ブログ記事890件
★注意!!!作品の内容に触れています★獣人雪男(1955)長野と群馬の県境の山奥で起きた怪事件から生還した東和大学山岳部の捜索隊を取材するため、新聞記者の児玉(堤康久)は雨が降りしきる駅に降り立った。待合室には山岳部員の飯島高志(宝田明)や武野道子(河内桃子)と数名のメンバー、人類学者の小泉重喜教授(中村伸郎)が憔悴しきった表情で帰りの列車を待っていた。事件について尋ねる児玉に飯島は道子の兄の信介(笠原健司)が残したメモを見せ重い口を開く。東和大学山岳部の飯島、道子と兄の信介
先日WOWOWで円谷英二特集として地球防衛軍・宇宙大戦争・妖星ゴラス・海底軍艦・緯度0大作戦が再放送されていたのだが、特に海底軍艦を見ていて映画館で見たら迫力あっただろうなと思ったのがムゥ帝国人民の舞踊。ムウ帝国祈祷歌に合わせて600人のエキストラが動員されて踊っている様子は壮観で、そういえば海底軍艦以前にもモスラやキングコング対ゴジラでインファント島やファロ島で同じように大勢の原住民達が祈祷歌に合わせて踊るシーンがあったのを思い出した。特にモスラでは
「庵ぐら、しょうや、リオン・ドール」の後に、福島県内でもう一か所寄ってみたいと思っていた目的地は、須賀川市にある「円谷英二ミュージアム」です。円谷英二は、須賀川市出身で、ウルトラマンやゴジラの生みの親です。息子はウルトラファンなので、一度行ってみたいと思っていたんだそうです。今回の秋田行きで、途中に須賀川市を通ることが判り、「円谷英二ミュージアムのあるとこじゃん!絶対寄ろう!」となった訳です。私もウルトラマンは観ていましたし、ウルトラシリーズも好きです。一番
昭和ゴジラシリーズの分岐点★★☆☆☆昭和ゴジラシリーズ第7弾。邦画の斜陽期に入りつつある1966年制作の本作「ゴジラ・エビラ・モスラ南海の大決闘」がいろんな意味でこのシリーズの分岐点だろうか?<ストーリー>南太平洋で遭難した兄の弥太(伊吹徹)を探すため、良太(渡辺徹)はヤーレン号というヨットで出航した。ヨットには学生の市野(当銀長次郎)と仁田(砂塚秀夫)、そして金庫破りの吉村(宝田明)が乗っていたが、出航後一カ月目に大嵐にあい、ヨットは転覆
元TBSプロデューサー、栫井巍(かこい・たかし)さんがお亡くなりになった。享年96歳。謹んでお悔やみ申し上げます。TBSで企画が進んでいたSF怪奇路線のドラマ「アンバランス」を「せっかく円谷英二をテレビに招くんだから、怪獣モノがいい」と明確に怪獣路線へと舵を切り、東京オリンピックで流行語だった”ウルトラC”にあやかって「ウルトラQ」と改題するなどを主導したのが栫井巍だった。このプロデューサーとしての英断は間違っていなかったのだろう。続く「ウルトラマン」も併せて怪獣ブームを巻き起こし、そして現在
Vol.116【昭和の怪獣映画の脇役たち①】の続きです。昭和の時代の怪獣のことをツラツラ考えていたら、ふと「そういえばあまりパッとしない怪獣がけっこういたなー」と思いました。前回に引き続き、ゴジラやモスラやキングギドラなどの主役級の怪獣のかげでひっそりと活躍していた「脇役の怪獣」たちについて個別にお話ししたいと思います。《フランケンシュタイン、バラゴン》1965年(昭和40年)に東宝が日米共同で製作した「フランケンシュタイン対地底怪獣」という映画があります。ざっとそのあらすじ
『ウルトラセブン』「史上最大の侵略後編」テレビドラマトーキー30分カラー昭和四十三年(1968年)九月八日放送令和四年(2022年)十月一日より十三日『ウルトラセブン55周年記念4K特別上映』の一本として日本全国映画館にて上映製作国日本製作言語日本語放送局TBS系監修円谷英二プロデュ―サー末安昌美三輪俊道橋本洋二脚本金城哲夫撮影永井仙吉美術
