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海外の素敵な自然や建物もいいけれど、日本にもまだまだ素敵な所はあるよね?と思って、先日京都に訪問してきて日本の美意識があふれた庭園や旅館などを楽しんできたのですが、これまであまり意識しなかったことにも気になり始めたり・・と、いつもと異なる環境に訪問するのは刺激にもなるし、自分のこだわりや価値観も見えてくるので面白いものですね。https://katafuchikenji.com/awareness/18113/
比叡山の麓にある修学院離宮にも訪問してみたのですが、地形を利用して上中下の3つの離宮があり、他の離宮とは違って京都市街地や遠くの山々まで見渡せる景観になっていました。きっと紅葉の季節はもっと素敵なのでしょうね、今となっては山から眼下の景色を見下ろせる所はたくさんありますが、宮内庁管轄で自由見学できず松の木などがキッチリ整備されて整っている園内に訪問できたのは良かったですね。日本にもたくさん素敵な観光地がありますよね、まだまだ知らない所だらけなので、時間の許す限りあれこれ訪問してみたいものです
引き続き後編をお送りする。3日目と4日目である。[3日目:3月31日(火)]今日は12時から桂離宮を参観することになっている。その後京セラ美術館を訪問する予定である。桂離宮は皇室関連施設で宮内庁が管理しており、参観方法は事前もしくは当日申し込みである。事前申し込みの方が確実なのでそれを行うことにした。現代を反映し、オンラインである。私はスマホやネットをつかいこなせるが、それが出来ない老人は申し込めないという訳である。ますます老人にとって住みにくい世の中になっている。朝
名古屋の東高台、覚王山にある揚輝荘のその2です。(4月11日撮影)修学院離宮の千歳橋を模したといわれる北庭園のシンボルと新緑です。忘れてはいけません、南庭園の新緑とベンガラ色の聴松閣(ちょうしょうかく)を。朝の爽やかな光の中から見る聴松閣でした。
2024.11.4上御茶屋の隣雲亭からの浴竜池の眺め①浴竜池は谷川を堰き止めて造った人工池で、堤防の高さは13m、延長200mに及ぶ石垣で補強されています。池の中には中島、北側に美保島、南側に万松塢という3つの島があります。ホーム-修学院離宮②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩⑪隣雲亭1824年(文政7年)の再建。当初の建物は1677年(延宝5年)に焼失しています。建物は海抜150mの高台に建ち、浴竜池を一望できます。隣雲亭には一の間(6畳)、二の間(3畳)に洗詩台(4畳)という板
2024.11.4修学院離宮①京都薬用植物園だけでおしまいではもったいないので、修学院離宮の見学ツアーに申し込んでおきました。こちらは、枠があれば、当日参加も可能のようです。②③④隣雲亭から浴竜池を望む修学院離宮は17世紀中頃(1653年-1655年)に後水尾上皇の指示で造営された離宮で、上御茶屋、中御茶屋、下御茶屋の3つの庭園からなり、面積は54万平方メートルに及びます。ホーム-修学院離宮⑤⑥下御茶屋の中にある寿月観⑦寿月観1824年(文政7年)の建立。扁額は後水尾上
宮内庁のホームページから修学院離宮(12月1日~予約可能、3月参観)と桂離宮(1月1日~予約可能、4月参観)のオンライン予約をしました。参観申込-宮内庁参観案内皇居及び京都仙洞御所・桂離宮・修学院離宮の参観申込についてご案内しています。sankan.kunaicho.go.jp12月1日から3月の予約が可能でした。桜の開花にもよりますが、日にちを予測しての予約をし、早くしないと予約が取れないのです。時間によっては、予約なしでも当日入れる時もあるそうです。わざわざ行くなら予約必須
