ブログ記事961件
こんにちは。上の画像は「南方マンダラ」と呼ばれているものです。今日は,わたしが人物研究をしている一人の南方熊楠さんであります。知り人ぞ知ると云いますか,知っている人は知っている大天才と呼ばれた人物です。私から見た南方熊楠さんは神社や寺院の護持,もっと言えばその奥にある鎮守の森と人間の道徳や生命を人生の後半を掛けて守った御方ではないかと考えているからであります。私も神社や寺院の護持を仕事としていますので,胸に秘めたる想いは同じだと感じてもいます。あの世で南方熊楠さんに会えたな
「番所山公園」に到着展望スポットが何か所かあるので、順に巡っていくことにしました第一展望広場、第二展望広場、それぞれ違った角度から海や島の景色を眺めることができます第三展望広場の展望塔は特に高くて、中央に丸い穴が開いた特徴的な岩の島である「円月島」が見えました第三展望広場や灯台に向かう遊歩道は植物に覆われている狭い箇所もあり、ちょっとした冒険感も味わえましたこちらは「番所鼻灯台」ここから先には行けません展望スポットをひと通り巡り、「南方熊楠記念館」に到着入館料は700円まずは
言葉で幸せな生き方を伝える先日(正確には4月15日)に親友と約束をしていて、久しぶりに一緒に写経してきました。*私ひとりでは、昨年2月からずっと毎月1回は写経に通っています。↑お写経納経集印帳2冊目この日、私は大阪から帰ってきたばかり、で、彼女は和歌山から帰ってきたばかり。お互いにお土産を渡したりなんだりしつつ、和歌山の話の流れから「粘菌学者の南方熊楠って知ってる?」と聞かれ、「知らない、誰それ?」となって、彼女が「ええ?まさかkokkoちゃんも知らないの?周り
『ディープステートによって隠された歴史と技術。時間旅行、マッドフラット』圧巻です!70年近く生きて来たのでボチボチお暇かな・・・と思ってましたが、死んでる場合じゃないと、目覚めさせられました。再掲になりますが、前回は別のテーマの…ameblo.jp『”「南京大虐殺は自分たちがやった」と告白した国民党少尉”』ameblo.jp『【産業革命】「白い奴隷」の闇…1776年アメリカ独立宣言1780~1820年タルタリーの消滅』1867年5月18日~1941年12月29日【ゆっくり
南方熊楠イエダニ事件SSSグランドマスター数理による未解決事件の深層デコード天才粘菌学者の下半身を襲った奇禍と、28宿が暴き出す陰陽合一の真実事件の要約1937年昭和12年、当時70歳であった天才学者南方熊楠の尿道に、死んだ鼠から発生したイエダニが侵入しました。この異常事態に対し、熊楠は下女に命じて殺虫剤フマキラーを患部に直接噴射させるという荒療治を敢行しました。結果として患部は直径約4.2センチにまで異常に腫れ上がりましたが、医師の冷却指導と、ある電報の到着をきっかけとする精神的な陰
(*'▽')[明治時代の天才たち]南方熊楠(みなかたくまぐす)博物学・民俗学「歩く百科事典」。10ヶ国語以上を操り、粘菌の研究で世界的な業績を上げました。神社合祀反対運動を展開した「日本初のエコロジスト」でもあります。森鴎外(もりおうがい)文学・医学「知の巨人」。陸軍軍医総監という最高位にありながら、文豪としても活躍。『舞姫』『阿部一族』など、冷徹な理知と芸術性を両立させました。夏目漱石(なつめそうせき)文学・英文学「国
