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だらだらとブログが続いた福岡県福津市の新原・奴山古墳群の探訪記、今日で最後です↑公園化されている新原・奴山古墳群の南端、展望台となっており、解説板もあります。この展望台での写真を撮っていた時が一番風が強くて、持っていた折り畳み傘の骨組みが折れていまい、もはやただの布切れ状態になっちゃったんですよこの傘が壊れたあとに25号墳~43号墳を見学しています↑さてさて、こちらは新原・奴山古墳群40号墳径17~18メートル、高さ4.6メートルほど、6世紀中頃~後半築造の円墳。須
ここしばらく「こじんまり古墳」が続いております。今日も3月に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群の続きです。↑まずは現地解説板より本日は37・38・39号墳と3基の円墳をアップ。↑こちらが新原・奴山古墳群37号墳、北東側から盗掘を受けており、かなり変形されています。もしかしたら円墳ではない可能性も。現状の径13~14メートル、高さ3メートル弱。↑37号墳、南東側から須恵器片11点、土師器片1点が表面採集されています。↑盗掘によ
こんにちは、なぎです離婚してから早くも三年今回は"一億円あったら何に遣うか?"を考えてみた。家を買う(実家の近くに)車(フェアレディZ。GTR)を買うインプラント治療母の行きたい所へ兄弟と一緒に旅行に連れて行く甥っ子と姪っ子に100万円/1人小遣いをあげる全国神社仏閣参拝吉野の千本桜を観に行く霊峰、霊山、弥山と呼ばれる山に登拝する古墳巡りパワースポット巡りetc何故、こんな事を考えているか?一年前から関わっている事業で定期的にセミナーがあってその時の宿題です。や
今日も3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群巡り、続きです。↑新原・奴山古墳群36号墳(旧奴山22号墳・旧津屋崎27号墳)、南東側から直径は16~17メートルほど、高さ4メートルほどの円墳。段築が目立ちます。昨日アップした35号墳が「前方部」、今日アップしている36号墳は「後円部」と、以前1基の前方後円墳として考えられていました。↑新原・奴山古墳群36号墳、角度を変えて北側には大きく凹んだ盗掘孔がありました。↑少し引いた写真盗掘の際の排土が隣
前回の続きで、栃木県の古墳巡りについてです栃木市大塚町にある岩家古墳&大塚宿古墳の2基を見学してきましたまずは岩家古墳から行ってみました岩家古墳は、基壇のある2段築成の円墳です7世紀前半の築造立派な切石の横穴式石室があるので、以前から見ておきたいと思っていた古墳です東武宇都宮線・野州大塚駅から徒歩約15分白い古墳説明板があるので、場所はすぐわかりました古墳は、この森の中にありますウキウキ気分だったので、この後悪夢が襲ってくるなんて全く考えていませんでした・・・説明板。
本日も今年3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群の続きです。↑ザ・前方後円墳の新原・奴山古墳群30号墳(奴山18号墳・津屋崎25号墳)津屋崎町文化財調査報告書『新原・奴山古墳群』から拝借しました。公園整備される前の様子も見たかったな~↑調査報告書を事前に読んでおり、楽しみにしていた新原・奴山古墳群30号墳(奴山18号墳・津屋崎25号墳)、初見の様子以前も触れましたが、土砂降りになっており、車中から見たのが初見となりました見ずらいですが、手前が前方部、奥
本日も福岡県福津市にある新原・奴山古墳群、続きです。5世紀初頭から7世紀までの間、「宗像氏」一族の集団墓地として考えられている古墳群です。↑まずは津屋崎町文化財調査報告書『新原・奴山古墳群』から拝借した分布図今日は赤枠4基の小円墳をアップします分布図からもわかりますが、舌状台地の突端に築かれた4基です。↑4基一緒に撮るのは難しくて、3基まとめて。奥から26号墳、27号墳、28号墳。↑こちらが新原・奴山古墳群26号墳、西側の様子直径14.5~17
