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2013年のNHK大河ドラマは、綾瀬はるかさん主演の『八重の桜』です。幕末の会津藩で砲術師範の娘として生まれ、「幕末のジャンヌ・ダルク」と称された新島八重の波乱に満ちた生涯を描いた物語でした。現在もなお、そんな綾瀬はるかさんと繋がりを感じられるポスターが会津歴史資料館に貼られていました。ここは会津武家屋敷。その広大な敷地の中でも、一際重厚な空気を感じさせるのが、家老・西郷頼母の邸宅です。家老屋敷以外にも、広大な敷地内には見所が豊富にあるため、西郷頼母と会津藩の歴史について語りながら、歩
桜と歴史が交差する「表門」からの幕開け会津武家屋敷の最大のハイライトは、復元された「家老屋敷」です。ここは会津藩の家老、西郷頼母の邸宅を忠実に再現した建物。入り口の大きな門をくぐると、視界いっぱいに広がるのは壮大な木造建築。昨年(2025年)の訪問時は、ちょうど桜が「散り際」の美しさを見せていました。風が吹くたびに、重厚な瓦屋根や白壁を背景に花びらが舞い散る様の儚さ、この光景だけでも、ここに来て良かったと心から思える瞬間でした☺️威厳に満ちた「表玄関」と「式台」まず目に飛び込んでく
4月の金曜日🌙家内との夕食は会津若松市内の韓国料理店"いぶし🍕"へ🚙💨キムチやナムル、たまご焼き🍳などの前菜焼きたて(揚げたて)のチヂミ…🍕、ちょい辛のソース⁉️をかけていただきます😄うん、美味しい😋そして、チャプチェ🥣うん、これも美味い💮こちらは別の日…、家内不在日のディナー🍜場所は、会津のオモウマい店"会津藩⚔️"当店の一番人気⁉️ボリューム満点💯の味噌タンメン並盛り🍜にニンニクをトッピング🧄ニンニク🧄の量が半端ないので、翌々日までプンプンでした…(もちろん自覚なし👍)
『会津史談第100号』が出版されます。私が書いたのは「斎藤一こと藤田五郎の生涯(10)」と「会津史談賞受賞者からの寄稿」です。「斎藤一こと藤田五郎の生涯(10)」の内容は、(1)藤田時尾の新たなる書状(2)『取調日記』寄贈される(3)いろは丸事件(4)坂本龍馬、中岡慎太郎殺害一件(5)三浦休太郎との関係(6)近藤勇の三浦休太郎宛書状です。「会津史談賞受賞者からの寄稿」への寄稿文タイトルは「『會津史談』百号出版によせて」です。30年前の70号の時も寄稿
①忘れてはならぬもの「感謝」②言ってはならぬもの「愚痴」③曲げてはならぬもの「つむじ」④起こしてはならぬもの「短気」⑤叩いてはならぬもの「人の頭」⑥失ってはならぬもの「信用」⑦笑ってはならぬもの「人の落ち度」⑧持ってはならぬもの「ねたみ」⑨捨ててはならぬもの「義理人情」⑩乗ってはならぬもの「口車」「ならぬことはならぬ」のではなく、「ならぬことーは本当にならぬことなのか、本当にならぬことならー私もならぬを認める」という「否定ー見直しー再認」
こんにちは。石好きのハーバリスト北方碧です。4月18日(土)朝9時に森川さんの案内で大窪山(会津藩士墓地)へ。クマが怖くて行けるかどうか気になっていましたが、くまのさだきちを連れているとクマに出会わないという謎のジンクスがあるのと、100回くらい大窪山に来ていながらクマには一度も遭遇していないという森川さんが一緒なので心強く思い、行ってみることに。大窪山で見つけた黄色の花。ヤマブキ?リュウキンカ?クマに注意看板を横目に、電気
