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こんにちは!お久しぶりです♪先週はYouTubeの動画投稿を初めてしていまして、amebloが疎かになりました。えへ。今回、『北キプロス』へ行ってまいりました。ちゃんというと連れて行ってくれたのですが😅まずこれ、左が北キプロスの旗。右がトルコの旗。なんで北キプロスはトルコの旗に似ているのかと言うと、キプロスって南と北に分かれていて、南がギリシャ側。北がトルコ側。南は🇪🇺EU入ってる感じで北は未承認国!キプロスがギリシャ正教でユーロを使用するのに対して、北キプロスではイスラム教が信仰
トルコに2泊して、いよいよ北キプロス・トルコ共和国へ予定通りにマルマライ線と、メトロ2とメトロ11に乗って。途中でザクロジュース(オレンジジュース割り)とシミット(パン)も買った。これがすごく美味しかったメトロ2とメトロ11が結構離れていて乗り換えるのに時間がかかったけど、予定より早めに着いたので、コーヒーを飲んでから搭乗口へ。運賃もふたりで300トルコリラでお釣りがくるくらい。イスタンブールカードは、乗るときに改札でピッと読み取り、降りる時は読み取り不要。複数で使
ただいま、秋休み中「秋休みを利用してキプロスに行こう!」と提案した私。私は「キプロス共和国」でのんびりできると思っていたのに、夫が計画すると。。。イスタンブール経由でイスタンブールも観光し、「北キプロス・トルコ共和国」へエルジャン国際空港から入国する!となった北キプロス・トルコ共和国はキプロス島の北部に存在するが、未承認国家である。承認している国はトルコだけ。北キプロスは独立国として国際的に承認されていないので、パスポートに北キプロス入国スタンプがあると、キプロス共和国に不法入国した
以前、ベルリン最後の夜に集まってくれた友達の一人が、なんとキプロスに来ていると聞いて、昨日会いに行ってきました😊彼は北キプロスのリゾート物件を2室購入していて、今回は息子さんと一緒に購入手続きのために滞在中とのこと。北キプロスに行くのは今回で3回目。これまではモールに買い物に行ったり、日帰りのドライブくらいだったけれど、せっかくドイツから来てくれたので、今回は彼の泊まっているホテルに部屋を取り、1泊2日で北キプロスへ🚗💨ホテル部屋からの眺め夕方にホテルへ到着し、まずはトルコ料理のデ
(セリミエ・ジャミー・モスク)2012年5月15日、キプロスのラルナカに滞在中、バスでキプロスの首都、ニコシア(レフコシア)に行き、丸一日ニコシアの街を散策した。キプロスは1974年のキプロス紛争の結果、北キプロス(トルコ共和国)とキプロス共和国にグリーンラインで分断されているが、今では紛争も落ち着いていて、パスポートさえあれば、北キプロスにも簡単に入国できるようになっている。若干の不安はあったが、クロスポイントを通って、北キプロスに入国して
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2025年4〜5月。初期キリスト教会、アルメニア使徒教会、ビザンティン教会等を追って、トルコ、ギリシャ、南キプロス(+北キプロス)、アルメニアの4か国を一人旅した備忘録です。番外編として、食・お土産・計画等テーマ毎にまとめてみます。キプロス渡航計画計画・情報収集地球の歩き方を参照。2019-20年版が最新らしいです前にギリシャへ行った時に買ったものがそのまま使えました。情報は古いけれど、遺跡や世界遺産は変わらないので、計画づくりの参考にはなります。A24地球の歩き方ギリシア
St.LazarosPostOffice·LarnacaGoogleマップで地図を検索。乗換案内、路線図、ドライブルート、ストリートビューも。見やすい地図でお店やサービス、地域の情報を検索できます。世界地図も日本語で、旅のプランにも便利。maps.app.goo.gl(聖ラザロ協会の目の前)たまに珍しい国だと日本🇯🇵にポストカードを送る事があるんですが、ここキプロス🇨🇾でも送ってみましたまずポストカードは好きなものを買って、住所などを記載しておきますでポストオフィスに行って出
