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汁掛け祭(蛇祭り)野口神社奈良県御所市蛇穴(さらぎ)五月五日汁掛祭(蛇祭り)は神社の社記によるとここに住んでいた茨田の長者の娘が葛城山に修行にかよう行者に恋をしたが行者は修行の身応じなかったことからこの娘は行者を飲み込もうと森の深く穴にこもる。五月五日の田植え時に地元のお百姓が大きな大蛇に遭遇!持っていた味噌汁を掛けると大蛇は井戸穴にそれに大きな石で蓋をしたそうです。その大蛇の供養に行われると言われる汁掛祭今や子供の祭りとして行われていま
本住吉神社だんじり祭り本住吉神社兵庫県神戸市東灘区五月四日~五日一二時渡御列が御旅所へ渡御される渡御列の後を七台のだんじりが続く天保年間、住吉にはだんじりの記録が残る阪神電車のガード高さぎりぎり通過町によれば上の提灯をはずしてくぐる町も昼からはJR住吉駅北側を巡行御影、住吉本山は高級住宅街高級マンション大きな一戸建て住宅が立ち並ぶ閑散ととした住宅街を巡行するだんじり不思議な感じがする、夕刻だんじりは御旅所を出発宮入りへ向かう多くの人をだん
磐船神社例大祭磐船神社大阪府交野市五月五日大阪府の東北部、交野市を南北に流れる天の川の上流渓谷にある、高さ12m、幅12mの船形の巨岩「天磐船(あめのいわふね)」をご神体とする神社。言い伝えによると、物部氏の祖神とも言われる饒速日命が高天原からこの地に降臨した時、用いていた舟と言われる五月五日には春の大祭が行われ世の中の安泰と家庭の円満を祈願するため午前十一時より神楽殿において十種祭が行なわれた十三時からは神仏習合していた時代より続くと言われる大火焚祭が取り行なわれる国道16
藤森祭藤森神社京都市伏見区五月五日別名深草祭とも呼ばれ貞観5(863年)年摂政藤原良房が天皇の長寿と国家の安穏を祈念し、清和天皇臨幸のもと始められた祭事。三基の神輿とともに甲冑に身をつつんだ武者行列が鼓笛隊先頭に氏子区域を巡る。五月五日の十三時と十五時には千二百年前の古来より伝わる迫力満点のアクロバット的な駈馬の神事が見られるこの駆馬神事昭和五十八年より、京都市登録「無形民俗財」に指定されている鼓笛隊が氏地回りに宮出し神輿も氏地回りに出て行く十三時から一回目の駆け馬神
くらやみ祭り大国魂神社東京都府中市四月三十日~五月六日古く武蔵国の国府で行われた国府祭を由来とする、長い伝統と格式を誇る大國魂神社の「例大祭」である。室町時代の文書には「五月会」と記録があり、江戸中から見物人が多く訪れていた。その後は、地域住民の祭礼へと発展していった。かつて街の明かりを消した深夜の暗闇の中で行われていたため「くらやみ祭」と呼ばれるようになったとか五日夕刻から六日早朝府中市の中心部を六基の大太鼓と八基の神輿が回る壮大な祭として知られている。
御柱祭里曳き矢彦神社長野県辰野町令和五年五月三日四日五日にありました塩尻市の小野神社と辰野町の矢彦神社(ともに信濃國二之宮)で催される「御柱祭」は、諏訪大社の御柱祭の翌年(卯と酉の年)に行われます小野神社は松を御柱にに使いますが矢彦神社は樅を使います曲がり角などの難所も曳き方追いかけ綱梃子衆にの息を合わせ乗り切る矢彦神社はもうすぐ気合いを入れヨイサ~!難しい国道での大廻しも終わり堂々の宮入り御柱祭建て御柱セレモニーセレモニーも
城端曳山祭り城端神明宮富山県南砺市五月四日五日ユネスコ無形文化遺産に登録されている、「城端曳山祭」三百年の伝統を誇るお祭り繊細な彫りと塗りが施された山車の豪華さは圧巻。御神像を乗せた6台の山車と、獅子舞や神輿が巡行京都祇園の一力茶屋などを模した精巧な「庵屋台」が笛、三味線の音色にのせて江戸端唄の流れをくむ城端独特の「庵唄」が唄われる城端神明宮四日提灯に灯が入った曳山城端曳山会館で行われた宵宮祭五日曳山が巡行庵屋台(いおりやたい)が先導昔は男性のみと