こんばんはこの週末は、京都御苑に程近い、京都府庁旧本館に行ってきました1904(明治37)年に完成し、その後約70年間府庁本館として使われてきました。現存する官公庁の建物としては、国内最古なのだそうです。決まった曜日に、議場などの見学ができるのですが、ここがすごいのは、一部の部屋は、今でも現役で使われているということ旧議場この部屋は、現在も使われています前の朝ドラ『ばけばけ』では、島根県庁として、ロケに使われました️ドラマのシーン
こんにちは。石好きのハーバリスト北方碧です。4月17日(金)飯沼氏ご夫妻、森川氏と会津若松駅で合流。森川さんの車で塩川(喜多方市)へ向かいます。戊辰戦争時、会津藩の塩川本陣になっていた近江屋跡。生存白虎隊士・飯沼貞吉ゆかりの地でもあります。近江屋は、飯盛山で自刃後に村人に救助された飯沼貞吉が、印出ハツ(飯沼家に出入りしていた武具役人の妻)に連れられて辿り着いた場所でもあります。此処で地元の医者・三本住庵(住まいは近江屋の斜め前)、
やたら作品化される“新撰組”これはどう生まれたか?最近ちるらんが人気でまた新撰組がチヤホヤされている。ちなみにこれもまた原作は漫画だ!新撰組はまた作品にされた。これを期に新撰組ってなんなん?あの時代で何が行われていたのか?などを解説。新撰組結成に至るまでから芹沢鴨の暗殺その後の新撰組の末路まで。まず芹沢鴨は新撰組結成の半年後にもう暗殺される。新撰組のバックは会津藩。松潤は会津藩の藩主で、佐幕派・公武合体派の象徴。つまりは会津藩や新撰組の魅力はなにかと言うと、”最
こんにちは。石好きのハーバリスト北方碧です。4月16日(木)朝食後、飯盛山へ。スロープもあるのですが、敢えて石段を選択。日頃の運動不足のせいか、きつかった!自刃した十九士の墓所。白虎隊自刃の地。自刃の地から見た鶴ヶ城方面。白虎隊士たちが辿り着いた洞穴の出口。飯盛山の中腹で、此処から山頂へ登っていったのですね。友人にも見てほしかったので、さざえ堂にも行きました。中に入ったのは、19年ぶり
こんにちは。石好きのハーバリスト北方碧です。4月15日(水)~18日(土)、3泊4日で会津に行ってきました。前半は大阪の友人との二人旅。彼女は以前から会津に行きたい!と言っていたのですが、ついに実現。駅名の案内がちょっとお洒落なのです。周遊バス「あかべぇ」で早速、鶴ヶ城に向かいます。まずは腹ごしらえということで、喜多方ラーメン。久しぶりの鶴ヶ城。会津の名刀展が開催中で、「町野兄弟」と題
おはようございます。気温は19,4℃、天気は雲が多い晴れです。江戸期には、仲が悪い大名同士がいました。それが今でも続いている場合があります。今日はそんなお話です。これは南部藩のお城、盛岡城です。こちらは津軽藩の弘前城。南部藩は江戸時代は東北地方の多くを支配して入ましたが、その南部藩の中から津軽氏が、独立し津軽藩を作りました。ま、何代か前に身内の争いがあったとか。そして現在の青森県は津軽(弘前)と南部(八戸等)が一緒の県となっています。だから県都は、どちらでもなく青
日経平均株価は史上最高値で終わったそうです。景気がいいんですね。中東戦争なんか見ていると、あんまり経済情勢は良くないような気がします。アメリカのプライベートバンクがやばい、という噂が流れています。朝の連ドラで、多部未華子が演じる山川捨松が鹿鳴館でダンスを踊っていました。この時代のダンスは、今風のワルツやタンゴじゃなくて、宮廷ダンスのスクウェアダンスだったそうです。彼女のお兄さんが、山川健次郎で、九州大学の初代総長です。創立100周年を記念して、山川カレーが発売されました。。htt
