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①基本情報(場所・アクセス)吉川元春館は、広島県北広島町にある戦国武将・吉川元春の居館跡。山間の静かな場所にあり、雪の日に訪れると一層“戦国の静寂”が際立つ。---②由来・創建吉川元春は、毛利元就の次男であり、毛利家の軍事面を支えた名将。この館は元春が隠居後に暮らした場所で、「戦国武将の生活空間がそのまま残る貴重な遺構」として知られている。館跡は発掘調査により建物の配置が明らかになり、現在は整備されて公開されている。---③歴史トピック●毛利元就の次男・吉川元春
かっこいいと思う苗字は?私の思う格好いい苗字は、吉川(きっかわ)です広島の戦国武将、吉川元春って名前もかっこいいですし~こちらが元春の館跡です広島出身の吉川晃司さんは、現代のかっこいい人だと思います▼本日限定!ブログスタンプ
厳島[武内涼]楽天市場タイトルから平家のお話かと思ったら、毛利氏の話でした。中国地方の大名として、秀吉の敵として有名な毛利氏ですが、元就の頃はまだまだだったそうです。大内氏、細川氏が衰え、台頭してきた尼子氏、陶隆晴との争いがメイン。そして毛利といえば「三本矢」。戦国時代に同母の兄弟が力を合わせるように説いた講話ですが、元就というよりもその妻妙玖に対する孝行心によるもののようです。長男隆元が亡くなるとその子輝元を立て、両川の叔父2人は毛利家を守ります。叔父たち
武)直江兼続:勧農治水の才武)柳生宗矩:修身の剣武)井伊直政:栄光の傷痕武)森長可:白衣夜叉の臨武)淀殿:母子密着の結武)虎御前:虎母咆哮武)陶晴賢:西国一の侍大将武)吉川元春:三矢結束・武武)山中鹿之介:月下の鹿鳴武)福島正則:資性剛強※倍率不明の為、判明次第反映©コーエーテクモゲームス
今回から三日目。窓から早朝の松江城天守。こちらがリアルタイム旅行記『実刻旅記・伯耆国・出雲国四日目』リアルタイム旅行記三日目。本日は松江、東伯、米子。黄泉比良坂三徳山三佛寺下から見ただけ木が生い茂っててほとんど見えず。来る季節間違えたと思う…山陰歴史館…ameblo.jpまずは再びやってきました黄泉比良坂。いざ、あの世のとの境界へ…おや…?なんか今回は張り詰めた空気も悪寒も感じませんね…近年、黄泉比良坂の紹介記事をよく目にする様になったので訪れる人が増えたん
今年のクリスマスはどう過ごす?▼本日限定!ブログスタンプいや、普通の生活です…サンタさんは今、何処にいますかね?…「クリスマス」🎄クリスマスはイエス・キリストの降誕を記念する日で「降誕祭」の日です…クリスマスツリーを囲み、プレゼント🎁の交換などをして喜びを分かち合う日だそうです。(日本のクリスマスと違うよね😁)「昭和改元の日」1926年(大正15年/昭和元年)大正天皇が崩御され、昭和天皇が即位されました。「昭和元年」は1週間という短い期間でした。ただ、元号に関して「光文事件
期間:2025/12/12〜12/19天井:300(100&200時に星4と交換可)倍率:2倍初回:半額射)小早川隆景:三矢結束・略武)吉川元春:三矢結束・武射)大友宗麟:豊後の王射)山中鹿之介:忠勇一生の奉戦)毛利元就:神機妙算薬)妙玖:鳳凰于飛の情©コーエーテクモゲームス
大迫選手(34)マラソンで日本新、2時間4分55秒。防府市で、笑い講。昨日の最低気温、山口県、1.山口県徳佐ー1.6℃2.山口県玖珂ー1.0℃3.山口県豊田ー0.3℃さて、岩国市藤生町の松巌院・しょうがんいんに行ってみました。一本杉団地からの道は、かなり狭いです。途中に、瀬戸観音堂、があり、やっと着きます。駐車場はあります。そてつと苔が癒されます。瀬戸内海が絶景です。ツワブキ、マンリョウ、大きなカエデもあります。
