ブログ記事2,240件
鵜の鼻古墳群子供の頃遠足できたり我が子が小さい頃海辺遊びにきていらい!昨年、関東地方からの「古墳ツアー」が有り事前の草刈りに参加し、許可を戴き一緒に歩く!(^^)!”https://ameblo.jp/genkimezasujiji/entry-12939949383.html”公民館長さんから「鵜の鼻古墳群の維持管理をどうにかしたい!」とのお話!鵜の鼻古墳群の現状を確認に歩いて観ました草刈り前"https://youtu.be/qs29lhj
2026年10月の古墳巡りで、予期せぬ出会いがありました。黒谷古墳の帰り道、遅い昼ごはんにありつく場所を探していると、古墳の看板が目に入り、急停車。場所は東広島市豊栄町の「豊栄ふれあいグラウンド」の向かいにある「やすらぎの園」という公園です。降車して看板を見ると「山王古墳群」の文字。園内は車両侵入禁止とあるものの、駐車場所が不明のため、そのまま車で上がってみることにしました。古墳までの道のりは車1台ぐらいの幅で、ところどころに退避場所が設定されている安心設計。しかし人の気配は
天王壇古墳(てんのうだんこふん)(5世紀後半)安達太良山の東に広がる扇状地内の小丘陵にあり、埴輪をめぐらした円墳です。直径38m、高さ4m、古墳の西側に幅5m、長さ3mの造り出しの方形部をもち、古墳のまわりに、幅約6.5m、深さ1mの周溝がめぐっています。古来、天王壇古墳周辺は七ツ壇と呼ばれ、古墳が数多く集めっていることで知られていました。この古墳は幕末の頃掘られ、その内、石製模造品の一部が地元に保管されています。1982年の周溝部調査の結果、周溝内外から埴輪棺(円筒埴輪を棺として利
さ~て、先日、古墳関係の資料を読んでいましたら、『陪塚(冢)』と言う表現に出会う機会がありました。まあ、存在しそうだな、とは思っていたのですが・・・名称があるとは、知りませんでした。以下、平凡社の『改訂新版世界大百科事典』に掲載されていた内容を転載させて頂きます。尚、執筆者は、和田晴吾氏です。また、主旨が変わらない程度で、小職が書き換えています。一般には、主墳の脇につくられた近親者や従者の墳墓を指す。たとえば,Chinaでは前漢・武帝の茂陵に対する李夫人墓や
さて、いよいよ見野古墳群の最後となります。残りの古墳は8号墳、9号墳、10号墳の3ヶ所です。どれだけ素晴らしい古墳が待ってくれているのか、楽しみですさぁ、最初に向かうは…9号墳ですか❗️…周囲をコンクリートで固めてあるんだが…しかも右側の石、なにかズリ落ちそうに見えるぞ❗️大丈夫なのか⁉️横から見たら何だかパッとしませんね。しかしこの古墳、前か後ろかわかりませんが、回って覗いてみると…下からわずかに向こう側が見えます。理由はわかりませんが、こういうのはワクワクしてしまいます
谷田部中城古墳□時代古墳□遺構古墳(円墳)現状:宅地(奈良文化財研究所文化財総覧WebGISより抜粋)谷田部中城古墳谷田部中城古墳(つくば市谷田部4097)は、谷田部地区に残る円墳で、史跡として保存されています。小規模ながら墳丘の形が確認でき、古代の谷田部地域の歴史を感じられるスポットとなっています。(Copilotより)住所:茨城県つくば市谷田部4097特徴:一般のお宅の中に所在しています。一言、声を掛けて見学させて頂くことをお勧めします。撮
一昨日、千葉県柏市にある神明社裏山古墳についてアップしました。神明社裏山古墳を堪能後レンタル自転車で移動、国道16号線近くの古墳を見に行ってきました。↑塀の向こう、大島田古墳の墳頂が見えます円墳です。あまりに住宅地ですし、完全に民家の敷地内なので、詳細な場所は掲載できませんが、「おれんち、古墳あるよ!」というパターンです。↑角度を変えて反対側に回ると、小さな社殿のようなものがったので、やはり屋敷神として大切にされてるようです。↑柏市のとある場所この
【前途有望】【東方】【後生大事】【古墳】【要因】【前方後円墳】【事務員】以上の熟語を全て使ったショートショート。『東方プロジェクト』地方自治体の史跡管理課に勤める【事務員】の佐藤は、頭を抱えていた。原因は、庁舎に新しく導入された歴史遺産ガイド用AI「アシモトくん」の暴走だ。元々は歴史データの学習効率が非常に高く、誰もがその【前途有望】な性能に期待を寄せていた。しかしある朝、アシモトくんは突然、変な学習ノイズを拾ってしまったらしい。「佐藤さん!アシモトくんが展示案内の
2026年9月、広島県神石高原町上豊松(かみとよまつ)にある、「戸手古墳」に行ってきました。こちらは横穴式石室に石灰質角礫岩(いわゆる「さざれ石」)が使われていると聞き、興味津々で向かいました。訪れたきっかけは、去年、広島県埋蔵文化財調査室が主催する報告会で戸手古墳の報告を聞いたからです。その際、現地見学が可能だと知り、機会を伺っていました。ひろしまの遺跡134号なお、現地は私有地のため、所有者様の了承をいただいて見学しています。快くご対応いただき、本当にありがとうござ