こんにちは。先日、今村翔吾氏の「イクサガミ」を読み終えましたー!『【イクサガミ読了】弱さや強さやアイヌや郵便局や思う事、徒然』こんにちは。環綺です。「イクサガミ」4巻すべて&外伝1巻すべて読破しました!この影響大です『【西教寺】Netflix×岡田准一さんの大迫力像!春の楽しみとA…ameblo.jp面白かった~!幕末の悲劇、会津藩の「誠実さ」に触れて「イクサガミ」の話の中で、幾度となく登場した「会津藩」という言葉。耳にしたことはあっても、江戸か
楽ということはどういう現象か?この動画、不人気です。多くの人にとって、武術とはいかにでかい力を相手に叩き込むかというもので、すごい打撃とか、すごく痛いとか、すごく派手なのが注目を集め、楽なものはどちらかというとスルーされてしまいます。こう言ってはなんですが、3分間グローブをつけてスパーリングとか、めちゃめちゃ疲れます。それぐらい戦いというものは疲れるものなので、パンチやキックなど最初は元気よくても3ラウンドや4ラウンド目ではバテバテで腕を上げるのも辛くなります。つま
【時代劇こぼれ話】保科正之とは前回の明暦の大火の話の中で、天守閣の再建に反対し、その費用を江戸の復興に使うべき、と主張した「保科正之」という人物が居たことを書きました。では、幕閣で重きを成していたこの人物、保科正之とはどんな人だったのでしょうか?保科正之は、実は徳川家二代将軍、秀忠の庶子で四男にあたる人物です。秀忠は豊臣秀吉に深く愛され、名前に一字を貰い、さらに正室の世話までされたのでありました。この正室こそが、お市の方の忘れ形見、浅井三姉妹の三女「お江」であったわ
マナー違反を「時代だよね」で済ませていいのだろうかといつも思います。他人の持ち物を勝手にさわる、使う。いつの時代も「ならぬものはならぬ」のはず。少なくとも私はそう思っています。してはいけないことを伝えていくのは大人に課せられた大事な仕事ではないでしょうか?子供に媚びをうる大人が多過ぎるのではないかと感じます。褒めて育てるのは結構ですが、してはいけないことも教えていかなければ、世の中は下降の一途をたどりますよ。会津藩の掟、今一度、学んでいただきたいと思います。
朝から捨松夫人✨✨‼️
お亡くなりになった、西田敏行さん、演じる、会津藩の、御家老が、藩主の松平容保公に、向かって、京都守護職の辞退を、進言して、お殿様を、怒らせて、御家老職を、解雇させられて、「八重、思い通りにいかぬものよのお」と、仰って。。。。
『ちるらん新撰組鎮魂歌〜江戸青春篇〜』第二夜土方(山田裕貴)ら壬生浪士組は、会津藩預かりとなるための試練に臨む。藩主・松平容保(松本潤)の命で、武人・佐川官兵衛(加治将樹)との勝負に挑んだ土方は、死を恐れぬ剣で覚悟を示し、京の治安を守るという大義名分を得る。だが、その栄光の裏で阿比留鋭三郎(杉野遥亮)は、仲間を裏切り、長州藩と通じていた。
最近は忙しくて新ドラマやテレビから遠ざかっていた私が目をむき出しに食い入るように夢中になってしまったドラマがこちらちるらん新撰組鎮魂歌山田裕貴君が出ていたのもあり見始めたらなんと面白いこと改めて新選組の清々しさを歴史上の志士たちの男らしさたるものを感じられた素晴らしいドラマでした💮2夜連続なので気になる方は、ぜひ今夜ご覧ください。
新選組・副長土方歳三様が好きで会津若松と東京の二拠点生活中の私多摩のヒーロー土方歳三様、、話は、これまでも沢山書いているので今日は、割愛土方歳三様のご子孫でいらっしゃる愛さん歳三様は、結婚していないので直系はいないのですが、お兄様からのご子孫で6代目土方歳三資料館、館長でもあります土方愛さん1月にも会津会でご一緒また、これまでも、取材もですしイベントなどでもご一緒させて頂きましたり、私の舞台にもご観劇下さったり、としておりますとても有り難く、幸せなご縁を