2025年4〜5月。初期キリスト教会、アルメニア使徒教会、ビザンティン教会等を追って、トルコ、ギリシャ、南キプロス(+北キプロス)、アルメニアの4か国を一人旅した備忘録です。7日目・ニコシア②15〜16世紀頃につくられた城壁に囲まれたかつての要塞都市・ニコシア。現在、城壁内を通る南北境界線(グリーンライン)を境に、北キプロスと南キプロスに分断されています。キプロス問題キプロス島は、南部のキプロス共和国(ギリシャ系)と、北部の北キプロス・トルコ共和国と称される地域に分断されています。
キプロス🇨🇾の歴史を調べてみると1.1960年:キプロス独立イギリスから独立し、ギリシャ系・トルコ系住民による多民族国家として発足。2.1963年:民族対立が激化ギリシャ系による憲法改正提案がトルコ系の反発を招き、武力衝突が発生。トルコ系は事実上、政権から排除される。3.1974年:ギリシャ系クーデター&トルコ軍侵攻ギリシャとの統一(エノシス)を目指すギリシャ系によるクーデターが発生。これに対し、トルコはトルコ系住民保護を理由に軍事介入し、島の北部を占領。4.1983年:北キプ
まず前日に北キプロスに行くためにラルナカからニコシア行きのバススケジュールをチェックPameAppThePameAppallowsbuspassengerstoplantheirjourneyswhenusingCyprusPublicTransport.Theappgivespassengersrealtimeinformationonbusesandtheirarrivalateachbus…apps.apple.comバス
明らかにレストランのご飯を待っているが、どー考えても塩分高い。。。毛並みもあんまり良くないな〜😢キプロス🇨🇾のニャンコたちは健康的に問題ありな子たちが多い。いろんな場所で見ますが、基本残り物をもらえるレストランにはよくいます。が、もらったとしても人間が食べるものなねで、ニャンコたちには体によくないよね基本はあまり人慣れしてない子が多いですが、たまに、撫でてご飯ちょーだいと寄ってくる子もいますやはり、国が豊かにならないとニャンコが幸せに生活するのは難しいですね。物価を考えるとそんなにご
2025年4〜5月にかけての2週間、旅をしていました。長くなりますが、次の4か国を一人旅した備忘録を書きたいと思います。トルコ🇹🇷イスタンブール▼トルコ・イスタンブール編はこちらから『【4か国教会めぐり2025年その一】日本→トルコ』2025年4〜5月。初期キリスト教会、アルメニア使徒教会、ビザンティン教会等を追って、トルコ、ギリシャ、南キプロス(+北キプロス)、アルメニアの4か国を一人旅…ameblo.jp▼食・お土産・準備計画に関する番外編はこちらから『【4か国教会
北キプロス人アルパくんがやってきました。キプロスってどこにある国かよくわかってなかったのですが、地中海の島国でトルコやエジプト、イスラエルに近いです。場所柄、いろんな国に占領されたそうで、ローマ、トルコ、エジプト、ギリシャ、イラン、イギリス。同じ島国の日本とは間逆な歴史を持っています。最後に占領したイギリスから独立した時に、ギリシャ系とトルコ系が対立して今は北側をトルコ系(北キプロス・トルコ共和国)、南側はキプロス共和国に分かれています。ただ、国際的には北キプロス・トルコ共和国
こんにちは!今日はちょっと耳慣れない「北キプロス」と「南キプロス」についてお話ししたいと思います。地中海の東側に浮かぶ小さな島、キプロス。観光地としても人気ですが、実はここ、島の北と南で“国”が分かれているという、ちょっと複雑な事情を抱えているんです。キプロスってどんな国?まず、キプロス共和国はEUにも加盟している、国際的に認められた国です。首都はニコシアで、公用語はギリシャ語。地中海の美しいビーチと古代遺跡で知られ、観光客にも人気です。でも、このニコシア。世界で唯一「分断されている
