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「薔薇を召しませ」作詞:石本美由起作曲:上原げんと若いあこがれ楽しい夢をそっと相呼ぶ二つのこころ歓びの街に咲くロマンスの甘い花君よ青春の紅い薔薇紅い薔薇召しませ薔薇を版権の関係でこれ以上の歌詞は載せられません珍しや正二時代に少女時代の美空ひばりさんが歌っています踊っているのは花菱アチャコ
「涙の渡り鳥」私が幼かった頃実家にこのレコードがあって何度も聴いたことがあります。前奏のじゃっじゃっじゃっじゃッという音がなんともモダンに聞こえたものでした『涙の渡り鳥』(なみだのわたりどり)は、1933年(昭和8年)2月15日公開の野村芳亭監督の松竹映画であり、小林千代子の歌った同名の主題歌である。作詞:西條八十、作曲:佐々木俊一、唄:小林千代子1雨の日も風の日も泣いて暮らすわたしゃ浮世の渡り鳥泣くのじゃないよ
昭和と聞いて思い浮かぶのは?▼本日限定!ブログスタンプ作詞:久保田宵二作曲:佐々木すぐる発表:昭和12年(1937年)概要:「昭和昭和昭和の子供よ」という歌い出しで知られる、子供の心身のたくましさをテーマにした楽曲。昭和の子供たちの画像子供が子供の面倒を見るのは当たり前シャボン玉女の子だもん今なら青切符食事の前には頂きますお櫃が懐かしいさて、子供の運命は
「星の流れに」歌:菊池章子星の流れに作詞:清水みのる(曲リスト)作曲:利根一郎歌唱:菊池章子(一)星の流れに身をうらなってどこをねぐらの今日の宿荒(すさ)む心でいるのじゃないが泣けて涙もかれ果てたこんな女に誰がした(二)煙草ふかして口笛ふいてあてもない夜のさすらいに人は見返るわが身は細る町の灯影(ほかげ)のわびしさよこんな女に誰がした(三)飢えて今頃妹はどこに一目逢いたいお母さんルージュ哀しや唇かめば闇の
作詞:清水みのる、作曲:倉若晴生、唄:田端義夫1波の背の背に揺られて揺れて月の潮路のかえり船霞む故国よ小島の沖じゃ夢もわびしくよみがえる2捨てた未練が未練となって今も昔のせつなさよ瞼(まぶた)あわせりゃ瞼ににじむ霧の波止場の銅鑼(ドラ)の音3熱いなみだも故国に着けばうれし涙と変わるだろう鴎ゆくなら男のこころせめてあの娘(こ)につたえてよ歌手の田端義夫は、気さくな人柄からバタ
昭和15年作品作詞:佐藤惣之助、作曲:古賀政男、唄:霧島昇・二葉あき子1僕がこころの良人(おっと)なら君はこころの花の妻遠くさびしく離れても泣くな相模(さがみ)のかもめどり2たとえこの眼は見えずともきよいあなたの面影はきっと見えます見えました愛のこころの青空に3強くなろうよ強くなれ母となる身は幼児(おさなご)の愛の揺籠(ゆりかご)花の籠なんで嵐にあてらりょう4むかし乙女の初島田泣いて踊るも生計(
おはようございます今日ははれ最高気温20度今日の歌あゝやんなっちゃったあゝ驚いた〜本当、このまんまよ今日も頑張ろう
「愛するってこわい」じゅん&ネネ1964年11月、スクールメイツの初代メンバーから森くるみ、筑紫恵子の二人が選ばれ、クッキーズとしてビクターレコードから「可愛い花」(ザ・ピーナッツのデビュー曲とは同名異曲)でデビュー。1968年4月、じゅん&ネネに改名。ショートカットがじゅん、ロングヘアーがネネ。名付け親はコスチュームをデザインしたコシノジュンコと作曲家の平尾昌晃。7月、「愛するってこわい」でキングレコードより再デビュー。同曲は80万枚を売り上げた。1972年、デュオ解散
これは、たまたま目にしてくれたあなたへお届けする占いです。もし、これが目に留まったならば、今のあなたに必要なことが書かれているのでしょう。使っているカードは「完全解説付き歌占カード猫づくし」。いにしえから用いられてきた和歌によるご神託です。今日の歌は「門田の稲葉」。完全解説付き歌占カード猫づくし©2016TaeHirano/TakutoEndoPublishedbyYAKAN-HIKO,INC.明けわたる門田の稲葉ほのぼのと秋風
