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木曽川によって形作られた広大な平野が広がる愛知県の西部、その名も愛西市[あいさいし]には古代寺院跡が二つ存在しています。今回はそのひとつ、界隈では知名度の高い渕高廃寺をご案内します。ではレッツラゴー!渕高廃寺ふちだかはいじ愛知県愛西市渕高町訪問オススメ度─起点は名鉄尾西線の渕高駅。無人の駅を降りると線路の東側は集落が形成されており、西側は平坦な耕作地が広がっています。古代寺院跡は集落地内にあるのかと思いきや、反対側の田んぼの中に眠っていました。渕高廃寺付近の様子
ある時、ネットサーフィンをしていて、一枚の古代瓦の画像が目に留まりました。オークションサイトの広告に表示された出品物の中に、見覚えのある文様の軒丸瓦があったのです。「あれ?これ、北野廃寺式じゃん」古代寺院の軒丸瓦が、ネットオークションにおいて相応の値段で取引されていることは知っていましたが、私はカワラー(瓦の研究者・愛好家)ではありません。こうした出品物は興味本位で眺めることはあっても、購入しようと思ったことはそれまでありませんでした。しかし、今回出品されていたのは、私の生まれ故
今回は「金剛山地・東山麓の古代寺院」シリーズで多用したAIによる描画関連の雑談です。古代寺院跡の遺構や発掘調査の図を見て、実際の伽藍の様子を妄想するのがハイジストの楽しみのひとつ。この妄想を実際に描画してくれるのがAIさんです。しかし、古代寺院のイメージ図をAIさんに描画してもらう場合、プロンプトで一から説明するのはひと苦労。しかも出来上がった図はまったく使えないことがかなりある。AIさん曰く「理系的な作図はまだ苦手」とのこと。たとえば加守廃寺の長六角堂の描画はごらんのありさま
金剛山地・東山麓の古代寺院跡シリーズ、第8回の今回で最終回です。最後は金剛山麓から少し離れた巨勢寺跡です。実はここも東面する法隆寺式伽藍。「東面伽藍」がサブテーマになってしまった本シリーズを締めくくるにふさわしい寺院跡になるでしょう。では、レッツラゴー!巨勢寺塔跡へ向かう小道【第八番】巨勢寺跡こせでらあと国指定史跡奈良県御所市鴨神訪問オススメ度★★実は巨勢寺跡は、本ブログを書き始めるときに行った飛鳥・藤原京の古代寺院巡りで一番最初に訪れた場所。その時
昔むかしのことじゃった――大和国の南、葛城の山中に鬼の夫婦が住んでおった※この話は高宮廃寺を題材にした創作民話です。この鬼どもは、時おり里へ下りてきては、悪さを働く畑を荒らす、家財を盗む──村人たちはたいそう困っておったじゃが相手は鬼じゃ、村人にはどうすることもできん鬼どもが好き放題するのを、ただ物陰から隠れて見ているほかなかったんじゃそんなある日のこと――村に、役行者という、たいそう霊力のある御方がおいでになった――すまんが、水を一杯いただけんかの村人たちは、
金剛山地・東山麓の古代寺院跡を巡るシリーズ、第6回は、前回の二光寺廃寺から谷筋を越えて南へ600mほどの朝妻廃寺です。この寺院は聖徳太子建立七大寺のひとつ、葛木寺の候補地であり、渡来系氏族である朝妻氏との関連も指摘されています。そしてここには、これまでの場所ではお目にかからなかったアレがありましたよ!金剛の山並みでは、レッツラゴー!【第六番】朝妻廃寺あさづまはいじ奈良県御所市朝妻訪問オススメ度★朝妻廃寺は、御所駅から奈良交通のバスに乗り<船路>で下車、
金剛山地・東山麓の古代寺院跡をめぐるシリーズ、今回から葛城市からその南の御所市内の古代寺院跡になります。第5回は二光寺廃寺です。御所[ごせ]という地名は、私はその字面から葛城王朝の王宮があった場所が起源だと勝手に思いこんでいたのですが、どうやらそうではないようです。一説では、この地域を支配していた巨勢氏[こせし]に由来するとのこと。「御所」と「巨勢」では共通する字がありませんが、言われてみれば「ごせ」と「こせ」の音韻はほとんど同じなのですね。今まで気づかなかったので、これは新鮮な驚きでし
