ブログ記事2,156件
これだけを見ると小さな円墳だが主体部を入れると15m程になるのかな・・・うーむ次に移動だ
京都の古墳まとめ【京都検定対策・重要ポイント整理】今回は京都検定で狙われやすいポイントを中心に整理しました。「場所」「特徴」「関連人物」をセットで覚えるのがコツです!【問題】古墳名を答えよ(1)右京区太秦松本町にある前方後円墳特徴は石室が二つあること。後円部とくびれ部に横穴式石室を持つ珍しい古墳です。▶京都検定ポイント「太秦」「二つの横穴式石室」がキーワード。横穴式石室=古墳時代後期に多い点も重要。【答え】天塚古墳(あまづかこふん)古墳の墳丘上には、秦氏の守護神ともされる
一番判りやすい古墳を見ている右に側溝の様に掘られた痕跡があるそれがこれでコンパネで何か塞いでいるようだ石棺が安置されているのかな・・・うーむ画面奥に1基所在するようだ
桜井市と天理市の境界にある立子塚古墳、一部の古墳好きの人たちの心を魅了してやまない古墳の一つである。僕も以前、訪れたことがあるのだが、改めていつものメンバーで久しぶりに行ってみることにした。(この古墳に関しても、単独行は難しいかも)今回は、石室侵入用にと新規にザイルをAmazonで購入。なかなか届かないのでひやひやしたが、何とか直前に到着、よかったあ。立子塚古墳へは、巻向駅から山辺の道に入って、渋谷向山古墳の後円部の辺りから東へ登っていくことになる。途中、大和平野を一望できる場
上ヶ原古墳群有蓋石棺式の古墳群からなる3基から5基あるようだ史跡の道を観音堂古墳が移築保存された場所に向かって歩いている有蓋石棺が安置されていた跡である石材が完全に抜き取られているがその後の保存状態が悪い案内説明もない
先月、兵庫県で古墳巡りをしてきたので、今日からその見学記を何回かに分けて掲載しますまずは、芦屋市内の古墳から芦屋市東芦屋町にある、芦屋神社境内古墳を見学してきました芦屋市内で唯一横穴式石室が良い状態で残る、貴重な古墳ですバスで行けるので楽なのですが、雨が降りそうなので駆け足で見てきました古墳は、芦屋神社の境内にあるので、まずは手を合わせてから動きます赤い丸をつけたところが古墳で、場所はすぐにわかりました径約19m、高さ3.5mの円墳6世紀末~7世紀初頭の築造標高82mの位
①基本情報(場所・アクセス・概要)五色塚古墳(ごしきづかこふん)は、兵庫県最大の前方後円墳で、全長194mを誇る巨大古墳。国の史跡に指定され、日本で最初に本格的な復元整備が行われた古墳としても知られている。•所在地:神戸市垂水区五色山4丁目•形状:前方後円墳•築造:4世紀末〜5世紀初頭(古墳時代中期)•規模:全長194m、高さ18.8m(後円部)•併設:小壺古墳(円墳)•入園料:無料JR垂水駅・山陽電鉄霞ヶ丘駅から徒歩圏内でアクセスも良い。---②歴史(兵
GWに行った古墳その2も湯村温泉からすぐ近く。万寿森古墳ここへ来たのは初めてなのだけど、実はちょっと知っていたかも。というのは、2012年に湯村温泉に来た時、バスだったのだけど、その時のバス停が「饅頭森入口」というやつだったのだ。「まんじゅうもり」という地名が強烈で、自分家の地名が「まんじゅうもり」だったら微妙かも・・・などと思ったような。で、今回この古墳を見て、納得した。「饅頭森」ではなくて、「万寿森」が正しくて、ここからバス停の名前がつけられたんだな。って、なんで万寿で
オハヨッス。ご訪問ありがとうございます。九州の振返り旅を載せてます。一日をを一投稿で、記載すると、長文になってしまいます。興味のとこだけ、読んでくださいね。※リアル旅は、福岡県宗像市周辺を巡っています。海辺が綺麗すよ。GW終わって今日からは、道路事情も普段に戻るので、ホットしてます。キャンピングカーの中型以上は、高さが2.5m超えるので、立体駐車場、地下駐車場にも停められないのよ。(軽トラキャンパーもNGの場合も)青空駐車場でも、停められない事が有ります。そういう規制のない