1月末日。東京の友人を連れ、桂離宮へ。寒風吹き荒ぶ、小雪チラつく中でしたが、むしろ庭園・建築の美しさは際立っていました。桂離宮は八条宮智仁親王が1615年頃造られた宮家の別荘。この方は後陽成天皇、つまり豊臣秀吉の絶頂期に聚楽第へ行幸さ(せら)れた天皇の弟、により造営されたということです。その40年後に後水尾上皇によって造営された修学院離宮とは大きく異なる様式でありました。織豊政権絶頂期に権威を保ち続けた八条宮による、当時の土木建築の粋を極めた桂離宮と対象的に、私が3年前、うだるような暑さ
日本人の原点ここにあり日本人に生まれて、一度は訪れたい京都の寺社桂離宮か修学院離宮どっちが好き◎◎◎◎◎で表示のお寺や神社は、皇室関連施設などランキングでは表現できない、別次元の存在の施設を紹介しています。日本人が持っている最高級の文化に触れてください日本人が持つ心の文化の高さを見ることができる所を掲載しています。歴史的な価値の高さで選んでおりません。皇室関連施設であるがゆえにだろうか、高飛車な寺社も数多くありました官僚的な施設の箱物や公園などをうんざりするほど見てきまし
修学院離宮へホーム-修学院離宮修学院離宮の公式情報を提供する宮内庁のウェブサイト。建築物や庭園、障壁画・調度などを画像や動画と共に紹介。アクセス方法や参観休止日、最新情報も随時掲載しています。kyoto-gosho.kunaicho.go.jp阪急河原町駅から乗り換え京阪電車出町柳駅から乗り換え叡山電鉄修学院駅へ修学院離宮まで徒歩20分出町柳駅で近くのパン屋を調べてクチコミが良かったこちらへアルチナザル大人好みから甘いパンまで揃う京都御所周辺の[Artisan'Hall
修学院離宮は、京都市にある江戸時代に作られた離宮です。京都にはお寺や庭園もたくあんありますが、この離宮は池を中心とした庭園や建物があるだけでなく、その景観に棚田や畑、すなわち田園風景を含んでいるところに特色があります。借景ではなく、意図的に棚田や畑を作り、それがどのように見えるか、あるいは見えないようにするかまで工夫されているのです。春がまだ浅く、棚田には水がまだ入っていませんが、田植えの時期にはさぞきれいだろうと思いました。解説によると、この警官の一部となる棚田と畑は、農家に貸し出さ
海人三面相です。断続的に京都訪問ブログを書いてきましたが、三連休最後の日のブログは京都での最終目的地「修学院離宮」です。この「修学院離宮」は宮内庁の管理で訪問するためには予約が必要ですが、入場は無料です。この「修学院離宮」は上皇となられた後水尾上皇が自ら現場に足を運ばれ、庭の木一本にまで目を配られたと言われています。ガイドツアーに参加される方が揃って出発です。修学院離宮は大きく三つの離宮に分かれていて起伏に富んだ地形の中を歩いていきます。離宮の標高の高い所からは京
二泊三日の京都旅行もあっという間。午前中の修学院離宮見学が思ったよりもきつかった。10年で年取ったなあ。いづうで京の寿司盛り合わせをたべて、鍵善で買い物したら力尽きた。早めに京都駅に行き、STARBUCKSで休憩中。足が痛くなったので、買い物省略して帰宅する。新幹線改札内でシズヤのサンドイッチが買えたらラッキーかな。
暖かい日が続いたのでうっかりスカーフも手袋もせず出かけてしまいました。急に寒くなった1月20日です。乗り換えのために北山通のバス停で降りて小雪の混じった冷たい風に震え上がり思わず帰ろうかなとくじけかけたところにやって来たタクシー。ありがたや。「修学院離宮までお願いします。」修学院離宮や桂離宮の見学は以前は往復はがきで申し込む面倒さでした。今はインターネットで申し込めると知ったのでちょっとクリックして申し込んだのです。修学院離宮は比叡山の麓にあり
今日は2026年1月21日(水)です。僕は旅番組歴史番組が好きです。昨日(20日)は録画をしてあったNHK「英雄たちの選択」を観ました。今回は二代将軍徳川家忠が徳川家と親密な関係になりたくていろいろ画策します。家忠の娘を天皇家に嫁に出します。その話の中で番組の中で修学院離宮が出てきました。修学院は行った事が有ります。懐かしいので過去記事を検索しました。こんなのが出てきました。過去記事です。↓===========20
