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(魚とな)昨日は同じ歳の呑み仲間2人と定例呑み会を南越谷でやった。12月に忘年会をやった時に次回は4月にとなっていた。一昨年までは群馬県八ッ場の、Sさんが借りていた農園付き貸別荘クライトガルテン八ッ場に泊まりがけで遊びに行っていたが、昨年3月末に10年の契約終了となった為、それぞれの住まいの中間地点である南越谷での呑み会が恒例となった。そして最近自宅近くに新たに30坪の農園を借りたとのこと、晴耕雨読の日常なのだろう。もう一人のIさんは先月奥さんとベトナムのダナン、ハノイ旅行に
「ふと見れば紅き石楠花重たげに」<久保田一豊>「石楠花や朝の大気は高嶺より」<渡辺水巴>先日のこと。▼機会があって、日本の原風景がいまも残るといわれる山深い地を訪れた。御多分に漏れず過疎・高齢化によるものか、人影がな
当ブログは趣味の釣りや自然観察郷土の歴史、庭仕事、家庭菜園など田舎暮らしの様子を岡山県からお届けしているブログです。みな様おはようございます。本日も訪問ございます。今日は4月28日(火曜日)(とと道ウオーキング)本日の記事は、4月19日に行われた備中とと道トレイルウオークの様子です。最近は同じコースを歩くため参加者が少なっなっていますので、バスを利用せず乗用車と歩きのウオークになっています。今回は参加者、ガイド役、車での移動役
史跡奥州街道(古道)喜連川宿に着く、すこし、前で、栃木県の管理する古道に遭遇した。奥州街道だからでしょうか。。。東海道のような「石畳」では無かったことが分かります。でもまぁ、宇都宮から先の「奥州街道」が、実際は、こんなレベルだったと思うと、石畳の東海道と比べれば、価値観が低かったことを、大いに物語っているようにも思います。また、昔から、東北の武者は、強かったのかもしれませんね、、、そのために、この関東平野に入ってくる入口に近いエリアは、当然、口を小さくする必要性もあったのだろうと、
こちらのブログにお立ち寄りくださり、ありがとうございます。2025年4月11日(土)は、徳島県におじゃましておりました。毎シーズン恒例となっている「かも道」清掃作業でした。今回は1日で2班で、第二十一番札所の大龍寺さんからいわや道とかも道に分かれての作業となりました。自分は「かも道」班。考えてみたらいつも日程の都合で参加する作業は「いわや道」側ばかりで、今回久々にかも道に立ち入る事になりました。このかも道分岐点から、作業班は二手に分かれて行動します。かも道班には阿南市から市職員の向
こんばんは山モグラです😊かつて美山町、白尾山周辺の山々には山道がたくさん伸びていました。由良川流域の北、大内、その支流棚野川流域の砂木、川合、殿、田戸、上吉田、林。それぞれの地区からはいずれも山道が伸びていて周辺地域を密接に繋いでいたようです。地域交流の道、はだまた山仕事の道だったのだろうか?山に茅葺きの茅を取りにいったり、炭焼きに出かけたりとしたのだろうか。さて前回投稿で美山町盛郷の上吉田地区を訪ねたときに住民の方から「鍋ヤ窪」の話を聞きました。上吉田の奥に
苗木城のつづきから下山ちう戦国の山城石垣もリアル様々な形の石と隙間に小さな石で埋め込んでいますいい運動になって朝食の消化が出来ました麓につながる古道がいっぱい今ではなにもないところですがイメージ図は屋敷だらけ苗木城跡でした少し移動次はあたしのダムあき゛川湖写真手前は洪水吐口そうここはロックフィルダム美しい奥は恵那市街地石積み
