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中村邦生「はじめての文学講義ーー読む・書く・味わう」(岩波ジュニア新書、2015年)を読んだ。通称「渋渋」と呼ばれている渋谷教育学園渋谷中学校における著者の講演「文学を楽しむーーなぜ富士には月見草が似合うのか」に加筆訂正を加えた本である。渋谷中学校のHPを見た際に、このような講演会があって後に書籍化されたという紹介があったので、図書館から借りてきて読んだ。著者紹介によると、著者は大東文化大学教授で比較文学、英文学、文章制作法を教えているが、かつて「文學界」新人賞を受賞したり
井伏鱒二さん井伏鱒二(いぶせますじ)本名:井伏滿壽二(いぶしますじ)筆名は釣り好きだったことによる。1898年2月15日生まれ、1993年7月10日、95歳没。広島県安那郡加茂村(現福山市)粟根生まれの小説家。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。福山市名誉市民、広島県名誉県民、名誉都民。早稲田大学仏文科中退。代表作:『山椒魚』(1929年)『屋根の上のサワン』(1929年)『ジョン万次郎漂流記』(1937年)『さざなみ軍記』(19
中公文庫『広島風土記』井伏鱒二(著)中央公論新社(出版)1898年(明治31)2月15日生まれの井伏鱒二先生。当時、ご覧になられた風景とは、変わっているかもしれませんが、広島を巡る文集なので、多分、この辺かなそう思いながら眺める事があります。『ボクのハートフルライフー色彩の旅人の軌跡ー』わたせせいぞう(著)壇知里(聞き手)立東舎(出版)1945年(昭和20)2月15日生まれのわたせせいぞう先生。
10日(火)の朝日小学生新聞、天声こども語は、児童書を読む大人についての話題であった。30代の三本川さんは毎日児童文学を読んでいる。『モモ』で岩波少年文庫が100冊に達した。Ⅹのフォロワー1万6千人の大半は30代以上の大人である。子どもの頃の自分に戻り新たな楽しみを見つけたりできる、と話す。わたしも、児童書の愛読者である。自分で国語教室を開き、教室用に買い集めているうちに、その面白さに目覚めた。三本川さんが100冊読んだという岩波少年文庫は名作ぞろいで、わたしも大好きであ
広島に投下された原爆。その一瞬の閃光と焼けた町、恐ろしい黒い雲、のちに降る黒い雨。その様子が、軍の被服工場で働く重松という平凡な男の視点で描かれていた。姪の矢須子の縁談を進めるため、矢須子が罹災していないことを伝えるための日記を清書し、それが軽微なことであることを強調するため、自分自身の被曝日記も記載する。時に他の人の記録なども織り交ぜながら。だから視点は、当時のことと、日記を記録する時点とが混ざり合う。その鰻の子が大きく成長して食いでになればいい。そう願う気持ちを読者に与えて物語は終わっていた
戦前から近代へ新緑の善福寺池畔(複製)昭和11年(1936)大正8年(1919)緑地や景観の保全を目的とした風致地区に都市計画法が制定されて、昭和5年(1930)に善福寺が指定されました。健康と名勝永福住宅地案内昭和12年(1937)和田堀一帯が昭和8年(1919)に風致地区に指定され、自然が残る景勝地を売りにした住宅地開発が永福町駅前地主共同事務所によって進められました。東京緑地計画概要昭和13年(1938)さらなる市街地の拡大を抑制
資料と日常の波にのまれ恥ずかしながら現代社会のことがわかっていない職場の方々とのやり取りの中であぁ、水不足なんだあぁ、やっぱ選挙するんだそんなことを思ったりしてたまにはニュース見なきゃなと焦るとか言いつつ今日はネットもテレビもない環境に閉じこもり資料を読んだりアイディアを書き出したりそれが可能かまた資料を読んで推敲したりなんと幸せな1日だったのだろうまさに独身時代の執筆期間みたいなご飯もテキトーに冷凍ご飯あっためて塩かけて食べるみたいな笑笑!1月のラストスパーク
