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井伏鱒二(1898-1993)「勧酒」の訳(1935年、37歳)「勧酒」于武陵(ウブリョウ)コノサカヅキヲ受ケテクレドウゾナミナミツガシテオクレハナニアラシノタトヘモアルゾ「サヨナラ」ダケガ人生ダ勧君金屈巵(君に勧む金屈巵)満酌不須辞(満酌辞するを須モチいず)花発多風雨(花発ヒラけば風雨多く)人生足別離(人生別離足オオし)※于武陵(810-?)は唐の詩人。※金屈巵(キンクツシ)は黄金のジョッキ。《感想》☆「サヨナラ」ダケガ人生ダ!名訳だ。別れ
つくだ煮の小魚井伏鱒二ある日雨の晴れまに竹の皮に包んだつくだ煮が水たまりにこぼれ落ちたつくだ煮の小魚達はその一ぴき一ぴきを見てみれば目を大きく見開いて環(ワ)になって互にからみあってゐる鰭(ヒレ)も尻尾も折れてゐない顎(アゴ)の呼吸(コキフ)するところには色つやさへあるそして水たまりの底に放たれたがあめ色の小魚達は互に生きて返らなんだ《感想》☆①つくだ煮の小魚達は、結局、死んでいる。小魚達の死骸を、人は、食べる。☆①-2小
暑くもなく寒くもないこの時期は、天気が良いとどこかに出かけてくなってからだの芯のあたりがウズウズしてきます。どこかに出かけてみようと地図を見ていると、あまり遠くない杉並区に和田堀公園という善福寺川に沿った大きな公園があり、そのそばに杉並区立郷土博物館を見つけました。和田堀公園は行ったこともあったのですが、その博物館の存在は知りませんでした。午後早い時間から、独りで自転車で出かけました。30分たらずで着きました。博物館の敷地には古い大きな門をくぐって入ります。江戸時代この
【鉱物言葉集】井伏鱒二『山椒魚』より石に関する言葉初夏の水や温度は、岩屋の囚人たちをして鉱物から生物に蘇らせた。井伏鱒二『山椒魚』山椒魚は、住処である岩屋から外へ出ようとするが、頭がつかえて出られない。2年のあいだに体が成長していたのだった。途方に暮れた山椒魚は、意地悪な気持ちになり岩屋に迷い込んできた蛙を閉じ込めてしまう。岩屋から出られない二匹は、口論を繰り返すことで互いに自分を保っていた。「岩屋の囚人たち」とは、山椒魚と蛙のこと。冬眠中、まるで
大江健三郎著「あいまいな日本の私」1995年1月31日第1刷発行1995年3月20日第8刷発行岩波新書<目次>あいまいな日本の私1994.12.7.ストックホルム、ノーベル賞受賞記念講演✴︎癒される者1994.10.5.読売新聞創刊120周年記念「国際医療フォーラム」新しい光の音楽と深まりについて1994.10.6.サントリー・ホールと鎌倉芸術館にて「家族のきずな」の両義性1994.11.26.上智大学、国
☆☆☆★☆☆☆メロスは激怒した山椒魚は悲しんだ今日ママンが死んだ神の采配だ
①うつむくクリスマスローズ②散る花びらを撮りたかったけど、素人には難しい③曇天のち夜には嵐に散歩中、〈花に嵐のたとえもあるぞさよならだけだ人生だ〉のフレーズが中原中也の詩かとずっと思っていたが、出典は漢詩、井伏鱒二訳と初めて知った④午前中、証券会社のパスキー設定に時間をとられすっかり調子が狂った大変わかりにくくできない人もいるんじゃないか少し憤慨これはlittlejoyでなくlittleirritation
不思議体験ファイル2026山梨の地図にない集落のネタバレはダム底集落へのタイムスリップ?26年3月31日放送の「不思議体験ファイル信じてください第7弾」に登場した山梨の地図にない村の検証結果などネタバレをまとめてご紹介。tmbi-joho.com3月31日(火)にテレビで面白いものを見た。2005年冬の山梨県。体験者は赤枝卓(たかし)さん。赤枝さんは友人とドライブで甲府駅を出発して清里駅に向かう途中、遠回りしようと山中の道へ向かった。山あいの道路を進んだ先
★YouTube「ヒオキワールドちゃんねる」の「日本近代文学特別講義」みなさま、お元気ですか。YouTube「ヒオキワールドちゃんねる」の「日本近代文学特別講義」では、全体のリストで、現在29本の番組がそろっています。小、中、高の学校の国語の時間に、教科書で学ぶ、近現代の代表的な作品を分析しています。番組にはいくつかの散策コーナーがあり、例えば青山散策として、青山学院大学の周辺を歩きながら、國學院大學博物館や氷川神社を参拝したりします。学生たちと一緒に、散策を楽しみま
★日置俊次の学術論文(2026)皆さまお元気ですか。今日は、日置俊次の学術論文をご紹介します。YouTube「ヒオキワールドちゃんねる」で近代文学に興味を持った視聴者の方で、私の学術論文や評論を読みたいという方もおられますので、大まかですが、まとめておきます。現代では多くの論文が、インターネットで検索をすれば読むことができます。特に最近の私の論文はほとんどインターネットでダウンロードして読むことができます。私の研究活動は、文学研究(小説、短歌、詩、童話)とアニ