概況日進市の野方から浅田に至る古道を歩いてみた。スタート地点は、かの有名な飯田街道から(現)平針あたりで分かれて、飯田街道の北加減を通る道。そこから南に向かって歩みを進める。スタート地点の東西を走る幹線道路から南を臨む。上右の古地図だといっぱしの道として描いてあるが現在の道幅はこんなだ。おそらく元からこの幅だったんだろう。(写ってないが)幹線道路も古道だが、今や見る影もない広い車道だ。元々集落も畑もないエリアA。古地図では等高線が走っているので、幹線道路整備の際に平坦にしたのやもし
あの文芸界の新風!!!「松尾さん」の旅した、、、、あの街道。私は、この街道を、断片的には、訪れてきた。下野国のあの街道ですよ〜江戸時代の大街道を、ここで、別れてしまう街道ですよ〜宇都宮で、別れてしまう街道です。まぁ、今は、国道No.では、こちらが、メインですが、、、でも、今日は、その「国道」開通以前にあった、あの街道を、歩いてきました〜本日は、、、、旧・陸羽街道を行く!!!まずもって、栃木県の「陸羽街道」が、通じた時点で、あんた、我がマニアの気持ちを分かっているね〜
2026.03.20(金)少し前の話になりますが…。そうだ中辺路に行こう先日、中辺路を田辺から熊野本宮大社まで歩いた時に楽しんだスタンプ帳でしたが、ゴールまで歩いても、半分しか埋まらず、残りが、ずっと心残りとなっていました。そんな時、何も予定のなかった3連休で、中辺路の残りスタンプを集めてみようと急に思い立ったのでした。\(^o^)/テント泊を計画してみた三連休は、1日目:大雲取越(随一の難所)那智駅〜那智大社〜大雲取越〜小口(テント泊)2日目:小雲取
ブログじげ風呂復活版です。2018年4月古道に挑戦しよう写真が消えてしまったけれど☆ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー☆出雲国から備中国へ抜ける出雲東南道。出雲から伯耆の国阿毘縁の関を越え、霞の関を越えて「田の原」をこえると石見の郡家へ向かう道がある。和名抄に記された神戸(かんど)の郷。神戸道上とか神戸屋敷廻りなどという地名が今も残っている。そんな古道を歩いてみましょう。お天気が良いといいね。☆ーーーーーーーーーーー
京都で行方不明になっていたお子さんが残念な結果になって心を痛めております。なんでこんな事になるのか。。世界中で戦争は起きているし、もう少し利他の心が持てないものか?今こそ人智を超えた救いが必要な時なのかもしれません。。。(前回からの続きです)朝8時代のバスで勝浦から大門坂バス停に移動して、今日からは再び単独行です。大門坂バス停から古道沿いを歩いて行きますが、この辺りは街道筋と言った雰囲気で気持ちの良い道になります。遠くに見える山々を観ていると、ああ、あの山々を越えて来たんだなあと感
本日は古道「草軽電気鉄道線路跡」通称電車道へ。お客様のご案内を担当させて頂きました(^_^)その昔草津を走っていた電車の線路跡。坂道が多い草津の中でもここは比較的傾斜が緩く歩きやすい自然コース♪訪れたのは昨年秋以来です(^_^)雪が消えるのが早かった今シーズン。ここに来れば何かお花が咲き始めたりがあるかと思いましたがまだまだ春は始まったばかり。お花も新緑の葉っぱもほぼ無しでした。その代わり木々に葉っぱが茂ってないおかげで見通しが良く遠くの山々まで望むことができました
久々に山の整備(掃除)に参加しましたおいしい森フードフォレストアウンハウス@a.un.haus大地の再生作業で出会った、素敵な方々が頑張ってらっしゃる弥勒の道@mirokunomichiのお手伝いです久々に作業をご一緒させて頂き、同窓会のような懐かしい気持ちになりました☺️アウンハウスには利他心や理念溢れる素晴らしい方々が日本のみでなく海外からも集い、竹林整備や竹炭作りその竹炭を使い自然の理に沿って行う放棄地や田畑の再生作業や、文化的イベント等様々な活動をしてきました時