岩田屋!あの伝説の怪獣映画「空の大怪獣ラドン」(1956年、東宝)で破壊された福岡市天神の岩田屋。大型撮影セットが古賀市で再現され、9月7日から10月6日まで古賀市立歴史資料館2階で見ることができます。圧巻。なぜ、古賀市なのか。それは、円谷英二監督の右腕として「ゴジラ」をはじめ日本の特撮映画を支え、今も特撮のプロたちがリスペクトする特撮美術監督・井上泰幸氏(1922-2012)が古賀市の出身だから。故郷で特別展「井上泰幸のセカイ展」を開催します。開幕に先立ち
東宝特撮のゴジラシリーズ、キングギドラ初登場の5作目ゴジラ初のお正月映画でもある「三大怪獣地球最大の決戦」(1971公開版ポスター)1964年公開/93分/日本(米題:Ghidorah,theThree-HeadedMonster)監督:本多猪四郎特技監督:円谷英二脚本:関沢新一製作:田中友幸音楽:伊福部昭撮影:小泉一(本編)/有川貞昌/富岡素敬(特撮)編集:藤井良平(本編)/石井清子(特撮)製作会社:
平成の大合併で?市域が拡大した?「福島県須賀川市」此処は何と!特撮の巨匠?「円谷英二」出生地であり。街中は?ウルトラマンな?だけど酒蔵もあり。古い街並みも……。それは独特な?世界観が……漂う。異次元な異世界?迷い込むような?そんな錯覚は?AbemaTVhttps://abema.tv/AmebaPickhttps://content.ameba.jp/ameba_pick/start/
『ウルトラセブン』「史上最大の侵略前編」テレビドラマ30分トーキーカラー昭和四十三年(1968年)九月一日放送令和四年(2022年)十月一日より十三日『ウルトラセブン55周年記念4K特別上映』の一本として日本全国映画館にて上映製作国日本製作言語日本語放送局TBS系監修円谷英二プロデューサー末安昌三三輪俊道橋本洋二脚本金城哲夫撮影永井仙吉美術
子供の頃、何歳の頃かは、忘れたけれど、「怪獣大戦争」のX星人を演じた水野久美さんを観て、こんなに、キレイな人がいるのかと、思いましたよ。(もちろん当時は、名前は、わからなかったですが)⬇️X星人の水野久美さん何年か前に書店で⬆️『東宝女優大全集』表紙がX星人の水野久美さんを見て、中も見ないで、即購入しましたもの。表紙のセンターになるくらいなので、同世代のおじさんたちは、私同様に、X星人の水野久美さんが大好きだったことがわかりますね。初恋の人【X星人の波川さん】今見ても、美しいですね✨
今回は前回の続きメヒコフラミンゴ館でランチを楽しんだnekonekoたちは須賀川特撮アーカイブセンターへカーナビで着いた場所は須賀川市市民サービスセンターその奥にひっそりと須賀川特撮アーカイブセンターが日本の特撮の礎を築いた円谷英二(1901〜1970)の出身地が福島県岩瀬郡須賀川町円谷監督は「ウルトラマン」「ゴジラ」などの特撮技術を駆使した作品で現在も特撮の神様とされています亡くなった年でもnekonekoはまだ生まれてませんでしたがそんなnekonekoでも円谷英二は知っている
【3】ウルトラ&怪獣シリーズ限定ソフビウルトラヒーロー500テレビマガジン2014年8月号付録限定ソフビウルトラマンビクトリーエレキングイエローVer.ウルトラヒーロー5002015年12月別冊「SUPERてれびくん×ウルトラマンギンガS」付録限定ソフビウルトラマンビクトリーキングジョーランチャークリアブラックラメVer.ウルトラヒーローX2015年12月増刊号「SUPERてれびくん×ウルトラマンX」付録限定ソフビウルトラマンエクシードXイリュージョ
時間潰しで、須賀川駅でも降りる。駅は大規模改装中。現在の跨線橋にウルトラマンの装飾。