沼島の春祭り沼島八幡神社兵庫県南あわじ市沼島五月三日~四日毎年五月三日~四日に行われる春祭りは、沼島水軍を流れを受けた勇壮な祭りで、だんじりが海へ飛び込む荒技昔はだんじりや神輿が通る道がなく、ほとんど海の中での巡行だったため、旧歴五月月三日~四日、の大潮の時に行われていました。朝八時より海入りする浜での安全祈願祭十一時布団だんじりがやってきました担いでお宮まえまで行きます十二時沼島八幡神社を神輿が出発弁財天神社へと向かう約十分ほどで弁財天神社に到着御旅所祭が催行され
小野神社御柱祭里曳き小野神社長野県塩尻市五月三日四日(令和五年)にありました諏訪大社での御柱祭(寅と申の年)を中心に、全国の諏訪神社やその関連神社(通称:小宮)でも、同じように御柱祭が実施されます。その中で、辰野町の矢彦神社と塩尻市の小野神社(ともに信濃國二之宮)で催される「小野御柱祭」は、諏訪大社の御柱祭の翌年(卯と酉の年)に行われます全国でも珍しいJR電車内から見物できる「二之柱」の曳行(えいこう)路となっている宮前踏切に停車。氏子が柱を引く様子を見るほか、同会が近くの土
篠田の花火篠田神社滋賀県近江八幡市五月四日(雨天の場合五月五日)JR近江八幡駅の東約1.7kmにある篠田神社の例祭で毎年五月四日の夜に行われる仕掛け花火の祭行事。夕方若い衆により大松明が境内に設置される各町から太鼓鉦を鳴らし松明に火を点け集まって来る篠田神社から新幹線を超えた所から打ち上げ花火が打ち上げられる新幹線通過時には花火打ち上げられない打ち上げ花火が終わると境内では大爆発かと思わせる仕掛けに見物人からは悲鳴歓声が上がる最後の篠田の花火は、国の選択
青柏祭大地主神社(山王神社)石川県七尾市五月四日高さ12メートル重さ20トンのでかい巨大な曳山が三台、青柏祭に奉納されます。七尾市街地を町並みぎりぎりに曳き廻される大きな車輪が地響きを立てて走る姿は迫力満点!辻では特別車輪で直角に回る奉納三町、鍛冶町・府中町・魚町それぞれのでか山は時間ずらして七尾の街を走るでか山日程(平成二十一年度)5月1日むしろ山(試運転)(夜)骨組みが仕上がりムシロを掛けたままの状態で、鍛冶町でか山の試し曳きを行います5月2日人形見
弓弦羽神社大祭弓弦羽神社神戸市東灘区五月三日四日八つの地区から地車(だんじり)が曳きだされ、街中を練り歩きます。街中を練り歩いた後、各地車(だんじり)は弓弦羽神社の境内へと宮入り境内では見応え十分な練を披露弓弦羽神社鳥居前宮入りして練るだんじり境内の木々の新緑も綺麗でだんじりが映えます地区役員さんの晴れ姿だんじりの屋根の乗り手もだんだんヒートアップ宮入りを待つだんじりだんじりどうしもエール役員さんお疲れ様弓弦羽神社さんの御朱印弓弦羽神社〒658-0048
伊庭の坂下し祭繖峰三神社滋賀県近江市能登川五月四日毎年5月4日に行われるこの祭りは、近江の奇祭と言うより日本の奇祭、2000年以上の歴史があり繖山(きぬがさやま(432.9m))の山腹にある繖峰三神社(さんぽうさんじんじゃ)から大鳥居まで、三基の神輿を氏子の若衆が引き降ろす荒神事です。風雨にさらされた荒れた道坂道何カ所かは断崖絶壁で、一つ間違えば上がってくるのが不可能!途中何箇所かの難所もあり若衆の勇壮な掛け声とともに三基の神輿が降ろされていきます。難所では手に
野間神社例大祭野間神社愛媛県今治市五月三日五月三日に行われる例大祭(八時半頃から)には浦安の舞、大名行列、獅子舞、藁御輿、紺原御船などが奉納される。中でも獅子舞は愛媛県の無形民俗文化財、藁御輿は今治市の無形民俗文化財に指定されている。獅子舞は継獅子は見事二人継は各地にありますが三人継四人継五人継は見たことはありません他に類を見ない今治の獅子舞参加団体神宮獅子保存会宅間獅子連中野間獅子連中矢田獅子保存会延喜獅子舞保存会野間神社さんの御朱印野間神社愛
