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土曜日は連休前の能登巡回、能登中島辺りなど所々で滝の様な土砂降りに遭遇し難儀し夕刻金沢帰還時もかなりの降雨、行き掛けに渇水していた浅野川の増水が印象的。市内中心部は金沢ゆめかいどう2026と言うイベント開催で通行不能、止む無く辿った昭和通りは大雨の中の大渋滞、渋滞知らずのバイクの有り難味を感じ。夕餉を済ませ早めに就寝、、、日曜日は博識の兄の案内で猪谷散策。途中渡った庄川は平水で多くの鮎釣り師が立ち込んで居たのに、井田川、神通川筋は増水泥濁りとその違いに驚き。旧細入村「猪谷」盆の親の帰
新•美の巨人で特別名勝兼六園が取り上げられていました昔一度訪れた事がありますが自分がガーデニングなどをしたりいろいろなガーデンや庭を訪れる前だったので今回映像を見て見どころ満載の庭だと感心しました6つの要素を兼ね備えているといいます林泉回遊式庭園だそうです加賀藩の大名庭園だったようで絵図の門は東大の赤門になったようですこの橋の形もユニークです池や水の流れが美しいですね庭の場所ごと季節ごとにバラエティー豊かな様子を見せているようです落差を利用した電力を使わない噴水見
金沢市小立野にある金龍山天徳院は曹洞宗のお寺です加賀藩第三代藩主利常の正室珠姫の菩提寺になります。立派な山門が見えてきました。元禄六年の火災で唯一免れた山門です山門の中央には鈴のような香炉香炉の上には球を抱いた獅子が乗っています小立野の素敵なお寺に風が通ります🍃徳川二代将軍秀忠公とお江さんの次女珠子は3歳の時に加賀の国にお輿入れしました。わずか3歳ですよw(゚Д゚)wそ
数日前書いた「眼目の寺から…」で、『ホントは寺名地名のことを書こうと書き始めたのだが…』で括ってしまったので、今日はそのことへ再挑戦してみよう。立山寺の地図を見てると、「釈泉寺」「極楽寺」の寺名地名がある。少し離れると右上方向に『護摩堂』なる地名も。さらに上方向には『東福寺野』なる地名も。調べてみると全て中世の頃まであった寺の名を地名として名乗っていた。釈泉寺も極楽寺も中世から戦国期における戦乱により焼却された寺々で、天台系の修験宗だったようだ。この地図のもう少し上の方になるが「法音寺」
雨晴海岸を後にして、高岡市に向かい吉久の古い街並みに立ち寄りました。江戸時代に加賀藩の米蔵が置かれて商人の街として栄えた街だそうです。千本格子の古い建物が多く残り、在りし日の賑わいを感じさせる街並みでした。今回は早朝に散策しましたが、次回はもうちょっと遅い時間に訪問して賑わいを味わいたいと思います。吉久の街を後にして、つぎへと向かいます。
主計町茶屋街から歩いていくと「彦山緑地」と書かれている立派な門が目に入りました中を見ると庭園のようですが…彦山緑地金沢市彦山町にある彦山緑地は加賀藩6代藩主前田吉徳から藩士遠田自省(よりみ)勘右衛門が拝領したといわれるツツジ(遠田のつつじ)が残る日本庭園緑地だそうです。遠田のつつじをはじめとするツツジ園のほかボタン園、休憩所等があります。住宅街のなかにある彦山緑地はとにかくたくさんの種類のツツジが見事なのですとても丁寧に手入れされているのが感じられます思いがけず、
先日頂きました、氷室万頭。氷室饅頭とは、毎年7月1日の「氷室の日」に無病息災を願って金沢で食べられる伝統的な酒饅頭。加賀藩が江戸の徳川将軍家に氷を献上した故事に由来し、白(清浄)、赤(魔除け)、緑(健康)の3色がある。と、AIに教えてもらいました。金沢生まれだけど…初めてのような💦#氷室饅頭#無病息災#加賀藩#金沢生まれ