11/15豊平どんぐり村の「そばまつり」からドライブして帰宅中での国道433号線の「戦国の庭歴史館」の側に…("そば"だけに…)ヨメさんから「しょ〜もな!」以前は「お蕎麦屋」さんがあって、現在は空き店舗になってましたが…お蕎麦屋さん、復活してました…(10月中旬あたりで開店したそうです㊗️)「手打ち蕎麦屋吉川庵」…広島県山県郡北広島町毛利元就の次男・吉川元春邸の側ですから良いネーミングだと思います…今のところ営業日は土日のお昼のみですね…⌚入店して着席お蕎麦の揚げのサービス
先日の第3日曜日のお休みは広島県山県郡北広島町で開催されたClassiccarrallyKITAHIRO実行委員会主催のカーラリーイベント「ClassiccarrallyKITAHIRO」に愛車117クーペで参加して来ました。個人的に2輪・4輪共、旧車関係のミーティングイベントは自分たちで15年続けて来た呉オールドモータースミーティング他、色んなミーティングに参加した事がありますが実際に乗り物を運転するイベントにエントリーするのは初めての事。僕たちは大明神様、長男
大僧正天海(90)【寛永行幸】「(寛永二年四月)廿七日、毛利中納言輝元入道宗瑞封地長門国萩城にて卒す。榊原左衛門職直を御使とし、其子長門守秀就に香銀五百枚賜り。大御所より多賀左近常長御使し、香銀三百枚たまふ。」(「大猷院殿御實紀」)毛利輝元について、今更説明するまでもないが、一応簡潔に記すと、「戦国大名・毛利元就の嫡孫であり、豊臣政権の五大老の一人、関ケ原の戦いでは西軍の総大将になった人物」である。輝元の父・隆元は、元就の隠居に伴い第十三代当主となり、
継続して読んでる『完全版土地』の14巻がまだ届かなくてね15巻もリクエストしてるの図書館の営業日を確認したら今週から今月いっぱい休館って来月に2冊同時に来る予感・・・早朝目が覚めると『完全版土地』を読んでいたのでなんか物足りなくてねマイ書庫にあるものを読んで繋ぎにするかな?長編じゃなくていいので下段から選んだよ読み始めたら毛利元就の幼少期(9歳)から始まるの全然覚えてないわ消費税3%に目が行っちゃった中国地方2大勢力
こんにちは!つい先ほど、前からずいぶん時間が空きましたが、毛利元就解説の前編を投稿いたしました。そこで中・後編では非常に大事になってくる、毛利元就の3人の息子毛利隆元・吉川元春・小早川隆景について簡単に説明しておきたいと思います。注意点として、今回の記事は3人について詳しく解説するわけではありません。3人のプロフィールや簡単な人物像を説明するだけですので、3人について詳しく知りたい方は、この先に人物解説で出るであろう(まだ着手すらしていないので、何か月先になることか…💦)個別の解説を見てくださ
どうもこんにちは!今回は前回に引き続き毛利元就の解説です。前回の記事をまだご覧になっていない方はそちらから先に見ることを強くお勧めします!第一次月山富田城の戦いの顛末京羅木山に本陣を敷き、大内軍は月山富田城への攻勢を強めていた。しかし、なかなか攻略は進まず、兵の戦意も下がっていた。そしてついに、三沢為国や三刀屋久扶、吉川興経尼子方へ寝返ったこともあり、が講和交渉へと至った。交渉は難航したが、本格的な交渉に入った日、突如として尼子軍が帰り支度をしていた大内軍に突撃を開始。戦意が下がり、さら
国道2号線を玖珂町を抜けるきに千人塚の看板があります。ちょっと立ち寄ってみました。近くに適当な駐車場がないので気を付けてくださいね。昭和8年、鞍掛合戦の戦士者を弔う墓柱が建立されたものです。すぐ近くに鞍掛山がありますよ。
