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六月六日晴。久しぶりにゆつくり朝寝した。近在散歩、秋穂霊場参拝。畑手入、今春は私の悪日がつづいたので、茄子も胡瓜もトマトも植ゑつけるほどの安静を持たなかつた。……ぐうたら手記雑草雑感。生命――心――言葉――詩客観を掘りぬくと主観にぶつつかる、彼が我となるのである。物――心、自然――自己物にこだはらない、物からわずらはされない境地。流動して停滞しない境地。二二ヶ四の世界!六月七日曇、雨、そして晴。最初の筍を見つけて食べる、歯が抜けて噛みしめるこ
🌙訪問ありがとうございます厄介ものの落ち葉が新たな宝ものに生まれ変わった春に親しまれる和菓子といえば桜餅だろう。塩漬けの葉の香りが、季節の訪れを告げる。俳人·正岡子規は「花の香を若葉にこめてかぐはしき桜餅家つとにせよ」と詠み、お土産に薦めた。桜餅の誕生エピソードは、実にユニークだ。江戸時代中期、隅田川沿いの長命寺周辺では大量の桜の落ち葉が悩みの種だったそこで自由な発想でひらめいたのが同寺の門番で掃除に精を出していた山本新六だ。集めた落ち葉を、塩漬けにし、あん入りの餅に包
六月三日曇。けさも早起。午後は風雨が強くなつた、哀傷たへがたいものがある、……風雨を衝いて街へ出かける。Fで樹明君に会して飲む、……それから泥酔してIに泊つた。……六月四日晴。やつぱり酒はよろしくないと思ふ、それがうまいだけそれだけよろしくないと思ふ。散歩、上郷八幡宮の社殿で読書、帰途入浴、連日の憂欝が解消した。六月五日曇。旧の端午、追憶の鯉幟吹流しがへんぽんとして泳いでゐる。今日も近郊散歩。風がいちめんの雑草が合唱する・つかれて風の雑
緊縮俳句の生活は質素で清らかなもの俳句は、自然を讃え人生を味わう道です。その生活は、無駄や虚栄を捨て、質素で清らかなものであるべきです。しかしそれは貧しさではなく、心を自由にして人生を楽しむための生き方です。俳句の道は簡潔で誠実な生活の中にあると宋斤は語っています。
私俳句は「私」を通して自然を詠む俳句は、私という存在を通して自然を詠む詩です。私の生活や体験を積み重ねながら、その私を大自然の中へ放っていく。自然を讃える俳句とは、大自然から私をとらえ、自然と一つになって生まれる詩なのです。
◇俳句は清らかな心から生まれる日本人が新年を迎えるとき、心いっぱいに感じる思いは清らかなものです。天地や自然すべてが清浄であると感じ、人の心もまた清らかであることを願います。その清らかな心を言葉に表したものが俳句です。俳句とは人の心を、清める詩でもあるのです。
◯俳句は日々の生活の中で作り続けるもの俳句は、少々無理をしてでも日々作り続けるものです。朝の一句、寝る前の一句は、その日の感謝や記録になります。忙しくて句が出来ない時は、人生に勇気や希望が足りないのかもしれません。『少々無理しても俳句を作るべし。』俳句とは日々の生活と共にある詩なのです。
⬜︎俳句は言葉より先に心から生まれるもの。『俳句から、文字は去るべし』。俳句は、文字を先に考えて作るものではありません。まず心の中に生まれた言葉があり、それが自然に俳句となって表れます。文字で形を整える前に、すでに俳句は心の中に生まれている。俳句とは心から生まれる言葉の表現なのです。
その日その時俳句は「その日その時」の現在を詠む現在というものは、すぐに過去になります。その一瞬の現在をとらえることが俳句の仕事です。俳句は、過去の経験を大切にしながら、今日という一日の現実を見つめ、そこから未来への思いも生み出していきます。俳句とは、今日という一瞬を深く味わう詩なのです。
◎俳句は詩・絵・音楽の心が一つになった芸術詩、絵画、音楽はそれぞれ独自の魅力を持っていますが、どれにも足りないものもあります。しかし、よい俳句を深く見つめていると、そこから絵の世界が生まれ、また音楽の響きも生まれてきます。俳句は、言葉の中に詩と絵と音楽の心をあわせ持つ芸術なのです。
一句一事一道一句は一つの事を深く詠む俳句は、大自然の中にある人生の真実を詠むものです。目の前の出来事だけを浅く写すのではなく、その奥にある意味や広がりを感じ取り、一句の中に表現していきます。一句には一つの事を詠み、そこに一つの道が開ける。これが俳句の創作の道であると宋斤は説いています。
