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群馬県安中市に赤穂義士を祀る史跡があるという。赤穂からは遠いのに?私が歴史を好きになるきっかけとなった赤穂浪士。昨今なんとなくその人気が下火に。寂し。だが私の赤穂・吉良の里への思いは変わらない!。というわけで、安中市の史跡へ。JR安中駅からは北西へ8㌔ほどの山中。駐車場はかなり広くあった。「元助遺跡義士石像」とは何ぞや。他に熊注意の注意書きも。たどる道は大丈夫か…。こんな道ならば嬉しいが。突如、左手に覆いかぶさるような岩の壁!雨でなくてよかった。こ、これはすげぇ岩壁
『令和8.5.3.憲法記念日』『令和8.4.29.播州赤穂城(赤穂浪士)』『令和8.5.2.御香宮神社・市民農園物語』『令和8.5.3.天皇賞(春)G1』『令和8.5.1.飛火野…ameblo.jp『令和8.4.29.播州赤穂城(赤穂浪士)』『令和8.5.2.御香宮神社・市民農園物語』『令和8.5.3.天皇賞(春)G1』『令和8.5.1.飛火野・市民農園物語』『令和8.4.30.奈良公園・…ameblo.jp赤穂大石神社参道。赤穂四十七義士の像が参道に並んでます
タイムマシンで、時間旅行が楽しめる時代になった。私は江戸城松の廊下の浅野内匠頭が吉良上野介に斬りつけた刃傷事件後の江戸城にタイムスリップした。徳川綱吉に面会することができ、私は綱吉を説得し、浅野匠頭の切腹を中止してもらった。綱吉の方針転換に柳沢吉保があ然とした顔をした。人の命は重い。簡単に死なせてはいけない。そして、大名家を取り潰せば、浪人が町にあふれる。せっかく平和に暮らしているのに、武士もそうだが、町人も困る。私は水戸光圀を呼んでもらった。意見を訊いたが、光圀も切腹と取
日本を蝕む”朱子学”の闇その81「赤穂浪士」が討ち入りを果たした話には、後世の作も混じっているためどこまでが本当のところは定かではない。しかし、最も重要なのは「賛否両論」が巻き起こったことだ。ここが朱子学に狂った中国や李氏朝鮮と日本が決定的に異なる点である。朱子学に毒された国では「賛否両論」とはならないのである。皇帝や官僚が「右」と言えば全て「右」にされてしまうわけで、異論を挟む余地はない。その意味で幕府にも学者たちにも「賛否両論」を巻き起こさせた大石内蔵助という人物は非常に聡明で、赤穂浪
日本を蝕む”朱子学”の闇その80赤穂浪士は吉良上野介邸に討ち入りを果たした。浅野内匠頭による「殿中松の廊下」での刃傷事件当時、江戸城では幕府が朝廷の使者を接待している真っ最中だったことから、場所柄もわきまえずに刃傷におよんだ浅野に対し、第五代将軍徳川綱吉は大激怒、浅野内匠頭は即日切腹、浅野家は所領の播州赤穂を没収の上改易されたが、吉良に咎めはなかった。当時、殿中での刃傷は理由の如何を問わず死罪と決まっていた。まして幕府の権威づけのために綱吉が重視していた朝廷との儀式の最中に刃傷に及んだの
日本を蝕む”朱子学”の闇その79『忠臣蔵』の人気に反比例して、五大将軍・徳川綱吉への評価は著しく低い。現代における評価はテレビドラマによるところが大きい。綱吉がドラマに登場するのは基本的に『忠臣蔵』関連か『水戸黄門』関連のドラマのどちらかであることが多いためで、一方で八代将軍・徳川吉宗の評判はすこぶるいい。もちろん長年放送された「暴れん坊将軍」の影響で、いかにも素晴らしい将軍なのかと思わされてしまうが、そのおかげで松平健が今でもキンキラの格好の将軍でCMに登場するし、アニメやパチンコの
日本を蝕む”朱子学”の闇その78「武」に偏っては正しく国を運用できない。「文」に偏っても民衆を守ることが出来ない。よって「文武両道」が武士に課せられた目標になったのが江戸時代である。そこに大きな影響を与えた軍学者であり儒学者だったのが山鹿素行だった。素行の学問と思想は、一体どのようなものであったのだろうか。素行の士道に対する研究は続き、明暦2年(1656年)には「武教要録」などを著し、「山鹿流」を完成させ、士道をより明確にさせていった。幕末の吉田松陰が相続した吉田家は、代々「山鹿流」を家学