今年の3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群巡りの続きです。↑まずは全国Q地図、赤色立体地図から全国Q地図地図ページ今日アップするのは赤色立体図中央の25号墳。↑先日もアップした土砂降りの中の新原・奴山古墳群25号墳(奴山19号墳・津屋崎24号墳)、右側の墳丘です。場所はこちら:33.817146,130.487191↑同じく車中から撮った新原・奴山古墳群25号墳(奴山19号墳・津屋崎24号墳)、北側の様子発掘調査の前は前方後円墳の可能
3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群巡り、続きです。昨日アップした前方後円墳の24号墳のすぐ北西側にあるのが今日アップする新原・奴山古墳群48号墳。↑24号墳の裾から見た新原・奴山古墳群48号墳「円墳」ですが、かなり形状が崩れてますね↑近づいて↑大きな石がデーン・デーンと2つ石室石材でしょうね↑これは横穴式石室の痕跡かな?↑墳頂から見下ろしてこのあと、雨も風も強くなり・・・・↑車の中へ、しばらく避難ど
福岡県福津市にある新原・奴山古墳群、続きです。訪問日は今年の3月3日。↑見た目、「ザ・前方後円墳」の新原・奴山古墳群24号墳(奴山14号墳・津屋崎125号墳)、南西側から↑墳長53.5メートル、6世紀前半築造の前方後円墳。須恵器が表面採取されています。後円部東側に周溝と周堤がよく残っています。発掘調査の結果、西側にも周溝と周堤が確認されています。後円部の高さは現状で7メートル、前方部は5メートルあります。墳丘を覆っていた葺石が今も斜面に見られます。墳丘上で須恵器が見つかっ
毎度、当ブログへお越しいただき、ありがとうございます。前回まで長野県にある長野盆地周辺の前期前方後円墳を訪問してました。今回も長野盆地の古墳なのですが、今回は長野盆地西側にある古墳時代後期の群集墳、大室古墳群を訪ねました。何でここが国指定史跡となっているのでしょうかそれはもちろん分布の規模もあるでしょうが、やはり「朝鮮半島からの文化の影響とみられる、積石塚古墳と合掌形石棺が見られる」からだと思います。私がその存在を知ったのは故・白石太一郎先生
本日も3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群巡り、続きです。↑久しぶりに全国Q地図の赤色立体地図から全国Q地図地図ページ今日アップする新原・奴山古墳群22号墳(奴山17号墳・津屋崎20号墳)は地図中央、前方部を喪失した前方後円墳。↑新原・奴山古墳群22号墳(奴山17号墳・津屋崎20号墳)の解説板墳長75~80メートル(推定)、5世紀後半築造の帆立貝形前方後円墳。↑解説板を抜粋後円部径54メートル、後円部高さ約7.8メートル。以前、墳頂
今日も今年3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群の続きです。↑現地解説板を抜粋今日は20号墳・21号墳の2基をアップします。↑菜の花に囲まれる新原・奴山古墳群20号墳(奴山13号墳・津屋崎19号墳)、南西側の様子場所はこちら:33.817823,130.485428↑新原・奴山古墳群20号墳(奴山13号墳・津屋崎19号墳)の解説板直径30メートル、5世紀後半築造の円墳。墳丘は二段に築かれ、墳丘高さは5メートルあります。墳丘を覆っていた葺
本日も今年3月に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群の続きです。↑昨日もアップした現地解説板の抜粋古墳群南端の地域です↑新原・奴山古墳群18号墳、東側の様子直径10メートル前後、高さ約1.5メートルの円墳。↑新原・奴山古墳群18号墳、西側の様子↑18号墳の西側、墳丘に近づくと・・・・おそらく石室石材が出てきてますね↑続いては左側が昨日アップした15号墳、右側が新原・奴山古墳群19号墳遠目で見ると前方後円墳?と思える
今年3月に訪れた福岡県福津市にある新原(にいばる)・奴山古墳群探訪記、続きです。↑現地解説板を抜粋今日・明日アップするのは、公園化されつつ古墳群の一番南端にある数基。↑天気が良ければ「映える古墳」だったはずの新原・奴山15号墳(奴山15号墳、津屋崎36号墳)、北東側から直径19メートル前後、高さ5メートルほどの円墳。こちらの古墳の南側、以前は火葬場だったようです昔はおそらく「宗像氏」の共同墓地、後世は火葬場って・・・・↑新原・奴山15号墳(奴山15号