2025.02.18@Girne(TurkishRepublicofNorthernCyprus)そうだ、イスラエルへ行こう。悪魔に魂を売った翌日、僕はそう決めた。『悪魔にだって魂を売ってやる(世界一周Day180#1)(北キプロス編)』2024.02.17@Girne(TurkishRepublicofNorthernCyprus)どうやら僕は国連未承認国民の女の子からモテるらしい…ameblo.jp「心配せんでも危なそうな国には行かんから。」出国前、そう母親に告
2025.02.17@Girne(TurkishRepublicofNorthernCyprus)本当に久方ぶりに野に放たれた息子は、勢いよく飛び出していくと、驚くほどあっという間に”もう限界ですお父さん”と告げた。お金を払っているんだからもう少しこらえてくれ…という思いでしばしの休憩に入ると、見かねた彼女に「何でそんなに止まってるの?」と詰問され、「たっ、楽しみたいからに決まってるだろ」と答えた僕は、ロマンチックラブを想って思わず涙を拭った。その後も実にビジネスライクな時間
2025.02.17@Girne(TurkishRepublicofNorthernCyprus)サラリーマン時代、うん十億円という単位の交渉事を生業にしていた僕からすれば、相手が天使であろうと悪魔であろうと、数十ドル単位ならイージージョブである。まるで毎日でもこの手の交渉をこなしているかのようにスムーズに話を進めると、最終的に50ドルで決着する。集合時間を決め、彼女の家の場所を教えてもらい、改めて冷静になった僕はここは国連未承認国家だったな、ということを思い出す。もし何らかの
2025.02.17@Girne(TurkishRepublicofNorthernCyprus)どうやら僕は国連未承認国民の女の子からモテるらしい。Tinderでのマッチング率がこれまでのどの国よりも高い。しかし、そこに登場するのは、半数近く、もしくはそれ以上が、トルコ系をルーツに持つ北キプロス人ではなく黒人の女性である。(肌の色や眼の色の違いは僕が恋に落ちるプロセスにおいて何ら障壁にはならない、ということはクレオパトラが痛いほど教えてくれたので、僕としては何ら問題にはなり得な
2025.02.16@Nicosia🇨🇾→Girne(TurkishRepublicofNorthernCyprus)“国連未承認国家”というタイトルは彼らの観光地的価値を高める味付けでしかないのだろう、ということに気が付いたのは、何の気無しに立ち寄ったファストフード店で購入したケバブが1,000円を越えていた時だった。それに、綺麗に整備された海沿いのプロムナードにはいかにも裕福そうな西欧人や子連れのトルコ人が幸せそうに闊歩している。1974年にトルコが侵攻、不当に占拠したキプロ
前回の続き・・・約1時間弱遅れてキプロスに到着、ワタシはてっきり去年のように空港に事務所を構えているレンタカー会社で予約しているのかと思ってたのですが違ったようです、レンタカー会社のシャトルバスが迎えに来て事務所へ連れて行ってもらうよう。しかし飛行機も遅れてワタシ達も連絡の入れようがなかったのでどうなるのかなと不安でしたが、ちょうどレンタカー会社のバス乗り場に行ったらバスがやって来ました。10分弱走って連れてこられた事務所()、何もない真っ暗なところで煌々と事務所の照明が光
サラミス遺跡を後にし、タクシーでファマグスタ旧市街のゲストハウスまで帰る途中、珍しくポツポツと雨が降ってきました。以前から書いているように、私はお稲荷さん憑きの晴れ女のようで、これまで海外を多く渡り歩いてきたなかで雨が降ることは数回しかありませんでした。(寝てる間に降っていたとか、車中の移動中は何度もあり)ゲストハウスに着き、ニコシアへ戻るため預けていた荷物を受け取って歩いて行こうとしたところ、雨が突然激しく降り出した。この土砂降りですと、さすがに旧市街の外にあるバス乗り場まで歩