2025年名古屋場所(7月場所)千秋楽の幕内土俵入り。各力士の化粧まわしを見ていたら、関脇若隆景は武将の兜の化粧まわし。(左下は俺ではないですよ。また右にいるのは石破首相でもないです。)若隆景と言えば、大波3兄弟として有名。左から長男若隆元(最高位幕下)、次男若元春(最高位関脇)、三男若隆景(最高位関脇)。最高位は現時点でのもの。そして彼らの四股名は毛利3兄弟から名付けられたことでも有名。毛利元就(もとなり)3兄弟の父親で、戦国時代の安芸国(広島県あた
吉川元春館(御土居・元春公下屋敷・海応寺本館)北広島町志路原字海応寺創設年代・・・・天正十年(1582)創設者・・・・・吉川元春形態・・・・・・館遺構・・・・・・復元屋敷・庭園・石垣・土塁・空堀・礎石・廟所巨石が圧倒する石垣は見もの!ポイント館は志路原川の河岸段丘上に築かれ、背後は低丘陵を控え、志路原川が天然の堀となった要害の地である。東側正面には高さ3mの巨大な石垣が80mに渡って続き、北と南には土塁を築き、それぞれ志路原川と堀で固めている。
毛利元就の支配は地元の勢力の独自性を尊重しあくまで調整役の任を果たしたつまりは失礼だが信長に匹敵する新たな国家観を持っていなかった平時!?なら良かったが激動の下剋上、戦国期においては致命的であったその遺訓を引き継いだ三男隆景次男の元春は勇猛果敢と評されるが戦場でも源氏物語を持つほど文学青年の素養を示す中国の北を元春に任せて中国の南を隆景に南とは瀬戸内海水軍大将海賊として略奪行為を本分とするのではなく、海運業漁業を旨とする通行料という護衛料を徴収し水先案内をす
軍師と云えば、黒田官兵衛孝高かな武田信玄の山本勘助他には竹中半兵衛、真田幸村などなど軍師列伝なるものを読んだ時その中に小早川隆景の名前が武将大名としてのイメージが強く軍師と云われて新鮮な驚きを得たこの本では賢将と称する中国地方の雄毛利元就の三男三本の矢で有名一本なら折れる、と教えたその一本とは隆景のことだったそれ以来、身を慎み才走らないように気をつけたそうな一説では線の細い長男を両川(吉川小早川)で助けろ、と二人とも養子に出ていた元就の遺訓は「天下に関わるな」
昨日のブログの続きです。JAFスタンプラリーで,道の駅「豊平どんぐり村」に行き,お蕎麦のお店「どんぐり庵」で十割そばを食べました。それから,スタンプラリーの次のポイント「戦国に庭歴史館」にやって来ました。昨日の続きです。初めて入りましたが,展示がいろいろ工夫されていて,見ごたえがあります。職員の方が熱心に解説をしていただき,とてもわかりやすく,勉強になりました。ありがとうございます。吉川元春の館跡からは,様々なものが出土しています。この場所から離れたところにある
JAFスタンプラリーのポイントでやって来ましたのは,道の駅「豊平どんぐり村」です。この辺りは蕎麦が有名で,この道の駅でもお蕎麦を食べることができます。ランチはお蕎麦にしましょう。十割そばが売り切れになってなければいいのですが。どんぐり庵の記事。『美味しいお蕎麦を食べに行きましょう!』至福の3連休の2日目です。疲れていたのか,昨日よりは少し遅い起床。朝ごはんを食べます。沖縄の炊き込みご飯,じゅーしぃ。韓国のコムタンスープ。鯖の味噌煮込み。朝…ameblo.jp『道の駅の美味しい十割
天正七年(1579)、吉川元春は南条元続のまもる羽衣石城を攻めた。そのときに、元春は踊り子を装って兵士らを密かに城内に送り込んで敵の隙を突いて勝利をおさめたのが「南条踊り」の起こりという。他にも吉川軍に捕らえられていた南条軍の兵士から習ったという説もある。関ヶ原の合戦後、岩国入りした吉川氏は岩国に岩国南条踊り(県文化財)を伝えた。延宝二年(1674)、湯本村の庄屋の懇願でこの踊りが湯本に伝わったという。毎年、九月九日、赤崎祭りにこの踊りが奉納される。昭和四十三年に県の無形民
