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二月二十日けふもよい日だ、寒いことは寒いけれど。桂子さんからうれしい手紙が来た、桂子女菩薩、女人に反感を持つてゐるのは誰だい。買物をする、第一は酒、第二は魚、諸払をする、酒屋、魚屋、そして湯屋。夕、樹明君を招待する、酔うて出かけた、そしてワヤ、いけなかつた、ゴロにぶつつかつた、君を送つていつて、とう/\泊つた(樹明君、もう歩きまはることは止めませう)。桑原、々々、敬遠、々々。けさをひらいた水仙二りん馬が尿する日向の藪椿二月廿一日樹明居で朝飯をよばれる、産
二月十九日今朝は早かつた、早過ぎた、四時頃でもあつたらうか、一切事をすまして、ゆつくり読書しても、まだサイレンは鳴らなかつた、しかし、早起はよい、朝の読書もよい、頭脳が澄みきつて、考へる事がはつきりする、あまり句は出来ないけれど自己省察、といふよりも自己観照――それが一切の芸術の母胎――が隅から隅まで行き届く、自分といふものが、そこらの一草一石のやうに、何のこだはりもなく露堂々と観照される。……今朝の片破月はうつくしかつた、星もうつくしかつた、空のすべてがうつ
二月十七日サイレンが鳴る、お寺の鐘が鳴る、そしてしめやかな雨の音。めづらしい訪問者――猫がやつてきて、鰯のあたまを食べて行つた。歯がうづいて頭痛がする、暮れないうちから寝た、寝た、寝た、十二時間以上寝た。歯――抜ける前の痛みだ、去年は旅で上歯が三枚ぬけた、今年はもうすぐ下歯が二枚ぬけるだらう。噛みしめなければ、食物の味は出て来ない、それにしても酒が固形体でないことは、何といふ仕合だらう!・人も枯草も濡れてたそがれ・かあと鴉が雨ふる山へ遠く・茶の木もうゑかへ
二月十六日けさも早かつた、四時頃だつたらう、昨夜の今朝だから、感服しても差支ない。朝の読書はほんとうによい、碧巌第二則、至道無難、趙州和尚の唇皮禅に敬服する。そのものになりきる、――これこれ、これだ。午前は雪もよひで寒かつたが、午後は晴れて暖かだつた、そこで、樹明君と会して、鰯で一杯やらうといふのだ。焼酎即死!と思ひながら、どうしても縁が切れない。滓を飲んで旦浦時代を追憶した、滓なんて飲む人があるからおもしろいと、あの時代は考へてゐたが、今の私はその滓でさへろ
二月十五日涅槃会。けさは早かつた、御飯をたべて、おつとめをすまして、しばらく読書してゐるうちに、六時のサイレンが鳴つた。朝月夜がよかつた、明けゆく風が清澄だつた。読書、読書、読書に限る他に累を及ぼさないだけでもよろしい。アメリカは黄金を抱き込んで、しかも貧乏に苦しんでゐる!これに似た人間が日本にも存在する、黄金を食べても餓は凌げないのだ、胃は食物を要求してゐるのだ、物そのものの意義を理解しなければ駄目だ。くわう/\として日が昇る、かたじけないと思ふ。小為替一
二月十三日降霜結氷、つめたいけれどうららかだ、冬三分春七分。けさ、はじめて笹鳴が耳にはいつた、ずゐぶんヘタクソだつた、それでよろしい。内容充実の手紙が来ないので、山口行乞を実行した、山口は雪もよひで寒かつた、行乞三時間、悪寒をおぼえるので、急いで帰庵した、途中で一杯ひつかけて元気回復。行乞は求めてすべきものではないが、しようことなしの行乞を活かすだけの心がまへは持つてゐなければならない。・朝月ひやゝけく松の葉に・葉がない雲がない空のうらゝか・枯葦の水にうつれ
二月十一日紀元節、そして建国祭。晴れると春を感じ、曇ると冬を感じた、春を冬が包んでゐるのだ。周囲を掃除しながら、心臓の弱くなつたことをまざ/\と感じた、余命いくばく、忙しいぞ。藪椿一輪を活ける、よいかな、よいかな。午後、風が出た。樹明君が吉野さんをひつぱつてきてくれた、三八九第六集の裏絵として、裏から見た其中庵を写してもらつた。おだやかな、あまりにおだやかな一日だつた。夜は早くからぐつすりと寝た、そして夢を見た!・月が照らしてくれるみちをもどらう・月かげの