一番好きな植物は?▼本日限定!ブログスタンプ植物学と言えば、最初に頭に浮かんだのは「神農」、つぎに「南方熊楠」かな。神農はあらゆる草を「食べて」薬効(毒性も)を調べたとか。最後は毒草で亡くなったらしいw熊楠は裸族の髭のおっさん(ハダカゴリラwwww)のイメージw牧野富太郎はあれだ。「雑草という草はない」だっけ?でも・・・生涯で約1,500種類以上の新種を命名したってことは、名もなき草がそれだけあったってことだろw「世界に一つだけの花」は槇原で、「生まれ変わるなら寄り添う花」はGa
臨海番所山の記念館です南方熊楠記念館–MinakataKumagusuMuseum
和歌山の続き〜『和歌山『ら〜めん幕末』さんで和歌山ラーメンと?』久しぶりの和歌山の続き〜『和歌山駅から和歌山城近くへ歩いて行った件③』和歌山の続き〜『和歌山駅から和歌山城近くへ歩いて行った件②』和歌山の続き〜『和歌山駅から…ameblo.jpお腹も満たされたことだし、和歌山城へ・・・の前に、和歌山市観光土産品センターを見つけ、先にお土産を購入することに。和歌山城を見学してからでは、帰りの時間が微妙になるかなと・・・(結局コンサート開始の時間を間違えて遅れて行ってしまいましたが)お土産品セ
アメリカの超え方吉見俊哉弘文社鶴見俊輔、和子と言う学者兄弟がいる。彼らがどのように影響しあい、異なっているかに興味を持ち、本書を借り出した。加えて本書では俊輔の子、良行も加えて、育った時代、環境相互の影響などを受けて思想を構成していく。我々の世代はアメリカを見て育った。鶴見家もそうだが、日本から見るか、アメリカで内側から見るか、肯定的に見るか否定的に見るか。どの時代のどの面を見るかで異なった人格が形成されるということを論じている。結果的には和子は南方熊楠など日本の民俗学の研究に入り、
ヒト夜の永い夢(ハヤカワ文庫JA)Amazon(アマゾン)南方熊楠が福来友吉と組んで粘菌コンピューターを使った自律思考する自動人形「天皇機関」を作り出すさらには宮沢賢治が重要な役どころだったり、江戸川乱歩が参戦して2.26事件にも関わった上に(明言されてないけどどう見ても)ゴジラが出てきたり…と、頭が頭痛で痛くなるような闇鍋昭和初期空想科学物語そこそこの厚みはあるが読みやすく、娯楽小説として存分に楽しめた人物や論理の描写説明も過不足なく、読んで理解しきれないことは理解しなくても問題
今回の誕生日の吉方位旅行は意外な展開となりました!仕事中にひょんな事から話が弾んだ方がたまたま今年の吉方位から来られていて、しかも観光タクシー運転手をされていたという高齢男性に和歌山の田辺と白浜を案内していただくことになりました!私としては徒歩で行ける田辺の闘鶏神社、旧南方熊楠住居、名曲喫茶へ行けたらそれで良かったのですが。ものすごく良い方で車がないと行けないパワースポットへ連れて行ってくれました!私が知らない所ばかりです。〈奇絶
>franoma自己レスです。【移民政策】シンガポールの「神制度」が凄すぎる!https://youtube.com/shorts/QWYCAQUkvps?si=lVuy0WPLGhBXtsAz【移民政策】シンガポールの「神制度」が凄すぎる!日本はザル?#shorts【高市総理、今すぐ決断を!】なぜ日本は外国人の「税金逃げ切り」を許しているのか?真面目に納税する日本人が損をする、今のザル制度はもう限界です。移民受け入れを議論する前に、やるべきことがあります。それは、シンガポールの「タッ
置かれた場所で咲きなさいここでかっ?!ボスを見過ぎてこんなになってしまったがボスの描いた絵は細部や目に細心の注意が払われていて各部に物語が成立している。それが良いか悪いか、好きか嫌いかは別として実に興味深い将来、進化したAIとDNAコンピューターがタッグを組んだときボスのある規則性を発見することが出来よう。曇天喉の調子もほぼ回復したので今日から20分歩く。ストレッチもする。年金の封筒でも開けるかいつからもらおうかと思っていたけれど突然死する可能
