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むかし、昔のことじゃった──大きな大きな川の中に大小の島がいくつも寄り添うように浮かんでおった。そのうちの一つの島に、紀伊提寺[きいてじ]という大きなお寺があったのじゃ。「和尚さん、このお寺は誰が造ったの?」「この紀伊提寺はな、むかし行基さまという偉いお坊さんが来られたときにな、水害が起きないように建ててくださったんじゃよ」世はいくさに明け暮れる時代──織田信長があちこちのお寺を焼き討ちにして回っているという噂が流れてきたんじゃ。「和尚さん、うちのお寺は大丈夫なの?」「大丈夫
県立考古学研究所N市分室──今日は室長が不在。のんびりした空気である。【登場人物】日乃イズル:県立考古学研究所N市分室古代寺院調査員。妄想癖がある常呂アーデルハイト:日乃の同僚。母は関西系ドイツ人。愛称はハイジ「またえらい古そうな機械ひっぱり出してきたなあ、イズル君。何なんそれ?」「ファミコンですよ。...ハイジさん、昔うちの研究所が監修した『ゆげしの挑戦状』ってゲーム、知ってます?」「知らんわ。どんなん?」「プレーヤーが古代豪族になって、寺院を建立しながら勢力
以前、奈良県が発行した「奈良の古寺院平城京右京の寺院跡と遺跡」(奈良県文化財ウォーキングマップ)をもとに、平城京右京の古代寺院跡巡りを行いました。『平城京右京のマイナー古代寺院めぐり(前篇)』あるとき、ネットで奈良市内の古代寺院情報をリサーチしていたら、「奈良の古寺院平城京右京の寺院跡と遺跡」というドキュメントが掲載されていることを知りました。…ameblo.jp奈良市役所にある平城京の模型。左京(と外京)は右半分ですこのウォーキングマップ、右京があるなら左京版もあるのか
千三百年前、木曽川のほとり、葉栗の里に人々の幸せを祈って据えられた塔心礎。しかし里を襲った大洪水で二つに割られ図らずも別離したまま長い眠りに……触れ合えぬ距離を越え、互いの記憶と温もりを呼び覚ます夜が来る――石でありながら恋を知った二人の、切なくも甘い運命。解説日出太郎古代史部門売り上げ第1位!(大嘘)真っ二つに割れた塔心礎岐阜市の南、木曽川右岸に位置する笠松町。今では競馬場のある町として有名ですが、かつては水害に悩まされながらも美濃と尾張を結ぶ水陸の交通の要衝と
おはようございます(´・ω・`)一昨日の続きです最寄りの場所から辿ります泉南市の国道26号の大苗代西交差点を右(南東。大阪府道252号)に曲がり、次の信号を左(東。大阪府道64号)に曲がり、右側に見える郵便局を過ぎてすぐの信号を左(北東。道幅狭いです)に曲がると左側に一岡神社があります⛩️一岡神社『境内由緒書』より祭神(主祭神)建速須佐之男尊(相殿神)稲田姫尊、八王子命(副祀神)菅原道真、誉田別命境内社白山神社、日吉神社、稲荷神社、厩戸王子神社、市杵島神社、牛神神社旧海会
緊急でブログ回しています。(一度言ってみたかった)2026年2月5日、西の京・薬師寺で「西院正堂」とみられる大規模建築物の遺構が見つかったと、一斉に報道がされました。薬師寺旧境内の発掘調査(平城第670次調査)奈良文化財研究所報道発表資料恥ずかしながら、私は薬師寺に西院が存在していたことを知らず、聖観音を安置する東院(堂)だけだと思っていました。見つかった遺構の写真を見ると、立派な基壇がしっかり残っています。これはスゴい!では西院はどのような姿だったのか。以前訪れた奈良市役所1階ロ
今回は粟原寺に続いてもう一つ、山岳系寺院の走りとなる駒帰廃寺を訪ねてみます。山の斜面に立地している小規模寺院という点では同じですが、その性格はかなり違った古代寺院だったようです。では、レッツラゴー!駒帰廃寺(こまがえりはいじ)奈良県指定史跡奈良県宇陀市菟田野駒帰訪問オススメ度★★★駒帰廃寺は、大宇陀の集落から国道166号線で東南方向に向かって走っていくことになります。<宇賀志>バス停付近にある「伝安楽寺跡」の石標のあるT字路を右折して、すぐの集落の奥にあります。安楽寺とい