2026年9月、岡山県境に近い、神石高原町上豊松(かみとよまつ)にある「八鳥(やいとり)古墳(塚の丸古墳)」に行ってきました。こちらは私有地。同行をお願いしたEさんに対応いただきました。※所有者様へのお声かけが必要かと思います。神石高原町指定文化財で、令和6年に案内看板が新しくなった模様です。【八鳥古墳】・径15mの円墳・両袖式の横穴式石室・石室の長さ7.9m、幅1.5m、高さ1.6m「このところ手入れができていなくて恥ずかしい」とおっしゃられていましたが、見せて
檜隈寺跡を訪れたあと、文武天皇陵、高松塚古墳へ向かいます。檜隈寺跡の北東、文武天皇陵に向かいます。『文武天皇陵』第42代天皇。檜隈安古岡上陵。飛鳥時代の終わり頃に即位した文武天皇の陵墓。天武天皇と持統天皇の孫にあたります。近年の発掘調査により、実際の文武天皇陵は、近くにある「中尾山古墳」だとする説が有力になっています。(明日香村観光サイトより)北に向かい、高松塚古墳に到着。『高松塚古墳』国の特別史跡。飛鳥時代の終わり頃につくられた円墳。色鮮やかな壁画の大発見により注目をあつめ、
「暑いけど古墳に行きたい!」ということで古墳に行きます(?)ただ、夏の古墳はできるだけ草や木が少なく、虫がいない場所がいい...ということで神戸の五色塚古墳になりました!京都からは新快速に約1時間乗り、神戸で快速に乗り換えて垂水まで行きます。神戸でも西の方なので、結構時間が掛かりました。垂水駅に到着!Googleマップの言う通り、西口から出て五色塚古墳館に向かいます。駅前にはイオンがありました。途中のこの細い道、画像では分かりにくいですが、めちゃくちゃ坂が急でした坂を登ると、
先月、9月18日は東武アーバンパークライン(東武野田線)高柳駅近くからレンタル自転車を使って藤ヶ谷十三塚→城之堀古墳群を見学後、高柳駅に戻ろうとしたら、訪問したことがある宮田原古墳群のすぐ近くに来たので寄ってみました。『千葉県柏市高柳宮田原古墳群その2』10月4日に訪れた宮田原古墳群の続きです「こじんまり古墳」、たくさん写真も撮ったのですが、今日のブログは、そのうちの3基だけピックアップします↑おそらく前方…ameblo.jp↑2018年訪問時『千葉県柏市高柳宮田原古墳
2026年2月23日月曜日8:51見えてきました五つ塚古墳群南の畑側から1号墳2号墳手前3号墳奥4号墳5号墳五つ塚古墳群古墳時代後期(6世紀後半〜7世紀)平成8年4月11日指定五つ塚古墳群は、その名のとおり5基からなる古墳群で、山すそに墳丘の後背部を掘削、盛土して造られています山川の1・3・5号墳が円墳、2・4号墳が方墳で、埋葬施設はいづれも南に向かって開口する横穴式石室です築造時期は、石室形態などから円墳の1・3・5号墳が6世紀後半、方
今年7月に世界遺産(文化遺産)に登録された『飛鳥・藤原の宮都』の南西部の古墳巡りに行ってきました。近鉄「壷阪山駅」から東に向かい、キトラ古墳~檜隈寺跡~文武天皇陵~高松塚古墳~中尾山古墳~天武持統天皇陵~岩屋山古墳~牽牛子塚古墳を訪れて、近鉄「飛鳥駅」から帰宅の途につきました。『高松塚古墳』飛鳥時代の終わり頃につくられた円墳。色鮮やかな壁画の大発見により注目をあつめ、考古学ブームの火付け役となりました。壁画は1974年、国宝に指定されています。壁画からは、東アジア世界の思想・芸術の影響を
9月18日に訪れた千葉県柏市にある城之堀(じょうのほり)古墳群、続きです。城之堀古墳群:3基の円墳からなる古墳群、うち1基は消滅↑一昨日アップした国道16号線、藤ヶ谷交差点にある1基から南西へ移動してすぐ、もう1基の古墳が見えてきました場所はこちら:35.813746,140.029644↑城之堀古墳群に属する円墳、北東側の様子↑北側から墳頂の様子破片でもないかと探してみましたが、見当たらず。↑西側の様子来月(10月)、
前回まで千葉県柏市にある藤ヶ谷十三塚をアップしてきました。「塚」も見たら「古墳」も見たいということで、十三塚から自転車で5分ほどの場所にある城之堀(じょうのほり)古墳群へ。『ちば情報マップ』によると円墳3基からなる古墳群、そのうち消滅1基とのこと。↑城之堀古墳群その1、北側の様子〇号墳なのか?は、わかりません。国道16号線、藤ヶ谷交差点にあります。場所はこのあたり:35.814091,140.029931↑東側から手前の道路で削平されているようで、こちら側か