YUKIMURAチャンネルの最新作、「降露坂の戦い」がアップされていました。大内氏を滅ぼした毛利氏。安芸以外に周防や長門も手に入れ、領土が拡大しました。しかし、その為に九州の大友と衝突してしまいます。尼子氏とも争う中で二方面作戦を強いられる苦しい立場に立たされます。さて、今回は2時間超えの作品ですが、それでもあっという間でございます。歴史好きな方はぜひご覧ください。
先日訪れた広島県北の北広島町、戦国武将の館跡付近で咲きそろう花たちを見てきました~駐車場付近には大きな石の碑文、そして・・歴史館施設がずっと先にありました碑文の下には、丁度ツツジの花が見ごろを迎えていました近くの民家には、季節の花が美しく咲いています私の好きなムラサキツユクサは、野生のようでした少し離れた場所に観られたのは、イモカタバミみたいですカキツバタを観たあと、水路の近くには黄色の花しょうぶ菖蒲の花近くには小さくて可愛い野生の黄色い花が、いっ
5月も残り僅かになりました広島県北の北広島には車で手ごろな距離にある、私のお気に入りスポットがありますそれは戦国武将「吉川元春館跡」にある元庭園池周辺美しい青空に緑の山々、手前が屋敷跡ですがその向こうに岩と小池があり丁度カキツバタが咲いていました池の周りにはたくさんのカキツバタの花が咲いています美しい紫色のカキツバタが多いですが、白いカキツバタもあって華やかです~施設のスタッフの方が、きちんと手入れをされているらしく見事に群生しています私の身近な所
期間:2025/05/26〜05/27天井:100倍率:2倍初回:半額戦)毛利元就:神機妙算射)毛利隆元:仁篤の常栄公射)小早川隆景:仁愛智将戦)吉川元春:生涯無敗の誉射)毛利輝元:維新の先触れ©コーエーテクモゲームス
今回お世話になった道の駅は『豊平どんぐり村』ここは面白ろい作りで他に体育館や蕎麦屋さんに温泉など盛りだくさん(笑)しかも場所が少し離れてあるので駐車場が何ヶ所かあるので好きな場所が選べる(笑)私は体育館近くに停めたので駐車場独り占め(笑)さて4日目初日は雨スタートだったけど目的地着いたら快晴そこは北広島町にある『歴史の庭資料館』ここは毛利元就の次男で武勇の誉れ高い吉川元春の居館があった場所です戦国時代ファンには楽しめる内容でした次に向かったのは日本で2番目に大きいといわれ
打吹城(別称:倉吉城)鳥取県倉吉市倉吉創設年代・・・・延文年間(1356頃)創設者・・・・・山名師義形態・・・・・・山城遺構・・・・・・曲輪・天守台・石垣・堀ほかポイント頂上の本丸には天守台があり、北側に多聞櫓、南に裏門の二つの門がある。二の丸は本丸から西に下った所にあり、備前丸ともいう。そこから更に西に下った所に三の丸があり越中丸ともいう。小鴨丸は本丸から北に下った所にあり、北側に表門があった。そして更に北に下った所に南条屋敷があった。
こんにちは。今回も前回に続いて、令和7年弥生の広島旅行からになります。今回は前回の安芸高田からだいぶ西=北広島町、毛利両川のひとつ=吉川さんゆかりの地からです。よろしくお願いします。吉川元春(大朝枝宮八幡神社)全国数多あります「戦国武将銅像」、その中でも一・二を争うオソロシー武将像と思っています=吉川元春さん像。どうですか、、この朽ち具合・表情の生々しさ・途中で折れている大太刀、すべてが恐ろしい感じです。前回伺ったのが2017年、つまり8年ぶりのご対面となったのですが、そのころ
昨日はYOUTUBEのYUKIMURAチャンネルの最新作がアップされました。今回は「防長経略(前編)」です。厳島の戦いで陶晴賢を打ち破った毛利元就。更に西へと領地を広げていきます。負け戦がなかった毛利ですが、ここにきて吉川元春と小早川隆景が敗れるなど苦戦します。さあ、どんな展開になるのか楽しみですね。