二月九日晴曇さだめなし、風邪発熱、だるくて慾望がない。いろ/\の手紙がきた、手紙は差出人の心を表白すると同時に受取人の心をも表白せしめる。はじめて、雲雀の唄をきいた。買物いろ/\、すぐまた無一文、それでよい/\。一杯やるつもりで仕度をして樹明君を待つ、やつてきてくれた、気持よく飲む、ほろ酔機嫌で街へ出かける、そこで一杯、また一杯、すこしワヤをやつて、それ/″\の寝床へもどつて寝た。今日の買物一金拾三銭醤油二合其他一金壱円酒壱升一金拾弐銭ゴマメ
二月八日あたゝかい雨、もう春が来たかと喜ばせるやうな。朝、樹明君が見舞に来てくれた、貧乏見舞に!そして、雨の其中庵はなか/\よいなあといふ、しめやかなものですよと私が答へる、お茶をのんで別れた。いよ/\食べる物がなくなつた、明朝までも餓死もすまいて。朝はお茶、昼は餅を焼いて、晩は野菜汁ですました、すませばすませるものである。ふくろうが濁つた声でヘタクソ唄をうたつてゐる、どこかにひきつけるものがある聞いてゐると何となく好きになる、彼と私とは共通な運命を負うてゐるやう
二月七日けさも早起だつた、朝のうちだけでもかなり読書が出来た、書かなければならない原稿があるけれど、気乗りがしないから、裏山へ登つて遊んだ、ぽか/\とぬくい日である、かういふ日には何だか老を痛感する。小松一本、ぬいてきてうゑた、この松の運命は。――近来、疳の虫が出てきてゐる、いろ/\の事に腹が立つ、つまらない事が癪に障る、昨夜も胸中むく/\があつたので、それには何のかゝはりもない樹明君に対して礼を失したに違いないと今朝考へて恐縮してゐる、これではいけない、
二月六日けさはまつたく早すぎた、御飯、御勤、何もかもすんでしまつても、まだ/\なか/\明けない、禅書を読んだ。ぬくうてなごやかだつたが、だん/\つめたくなり、小雪ちりはじめた、畑仕事の手が寒かつた、そしてとう/\雨になつた。今日も行乞には出かけられさうにもない、餅でも食べてをるか!夕方、樹明君から来状、今夜は宿直だから、夕飯と晩酌とを御馳走しようとの事、大に喜んで出かける、飲む食べる話す、そして別れてHおばさんのところで、一品の二本、それから二三軒をあるきまはつて
二月四日立春。すこし夜の雪がつんでゐる、寒いことは寒いが、大したことはあるまい。たよりいろ/\――俊和尚、孝志君、緑平老、敬治坊、そして雑草二月号。下痢で弱つた、酒のためか、寝冷のためか、それとも麦飯のためか、とにかく腹工合も悪いし、懐工合はなほさらよくないし、節食断酒の好機である、しばらくさうしよう。昨夜、樹明君と立ち寄つたおぢさんのところで、血書の話を聞いて、みんな微苦笑したことであつた、血書もかう流行的になつてはインチキがあるのも当然だらう、黒い心を赤
二月三日節分冷静にして明朗、つめたいけれどゆつたりしてゐる。昼酒を味ふた、悠々独酌、二合で腹いつぱい心いつぱいになつた、これ以上は貪るのだ。型といふものは出来るのが本当、そしてそれを破るのが本当(これはパラドツクスめくが)。麦飯の嫌な人には、麦飯が麦ばかりに見えるだらう。無駄のある生活人に人があつまるといふよりも、缺点のある人格者に友が出来るといふ方が、ヨリ痛切であらう。他人――殊にそれが友達、殊に殊に親友――の缺陥を見せられた場合の悲痛は自分のさうした場合より
二月一日雪もよひ、ひとりをたのしむ。年はとつてもよい、年よりにはなりたくない(こんな意味の言葉をゲーテが吐いたさうだ)、私は年こそとつたが、まだ/\年寄にはなつてゐないつもりだ!本来の愚を守つて愚に徹す、愚に生きる外なし、愚を活かす外なし。依頼心が多い、――この言葉ほど私の心を鋭く刺したものは近来になかつた、ああ。自然即入。生も死も去来も、それはすべていのちだ。有無にとらはれて、いのちを別扱にするなかれ。また雪となり、大根もらつたくもりおもくて竹の葉のゆれてなる
一月三十一日日々好日、事々好事。朝、敬坊来、県庁行を見送る、樹明来、珍品を持つて、そして早く出勤。粕汁はうまかつた、山頭火も料理人たるを失はない!大根の始末をする、同じ種で、同じ土で、同じ肥料で、しかも大小短長さま/″\はどうだらう。切り捨てた葱がそのまゝ伸びてゆく力には驚いた。今日から麦飯にした。何か煮える音、うまさうな匂ひ、すべてよろし。千客万来、――薬やさん、花もらひさん、電気やさん、悪友善人、とり/″\さま/″\。夕方、また三人があつまつて飲みはじめた、