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歴史大好きなぱんだ(´Д`)。金沢駅に興味深いものが展示されていたので見てきました。金沢町名絵図なんとなんと(´Д`)。金沢市立玉川図書館所蔵の江戸時代の文化八年(1811)の金沢町名絵図を現代風に書き直したものなのだそうです。今から200年ほど前の加賀藩ではすでに住宅地図が記されており、しかも住む人々の職業まで記されて残っているとのことでした。すごいですね(´Д`)。金沢町名絵図人の名前がびっしり(´Д`)。江戸時代ですでにこのような細かい住宅地図があったというのは驚
今日から7月海開き、山開き🗻のニュースが聞かれます7月1日は金沢辺りでは氷室の日氷室まんじゅうをいただきますひゃくまんさん✨江戸時代に加賀藩が将軍家へ氷を🧊を献上するために保存していた氷室を開き江戸まで運んでいました道中の無事を祈願して神社などにおまんじゅうをお供えしていたそうです氷室の日が近づくと和菓子屋さんには氷室まんじゅうのお知らせが張り出されます氷室まんじゅう酒饅頭です色々なお店の氷室まんじゅうをいただくのが楽しみです😋💕金沢といえば美味しいも
夏に食べたい和菓子は?▼本日限定!ブログスタンプお疲れ様です♪今年もやって参りました江戸時代加賀藩前田家が冬の雪を氷室に貯蔵しその天然氷を幕府に献上…道中無事に届くよう祈願して神社に饅頭を供えたそうです♪(笑)お陰様で現代も餡子たっぷりの饅頭を食せる事に感謝!感謝!(笑)今年もお気に入りの氷室饅頭をチョイス♪が何と新参饅頭があったらしいこれまでの看板商品↓氷室饅頭は販売していなかった…2024年創業90周年を迎え満を持して一般販売をスタートさせていた
兼六園からすぐ近くの金沢能楽美術館です。金沢の能楽は加賀藩前田家が武家の式学として保護、育成を図り、庶民にも広く奨励「加賀宝生」として独自の発展を遂げた、とあります。ここで能装束の体験ができる、とあり早速申し込んでみました!✌️スタッフの女性が二人がかりで着せて下さいます。装束と能面を選びます。装束はグリーン系とオレンジ系女性の能面が3種類ほぼ同じに見えたので、どう違うか聞いてみたら「若い女性、年増の女性、神がかった女性」との事で神がかった女性にしてみました✌
2026年6月25日(木)昨日の午後、ゆったりカフェに参加しました。参加者は7名、ちょっと少ないかな?何を話してもいい、話さなくてもいい、月に一回の集まりだけど、ここで顔を合わせるのが楽しみ、と言う人もいます。昨日の話題には、私も『2000年代のアメリカ経済』3回目の報告を準備していったのですが、時間がなくて延期に。Gさんから、町内にある金鉱の見学会について報告。小学生100名を超えるグループを二日間、案内されました。加賀藩の管理下にあって、この地域にはいくつもの坑道が
6月24日「ひるおび」で紹介された森八の長正殿小墨!加賀藩御用菓子司森八長生殿小墨加賀藩御用菓子司森八長生殿小墨6枚入Amazon(アマゾン)
金曜日の夜膝の手術予定の友達を応援するために…乾杯🍻頑張ってみんな、ナースなので…お見舞いは、ペンタジン💉にするわ(🚓捕まるって!笑笑)手術の無事を願って彼女の好きな🍉を持って行くことにしますそれにしても、このプレート可愛すぎるすごく、喜んでくれました〜野球ママさんとホテルランチ1日10食の御膳をいただき次に向かった場所は…加賀藩ゆかりの庭園兼六園ではなく玉泉園とても、風情あるお庭でした🍂🌿🍁金沢に住んでても知らない場所がいっぱい…そういうところを
兵庫県立歴史博物館の続き〜『兵庫県立歴史博物館へ!③』兵庫県立歴史博物館の続き〜『兵庫県立歴史博物館へ!②』兵庫県立歴史博物館の続き〜『兵庫県立歴史博物館へ!』姫路の続き〜『道すがら⋯②』姫路の続き〜『姫路『好古…ameblo.jp各地のお城は、どれも素晴らしかったのですが、今はもう無き江戸城天守閣に感動したRieruです明暦3(1657)年に焼失して以来、再建されなかったのだとか。もっと後の時代に焼失したのかと思っていました。ちなみに、現在の天守台は、加賀藩の前田家によって建てられて