前回、「本棚(の奥)から出てきた親父の本」でブログをアップしました。matsu4621さんから古い本が、高く売れる情報を得ました~😃売ろうかな~(笑)一部、カビだらけだから無理だな~(笑)では、「本棚に並んでいる親父の本」は・・・・。昭和の家には、必ずあった「百科事典」~(笑)価値ねえな~(笑)風と共に去りぬ2それもお聞きした「河出書房新社」~!世界文学全集2222しかないぞ!その他は、見たことないな~?日本
初めてIさんを認識したのは、子の小1の夏休みでした。Iさんを普通の兄(あん)ちゃんだと思いました。その頃、未だコロナ禍の名残りで、電話利用があり、何度か電話でお話しました。打てば響く、話のテンポが小気味良い人だと思いました。更に20代で出来ちゃってもいない、普通のご結婚をされていると知り、若いのにしっかりした人だと思いました。又、私のパン屋のオーナーとのネット上での喧嘩について(未だ解決してませんが)、明確な解説とアドバイスをくれたことに感心しました。責任ある立ち場になってからも、ち
井伏鱒二「山椒魚」の名台詞ですと言っても戯曲ではないのでなかなか発語した音は耳にしない自身の劇作「FACE〜サヨナラダケガ人生ダ〜」を書き直すにあたり、井伏鱒二をひたすら調べ上げている寝ても覚めても、井伏鱒二来週は石井桃子、さらに次は太宰治…幸せな日々が続くしかし俳優が舞台で丸裸にされるように文体や構成に人柄が滲んでいる評伝でさえ目頭が熱くなる危うく電車で嗚咽近ごろ、文字情報への不信感が強い間違いなくSNSが原因なんだが「消費されていく」ことへの違和感どうしても演劇
20年近く師弟関係にあった井伏鱒二と太宰治の交流をひとつの物語として歌にしました。僕はどちらも影響を受けた作家なのでこの歌が出来た時は、いろんな思いがあふれてきました。
皆様、こんにちは!今回は、昭和文学界の巨匠であり、その独特のユーモアと達観した視点で多くの読者に愛され続けた作家、井伏鱒二(いぶせますじ)の魅力的な言葉をご紹介します。彼の言葉は、私たちの日々の生活にそっと寄り添い、ホッと一息つけるような温かさを持っています。ぜひ最後までお付き合いください。井伏鱒二とはどんな人物?:ユーモアと達観の作家まず、井伏鱒二とはどんな人物なのでしょうか。彼は、大正から昭和にかけて活躍した日本を代表する小説家です。特に、その作風は、一見穏やかであ
女の子は生まれた時から悪魔の子だと思われていた。#anime#アニメ#shortshttps://t.co/d9gHAMnnLW@YouTubeよりお兄さんはじめからそうするべきだったね自分も傷ついてやっと分った優しさは決して良いことばかりでは無いこと最後は良かった—酔星夢(@ficcomoon)January10,2026【シリーズ日本の国防の真実を知る③】日本の空は、毎日“侵されかけている”年間700回超のスクランブルが語る航空自衛隊の現実前編
いつ見てもいいものと言えば富士山ですね。昨夜は巨大なスーパームーンも見ました。フイットネスもやって気分爽快です。今月は太宰治の「富岳百景」が読書会のテキストです。図書館に見当たらないので、「グッドバイ」を読んでます。未完に終わったこの作品ー今でいうブラックユーモアです。井伏鱒二の名訳「さよならだけが人生だ」を小説にしたら、グッドバイになるのは太宰治ならではと思いました。戦後に書かれたこれらの作品は太宰の新境地とも言えるのではないでしょうか。「苦悩の年鑑」も「十五年間」
さよならだけが人生ならば人生なんかいりませんこれは寺山修司の『さよならの城』という詩の一部で井伏鱒二をオマージュしたものだが寺山が書くと強烈に心に刺さるそして、沢田研二の歌う『さよならをいう気もない』作詞阿久悠もう訊くことは事は叶わないが阿久悠さんの頭の片隅に寺山のこのくだりが残っていたのではないでしょうか季節を見送る詩人のようにさよならいう気もない悲しすぎてジュリーも涙しているけれどわたしも涙が出ます。この前のフレーズが強烈に響いてるから