2月4日に訪れた三重県伊賀市の古墳、続きです。↑今日アップするのは盆地の中を流れる服部川の段丘上、辻堂古墳です。↑辻堂古墳、北側から墳丘は失われていた埋没古墳。昭和47年に当時の大山田村教育委員会によって発掘されました。横穴式石室の全長は9.8メートル。玄室長5.2メートル、幅1.9メートル。↑「大山田村指定史跡辻堂古墳」の解説板辻堂古墳は両袖式の横穴式石室を内部主体とし、径20メートル位の墳丘をもった円墳あるいは前方後円墳であったと考えられている。玄
GWの2泊3日旅行のうち、全然計画していなかったんだけど、古墳を3つ訪ねることになった。甲府盆地は古墳がいっぱいあった地域らしい。古代から、人が住むには都合のいい土地柄だったということだろうか。で、まずその1つ目が湯村温泉からすぐ近くの「加牟那塚古墳」住宅地の中にある。石室も残っている。5世紀末~6世紀の、円墳とのこと。直径45mは結構大きい。自由には入れて一周できる。こちらの住所が「千塚」となっていて、地名からも元々はたくさんの古墳があったことが想
鑑真は唐時代の高僧で、5度の失敗や失明を乗り越えて来日し、平城京にて戒律思想を説いて律宗の開祖となった。墓は彼が建立し亡くなった唐招提寺にある。門を潜り参道の先の水堀を渡ると円墳があり、頂上には宝篋印塔が建てられている。
2月4日に訪れた三重県伊賀市での古墳巡り、続きです。今日アップする中切古墳がある住所・・・・「喰代」・・・・なんて読むんだ!ってカーナビに入力する時、困惑しました「ほおじろ」だそうです「喰」って「ほお」って読めないですよね↑そんな読めない地名、喰代にある中切古墳、西側から坂を上った先にあったので、かなり手前から見えてました。直径約12メートル、高さ約2.5メートルの円墳。場所はこちら:34.740944,136.219547↑さらに近づ
岩谷古墳の全景正面の建物は下関市立考古博物館である近景立っている人影は我輩の妻であるこれから史跡の道を歩いて新下関駅に向かう
2月4日に訪れた三重県伊賀市の古墳、続きです。↑まずは猪田神社参道横にある「史蹟猪田神社古墳及古井」と刻まれた石柱こちら、猪田神社は御祭神は初代伊賀国造、武伊賀津別命(たけいがつわけのみこと)、その武伊賀津別命が葬られているとの伝承がある猪田神社古墳があります。↑境内にあった石灯籠と「さざれ石」左の石灯籠、昭和53年に猪田神社古墳の墳頂から出土したもの!「伊賀津彦大明神御廟前」や「天文三年」と刻まれてますちなみに天文三年は西暦1534年。当時は墳頂に立っていたという
にほんブログ村東海市の北部をウォーキングがてら古墳を訪ね歩いてささやかに…コーフンしてみた休日名鉄名和駅からちょいと歩いて県道55号線竜ノ脇交差点から左に入るとみえるのがスギ薬局その小径をちょいと進んだ住宅地の中に鎮座するのが「姥ケ懐八幡社」でも社号標はみあたらず木造の明神鳥居の先に祠がみえる…境内に入って左に手水鉢、そして、フツーの手洗い場手水鉢は枯れているので当然手洗い場で手を浄めますなあまあ、この時期、インフルエンザが隆盛ここは念入りに
右側壁に腰石が据えられている左側壁も同様である持ち送りのように見えるそれを抑える天井石
基本情報場所:茨城県日立市南高野町19電話:開館:休館:無休料金:無料特記:無料駐車場有園内に3基の古墳所在茨城県指定文化財史跡第三十五号史跡南高野貝塚昭和五十四年三月八日指定この南高野貝塚[みなみこうやかいづか]は、久慈川の支流茂宮川に面した台地縁辺に立地しています。貝塚は人が食べた貝の殻や魚の骨、鳥や獣の骨などが堆積してできたもので、この貝塚では昭和二十七年(1952)と昭和三十一年(1956)に発掘調査が実施されています。貝塚が形成
国道294号は今まで何度も行き来し、古墳があるのは知っていたが、立ち寄ったことはなかった。その古墳から道路を挟んだ反対側に、那須風土記の丘湯津上資料館がある。入館料は100円。入館したのは午後4時ごろだったせいか、入館者は他に1人しかいなかったので、連休中だがひっそりしていた。那須は全国でも有数の前期古墳の密集地で、そこからの出土品が資料館に展示されている。資料館の向かい側にある下侍塚古墳は、前方後方墳では全国7番目の大きさだという。かつて古墳研究の第一人者はこの古墳を日本で一番美し