☆ナショナルトラスト運動の先駆け、田辺市の天神崎かの南方熊楠氏も保護を主張された自然の宝庫日本のウユニ塩湖で有名になりましたねぇ😅若い方々はここで映え写真を撮るんですよ(^o^)良きかな良きかな和歌山の宝、いつまでも(^o^)
⸻1.知の巨人は特別な才能だけで生まれたのか🧠歴史を振り返ると、人類の知識体系を大きく前進させた人物が存在する。哲学、科学、文学、宗教など多様な分野において、いわゆる「知の巨人」と呼ばれる人物たちである。例えばAristotleは古代ギリシャの哲学者であり、倫理学・政治学・論理学・生物学など幅広い分野を研究した。またThomasAquinasは中世ヨーロッパにおいて神学と哲学を体系化した人物として知られる。さらに近代日本では南方熊楠のような博物学者が膨大な知識体系を築
⸻1.世界的博物学者としての南方熊楠とは何者か🌏近代日本には数多くの学者が存在したが、その中でも特異な存在として知られるのが南方熊楠である。彼は1867年に紀伊国(現在の和歌山県)に生まれ、博物学・民俗学・生物学・宗教学・文化人類学など多分野にわたる研究を行った。博物学自然界の生物・鉱物・自然現象を総合的に研究する学問民俗学民間伝承や習俗を研究する学問南方熊楠の論文は世界的学術誌Natureにも掲載されている。Nature1869年創刊の国際科学雑誌また彼は昭
和歌山県西牟婁郡上富田町岡田中神社
南方熊楠記念館このあとの画像が見つからない
bluemycenamushroom別名ピクシーズ・パラソル日本では見られないきのこですね。食不可(食べると幻覚作用が出るきのこです)。オーストラリアやニュージーランドの温暖で雨の多い地域に出るきのこです。日本で青いきのこで珍しいのはソライロタケが有名です。Yahoo知恵袋ベストアンサー舞茸は、見つかると踊るほど、美味しいので。付けられた名前。天然物は、貴重。https://amzn.asia/d/0fBBrFdU南方熊楠菌類図譜新品Amazon転載管理人
こんばんは先日夫婦()で南紀白浜へ旅行したので、GETした御書印📖を紹介します①TSUTAYAWAYオーシティ前田辺店南紀白浜空港に着いて、白浜町の『ivorybooks』へ行ったのですが、店主さんがインフルB型に罹ってしまったらしく臨時休業でしたそのため、予定を変更して隣の田辺市へそして、向かった先は『TSUTAYAWAYオーシティ前田辺店』御書印は、田辺市で半生を過ごした博物学者で民俗学者・南方熊楠(みなかたくまぐす)の名言と、創業当時の外観が描かれたスタンプです
図書館にあった漫画の自伝は読み漁りました。小学館版学習まんが人物館南方熊楠(学習まんが人物館日本小学館版7)Amazon(アマゾン)【あらすじ:Amazonより】地位やお金に無関心で自然を愛し粘菌の研究を一生続けた異才の型破りな人生ストーリー。南方熊楠とは?となる方が多いです。和歌山県出身の粘菌学者で、子どもの頃から神童と言われ、逸話が多い。大英博物館副館長格の方に見出され、東洋美術部に出入りし日本語・中国語に関する助言などを行なっていた。大英博物館へ
朝来の糠塚Googleストリートビューより転載糠塚について、《何れの府縣でも五つか七つかはきつとある》(「木思石語」)という柳田國男に対し、南方は《ヌカ塚というものは他国には多くある由なれど、熊野にはここしかなし》と、大正2年1月9日付けの柳田宛書簡に述べ、かれが住んでいた田辺市に隣接する西牟婁郡上富田町朝来(旦来あっそ)にあった糠塚を保護すべく東奔西走した。この糠塚には「ぬか塚明神」が祀られ、その俗信としてこんな話を同じ書簡に記している。《以