一月廿九日雪、あたまはよいが胃がわるい。あれこれと用事がないやうでなか/\ある、けふは街まで五度も出かけた。夜、敬坊来、街でほどよく飲んで、街はづれまで送つた。酒あり、炭あり、ほうれんさうあり。私もすつかり落ちついた、落ちつき払つては困るけれど。一月三十日毎日毎日お天気の悪いことはどうだ。氷柱の落ちる音はわるくない。今夜も、敬君が帰宅の途中に寄つてくれた、いつしよに街へ出かけて小ワヤ。・さそひあうて雪の婦人会へゆく顔でふうふの家鴨がつめたい地べた・雪もよひ
一月廿八日ゆつくり朝寝、けふもまた雪か。お茶はうまいが食べる物がない、あまり食慾もない、お仏飯をさげていたゞく(十粒ぐらいしかないけれど、それで十分だつた)。古新聞と襤褸を屑屋へ売つて、少しばかり金が出来た。米一升、酒屋へ、肴屋へ二十四銭払ふ。彼――某酒店の主人――の心をあはれむ、いやしい人間だ。待つてゐた敬坊が来た県庁へ出張する彼を駅まで見送つて行く、そしてちよつぴりやる。それから、冬村君の仕事場に立ち寄つて、いつぞや押売してをいた厚司の代金を受取る、それで払へる
一月廿七日よい朝、つめたい朝、すこし胃がわるくて、すこしにがい茶のうまい朝(きのふの破戒――シヨウチユウをのみ、ウイスキーをのんだタタリ)。何もかもポロ/\だ、飯まで凍てゝポロ/\。けふも雪、ちらりほらり。さすがの私も今日ばかりは、サケのサの字も嫌だ、天罰てきめん、酒毒おそるべし/\、でも、雪見酒はうまかつた/\。また、米がなくなつた、しかし今日食べるだけの飯はある、明日は明日の風が吹かう、明日の事は明日に任せてをけ――と、のんきにかまへてゐる、あまりよくない癖
一月廿六日旧正月元日。すこし早目に起きた、今朝、どこからも送金がないやうならば、三八九送料の不足をかせぐために山口へ行乞に出かけるつもりで。ところが、雪だ、このあたりには珍らしい雪だ、冷えることもずゐぶん冷える、何もかも凍つてゐる。まづ雪見で一杯といふところだらう、誰か雪見酒を持つてこないかな。けさは驚嘆すべき事があつた、朝魔羅が立つたのである、この活気があるからこそ句も出来るといふものだ、スケベイオヤヂとけなすべからずぢや。あんまり寒いから、餅粥をこしらへて腹
一月廿五日よい朝、よい朝、このよろこび、うれしいな、とても、とても。酒も滓もみんな飲む心。敬坊から約の如くうれしい手紙(それは同時にかなしい手紙でもあつたが)。郵便局まで大急ぎ、三八九発送第一回、帰りみち、冬村君を訪ねて、厚司とレーンコートとを押売する、おかげで、インチキカフヱーのマイナスが払へて、めいろ君に申訳が立つといふ訳。雪となつた藪かげで、椿の花を見つけた。今日の御馳走はどうだ!酒がある、飯がある、肉がある、大根、ちしや、ほうれんさう、柚子。……右の
一月廿三日午前は晴れてあたゝかだつたが、午後はくもつて寒かつた、しかしとにかく、好日好事たることを失はない。朝、紙を買ひにゆく、インフレ景気は私にも影響を及ぼして、紙も二割の値上をするといふ。三八九印刷終了、揃へる、綴ぢる、なか/\忙しい。手紙も来なければ人間も来ない、鴉が来て啼くばかり。夜は餅を焼いて食べた、何とまあ餅のうまいこと。こゝで私は重大な宣言をする、――今後は絶対に焼酎と絶縁する、日本酒、麦酒以外の酒類は飲まないことにしよう、これも転換の第一歩といへよ
一月廿二日冷たい、昨夜の酒が残つてゐる、飲まずんばあるべからずぢや、うまいな、何といつても酒はうまいものである、利害を超越して。昨日のお菜は三度とも菜葉と大根とちしやだつたが、今日は鰯の御馳走があつた、十尾六銭、おばさんから借りて。新聞屋さんが号外を持つてきてくれた、餅といつしよに。二週間ぶりに入浴、帰途、金策の相談が出来た。魚行商のおばさんはほんとうに感心な女性だ、悪病の夫を看護しつゝ、二人の子供を育てつゝ、朝から晩まで働らきつゞけてゐる、信仰心を持つてゐるから
一月廿一日雪もよひ、だん/\晴れる、そんなに冷たくはない。朝のお茶はうまい、こんな調子だと、あんぐあい転換が出来るかも知れない、転換したいものだ。急に眼の工合が悪くなつた、栄養不良のためか、老眼と近眼とのこんがらがりのためか、とにかくこれでは困る、といつたところで詮方もないけれど。此頃の私は、とりわけて、よく食べよく寝る、それではどうぞ、よく働らきなさい。△山にしたしむことは木の葉にしたしむことであり、小鳥にしたしむことであり、石にしたしむことでもある。山村庵居は