中国の進化は早い。早すぎる。だから、去年の12月に書いた記事、もう変わっているから削除してもいいくらいなんだけど、そんなこと言ったら、キリがない。これまで紹介してきたレストランだって潰れているの多いしー。この記事、「2026年4月23日の記事へ」と注記した。ポイ活。略語は大嫌いだが、書く。去年、美团というアプリで動画を見ると、ポイントがたまり、20元もらったことを書いた。もらえるのはいいけど、ずーーーーっとアホみたいに見てないといけない。見ないで、スマホを置いといてもいいんだけど、スワイプしな
「満州行進曲」『満洲行進曲』(まんしゅうこうしんきょく)は、日本の軍歌。大江素天作詞・堀内敬三作曲、1932年(昭和7年)に発表された。1931年(昭和6年)9月18日の満洲事変に呼応し、朝日新聞社は皇軍慰問のため、「レコードを通じて世間に流布すること」を前提条件とし、作曲は堀内敬三に委嘱、作詞は大阪朝日新聞社の計画部長であり、満州事変の報道担当であった大江素天が担当し、1932年(昭和7年)1月4日に東京・大阪朝日新聞紙上に企画を発表、1932年2月15日に日本ビクターより発売
「小樽のひとよ」鶴岡雅義と東京ロマンチカ「小樽のひとよ」鶴岡雅義と東京ロマンチカのシングルリリース1967年9月25日解説作詞は池田充男、作曲はリーダーの鶴岡雅義である。北海道・小樽のご当地ソングでもある。ボーカルは三条正人であった。なお発売当初は大海晴彦の「花園町哀歌」との両A面扱いであった。曲は公演先の釧路で地元の女性と恋仲となった「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」メンバーの実体験を元に鶴岡がまず曲を書き、以前にも鶴岡の曲に詞を付けたことのあった池田に作詞を依
「夜霧の滑走路」歌:三船浩三船浩(みふねひろし、本名:森田肖三、1929年9月28日-2005年7月8日)は、日本の歌手。経歴新潟県新井市(現・妙高市)出身。1951年、NHKのど自慢で新潟県代表となり関東・甲信越大会で優勝、全国大会で第3位に入賞。新潟放送でのラジオ制作・DJを経験し上京。1956年(昭和31年)12月、「男のブルース」(作詞:藤間哲郎、作曲:山口俊郎)で豊かな低音の魅力を生かし、キングレコードより歌手デビュー。芸名の三船浩とは、柔道四段
映画「月よりの使者」主題歌長野県にある実際のサナトリウムであった富士見高原療養所の建物が映画の撮影に使用された。当時の建物は現在取り壊され移転。現在の富士見高原医療福祉センター富士見高原病院隣に出来た富士見高原医療福祉センター内の「旧富士見高原療養所資料館」に、サナトリウム当時の資料は保管展示されている。あらすじ舞台は長野県の高原にあるサナトリウム。複雑な過去を持つ野々口道子は辛い過去から逃れるために今では看護師としてこの療養所に勤務しており、類稀な気高い美貌の持ち主であるこ
おはようございます今日は雨のちはれ最高気温19度夜中、目が覚めてもう眠れないニュースに人型ロボット出ていて猫型ロボット『ドラえもん』を思い出しあたまテカテカさえてピカピカ今日の歌『ぼくドラえもん』2連休明けさえてピカピカなるでしょうか今日も頑張ろう
おはようございます今日はくもり時々雨最高気温22度今は晴れてます今日は裕子さんのアッシーさん銀行、郵便局、農協まで今日の歌『あすの大地に』懐かしですねぇ今日も頑張ろう