韻俳句には句の外に広がる余韻がある良い俳句は、読んだとき目にも心にも静かに響くものです。句の中に込められた思いが満ちて、その余韻が句の外へ広がっていく。この句の外に広がる響きこそが俳句の「韻」であると宋斤は語っています。
個性俳句は作るものではなく、生まれるもの俳句は単に作るものではありません。心の中から自然に生まれてくるものでなければ本当の俳句とは言えません。同じ型でいくら句を作っても、それは人形のように似たものが並ぶだけです。本当の俳句には、作者の内面から生まれる個性が必ず表れます。
季題の在り場所季語は句のどこに置くかで句の姿が変わる俳句では、季題(季語)をどこに置くかによって句の印象や働きが大きく変わります。ある人は下五に季語を置き、ある人は上五や中七に置く。その位置によって、句の調子や表現の力が変化します。宋斤は、句の構造を意識して季題の位置を考えることの重要さを説いています。
六月一日晴。やうやくにして平静をとりもどした、山頭火が山頭火の山頭火にかへつたのである。大山君から、益洲老師講話集「大道を行く」頂戴、さつそく読む。本来無一物、その本心に随順せよ。いよ/\ます/\句作道精進の覚悟をかためる、この道を行くより外ない私である!六月二日午前は山をあるく、山川草木そのまゝでみなよろし。午後は来書の通りに樹明君来庵、酒と魚とを持参して、そしてほどよく酔うて話して寝て、こゝろよくさよなら、めでたし/\。自己観照、自己批判。無理のない生活、
五月廿八日雨。終日終夜、もだえるばかりだつた。五月廿九日曇、晴れてくる。好日、好日、緑平老の手紙が、Kの手紙が私を元気づけてくれた。身辺整理。夜はシネマ見物、そしておとなしく帰庵しておだやかな睡眠。ぐうたら手記エロストロゴスとの抱擁!無理をしないこと、これこれ!自由律俳句作者としての私には苦悶はない、苦心はあるけれど。俳句は、私の俳句は悲鳴ぢやない、怒号ぢやない、欠伸でもなければ溜息でもない、それはすこやかな呼吸である、おだやかな脉搏であ
五月廿六日晴。身心やゝ安静。思ひ立つて、起き上つて、掃除、洗濯、等々。樹明君が来てくれた、敬君脱線のことなど話してゐると、思ひがけなく黎々火君が来た、三人で一杯やる、友はうれしいな酒はうまいな。黎君帰る、つゞいて樹君も帰る、私は袈裟を持ち出して、さらに飲んだ。やりきれないのである、飲んでもやりきれないけれど、酒でも飲まずにはゐられないのである、そしてとうたう宿屋に泊つた。・山から山へ送電塔がもりあがるみどり山の青さをたたへて水は澄みきつて日ざかり萱の穂のひ
寝起きに愛するshoheiの号砲!先頭打者での今季5号、相手はテキサスの超ベテランのデグロムから-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.beおメメバッチリ目覚め、朝のメール確認。俺の散歩記事には、ほとんど、その感想を書いてくださる。俳人、柳人の大師匠、、、お散歩に、何時もお付き合いくださりあんがとう。昨夕の私のお散歩での
ごきげんいかがですか月曜日は俳句週歴啄木忌さみしくなりて逆立ちす吉田未灰(みはい)今日は、歌人石川啄木の忌日だ。若すぎる享年は、27歳だという。初め詩人で出発し、短歌に絞った。「一握の砂」「悲しき玩具」は特に有名だ。彼は歌の表記に三行書きスタイルを採った。貧困と病気という重荷を背負った。作者は、啄木忌であると知り、啄木の歌を口ずさんでいたのかもしれない。そうするうちに、寂しい思いが高まり、「逆立ち」をしたというのだ。ただそれだけだが、「逆立ち」に、それほど意味
五月七日――五月廿三日生と死との間を彷徨した。山口――三谷――萩――長門峡の若葉も私を慰めることは出来なかつた、博覧会の賑やかさも私には何の楽しみでもなかつた。一歩一歩が生死であつた。生きてゐたくない、死ぬるより外ないではないか。白い薬が、逆巻く水が私の前にあるばかりだつた。五月廿四日あんたんとして横臥してゐるところへ、敬君が見舞に来てくれたが、私は応接することすら出来ないほど、重苦しい気分をどうすることも出来なかつた。息詰るやうな雰囲気に堪へ切れないで敬君は街へ出
五月三日晴、まことに日本晴。滞在、読書、散歩。五月四日晴。歩いて湯田へ、そして一浴して帰庵。五月五日晴。湯田へ(バス代湯銭がないから本を売つて!)。五月六日曇。身辺整理、整理しても整理しきれないものがある。もう一度、行乞の旅に出なければなるまい。ぐうたら手記俳句は間違なく抒情詩である、あらねばならない。雑草風景、それは其中庵風景であり、そして山頭火風景である。風景が風光とならなければならない、音が声となり、かたちがすが