まぁ、街並みは、至って普通の福島県地方都市「須賀川」でも、街中は、ウルトラマンだらけ、、、(*'▽')「ウルトラマン」作者円谷英二さん出身地だそうです。街の中は、「正義の味方ウルトラマン」が守っておりましたが、、、地元公民館「tette」の中は、、、、、ウルトラマンから逃げてきた、怪獣たちが、逃げ隠れておりました、、、(*'▽')「須賀川市とウルトラマン」須賀川市観光協会https://www.sukagawa-kankoukyoukai.jp/Look/page02.h
敗戦後の1960年公開作品です「ガス人間第一号」戦後アメリカ占領軍が引き揚げGHQの検閲がなくなると日本映画界は第二黄金期と言われる全盛期に入ります1954年本多猪四郎監督は「ゴジラ」第一弾を発表しその後ゴジラシリーズは日本映画界の大ヒットシリーズ作品となりましたその本多監督が特殊撮影の円谷英二さんと組んで発表したのが「ガス人間第一号」です興味がある方は是非1960年度版の「ガス人間第一号」を
Tetsu龍でございます。今回はウルトラマンティガ第49話から、第50話からのクライマックス3部作に入る前のサイドストーリー的なお話です。チャリジャと云う怪獣バイヤーの宇宙人が1997年のティガの世界に現れ、怪獣を探しているという処からお話はスタートします。円谷英二に会いたいとチャリジャは町中を探し回り、1965年の日本に行けば会えるという情報をゲット、タイムトラベルで1965年に向かいます。ダイゴ(V6長野)がそれを追って1965年に。そこは、円谷一や金城哲夫が
街中にピグモン。色々いる。男児2名の見たい場所だけ寄り道須賀川市民交流センターってタイミング悪くゲリラ豪雨ー🤣怪獣があちこちに普通にいる。笑すごい世界線。地元のキッズたちは側のテーブルでみんなで宿題やってるというほんわかな雰囲気4階にあがり、、円谷英二ミュージアムへちなみに無料私あまり特撮系詳しくないですが男児2名、、とくに長男はガン見しておりましたー🤣初代ゴジラスーツ↑夫がミニラに反応してたジオラマすごかった自分で作った怪獣を行進させられます息子、
特撮でまちづくり!特殊撮影(特撮)のパイオニアで「特撮の神様」と呼ばれる円谷英二監督(1901-1970)の故郷は福島県須賀川市。円谷監督の右腕として活躍し、今も特撮のプロの皆さんにリスペクトされているのが古賀市出身の特撮美術監督・井上泰幸氏(1922-2012)。世界の映像文化に大きな影響を与えてきた日本の特撮。映像はもちろんミニチュアでつくられた街並みを見るとワクワクしますね。文化芸術振興、歴史の継承、子どもの育ちと学びなどの観点から、須賀川市と古賀市がつながることは
WOWOWで『それ行け!ゲートボール桜組』を観た。ストーリーはほのぼのして面白かったが、観ようと思った一番の動機は、この作品の裏テーマがウルトラセブンだと知ったからだね(笑)!オレみたいなファンが喜んだ場面は、やっぱり赤いメガネを手にするモロボシ…いや森次晃嗣さんだろう。森次さんが演じたのはゲートボールのメンバーの一人。赤いメガネ(老眼鏡)を手にする時のシーンのバックにはウルトラセブンもどきのBGMが流れ…もうウルトラアイ気分で、、、さりげなく「デュワ…」(笑)ちなみに仲間からはニ
★注意!!!作品の内容に触れています★さらばラバウル(1954)昭和19年、ラバウルの海軍基地のナイト・クラブで酒を飲みダンス・ショーを楽しんでいた航空兵たちの前に隊長の若林大尉(池部良)が現れ野口中尉(平田昭彦)の持っていたグラスを叩き落とす。若林大尉は部下の航空兵たちに出撃前夜の遊興・飲酒は禁止していたのだが、同じ部隊の片瀬大尉(三國連太郎)は明日の生死もわからない航空兵はもっと遊ばせてやれと叱責する。撃墜王と呼ばれている若林大尉は寡黙で厳格な隊長で、野口中尉に想いを寄せるダ