夏目漱石と同じ時代を生きたちょっと変わった異色の学者・南方熊楠(みなかたくまぐす)。彼の書に「夢を記憶する法」なるものがある。これは、発表するために書かれたものではなく、友人であった仏教学者の土宜法龍(どきほうりゅう)氏に宛てた書簡。いわば、私書。かの時代の人物らしく古語で書かれている。その部分を抜粋して現代語で要約すると、「自分は夢について研究してきた、というのも金もかからないし面白くもある。どうすれば夢を記憶することができるのかを考案した。まず、起きてすぐに筆をと
広島市佐伯区八幡3丁目八幡川堰堤脇にある八幡神社。旧八幡村の総氏神だが、明治40年代に、国、地方自治体が強制した一村一社政策に協力し、村内の地区氏神をこの神社に集約している。合祀の流れを見ると、明治41年12月、県の許可を得て7社が集約に動き、完成して大正神社と称している。昭和3年残る1社を併合して八幡神社とし、最終的に一村一社が完成。現社殿の竣工を昭和5年にみている。前のブログ、権現社の社殿はこの合祀碑に書かれた、集約されて消えた、大字寺田の村社、宝神社の社殿
戦場ヶ原を後にして、南方はさらに北上し、湯滝を訪れ、《輓近(ばんきん)の発見に係る故に『日光山志』等の書これを載せざるなり》と書いている。秘境中の秘境といった趣。それでも湯元にはちゃんと宿泊施設があったらしく、この日はここに宿をとっている。《浴湯三回》、途上所見植物としてウバニレ、山荷葉、エンレイソウなど、17種を記す。7日目、朝風呂を浴びて、湯の温度を測ると、華氏122度あったという。摂氏50度ほどになり、かなり熱い。《噴湯の処》に行き、《灰花の物に着きて異状をなすもの数品を拾う。》午前
おはようございます本日(1月27日)晴れで気温7.4℃湿度54%気圧1017.8hpa風速3.1m/s北の風。お陰さまで本日も穏やかな朝を迎えることが出来ました感謝(猫の糞害もなく・ハクビシンの侵入もなく)毎度ご訪問頂き誠にありがとうございます、25日で大相撲初場所も幕となり、しばらく楽しみがなくなりました。昨日所用で田辺市内のDaisoへ買い物に出かけ其のついでに地方紙Kで見た早咲きの桜の記事を思い出し見に行ってきました、咲いていましたがもう盛りは
博物学者・民俗学者・思想家。時代を遥かに先取りしていた天才、南方熊楠。彼が生涯をかけて探究し続けたものは、単なる学問ではありませんでした。自然、菌類、神話、夢、無意識、そして宇宙——それらをひとつの循環する世界として捉えていたのです。南方熊楠は、「夢」を偶然の産物ではなく、人と自然、現実と異界をつなぐ回路として記録し続けました。なぜ彼は夢に注目したのか。なぜ今、その思想が再び浮上しているのか。本動画では、✔南方熊楠が遺した未解明の思想✔夢と現実を隔てる境界線✔日
島根の石ころ日和ももじさんのブログです。最近の記事は「幾層にも重なった神話世界の中で「大地」の女神を想う(画像あり)」です。ameblo.jpももしさんのブログに【九尾の狐】のことが書いてあって、そこに「九尾の狐は何処かで地母神信仰に繋がっている氣がする」と。で、結構重要なことなのだけれど、こんなことが書いてあった。元々はたしか、ドラヴィダ系(≒出雲族の起源)の地母神であった、豊穣の女神ダーキン(ダーキニー)が、侵攻してきたアーリア勢力によって悪神に
臨海番所山の記念館です次回企画展「南方熊楠の生前単行本出版から100年」展のお知らせ令和8年1月31日(土)~–南方熊楠記念館