五月一日あゝ五月と微笑したい。朝、九州の旅先の澄太君から来電、一時の汽車に迎へて共に帰庵、半日愉快に飲んだり話したりした、ほんたうに久しぶりだつた。折から大村さんがお祭の御馳走を持つてきて下さつた、うれしかつた。そして六時の汽車に送つて、理髪して入浴して散歩して、そしてさみしく戻つて寝た。やつぱりひとりはさみしい。・こゝろ澄めば月草のほのかにひらく・てふてふとまる花がある・空へ若竹のなやみなし・酔ひざめの水のうまさがあふれる青葉・うしろすがたにネオンサインの更
◇「女性の日」の五句今日4月10日は、1949年に労働省(現厚生労働省)が制定した「女性の日」。それに因み、私の好きな女性俳人五名の句を紹介します。花落とし終へし椿の男ぶり中村汀女父がつけしわが名立子や月仰ぐ星野立子雪はげし抱かれて息のつまりしこと橋本多佳子白露や死んでゆく日も帯締めて三橋鷹女羅や人悲しませる恋をして鈴木真砂女どれも言葉以上の心情が伝わってくる気がします…
春濤や白一色の沖の船真矢海から遠い内陸部で暮らしているので、海に対して憧れの気持ちがあります。海辺の人たちには、いろいろなご苦労もあるのでしょうが‥。写真は以前撮影した沖縄の海です。
あなたにとって憧れの女性は?憧れるのはやめましょう⬆︎そのとおりですねわたしは私こんな当たり前のことにこの歳で気付かされるなんてね🤗▼本日限定!ブログスタンプ世の中は三日見ぬ間の桜かな世の中の移り変わりの激しくて儚いことを、桜の花があっという間に散ってしまうことに掛けて言ったことば。江戸時代の俳人、大島蓼太の句から。
ハヤる感情たとえば吟行。どこかへ出掛け、何かを見て句を詠むのが吟行だが、見た物をそのまま詠んでも意味がない。画家の大竹伸朗は言う。その光景を前に、極限の焦りにも似た、とてつもなくハヤる感情が起きた。ありのままの実景では意味がないこと、今捕まえなければ二度と訪れない瞬間に立ち会っている思い、目に焼き付くシーメンスビルのイメージの中に香港の空気や湿気、熱波、騒音、匂い、進行形で自分が浴びているものすべてを閉じ込めること、そんなことを感じながら鉛筆で
四月廿八日曇、時々降る。朝からマイナスを催促された、マイナスといふものはほんたうによろしくない、プラスはなくてもいゝが(私にはプラスがあつたら、マイナスとおなじくよろしくない!)マイナスのない生活でなければならない。午後、樹明君来庵、散歩、乱酔。名物男をうたふ・でたらめをうたひつつあさぶをもらひつつ・若葉に月が、をんなはまことにうつくしい・いつ咲いた草の実の赤く江畔老に・その蕎麦をかけば浅間のけむりが四月二十九日曇。昨夜は安宿の厄介に
四月二十七日曇、少雨。ずゐぶん早く起きたが、何もない!火!よい火を焚け、そしてよい酒を飲め。K氏を訪ねて、句集代を頂戴した、それでやつと米が買へた。……かういふ生活には(私のやうな生活にはといはなければなるまいが)苦悩と浪費とがたえない、苦悩はもとより甘受するが、浪費にはたへられない、浪費そのものよりも浪費する心が我慢しきれなくなる。物質の浪費、身心の浪費、ああ。夕方、久しぶりにT子さんが来て、しばらく話して帰つた、彼女はわがまゝな、そして不幸な女だ、我儘がなくなれ
【起稿2026年4月8日記事】日付が変わりました🗓今日東京は、一日中晴れて良い日和になりそうです🌞私は今日朝から、病院で検診を受けねばならないので助かります😊さて皆さん、今日は「椿寿忌」です。「椿寿忌」は、正岡子規と並ぶ近代俳句の重要人物で、「ホトトギス派」の最重鎮高浜虚子の忌日です。「椿寿忌」という忌日名は、虚子が特に椿を愛し、法名を虚子庵高吟椿寿居士という事を由来に名付けられました☝※画像はイラストAC(https://www.ac-illust.com/)より引用しました。
四月二十五日晴、日本の春、南国の春。緑平老に――……澄太君といつしよにお訪ねすることが出来ないのを悲しみます、無理に出かければ出かけられないこともありませんけれど、それは決してあなた方を快くしないばかりでなく、必らず私を苦しめます、どうぞお許し下さい。……何故、私は小鳥たちのやうにうたへないのか、蝶や蜂のやうにとべないのか、蟻のやうにうごけないのか、……私は今、自己革命に面してゐます、一関また一関、ぶちぬきぶちぬかなければならない時機に立つてゐます。……自己