ブログ記事41件
こんにちはオトナ女子幸せクリエイター☆浅沼直美です♪✨「虹視力®︎アオハルアカデミー」✨〜学校では教えてくれない365日の遊び方〜5月から6月にかけて開催したアオハルアカデミーのお勉強会「夢を叶えている人が大事にしているものってなーんだ」お勉強会動画販売中です♪このお勉強会動画ですが受験生や就活生のお母さん(保護者さん)にこそ観て欲しい動画なんです💕受験や就活って受験したい学校就職したい会社な
今年も共通テストの時期がやってきましたわが子も共通テスト初年度と2年目に受験(一浪なので2回…笑)受験生本人も本番は緊張すると思いますが、親だってドキドキ・ソワソワ今年の受験生の親御さんもそんな想いでこの2日間を過ごされているのでしょう私も共通テストの2日間心配で心配で仕事も上の空本当にお気持ちお察しします受験生の皆さん!頑張れベストを尽くして志望大学に合格できますようにわが子も2年間の辛い受験勉強を乗り越え今は充実した大
こんばんは。佐々木です。今日も暖かい!(富士山はいらっしゃらず・・・ここんところ霞んでる・・・)さて、本日は新年度がスタートして一発目の保護者会が開催されました。第1回中3保護者会サブタイトルってかメインタイトルは入試結果報告会前年度の受験生(2021年度生=2022年度入試を終えた生徒たち)の生のデータ(もちろん匿名)を使ってリアルな説明をさせていただきました。膨大なデータなので説明を割愛してわかりづらくなってしまった部分もあったこと
こんにちは【たのくらし舎】整理収納アドバイザー松原さえこです今日は進路講演会を聞きに娘の高校へ行ってきました。※画像はイメージです。今年娘は高校3年。受験生保護者向けの講演会のタイトルは、「受験期に気負わないための保護者の心構え」でした最新の入試情報と、子供との接し方の心構えについてや、受験生の声のお話が聞けるとのこと。今回、私が楽しみにしていたお話は、保護者の心構えです。我が家には、大学生の息子がいるので大学受験は一応経験済みで、大
こんにちは。5-Days広島南エリアです。今回は5-Days翠町校が担当させていただきます。さて、今日から2月ですね!!今回は「中学3年生の受験生の皆様」「受験生の保護者様」「来年再来年に受験をひかえられている中学校1・2年生の皆様」にメッセージをお送りさせていただきます。中学校3年生の皆様へ多くの人が受験する公立高校一般入学試験(通称:選抜Ⅱ)まで約1ヶ月となりました。各都道府県の過去問を集めたテキストや、実際に出題された広島県の過去問を解いている人もいらっしゃられると思
息子二浪目の時、試験の雰囲気に慣れるためにとある私大を受験しました。私も付き添いで行ったのですが、たまたまその大学の近くに友人が住んでいることを知り、メールで事情を話したらせっかくなので会いましょうか、ということになり、息子が入試会場に向かったのを見届けた後、その友人とランチをはさんで3時間ほど一緒に過ごしました。身の上話を聞いてもらったり、これからのことを聞いてもらったり、辛かった時期、親しい友人に会って愚痴を聞いてもらえたことは本当に良かったと思います。美味しい
今日はお一人の方へ向けたお知らせです。12/11(水)の午後5時頃にメールで問い合わせを頂きました。中3受験生の保護者様と思われる方から高校入試に関する質問でした。私の持つ情報と考えられる範囲の中で回答を書き、翌日12/12(木)にメールで返信させてもらいました。しかし、その返信メールがどうも届いていないような感じなんですよね。よく分からないんですが。2度返信してみたんですが、その後2度とも「メール送信エラーのお知らせ」というのが返ってきて。
12月になりました。ひさしぶりに自分のブログを見てみたら、ブログを書き終えた今もアクセスしてくださっている方がいらして、とても嬉しく思っています。私にとって子どもの受験のブログを書くということは、自分の人生でいちばん辛かった時期の記憶を引っ張り出して、もう一度その時の辛かった気持ちと向き合いながら書いていくという、とてもとても辛い作業でした。だから、もうブログを更新しなくなった今でも、私のブログを必要とする『誰か』に読んでいただいているということが、大変な励みになりま
