箱も在判もありません虫狩と椿は太郎庵大徳寺金毛閣古瓦写香合夜桜蒔絵雪吹薄茶器の雪吹、これでふぶきと読みます普通は吹雪ですね筒の上下に同じように面取りしてあるので逆さにしてもわからない、だからホワイトアウトの吹雪、ついでに漢字も
茶事・茶会でもてなし側に重要なのは「往復で働く」ということ。はい、もう何百回も言われ続けています。「往復で働くのよ」「往復で働いてね」「往復で働けってばっ!」わかります?お客さまの前に何か運んだら手ぶらで帰るってことなく、空いているもの、不必要なものをささっと下げて帰ってくる。そういうのが往復で働くです。茶事の時は、コレを持って出てアレを持って帰る動作が一連で決まってますからそうそう手ぶらで茶座敷をうろうろすることも無いのですが、大寄せなんかに
八事山興正寺竹翠亭にて開山忌の茶会3月14日旧暦一月二十六日興正寺の北の一角に竹翠亭、想耕庵、耕雲亭と3つお茶室がありますお庭から竹翠亭の大きな瓦屋根を望む竹翠亭は係りの方がとても穏やかな方ばかり大変親切にご対応くださるので感謝感謝竹翠亭の立派な御門竹翠亭ちくすいてい大正時代に海運王と呼ばれた日下部久太郎氏の邸宅を、移築・再生した建物です。移築前は、岐阜市重要景観物指定建造物に指定されており、岐阜市に現存する一級の近代和風建築でした。
3月前半は抱清棚でお水取りに因んだあれこれを使って遊びます抱清棚ほうせいたな表千家十世の吸江斎が桐木地で好んだ桐木地の二重棚。三方が板で囲まれ、正面の板には香狭間透かしがある。両側の板の前方は弓形に刳られている。勝手付の板の内側に柄杓用の竹釘がある。地板がない。利休形の道庫を二つ割りにしたものとも言われる。掛物百花春に至って誰が為に開く徳禅寺了庵老師筆香合は見えてないけど隅田川点前は水指の運び出しから始まります二飾りは柄杓蓋置を残します武者小路千家
2026年2月後半のしつらえ黄梅院小林太玄老師筆の弄花香満衣を掛けて香合は黄瀬戸の三笑緑釉花入は加藤春二造花は当地の大茶人高田太郎庵がいつくしんだ太郎庵椿と連翹点前座は紹鴎水指棚を使います水指と薄器で初飾り棚の道具組では水指と棗のバランスを考えます素材、色、形重ならないようにこの水指で普通の棗を合わせると形が同じになってしまうので春秋平棗がいいかなとか入り飾りとリ飾りができます蓋置は古い七宝のナプキンリングで梅の画こちらは収納に便利な
旧暦一月七日名古屋市公館のお茶室にてお薄一服差し上げて参りました門をくぐって振り返るとこんな感じビルの中のお茶室ながら柴折り戸も蹲もあります小間小間のしつらえ(準備中の画像です)掛物柳原白蓮香合お福茶道有楽流宗家先代のお家元織田宗澄先生お手作り花入松尾流仰止斎在判花は当地の大茶人高田太郎庵が愛した太郎庵椿と小米桜広間は……いったい何畳あるんでしょう大広間で掘りごたつ、気軽に一服していただけます広間のしつらえ村瀬太乙
最近手に入れた三友棚棚の点前ではお点前さんの退出前に棚にお道具を飾り残すことがあります点前始まりの景色と終わりの景色を変えてお客さまにご覧いただくその飾り方にも何種類かあって棚ごとにああするこうするややこしや三友棚の飾り方庵主と茶友の手持ちの表千家のテキストには載っていません表千家でその記載のあるテキストをご存知でしたらお教えくださいそういう事でこれは色々飾って楽しめばよろしいのかとお稽古では各種飾って遊んでみました初飾りはお決まりの天板に薄器入
紅雲庵では旧暦を大切に節供や季節の行事をしています今年2026年の旧正月は2月17日2月前半は旧正月のしつらえで遊びましょう白竹の銘のある掛花入に本数を少なくした綰柳紅白(今回は白とピンク)の椿を添えています掛物は白蓮の和歌「春浅し云々」長熨斗の飾り方を替えて香合は紫交趾ですさて三友棚を手に入れたのでさっそく使うのですが三友棚は大徳寺の二代管長牧宗老師が明治の初期に三千家の親和をはかり大徳寺山内の松・竹を自ら提供し、表千家の碌々斎が天地方円の松の木材に
2026年1月後半は手桶の水指でしつらえましたお軸は立春の和歌懐紙まだ旧暦元旦前なので結び柳も手桶水指室町時代手桶型の水指は、室町時代にはすでに広く普及していました。当初は日常で使われていた木地の桶を水指として転用したと考えられています。特に村田珠光は、東山御殿にあった塗桶を杉木地の水指として好み、これが手桶水指発展のきっかけの一つとなりました。武野紹鴎紹鴎の時代には、木地の桶に漆を塗った真塗(しんぬり)の手桶水指が好まれ、台子点前で用いられるようになりました。千利休利休も