歌川広重の浮世絵に描かれた、江戸の日本橋を出発する参勤交代の行列。大名行列の先頭が橋を渡る様子が描かれている。一行は早朝4-5時頃に起床し、7時には出発。1日約40キロの行程を時速4〜5キロで歩き、16時頃には次の宿場へ到着する行程だった。道路に照明がなく、暗くなると危険だった。また、宿場に着いて、お供の料理人が持参した調理器具を使い、現地調達の野菜や魚を除いて、ほぼ全て持参した食材や調味料を使い、殿様の食事を一から作っていたので、夕刻早期の到着が必要だった。朝食、昼の弁当も同時に作った。現代
加賀百万石の城下町・金沢(´Д`)。風情ある街並みが広がり、緑豊かで起伏に富んだこの街には、心惹かれる坂が数多くあります。本日ご紹介するのは、金沢市の「えんしょう坂」です。えんしょう坂こちらがえんしょう坂です。緑豊かですね(´Д`)。辰巳用水遊歩道の途中にあり、土清水に繋がっています。えんしょう坂の由来は、加賀藩の藩政時代に今の涌波一帯にあった藩の煙硝蔵に五箇山から煙硝が運ばれていた時に使われていたことから、この名前が付いたとされています。現在は煙硝蔵はありませんが、近くに国
こんにちは着物大好き着付と和裁まどかです。お茶会の後せっかく金沢へ来たのでと石川県立歴史博物館で開催されていた『鷹と加賀前田家』展へこちらの展示は、場内撮影禁止でしたのでわたしのつたない感想で・・鷹というより「お鷹様」だなぁと感じました。鷹のえさのために、お百姓さんが害虫駆除ができなかったとかそれはひどいと思いました。鷹と一口にいっても色々種類が合って、サイズもいろいろでへ~と色々関心していました。鷹展でもわりと満足で
加賀藩野村家の武家屋敷とっても立派で素敵な武家屋敷。襖に描かれた素敵な絵この着物の柄はネコ可愛い。素敵なお庭はミシュラン二つ星を獲得した名勝庭園。石段を上がって行くとお茶室「不莫庵」があって、庭園の全景が見下ろせる。お庭の水の音と、木々が風に揺れる音を聞きながらお抹茶を頂いた。お抹茶を頂くのは初めて。お作法は色々あるけれど、基本的な事だけを丁寧に教えてくれた。お茶碗の向きの意味。回して頂く意味。思いやりと感謝。こんなに深い心使いが一杯お茶にあること
そして、トーハクです豪華絢爛、最初から最後まで見どころで、その見事さ素晴らしさの多さに、【加賀百万石】の凄さを感じずにはいられません。さて、加賀藩は前田家。最も有名な前田利家は江戸幕府が開かれる前に世を去っており(一五九九年)、江戸時代加賀藩の初代藩祖は、その嫡男である利長となります。初代利長(としなが・利家長男、1562-1614)二代利常(としつね・利家四男、1594-1658)三代光高(みつたか・利常長男、1616-45)四代綱紀(つなのり・光高長男、1643-17
舟木長左衛門(ふなきちょうざえもん、生没年不詳)は、江戸時代中期の加賀藩(金沢藩)士。藩主の食膳や饗応を取り仕切る御料理頭(おりょうりがしら)を務めた。経歴加賀藩の藩士(家格、禄高などは不詳)。明和2年(1765年)、それまで長らく闕職(欠員)となっていた御料理頭に大杉源左衛門が任命され、役料(手当)に代わって新知80石を給された。長左衛門はその翌年である**明和3年(1766年)**に同じく御料理頭に任じられ、大杉との「二人役」体制を構築した。それ以前の御料理頭は、元禄期に4人体制、
舟喜鐡外(舟木鐡外)と紀尾井坂の変舟喜鐡外と紀尾井坂の変(ふなきてつとときおいざかのへん)では、幕末から明治初頭にかけての加賀藩(金沢藩)士・舟喜鐡外(舟木鐡外、諱は馬好)の生涯と、彼が引き金の一翼を担った主君の仇討ち、およびその系譜が明治11年(1878年)の最高権力者暗殺事件「紀尾井坂の変」へと直結し、日本の武士社会が完全な終焉を迎えるまでの歴史的連鎖について記述する。概要明治5年(1872年)、加賀藩筆頭家老・本多政均の暗殺に対する復仇(一矢会の活動)を成し遂げ、日本法制史上「公式に
