ブログ記事4,947件
(和子/康平の妻/吉永小百合)そうだじゃあ行ってみましょう実際の場所に行って確かめるんです(宮崎康平/竹中直人)わしは目の見えんとう(和子)何を今更そんなこと言ってるんですかあなたには手も足もある耳も聞こえる私があなたの目になります現地に行って自分の足で確かめるんです(映画『まぼろしの邪馬台国』2008)和子と康平の邪馬台国探しの旅──。実話を基にして創作された作品です。(脚本:大石静)ついに、邪馬台国の女王卑弥呼の墓かも知れない場所を発掘!
細雪1983年5月21日公開三女の縁談を中心に四人姉妹のそれぞれの一年間の出来事を、四季折々の風物を絡めながら描く、谷崎潤一郎の同名小説の映画化。あらすじ昭和十三年の春、京都嵯峨の料亭、蒔岡家の四姉妹と幸子の夫貞之助が花見に来ている。幸子は今度の雪子の縁談を本家の長姉鶴子から、家系に問題があるとの理由で断わるように言われ苛立っていた。五年前末娘の妙子が、船場の貴金属商奥畑の息子啓ぼんと駆け落し、その事件が新聞ダネになり、しかも雪子と間違って書かれ、本家の辰雄が奔走して取消し記事を出させた
ごきげんよう!今宵は旅の途中。どこにいるかしら?恒例の吉永小百合さんで旅の様子を想像してくださいね(笑)。私のブログを読んで下さりありがとうございます。全ての良きことが皆様に舞い降りますように!
それはそれは古い時代、1960年代の終わりのころの話だ。オレはまだ幼稚園にも通っておらず、弟は生まれたばかり、父は新日鉄で働き、母は専業主婦、一家は会社が用意した社宅住宅に住んでいた。若い子は信じられないかもしれないが、昔は会社が従業員のために家を建ててくれたのである。製鉄の現場の社員は社宅団地、エンジニアは社宅住宅があてがわれていた。60年代の終わりは学生運動などが盛んで、世の中は荒んでいたものだが、すでに社会人として働いていた父親とは縁遠いものだったらしく、一貫して学生らに否定的
夏の北海道から秋の北東北を旅してきた142日間の記録ですもう2年近くも前のことになってて驚きです121/142日目(その2)大阪を出発して121日め原付を積んだ軽バンで離島を含め北海道全域を周り74日目からは本州北東北を走って120日目からは帰路の寄り道旅です帰路の旅の寄り道で、山形県は鳥海山の周辺、大物忌神社の口之宮などにお参りしました。そして酒田に移動します。🚙酒田は古い町なので見るとこもたくさんありそうで
隠し目付参上第10話藤木兵助を演じた松橋登さんこの時、32歳。この6年前の1970年映画「青春大全集」で吉永小百合さんの相手役に抜擢された俳優。現代でも、かなりハンサムだと思います。↓押してくれたら嬉しいです↓にほんブログ村
・ジャンボ餃子・キリン缶ビール350×322時半過ぎに就寝。8月15日(土)夏季休業中終戦日何度も目覚めタブレットで囲炉裏DIYを見ていた。良く見ると串台、ちょっと串焼きバーベキューツールを発見。これがあれば囲炉裏でなくても鮎の塩焼きが出来る。5時半過ぎにベッドから出る。終戦日なのでこちらのポスターをご覧くださいませ。体重62.5kg、BMI20.4、体脂肪率19.0、筋肉率48.0、内臓脂肪10.5、基礎代謝1
西河克己監督による日本の青春映画。出演は和田浩治、清水まゆみ、小高雄二。<あらすじ>日系アメリカ人のヘンリーが、父親の遺産の相続のことで日本にいる父親の元恋人かね子に会いに来た。だがかね子はすでに死んでいた。遺産は彼女の息子に譲ろうと、文夫を探した。文夫は学校の不良グループに属しており、麻薬をやっていた。ヘンリーは、遺産を狙われて不良グループに絡まれるが、真面目な性格が文夫らの目を覚まさせ、彼らを悪の道から救った。<雑感>この辺の作品は、ポスターもそれほど残って