花に嵐の例えもあるぞ・・・唐代の詩人、干武陵の漢詩「勧酒」を井伏鱒二が書き下したものの一部花発多風雨(花発いて風雨多し)人生足別離(人生別離足る)【花に嵐の例えもあるぞ、さよならだけが人生だ】40年前の社員研修・・・13日間の地獄毎朝正座してこの一文を清書するのが日課の開始その後の激動の日々の中で・・・思い返していました風雨の一日・・・あの頃の仲間達、今は如何しているやら・・・この歳老いた桜の老木今年の花が終わったら、伐採されそうです・・・NEX-6+Voigtlande
船橋市:弓場清孝プロフィールピグの部屋お住まいの地域:千葉県自己紹介:千葉県船橋市海神に在住元、原発作業員=柏崎苅羽原発xが解除された件について。2026-02-1209:13:47テーマ:無題弓さんのところから↓の方の記事を見ました高市独裁で日本は滅ぶ2026年衆議院選挙の自由民主党の歴史的大勝で民主主義は終わり、高市早苗の独裁体制がほぼ完成したかずさんのブログ☆ジェーン・バーキンの楽曲「L'aquoiboni
【読むらじる。に掲載されました!】NHK「ラジオ深夜便」『絶望名言』今回は孤独の絶望名言をご紹介しています!“孤独”の「絶望名言」|読むらじる。|NHKラジオらじる★らじる2026/03/23「ラジオ深夜便」www.nhk.or.jpどうぞよろしくお願いいたします!絶望名言文庫版Amazon(アマゾン)950円https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784864109529NHKラジオ深夜便絶
♪御坂峠・天下茶屋の富士№Ⅱ※此れは10年前アップ記事の再掲載です…2016/03/22に撮る…太宰治…富士には月見草がよく似合ふコンデジで撮影したものです多く撮った中から三割ほぞアッ
【1週間の聴き逃し配信が始まりました!】NHK「ラジオ深夜便」『絶望名言』今回は孤独の絶望名言をご紹介します!こちらでお聴きいただけます。プレーヤー|らじる★らじるNHKラジオラジオ第1(R1)・ラジオ第2(R2)・NHK-FM放送の音声をライブストリーミングで同時提供しています。聴き逃し対象番組は、放送された音声を楽しむことができます。www.nhk.or.jpどうぞよろしくお願いいたします!ああ寒いほど独りぼっちだ!井伏鱒二『山椒魚』
城山三郎(1927年8月18日~2007年3月22日(享年79歳))が72歳から74歳まで月刊誌「本」に連載されたエッセイ「この命、何をあくせく」を読んで本書より学び得られたことをメモしておきます~!!!ルース・ベネディクト(1887‐1948)の日本観は、代表作『菊と刀』で有名ですが、日本文化を「恥の文化」「義理と義務の体系」「二面性(菊=美/刀=武)」として捉えた点が特徴です。第二次世界大戦中に日本を訪れずに書かれたにもかかわらず、その分析は戦後の日本理解に大きな影響を与
中国時代劇ドラマを視聴していると、想起されますね。オトナになった今、漢詩でも読みましょうか🫥好みが見つかるかもしれませんw勧酒勸君金屈巵滿酌不須辭花發多風雨人生足別離追記:ふと、草原で花を摘んで渡されたら、すごく嬉しいなと懐かしい感情に襲われます。幼少期、家の近くの使われなくなった畑で遊んだ記憶。荒畑は草がボーボーで、可憐な野の花や諸葛菜の紫色が好きだった。蝶々を目で追って、幸せな気分になった。中国
庭の散策から屋内に向かいます。屋内庭園含めての入園料です。別荘から旅館になっただけあって洋間和室両方あります。洋室。洋風の風呂が2か所あります。和室。庭に面した窓にはこんな仕掛けが。又ところどころに最後の手紙は太宰治から井伏鱒二に向けた手紙です。なかなかな内容です。そろそろ次に向かいます。まず向かったのは漁港の駅TOTOCO。買物して干物の山安。買物して小田原厚木道路~圏央
紅白でまんまと鷲掴みにされたやなせたかしさんの世界にまみれたくてやなせたかし記念館へ!小さな子どもたちに混じってはしゃぎまくりいちいちかわいいのはもちろんアンパンマン誕生の姿の衝撃館内は撮影OKだけど、フォトスポット以外SNS投稿禁止なので載せられませんが珍しく写真とりまくり!やなせたかしさんの若き挑戦と譲れない想いが今のアンパンマンに詰まっているのだなと大感動可愛すぎるカレーパンマン🥰いずみたくさんとの企画展も良かった。まさかのバイキンマンはミュージカル化から生まれたキャラク