さて、一回公演に続いての休演日、温泉旅から帰って来ました。昨日も書いたのですが、狭いホテルでの生活が苦しく、休演日には足を伸ばしてお湯につかりたい!と云う訳で、名古屋を脱出して温泉旅行に行きました。一回目の休演日に合わせて家人が来名するのは決まってまして、「どこか温泉旅行に行こう」とだけは決まっておりましたが、その後はいつもの通りに完全に丸投げ(笑)そのくせ、注文は結構付けますのが私なのですが(笑)今回は、ちょっと広めの部屋でゆっくりしたい。温泉に入りたい。お金を気にせずに飲
時期的にはずれていますが「松の廊下事件」のこと放送していました。大名は月三回江戸城に登城しなくてはいけないそうです。大手門、桝形門、武者隠し、大手三の門、百人番所を通り本丸の玄関。ここまで進みますと大名は一人。おつきの人は外で待機です。大広間に行くまでに礼儀作法があります。格下の大名は末席です。そして頭をあげてはいけないそうで将軍の顔を見られないそうです。浅野内匠頭は吉良上野介に「田舎者」と言われたそうです。いやがらせに耐えれず斬りつけたわけです。登城する大名は細かい礼儀作法を覚えな
4/4。西尾市吉良町の黄金堤(こがねつつみ)に行きました。吉良上野介義央が築いた堤ですね!桜が満開でした。さっくさく!吉良上野介義央は忠臣蔵で有名な殿様ですが、地元では名君として知られていますね。さっくさく!気持ちい~い!さっくさく!さっくさく!うなぎの三水亭さんの近くにあって、うなぎを食べたあとにここに来ました。三水亭さんのことはまた別の日に書きます。
史跡めぐりの記事です。今回は、西尾市吉良町岡山にあります岡山陣屋と黄金堤です。忠臣蔵で有名な吉良上野介義央の旗本領地です。岡山陣屋(おかやまじんや)徳川家康に仕えた吉良義定が邸宅を構えたのが始まりです。関ヶ原の戦いで東軍に属した吉良義弥が領地を安堵され、高家筆頭の家格を与えられ、4,200石でその子・義弥が「高家筆頭」の家格を許された際に陣屋として整えられました。忠臣蔵で有名な吉良義央は、義弥の孫にあたります。黄金堤(こがねつつみ)吉良上野介義央公が創った堤防です。義央公は水害から領地を
忠臣蔵[DVD]Amazon(アマゾン)4,755円忠臣蔵決断の時BOX[DVD]Amazon(アマゾン)13,389円芸づくし忠臣蔵Amazon(アマゾン)1,614〜2,640円-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be■忠臣蔵あらすじ「忠臣蔵」全11段をあらすじで分かりやすく解説忠臣蔵(ちゅうしんぐら
毎度、当ブログへお越しいただき、ありがとうございます。今回は愛知県西尾市にある久麻久神社本殿を訪ねました。※この記事は過去記事です。愛知県西尾市は多くの文化財を抱えています。とくに西尾市吉良地区は、『忠臣蔵』で有名な吉良上野介の知行地だったそうです。吉良地区には行かなかったのですが、西尾市内には歴史ある神社がいくつかあります。久麻久神社も延喜式内社とされる由緒ある神社です。特に、この神社の本殿は国指定重要文化財となっています。それでは訪ねましょう。久麻久神
昨日は昔から仲良くしてくださっている高橋克典さんが観にいらして下さいましたこの前の「忠臣蔵」の吉良上野介がとても素敵でした✨✨お忙しい中有難う御座いましたm(__)mほな、本日も二回公演楽しんで来まぁす
赤穂藩主・浅野長矩が吉良義央に切りかかる✖︎印:事件現場(松の大廊下)本日午前10時すぎ、江戸城内「松之大廊下」において、播州赤穂藩主の浅野内匠頭長矩(あさの・たくみのかみ・ながのり)容疑者が、高家肝煎の吉良上野介義央(きら・こうずけのすけ・よしなか)氏に対し、脇差で切りかかる事件が発生しました。【現在の状況】•負傷者:吉良氏は額と背中に数カ所の切り傷を負っていますが、意識はあり、命に別状はない模様です。•容疑者の身柄:浅野容疑者は周囲の登城者らによってその場で取り押