わたしは今年は今まで正月休みはなく毎年正月三が日は繁忙期で温泉旅館等でマッサージ(=リラクゼーション)の仕事していたのですが、今年は正月三が日お休みしました。去年ほとんど休みなく働いたので今年はゆっくり過ごそうと思います。また1月4日から🐀ラットレ-スよろしく!慌ただしく仕事がはじまります。ちなみに去年、1万5千円もの、「わたしにとっては」大金🤑を思い切って💈散髪ではなく奮発しつぎ込んでしまったのでまだ確認していないので当選しているかどうかわからないのですが、も、もしもし🐢亀よカメさんよ〜
東京裁判の実体を示す決定的証言を、当時の日本マスコミは一切報じなかった。マッカーサー元帥が米上院で語った「日本は自衛のために戦争をした」という証言と、それを黙殺した戦後メディアの構造を「井伏鱒二現象」として指摘する。2017-06-15以下は前章の続きである。真相黙殺「井伏鱒二現象」第二段階では、東京裁判の実体が、いったいどんなものだったのかを教えるようにします。通常の裁判では、管轄権の範囲が定まらない裁判はすぐに公訴棄却されるのに、東京裁判は、国際法にも依らない、管轄権も不明なままに
『昭和という国家』・”江戸日本の多様さ-3”-司馬遼太郎※「バラエティという言葉は言い言葉で、日本語にはできませんね」と言ったのは、井伏鱒二さんだったと思いますが、たしかにバラエティという言葉はいい言葉です。バラエティがなければ、江戸時代の繁栄というものはない。それが明治をつくりあげるわけですね。明治の精神とは何か。難しいですね。明治にも例外はいくつかありますけれど、汚職はほとんどなかった時代ですね。前に明治は官が指導する、有司専制だったと申し上げました。これは明治の在野のひとびと
久しぶりに小説を読んで(正確には聴いてだが)声を立てて笑った。『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』。途中、幾度となく吹き出した。馬鹿馬鹿しいと言えば、かなり馬鹿馬鹿しい。けれど、この作者さん、できる。「名は体を表す」そのものの名前、パロディに次ぐパロディ、時折り挟み込まれる大真面目な蘊蓄、世界史の知識……読者への挑戦状まで組み込まれていると来たもんだ。太宰の『走れメロス』を題材に太宰ネタを打ち込んで来るなんて。五条紀夫氏、詳細なプロフィールは公開されていないけれ
尾崎紅葉、泉鏡花、夏目漱石、森鴎外、永井荷風、井伏鱒二、志賀直哉、島崎藤村、林芙美子、谷崎潤一郎——そうそうたる文豪たちの「食」へのこだわりに迫った本。彼らが作品や随筆の中で描いた、食にまつわる情景や思い出、執念ともいえる執筆ぶりを味わえる、まさに“食のエッセイ集”ともいえる内容。文学と食が交差する、豊かな世界を楽しめる一冊。(春陽堂より)
NHKFMの「朗読の世界」で、井伏鱒二の「珍品堂主人」をやっている。なんども読み返した本だが、女性が気持ちをこめて朗読すると、また違った世界が見えておもしろい。我が家には、テレビがないので、夜晩酌の友として最高だ。主人公のモデルは、秦さん(秦秀雄)で、号が「珍堂」。故郷の修悠館の国語の先生をやったり、魯山人や小林英雄たちの交流といい、なかなか風雅な人生を生きた人だ。彼の書いた「花」の本も花器といい、季節の花の選び方といい、大変勉強になった。井伏鱒二さんは「根来(ねごろ)の折敷(お
2023年5月に録画した、1983年放送のNHK特集、『井伏鱒二の世界~荻窪風土記から』を10何度目かの視聴。見る度に発見があって、やはり消せない💦以前記事にした時は、井伏鱒二さんサウスポーだったんじゃない?説。https://ameblo.jp/hiki-take40/entry-12836549000.html『サウスポー』テレビの録画番組が録り溜まり、どれを消そうか…………しかしどれも消し難く。。ほぼ1ヶ月ぶりくらいの、久しぶりの休日の今日。(田舎の本家に年末年始の休暇なんて
水曜日の朝、銀座のカフェから豆の注文がきたので、早朝から炭火焙煎。お世話になった近所の人に「お礼」の意味で、出発する朝にガラガラと焙煎をするのもならわしになった。まさか珈琲通ではなるまいが、そのガラガラという音を聞くと、野良猫軍団は「そろそろ東京(場所がわかっているかは?)にいくんだな」と察し、せわしなくなる。鼻の下にちょぼひげをたくわえたような白黒模様の「チク」がいつものように、車まで見送りにきてくれる。チクの親も昨年まで、そうしてきたのを、DNAを受け継いで同じように見送って