一月廿日大寒入。のび/\と寝たから私は明朗、天候はまた雪もよひ、これでは行乞にも出かけられないし、期待する手紙は来ないし、さてと私もすこし悲観する、それは何でもない事なのだが。一茶会から「一茶」、酒壺洞君から仙崖の拓字が来た。△すべてを自然的に、こだはりなく、すなほに、――考へ方も動き方も、くはしくいへば、話し方も飲み方も歩き方も、――すべてをなだらかに、気取らずに、誇張せずに、ありのまゝに、――水の流れるやうに、やつてゆきたいと痛感したことである。鼠もゐない家―
一月十九日雪もよひ、手紙は来ない、行乞は気がすゝまないからやめる、といふ訳で、野菜食がはじまる、菜葉(大根葉をも)をラードでいためて塩で味付けするのだつた。五厘銅貨を握つて村のデパートへ出かける、きのふ、おばさんの諒解が得てあるので、焼酎一合と豆腐二丁とを買うて戻る(此代金十六銭、まだ二銭あまつてゐる!)、飯をたべないものだから、何となくよろ/\する(酒好きは酒好きですね、間違なく)。朝は砂糖湯、昼は野菜、それから焼酎と豆腐だつた、これではゼイタクすぎる、まつたくさ
一月十八日くもり、はれる、そしてまたくもる。きのふ一通、けふ一通、いやな手紙をかいてだす。五厘銅貨でなでしこの小袋を買ふ、村のデパートで、そして、そこのおかみさんが五厘銅貨を歓迎してくれた!(豆腐油揚が弐銭五厘なので釣銭として五厘銅貨がほしいといつた)古木を焚いて湯を沸かして砂糖湯を飲む、うまい。酒はこらえられるが煙草はなか/\こらえにくいものである、その煙草を三日ぶりに喫ふたのである。△身貧しくして道貧しからず、――負け惜みでもなく、諦めでもなく、それは今日の私の実
一月十二日眠れないから考へる、考へるから眠れない、とやかくするうちに朝が来た。――諸法常示寂滅相――どうやら晴れさう、そして冬らしく寒らしくなつた。そばだんご汁をこしらへる、御苦労様、御馳走様。とき/″\貧乏になることは、いろ/\の意味に於て悪くない、いつも貧乏では困るけれど。樹明君が帰宅の途次ちよつと立寄つた、あの夜の経過を聞くまでもなく、顔色が万事を雄辯に語つてゐる、私は私の友情が足らなかつたことを恥ぢる、樹明君よ、お互に酒の奴隷はやめませう。寒い、寒い、何も
一月十一日よい眼ざめであつた、しづかなよろこびがあふれた、私はひとり、ゆう/\として一日を暮らした、しかしお天気はよくなかつた、雨風だつた。敬治君へ長い手紙を書いた、私の心はきつと通じる、お互にもうアルコールの繋縛から脱してもよい時節である。うれしい酒をのむがよい、酒は涙でもなければ溜息でもない、天の美禄だ、おいしい酒をおいしく飲まなければ嘘だ。風を聴く、風もよいかな。今日も御詠歌組がやつてきた、二銭あげる、昨夜の二銭とこの二銭とでサイフはナイフになつてしまつた、
一月十日曇、それもよし、雨となつた、それもよし。御飯のおいしい日であつた、ことに葱のお汁がおいしかつた。食べるうまさはたしかに生きてゐるよろこびの一つである。樹明君が昨夜から行方不明となつてゐることを聞かされて、私は昨日敬治君の手紙を読んだ時のやうに、さびしくかなしかつた、樹明君、お互にしつかりしようぢやありませんか、ほんとうに生きようぢやありませんか、昨日までのやうでは、私たちはあまり下らないぢやありませんか、みじめすぎるぢやありませんか、酒を飲まないぢやない、う
一月九日徹夜した、といふよりもあれこれ考へてゐるうちに夜が明けてしまつたのである。盥に薄氷が張つてゐる、うらゝかな陽が射してゐる。敬坊からの手紙はあまりにさびしくかなしくした、敬坊よ、しつかりしてくれ、しつかりやつてくれ。麦飯を食べることにする、経済的理由よりも生理的、生理的よりも心理的理由から。落葉の掃き寄せをふと見たら、水仙、私の好きな水仙がある、落葉の底から落葉を押し分けて伸び出たのである、生きるものゝ力、伸びるものゝ勢を見て、今更のやうに自然の前に頭が