老気横秋読み方:ろうきおうしゅう年をとっても、気力が充実していること、、、⇒続きはこちらへ
いつだったかNHKで戦中~戦後に活躍した作曲家吉田正の特集をやってましたね。吉田正といえば、橋幸夫に提供した作品群が有名ですね。『いつでも夢を』『潮来笠』とか。番組ゲストには由紀さおり、タブレット純氏がいました。失礼ながらこの方を私は、半田健人みたいな昭和歌謡に精通した歌の上手い芸人さんかと思っていましたが、れっきとした和田弘とマヒナスターズの元メンバーだったのですね!!そんな令和の大発見もありながら昭和歌謡の大作曲家、吉田正の足跡を辿ります。戦前から第一線でずっと音楽
ネタバレ御免の勝手で偏った感想を基本敬称略で。1963年公開。主演は和泉雅子。アマプラで視聴。まず声を大にして言いたいのは、この頃の和泉雅子の美しさは奇跡というか異常というか無二無双。>吉永小百合である。で、本作だが、夢の国になるはるか前の漁師町だったころの浦安(当時の街並みは歴史的資料だと思う)の貧乏家の兄妹の人間模様が中心に描かれている。設定&展開的にはキューポラのある街より悲惨なのだが、画面から何とも形容しがたい熱量のようなものが感じられて暗さはそれほど感じないのが凄い。その中心はや
去年の広島原爆の日を経てどうしても伺いたかったある美術館があります小学生が平和宣言で沖縄の美術館で見た沖縄戦の図が恐かったと述べてました。沖縄戦の図も原爆の図を描いた丸木位里・俊夫妻の美術館へ原爆の図丸木美術館へ行ってまいりました。2025年8月末頃リンクが貼れなくてすみません😣💦⤵️思っていたより生々しい図に言葉を失う1945年8月6日、広島に人類最初の核兵器原子爆弾が投下されました。知らせを聞いた広島出身の丸木位里と妻の俊は数日後駆けつけそこで目の当たり
せんちめんたる・のすたるじいやこと「のすじい」です。初めに標題と関係ない近況のお話からです。令和8年の熊本地震が発生して以来、胸が痛む日々が続いています。これまで各地を訪れ、泊まった経験があるからこそ、その土地の状況がより鮮明に思い浮かび、特別な思い入れを感じます。環境活動家のグレタ・トゥーンベリさん。かつて私の知人は彼女を「臆病」や「病気」と断言したことがありました。私は彼女の感性や気持ちに強く共感していただけに、自分自身が否定されたような気持ちになったことがあります
改訂版-II広島のおばあちゃんー平和学習ー中・高校生、社会人向け著者:鎌田七男発行:広島県医師会内核戦争防止国際医師会議(IPPNW)日本支部出版年:2026価格:1800円広島の友人から送っていただきました。この本は*鎌田七男さんによるQ&Aです。長年被爆者に寄り添い医療に携わってこられた内容が盛り込まれています。副題にあるように、中・高校生向けと社会人向けに分けられています。両方を読むとさらに深まった思いが煮詰まってきます。昨今、平和教育の教材について、
まぼろし探偵にて撮影!最終確認済:2026.08.14普段は日の丸新聞の少年記者をしている主人公の富士進(読方=ふじすすむ)くんが、少年探偵に変身し、悪者相手になぜか二丁拳銃で事件を解決していく特撮テレビ番組である”まぼろし探偵”がとしまえんにて撮影された!かわいい若き日の吉永小百合さんが出演!何と俳優の吉永小百合(読方=よしながさゆり)さんの若き日の姿を見ることができる!とにかくメチャクチャかわいいので、必見の価値ありだ!まぼろし探偵は、赤帽子、目の
