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2026年2月12日木曜日11:02スクーリング前入り墳活です今回は馬見古墳群を目指します先ずは、結崎からサイクリング開始です自転車を借りようとしたらなんと駅前に古墳らしき高まりピンポーン、正解です幸先が良いですね『佐々木塚古墳』現状一辺30m、高さ2mの方形墳形は不明5世紀中頃、須恵器、円筒埴輪や形象埴輪が出土濠状の溝から円墳節あり川西町では「〜山」や「〜塚」の地名が残っている11:14ジャジャジャーン本日最初の目的地です島の山古墳地名に山がつい
群馬県高崎市にある吉井南陽台ゴルフコースへ。土日プレー昼食(そば・うどん・カレー単品)付で7,500円は安いので、友人を誘って行ったものの、ここ最近の異常な暑さ。37℃か38℃位だと思うが、芝からの湿気もあり相当蒸し暑かった。普段あまり使わない日焼け止めを塗って大正解で、塗らなかったら火傷のようになったかもしれません。ハーフで500mlのペットボトル1本じゃ足りなかった。体感的には酷暑、修行のようなゴルフに。この日は、ゴルフ場が推奨の緑ティーでプレー。白ティーより、距離
以前、三次市の若宮古墳を訪れた際、反対側の丘陵にある「岩脇古墳」の立地が気になっていました『若宮古墳★前方後円墳(広島県三次市)』JR三次駅の南側の丘陵の上にある古墳に行ってきました若宮古墳(県史跡)です奥には若宮八幡神社があり、若宮公園として整備されています(トイレがとても綺麗でした…ameblo.jpここは、司馬遼太郎の街道をゆく、にも取り上げられているそうです司馬遼太郎街道をゆく公式ページ:第21巻神戸・横浜散歩、芸備の道ほか司馬遼太郎『街道をゆく』の公式ペ
3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群、続きです。この日、雨も降ってるし風も強くて、全身ドロドロになっているふっき~でした↑新原・奴山古墳群12号墳(奴山9号墳・生家2号墳・津屋崎22号墳)、南東側から左側が前方部、右側が後円部の前方後円墳。墳長43メートル、後円部径25メートル、後円部高さ19.29メートル(築造当時はもっと高かった可能性大)、前方部幅29.5メートル、前方部高さ18.9メートルの前方後円墳。須恵器大甕片が表面採取されています。↑新原・
8月ですね!ただ、こちらのブログ、3月3日に訪れた福岡県福津市にある新原・奴山古墳群を今日からしばらく取り上げていきます『奴山28号墳福岡県福津市生家』3月3日に訪れた福岡県福津市にある奴山古墳群巡り、続きです。↑まずは大塚神社の鳥居からこちらの大塚神社境内に奴山28号墳があります。↑大塚神社の社殿と…ameblo.jp↑こちらの奴山28号墳のあと、訪れた古墳です。↑現地解説板を抜粋。世界遺産として登録後、複数の古墳群がまとめられたようです。今日アップするのは国
今日も栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群、続きです。訪問日は2月18日。↑長堤八幡宮古墳群20号墳、北東側から群中、最南端。規模的にも群中最大かな??↑角度を変えて『益子町史』によると、出土遺物や埴輪等は不明とのこと。↑墳頂の様子この地域独特な「祠」的なものでしょうか?↑長堤八幡宮古墳群20号墳、南西側の様子濃密な竹藪です。長堤八幡宮古墳群、明日で最後です
本日も栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。今日は2基の古墳を見た順にアップします↑まずは長堤八幡神社参道入口の様子。19号墳はこの入口からけっこうすぐの場所。写真の場所はこのあたり:36.421389,140.080810↑参道入ってすぐ、振り返って写真左奥の竹藪の向こう側には長堤八幡宮古墳群20号墳があります。(明日アップします)↑参道を進むと左側(西側)に見えてきた長堤八幡宮古墳群19号墳、南東側から直径16.5メートル、高さ1メ
回り込むことが出来ない・・・うーむ高さは5m程あるか・・・大型の円墳であるこの日は雨だった母と一緒だったので「やっぱり雨男やね」と言われた毎度のことかな
今回は岩屋古墳の紹介です。▲岩屋古墳のある小山(手前)。海を隔てて象鼻ヶ岬が見える。▲古墳入口岩屋の集落の西のはずれに入口があり、そこから海岸方面へ下っていきます。▲案内看板▲古墳へ通じる小径▲鳥居の跡▲神様が祀られています。▲岩屋古墳盛り土(直径12~13m、高さ約3m)。石室へ通じる穴が開いています。▲石室岩屋古墳は6世紀末から7世紀初頭あたりに造られた円墳です。横穴式石室は、奥行き7.9m・幅2.34m・高さ