以下は、私の祖父がある人物から入手した本の余白に記されていた手記である。家人の話によれば、この手記には続きがあったらしい。しかし元の本では、ページごと破り取られてしまったという。書かれた文にはところどころ判別が難しい文字もあったが、前後の文脈から判断して単語を当てはめて意味がとおるようにした。もっとも全体的に脈絡が通じず矛盾も多々あるが、あえてそのままとした──Ф・Х***私は過ちをおかしていた。とんでもない過ちだ。それは私が病んでいるからだろうか。いや、私は決し
古代寺院からの出土物は、地元の博物館や歴史民俗資料館などで展示されていることが多いのですが、見逃してはいけないのが「埋蔵文化財センター」などと呼ばれる施設です。大津市埋蔵文化財調査センター。坂道をえっちらおっちら登っていきます埋蔵文化財センターは主に発掘調査や出土品の整理・保存、調査報告書の作成、埋蔵文化財包蔵地の確認などを行う施設で、一般には展示を目的としているわけではありません。しかし、中には発掘調査で出土した遺物などを展示しているところもあり、現地訪問する際の予習には好都合。
金剛山地・東山麓の古代寺院跡をめぐるシリーズ、第4回はこれまでの當麻寺近辺から南下して葛城市南端の地光寺跡です。梅雨空の地光寺跡附近地光寺跡は近接して東西二つの独立した寺院跡があり、便宜上東側が「東遺跡」、西側が「西遺跡」と呼ばれています。ちなみにお隣の御所市には、名称が似ていて紛らわしい「二光寺廃寺」がありますが(私もよく間違える)、その紹介記事は次々回掲載する予定です。この地光寺跡、古文書に「慈光寺」とあり、現地に地名として「地光寺」が残っていることから「地光寺跡」と呼
金剛山地・東山麓の古代寺院をご紹介するシリーズ、第3回は只塚廃寺です。これまでの當麻寺や石光寺と違って、ここは土盛りが残るだけの寺院跡──しかし、ここは見た目と違って、両者に劣らず興味深い遺構なのです。ではレッツラゴー!【第三番】只塚廃寺ただつかはいじ県指定史跡奈良県葛城市染野訪問オススメ度★★只塚廃寺はかつて「首子7号墳」との名称で、長らく周囲に点在する古墳のひとつと思われていました。現在も周囲から盛り上がった墳丘状の形をしており、現地に設けられた案内板
アニメ『アルプスの少女ハイジ』第50話で、足が不自由だったクララがハイジの呼びかけに応えて、初めて立ち上がりました。8月12日は「ハイジの日」。では、ハイジが建ったのはいつでしょうか?何らかの理由で使われなくなった、または消滅した仏教寺院のことを廃寺(はいじ)といいます。これまで8世紀末以降の平安時代の建立とされ、謎の古代寺院とされてきた野中廃寺。近年の発掘調査によって、8世紀中頃(奈良時代)に創建され、法起寺式に似た伽藍配置の古代寺院であることが判明しました。第六次調査時点の発表
金剛山地・東山麓の古代寺院をご紹介するシリーズ、2回目となる今回は石光寺です。石光寺と言えば、境内の花や中将姫の印象が強いので、なんとなく優しくて女性的なお寺のように思い浮かべますが、ハイジスト的にはさにあらず。ここは金剛山地・東山麓の古代寺院のなかでもバリッバリの「硬派」なんです。今回は伝説の上澄みを取り除いた、石光寺の「真の姿」に迫ってみたいと思います。(....いいのか?こんなに煽って大丈夫か?引き返すなら今のうちだぞ!笑)ではレッツラゴー!石光寺山門前。石標柱に「
大阪府と奈良県を隔てる金剛山地──二上山や葛城山、金剛山など登山者やハイカーで賑わうこの山地の東山麓は、有名な當麻寺をはじめ、古代寺院が数多く営まれていた地域です。訪問時期はばらばらですが、今回からこのエリアの古代寺院をご紹介していきます。トップバッターは當麻寺です。ではレッツラゴー!東側からみた金剛山地。御所市南部にて【第一番】當麻寺たいまでら奈良県葛城市當麻訪問オススメ度★★★★二上山の東麓にある當麻寺──中将姫とぼたん、それに當
今回は裏話的な記事です。私はこれまで三重県中勢地域の古代寺院をあちこち巡ってきましたが、伊勢神宮の付近には古代寺院が存在しないということは、おぼろげながら認識しておりました。松阪市から伊勢市にかけての山麓部には古代寺院跡が点在していることも知ってはいたのですが、遺構は不明瞭、訪問するにも交通不便な場所ということもあって、なかなか足が向かなかったのです。廃寺訪問記(三重県)|日出ヅル處ノ廃寺日出ヅル處ノ廃寺さんのブログテーマ、「廃寺訪問記(三重県)」の記事一覧ページです。ameblo.
