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フランス王妃マリー・アントワネットが(彼女についてはこちらも参照にされたい)パンがなければ,お菓子を食べればいいじゃない。と言い放ったって言うのは有名な話だが,(反王妃派が流したデマだと思われる)それより1500年近くも前にもっと激しい発言してる奴を見つけました笑。って事で,今回は中国史を語りたい。「魏晋南北朝時代」の話だ。184年に勃発した「黄巾の乱」により,(この反乱についてはこちらも参照にされたい)400年間に及んだ漢王朝が崩壊。(一応,しばらく命脈は保た
『三国志平話』は『三国志演義』に先行して成立しており、『正史三国志』などの史書に始まり『三国志演義』が成立する過程を考えるには、欠かすことができない作品です。成立順は『正史三国志』と『三国志演義』の間に位置するとはいえ、正史に近い部分もあれば、『三国志演義』より虚構が強い部分もあります。本記事では龐統[ホウ統]に着目し、『三国志演義』が成立する過程において、龐統[ホウ統]の人物像がどのように描かれているか、その変遷をたどります。変遷をたどる場面は、龐統[ホウ統]が『三国志平話』と『三国志演義
この日は雨☔予報だったゆえに出来るだけ荷物を減らしたかった結果オペラが犠牲となり1階真ん中通路より後ろサブセンにてオペラなしで観劇以前までだとA席?S席?くらいのお席でも観やすかったですお席が千鳥だから?かしら見通しよく観えましたさてさてお芝居オペラなし。かつしばらく観てない月組さんしかもお衣装・鬘皆似たりよったりわかるのは3人のみ(言わずもがな)斬って斬って斬りまくりヒャアーな感じだったけどちなつさんはお芝居上手だしあぁ〜乱世ってこんなのだったのね三国
「桃園の誓い」から始まる劉備元徳の華々しいサクセスストーリー。しかし、その裏側には、拠点も職もない、いわゆる「ニート(放浪)期間」が驚くほど長く存在します。現代なら即座に生活保護か破産宣告レベルの状況ですが、彼はなぜか常に数十人〜数千人の部下を連れ、飢えることなく戦い続けられました。その不思議な財布の中身を紐解いてみましょう。1.そもそも劉備の「ニート期間」はどれくらい?劉備の人生は、およそ20年以上が放浪と居候の繰り返しです。公孫瓚、陶謙、呂布、曹操、袁紹、劉表…。名だ
「三国志」という群雄割拠の時代、誰もが一度は夢想するのが「もしあの英雄がこの場にいたら?」という話。中でも、後漢を建国した「やり直し」の天才、光武帝・劉秀がもし黄巾の乱の後に現れていたら?歴史のifを、光武帝のキャラクターと実績から考察してみます。1.「柔よく剛を制す」外交で群雄を飲み込む光武帝の最大の武器は、曹操のような冷徹な覇道でも、劉備のような涙の王道でもなく、「圧倒的な調整能力」です。彼は敵対した将軍を許し、部下として使いこなす名手でした。もし彼が中原に立てば、袁紹や袁
「劉備といえば、耳が大きくて涙もろく、武勇は関羽や張飛任せ…」そんなイメージを持たれがちですが、史実の彼は決してそんな柔弱な男ではありません。むしろ、戦場にその身を投じ、自ら獲物を振るって敵をなぎ倒す、「最前線の武闘派」としての姿こそが劉備の真実です。今回は、彼がどれほど個人の武力に長けていたのかを深掘りします。青年時代の「侠気」と喧嘩慣れした腕っぷし劉備の出自は、筵(むしろ)を売る貧しい境遇でしたが、その周囲には常に血気盛んな若者たちが集まっていました。正史『三国志』によれば、彼