あまのじゃくの風【その2】歌いたいけど今回3連ちゃんで、歌の会に参加したいと思いました。土曜日、「生き生きプラザ」に出かけます。自分度その場所をはっきりつかんでいませんでした。駅で、バスの運転手さんに聞きます。一人目。。。「わからないな」二人目。。。「前のバスじゃないの」三人目。。。「そんなバス停はないな」4人目。。。「えー聞いたことあるな、たぶんこのバスで。。。」そのようなバス停がないので、仕方ありません。予約制です。飛込参加でしたが、欠席者もあり参加できました。春の歌
喫茶店で頼むメニューは?▼本日限定!ブログスタンプ「喫茶店の片隅で」作詞:矢野亮、作曲:中野忠晴、唄:松島詩子1アカシヤ並木の黄昏は淡い灯がつく喫茶店いつもあなたと逢った日の小さな赤い椅子二つモカの香りがにじんでた2ふたり黙って向きあって聞いたショパンのノクターンもれるピアノの音につれて積んでは崩しまた積んだ夢はいずこに消えたやら3遠いあの日が忘られずひとり来てみた喫茶店散った窓辺の紅バラがはるか
「麗人の歌」霧島昇『麗人』(れいじん)は、1946年(昭和21年)製作・公開、渡辺邦男監督による日本映画、現代劇である。八住利雄が歌人・柳原白蓮の半生をモデルに書いたオリジナル脚本を、渡辺邦男が監督した。公開当時、白蓮本人をはじめ関係者の多くが存命中であり、白蓮事件の人物設定を借りているが、事件を直接描いたものではない。大正初期。婚約者・進一(藤田進)が東京市電争議に巻き込まれ検挙されてしまう。何も知らない没落華族の娘・圭子(原節子)は、婚約を破棄されたと勘違いし、また
「人妻椿」概要1935年から37年に『主婦之友』に連載された。戦後の私小説『甘肌』で小島は、編集者の言うがまま、顔を赤らめつつ書いた通俗小説だと言っている。あらすじ矢野昭は孤児だったのを拾って営業部長にまでしてくれた有村社長の殺人罪容疑を、身代わりになって行方を眩ます。有村社長は矢野の妻子の面倒を見ると約束しながら急死してしまう。社長の息子・恒也は、本当は社長が犯人と訴えても取り合わず、残された妻・嘉子は、息子・準一を抱えて世間の荒波に翻弄されるのだった。映画1936年版
今日の最高気温は27℃とのこと私の部屋は今、26.5℃いくら寒がりでもこれだけの気温があれば楽ですね。11時からMLBのドジャースの試合が放送されるのでその前に1時間ほどウォーキングに行ってきました近所の公園まで歩いてみたらソメイヨシノはもう終わっていましたが八重桜が満開更に足を延ばしてみると道沿いの民家に美しいお花が他所のお宅の花なので遠慮しながら一枚撮りましたもう一つの公園に行ってみると早くも皐月が咲いていましたタンポポと
今日は最高気温27℃になるそうです。11時からドジャースの試合がBSで中継されるのでその前に10時ころから1時間くらいウォーキングに行く予定。ところで、今日の歌は「海軍小唄」あのズンドコ節の元歌ですね「ズンドコ節」(ズンドコぶし)は、囃子詞に「ズンドコ」が使用される楽曲の総称である。大別して、ルーツを「海軍小唄」とするものと、田端義夫「街の伊達男」とするものの2つの系譜がある。海軍小唄七五調。短調。軍歌に分類されることもあるが、実際は戦地に赴く男たちの本音
映画主題歌「喜びも悲しも幾年月」(作詞・作曲:木下忠司、歌:若山彰)『喜びも悲しみも幾歳月』(よろこびもかなしみもいくとしつき)は、1957年(昭和32年)10月1日公開された日本の映画作品である。松竹が制作、監督は木下惠介。海の安全を守るため、日本各地の辺地に点在する灯台を転々としながら厳しい駐在生活を送る灯台守夫婦の、戦前から戦後に至る25年間を描いた長編ドラマである[3]。1956年に雑誌掲載された福島県塩屋埼灯台長(当時)田中績(いさお)の妻・きよの手記から題材を得