生駒山の麓、遠く奈良の街を見下ろす地に、カワラーの聖地があるという。そこではいにしえの文様を宿した軒丸瓦が神体として祀られ、日々、編年研究の成果と軒丸瓦の拓本をもってその威徳をうかがう者たちが絶えない──古代寺院の資料をあたっていると、よく見かけるのが奈良の帝塚山大学の名前です。とりわけ古代寺院の瓦研究では、おそらくトップクラスの実績。市民講座や動画配信にも積極的で、開かれた研究機関という印象です。今回は、帝塚山大学附属博物館の紹介です。帝塚山大学附属博物館帝塚山大学附属博物館の
関西国際空港の対岸──大阪泉州地域の古代寺院といえば、以前ご紹介した泉南市の国史跡・海会寺跡[かいえじあと]が圧倒的な存在感を発揮しています。回廊に囲まれた海会寺塔跡『あをによし与太劇場・雇用対策だった⁉〜大阪・海会寺の瓦と伽藍』舒明天皇の頃、大王家の威信をかけた官立の百済大寺の建設現場事務所──【登場人物】瓦工房長:百済大寺の瓦工事の責任者その部下:工房長配下で現場を仕切る…ameblo.jpその北東側、市境を越えた泉佐野市に古代寺院が存在することを知ったのは、
東海地方の古代寺院関連の資料を読んでいると、しばしば目にするのが名古屋市守山区の「小幡廃寺」の名前です。調べてみると想定地はすでに住宅地となっており、遺構などを見学できる場所でもなさそう。そのため、なかなか足が向かなかったのですが、ようやく現地を訪ねてみることにしました。ではレッツラゴー!細かい指示をしていないのにAI画伯が周囲の様子を的確に再現小幡廃寺おばたはいじ愛知県名古屋市守山区西新訪問オススメ度★起点は名鉄瀬戸線<瓢箪山駅>。名古屋の中心地<栄町>から1
奈良時代・伊勢国の国庁──伊勢国司・櫛越古伎而[くしごしの・こきで]が赴任早々、国分寺造営の責任者である造寺司から懸案事項の説明を受けている。「で、どうすんの?ここの国分寺はさあ」「は、造営地の選定はすでに決まり、現在基本計画を策定中です」「あ、そう。それでどんな寺院にするわけ?」「奇をてらわず基本に忠実な<ザ・国分寺>を目指そうかと」伊勢国分寺創建期復原図。七重塔はあくまで「想定」(早川和子画)「うむ、いいんじゃない。伊勢は大国だし、ここは堅実に進めようぜ」「ただ、ひとつ
三重県中勢部──鈴鹿川左岸に広がる広大な台地上に造営された伊勢国分寺。伊勢国分寺は、30回を超える発掘調査により寺院跡の遺構が概ね判明し、現在歴史公園として整備されているほか、併設された鈴鹿市考古博物館と合わせて、この地域の古代史を学ぶうえで絶好のスポットになっています。今回は伊勢国分寺とその周辺の古代寺院跡を訪ねます。では、レッツラゴー!伊勢国分寺跡全景。歴史公園として整備されていますプロローグ:伊勢国分寺に塔は存在したのか!?国分寺と言えば「七重塔」。史
奈良時代の演芸場──都では、「伊勢国分寺に塔があるのかどうか」をネタにした漫才が大人気のようである。☝服の色が逆ですが、たぶん気のせいです鈴鹿山脈を背景にした広大な伊勢国分寺跡──果たして塔はあったのか?にほんブログ村
現在の古代寺院研究においては、瓦を極めることがメインストリームであるらしい。かつては古文献を丹念に読み解く手法が主流だったが、近年では「語ってはいるが歪められているかもしれない文献」よりも、「語りはしないが嘘もつかない出土遺物」の研究のほうが重視されているという。古代瓦の展示(東京国立博物館)軒丸瓦AとBは同じ文様である。したがって両者には何らかの関係がある!──なるほど、なるほど....で?詳細に観察すると瓦BにはAには無い傷がある。よってAの方が古いものだ!──たし
昭和四十年代──成長という名の熱狂に支配されていた日本列島山は喰われ、谷は埋められ、田畑はアスファルトの海に沈む掘って盛ればカネになる時代──しかし地中には、もう一つの利権が眠っていた補助金の獲得、学説の主導権争い、そして何よりも「旨味のある発掘現場」の争奪好事家に闇ルートで高額で取引される古代瓦──表向き考古学研究を担う県内の3団体。しかし、彼らの本当の顔とは──今、三つ巴の欲望が水面下で静かに火を噴こうとしている……【登場人物】日乃イズル:県立考古学研究