種まきまでしておいたら、芽吹くのを待つ・・・農家さんなら当たり前のことが、人間世界を相手にある時、一通りの仕込みをし終わっても芽吹きが「季節の到来」ごとに必ず、ではないのが人の常。それでも🐼が半年以上寝かしてきた案件が、にわかに今月、動きを見せました。人の数だけ、「支度」とか「都合」があるものなので、一概に自分サイドだけの目測で動いたり、決めつけてると、独りよがりになり、身の振り方もどうしたってこぶりになります。遠慮がちに振る舞えば、成果も小ぶりで、検討のつくものになりがちです。
夜桜満開!!日々色々有るけれどなんだかんだで楽し可笑しく生かされております幸せ者なので、時間が経つのが早すぎる神仏に触れる機会は子供の頃からあったけど、、この数年で自分で決めたとか悩んだとかそんな事もなく、ただ自然に方向性がまとまってきた気がしているきっと梵字とか、神仏好きって人との出会いが良い影響を与えて下さったのは間違いないっす初めて寺社好きマニアさん達との集まりに誘って下さったAT彦さん。そこから大好きな仲間が出来て更に偶然梵字の先生と知り合いだったっ
大神神社は人が多くこの写真だけです。ここでおみくじ引いたら大吉でした。近くのお店で三輪そうめんと柿の葉寿司美味しかったです温かいのでにゅうめんです。ここから山の辺の道を歩いて桧原神社へ日本最古の古道の一つといわれている山の辺の道耳成山と畝傍山いいですよね!桧原神社です。社はなく本来の姿ですね。
この記事は「熊野古道大辺路の旅三日目の2急坂と版築の長井坂」の続きです。『熊野古道大辺路の旅三日目の2急坂と版築の長井坂25.12.29』この記事は「熊野古道大辺路の旅三日目の1海沿いの難所、馬転坂を越える」の続きです。『熊野古道大辺路の旅三日目の1海沿いの難所、馬転坂を越える25.…ameblo.jp見老津駅から少しのあいだ国道を歩くと、ルートは再び路地へ向かう。急な坂の途中には「坂の地蔵」が通行人を見守っていた。で、この路地だが、なんと小学校の校
こんばんは山モグラです😊前回の続きです。(2025年11月中旬)由良川流域、美山町内久保の大内地区から白尾山を越えて、そのまま稜線を北に進み鞍部の峠にまでやって来ました(下写真)ここが分岐点になっていて左の盛郷、鶴ヶ岡方面に降りることにしました。下写真は下から見上げた時の峠の様子さて峠からは蛇行するように降りすぐに北西に伸びる支尾根沿いに進んでいきます。そうして何度かつづら折れで徐々に高度を下げていきます。はっきりとした古道をひたすらに辿っていくと下に林
隧道(すいどう)の上の古道の山桜作者不明今日車窓から山桜が見えて上の句を思い出しました。この俳句の意味は、古いトンネルの上の古道に山桜が咲いているという意味で作者が山桜が咲いている様子を詠んだ一句です。かつて人が歩いていた古道を静かに今も山桜が彩り見守っているそんな静かで美しい光景を詠んだ一句です。
今度のサイクリングは奈良です。法隆寺から飛鳥、太子町から法隆寺の太子道飛鳥から太子町へ向かう古道をつなぎました。まずは、天理に前泊狭いけど泊まるには十分です。朝飯は500円なのに豪華で美味しかった。まずは、駐車場に車を停めてスタートです。聖徳太子のデッカイ像がありました。その後は、追い風に乗って快適に南下トイレ休憩を挟みさらに飛鳥へ聖徳太子の生誕の地のお寺を経由してカエル石横の無人売店はなかなかの品揃えその
こんばんは山モグラです😊さて「美山かやぶきの里」の近くには白尾山という山があります。その山域には山道が通っていて、かつて由良川流域の村々と(由良川支流)棚野川流域の村々とを繋いでいたようです。今回はそんな生活道、仕事道としての役割を果たしたであろう古道を、探索しつつ訪ねてみることにしました(2025年11月中旬)まずはじめに辿ったルートは由良川流域の美山町内久保の大内地区から白尾山を越えて、棚野川流域の美山町盛郷の林地区に降りていくルートとなりました。さっそく