両国の国技館に。その前にここを通り抜けて…ここに来たかった随分前に来たことがあったのでもう一度、参拝桜が咲いていた〜これこれ‼️鼠小僧のお墓手前の石を削ってお持ち帰りOK🙆♀️ハイ、もちろんカリカリ削って持ち帰りました💕💕←欲の塊金運、勝負運、仕事運かご利益とか…道を間違えて(笑)ウロウロしていたら呼ばれました〜‼️そう。あの冬の風物詩?赤穂浪士の討ち入りの場の吉良邸跡かなりかなりこぢんまりでびっくり‼️フツーに、いる吉良さんにもびっくり‼️庭の隅にあの吉
今日は朝から晴れの1日となった。気温が上がって暖かい日に…ただ、風があるので花粉がかなり飛んでるな🤧こちらは泉岳寺(せんがくじ)の中門。この門は港区の文化財のようだ。進んでいくと橋があり、近くにはお地蔵様があった。こちらは山門。山門も港区の文化財のようだ。山門の近くには銅像が…大石内蔵助良雄…大石内蔵助という呼ばれ方のほうが世に知られていると思う。大石良雄(1659-1703)は播磨赤穂藩の筆頭家老。赤穂播磨藩の浅野内匠頭長矩(ながのり)が江戸城内において高家吉良上野介に遺恨あり
立川談痴の落語を観る眼、聴く耳。今年いただいた年賀状。なかなか達筆な筆字である。柳家喬太郎を今年聴くのはこの独演会が最初となる。ちょっと遅すぎたスタートだ。今年、何回喬太郎の高座を聴くことができるだろうか。秋の11月23日に新札幌で行われる「喬太郎北伝説」には出向くことを決めているので、その間、何度、喬太郎の高座を訪れことができるか、だな。喬太郎、今年63を迎える年齢。一昔前であれば、還暦を超える歳となれば、ご老体、大御所などといわれてもおかしくない年恰好だったが、現代ではまだまだ
予定していた知人との面会が急遽中止になった雨の水曜。向かう先を変更して以前から気になっていたネタニヤフ調書を観に渋谷へ。「最も危険な政権」と言われる現在のイスラエル。この映画はご本人が出演されるドキュメント作品といわれ、イスラエル国では上映されないらしい。・・・が、果たして本当にネタニヤフご自身なのか?替え玉がアタリマエの昨今を頭に入れつつ素直に鑑賞してきた。近い将来は吉良上野介の炭小屋のような、麻原氏の天袋のような、そんな日が来るでしょうか。目隠ししてて
ちょっと間が空いてしまった…実は母方の祖母の七回忌で北海道に行っていましたその話はまた今度まとめてします一昨日の夜遅くに札幌から帰宅した私たち2泊3日で行ってきたので、5人分の着替えが山盛りで…それをさっさと洗濯してしまわないと落ち着かない私旅行行ったら、帰ってきて荷物を開けて洗濯するまでやらないと、通常運転に戻らないから夜10時半ごろに帰宅して、風呂に入り、一回洗濯機を回すで、寝る前に洗濯タイマーセットして朝終わるようにやってから寝たの昨日朝起きたら、何やらC:02のエラーで
先日ネットで調べものをしていた時に出て来た“忠臣蔵”につられて見始めてすっかり見入っている。元禄時代(1702年)に赤穂藩(兵庫県)の元藩士47人が、亡き主君浅野内匠頭の無念を晴らすべく、吉良上野介に対して仇討ちをする物語り。出演俳優陣の名前(以下に列記)けっこう憶えていて自分が認知症になっていない証明にもなって嬉しい限りである。私やっぱり単細胞だから、こんな勧善懲悪の話は大好き。それにしても敵役の吉良上野介を演じている俳優の何と憎々しいこと!でもこの役者さんの名前は知らなかった
仕事の待機中の時間つぶしに。この映画、ムロツヨシのいい演技が、いい塩梅で引き出せてる。やりすぎず、押さえすぎず。子どもすぎるドタバタ感と、腹くくった凄みと。次男として生まれ、捨てられた男の甘えと、諦めと、やぶれかぶれ感と、優しさがうまく同居している。苦労した男だからこそ、人の痛みに寄り添う秘策が打てる。そういう説得感のある演技だった。吉良上野介の首を持った赤穂浪士が、ラグビーのように街を走り回る演出は、2018年に、加賀でみた舞台muro式のような、おもしろさを感