曹操は、黄河沿いの官渡に城塞を築き、袁紹は、官渡に兵を進めて、籠城戦となった。戦いは、長期戦の様相を呈して、曹操軍は、兵糧が、不足したため、脱出者が、出始めた。袁紹は、大量の兵糧を運ばせ、駐屯させた。袁紹の配下で、曹操の旧知の許攸は、曹操軍に寝返って、烏巣に大量の食料があることを告げたのである。曹操は、自身、兵を率いて、烏巣を急襲すると、兵糧を燃やした。烏巣の戦いの勝利が、曹操と袁紹の勝敗を分けた。袁紹は、800人程度の供回りと河北に脱出し、官渡の戦いは、曹操の勝利に終わっ
三国志の乱世において、武将たちの格付けを決めていたのは単なる武勇だけではないのかもしれません。彼らが執着し、時に激しく衝突した根理には、「官職」と「爵位」という二つの異なる序列体系が存在していたと考えられます。この二つの違いを紐解くことは、曹操や劉備が歩んだ覇道の背景を読み解く鍵になるのではないでしょうか。官職と爵位の根本的な役割の違い官職とは、一言で言えば「政府内での役職」を指していたようです。軍事を司る大将軍、行政を担う丞相、地方を治める太守などがこれに当たり、基本的には実務を伴う公
どうも~やはり「三國志」にハマってる劉備てか登場人物カッコ良すぎ(爆)横山光輝の「三國志」を制覇してるのだがなんか出来事は多少前後してるんで少し混乱しながら観とる嫁てぃ~も一緒に観てて説明するがこれはハマらんらしい(笑)「三國志」→「水戸黄門」が最近の日課さて置きもうそろそろちゃうかな!?と思いながら淀活行ってもーてる相変わらず、短時間だけしか行かれへん色々投げ散らかすも雰囲気無しほなこんな感じか?とレンジを変えてみるなんとなく小さいアタリを感じるもう一度同じ
君子と小人(14)君子は小知すべからずして、大受すべきなり子曰わく、君子は小知すべからずして、大受(だいじゅ)すべきなり。小人は大受すべからずして、小知すべし。衛霊公第十五仮名論語242頁1行目です。伊與田覺先生の解釈です。先師が言われた。君子は、こまごました仕事をやらすことはできないが、大きな事はまかせてやらすことができる。小人は、大きな事はまかされないが、こまごまとした事は、やらせることができる。この章で、君子は「君子は小知すべからずして、大受す
https://t.co/bougGSvJri1日1テーマ30日で分かる三国志、読み終えた。なかなか良かった。イラスト、資料が多彩で、文章も結構分かりやすい。一つのテーマが4ページごとの紹介なので、三国志入門として簡潔にまとまってる良い本だ。—yosi(@yosifumu)April4,2026三国志の正史、演義の違い、曹操孫一族劉備の項目ごとの紹介、また、物語を彩る女性という三国志としては異色なテーマの章もあったり、現代に残ってる故事成語、日本の三国志の広まり方など、雑学
三国志吉川英治の小説「三国志」を1ヶ月半かかって通読した。初めてのことです。その基となっている…陳寿の歴史書「三国志」や羅貫中の物語「三国志演義」は勿論のこと…^^読んだことはありません。三国志については、ダイジェスト版や解説書、あるいは漫画やテレビの知識だけで今日まで生きてきていた。今つくづく若いうちに、できれば学生時代にちゃんと読んでおけばよかったと反省しきりです。登場人物は…小説に登場する人は、魏の曹操、呉の孫権、蜀の劉備玄徳/諸葛亮孔明/関羽/張
物語としての三国志を読み始めて数年、ストーリーが大体頭に入った一方で、普段読んでいる三国志と本当の歴史は違うらしいと知った頃の話です。三国志を読んでいると、何となくすっきりしないものを感じる箇所が出始めていました。横山光輝『三国志』と、明らかに参照されている吉川英治『三国志』を題材に、当時の違和感を思い返してみます。なお、初めにお断りしておきますが、決して2作品を茶化すとか、揚げ足を取るつもりではありません。また、違和感を説明するため、それなりに潤色しています。この2点、ご了承ください。1.