太宰治「津軽」読書人の評価は高いようです。皆さん褒め称えます。絶賛します。これを「退屈」とかんじた私はまだまだ修業が足りないと恥入りました。恥を忍んで書きます。太宰の「手抜き作品」と感じました。「津軽」は自分の中から「書こう」と思って生まれた作品ではなく、「描いてみないか(原稿料あげるから←想像)」言われて原稿用紙を埋めたように感じました。引用が多いです。郷土史などをそのまま書き写しています。甚しきは、自分の作品から六箇所も引用しています。私には枡目を埋める手段にしか感じられ
11/12(水)下弦の月🌗、一粒万倍日🌱。地始凍(ちはじめてこおる)寒さで大地が凍り始める頃となりました。夜は冷え込みがいっそう厳しくなり、冬の訪れがはっきり肌で感じられる季節です。朝には霜が降り、場所によっては霜柱が見られることも。我が家のパンパスグラスランチは収穫した里芋と『11/4(火)里芋収穫、塩手羽と帆立の炊き込みご飯弁当、山形の芋煮、追加。』11/4(火)大安吉日。前日、里芋、収穫。台所に転がっていた3個が、こうなりました。こんな感じ。ズッポリ。あれもそれもこれ
サヨナラダケが人生だ人生に別離はつきもの、いつ来るかも判らない。だから、今を大事に生きようふくやま文学館所在地;広島県福山市丸之内1丁目9-9JR福山駅北口から徒歩8分場所を探すのにしばらく迷った地図があったので、線路を起点に探しあてることができた。だけど、自慢じゃないけど、私は方向音痴なんです買物に行っても、自分の車をどこ停めたかを忘れるんです岡山空港で、東京から一時間チョットで帰ったのに、駐車した車を探すのに一時半かかってしまいました2025.09.05
気の置けぬ仲間との一杯は何事にも代え難く遂々飲り過ぎてしまう…『この杯を受けてくれどうぞ並々注がしておくれ花に嵐のたとえもあるぞサヨナラだけが人生だ』『勧酒』・井伏鱒二訳会うは別れの初めであり出会いの不思議に感謝今会ってる人々を大切に日々を粛々と生きて往く☆そして今宵は…あの御大ソロ50周年記念矢沢永吉・東京ドーム公演76歳の御姿を見届ける詳細等は明日又…
外国人差別問題・共生と同化2025-10-2709:18:45テーマ:無題船橋市:弓場清孝プロフィールピグの部屋船橋市:弓場清孝千葉県船橋市海神に在住元、原発作業員現在71歳、大動脈弁置換、人工血管置換、心臓機能障害1級、左目光覚無し、左耳聴覚無し,2017年6月8日脳卒中にて倒れるもリハビリ回復(機能障害残)目標は「活きる」「生きる」広島県東部神石高原町出身(井伏鱒二の「黒い雨」の舞台となった小畠近隣の山村)1951年生まれ(71)学歴:福山市神
あらすじ井伏鱒二の短編小説『へんろう宿』(1940年発表)は、四国土佐の遍路岬を舞台に、奇妙な風習を描いた作品です。主人公の「私」は所用で土佐を訪れ、遍路岬で泊まる宿を探します。地元では四国八十八箇所巡りのお遍路さんを「へんろう」と呼び、そのための宿を「へんろう宿」と呼ぶ習慣があります。通りすがりの漁師に尋ねると、岬に「へんろう宿」が一軒だけあると教えられ、やってきます。宿の入り口には「へんろう宿、捨て子預かり、接待料一銭」と書かれた札がかかっており、主人公は不思議に思いながらも泊まります。宿の
山椒魚は悲しんだ。彼は彼の棲家である岩屋から外に出てみようとしたのであるが、頭が出口につかえて外に出ることが出来なかったのである。今は最早、彼にとっての永遠の棲家である岩屋は、出入口のところがそんなに狭かった。そして、ほの暗かった。強いて出て行こうとこころみると、彼の頭は出入口を塞ぐコロップの栓となるにすぎなくて、それはまる二年の間に彼の体が発育した証拠にこそはなったが、彼を狼狽させ且つ悲しませるには十分であったのだ。「何たる失策であることか!」井伏鱒二『山椒魚』より。本来、