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1303)『1303)国鉄千葉気動車区廃止から50年(その4郵便車、72系試、検車庫内も見学)』1300)『1300)国鉄千葉気動車区廃止から50年(その3スエ3051が出動踏切事故はかくも悲惨)』1297)『1297)国鉄千葉気動車区(千チハ)…ameblo.jpの続きです。S49(1974)年12月千葉気動車区を見学中。今回の記事が(その5)で、最終回です。西千葉~稲毛間に細長くのびた千チハでしたが、中央部のやや稲毛方に進んできました。当時まだ現存してい
1300)『1300)国鉄千葉気動車区廃止から50年(その3スエ3051が出動踏切事故はかくも悲惨)』1297)『1297)国鉄千葉気動車区(千チハ)廃止からまもなく50年(その2昭和49年12月の訪問ー1)』う1296)『1296)国鉄千葉気動車区…ameblo.jpの続きです。係員に付き添われながら千葉気動車区を見学中。S49.12.22昼ごろの訪問です。S49(1974).12.22最も山側の線。千葉方を向いて撮っています。手前よりキユニ19
1297)『1297)国鉄千葉気動車区(千チハ)廃止からまもなく50年(その2昭和49年12月の訪問ー1)』う1296)『1296)国鉄千葉気動車区(千チハ)廃止からまもなく50年(その1プロローグ)』S50.3改正で北総3線電化が成り、千葉鉄道管理局管内…ameblo.jpの続きです。スエ3051。いつもは佐倉客車区に常駐していた車両で、だいたい佐倉駅の終点側、本線の南側に広がる留置線内にとまっていることが多かったと思います。が、なぜか千葉気動車区に出
1296)『1296)国鉄千葉気動車区(千チハ)廃止からまもなく50年(その1プロローグ)』S50.3改正で北総3線電化が成り、千葉鉄道管理局管内の非電化路線は木原線(大原~上総中野)、久留里線(木更津~上総亀山)のみとなった1975年3月。そ…ameblo.jpの続きです。この翌年-S50年3月改正で廃止となる千葉気動車区をS49年12月22日に訪ねてみました。やって来た趣旨を述べ、記帳するノートがあり、高校の学校名、2年O組氏名、住所を書きました。
S50.3改正で北総3線電化が成り、千葉鉄道管理局管内の非電化路線は木原線(大原~上総中野)、久留里線(木更津~上総亀山)のみとなった1975年3月。それにあわせて、千葉気動車区は廃止となりました。国鉄時代は遠くなりにけり・・・。そういえば、日本国有鉄道という組織体の存在期間を、今年2025年の1月29日に「JR」の存続期間が超えた!!ということです。蒸気機関車全盛時代から東北・上越新幹線開通までですからすご~く長期間存在していた・・と思っていた国鉄って記憶よりも短かっ
私は小学3年の昭和49年に稲毛に転居ましたが、そこで衝撃を受けたのが千葉気動車区(千チハ)。当時何度か稲毛から千葉へ黄色い電車で行く機会がありましたが、いつ見ても千チハの雑多なディーゼルカーは今でも忘れられません。閉区間際に外周を見る機会がありましたが、一番の成果は千葉大側の庫の横に置かれた元キロ26。そして、その後直ぐの昭和50年3月に閉区。ということで、Nゲージで往時を再現してみたいと思い、コロナ禍の頃に仮に組んでみたのが稲毛寄りにあった検修庫をイメ
千チハ末期の昭和49年年末に廃区間際の千葉気動車区の周りを自転車で回りましたが、庫の北側に小窓がずらっと並んだ優美な姿のキハ26に感動しました。千チハ最末期のディーゼル急行はオール冷房のキハ28でしたが、少し前の写真を見ると元1等車のキロ25から格下げされたキハ26-400が指定席として連結されていた姿が記憶にあるので今回購入しました。キロ25は1等車ということで、小窓が優美に並びます。付属のレタリングシールを見るとうれしい事に所属表記には「千チハ」
マイクロエース20周年記念商品のキハ90・91トップナンバーを遅い夏休みを利用して整備しました。千葉気動車区(千チハ)マニアの私としてはこのキハ90・91試作車は昭和50年過ぎに見た雑誌掲載の千葉気動車区の庫の横での形式写真がずっと頭を離れませんでした。で、模型を再開した数年前にマイクロエースから20周年記念記念商品として登場するというので、迷わず購入。購入後は何度も走らせましたが、中間部のアーノルドカプラーが気に入らないものの整備には至らず今日に。という
