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https://note.com/nakayamate/n/n6a331860a782全てに対してどうでもいいって思えたら自由になってる|ボーダー仏陀が解いた感情や雑念の5パターンのコントロール法考想息止教よりhttps://youtu.be/w2n6TpZohfs?si=8e5jUmbbnuSyleQ4を分析して順々に最初から最後までの要点を並べ立ててhttps://uuooy.xyz/kaku/zatunen/ ワンポイントダルマ宇宙的ユーモアhttps:
⟡.·*.··············································⟡.·*.✨🪷本日の一転語🪷✨「この世は、いずれ去るべきものであり、魂の学校なのだ。魂は、肉体に宿り、数十年、あるいは百年ぐらい生活する、なかで、いろいろな人生経験を積み、あの世に還る。これが人生の本当の姿なのだ。」という真実を知ることが必要です。『不成仏の原理』より不成仏の原理魂の救済
(ルシの声)人は道を見失ったから迷うのではない。真理という羅針盤を手放した時、初めて迷いの世界へと入るのである。本文■ルシ的視点仏陀はダンマパダ第176偈において、「唯一なることわりを逸脱し、偽りを語り、彼岸の世界を無視している人は、どんな悪でもなさないものは無い。」と説かれました。ここでいう「唯一なることわり」とは、宇宙に貫かれている真理、すなわち仏法真理であると考えられます。その真理から離れ、自らの都合だけで物事を判断し、偽りを語り、目に見える世界だけがすべてであると思い
世界の宗教は、それぞれに新しい啓示をもたらす方を予言し、待望してきました。キリスト教徒はキリストの再臨を、仏教徒はマイトレーヤ仏(弥勒菩薩)の降臨を、ユダヤ教徒はメシアを、イスラム教徒はイマム・マーディを、ヒンズー教徒はクリシュナの再来を待ち望み、そして秘教徒は新しい時代の世界教師の到来を待っています。名前は異なるが、事実、すべての宗教が待望する方は同じ方であり、その個人名をマイトレーヤといいます。秘教の伝統では「キリスト」とは霊ハイアラキーの役職の名であり、過去
(ルシの声)人は皆、帰るべき故郷を持っている。その道を照らすのは、地位でも財産でもなく、日々積み重ねた心の光である。本文■ルシ的視点仏陀はダンマパダ第175偈において、「白鳥は太陽の道を行き、神通力による者は虚空(そら)を行き、心ある人々は、悪魔とその軍勢にうち勝って世界から連れ去られる。」と説かれました。白鳥は古来、清らかさや気高さの象徴とされてきました。そのように、清く、正しく、美しく生きた人は、太陽の道、すなわち王道を歩み、光の世界へと還っていくのでしょう。また、生
「ある人たちの中には。。既に真理の種が植えられてある。。」と、言うその"真理の種"は数千年もの時をかけその人の中で多々な人生を経て育まれ成長するそしてある時忘れていたものを思い出すようにその"真理の種"があったことにその人は気がつくその時人生を...いくつもの人生を振り返るでも振り返る人生を思い出す必要はないなぜかと言うと今ここにいることそれが実際のことで実際に体験して確信していることでそれが"真実"だからそうした時真理は探すものではなくなり深める
(ルシの声)暗闇を嘆くな。まず、自らが一筋の光となれ。その光は、必ず誰かの目覚めにつながる。本文■ルシ的視点仏陀はダンマパダ第174偈において、「この世の中は暗黒である。ここではっきりと(ことわりを)見分ける人は少ない。網から脱れた鳥のように、天に至る人は少ない。」と説かれました。三次元物質世界は、魂の修行の場です。その一方で、欲望や執着、怒り、嫉妬、迷いなどの悪波動も渦巻いています。そのため、多くの人は目に見えるものだけを現実と思い込み、魂の存在や宇宙の理に気づくことなく
。.ꕤ…………………………………………..ꕤ.。✨💐本日の一転語💐✨諸々の比丘(びく)、比丘尼(びくに)たちよ。おまえたちには、不滅の力が与えられている。その不滅の力は、第一は、本来、おまえたちが仏の子であるという事実に起因し、第二は、過去、幾十転生、幾百転生、幾千、幾万転生を、仏の弟子として生き、学んできたという事実に起因するのだ。仏の子が、仏の教えを学び続けてきたのだ。さすれば、その力は無限に近いも
1️⃣『日常生活での悩み』誰かにムカつく、酷いこと言われて怒り怨む心が出る。もっと平和で暮らしたいのにこの怒りはどうしたら解決できるのか?2️⃣『シミュレーションプログラム地球ゲーム』の視点からのアプローチ。この場面もあらかじめ設定されたプログラム。ムカつく相手が現れ自分がムカつくのも設定。そう捉えると心のざわつきが収まったりします。あとはムカつく相手はゲームのモブ、NPC、だからいくら腹を立てても相手の嫌味や嫌な言葉を発するのはプログラム通りだから相手は変えられない。と潔く諦め受け入