今は8月ですが、3月に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群巡りの続きです。今日は地味墳2基です↑一昨日をアップした現地解説板を抜粋したもの今日アップするのは13号墳と14号墳。↑まずは新原・奴山古墳群13号墳、南東側から直径11.5メートル~14メートル、高さは東側で1.6メートル、西側で3メートルほどの円墳。須恵器片が表面採取されているようです。↑新原・奴山13号墳、東側の様子↑こちらは新原・奴山古墳群14号墳、西側の様子直径1
3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群、続きです。この日、雨も降ってるし風も強くて、全身ドロドロになっているふっき~でした↑新原・奴山古墳群12号墳(奴山9号墳・生家2号墳・津屋崎22号墳)、南東側から左側が前方部、右側が後円部の前方後円墳。墳長43メートル、後円部径25メートル、後円部高さ19.29メートル(築造当時はもっと高かった可能性大)、前方部幅29.5メートル、前方部高さ18.9メートルの前方後円墳。須恵器大甕片が表面採取されています。↑新原・
8月ですね!ただ、こちらのブログ、3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群を今日からしばらく取り上げていきます『奴山28号墳福岡県福津市生家』3月3日に訪れた福岡県福津市にある奴山古墳群巡り、続きです。↑まずは大塚神社の鳥居からこちらの大塚神社境内に奴山28号墳があります。↑大塚神社の社殿と…ameblo.jp↑こちらの奴山28号墳のあと、訪れた古墳です。↑現地解説板を抜粋。世界遺産として登録後、複数の古墳群がまとめられたようです。今日アップするのは国
前回の誉田御廟山古墳の拝所から出ると、すぐ後ろに大鳥塚古墳があります。大鳥塚古墳/おおとりづかこふん5世紀前半に造られた、墳丘長110mの前方後円墳です。後円部が3段、前方部が2段の百舌鳥・古市古墳群では変則的な構造です。後円部には粘土槨があり、刀・剣・矛・鏃などの鉄製武器が副葬されていたと伝えられています。他にも鏡や埴輪類が出土されています。粘土槨:遺体を納めた木棺の周りを粘土で厚く覆い、外敵や湿気から保護して密閉した構造なんだニャ↑またまたお久しぶりのご登場「にゃんこふ」サ
栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群、『益子町史』を参考に一通り巡ってみましたが、今日アップする21号墳は『益子町史』には記載がありません。↑長堤八幡宮古墳群21号墳、北東側から古墳なうさんによると、最近発行された『益子町遺跡地図』に記載があるとのことです。↑長堤八幡宮古墳群21号墳、東側の様子元々、もっと大きな古墳だったんだろうな~と想像できます。場所はこちら:36.423701,140.077334↑南東側から周囲が畑のため、これ以上近寄れません。
堺市で、古墳巡りをしました。まずは世界最大の前方後円墳へ!私は「仁徳天皇陵」という名まえで習いましたが、現在は「大山古墳」「大仙山古墳」と、複数の名前があるみたい。仁徳天皇が埋葬されているか確認されていないとして、所在地名に由来する中立的な名称になったとのこと。でも、宮内庁が第16代仁徳天皇の御陵として公式に決めているし、私も大昔から親しんでいる仁徳天皇陵という名称を使いたいと思います。さてその仁徳天皇陵、5世紀中ごろ約20年かけて築造されたと推定されています。墳丘の全長486m
毎度、当ブログへお越しいただき、ありがとうございます。今回もまた長野盆地の前期前方後円墳を紹介しますが、埴科古墳群の北方、古墳群とは盆地を挟んで反対側にある古墳を訪ねました。その名も「川柳将軍塚古墳」。長野盆地周辺では、首長級の巨大前方後円墳は「将軍塚」と呼ばれます。近くに、ほぼ同時期とされるやや小型の前方後方墳「姫塚古墳」もあり、こちらは川柳将軍塚古墳の附指定になっています。もちろん、両方を訪ねたのでご覧ください。時期的にはいずれ