小学3年の昭和49年秋に千葉へ転居した際に出会ったのが千葉気動車区(千チハ)のディーゼルカー。千チハ末期の気動車急行は平坦な土地柄のせいか2エンジンのキハ58は配置されず、冷房付きのキハ28オンリー(キロは28、指定席は1等車格下げの非冷房キハ26??)。KATO製を細々と買い集めていますが、急行用として集めているキハ28のM車は当然キハ58。キハ58は2エンジン仕様ということで床下に余裕が無いのでトイレの水タンクが屋上にあるので、キハ28とは一目で違いがわかります
西千葉駅から千葉大学を右手に見ながら文教通りを徒歩数分千葉気動車区のあったところの公園公園着いてすぐ猫が蒸し暑い中日向ぼっこ中茂みの方の猫は避暑中?千葉気動車区跡の記念碑千葉気動車区跡地は大半が総武本線高架複々線化と黒砂信号場に用地転用されたようで、
千葉気動車区(千チハ)ムードを楽しもうとトミックスの複線機関庫を購入してみました。窓形状や屋根上の換気装置の形状が違いますが、全体の雰囲気は市販品の中では一番近かったのが選んだ理由。ただ、この機関庫の長さが1両ちょっとしかなく、単品ではなんとも貧弱な感じ。実際の千チハの検修庫は4~5両分位の長さがありましたが、こちらはムードを味わうだけなので2個(2両分)を購入。帰宅後は早速線路を敷いて検修庫横にキハ90・キハ91試作車を置いてみました。こうして
千葉気動車区(千チハ)の急行ですが、昭和49年11月から昭和50年3月の閉区間際に小学3年生の私が見た記憶では冷房装備のキハ28とキロ28というイメージでしたが、ネットで調べてみるとグリーン車無しやキハ26、キハ45を連結した雑多な編成もあったみたいです。まあそれでもキロ28を連結した千チハ最末期の犬吠1号を目指そうと先日キハ28を2両購入しましたが、キロ28が欲しいので次に白羽の矢を立てたのがキハ58系スターターセット(笑)でした。Nゲージのキハ58系列は私が中学生の時
私にとっての千葉気動車区(千チハ)の優等列車はキハ28とキロ28による最末期の急行犬吠1号一般的にキハ58と28はセットで編成が組まれていますが、千チハにはなんとキハ58の配置がなく、キハ28のみで組成されていました!!当然千チハ急行セットなどありませんので、キハ28は単品で見つけることに。そして某家電量販店で2両を購入しました。モーター車はまだ買っていませんが、こればかりはキハ58になりそうです(泣)。
千葉気動車区(千チハ)最末期の昭和50年3月に稲毛に住んでいたので、いつかは模型で千チハを再現したいと思っています。数年前に30年ぶりの模型熱が再燃した私は千チハ第一弾としてマイクロエースのキハ90・91試作車を購入。次はステンレスのキハ35-900が欲しいと思っていましたが、既にKATO製は売り切れ。調べていると高校の頃にエンドウから出ていた型を使用した復刻版とも言うべきキハ35がトミックスからブラスシリーズとして2000年頃に発売していたことを知りました。
昭和49年秋に千葉へ引っ越した際に千葉気動車区(千チハ)を見て以来隠れ気動車ファンですが、今回は千チハに停まっているのをよく見たキハ35をKATO製で2両入手。キハ35は高校時代には拝島で八高線のタラコ色をよく見ましたが、やはりこの一般色がいいですね。ただ、私的に千チハのキハ35と言えばステンレス車のキハ35-900。ステンレス色時代のキハ35-900も千チハで実車を見ているので、まずはステンレス車から欲しかったのですが、こちらは再販売またはオークションで狙いますか
京成津田沼で、特急から千葉線の各駅停車に乗り換えました。下車駅はみどり台。構内踏切があるこの駅には、関東私鉄ではめっきり少なくなった構内踏切があります。千葉線ではこのみどり台以外にも、構内踏切が健在の駅があるようなので、できれば別の機会に探索してみたいものです。で、管理人は↑の写真で言うと右側の方向へ。右側に行くと突き当たりは千葉大学の正門。その手前にJR総武線の複々線の高架橋がありますが、その高架橋の脇から線路沿いの細い道に入ります。すると、ある公園に行き着きます。こ