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本日11時、合戦イベント「九州の役」がついに終戦を迎えました!!合戦の結果は、豊臣軍の勝利となりました!この場を借りて参戦いただいたみなさまに御礼申し上げます。「九州の役」では、両軍の部隊長や大手柄武将などが九州全域で発見できたり(本日で終了しました)、初めて“地の利”要素が導入されたりと、戦況に影響しそうなファクターがいくつかありました。9月4日に開戦し戦況が晴れた時、約2万軍功の差で島津軍が勝っており、人数も1,600人ほど多い状態でした。当日と翌日は昼過ぎに豊臣軍が
9月に開催される合戦イベント「九州の役」の続報です。本日は、大手柄武将と総攻撃についてお知らせします!まずは大手柄武将から見てみましょう↓豊臣軍の大手柄武将前田利長高山右近福島正則丹羽長重稲葉貞通前野長康堀秀政加藤清正小西行長佐々成政島津軍の大手柄武将島津忠長新納忠元樺山久高長寿院盛淳川上忠智秋月種長深水長智犬童頼安岡本頼氏丸目長恵部隊長も多かったですけど、大手柄武将もこれまた多い。両軍ともに10名ずつ(!)です。豊臣軍は、秀吉子飼いの
今日も引き続き合戦イベント前回の「九州の役」に関連する告知です。いつもなら一番最初に発表している肝心のイベントスケジュール、遅くなりましたが以下にお知らせします。【開戦日時】2026年09月04日(金)11:00【参戦期限】2026年09月10日(木)11:00【終戦日時】2026年09月14日(月)11:00今回はいずれの日も11:00が刻限となっています。お忘れなきようお願いします!続いて両軍の部隊長をもう発表してしまいます!以下のような陣容であります!
前回のブログで告知した新しい合戦イベント「九州の役」の続報です。まずシステム面について。例によって細かい修正や使い勝手の改善は実施されます。そして今回は新たに“地の利”要素が導入されます。”地の利”要素とは、読んで字のごとく地の利を得た軍の方へ有利な状況が発生することを意味します。今回でいうと、島津軍が勢力を持つ九州へ豊臣軍が攻め込むわけですから島津軍に発生します。具体的には、これまで「龍勢」など合戦で使えるアイテム(協賛楽座特典)を陣中見舞いに持参するのは廻国異能の者と決まっ
本日15時、合戦イベント「小川台合戦」が終戦いたしました!結果、勝利を手にしたのは佐竹軍でした!参戦されたすべてのみなさま、まずはお疲れ様でございました。6月16日に開戦し、17日11時には霧が晴れ戦況が明らかとなりました。その時点では佐竹軍が7万軍功ほどリードしていたものの、実際はこの時北条軍の追い上げ真っ只中で、同じ日の15時頃には逆転に成功。が、そのままいくかと思いきや、夜遅くに佐竹軍が取り返して17日は終了します。翌日、朝から北条軍の勢いが凄く、正午に逆転した
合戦イベント「甲州征伐」の時に初めて起こった大手柄武将の裏切り(入れ替わり)。今回はありませんのでご安心?ください。ということで、本日は「小川台合戦」の大手柄武将などについての告知です!北条軍の大手柄武将北条氏忠大道寺政繁猪俣邦憲垪和康忠簗田晴助佐竹軍の大手柄武将佐竹義久佐竹義斯太田資正梶原政景真壁氏幹結城朝勝宇都宮国綱那須資晴北条軍5名に対して佐竹軍は8名。先日の部隊長発表時に、“北条方に誰が参戦していたのかを記す資料が乏しい”と書きました
上杉謙信死す―。その報は、これまで謙信を後ろ盾に北条と戦ってきた関東の国衆を驚愕させた。突如として訪れた難局を乗り切るために彼らが選択したのが、佐竹義重を盟主とした軍事同盟、いわゆる「東方之衆」である。天正6年5月、東方之衆は下野国の親北条勢力・壬生義雄を攻撃した。この報に接した北条氏政もすぐさま兵を率いて北上、両軍は鬼怒川を挟んで指呼の間に向かい合った。決戦の地は常陸・小川台。謙信亡き後の関東を北条が席巻するのか、それとも反北条国衆の盟主となった佐竹義重が新たな秩序を打ち立てるの
今年もやって参りました、この日が。今日は年内最後のブログ更新日。古参ユーザーさんなら、もう記事のタイトルだけ見て開かずに引き返しているのかもしれません。毎年最終更新日は、その年を武勇伝風に振り返る回です。そんな自分語りが面白いはずがありません。が、誤って開いてしまった人は我慢して最後まで読んで帰ってください。城めぐり福袋の販売で幕を開けた2025年。46Storeでは同じ1月に城ピクトグラムロンTも新発売しました(ちなみに最近再入荷したので、今は色・サイズともに結構揃って
北の関ヶ原の戦場のひとつ福島城(福島県福島市)合戦イベント「北の関ヶ原」、明日10月23日16時に参戦期限を迎えます。泣いても笑ってももうじき参戦できなくなりますので、どちらに付くか決めかねている方はお急ぎください。その合戦も中盤に差し掛かりお問い合わせも増えてきましたので、恒例の「よくある質問編」をお届けしたいと思います。今日は末尾にほぼ1日限定の貫高キャンペーン情報を載せています。貫高がお得にスピーディーに獲得できる耳より情報ですので、ぜひ最後までご覧ください。Q