2025年6月のこと、大学時代の友人たちと恒例の京都旅行。二日目の午前に修学院離宮を参観したあとは、門前にあるお蕎麦屋さんで昼食。京都の友人によると、この辺りに飲食店はほどんどないが、ここは結構美味しいのだそうだ。『蕎麦処小林家』の暖簾をくぐる。懐かしい雰囲気の町のお蕎麦屋さん。壁には沢口靖子さんを始め、「科捜研の女」の出演者たちの色紙。「そう言えば科捜研の女は京都府警だったね」と、三人で納得。この近くで撮影をしたときに、ここで食事をしたのだろう。私は鰊そば
2025年6月のこと、大学時代の友人たちと恒例の京都旅行。旅の二日目の午前、修学院離宮の上離宮参観の続き。浴龍池の楓橋を渡り、中島へ。中島の頂上にあるのが宝形造りの茶屋、窮邃亭。創建当時のまま現存する唯一の建物。”窮邃”の扁額は後水野尾上皇の宸筆。18畳の一間には、隅に畳一段高い上段が設けられ、西側には一枚板を渡した御肘寄がしつらえられている。こんな簡素な木造建築が17世紀中葉から今も維持されていることが驚き。再び浴龍池に下る。千歳橋の屋根の上の鳳凰が良く見
2025年6月のこと、大学時代の友人たちと恒例の京都旅行。二日目の朝、昨夜は遅くまで飲んでいたので三人とも少々二日酔い。それでも予約している場所があるので頑張って出発。到着したのは、修学院離宮。予約時間の15分前まで入門できないので、雨の中、傘をさして待つ。同じ時間に参観を申し込んでいる20人ほどがこの右に並んでいる。入門すると、ビジターセンターで参観の手続き。事前にネット予約が必要で、ここでは参加料の支払いと、全員の身分証明書の確認。マイナンバーカードか免許証が必要とは
修学院離宮のご奉仕で、何気なく記念に授かった一枚。「いつか大切な時に」と思っていたけれど、今日という一粒万倍日×大安に、一年守ってくださったお札を新調するタイミングでこの風呂敷を手に取っていました。客殿の「花車釘隠し」をモチーフにした刺繍。幸福を運ぶといわれる花車が、新しいお札を包むのにこれ以上ないほど相応しくて、すべては繋がっているんだなと背筋が伸びる思いです。#お札#風呂敷#修学院離宮
昭和感あるよね。。。もう営業していないような・・・柵が捨てられている。。。鷺森神社さんの御旅所。修学院離宮の近く。お神輿の格納庫か。消防分団の建物。なのに看板が。。。一番奥に街の集会所のような建物。修学院七町会館。落語会が催される会館の前まで来た。ここでは笑福亭鶴二師匠なども落語会をされている。御旅所の広場では地域のご老人がゲートボールしていたりするようで、休憩ベンチがある。御旅所から坂を下る。こちらも昭和感。。。田畑も残る
こんにちは、^^ご訪問ありがとうございます。京都旅行2日目の午前中は京都御所で雅楽を観ました。ブライトンホテルなので歩いて帰り時間がないので途中のコンビニのヤマザキでサンドイッチを買いホテルの部屋で食べました。12時半に娘がホテルまで車で迎えにきてくれ娘の住んでいるアパートを見せてもらいその後車で修学院離宮に送ってもらい(娘の旦那さんがその日はリモートで仕事をして送り迎えをしてくれました。)娘と一緒に観て歩きました。修学院離宮は事前予
自分の中では恒例になりつつある京都の山門の紅葉。今年は最初に撮ったのは大原、古知谷阿弥陀寺の山門。それからの記憶は曖昧なので、さて置いて。今年は鷹峯の三箇寺も廻った。悟りの窓、迷いの窓で名を馳せる源光庵。久しぶりに見る秋の山門の風景はかなり違っていた。本堂前の大きな楓は心なしか枯れ気味であった。光悦寺は例の如くこの時期参道での撮影禁止なので、山門の紅葉は撮るに至らず、常照寺の弁柄の山門、いつになく