古代寺院は、造営者の実力を誇示する意味合いもあってか、台地上の端部とか丘陵地の裾野などに造営されることが多いのですが、奈良期になると平安期に顕著になる山岳系寺院の先駆として、山あいに建立されるものも増えてきます。今回はその一つ、有名な粟原寺を訪れてみます。ではレッツラゴー!粟原寺跡(おうばらでらあと)国指定史跡奈良県桜井市粟原訪問オススメ度★★この古代寺院跡は、龍門岳に連なる山塊の北斜面にあります。近鉄大阪線大和朝倉駅の南東約3キロメートル、本数は少ないですがふもとの<粟
「なんかさあ、もし......もしもだよ。また反乱を起こす奴が出てきてさ。事前に察知できたとするじゃん」「は、そのようなことはもう起きないと信じておりますが」「いや万が一の話」平城京の一角、高級官僚の邸宅の一室。人々はとっくに寝静まっている───密談をする奈良時代の高級官僚(想像図)「仮にここまで攻め入られたら、その前に脱出しないといかんだろ?逃げたとしても反乱を鎮圧するための拠点をどっかに作っておかないとさ、いざというときに素早く対応できない」「秘密
かなり前になりますが、奈良時代のスーパースター行基菩薩の追悼施設ではないかとされる円堂を中心とした伽藍跡が発見された、との報道がありました(2021年5月)。行基が建立した四十九院の一つ、長岡院の遺構と推定されており、行基の死後、弟子たちが追悼施設として再整備したのではないかと考えられているものです。今回は平城京北西部の行基ゆかりの地を訪ねます。では、レッツラゴー!おなじみ近鉄奈良駅前の行基菩薩像菅原遺跡(すがわらいせき)奈良県奈良市疋田町訪問オススメ度★残念なが
伊賀国の郡寺を巡る旅。後篇は伊賀国4つの郡寺の中でも別格の超有名寺院、夏見廃寺です。ここは発掘により明らかとなった特異な伽藍がわかるように整備され、さらに出土品などの展示館も併設されるなど、寺院の規模こそコンパクトではありますが、遺跡としては高スペック!夏見廃寺にはこれまでにも何度か来ていて慣れっこになってしまっていましたが、改めて考えるとスゴい古代寺院跡なのですよ(語彙力)。あえて例えるなら、小柄であまり目立たいけど、よく見ると独創的なファッションセンスに、上等なアクセサリーを身
伊賀国といえば忍者──ですが、古代寺院においても興味深い事例が知られています。古代において伊賀国は「山田郡」「阿拝郡[あへ(え)ぐん]」「伊賀郡」「名張郡」の4つの郡に分かれていましたが、それぞれに「郡寺」が一箇所ずつ置かれていたことが比較的はっきりと判明しているのです。古代寺院と忍者(画像はイメージです笑)。AIさんスゴイな郡寺はその概念や定義がややあいまいですが、当時の役所の隣や近くに古代寺院が設けられているケースがかなりあることから、いわば準官立寺院として造営されたのではないかとみ
古代から南北朝時代にかけて、伊勢神宮に仕える斎王の御所となったのが斎宮。ここは三重県松阪市の東方、多気郡明和町に斎宮跡として国の史跡となっています。私の幼少期の記憶では、近鉄山田線斎宮駅の近くに「斎宮跡」と記された看板があるだけで、耕作地や林が広がる何もなかった場所。しかし、近年は発掘によりその様相が少しずつ明らかとなり、博物館や歴史体験館なども整備された観光スポットとなっています。近鉄山田線斎宮駅のすぐ北側に広がる斎宮跡その斎宮の近くに古代寺院跡があり、神道系の斎宮との関連性
言わずと知れた日本最大の湖、琵琶湖──その周辺には結構な数の古代寺院が点在していますが、特に湖の東側の米原市から長浜市にかけてはかなりの密度となっています。今回はその中でも米原市内に残る寺院跡に絞って訪ねてみようと思います。訪問時はご覧のとおりの曇天。琵琶湖を挟んだ対岸の比良山地も雪化粧米原といえば古くから交通の要衝として栄えた地。現在では米原駅で繰り広げられる列車乗り換えのための「米原ダッシュ」でも知られていますね。私は子供の頃、祖父母の住んでいた北陸方面に行くときに、1)米原駅での方
2024年の秋に紀ノ川流域の古代寺院を巡る旅をしましたが、その後にオープンしたのが今回ご紹介する和歌山県橋本市の郷土資料館。『紀ノ川流域の古代寺院(5)~佐野寺跡・名古曽廃寺・神野々廃寺』和歌山県北部を東西に流れる紀ノ川沿いの古代寺院を巡る旅も佳境に入ってきました。今回は、かつらぎ町と橋本市の古代寺院を訪問します。では、レッツラゴー!【第九…ameblo.jp※最初の佐野寺跡はお隣のかつらぎ町です1年後の2025年秋に続編として和歌山県西部沿岸の古代寺院巡りをした際に、気にな