まるでAIで描いたかのような、このあでやかな姿。どこの寺院かわかりますか?実はこれ、平等院鳳凰堂。見慣れた正面ではなく、西側から眺めるとこんな表情を見せるのですね。西陽を浴びて朱塗りの柱がくっきりと今回の目的地はこの鳳凰堂……ではなく、同じ宇治市内にある古代寺院跡。では、レッツラゴー!大鳳寺跡たいほうじあと京都府宇治市菟道西中訪問オススメ度★平等院から北へ出て県道をそのまま北上。三室戸橋交差点から脇道に入り、住宅が建ち並ぶ丘陵地の曲がりくねった細道をしばらく進む
刃物のまちとして知られる岐阜県関市──北から流れてくる清流・長良川が池尻山の裾野で西へ大きく流れを変える場所にある「弥勒寺官衙遺跡群」。今回は、〔中篇〕でご紹介した弥勒寺跡以外の遺跡を巡ります。ではレッツラゴー!弥勒寺官衙遺跡群遠望古代の郡役所跡〜弥勒寺官衙遺跡弥勒寺跡から東に向かって歩いていくと、一段低い場所に大きな広場があります。ここが古代武儀郡[むぎぐん]の役場(郡衙)の跡。この一帯は弥勒寺官衙東遺跡と呼称され、郡庁や倉庫などの郡衙の施設がほとんどすべて把握さ
仕事で訪れた岡山県。仕事の前に遺跡巡り岡山市にある唐人塚古墳を訪れたあと『唐人塚古墳と神楽最中岡山県』早くも梅雨の気配が漂ってきた今日この頃、暑さ&湿度は身体にこたえるので…ameblo.jpすぐ近くのパン屋さんでパンを購入『岡山市の隠れ家的パン屋Beckさん』先日、岡山での仕事の際、前日入りしてあちこち遺跡巡りへ…ameblo.jp地図を見ているとすぐ裏手にも遺跡があるので行ってみるとなんだか開けた気持ちのいい場所がこちらは史跡賞田廃寺跡という遺跡
刃物のまちとして知られる岐阜県関市──北から流れてくる清流・長良川が池尻山の裾野で西へ大きく流れを変えるその内側は、川と山に挟まれたいわば天然の要害。古代の寺院跡と役所跡が並んで残るこの地は古くから栄えた地域の中心地だったのです。〔前篇〕では、岐阜県関市の弥勒寺と円空の関係を創作民話を交えてご紹介しました。今回の〔中篇〕と次の〔後篇〕では、古代弥勒寺を中心とした「弥勒寺官衙遺跡群」を訪ねます。起点となるのは長良川鉄道・関駅です。ではレッツラゴー!旧国鉄時代の雰囲気をよくとどめてい
昔、むかしのことじゃった──山あいの大きな川がぐうっと曲がるところに、立派なお寺があったんじゃ※この話は、岐阜県関市の弥勒寺跡を題材にした創作民話です。このお寺は弥勒さまを御本尊にしておってな、そのとなりにはお上の役所の建物がずらりと並び、大勢の役人が早朝から働いておったその役人の一人に、世伎足[せきたり]という若者がおった世伎足はたいそうまじめな男でな、朝いちばんに出勤し、皆が帰ったあとも、ただ一人仕事を続けておったところで、世伎足にはひそかな楽しみがあったんじゃ仕事の合
2025年の元日──その年の初詣は、前々から気になっていた熱田神宮の前身ともされる氷上姉子神社[ひかみあねごじんじゃ]へ行くことにしました。そのついでに、近くにある西大高廃寺にも立ち寄ることに。先に書いておくと、西大高廃寺の現地に何も残っていないことは承知の上。とはいえ、起伏に富んだ立地場所はハイジストとして気になるところだったのです。今回はお正月の風情を楽しみながらの訪問記。ではレッツラゴー!大高城跡からのぞむ西大高廃寺のある丘陵地西大高廃寺にしおおだかはいじ
イズルが帰省先から戻ってきた。どこか浮かない顔をしている。【登場人物】日乃イズル:県立考古学研究所N市分室古代寺院調査員。妄想癖がある常呂アーデルハイト:日乃の同僚。母は関西系ドイツ人。愛称はハイジ「あ、おかえりイズルくん。この間はありがとう。<ソノノソセキ>はどうやった?」「それが......見れなかったんです....」「見れなかった?なんで?」「近くまでは行くには行ったのですが....近寄れなかったんです」「どないしてん?“瀬戸の不思議な石”を見てから帰ってく