かなり、投稿が空いてしまいました。期末テストが終わり来週返却されるようです。内申を上げるために真剣に頑張っていたのを近くで見てきたので、期待してしまいますが、みんなも頑張ってるもんね。二学期内申大切だもんねV模擬も自分立ち位置を知る為、併願優遇の為には必要という事で、5回目を受けました。学校も塾も違う幼馴染とも成績を比較できてしまう、中々の模試だなぁと改めて思っています。併願優遇の確認の為に個別相談会にも行ってきました。第3希望ですが、良い学校に巡り会えたと安心しています塾
みんなの回答を見るなんか、知らない間に機能がかわってしまってること、よくありますよねぇ。(私だけ?)で、アメブロではちょっと前にパソコンからのトップ画面がかわったりしたのですが、なんでも慣れないおばちゃんには新しい画面というものが苦手でございます。その中で、唯一気に入ったのは“1年前のあなたの記事”とか“2年前のあなたの記事”ってのを教えてくれんの。たまに覗いてみると、そうそう、そうだったよねぇって、一人で想い出にふけってしまったりしております。で、先日は上記のような記事がでて
我が家の受験体験記をすべて書き終えて、いまはほっとしています。ブログを書くかどうかずっと悩んでいて、我が家のような、あまりにも特殊なケースの受験体験記を書いても、誰の役にも立たないのではないか、ただの面白い受験体験記として読まれて終わり…になってしまうのではないかと不安に思っていました。一浪時の予備校での一年間、そして不合格の場面などは、当時のことを思い出して書くうちに、精神的に不安定になり、具合が悪くなってしまうほどで、やっぱりブログなんて書かなければ良かったと少し後
息子を無事に大学に進学させて、あとに残った私の仕事は、この森の家を引き払って自宅に帰ることでした。どうして息子と同時期に引っ越さなかったのかというと、国立の発表が3月上旬というとても遅い時期にあることと、それがダメだった時にさらに国立後期日程の大学を受験して、その合否を待たなければいけなかったからです。第一志望の大学への進学でなければ、このままこの森の家に私も住んで、ここから息子を通学させるつもりでいたので、進学先が決定するまではマンションの解約もできなかったからです。そし
とうとう息子が森の家を出て行く日がきました。息子はここの環境がとても気に入っていて、大学に入ってからも、森の家が恋しいと言っていました。しばらくホームシックにかかっていたほどです。ホームシックって普通、生まれ育った家に対して思うものですよね?たった一年しか住んでいない、しかも二浪していて自分の人生の中では暗い一年だったはずなのに、ホームシックになるほどこの森の家が好きで、ここでの生活はとても平和だったと。なんだか不思議に思います。でも、考えてみると、ここでの生活はとに
昨日ブログを書いたのですが、書き終えてUPする寸前に操作ミスで全部消えてしまい、途方に暮れてしまいました二時間もかけて書いていたのに一瞬で消えてしまうなんて…。丸1日経ってやっともう一度書き直す気力が戻りました合格発表の次の日かその次の日、このあたりの記憶があやふやですみません。入学の書類が届きました。表に大学名が入った、しっかりとした大きな封筒で、ずっしりと重くて、この封筒を郵便配達の方から受け取ったとき、あらためて合格の喜びを感じました。嬉しくて、その大きな
息子が、センター試験の結果をイケメン先生に報告すると、イケメン先生は、『お母さん、安心したでしょう?』と、まず言ってくださったそうです…イケメン先生とは入塾の時に一度お会いしただけで、結局面談の申し込みもせず、すべてお任せしてしまったけれど、遠い地方から上京してきて、子どもを必死に支えている母の存在を、ずっと気にかけてくださっていたのだと、そのとき初めて知りました。なんて素晴らしい先生なのでしょう。ただ生徒に勉強を教えるだけではなく