和歌山県西部沿岸にある古代寺院を訪ねる旅、2日目の後半は「安珍と清姫伝説」で超絶有名な道成寺を訪ねます。ではレッツラゴー!紀伊新庄駅から道成寺駅まで車窓を堪能道成寺(どうじょうじ)国指定史跡(境内)和歌山県日高郡日高川町鐘巻訪問オススメ度★★★伝説に彩られた道成寺ですが、ここはれっきとした古代寺院跡でもあるのです。境内の発掘調査結果によると、堂塔の配置は塔が東、金堂が西に配置される法起寺式。厳密には金堂は塔と向き合うように配置される観世音寺式の伽藍です。階段を登った
和歌山県西部沿岸にある古代寺院を訪ねる旅、2日目は熊野参詣道の玄関口である田辺市からスタートです。実は田辺市には2020年秋、中辺路を歩くために一度来たことがあります(思い出話)。その時はバスで滝尻王子まで行き、そこから熊野古道を1泊2日かけて歩いて熊野本宮大社まで行くという行程。本宮からは再びバスに乗って新宮で1泊し、翌朝帰途につくというものでした。当時は廃寺巡りに入れ込んでいなかったので、三栖廃寺のことは全然知らなかったなあ。滝尻王子に設置された世界遺産の石碑こんな道を歩いてい
2024年の秋、以前から考えていた和歌山県の紀ノ川流域の古代寺院巡りをしました。当時の記事はこちら。『紀ノ川流域の古代寺院(1)~初日は土砂降り』2023年秋、和歌山県立紀伊風土記の丘で『律令国家成立前夜』をテーマにした企画展が開催されました。『紀伊風土記の丘『律令国家成立前夜』2023年秋期特別展』…ameblo.jpその際、気にはなっていましたが見送ってしまったのが、紀ノ川河口から紀伊田辺にかけて点在する古代寺院。時間がなかったのとテーマである「紀ノ川流域」から少し外れてしまうか
しばらく休んでいましたが、しれっと再開します。少し前に三重県志摩市の志摩国分寺に行ってきました。ここはほかの国分寺と違って奈良時代の遺構が特に残されているわけではなく、ハイジストとしてはそれほどの魅力はなかったのですが、わざわざ出かけた理由はこれ。ポリゴンモデルのような独特の前面形状そう、近鉄が誇る観光特急<しまかぜ>乗車のためです。観光特急しまかぜ|近畿日本鉄道近鉄の観光特急しまかぜで、最高級のくつろぎとともに、伊勢志摩へ。車内のご案内を始め、運行情報や特急券のご予約・ご購入方
🚨フォロワーさんに届いたインド人からのメッセージが衝撃だった😱😱😱【インドの方より日本人へ】ムスリムに一寸も譲るな、一マイルでも取るぞ。イスラムは800年前にインドにやって来て、何百万人ものレイプと殺戮を行い、6万の古代寺院を破壊し、世界最古の大学を焼き払い、私たちの土地の3分の1を奪った。アフガニスタン、パキスタン、バングラデシュはすべてヒンドゥー教の土地だったが取られた。https://x.com/i/status/2003671349802451150
いつも本ブログをご覧いただきありがとうございます。今回はお知らせです。最近わたしは別の作業(廃寺とは無関係)に力を入れているため、しばらく本ブログの更新はお休みさせていただきます。廃寺に飽きたとか、ネタが底をついたわけでは決してなく(笑)、今やっている作業が落ち着いたら改めて古代寺院をご紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。(2025.12.28再開しました)最近訪れた山梨県笛吹市の寺本廃寺巨大な塔心礎。伽藍は東側に塔を配置する法起寺式です近
2025年度も、「ならの歴史・文化探求講座」が開催される。全部で6講座があり(座学=2、現地=4)、受講料はトータルでわずか5,500円(税込み)だ。私は昨年度に申し込み、1回の欠席を除き、すべて参加させていただいた。主催者のHPによると、(主催者のHPのチラシ画像には、古いチラシが載っている。最新のチラシは、こちら、案内文は、こちら。)奈良国⽴⼤学機構リカレント教育講座2025「ならの歴史・⽂化探究講座-2025」を開講します本機構は、令和5年度において「なら産地学官連携プラ