監督犬童一心オリジナルは男二人ですが、今作は女二人。余命を告げられた幸枝(吉永小百合)とマ子(天海祐希)が、やはり余命を告げられた少女の「死ぬまでにやりたい事」を書いたメモ帳を拾い、それを実行していく。他人のやりたい事をやっていくところがオリジナルと違うところですが、お金もかかるものもあって楽しめます。また、国内、海外と旅ができるのがいいですね。スカイダイビング、ももクロのコンサート、エジプトのピラミッド見物、日本一大きいパフェを食べる等、楽しみまくります。思ったのが、二人とも余命
こんばんは、mmm(まーママ)です。次の目的地は、稚内市樺太記念館。稚内副港市場北海道稚内市港1丁目6-28こちらの2階にあります。樺太(サハリン)は、もともと、アイヌをはじめとした先住民族が住む土地で、日本人やロシア人も雑居していました。日露戦争終結後の明治38年から、太平洋戦争が終わった昭和20年までの40年間、樺太の北緯50度以南、いわゆる「南樺太」が日本の領土となった時代がありました。樺太40年の歩みと稚内とのつながりが展示し
山形県最上郡戸沢村にある幻想の森を散策中数年前の大雨被害で道路が通行止めになってましたが今年から通行できる様になりました吉永小百合さん出演のJR東日本の大人の休日俱楽部のロケ地ですね大人になったら、したいこと。大人の休日倶楽部↓画像お借りしました低い太枝は積雪によって垂れ下がりその接地した所から発根するそう黄色のマーカーをした所がそうなのかな🐻に怯えながら観察自然の💪スゲー
みなさん、こんにちは~♪(´θ`)ノ~♪8月7日(金曜日)のYouTube音楽動画のコーナーへご縁をいただい訪問してくださいまして誠にありがとうございます。m(__)m本慈雨のYouTube音楽動画の歌は、吉永小百合さん主演の日本映画『青い山脈』という動画を通じて学ぶ昭和の時代のなつかしさを味わってみたいと思います。吉永小百合主演『青い山脈』\無料体験実施中!/日活プラス(https://amzn.to/3R24mGh)では、日活作品を会員見放題で配信中!
新潟県村上市にある瀬波温泉の瀬波グランドホテルはぎのやさんに宿泊朝食の時間は午前7時~午前9時で7時に行きましたバイキングですがこちらのお宿なかなか美味いんですよね😊お箸も高級感が漂うこれが旨かった😋素麺もありました😊温泉玉子😊海が近い宿なので笹川流れから北に向かいます🚗途中広場があったので少し休憩野潟小学校跡らしい暇な時にgoogleマップを見ているとあちこちに学校跡がありますよねこれからもっと増えるんだろうな農
日本映画でいうならハリウッドトーキー初期からの女優、ベティ・デイビスやキャサリン・ヘプパーン並みに亡くなる晩年まで、生涯女優を貫いた明治生まれの女優は田中絹代くらいだと思う※杉村春子も明治生まれで生涯現役田中絹代今や知ってる人もいないのかもしれないが、日本映画サイレント期から70年代の最晩年まで活躍した女優市川崑監督、吉永小百合が田中絹代を演じた「映画女優」という、まんまのタイトルの映画を二度目で見たよく出来てるな、とは思う、絹代の半生がただ、重要なラストパー
いつも通り、会社帰りにスポーツセンターに寄る。駐車場について、トレーニングウェアや着替えの入ったバックを持ち上げる。…と、なんかおかしい…ん?…あ〜またやってしまった。水筒の蓋が開いてしまい、バッグの中身が水浸しというかお茶浸し…。しまったしまった…島倉千代子…。本日のトレーニングを諦め帰宅…。これから水筒は空で持っていって、センターのウォータークーラーの水を利用しよう…。水難事故…。まあこれくらいで済んで、よかったよかった…吉永小百合…。