今日は歩くには快適な巡礼日和でした明日から天気が崩れる様なので、ひとっ走り(んな訳ないだろ〜🤣)秩父へ〜🏃🏃🏃今日は武甲山🏕️が1番近い札所界隈を札打ち秩父と言えば武甲山セメントの街でもあるよね〜寄り道しながら札打ちさせて貰いました道端の草花に癒されながら…馬頭観音の石仏がやっぱり多いですなんかお空に🐉🐲が沢山いるんだけど〜こんなものも見つけちゃった👀枝垂れ桜が見頃になってるぅ~錫杖くるくる🌀しましたあ〜、また記事が溜まってきてしまう😱平地に多少のアップダウンしか歩いて
○2025年7月13日、巴中観光で、恩阳古镇を訪れた。巴中市街から、西へ、およそ20㎞、巴中公交33路バスに乗って、1時間を要して、恩阳古镇游客中心站に着いた。7時40分のバスに乗って、恩阳古镇游客中心站バス停に着いたのは8時40分過ぎだった。○朝が早いせいか、思いのほか、人が少なく感じた。恩阳古镇前に立派な照壁が存在し、千年米倉道早晚恩陽河と大書してあるのが気になった。○ある意味、恩阳古镇の表看板が『千年米倉道早晚恩陽河』と言うことになるのではないか。そういう意味で、「米倉道」
昨年夏に四国八十八ヶ所と別格20ヶ寺を歩かせて頂いたので、初心忘れるべからずの気持ちとして思ったことを記録させて頂きたいと思います。自分の振り返り用でもありますので、他の方のお役には立たない内容です。何か変わったか?一番質問を受けるのが、「お遍路して何か変わった?」なんですよね。でも、実はあまり実感が無いのが正直な印象。逆にお遍路をするに連れて、迷いが出て来ている。お遍路をさせて頂いていると、利他の心を常に心掛けていたのですが、現世では仕事の特性上、常に他人と比較される日々。
北陸道町ぶら後編元小杉郵便局大正13年築、昭和42年まで郵便局として利用現在は菓子店として営業売り切れらしい鏝絵がふつーにありますちー庵空き地は縦長遠見遮断ふたたび街道が折れ曲がっています折れ曲がりを進んだあと小杉新町の町並みはつづく道幅は昔から変わってなさそう合併前小杉町のマンホール立派な松ぐねぐねと街道はうねります液状化?浮いてる
③多米峠自然歩道徘徊下山編丸い膨らみの上に、何やら天井石模様の石材が乗っかっています。更に下って行くと、古墳の跡の様な石材が囲む膨らみがありました。(^_-)滑らない様に岩場を降りましょう。円い膨らみの上に天井石の様な巨岩が顔を出しています。豆絞りの手ぬぐいが落ちています。巨岩が見張っています。古墳から抜き出された石材か古墳の様に思えますが巨岩が円く置かれています。豊橋自然歩道の左側・南向きに古墳の跡らしき処が、次々に現れてきま
2026.02.14(土)熊野古道中辺路歩きの3日目です。中辺路歩き②-3からの続きです。05:27熊野本宮大社の河原駐車場に車を停めて、バス亭まで歩いてきました。時刻表を見れば、05:44に始発バス。中辺路歩きの3日間は、すべてこのバスにお世話になりました。毎日、このバス路線を遡っていくので、乗るバスの時刻も、どんどんと早くなり、ついに、こんなに早い時間になりました。外は完全に真っ暗です。時刻表通りに始発バスがやって来ました。バスは、川湯温泉や湯の峰温泉など、主
こんばんは山モグラです😊実質、前回投稿の続きになります。大和五條から十津川村を経て熊野地方に至る、かつての幹線道路「西熊野街道」国道168号線の前身とも呼べる存在で今でも開発を逃れた一部区間では古道の姿のまま残っています。例を挙げますと五條側から順に、長坂、天辻峠道の一部区間、小代付近の水平道、三里越、風屋〜野尻〜山崎、山崎〜小森〜那知合などが挙げられます。さて前回まで3回に分けて紹介した三里越(西熊野街道)では十津川村の高津から風屋まで歩きました。街道は、さら