きのう、まるまる時間が空いたので、とんぼ返りで上田市に行きました。サントミューゼ美術館で開催されている、特撮のDNA展を見るためにです。美術館|サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館)美術館|サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館)は長野県上田市にある文化・芸術施設です。大小ホール、美術館、交流芝生広場など、多くの皆さまが芸術とふれあい、人々が交流する場として整備されています。www.santomyuze.com夏
緯度0大作戦東芝音工TC-11341969年公開。東宝とドン・シャーププロとの共同制作。一時期権利の問題?で封印作品かと言われてましたが、現在では解決したようで現在は問題なく視聴できます。またタイトルが0が○になってるな。歌なしで納谷悟郎の語りによるものがたり。この東芝TC規格のシリーズでは歌無しは珍しいんじゃないでしょうか。宝田明、すげーカッコいい!ピカピカの赤盤。意外と市場に出てこない。結構手こずって入手した記憶が…。
にほんブログ村待つのではなく、向かっていくわけでもない、、、。ブログ訪問ありがとうございます。夢を実現させるために常にあなたと向き合っていくコーチングTêteàtête(テタテットゥ)です。チャンスは可能性だ!チャンスも可能性も僅かだとしたらあなたはどんなアクションを起こしますか。待っているだけでは逃げてしまうし、もしかしたら、誰かに奪われてしまうかもしれない。ならば自分で造ってしまえばいい。これも可能性だ。天から降ってくるのを待つので
■本多猪四郎監督■円谷英二特技監督重厚なストーリーや人力の特撮等、今でも素晴らしい作品と感じます。デジタルカラー作品を観てみたいものです。天才科学者芹沢博士が開発した水中酸素破壊剤。ゴジラを葬った最強兵器のひとつです。実物大オキシジェン・デストロイヤー動画です。どうぞよろしくお願いいたします。
素敵だなと思った出来事は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしよう
福島県須賀川市は特撮の父と呼ばれる円谷英二(本名英一)の出身地。円谷ミュージアムもあり、ウルトラマン愛を感じられる。駅前通りには13体のウルトラモニュメントがあり散歩していて飽きない。須賀川市はM78星雲光の国と姉妹都市だそうだ。その須賀川に「かっぱ麺」というものがあり、ご当地グルメとして一部で賑わっている。須賀川岩瀬産きゅうりは、夏秋路地収穫の量が日本トップクラス。それにちなんで、2007年に須賀川かっぱ麺が開発されて協会も発足された。「きゅうりの搾り汁のみで練り込んだ鮮やかな薄緑色が特徴
【80点】1966年、東宝。監督:本多猪四郎(監督)、円谷英二(特技監督)、音楽:伊福部昭正式タイトルは「フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ」生まれて初めて、映画館で観た映画です。場所は東京都北区「赤羽東宝」。(1979年に東宝封切りを止め、1982年に廃館。)当時、5歳の幼稚園児でした。ゴジラが見たい!見たい!見たい!としつこくダダをこねた結果、母親がゴジラと間違えて(というか、わざと?)、怪獣映画ならと……これが初体験の真相なのです。でも、この映画、凄いんです。怖い
今日7月10日なのですが1966年のこの日にお茶の間のTVに初めてウルトラマンが登場した日なんだそうです!(◎_◎;)ウルトラマンの生みの親円谷英二さんをゲストに迎えウルトラマン前夜祭ウルトラマン誕生と言う番組PRイベント(杉並公会堂)が公開録画中継で放送され「ウルトラマンの日」が設定され日本記念日協会が認定したのだそうです私もまだ若かったですからこのウルトラマンは結構見ておりましたね^^私の好きなヒーローはもっとかなり古い話なのですがやはりなん