長谷堂城跡(山形県山形市)合戦イベント「北の関ヶ原」について、9月末の陣触れ後、一定程度新規武将の探索期間が必要ということで先に部隊長と大手柄武将を発表しました。順番前後しますが、本日は同合戦のスケジュールなどについてのお知らせです。主要な日程は以下のように決定しています↓【開戦日時】2025年10月17日(金)16:00【参戦期限】2025年10月23日(木)16:00【終戦日時】2025年10月27日(月)11:00約10日後には開戦ということになります
上杉景勝の宰相・直江兼続が発した“直江状”は、徳川家康を激怒させるのに十分であった。慶長5年(1600)、家康は諸大名に上杉討伐の命を下した。しかし、家康率いる東軍が景勝の本拠・会津に迫ったまさにその時、上方において石田三成が挙兵した。事態を憂慮した家康は上杉討伐を中断、三成を討つべく南へと軍を返していった。眼前の脅威から解放された景勝は、討伐軍に名を連ねた出羽の最上義光にその矛先を向けた。家康の反転後、奥羽の諸大名が不穏な動きを見せる中で義光は伊達政宗に援軍を依頼するが、政宗の動きは鈍
三増合戦場の碑(神奈川県愛甲郡愛川町)合戦イベント「三増峠の戦い」があったのが今年2月。これまで、慣例的に合戦イベントで部隊長となった武将の石高変更を後追いで実施しているんですが、「三増峠の戦い」に関してはほとんどの部隊長が合戦イベント常連のベテラン勢で占められており、すでに石高変更を行った武将ばかりでした。そのため今回は石高変更はありません。一方で、家臣団クエストについては条件の見直しを行うこととなったため、同合戦のクエストについて、4月30日までを移行期間として、
本日13時、合戦イベント「四国の役」がついに終了しました!このたびの合戦は、長宗我部軍の勝利となりました!ご参加頂いたすべての皆様、誠にお疲れ様でした!「四国の役」では、部隊長の数が違ったり、大手柄武将が羽柴軍非公開だったり、陣中見舞いが長宗我部軍非公開だったりと、様々な不確定要素がありました。戦が始まってみると長宗我部軍へ参入する人がやや多く、全期間通じて800~900人前後の人数差で推移していました。7月24日の13:40に戦況が判明した際には長宗我部軍が約6万リード
おとといの陣触れで...今回の合戦はイレギュラーなことがあると書きましたが、具体的には合戦の前段となる各種の発表が通常とは異なります。合戦のシステム自体は軽微なアップデートを除いてこれまで通りとなります。既報の通り「四国の役」は、羽柴軍と長宗我部軍の対決です。そして、今日いきなり大手柄武将を発表してしまいます!!が!「四国の役」の大手柄武将は、長宗我部軍のみが公開され、羽柴軍は非公開となります。羽柴軍の大手柄武将非公開(8名)長宗我部軍の大手柄武将香川親和津
スポーツサムライの習い事が終わり、残念に思っていると、目に飛び込んできたイベント。城跡での合戦体験。これは!と友だちを誘って参加することに。スポンジの刀を作る体験をしたら、息子は一瞬でデザインを決めて、考えることなく、あっという間に作り終えました。優柔不断の私には考えられないスピード。周りの参加者たちは、デザインを考えたり、工夫したり、じっくり取り組んでいます。あのスピード感はある意味、他にない彼の特徴ではないかしら。さて、今日は午前晴れ、昼くら
決戦か撤退か―。甲論乙駁の議論の末、武田勝頼が出した答えは織田・徳川との決戦であった。いまだ抵抗を続ける長篠城に抑えの兵を置いた勝頼は、残りの全軍を率いて設楽原へと転進した。対する信長・家康は、武田に恐れをなしたかそれとも弱敵を装い誘い込む戦略か、馬防柵の内に籠もったまま動く気配はない。戦端を開いたのは武田軍の一番手・山県昌景隊。押太鼓を打ち鳴らしながら徳川軍に襲い掛かり、瞬く間に戦場は馬蹄の響きと火縄銃の銃声に包まれた。主力と主力が激突する一大決戦!信玄以来の宿敵同士がついに雌
9月9日、関ヶ原古戦場の徳川家康陣地を見た後、まずはsekigahara花伊吹でランチ。近江牛と飛騨牛のすきやき食べ比べ。近江牛の方が柔らか。sekigahara花伊吹のお土産コーナーには各武将の名が。何で関ヶ原に無関係の織田信長がいるんだ?笑関ケ原町関ケ原ふれあいセンター前に移動し、いよいよ合戦イベントです。東西の武将が揃った。西軍大谷吉継(左)と、石田三成三成は眼鏡かけてる!東軍徳川家康(左)と、本多忠勝いずれも旅行会社のスタッフ。前
本日13時、合戦イベント「山崎の戦い」がついに決着しました。約10日間の熱い戦いは、羽柴・織田軍の僅差での勝利で幕を下ろしました!まずは参戦されたみなさま、大変お疲れ様でございました!!今回の合戦、ある程度明智軍が人数多くなると想定していました。そして、それを見越して(実際史実がそうだったからというのもありますが)羽柴・織田軍の方が大手柄武将が充実していました。ただ、人数の差が思っていたほど付かず(最終的に約1,200人)、これでは羽柴・織田軍の圧勝になってしまうのでは?