12月4日初めての修学院離宮。皇居や京都御所ほどの観覧者もなく、足を踏み入れた瞬間から、とても静かで澄んだ空氣に包まれていました。観覧の時間に合わせるように雲が切れ、遠く大阪まで視界が抜け、宮内庁のご案内の方が「ここまで綺麗に見渡せる日は少ないんですよ」と、そっと教えてくださいました。ただ景色がよく見えた、というだけではなく、その一言で、この時間がどれほど特別なものかを静かに実感することができました。修学院離宮は、江戸時代、後水尾天皇によって造られた皇室の離宮で、
・・・一日二麺山城摂津紀行の一環、京阪美味いラーメンを喰らうツアーの第2弾は「ラーメン魁力屋本店」さん。「らぁ麺とうひち」さんから徒歩数分で到着。地元の店と違いはあるのか?連食となりますが、そのあたりをしっかり確かめたいです『らぁ麺とうひち@修学院』・・・一日一麺山城摂津紀行の一環、京阪の美味いラーメンを喰らうツアー第1弾は「らぁ麺とうひち」さん。長らく京都府1位の座に君臨していた「本家第一旭たか…ameblo.jp本店のゴールドプレー
修学院は35年前に修学院離宮と赤山禅院の中間辺りに住んでいたが、当時は田んぼも多く、片田舎の住宅街と言う風情だった。現在はその田んぼもなくなり、新興住宅街に様変わりし、私の住んでいた地区の古びた住宅は取り壊され、今風の立派な建売住宅として売りに出されていた。その当時は全く存在を知らなかった、修学院離宮の南西に位置する禅華院(ぜんげいん)。年代不詳、かつて天台宗であり、比叡山三千坊の一つだったと云う。この地一帯は比叡山の西側にあたり、大津市の坂本に対して西坂本と云われ、延
京都街歩き2025秋🍁短い秋を楽しまなきゃと、春以来の京都へ。市バス🚌の混雑は避けたかったので、京阪出町柳駅近くのレンタサイクルを活用。数百円違いだったので、迷い無く「ギア⚙️付き」自転車を選択。坂道多いですから💦池泉式庭園マイブームが継続中のため、今回の目的地は「修学院離宮」へ。事前申込はしていないので、8:30以降受付の当日空き枠を確認しながら自転車を漕ぎました🚲分かっていたこととはいえ…行きは登りばっかり。9:30過ぎに到着して、午前最終11:00スタート枠をぎりぎり確保で
「春風秋霜至誠の会」に初めて参加し、京都市左京区の修学院離宮に勤労奉仕に上がりました。修学院離宮での奉仕は個人的には今回で4回目。一年の中でも最も美しい紅葉の季節にこうして奉仕の機会をいただけたこと、代表の方へ心より感謝申し上げます。■修学院離宮という“特別な空間”修学院離宮は、京都市街の北東・比叡山の西南麓に位置し、上・中・下の三つの離宮と、それらをつなぐ松並木、田畑を含めた広大な敷地から成る皇室ゆかりの離宮です。後水尾上皇が理想の山荘を求め、明暦元年(1655)から造営が進め
昨年行った桂離宮そしてこれから行く修学院離宮皇族と幕府との軋轢の歴史の中で生み出された珠玉の庭園と建築
京都市街の北東、比叡山の西南麓に広がる「修学院離宮」🇯🇵後水尾上皇が“理想の山荘”として造り上げたこの地は、上・中・下の三つの離宮から成り、その周囲に広がる松並木や田畑を含め、総面積は54万㎡にも及びます。明暦元年(1655)に作事が始まり、万治2年(1659)には完成披露が行われました。後水尾上皇の御趣向が隅々まで感じられる離宮であり、「御亭から庭の一草一木まで、すべて後水尾院の御製」と伝わるほど。なかでも上離宮の「浴龍池」は、当時の技術を結集して造られた名所。水鏡に空を映し、眼
この週末は快晴で紅葉狩り🍁日和だったので洛北修学院離宮近くの🍁赤山禅院🍁🍁禅華院🍁に行ってきました🤗🍁赤山禅院🍁🍁禅華院🍁🍁赤山禅院🍁洛北では紅葉で有名なお寺です駅から結構離れてるのでまず住宅地の中に鳥居があります近づくにつれ紅葉が派手に‼️笑山門が出現‼️山門から美しき♥️🍁紅葉真っ盛り!お見事👏山門から本堂まで少し歩きます🚶♀️➡️本堂の下の方に到着♡いろんなお堂がありお寺としても楽しめますちょっとの丘みたいな奥の方へたぶん八瀬ほどは熊は出ない