今日も栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群、続きです。訪問日は2月18日。↑長堤八幡宮古墳群20号墳、北東側から群中、最南端。規模的にも群中最大かな??↑角度を変えて『益子町史』によると、出土遺物や埴輪等は不明とのこと。↑墳頂の様子この地域独特な「祠」的なものでしょうか?↑長堤八幡宮古墳群20号墳、南西側の様子濃密な竹藪です。長堤八幡宮古墳群、明日で最後です
本日も栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。今日は2基の古墳を見た順にアップします↑まずは長堤八幡神社参道入口の様子。19号墳はこの入口からけっこうすぐの場所。写真の場所はこのあたり:36.421389,140.080810↑参道入ってすぐ、振り返って写真左奥の竹藪の向こう側には長堤八幡宮古墳群20号墳があります。(明日アップします)↑参道を進むと左側(西側)に見えてきた長堤八幡宮古墳群19号墳、南東側から直径16.5メートル、高さ1メ
今日も栃木県益子町にある長堤八幡郡古墳群について、続きです。長堤八幡宮の社殿近くから東へ伸びる道を歩いてすぐの場所、前方後円墳が見えてきました。↑長堤八幡郡古墳群17号墳、西側から左奥が前方部、右側が後円部の前方後円墳。道沿いなので、見学しやすいです。全長27メートル、後円部径12.5メートル、後円部高さ1.8メートル、前方部長さ14.5メートル、前方部幅9メートル、前方部高さ1.5メートルの前方後円墳。↑後円部から前方部方向こちらの古墳、かなり危険な状態
今日も栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。訪問日は2月18日。↑分布図を見ると長堤八幡宮古墳群15号墳は、本殿のすぐ裏ということなので探してみたのですがピンと来ず写真に写る木の根元は古墳ではないようです。↑おそらくここが15号墳。直径10.5メートル、高さ0.5メートルの円墳。高さが0.5メートルほどって草があったりすると、見つけるのがなかなか難しいです。↑続いて長堤八幡宮古墳群16号墳を探します。分布図によると16号墳は鳥居と社殿の間
毎度、当ブログへお越しいただき、ありがとうございます。今回訪ねるのは、埴科古墳群では最後の4つ目の古墳、土口将軍塚古墳です。また山の上にある古墳、しかも直下には長野自動車道のトンネルがあるんですよ。古墳は山の上…またもやイノシシやシカにおびえながらの山登りになりました。まあ、ご覧ください。クライミングパンツメンズトレッキングパンツアクティブパンツロングパンツワークパンツジョガーパンツTULTEX撥水ストレッチ軽量
おはようございます❗昨日は軽い熱中症になったウメです🫠↑ツレがとってくれたウメ撮影↓下手っぴ昨日は風も強くて日傘はめくれてしまったけど赤城は気温も低く涼しかった🎐この後大室公園という所に立ち寄って古墳巡りをした時がメッチャ暑くて💦写真1枚も撮ってない続きはまた明日🏕️
栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。今日はまったく写真映えしない4基の古墳を一気にアップします。↑まずは長堤八幡宮古墳群11号墳、東側の様子民家の庭のようになっています。直径11メートル、高さ0.5メートルの円墳。場所はこのあたり:36.423301,140.078548↑11号墳、角度を変えて『益子町史』に「墳頂には石室石材と思われる二個の立石が祀られている」とありますが、当日は見つけられず。「古墳なう」さんによると、墳頂に不動明王の石碑が
2月18日に訪れた栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。今日アップする10号墳は長堤八幡神社の社殿から南西方向、境内から外れた場所に現存していました。↑長堤八幡宮古墳群10号墳、北側の様子。濃密な竹藪の向こう側、キレイな墳丘が見えます。当日は円墳と思い込み訪問しています前方部を南東方向に向ける前方後円墳。墳丘の南側と北側の一部が削平され、現況直径17.5メートルの円墳状。↑墳丘裾にあった石塔3基↑3基とも二十三夜塔でした