5種類の仏教徒仏教についてよく知らないのに、このようにコメントを書く勇気がある人を、私はとてもかわいそうに思います。なぜなら、その人は人間として生まれてきて自分の脳を持っているのにもかかわらず、自分の脳を使うことができない人だからです。このような人は、詐欺師たちにとって騙すのに絶好の標的です。このような人がいるからこそ、詐欺師たちのビジネスが成功し、繁盛しているのです。私はこのコメントを書いた人をとてもかわいそうに思います。仏教徒には、クラ仏教徒、ラーバ仏教徒、バヤ仏教徒、サッダーディカ仏
スピリチュアルには、統合の為の具体的な方法がありません。結局は、他力本願で新しい霊的支配者に救いを求めるだけですね。そして、自由と言う名のもとに新しいルールに隷属するだけです。それでは、霊的な完全な自由は得られません。原始仏教の仏陀は、完全な方法を説いているのです。それが四聖諦です。その具体的な方法が、慈悲の瞑想と気付きの瞑想です。↑は、菊川市の田んぼアート統合の具体的な方法が、わからない現代スピリチュアルの教え光と闇を別物としてみている限り,真の統合はありません。利己主義が闇=悪
これまで、仏陀が「生まれ変わらないこと」を強く推奨していることについて何度か触れてきましたが(7月10日記事など)、今日は改めて、輪廻について仏陀が語ったとされることについて、原始仏典を手掛かりにして考えてみたいと思います。「仏陀は輪廻を否定した」ということをよく聞きます。しかし、どうも誤解している人が多いのではないか。輪廻を否定したといっても「輪廻がない」と言っているのではない。また、仏陀は霊界の様相を問われても答えなかった、などと思いこんでいる人もいるが、そんなことはない。まず、仏陀が説
(ルシの声)過去を悔いるな。今日、目覚めよ。光は、今この瞬間から放たれる。本文■ルシ的視点仏陀はダンマパダ第172偈において、「以前は怠りなまけていた人でも、のちに怠りなまけることが無いなら、その人はこの世の中を照らす。──あたかも雲を離れた月のように。」と説かれました。人は誰しも、怠け心に負けたり、人生の目的を見失ったりする時があります。しかし、それで人生が決まるわけではありません。大切なのは、真理に目覚めることです。そして、自らの過ちを素直に認め、反省し、努力精進の
(ルシの声)目に映るものは美しい。しかし、心に映るものは、さらに美しい。本質を見抜く眼を養え。本文■ルシ的視点仏陀はダンマパダ第171偈において、「さあ、この世の中を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに耽溺するが、心ある人はそれに執著しない。」と説かれました。この三次元の物質世界には、美しいものが数多く存在します。豪華な建物、美しい車、宝石、芸術品、そして華やかな名声。それらは確かに人の心を惹きつけます。しかし、愚者はその表面的な輝きだけに心を奪われ、やがて
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人は、世界を見てから信じるのではない。信じた世界を見ている。この一文は、現代の予測符号化理論(PredictiveProcessing)と、二千五百年前に仏陀が説いた「迷い(無明)」とを結ぶ重要な接点である。近年の脳科学では、脳は外界をそのまま写し取る受動的な装置ではなく、絶えず未来を予測し、その予測と実際の入力との差分(予測誤差)を用いて内部モデルを更新するシステムであると理解されている。私たちが「現実」と呼んでいるものは、感覚データそのものではなく、脳が最も妥当だと判断した仮説に
ワソ衣献納中に爆撃を受け、僧院の住職が遷化カレン州ミャワディ郡区のミャワディ=ウォレイ道路沿いにあるスントン・クウェ(三階曲がり)仏陀の丘において、7月28日にワソ衣(雨安居の衣)の献納を行っていた最中、ビルマ軍による航空爆撃が行われたため、スントン・クウェのサヤドー(高僧)が遷化し、施食を調理していた一般市民2名が負傷したと、現地住民が語っている。午前10時頃、MiG-29戦闘機により500ポンド爆弾が投下されて攻撃が行われ、宗教施設も破壊されたと、現地住民の1人が記者団に語った。「そ
(ルシの声)この世は永遠ではない。されど、魂は永遠である。見えるものに惑わされるな。本文■ルシ的視点仏陀はダンマパダ第170偈において、「世の中は泡沫のごとしと見よ。世の中はかげろうのごとしと見よ。世の中をこのように観ずる人は、死王もかれを見ることがない。」と説かれました。泡沫は、生まれては消え、また生まれては消えていきます。かげろうもまた、一瞬のような儚さを象徴しています。この三次元世界も、それに似ています。地位も名誉も、財産も肉体も、永遠ではありません。すべては魂
娘が話があるという・・・改まって『何だ?』戦々恐々として話を聞きました娘の話は高校の時茶道部に入ったのだがその時茶道の先生の言葉・・・茶道の先生「将来何になりたいの?」娘「声優になりたいです」茶道の先生「成れるわけ無いじゃ無い笑い」これがずっとトラウマなっていたようでした先生の一言は・・かなり大事なんだその言葉は一生残る俺にも経験がある先生の一言があるのでした・・・僕が紅顔の美少年