女優の吉永小百合《本名:岡田小百合》は、東京都渋谷区出身で、生年月日は昭和20年(1945)3月13日。2026年8月現在、81歳です。昭和32年(1957)、小学六年生の時、ラジオドラマ「赤胴鈴之助」でデビュー。昭和37年(1962)、高校在学中に『キューポラのある街』にヒロイン役で出演。昭和40年(1965)早稲田大学第二文学部西洋史学専修に入学。映画出演など、多忙な仕事を抱えながらも、昭和44年(1969)早大を次席で卒業。その後、120本以上の
今日はちょいと手短に…。数ヵ月前にネットニュースで読んだんだろも、なんか、おぎやはぎの片割れ(矢作のほうかな)が、あくまで個人的な意見だと前フリをしつつ、長澤まさみは、現代の、吉永小百合である、なんてことを言っていたようで、でもあたいは、その意見にまったく賛成できませんでしたね。確かに長澤まさみは、とても魅力的な女優さんであります。正直、カノジョが20代の頃まではイマイチ良さがわからんかったのであるが、海街diaryらへんからこのヒトの魅力に気づき始め、カルピスとかのC
在日コリアン支援に興味のある方はこちらもご覧ください『日本人が在日コリアンに家庭菜園(農業)を教えていたら在日の歴史は変わっていたかもしれない』在日問題をずっと調べていてふと思った事がありました。「在日コリアンが家庭菜園で食えていたら、在日の歴史は変わっていたかもしれない」世界中どこの国でもマフィアや…ameblo.jp『朝鮮人集落が花でいっぱいだったら在日の歴史は変わっていたかもしれない』ほこドロさんや路地裏散歩さんのYouTubeチャンネルでよ
今年もお手伝いして来ます!9日は既に完売のようですが、こうした映画祭が続いていること、是非、関心を持っていただけたら幸いです。
シフォンのドーナツホール第14話学校祭と吉永小百合アップしました。学校祭ライブです。体験を基にした私小説です。学園軽音ものに見えて性トラウマ回復の過程を描いてます。https://kakuyomu.jp/works/2912051604538073517/episodes/
「剣豪千葉周作の生誕地と赤胴鈴之助」北辰一刀流の開祖・千葉周作の生誕地については、岩手県陸前高田市気仙町と宮城県気仙沼市などいくつかの説があり論争となっていました。この問題に関して2026年7月22日、東北大の研究グループが「本吉郡気仙沼村(現宮城県気仙沼市)」と書かれた「論争に決着をつける」新史料を発見したと発表しました。見つかったのは周作の直弟子だった仙台藩士の桜田良佐の日記です。1840年(天保11年)8月の記載に、北辰一刀流と周作の来歴について藩に報告した身元書の内容が引用されて
☆ふれあい手形散歩道6月14日に開催された「第32回みかた残酷マラソン全国大会」前日、観光をしました。足を運んだのは、ふれあい手形散歩道。同所は、湯村温泉の中心を流れる春来川に沿いに位置し、湯村温泉ゆかりの吉永小百合など著名人60名の手形レリーフが飾られています。夜にはライトアップされます。ふれあい手形散歩道住所:兵庫県美方郡新温泉町湯電話:0796-92-2000(浜村温泉観光協会)営業:通年定休:無休料金:無料
今日は2026年7月30日(木)です。僕は旅番組・歴史番組が好きです。昨日は録画をしてあった関西テレビの「よーいドン」を見ました。その中のコーナーのひとつ「いきなり日帰りツアー」を見ました。お笑い芸人の「麒麟の田村」さんが街で誘った女性二人を誘って旅にゆく番組です。今回の行き先は島根県の津和野でした。麒麟の田村さんです============僕も津和野に行った事が有ります。素敵なところでした。懐かしいのでその時の僕のブログの記事を