ゴーストタウンですっ転んで肘から血が噴出していますが、とりあえずウエットティッシュで拭いて、次の目的地へ向かいます。今回の旅のメインとなります。私はココへ来るためにこの旅を決めたくらい重要な遺跡。キプロス島は先史時代から人の住む形跡あり、もしかしたら周辺の陸地よりも早く発展していたかもしれない非常に稀有な島なのです。そして、今回の旅はフェニキア人の足跡を辿ることを念頭に各地をスケジューリングしまして、ファマグスタの北にあるサラミスは地中海を挟んですぐ東にあるシリアやレバノンのフェニキア人が「
泊まっているゲストハウスは8部屋しかなく、欧米人で満室。皆さん一週間単位で泊まられているそうです。長い人は3ヶ月も滞在するのだとか。1泊しかしないセセコマシイ日本人の私は、大変に興味深い街ながらも、一週間ここで何するんだろ?と思い、シレーっとゲストハウスのホストに「ファマグスタは、旧市街以外に何か観光スポットはありますか?」と聞いたのです。すると、いくつかの紹介とともに「ゴーストタウン」を教えてくれました。??ゴーストタウン?ファマグスタの紙の地図をもらうと、右下の方、確かにゴースト
ゲストハウスは、ファマグスタ中心部ニコラス教会すぐそば。アプローチが美しく、花々咲き乱れる素敵なゲストハウスです。ホストのお祖父様が所有していた家を改築し、ゲストハウスにしたのだそう。オープンがコロナ禍と重なり当初は閑古鳥だったようですが、今ではこの旧市街では口コミの良い人気のゲストハウスの一つ。敷地内にはレモンやグレープフルーツ。オリーブなど数珠なり。いかにも美味しそうですよね。デーツもエッライぶら下がりようですわ。お金なくても食うに困らん。w私はあまりゲスト
朝。目が覚めたら6時前。朝食は8時からとのことなので、昨日訪ねていない旧市街東側半分の主なビサンチン&ヴェネツィア建築を追います。その前に、ファマグスタ旧市街に限定して歴史をもう少し掘り下げてみます。きっと知っていると楽しい(はず)※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ファマグスタ旧市街は、多くがフランス発祥の一族リュジニャン家によって建設されました。ファマグスタをコレほどの街に仕立てたのは彼ら。もちろんフェニキア人がここを開拓し
昨日の続き、ファマグスタ旧市街の美しいビサンツ&ヴェネツィアン建築です。聖ジョージ・ラテン教会(St.GeorgeoftheLatinschurch)13世紀末~14世紀初頭に建てられたとされる初期ゴシック様式の教会です。街から隔てられた塹壕壁に囲まれているため、実際には街よりも前に建てられた可能性があるとされる本当に古い教会。天井こそないものの、柱や下壁は強固なのですね。ちょっとやそっとで崩れる感じはありません。この門の
東の港町ファマグスタへ到着しました。ニコシアから何だかんだと2時間近く揺られたのかな?googlemap氏では1時間けど、途中何度か乗降のため停車したので意外にかかったと思う。この旅で北キプロスの東を訪ねたのはココが目的てはありませんでした。ここから少し北にある遺跡へ行くためでしたが、調べたところ遺跡周辺には宿泊できるような施設が見当たらなかったため、一番近い都市ファマグスタに泊まることにしたのです。北キプロスは未承認国。国連はもちろん日本も認め
北キプロス側へ国境を越えると、直ぐ左手にツーリストインフォメーションがありました。本日向かう予定の東の街へバスで向かおうと思っていますが、どこにバスターミナルがあるのか分からない。早速インフォへ入って聞くと、ニコシア旧市街の地図をくれ、「バスが出るのは、旧市街の城門を出てココです」そして、「8時、9時と1時間毎にでています」と教えてもらいました。時間を確認すると次のバスまで30分ほどある。北キプロス側は初めてなので、ニコシア旧市街
先週、北キプロスへ行きました。192カ国目の訪問です。キプロス島は、先史時代から人の住んだ痕跡があります。後ほどご紹介する博物館には紀元前8000年頃とされる石器や陶器を展示しており、目立たないですがかなり歴史も文化もある島なのですよね。※日本の縄文はそれ以上の歴史あるけど。そして、現在のキプロス島は、国際的に「キプロス」として一国の認識ですが、実際は北東と南西に分断されています。南が「キプロス共和国」北は「北キプロス・トルコ共和国」といい、前者