墳丘に登ることは出来ないまた説明などは無い径は20mを超すほどであるので大型の円墳と言えるただ主体部は判らないなにしろ説明が無いからな・・・裾から墳頂を見ている
木の岡古墳群2(大津市)2024年7月25日真夏の昼下がり、木の岡古墳群をめぐる旅は、まるで時間の層を一枚ずつめくっていくような、静かで濃密な巡礼だった。坂本北インターチェンジを降りた瞬間から、風景は少しずつ古代の気配を帯び始める。住宅地の細道を抜け、丘陵のふもとへと向かう道は、地図では短く見えても、実際には複雑で、まるで記憶の迷路を歩いているようだった。暑熱の木の岡丘陵を歩き出すと、蝉の鳴き声と草いきれが全身にまとわりついてきた。大津市木の岡町、琵琶湖西岸を見晴らすこの
今日も栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。訪問日は2月18日。↑分布図を見ると長堤八幡宮古墳群15号墳は、本殿のすぐ裏ということなので探してみたのですがピンと来ず写真に写る木の根元は古墳ではないようです。↑おそらくここが15号墳。直径10.5メートル、高さ0.5メートルの円墳。高さが0.5メートルほどって草があったりすると、見つけるのがなかなか難しいです。↑続いて長堤八幡宮古墳群16号墳を探します。分布図によると16号墳は鳥居と社殿の間
浄福寺古墳同じ域内に寺と神社が所在する神社は御覧の様に古墳墳頂に建てられている目の前は古墳であり墳丘に沿った石段は墳頂にある神社の建物に向かっている
栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。今日はまったく写真映えしない4基の古墳を一気にアップします。↑まずは長堤八幡宮古墳群11号墳、東側の様子民家の庭のようになっています。直径11メートル、高さ0.5メートルの円墳。場所はこのあたり:36.423301,140.078548↑11号墳、角度を変えて『益子町史』に「墳頂には石室石材と思われる二個の立石が祀られている」とありますが、当日は見つけられず。「古墳なう」さんによると、墳頂に不動明王の石碑が
小さな古墳ではあるが綺麗に整備されているのが判ると思う古墳には人が殆ど訪れることは無いがここは賑わっている・・・はははは道の駅北浦街道豊北のおかげだなのおかげだな
奈良まほろば検定(*^_^*)一級の検定試験目指し(*^_^*)第28回(28)の答え:イ桂昌殿桂昌殿「桂昌殿」は、江戸幕府の第5代将軍・徳川綱吉の生母である桂昌院にゆかりのある、奈良市の春日大社にある祈祷所(重要文化財・市指定文化財)、および東京都文京区の護国寺にある葬儀式場(斎場)の主に2つの施設を指します。春日大社の桂昌殿(奈良県)建立:元禄12年(1699年)に桂昌院が寄進。用途:天下泰平の祈祷所。特徴:住宅風の落ち着いた建物で、奈良市指定文化財
2月18日に訪れた栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群巡り、続きです。今日アップする10号墳は長堤八幡神社の社殿から南西方向、境内から外れた場所に現存していました。↑長堤八幡宮古墳群10号墳、北側の様子。濃密な竹藪の向こう側、キレイな墳丘が見えます。当日は円墳と思い込み訪問しています前方部を南東方向に向ける前方後円墳。墳丘の南側と北側の一部が削平され、現況直径17.5メートルの円墳状。↑墳丘裾にあった石塔3基↑3基とも二十三夜塔でした
奥壁の後ろから日本海を望む被葬者は海で生きて来たのだろうな・・・海を目の前にして奥壁に頭を向けていたのだろうな
5月末日帰りで奈良〜和歌山古墳群・道の駅・ダム朝早く出発〜奈良県桜井市の辺りをドライブしていてそこから南下し黒滝村方面へ向かう途中橿原神宮付近を通っていて「行った事ある?」「無いわ」とか話していたら目に入ってきた石舞台古墳行ってみよか小学校の遠足か社会見学かで来た事ある。よーなきっとある。でも当時の記憶が思い出されないまだ入場出来る時間ではなかったので遠くからパチリ国内最大級の方墳この巨
こんにちは駅を降りて「二子玉川ライズ」と呼ばれる商業地区を抜けて行きますサルスベリ世田谷区立二子玉川公園に入りました富士見台富士見台からの眺めこの日は雲が多く山は見えませんでした「帰真園」という日本庭園に降りてみました・・・・・・・・?・・・・・・・・?・・・・・・・・?何でしょうこの違和感🤔、木、石、滝、池、古民家、通路の配置がこれまで見てきた庭園と違う気がします池の向こうに見えているのが「旧清水家住宅書院」(世田谷区登録