樹齢300年以上あるというエドヒガンの木の下に古墳があると知り、シーズンオフに行ってきました。場所は、前回訪れた辰の口古墳から、直線で1キロぐらいでしょうか?『辰の口古墳(県史跡)★県内第3位の前方後円墳と竪穴式石室(広島県神石高原町)』2026年9月、備北(岡山県寄りの広島県北部)の古墳巡りをしてきました。これからしばらく、周辺の古墳を順番にアップします。まずは、甲立古墳が見つかるまでは…ameblo.jp川沿いに走る道を、谷の奥へと進んでいきます。ちなみに
こんにちは、さくらです🌸今日は「骨董の日」、そして「藤ノ木古墳記念日」でもあります。「骨董」という言葉を広めた人骨董の日は、江戸時代の戯作者・山東京伝が『骨董集巻之三』を刊行した日にちなんでいます。骨董・美術品のオークションを手がける株式会社古裂會が制定し、2017年に日本記念日協会に認定されました。奈良の古墳の話藤ノ木古墳記念日のほうは、1985年9月25日に奈良県斑鳩町の藤ノ木古墳で石室などが発掘されたことに由来します。直径約48メートル、高さ約9メートルの円墳で、作られたのは6
おはようございます。今日、9月25日は・・・。藤ノ木古墳記念日1985(昭和60)年のこの日、奈良県斑鳩町の藤ノ木古墳の石室等が発堀された。藤ノ木古墳は直径約48m、高さ約9mの円墳で、古墳時代後期の6世紀後半に作られたものと考えられている。1985(昭和60)年に第1次調査、1988(昭和63)年6月に国内の発掘調査史上初めてファイバースコープを使った石棺の内部調査が行われ、その年の10月8日に1400年ぶりに石棺の蓋が開かれた。未盗掘で埋葬当時の姿がほぼそのまま残っており、当時
七ツ森古墳群は竹田市菅尾にあります。昔はその名のとおり7基の古墳がありましたが、現存するのは円墳2基、前方後円墳2基の4基のみです。古墳時代前期の畿内型古墳です。七ツ森古墳群は彼岸花の名所として知られていますが、数年前(2023~2024)異常気象のせいか、ほぼ全滅したことがあります。その後、徐々に回復していますが、全盛期に比べると1/3程度の回復です。以前はこんな感じでした。ぜんぜん違いますね。
今日は藤の木古墳記念日なんだそうです!!(ー_ー)!!1985年・・・昭和60年に奈良県斑鳩町の藤の木古墳から石室と家形石棺が発掘された日なんだそうです。豪華な装飾を施した、金や銅製の馬具が多数出土しました(^_^)/この藤ノ木古墳・・・・法隆寺に残る記録には、「ミササキ」「ミササキ山」と書かれているそうです。崇峻天皇陵と記載されてるものもあるそうです。発掘調査が進むに従い、斑鳩地方に勢力を持ったと思われる物部氏、蘇我氏、平群氏等の諸説あるようなんですが・・・いまだに定説化したものはありま
この森の向こうが塚の川古墳公園であるその前をJR小野田線が走る画面右側は小野田港駅画面左が雀田駅だ約10分ほど歩いて雀田駅に到着長門本山から上って来た宇部新川行である今はクモハ123形が走るがこれに代わる前までクモハ42形が走っていたファンならずともあまりにも有名だ
石棺が置かれてある復元されたものだ説明は良いのだが形状が書かれていない大判山古墳は前方後円墳で5世紀中頃までには築造されている約150年ほど後に築造されたのが塚の川古墳である全長約40m程であろうか大和連合の一員と思われる
我輩の影が長いブロッケン現象ではない朝日がさしているからだな人一人が通るのがやっとの道幅であるあれっ散歩の方は何処行ったのかな閑静でいい公園だ自販機も無いぞ
朝陽が眩しい画面左から朝陽がさしているこちらに来る方が・・・犬を2頭連れている朝の散歩だなそれを見ているのは妻だ細い道だろ
石室開口部は侵入できないように格子状の扉で護られている石室内部で悪戯する馬鹿者がいるものだからあちこちで見かけたが酷いのは石室石材に鋭い金属で名前を彫りこんでいたからな煙草のポイ捨てやペットボトル空き缶など酷いもんだ
地球の謎解きのNo.6022018/7/19戦う好きな宇宙意識の仲間(クロップサークル)より、以下文章引用。No.6022018/7/19戦う好きな宇宙意識の仲間CropCircleatWinterbourneStokeDown,Stonehenge,Wiltshire.Reported17thJune2018www.cropcircleconnector.comさんすぐそばに四角=シリウスの子供?や、ちょっと離れたところに大小の円墳のような盛り上がり
石垣で囲っているが遣われている石材は丸い川石のようだな周溝を囲むように川石で周堤のようなものを造っているのかな
図面にあるように複室構造である前室玄室それぞれ両袖式である前室床には板石と玉状の小石が敷き詰められている妻は全く古墳に興味が無いから・・・この後は山口市内を散歩する予定でそれで一緒に来た