大鹿歌舞伎大磧神社長野県下伊那郡大鹿村五月三日大鹿歌舞伎は春と秋の2回、定期公演が村内に残る廻り舞台において上演される250年以上伝承されている伝統芸能「大鹿歌舞伎」2025年大鹿歌舞伎は、日本ユネスコ協会より「プロジェクト未来遺産」に選定され、「100年後の子供たちに残したい文化」として登録されたそうです大磧神社まえシンプルな鳥居がお出迎え境内にあった一本だけの御柱経緯はわからず大磧神社舞台で先着順にお席が取れます。座布団を必ずご持参いただき、席を確保なお、席
大溝祭り日吉神社滋賀県高島市五月三日四日滋賀県高島市勝野の日吉神社、春の例祭で、湖西地方随一の曳山祭で昭和35年(1960年)までは、曳き初めが5月4日、宵宮7日、本祭は8日であったといわれ現在は5月3日(宵宮)5月4日(本祭)が行われる伊勢上野の曳山祭を移したものと言われる五基の曳山「湊」「巴」「宝」「勇」「龍」が、古式にのっとり太鼓・鉦の囃子で町内を巡る。昭和58年(1983)、県の無形民俗文化財に指定される町から歩いて十分くらいの所にある日吉神社宵宮には町内
上げ馬神事多度大社三重県桑名市五月四日五日毎年5月4~5日の多度祭に行われる「上げ馬神事」三重県桑名市多度町に700年以上前の江戸時代から現在へと受け継がれてきた大祭。人馬一体となり、急な絶壁を一気に駆け登る、勇壮華麗な神事で、かつて農家では上げ馬の上り具合で豊凶が占われた。今ではその年の景気を占ったりする。5月4日は宵祭り、各地区6人の少年が家族ともども1ヶ月におよぶ精進潔斎をし、さらに祭りの1週間前には一層心身を清めた青年の騎手が陣笠裃姿で馬に乗って、100m余
御影だんじり祭り御影クラッセ前兵庫県神戸市五月三日御影地区の十一基にもなる「だんじり」が御影クラッセだんじり広場に集結し、御影クラッセで練り町の中を曳かれる十一基の「だんじり」はそれぞれが違った所作でのパフォーマンスを持っており、所々で見せてくれる御影クラッセでの開会宣言だんじりが一基づつクラッセ前へ多くの若者が屋根に上がり提灯をふる女の子も元気化粧した若い衆が紙吹雪撒く面白いパフォーマンスの町約一時間
夜高祭福野神明社富山県南砺市福野町五月一日~三日福野神明社夜高祭は由来は福野町に鎮守の神奉祀の気運が起こり、慶安5年御社(みやしろ)創立に至った。伊勢神宮から勧請された御霊代が御着きの日、途中で日が暮れたので、町の人々は手に手に行燈を持って、倶利伽羅峠へ御出迎えしたのが、旧暦4月1日であったという。これが、夜高行燈を御神燈として、5月1日・2日の両晩、町内を練り回る起源と言われている夜高行燈の最初は小さな物が次第に競って大くなり綺麗になっていたとか二日夜に行
日野祭馬見岡綿向神社滋賀県日野町五月二日三日滋賀県日野町の馬見岡綿向神社大祭日野祭は湖東一の祭りとして八百年の歴史を持ち日野商人の財力で作られて見事な屋台の町内巡行宮入神子行列神輿渡御と見どころもたくさん古い街並みが残る日野町祭り巡行路の各家にある桟敷窓から見る祭りまた違った雰囲気予定4月7日三人の神子選び、4月初旬祭囃子の稽古ダシ(飾り人形の事)作り、4月20日頃神輿をかつぐ予行演習の地渡し4月20日嶽まつり5月2日
御柱祭里曳き諏訪大社上社長野県諏訪市令和四年五月三日~五日に行われました諏訪大社御柱祭里引き当日の前宮鳥居前里曳きの前を行く大名行列里曳きは、山出しの豪快さから趣を変え、華麗で豪華な昔ながらの行列が特徴で騎馬行列や長持ち、花笠踊り、龍神の舞などが繰り出して御柱行列を盛り上げます残雪残る山々をバックに曳かれる本宮四の御柱豪快な山出しを終え約1カ月安国寺の御柱屋敷で静かに眠っていた御柱が再び動き出す前宮入っていく御柱参道を上がって行く坂を上がりきった御柱ここから
野崎参り野崎観音慈眼寺大阪府大東市五月一日~八日正しくは無縁経法要といい元禄時代より伝わる行事で、正しく有縁無縁のすべてのものに感謝のお経をささげる行事だそうです江戸時代より続く、野崎参りで知られ、その期間である五月頭は参拝客で賑わう。人形浄瑠璃や落語の作品を通じても知られている。中でも桂春団次師匠のおはこ野崎まいりは有名!急な階段を上がった境内には南條神社や役小角像も鎮座し、神仏習合や修験道の歴史を今に伝えている毎週日曜(八時)には座禅会も行われその他にも般若心経