奈良まほろば検定(*^_^*)一級の検定試験目指し(*^_^*)第27回(27)の答え:ウホケノ山古墳ホケノ山古墳奈良県桜井市の纒向古墳群に属する全長約80メートルの前方後円墳。日本初の「石囲い木槨」という二重埋葬構造の発見や、3世紀中葉というヤマト王権成立期の築造年代を巡る議論、および中国製の画文帯同向式神獣鏡などの豊富な出土品が中心となっています。墳丘と埋葬施設規模と形状:全長約80m、後円部径約60mの前方後円墳で、表面には葺石が施されている。石囲い木槨:後円
栃木県益子町にある長堤八幡宮古墳群、続きです。訪問日は2月18日。昨日アップした6号墳から東へ50~60メートルほどの森の中に長堤八幡宮古墳群7号墳があります。↑長堤八幡宮古墳群7号墳、北西側から直径12.5メートル、高さ1.8メートルほどの円墳。↑墳頂の様子祠とか益子町の古墳でよく見かける盗掘孔もないですね。↑長堤八幡宮古墳群7号墳、北東側からなお8号墳と9号墳は消滅。8号墳から出土した朝顔形円筒埴輪は個人が所蔵しているようです。オマ
床には礫が敷かれている中に入ることは出来ないマナールールは守らねば土留めの為にタマリュウかな整然と植えられている
おはようございますヽ(=´▽`=)ノ💞💞💞今朝は母のお世話からの帰宅途中で食べたランチの事を書いていきますねヽ(=´▽`=)ノ💞💞💞訪ねたのは何度もラーメン屋が入っては消えたいつもの光駅前の場所😅「未来」さんてすヽ(=´▽`=)ノ💞💞💞博多ラーメン屋が潰れ、山口県東部に多い牛骨ラーメン屋も潰れました(´・ω・`)ショボーン💦💦💦そこで今回はどんなラーメン屋さんが出来たのか楽しみに来ました((o(´∀`)o))ワクワク💞💞内装は綺麗ですね(*´∀`*)💞💞中華そばの醤油・塩ラーメン
奈良まほろば検定(*^_^*)一級の検定試験目指し(*^_^*)第26回(26)の答え:エ牧野古墳牧野古墳(ばくやこふん)所在地奈良県北葛城郡広陵町馬見北8丁目丘陵の奥部にある直径約50mの大型円墳で、墳丘は三段築成で造られ、二段目に横穴式石室が開口しています。玄室の長さ6.7m、幅3.3m、高さ4.5m、羨道の長さ10.4m、幅1.8mで、全長17.1mを測る大型石室です。玄室内には奥壁に沿って横向きに刳り抜き式家形石棺が安置され、手前には組み合わせ式の家形石棺が置かれて
今日からしばらく栃木県益子町にある長堤八幡古墳群をアップしていきます。小貝川左岸、標高80メートルほどのゆるやかな丘陵上に位置しています。長堤八幡神社の周辺、20基ほどの古墳からなる古墳群です。↑まずは(長堤)八幡宮の社殿から訪問日は2月18日。↑神社はの創建は康平6年(西暦1063年)。現在の社殿は元禄16年(西暦1703年)再建とのこと。↑こちらは長堤八幡宮古墳群5号墳跡?参考にしているのは昭和62年発行の『益子町史考古資料編』。そちらによると1
向うは角島展望台として人気がある道の駅にも展望台はあるのだが駐車場からだと判りやすいからだろう天井石の一部である加工されているようだ
3月13日に訪れた茨城県石岡市にある舟塚山古墳群中津川支群、続きです。↑道沿いにあったので見つけやすかった舟塚山22号墳(古舘古墳)、南東側から直径12.5メートルの円墳。場所はこちら:36.171807,140.284483↑けっこう墳丘に近寄れました。↑舟塚山22号墳(古舘古墳)、西側の様子↑こちらは舟塚山23号墳民家前にあったので、この1枚のみ。直径14.5メートルの円墳。古墳より気になったのが、写真右端に写るアマチ
自分やその下の者たちが活躍した或は生業として親しんだ海を眺めることが出来るような場所を選んだのだろうな発掘時には既に天井石は無く周囲に落ちていたようだそれと少しの副葬品が発見されている
奈良まほろば検定(*^_^*)一級の検定試験目指し(*^_^*)第25回(25)の答え:イ舟塚古墳舟塚古墳奈良県斑鳩町の法隆寺観光自動車駐車場(法隆寺iセンター横)の一角にある「舟塚古墳」は、かつてただの植え込みとされていましたが、発掘調査により6世紀後半に築造された直径約8.5メートルの円墳であることが判明しました。「舟塚古墳」に関する詳細は以下の通りです。発見の経緯:地元に伝わる「クスノキの舟が出土した」という言い伝えに基づき調査が行われ、横穴式石室が確認されました。出