舟木三郎兵衛(ふなきさぶろべえ、生没年不詳)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武術・技術官僚、建築家。加賀藩(前田家)のお抱え大工棟梁である御大工(おだいく)の一人。【略歴】織豊期から江戸初期(前田利家、利長、利常の3代の時期)にかけて加賀藩に仕えた。藩の建築・土木工事(作事)を統括する作事奉行の配下として、藩の重要プロジェクトを差配する大工棟梁の重職(御大工)を担った。当時の加賀藩における御大工は、藩主から直接その姓名を伝称されるほどの特権的な技術者集団であり、舟木は橋本惣右
細入村の舟木氏(ふなきし)は、幕末期に越中国婦負郡細入村(現在の富山県富山市細入地域)周辺において、国境警備や関所管理の実務を担った武家、または在郷役人の一族。富山藩(または加賀藩)の統治下において、飛騨国との国境に位置する要衝「猪谷関所」の定番や、境界見分を行う御足軽としての活動が『細入村史』などの史料に記録されている。概要細入村一帯は、越中と飛騨を結ぶ飛騨街道(有頼柳和・現在の国道41号沿い)が通る政治・経済・軍事上の要衝であり、藩境守備のために「猪谷関所」が置かれていた。史料上におい
能登国の神職舟木氏(ふなきし)は、日本の氏族。江戸時代に加賀藩領であった能登国鹿島郡所口(現・石川県七尾市所口町周辺)を本拠とした有力な神職(社家)の一族。概要近世の能登国において、地域の政治・経済・信仰の要衝であった**所ノ口(所口)**の神主を代々務めた家系である。加賀藩の公文書や藩政史料(『加賀藩政救恤史料』など)にその活動が記録されており、同じく能登の修験・霊場として大規模な勢力を誇った石動山(せきどうざん)の神主(清水氏・大森氏等)や、下白山社人、山伏らと並び、藩領における主要な
このGeminiくんとの対話シリーズは、嫌われているのを知っている。何故なら文字ばかり続き、長い!それはそうだろうと想う。そんな訳でこの対話を揚げるには、いささか躊躇した。また、ここに至るまでには沢山、Geminiくんと対話もした。私の中では何故、船峅、芦峅、岩峅の3所が峅を使い、本宮が立蔵と蔵を使うのか、疑問だった。全て立山信仰の縁地なのに…。また何故、神通川沿いの船峅と常願寺川沿いの立蔵や芦峅・岩峅なのだろう…、そもそもこの3者のつながりはどんな流れなのだろう…。様々な本を探して
ほんぢつは、『江戸時代』の旧暦6月1日に『加賀藩(現:石川・富山県)』が『徳川将軍家』に『氷』を献上し、『氷室の日』として祝ったコトから・・・1985(昭和60)年、『日本冷凍事業協会(現:日本冷蔵倉庫協会)』副会長であった、『小野田商店』2代目社長「小野田正美」氏が『制定』──【氷の日】だったんデスね。当時の『加賀藩』は、『大寒(1月20日ごろ)』前後に降った『雪』を『氷室』と呼ばれる『貯蔵庫』に保存し──旧暦6月1日に『江戸幕府』へ献上。当時の『加賀藩』から『江戸』までの距離は約48
山中温泉♨️って、、、一体どこにあるのかしら❓👀💦それはね、あの百万石で有名な加賀藩の、北前船で稼ぎまくった船人達が、ふらっと立ち寄る由緒ある湯治場♨️なのよ。😊✨加賀の九谷焼と山中塗が有名な良いとこよ♡✨無料で聴けるネットラジオ#SamuraiWomanがお伝えする、今回は、うっしーさんの親孝行の旅の記録です。✌️✨うっしーさんのお母さんは心臓の手術から無事に生還、この度は退院おめでとう旅㊗️。山中温泉♨️、よいとこだー♡✨、、、そして季節は小満
あのさぁ、6月1日って「氷の日」なんだって。江戸時代、加賀藩が将軍家に氷を献上していたんだけど、その『氷室開き』が旧暦の6月1日に行われていたことから6月1日が「氷の日」になったらしいよ。今みたいに冷蔵庫なんてない時代だから、いろいろ工夫をして、冬の間に切り出した氷を夏まで大切に保存していたんだろうね。昔の人の知恵って、本当にすごいよね。氷の話をしていたら、冷たい飲み物が飲みたくなってきちゃったよ。そんな6月1日は「牛乳の日」でもあるんだって。国連