真如堂を出て、金戒光明寺へ。また裏口から侵入。浄土宗大本山・くろ谷金戒光明寺新選組発祥の寺、本陣を置いた事でも有名な金戒光明寺。2www.kurodani.jp本堂に向かう道は石垣が続きます。ここは幕末会津藩の屯所だった場所。今回は行きませんでしたが、境内の墓地には、戊辰戦争で亡くなった会津藩士の墓があります。紅葉の名所、栄摂院のお庭は、現在非公開。こちらが本堂。そして立派な山門。山門内部を特別公開中でしたが、もう2カ所も特別公開を見たの
明治維新を、会津藩、松平容保公、京都守護の側面から、描いている・・・
先日NHKBSで再放送されている「八重の桜」で「八月十八日の政変」が放送されました。会津藩や薩摩藩など公武合体派が尊攘派公家を朝廷から排除した政変です。過去の記事にもこの政変を取り上げていたのでここに再掲したいと思います。---------------------------------------------------------------------------------幕末のもう1つの選択|主任のひとり言先日のNHKBS「英雄たちの選択」で会
☝今日の一言~ならぬことは~ならぬことはならぬものです。=会津藩「什の掟」=
会津藩の山本八重が戊辰戦争で使用したスペンサー銃がカッコいい。実際に八重はスペンサーライフルで日本の内戦でばんばん射撃して戦った。会津藩にはスペンサー銃は1丁しかなかったが、限られた銃弾100発と共に山本八重に託された。当然、でっち上げ新「政府」軍の兵卒は幾人も被弾しただろうが、八重自身は生き残り、後に婚姻し新島八重となり、同志社大学設立に貢献した。明治時代の記念撮影での八重。刀の差し方ひとつ見ても真に武士の家の者だとすぐわかる。
新選組の日今日は何の日文久3年3月13日、京都の治安と警護のために壬生に集合した有志の武士団壬生浪士組に、会津藩主で京都守護職だった松平容保から会津藩のお抱えとする旨が通達されました。その日を記念して今日は新選組の日とのこと。当方は新選組検定は3級まで進みました。近藤勇や土方歳三らをはじめとした主要メンバー縁ゆかりの地である東京都日野市の観光協会が旧暦の日付をとって3月13日に記念日を制定しています。最新版新選組検定公式ガイドブックAmazon(アマゾン)
今日の歴史の一幕3月13日は「新選組の日」だそうです。東京都日野市観光協会が制定。1863(文久3)年のこの日、京都・壬生に詰めていた新選組の前身「壬生浪士組」に、会津藩主で京都守護職の松平容保から会津藩預りとする連絡が入り、新選組が正式に発足した。元々壬生浪士隊は、清河八郎の提案で、事件が頻発している京都の警護に当る為に幕府が江戸で募集をしたものである。1863年2月に江戸を出発したが、京都に着いた途端、清河が壬生浪士組の目的は尊皇攘夷だと言い出したため、浪士組は空中分解してし
今年1月中旬に2週続けてお出かけしました2つの豪雪地帯(岐阜県「白川郷」、富山県「五箇山」、福島県「大内宿)雪めぐり前回編では2回に渡り「大内宿」の様子をお届けしていましたが👇今回は豪雪地帯を離れ、“雪国タウン”の会津若松市へと車を進めます『雪だ!スキーだ!福島だ!+ちこっと山形へ(^^)vその2大内宿編後編』今年の1月中旬は“豪雪地帯めぐり”に勤しみまして、今回は福島旅の第2回、「大内宿」の後編となります前編はこちら👇『雪だ!スキーだ!福島だ!+ちこっと山形へ(^…ameblo.jp👆