YouTubeというツールがあります。疑問に思った事は検索すればすぐにわかる、いやぁほんとうに便利な世の中になりました。ところがですな、今まで真実だと思っていた事が実は全く違っていたという事もちょくちょく出て参りました。例えば、いっとき冬の風物詩であった忠臣蔵、当時は赤穂浪士に焦点を当てていたので、てっきり浅野内匠頭がいい人で、吉良上野介が悪い人というイメージでしたが、実はかなり政治的な奥深いお話しでした。今更ながら国のために忠義を尽くされたお二人に敬意をと思います。多くの方々がす
義士切腹忠臣蔵の姫阿久利[佐々木裕一]楽天市場後編です。浪士たちの士気というか、討入りまでのあれこれも、とても丁寧でドラマチック。討入りを果たした後の、公儀の苦悩も。ただひたすら、吉良と柳沢の存在が無ければ…と思ってしまう。子供に恵まれなくても家臣を子供と思い奔走する阿久利。ですがちょいちょい考え無しというか、周りに迷惑をかけているだけのような…。浪士の息子が、討入り後細川家預かりとなった父を訪ねるところなんて、涙なしには読めません。「綸言汗の如し」
りくりゅうペアのフリーの演技が終わった直後、解説の人が「すごい」を6回繰り返した(その二つ前の「すっごい」を入れれば7回)。高市さんが党の総裁に選出された直後にご本人が繰り返した「働いて」は5回であった(別に回数を競うものではないが)。りくりゅうペアの金メダルが確定したとき真っ先に祝福に来たのは、りくりゅうペアに逆転されたドイツペアだった。ドイツ人もなかなかである。「教皇選挙」「サブスタンス」に続き、配信動画による周年遅れの映画鑑賞を続けている。まずは「アノーラ」。昨年のアカデミー賞で、作
忠臣蔵の姫阿久利[佐々木裕一]楽天市場瑤泉院として討ち入りの際に暗躍していたとするドラマがありましたが、これは嫁ぐ前の幼い日々と殿中までのお話。阿久利と名前を改める前は栗姫だったとか。早くに親を亡くした者同士、仲睦まじい幼い恋の様子など、武家のしきたりの厳しさの向こうに微笑ましい物語が続いています。吉良上野介のいやらしさがてんこ盛り。執拗に嫉妬された浅野長矩の堪忍袋の緒が切れるのがわかります。長矩だけでなく、大石内蔵助も親を亡くしたタイミングの悪さも、この不幸
華蔵寺(けぞうじ)は、名鉄西尾線:上横須賀駅から北へ1,7㎞のところに在ります。住所:愛知県西尾市吉良町岡山山王山59駅から東へ100mほど進むと比較的大きな通りに出ます。この通りをまっすぐ北上すると華蔵寺に到着します。吉良上野介公が赤駒に乗って領地を見回る像。塀に描かれた赤駒。赤駒像。吉良出身の作家尾碕士郎が作詞した吉良小唄には、吉良の殿様よいお方赤いお馬の見廻りも浪士にうたれてそれから
いやぁ~昨日は参った。blogがまた暴走しました。同じ記事が何個もアップされてて、そのあとの下書きが消えました。一気にモチベダウン同じ記事は書けないので、似たような感じを辿るのも苦手。何かモチベアップな出来事ないかな。ではついに旅行最終日ホテルでがっつり朝食。毎日同じもの食べます。意外とお粥好き。馬車道駅→横浜駅→新橋駅どうして最終日に新橋なのか。この日は夕方早い時間の飛行機。あちこち行く時間もないだろう、でもどこだろう。プランを考えてる時に
源徳寺は、名鉄西尾線:上横須賀駅から砲声へ500m、住宅街の中に在ります。西500mのところに矢作古川が流れています。住所:愛知県西尾市吉良町上横須賀寒破池127コミュニティ公園の建物に描かれた赤駒。吉良出身の作家尾碕士郎が作詞した「吉良小唄」には、吉良の殿様よいお方赤いお馬の見廻りも浪士にうたれてそれからはしようがないではないかいなと歌われています。吉良上野介は、『忠臣蔵』では憎たらしく描かれて
昨日「忠臣蔵」全公演を終えました。9月から殺陣稽古が始まり、僕が加わったのがたしか11月10日。稽古から本番、作品と、浪士達と、吉良上野介役に向き合い続け、昨日、終わりました。大変な運動量なのに、誰ひとり風邪、インフルもひかず、怪我もなく、口にするものさえ気をつけて、前進し続けるプロフェッショナルな組でした。皆、いつも明るく。最初、僕の代役をやってくれていた真島光平くん。皆いつも明るく。劇場に足を運んでくださった皆様、共にたったキャスト、そして全てのスタッフ、関係者の皆様、カン