開口部は狭いな框石がある玄門の高さと言えば1mもない
天井に行くにつれて内側に傾いている持ち送りのようにも見える天井石が大きいのが判る奥壁は鏡石である前室と玄室の複室である手前は玄門開口部は羨門床には石が敷き詰められている
群馬県みなかみ町にある三峯神社境内にある古墳、続きです。↑三峯神社の社務所横の道を進んで行くと、丸山塚古墳(古馬牧村58号墳)にたどり着きます↑こちらが丸山塚古墳(古馬牧村58号墳)、完全に逆光『群馬県古墳総覧』には57尺とあるので直径約17.3メートルの円墳。↑墳頂にある正一位丸山稲荷大明神の祠↑同じく墳頂にある「妙見菩薩」と彫られた石碑↑墳頂から南西方向を見下ろして昨日アップした古馬牧村57号墳は、この参道を下って右側にありま
3月16日に訪れた群馬県みなかみ町の古墳、続きです。↑まずは三峯神社、一の鳥居から大きくて立派な鳥居です。こちらの三峯神社境内に2基の古墳が現存しています。↑三峯神社の駐車場に車を停めてゆっくりと古墳探訪です。↑こちらが古馬牧村57号墳、東側の様子『群馬県古墳総覧』によると規模18尺とあるので直径約5.5メートルの円墳。場所はこのあたり:36.676740,139.012689↑墳丘南側、大きな石が露頭しています。おそらく石室石材。
説明によると複室(前室玄室)の横穴式石室である理にかなった築造方法ではないか・・・教え子の友人だ開口部が狭いのがよく判ると思う楣石が傾いているのは愛嬌か・・・うーむ
3月16日に訪れた群馬県みなかみ町にある古墳、続きです。昨日アップした双子塚古墳(古馬牧村21号)のすぐ近く、南東方向へ4基の古墳があるようなので探訪しようと思ったものの、藪が深くて迂回して探してみました。↑見つけました!おそらく位置的に狸塚古墳(古馬牧村22号墳)、北側から規模不明、円墳。見た目、直径15~16メートルくらいありそう。場所はこのあたり:36.670621,139.018996↑狸塚古墳(古馬牧村22号墳)、南側の様子↑
岩谷(いわや)古墳二度も移築されここに落ち着いた史跡の道の途中にある下関市立考古博物館に所在する横穴式石室を持つ円墳である本来の墳丘ではない
4月、康徳寺古墳(県史跡)に行きました名前の通り、康徳寺境内といいますか、参道にあります直径約17m,高さ約5mの円墳石室全長9.5m,高さ2.4m,玄室長さ5.9m,高さ(奥壁部)3.2m,羨道長さ2.4m,幅1.8m6世紀末頃?(広島県教育委員会HP)康徳寺古墳koutokuji.org桜や紫陽花、紅葉が植えられ、訪問した時は椿!!!季節季節で表情が楽しめそうです横から開口部高い!!私がだいたい156センチで奥壁の右下にある
発掘当時の石室の状態副葬品が残っていたのでこの埋葬者の地位が理解できるかもしれない石室石材を利用している
前回のプロローグの続きです。訪れたのは群馬県の沼田市。河岸段丘で有名なエリアです。上の画像は雨乞山の麓からの眺望で河岸段丘のヴュースポットとして地質マニアには有名な場所なのかも?少々拡大しますと・・・・・↓正面の頂を天に指すのは子持山。大昔、画像左側の赤城山の噴火によって流れ出た溶岩が子持山の裾野に乗り上げ天然のダムが作られます。ダムは川を堰き止め、かつては“古沼田湖”という広大な湖が広がっていました。恐らく10万年くらい前の事だと思います。その後、ダムは
3月3日に訪れた福岡県福津市にある奴山古墳群巡り、続きです。↑まずは大塚神社の鳥居からこちらの大塚神社境内に奴山28号墳があります。↑大塚神社の社殿と狛犬さんたち昨日アップした生家大塚古墳(奴山29号墳)と関連がある神社のようです。↑社殿の中、「大都加神社」との表記↑社殿横、小さな奴山28号墳がありました。円墳。場所はこのあたり:33.812666,130.482904↑奴山28号墳、北側の様子↑墳頂、天井