いつもありがとうございます。ミズです。このブログにお越しいただき、感謝いたします。今回は、「人材」についてのお話をしたいと思います。人材を「人財」と表現する場合もありますね。ミズさんの勝手な解釈では、「『人』というものを、会社を発展させるための『材』料と捉えるのではなく、会社にとってかけがえのない『財』産だと尊重する立場」のことだと思っています。違ってたらゴメンなさい。ただ、一般的には「人材」と言うことが多い気がしますので、そのまま使っていきます。それぞれの会社や組織で、かけが
オタばあです!昨日の金曜ロードショー、つい何気なく観てたのに…完全にやられました😇『名探偵コナン』の長野県警・諸伏高明警部。【名探偵コナンカードゲーム】(CT-P05)諸伏高明(CP)(P043)◇楽天市場あの落ち着いた雰囲気と、知的で静かな圧…気づいたら「好きかも…」ってなってました。危険⚠️笑しかも名前が「高明(たかあき)」って…やっぱり元ネタは諸葛亮孔明ですよね?そう思った瞬間、私の中で眠ってた記憶が一気に蘇ってきて…昔どハマりしてた横山光輝三国志✨
あのね三国志は好きなんです。中国ドラマもダイスキで古装ものもダイスキなんですよこだわりなんかもあります・・・今回の月組さんの「ryofu」劉備や曹操、関羽や張飛やらあと孫権やらがずらっと並んでセリフ言う場面があるんやけど全員一緒にみえるんやけどなんとか工夫して個性だしてくれへんかな・・・ていまさらなんもかわらんやろうけど君はだれやねーーんて思うわ美しさを追求するんやったらそれでええんよ董卓もふとってないしもじゃもじゃでもないし呂
「三顧の礼」といえば、劉備元徳が諸葛亮孔明を三度訪ねた美談として有名です。このエピソードの最古の記録は、諸葛亮自身が記した『出師表』にあります。しかし、実はさらに古い時代を紐解くと、劉備がモデルにしたのではないかと思われる「賢者招致のテンプレート」が存在します。1.概念の元祖:戦国時代の「礼賢下士」三国時代より数百年も前、中国の戦国時代には「礼賢下士」という思想が根付いていました。これは「君主が身分の低い賢者に対して、礼を尽くして謙虚に接する」という美徳です。劉備の行動は、まさにこの
【三国志】9割が知らない!魏・呉・蜀が滅亡した原因とは?!-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be2024/11/02#諸葛亮#曹操#三国志魏の曹操、蜀の劉備、呉の孫権に代表される三国時代。そんな三国も最終的には終焉を迎えることになりますが、その原因は意外と知られておりません。今回は三国の建国から崩壊までの歴史を徹底的にご紹介していきます!諸葛亮が没
三國志といえば、羅貫中が著した娯楽小説『三国志演義』のイメージが強いですよね。「劉備は徳の人」「張飛は猪突猛進」…そんな固定観念を持って歴史書である『正史』を紐解くと、あまりのギャップに椅子から転げ落ちそうになります。今回は、物語のイメージを裏切る、正史での真の姿が強烈な武将を5人厳選してご紹介します。1.劉備:実は「徳」より「拳」で語る武闘派演義では優柔不断で涙もろい「聖人君子」として描かれる劉備。しかし正史の彼は、もっと泥臭く血気盛んな親分肌です。有名な「安喜県の督郵(役人
英雄たちが群雄割拠した三国志の世界。戦場では無敵を誇った彼らも、身体の奥底に潜む「見えない敵」には勝てなかったようです。もし彼らが現代のクリニックを受診したら、どのような診断名がつくのでしょうか。曹操:慢性的な激しい頭痛【現代の推測:緊張型頭痛または片頭痛、あるいは脳腫瘍】曹操を終生苦しめたのは、目の奥を貫くような「頭風」と呼ばれた激痛でした。名医・華佗が「頭蓋骨を切り開いて治療するしかない」と提案して曹操の怒りを買ったエピソードは有名です。現代の視点で見ると、多忙を極める政治ス
三国志(三)(吉川英治歴史時代文庫)Amazon(アマゾン)続きです。関羽が死を決意したところで登場するのが曹操軍の張遼です。張遼は、関羽を説き伏せて、一時的に条件付きで曹操の配下に置くことに成功します。関羽の条件とは三つ。一つ目は「漢朝に降伏するのであって、曹操に降伏するのではない」、二つ目は「劉備玄徳の二夫人、御嫡子、その他の奴婢にいたるまでの生命と生活の安全を保障する」、三つめは「劉備玄徳の行方が分かった場合は、暇乞いもせずに故主のもとへ走る」というものでし
偉大な創業者がガレージから立ち上げて大企業に育て上げる。しかしその息子は甘やかされてアホの子になる。また創業者は天才だけど二代目は平凡、三代目になるとアホになってしまう、なんて現代でもよくある話です。しかしそれが国家単位だと家臣は困りますな。「ちっ。このバカ息子が!」なんて心に思いながらも口にはだせず。。。。。その典型が古代中国にもありますな。その典型が劉備玄徳の息子劉禅です。実は彼は2回も危機にあっています。ひとつは有名な長坂の戦い。もう一つは呉の孫夫人が呉に帰るときに劉禅を