たいそうな名前ですが、(失礼)御三家に限らず、女子校、共学の栄光ゼミナールOGの学校説明会です。日能研のNフレンズと同様イベントですが、異なる点は、説明は、中1に限らず中2,3もいる。親ブースもあり、保護者にも話を聞ける。ひろしは、留守番でしたが、次女と妻で参加しました。次女は、行きの電車で質問を考えて、各学校の生徒さんに同じ質問。どの生徒さんも丁寧に回答してくれたようです。気に入った学校があるようで、文化祭に行くことにしました。やる気スイッチが見つかり、妻か
秋の冠模試で、息子はB判定だったことがありました。しかし、私がそれを知ったのはずっと後でした。息子は絶対に志望校を受けたくて、B判定だった模試の結果を隠していたのです。一回でもB判定だったら、違う大学を受けることになっていたからです。なぜB判定だったのか…息子にはその理由がわかっていました。前の晩によく眠れなくて睡眠不足のまま模試を受けたら、簡単に解ける問題も時間がかかってしまったり、凡ミスしてしまったりしたのだそうです。だからしっかり寝られたらこんなことにはならない。絶
ちょうど今と同じ、9月に入る頃だったでしょうか。あっという間に、今年もセンター試験出願の時期が来たなあと思いました。予備校に通っていればある程度予備校の方で、出願についてお知らせしてくれたり、写真を撮ってくれたりということがあったかもしれませんが、二浪目のこの時は全部自分でやらなければいけませんでした。自分で…というか、親があれこれ言わないとギリギリまでやらない子なので、写真は隣の駅の何々写真館まで行って撮るとか、出願の用紙を取り寄せるとか、いつ郵便局に受験料を振込みに行く
心の準備をする時間もなく、東京に行ったところで、必ず良い結果が得られるという保証があるわけでもなく、そうするしかなかったという状況で、知らない街に住み始めた私たち親子は、それぞれが少しずつここでの生活に慣れていきました。息子はイケメン塾での勉強をメインに、アルバイトとジム通いと散歩の日々。一浪目の予備校時代とはまったく正反対の、のんびりとしていて、誰と競うわけでもない毎日。それは息子の性格に合っていたようで、表情も明るくなり、トゲトゲした言動もなくなってきました。世間
息子は一浪時代の予備校と寮生活がきっかけで、睡眠障害になりました。受験生にとっては命取りと思えるほど怖い病気です。息子が二浪することになってしまった原因のひとつだと思います。タイトルには『治すために』と書きましたが、実際には受験のときにも治ってはいませんでした。受験に影響が出ないように、いろいろな努力をしたという程度です。まず、うつ状態と睡眠障害は密接な関係があると思ったので、うつ状態を治すために運動をさせ、体を動かすことによって、疲れて夜少しでも眠れるようにと考慮しま
もう記憶が定かでないのですが、6月頃に○進で冠模試を受けました。その結果はわりとすぐに出たような気がするのですが、(○進模試の良い所は結果が早く出ることだった気がします)いつ頃の話だったかは、もう思い出せません…。初めて受けた模試の結果は、A判定でした。まだ早い時期なので受験者数は多くありませんでしたが、順位は一桁前半だったと思います。数ヶ月前にそこよりも少し偏差値が低いところに落ちた人間が、ここでA判定を取るなんてことがあるのだろうかと、不思議に思いましたが、それよりも内
息子は週に数回塾に通い、週に数回アルバイトをするという生活をしていました。どちらも夕方に出かけていき、夜の10時頃帰ってくるという感じです。昼間は毎日自由に過ごしていました。半分うつ状態の人なので、勉強よりも何よりもまず心が健康にならなければ…と思い、私が休みのときはよく散歩に誘いました。少し遠くの公園まで行って四季折々の花を楽しんだり、珍しい鳥を観察して写真を撮ったり、川を泳ぐ魚を眺めたり。私が仕事の時でも1日に1度は必ず外に出て、散歩をするように息子には言ってあり
二浪目のとき、私は息子にあることを約束させました。それは、次の受験でその大学を受けたいと思うのならば、模試でA判定を取り続けなさい!ということでした。B判定なんて、ちょっと体調が悪ければ、ちょっと苦手な問題が出れば簡単に落ちる。(←一浪目)C判定なんて他人の何倍も努力しなければ無理(←息子には無理)D判定やE判定なんて論外。受験料の無駄。A判定だって、運が悪ければ落ちるのです。特に万が一のために受ける私大だって、合格者数を絞っているせいか、どんどん厳しくなってい