読書セラピー「賢者の一言」パトリス・ジュリアン仏陀のメッセージの中にあるもの、それは心の中の微笑みを伝えることなのです。だからあなたは、あなた自身の心の微笑みを見いだしましょう。「暮らしのZEN」幻冬舎より………………………………✨✨✨魂が喜ぶ生き方をしている人は、自然に優しく微笑んでおられます😊💕電車の中や、人混みの中、職場や学校の人々の顔を観察して見てください👀優しい微笑みをたたえている人の、なんと少ないことでしょう😭ほとんどの人が無表情で、歩いていても、満員電車の中でも
本日は仏教の聖日、アサルハ・プージャ(三宝節)です本日、アサルハ・プージャの日がまた巡ってまいりました。今や、仏陀の教えは花や葉と共にあります。本日は、仏陀を礼拝するために花を摘み取ることはせず、木に付いたままの花によって仏陀を礼拝します。これらのものを引き離すことなく、すべてが自然と共に存在しているということを心から観察するためです。自然と共にある自然を見ることで、すなわち、生起、消滅、生老病死、無常(アニッチャ)、苦(ドゥッカ)、無我(アナッタ)を見ることで、仏陀を礼拝するのです。アサルハ
ネパールでの信仰師のご奉公が続いています。サムンドゥラデヴィの学校訪問と数軒のお助行、道なき道を踏破してのご奉公でした。広報担当のようなものなのでシェアさせていただきます。ありがたいです。ありがとうございます。
⟡.·*.··············································⟡.·*.✨💎本日の一転語💎✨みなさんが、きょう何をするかによって、みなさんの人生は変わり、みなさんのまわりの人の人生も変わります。そして、それによって、世界が部分的に変わっていきます。(略)未来というものは選択の積み重ねの結果なのです。この重要性を深く認識する必要があります。『大悟の法』より大悟の法これが、仏陀の悟り。そして、人生の答え。仏
(ルシの声)立ち上がれ。一歩でよい。その一歩が、魂の未来を変える。本文■ルシ的視点仏陀はダンマパダ第168偈において、「奮起てよ。怠けてはならぬ。善い行いのことわりを実行せよ。ことわりに従って行なう人は、この世でも、あの世でも、安楽に臥す。」と説かれました。この偈には、人生を幸福へと導く実践法が簡潔に示されています。まず、自らを奮い立たせることです。人は放っておけば、どうしても怠け心や安易な方向へ流されがちです。だからこそ、強い意志を持ち、一歩を踏み出す勇気が必要なので
小さい頃家にあった手塚漫画アドルフに告ぐブッダ(仏陀)と合わせてもう一度読み直したい漫画です。受け取り方や感じ方キャラクターの印象も変わりそうです。
仏教の説く、真実の一つは、【苦しみ】です。生きる事は、苦しみです。それを直視しない限り、その苦しみから逃れる事はできません。人生楽ばかりなら,そこから脱出する必要は生じませんね。だから、凡人凡夫の我々は、毎日毎時間、常に楽しみを探している。我々が、常に楽しみを探し続ける理由は、苦しみが常にそこにあるからですね。この世界には、常に,苦しみがあるのだから、一つの楽しみを得ても、すぐに次を求めて動き出します。これの無限ループを我々は繰り返して人生の時間を消費していきます。気がついたら、も
(ルシの声)心は、日々の選択によって磨かれる。光を選ぶか、影を選ぶか。その一歩一歩が、未来をつくる。本文■ルシ的視点仏陀はダンマパダ第167偈において、「下劣なしかたになじむな。怠けてふわふわと暮らすな。邪な見解をいだくな。世俗のわずらいをふやすな。」と説かれました。この短い一節には、人生を誤らないための大切な教えが凝縮されています。騙しや誤魔化しなどの下劣な行いから離れること。怠け癖に流されず、自らを律すること。物事を歪んで見る邪見を捨て、正しい見方を養うこと。そ
「思考の学校」基礎講座一生物のテキストが手に入ります|勝井由紀美(かついゆきみ)「思考の学校」基礎講座一生物のテキストが手に入ります|勝井由紀美(かついゆきみ)|勝井由紀美|思考の学校|思考の学校オンライン|大石洋子|宮増侑嬉|幸せになる方法smart.reservestock.jp旅をしながら仕事をする思考の学校認定講師の勝井由紀美です。わたくしの大好きな仏陀のお言葉『怒りを持ち続けるのは、熱い石炭を誰かに投げつけようとして持っているようなもので、やけどをするのは自分
(ルシの声)人を照らしたいなら、まず自らが光となれ。自ら燃えぬ灯火は、他を照らすことはできない。本文■ルシ的視点仏陀はダンマパダ第166偈において、「たとい他人にとっていかに大事であろうとも、(自分ではない)他人の目的のために自分のつとめをすて去ってはならぬ。自分の目的を熟知して、自分のつとめに専念せよ。」と説かれました。他人のために尽くすことは尊い行いです。しかし、その前提として、自らの使命と役割を見失ってはなりません。自分がなすべきことを放り出して他人を助けようとして