【名君チャンピオン道場】の「漢中王、北伐親征す」を再びプレイしました。このブログにおいて、ちゃんと説明が成されてないのが、改めてわかりました。スタートして1ヶ月目。曹操陣営より先にスタートが最良です。初手で狙う襄陽でもこの武将数・兵士数がベストです。特に邪魔なのが、この二人。関羽から荊州を守り切った曹仁。曹操陣営最強の猛者・許褚。城に籠った曹仁も厄介ですが、鉄壁を使う許褚はさらに厄介です。襄陽などの商人所在都市の占拠も大事ですが、鉄壁・籠城を持つ武将の対策も必要です。初手の悩
「三国志」と聞くと、多くの人は赤壁の戦いや知略を巡らす軍師たちを思い浮かべるでしょう。しかし、彼らが何を食べていたか、気になりませんか?実は、英雄たちの食卓には、現代の私たちが大好きなあのメニューもあれば、聞いただけで顔をしかめるような衝撃の食材も並んでいました。三国志の時代、刺身は「超」メジャーだった!驚くべきことに、三国志の英雄たちは刺身(膾:なます)が大好きでした。当時は、川魚や獣の肉を細かく刻んで、酢や調味料で和えて食べるのがステータス。特に、呉の曹植や魏の曹操などは大の魚
4月から実家に戻り、職場まで電車通勤です。車で通えないのことはないのですが、月極駐車場などの問題があり、早起きして電車通勤という選択肢を選ぶことになります。実家の親にしてみれば、望んでないパターンで息子が帰ってくるんだから、ストレスを溜めさせることになります。とりあえず半年で親元を出られるように金銭面などを整えたいと思います。…ここまでなら『半世紀の反省記』の内容です。最近までメインシナリオや【名君チャンピオン道場】をちょこっとプレイしていましたが、満足のいくものになってませんでした。
趙雲伝作:塚本靑史久し振りに三国志物を読んだ主役が趙雲は、まぁサモハンキンポーの映画でも見たくらいだからメジャーといえばメジャーよなと思いつつ読んだんだが結構独特な展開で、面白かったのであるなんというか、凄く静かに、淡々と進んでいくのにちゃんと趙雲の一生が描かれていて驚いた序盤相当ゆっくりしてたから、これは、一騎駆けのシーンで終わりくらいかと思ってたら重臣になっていくところも描かれていてよかったのであるあとがきにもあった通り、劉備軍をずっと見ていた人ではあるが、三兄弟
「実績がないから、まずはクラウドソーシングで最安値から始めよう」「ライバルより1円でも安く、1秒でも早く納品しないと仕事が取れない」もし、あなたがSNSやプラットフォームで、そんな「削り合いの消耗戦」に身を投じているのなら、ここで断言します。その先に、あなたが切望した「自由」はありません。待っているのは、会社員時代よりも低賃金で、さらに不安定な「デジタル小作人」としての地獄です。なぜ、必死にスキルを磨き、睡眠時間を削って努力しても、あなたは常に「選ばれる側(
三国志(一)(吉川英治歴史時代文庫)Amazon(アマゾン)吉川英治著「三国志(一)」を読みました。著者は作家で、歴史小説の大家です。11年前にも読みましたが、二巻以降を読まずに放置してあったので、まずは一巻を再読です。劉備玄徳が母親のために、当時非常に高価だったお茶を購入したものの、黄巾族と呼ばれる輩に襲われるところから始まります。劉備は、一度はお茶と自ら持っていた由緒正しい剣を失いますが、張飛に助けられ、それらも手元に戻ってきます。劉備は漢王朝の血を引くものと
やっぱり趙雲伝の三国志も面白いな、関羽張飛と並び後の蜀の将軍となる趙雲の生い立ちを描いているが、砦を築いた山賊軍との戦いや董卓討伐やあの呂布とも趙雲は戦っていたらしく、趙雲伝もやっぱり面白いな、趙雲も劉備と同様優しく強く魅力ある人間だな、蜀には関羽張飛趙雲と良い武将が揃っていて、蜀が一番好きだな、そしていよいよあの諸葛亮孔明との出会いの三顧の礼、最初漫画で読んだ時に、一度目も諸葛亮孔明は留守で手紙を残しても2度目も会えず、諸葛亮孔明は失礼だなと思ったけど、3度目は居るのに会う事もしないのを見て、
「いい人材が採れない」というのは、令和の採用担当者だけでなく、西暦200年頃の中国大陸でも全リーダー共通の悩みでした。群雄割拠の三国時代、生き残るために最も重要だったのは「土地」でも「武器」でもなく、優秀な「軍師」や「猛将」というハイエンド人材の獲得です。今回は、三国志の主要3勢力の採用戦略を現代のビジネスシーンに例えて読み解いてみましょう。1.曹操(魏):圧倒的スピード感の「実力主義・スカウト採用」曹操は、現代で言えば急成長を遂げるメガベンチャーのカリスマCEOです。彼の採