勧酒勧君金屈巵君に勧(すす)む金屈巵(きんくつし)満酌不須辞満酌辞するを須(もち)いず花発多風雨花発(ひら)けば風雨多し人生足別離人生別離足(た)る井伏鱒二(翻訳)「コノサカヅキヲ受ケテクレドウゾナミナミツガシテオクレハナニアラシノタトヘモアルゾ『サヨナラ』ダケガ人生ダ」
山椒魚は悲しんだ。彼は彼の棲家である岩屋から外に出てみようとしたのであるが、頭が出口につかえて外に出ることが出来なかったのである。今は最早、彼にとっての永遠の棲家である岩屋は、出入口のところがそんなに狭かった。そして、ほの暗かった。強いて出て行こうとこころみると、彼の頭は出入口を塞ぐコロップの栓となるにすぎなくて、それはまる二年の間に彼の体が発育した証拠にこそはなったが、彼を狼狽させ且つ悲しませるには十分であったのだ。「何たる失策であることか!」井伏鱒二『山椒魚』より。本来、
(S/N20260225/Studio31,TOKYO)小澤書店版『小沼丹作品集全五巻(1980)』を書棚から久し振りに持ち出してきた。小沼丹の作家としてのデビューは三十代半ばで、昔のこととしても早い方ではない。英文学を大学で教えていたこともあり、兼業作家と言うのだろう。本人がどちらを本業と思っていたかは、生憎、文献には見あたらない。さて、その小澤書店版作品集は執筆年代順に編集されていて、一巻ごとに彼の年代的な作風の推移を見ることができる。やはり、第一巻より最終巻の五十
中村邦生「はじめての文学講義ーー読む・書く・味わう」(岩波ジュニア新書、2015年)を読んだ。通称「渋渋」と呼ばれている渋谷教育学園渋谷中学校における著者の講演「文学を楽しむーーなぜ富士には月見草が似合うのか」に加筆訂正を加えた本である。渋谷中学校のHPを見た際に、このような講演会があって後に書籍化されたという紹介があったので、図書館から借りてきて読んだ。著者紹介によると、著者は大東文化大学教授で比較文学、英文学、文章制作法を教えているが、かつて「文學界」新人賞を受賞したり
井伏鱒二さん井伏鱒二(いぶせますじ)本名:井伏滿壽二(いぶしますじ)筆名は釣り好きだったことによる。1898年2月15日生まれ、1993年7月10日、95歳没。広島県安那郡加茂村(現福山市)粟根生まれの小説家。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。福山市名誉市民、広島県名誉県民、名誉都民。早稲田大学仏文科中退。代表作:『山椒魚』(1929年)『屋根の上のサワン』(1929年)『ジョン万次郎漂流記』(1937年)『さざなみ軍記』(19
中公文庫『広島風土記』井伏鱒二(著)中央公論新社(出版)1898年(明治31)2月15日生まれの井伏鱒二先生。当時、ご覧になられた風景とは、変わっているかもしれませんが、広島を巡る文集なので、多分、この辺かなそう思いながら眺める事があります。『ボクのハートフルライフー色彩の旅人の軌跡ー』わたせせいぞう(著)壇知里(聞き手)立東舎(出版)1945年(昭和20)2月15日生まれのわたせせいぞう先生。
10日(火)の朝日小学生新聞、天声こども語は、児童書を読む大人についての話題であった。30代の三本川さんは毎日児童文学を読んでいる。『モモ』で岩波少年文庫が100冊に達した。Ⅹのフォロワー1万6千人の大半は30代以上の大人である。子どもの頃の自分に戻り新たな楽しみを見つけたりできる、と話す。わたしも、児童書の愛読者である。自分で国語教室を開き、教室用に買い集めているうちに、その面白さに目覚めた。三本川さんが100冊読んだという岩波少年文庫は名作ぞろいで、わたしも大好きであ
広島に投下された原爆。その一瞬の閃光と焼けた町、恐ろしい黒い雲、のちに降る黒い雨。その様子が、軍の被服工場で働く重松という平凡な男の視点で描かれていた。姪の矢須子の縁談を進めるため、矢須子が罹災していないことを伝えるための日記を清書し、それが軽微なことであることを強調するため、自分自身の被曝日記も記載する。時に他の人の記録なども織り交ぜながら。だから視点は、当時のことと、日記を記録する時点とが混ざり合う。その鰻の子が大きく成長して食いでになればいい。そう願う気持ちを読者に与えて物語は終わっていた
戦前から近代へ新緑の善福寺池畔(複製)昭和11年(1936)大正8年(1919)緑地や景観の保全を目的とした風致地区に都市計画法が制定されて、昭和5年(1930)に善福寺が指定されました。健康と名勝永福住宅地案内昭和12年(1937)和田堀一帯が昭和8年(1919)に風致地区に指定され、自然が残る景勝地を売りにした住宅地開発が永福町駅前地主共同事務所によって進められました。東京緑地計画概要昭和13年(1938)さらなる市街地の拡大を抑制