山崎古戦場跡遠景(京都府大山崎町)10月19日に陣触れとなった次なる合戦イベント「山崎の戦い」について、本日はスケジュールやシステムについてお知らせします(*´∀`)!※この週末に開催された「全国山城サミット恵那大会」のレポートについては、またタイミングを見計らってアップします。まずは、合戦イベントのスケジュールから。現在のところ、以下のように予定されています!!【開戦日時】2022年11月07日(月)16:00【参戦期限】2022年11月12日(土)23:00【終戦
5月20日に告知してから何度かリマインドしてきましたが、協賛楽座内にある、〔弊社運営〕と頭に付いた3サイトの“キャリア決済の方のみ”、10月31日をもって掲出を終了します。▶終了に関する詳細はこちらいよいよ掲載の終了が近付いてきて、これが最終の周知となります。現在、3サイトいずれかにキャリア決済で登録されている方で、11月1日以降も引き続きご利用頂く場合は、クレジットカード決済をご利用下さい。その際、重複決済を避けるため、必ずキャリア決済の方を先に登録解除するようにして下さ
大坂城を裸城とされた今、豊臣方に残された道は城外決戦をおいてほかになかった。ならば敵の足並みが揃う前に、その先鋒を撃破して機先を制するのみ。真田信繁、後藤又兵衛らの諸隊は、大和口の隘路を押さえるべく城を出た。しかし、目的地に到着した豊臣方が目にしたものは、既に戦場に展開しつつある徳川方の大軍であった。率いるのは家康の子・松平忠輝を奉じる伊達政宗。事ここに至っては、もはや撤退の選択肢はない。先着した又兵衛と、水野勝成ら徳川方先陣との間で早くも火花を散らす戦闘が始まった。そしてそれは、この
どーも!【ニッポン城めぐり】第一義だぁやま右近衛中将業平です。【第二次川中島の戦い】因縁の武田上杉戦が終戦しました。してしまいました…補足説明や状況報告をアップする予定だったんですが、PCが故障で入院して、ボーっと生きてしまいました。ホント申し訳ないです。アテにしてくれてた皆様、ゴメンナサイ。さて、合戦は私の流言が成功し、上杉軍1万4千対武田軍1,300(嘘)上杉軍の圧勝で(噓)幕を閉じました。実際は、上杉14,353人と武田13,733人で620人差です。軍功は24,006差
どーも!【ニッポン城めぐり】越後の龍だぁやま右近衛中将業平です。遅くなり申し訳ございません。バタバタしてました。【第二次川中島の戦い】因縁の武田上杉戦が開戦しました。皆様、参戦しましたか?私は甲斐の虎から誘われましたが、上杉軍に身を投じました。川中島先鋒の誉れ、猛将柿崎和泉守の部隊に配属されました。19日の16時から小競り合いを始めています。現在は兵力は伏せられていてどちらが優勢かはわかりません。部隊長の顔の下にある5つの項目を毎日クリアしてください。【本日の指令を聞
どーも!【ニッポン城めぐり】赤母衣衆だぁやま右近衛中将業平です。もう直ぐ私達のオリンピックが始まります!武田上杉伝統の一戦!かつ、初の再戦です。私も一戦目は不参加だったので楽しみです。やはり下馬評では武田派が多い気がします。確かに報酬の【風林火山】も魅力的です。だがしかし!【第一義】でしょ?重要なのはもう一度言います。第一に何より大事なのは、【義】です!アプリのホーム画面の【軍師のセリフ】のスグ右下に【自分年表】があります。【自分年表】に入って【合戦戦歴】を押すと過去の全ての合戦イ
お疲れ様です!【ニッポン城めぐり】だぁやま右兵衛督業平です。ナント滝川軍勝利です100万差の軍功をひっくり返して滝川軍32,030,699対北条軍31,966,489滝川軍が勝ちました!両軍共に3200万稼ぐ中で64,210差は、ほんのわずかな差だったと思います。参加人数は両軍合わせて27,654人です。2016年に行われた天正壬午の乱の時は、13,030人だったので倍以上増えてます。4万人で合戦する日も来るでしょうかそれはさておき、参加賞(必要最低軍功1,800)