飛鳥の古代をたどる旅──檜隈寺跡へ古墳や古代寺院を歩いて巡るのが大好きなみくるです。今回ご紹介するのは、奈良県明日香村にある「檜隈寺跡(ひのくまでらあと)」。以前にブログ「みくるの森」でご紹介した、「宣化天皇の檜隈廬入野宮跡」、そして「於美阿志神社」と深く関わりのある場所です。この一帯は、古代において「檜隈(ひのくま)」と呼ばれた地域。渡来系氏族・東漢氏(倭漢氏)の拠点としても知られています。記事はこちら【檜隈寺跡|東漢氏(倭漢氏)の信仰を伝える飛鳥の古代寺院(奈良県明日香村
『■必読■おすすめ■キムゴーゲン8月20日■■』『必読■おすすめ■キムゴーゲン8月15日■』必読■おすすめ■キムゴーゲン8月15日■…ameblo.jp『■必読■おすすめ■キムゴーゲン8月22日■■』『■必読■おすすめ■キムゴーゲン8月20日■■』『必読■
名古屋市内の古代寺院といえば、『日本霊異記』に登場する尾張元興寺跡がよく知られているところ。ほかにも数か所古代寺院跡とされる場所がありますが、いずれも瓦などの出土のみにとどまり、明確な寺院跡は見つかっていません。今回はそのひとつ、昭和区の古観音廃寺にふらっと行ってみることにしました。ではレッツラゴー!古観音廃寺(ふるかんのんはいじ)愛知県名古屋市昭和区長戸町訪問オススメ度★まずは、寺院跡から出土したという鬼瓦を所蔵する白山社(昭和区石仏町)に向かう。公共交通機関利用な
日本の古代史に関心のある方なら「藤原京の聖なるライン」と聞けば「ああ、あれね」とすぐにおわかりになろうかと思います。藤原京の南北方向の中心線上には、関係の深かった天皇陵が存在するという説ですね。藤原京の模型(橿原市藤原京資料室)『飛鳥・藤原京廃寺巡り48時間耐久レース(その1)』廃寺に心を寄せる者にとって、飛鳥や藤原京の一帯に多く存在する古代寺院やその跡を巡ることは、至福の時―――まさに巡礼者的な喜びがあります。これまでにも、この地方…ameblo.jp実は、その聖なるラインは
奈良県の桜井市から奈良市に至る「山辺の道」は、古墳や社寺、古集落の点在する歴史散策には格好のハイキングコース。その途中に「和爾[わに]」と呼ばれる地域がありますが、ここは古代寺院が集中して存在していた場所でもあるのです。前回ご紹介した「平城京・外京南はずれの古代寺院」のさらに南側になります。今回はこの和爾地区を中心に散策してみます。ではワニワニワー!古事記や日本書記に登場する「和爾坂下」の伝承地長寺跡(おさでらあと)奈良県天理市櫟本町訪問オススメ度★起点は難
奈良市における観光の中心地である奈良公園。かつて平城京の外京だったこのエリアには、東大寺や興福寺、元興寺などの大寺院がひしめき合っていました。復元された天平様式の興福寺中金堂実は、このにぎやかな外京から南の帯解[おびとけ]に至る、平城京の区域外にも古代寺院が造営されていたのです。中には平城京以前から造営されていたものも。これらの寺院の知名度はほとんどありませんが、ハイジスト的にはなかなか魅力的な場所。今回はこの外京の南はずれの寺院跡を訪ねます。起点は近鉄奈良駅。ここから<山村町
紀ノ川沿いの古代寺院を巡る旅、今回がラストです。ではレッツラゴー!【第十五番】龍門寺跡(りゅうもんじあと)県指定史跡(塔跡)奈良県吉野郡吉野町山口訪問オススメ度★★今回の旅で利用したレンタカーの返却時間は午後3時。一応、前回の栄山寺をもって予定の古代寺院跡はすべて回ったのですが、まだ多少の余裕があったので、時間があれば行こうと思っていた龍門寺跡に向かいました。龍門岳登山口。数台分の駐車スペースとトイレあり。ここからは徒歩です龍門寺跡はクルマで直接アプロー
紀ノ川沿いの古代寺院を巡る旅、3日目。今日も晴天となりそうです。これまで和歌山県内の紀ノ川沿いを上流側へさかのぼってきましたが、奈良県に入ると「吉野川」と名前が変わります。吉野といえば天武天皇や持統天皇にゆかりのある場所ですね。奈良県で下流から攻めようとすると、道順的には五條市の栄山寺が先になりますが、開扉までは時間がありますので、さらに上流の大淀町の比曽寺跡に向かいます。ではレッツラゴー!3日目の吉野川の夜明け前【第十三番】比曽寺跡(ひそでらあと)国指定史跡奈良県吉野