息子は二浪してやっと、真剣に自分の進む道を考えたようです。そして、大学で何を研究したいということがはっきりして、そのためにどの大学に行きたい!という目標もできました。あの~~~遅すぎるんですけど~まあ、しかたがありません。そういう息子です。きっとそこまで辿り着くのに、たくさん時間が必要だったのでしょう。二浪してもやる気がなくて、何をしたいのか、どこに行きたいのかわからないよりましです。さっそく、息子が行きたいと言った大学の、センターで必要な点数や二次
4月上旬、息子と2人で東京に向かいました。部屋探しは意外とスムーズに1日で終わりました。都心からは離れたちょっと田舎で、不動産相場が安い路線。そのような所の賃貸物件を狙っていくつかの不動産屋さんと、ネットで連絡を取りました。最終的に積極的に物件を探して紹介してくれた業者さんに案内をお願いし、3か所ほど行きました。その中の一つの物件が、家賃は一番安いのに、一番綺麗で、間取りも理想的で、静かで、こんな部屋が存在して、しかも4月上旬まで残っていたなんて奇跡かと思いました。
息子の二浪が決定した日、私はある方にメールを出しました。本能的に、もうこの方に頼るしかないと思ったのです。息子の不合格さえしばらく受け入れられなかったくらいですから、もし二浪したら…と以前から考えていたわけではありません。ただ、受験ブログのトップブロガーさんである、その方の息子さんが通われていた塾に、数年前から興味を持っていました。正確に言うとずっと憧れていました。予備校さえないような田舎に住んでいたので、せめて関東近郊にでも住んでいたら、遠くても無理をしてでも新幹線に
しばらくブログの更新ができなくて申し訳ありませんでした。もう数年前のことなので、きっと書けるはずだと思っていたのですが、やはり一浪目の受験のことは、とても大きな心の傷となっていて、なるべく思い出さないようにしていました。しかし、ブログを書くために当時の記憶を引き出す作業をしていたら、その記憶と一緒にいろいろな感情が吹き出してきて、しばらく受験のことは思い出したくない気持ちになってしまいました。いつもパソコンでブログを書いているのですが、パソコンを開くことさえも嫌になってしま
年が明けると、すぐにセンター試験の時期がやってきました。二次試験とは違ってセンター試験は自分が住んでいる場所に近い試験会場で受験出来るので、通常であればホテルに宿泊する必要はありません。でも、我が家の場合は息子が睡眠障害であったため、もちろんセンター試験の時も会場近くにホテルをとり、私が上京して受験のサポートをしました。多くの人がホテルでの宿泊を必要としないので、この時は受験直前でもすんなりと良いホテルが予約できて、これで大丈夫だと安心したのでした。国立はまずセンター試験
受験まであと数ヶ月というある日、私は再び上京し、予備校帰りの息子と待ち合わせて、都内のメンタルクリニックへ向かいました。本当は睡眠障害専門のクリニックに行きたかったのですが、都内の有名な病院は予約が数ヶ月待ちとのことで、それでは受験に間に合いませんそこで、睡眠障害を専門にしている先生を探し、その小さなクリニックを予約したのでした。まさか自分の子どもを連れてメンタルクリニックへ行く日が来るとは想像もしていませんでした。しかも浪人中、受験まであと数ヶ月…クリニックは都心
『眠れない』というLINEのメッセージが届いた日、午後仕事から帰ってきてすぐに息子に電話をしました。勉強が追いつかなくて夜中まで続けているうちに、酷いときは明け方まで眠れなくなってしまって、当然、朝も起きられない。予備校の授業を受けられなくなっただけではなく、大切な模試も受けられなかったと。だから市販の睡眠薬を買いたい。そのお金が欲しい。そんな内容でした。驚いたのは、電話なんて面倒くさくていつも早く切りたがるのに、この時はいつまで経っても話をやめず、一時間以上話して