「有楽町で逢いましょう」歌:フランク永井映画では京マチ子、菅原謙治、川口浩、野添ひとみが出演した大阪府大阪市が地盤の百貨店・そごうは、東京へ進出する際、出店地候補の一つとして有楽町を検討した。1950年代前半当時の有楽町は闇市の面影が徐々に消えて、人通りが増え始めている、新興の商業地だった。そごう社内での検討の結果、有楽町駅付近への出店が正式に決定。物件探しで手間取っていたところに読売新聞が自社物件・読売会館を提供。工事などの準備を終え、有楽町そごうの開店予定は1957年5月
今夜も深夜showroomへお付き合い頂きスペシャルありがとうございました😊明日から早めに戻ります〜宜しくお願い致します🤲今夜は急遽なライヴになりましたがご来店の皆様配信チケットを頂きました皆様どうも有難うございました🤲ベアズカフェのライヴとしてはかなり集中して歌えたライヴになりました!やはりお客さんとご視聴頂いているおかげですありがとうございました😊急なお誘いに付き合ってくれたcookieさんZackie山田智史くんありがとうございました😊今日の歌5月の風静
「山のかなたに」主題歌長野県のある田舎町を舞台に、母と共に洋裁塾を経営する井上美佐子、高校の物理化学の教師・上島健太郎の2人を中心に、青春とそのモラル、生徒と教師の健太郎自身との成長過程を、地方色豊かに描いた群像劇。高校では、愚連隊気取りの不良学生が後輩を支配して乱暴を働き、彼らに対しては「問題を生徒が各々自分達で解決して欲しい」と考えて待つだけで消極的な態度だった健太郎に対し、美佐子は非難して「案山子さん」というニックネームを付けた。ある日、国語教師・山崎から美佐子に
映画主題歌「三百六十五夜」歌:霧島昇・松原操作詞:西城八十作曲:古賀政男1946年(昭和21年)に創刊された娯楽読物雑誌『ロマンス』の3号、1946年8月号から小島政二郎の長編恋愛小説『三百六十五夜』が連載され、岩田専太郎の挿絵も相まって人気を呼び、連載終了と同時に1948年に映画化され、東京篇と大阪篇が制作された。この映画と主題歌の人気は『ロマンス』の売り上げに拍車をかけ、1948年には発行部数82万部にまでなった。その後も映画・テレビドラマなどでリメークされてい
「煙草屋の娘」作詞・薗ひさし、作曲・鈴木静一(作詞の「薗ひさし」は、鈴木静一のペンネーム。)本作は、当時盛んに作られた、コミックソングまたはナンセンスソングと呼ばれるジャンルの曲のひとつである。実は、この歌、以前にも一度アップしたことがあったんですが非常に好評でした歌は岸井明・平井英子となっていますがそれはオリジナルでこの歌は佐川ミツオ・渡辺マリですね。昭和の煙草屋さん大抵はおばさんが座っていましたこのい店は紙類・蝋燭・電球なども売っていたようで
「新宿ブルース」歌:扇ひろ子扇ひろ子(1945年~)は広島市出身の歌手・女優。1964年にデビューし、1967年のミリオンヒット「新宿ブルース」で紅白歌合戦に出場。日活「昇り竜」シリーズなど任侠映画の女侠客としても人気を博しました。被爆体験を持ち、平和への願いを込めた歌も歌い継いでいます。経歴詳細歌手デビュー:1964年、「赤い椿の三度笠」でデビュー。遠藤実に師事。ヒット曲:1967年、「新宿ブルース」がミリオンセラーとなり、NHK紅白歌合戦に初出場。その後も「哀
「上海便り」歌:上原敏「上海だより」は、1938年(昭和13年)1月に発表された上原敏の軍国歌謡(流行歌)です。歌手:上原敏作曲:三界稔作詞:佐藤惣之助(「南京だより」も同様に作詞)同時代の『南京だより』と並び、当時の上海の様子を描いた作品として知られています。上原敏は他にも「裏町の酒場」などのヒット曲を持つ歌手であり、最終的にニューギニア方面で戦病死したとされています。戦時歌謡としては歌詞は「手紙形式」で珍しく上原敏の明るい歌声でヒット