万部おねり(二十五菩薩聖聚来迎阿弥陀経万部法要)融通念仏宗総本山大念仏寺(大阪市指定無形民俗文化財)五月一日~五月五日新緑がまぶしい五月世間は連休真っただ中大阪市平野区にある大念仏寺で万部おねりがあります「万部おねり」とは聖聚来迎会(しょうじゅらいごうえ)と阿弥陀経万部会(あみだきょうまんぶえ)が融合された融通念仏宗総本山大念仏寺最大の伝統行事の通称名です。聖聚来迎会は無量寿経の中の「その人、寿(いのち)が終わる時にあたって、私は極楽浄土から二十五菩薩を従えて、その人を迎え
弓削の火祭小日吉神社滋賀県竜王町弓削五月一日~二日(火祭りは一日)竜王町弓削にある小日吉神社は荘園時代坂本日吉神社の社領地であり、その分霊(大山咋之命)をお祀りしたと言われ毎年五月一日には、恒例の火祭りが開催されます。地元住民が夕刻に鉦と太鼓を打ち鳴らしながら町内を練り歩き神社に到着すると手筒花火を投げ合い打ち上げ花火や仕掛け花火が一斉に打ち上げられ、その後巨大な丸松明と三角松明(三角錐の頂点を上下に継ぎ足した大変珍しい形)に火が灯され、祭りはクライマックスを迎えます小日吉神
三大神社藤祭り三大神社滋賀県草津市四月下旬から五月上旬くらい県指定自然記念物、市指定天然記念物の三大神社の藤は樹齢400年を越える大木で、毎年五月前後に見頃を迎える。花穂はときには長さ二メートル近くになるときもあり、「砂擦りの藤」と呼ばれ近くの志那神社(草津市志那町七二七)と惣社神社(草津市志那中町二四〇)の藤とあわせて「志那三郷の藤」と言われどちらも三大神社から徒歩10分ほどの距離三大神社大鳥居ここから協力金として二〇〇円必要ご社殿見事な藤手入
高岡御車山祭(たかおかみくるまやままつり)高岡関野神社(富山県高岡市)五月一日高岡御車山は天正16年(1588年)太閤豊臣秀吉が、後陽成(ごようぜい)天皇と正親町(おおぎまち)上皇を聚楽第(じゅらくだい)に迎え奉るときに使用したもので、加賀藩初代藩主・前田利家公が太閤秀吉より拝領し、二代藩主・前田利長公が慶長14年(1609年)に高岡城を築くにあたり、町民に与えられたのが始まりと伝えられています。京都祗園の祭礼にならって鉾山に改造され、高岡関野神社の祭礼日に神輿とともに曳廻されている
壬生の花田植広島県北広島町(旧千代田町)六月第一日曜この地方には大地主が競って多くの人を集め奇麗な衣装を着せ豪華な田植をしていました明治後期にはその風習が途絶え町民商家(現在商工会)が中心になり継承し現在に至ってるそうですささらを持ったサンバイの指揮で大太鼓や小太鼓、笛や手打鉦で囃し、早乙女は田植歌を歌いながら田植をしこれは田の神を祭って無病息災と、豊穣を願う農耕儀礼であるが、同時に苦しい田植作業を楽しくしようする方法でもある。そして、沢山の人々を集めて盛大にはやし田植
樋口潮早神社例大祭樋口潮早神社愛媛県今治市五月二十八日第四日曜日神様に少しで近づけるように稲穂が大きく育ちますようにとして始めれらた継獅子今治市内では五月の土日祝日になるとどこかの神社で継獅子が行われています八時三十分神輿が宮出し神社下では奉納芸が披露される無理に引っ張り出されビックリ獅子と天狗の舞まずは二人継そして三人継そして最大の見せ場五人継きまりお見事!樋口潮早神社〒799-2102愛媛県今治市波方町樋口字後甲1825,18
御田植祭椿大神社三重県鈴鹿市五月最終日曜日全国約二千社の猿田彦大神を祀る神社の総本社椿大神社御田植祭は、桃山時代の田遊びそのまま優雅に行われる優雅本殿祭が行われ神前に早苗を奉り、五穀豊穣・開運祈願ののち、約500メートル離れた神饌田まで、桃山時代の衣装をつけた八乙女・植方男・植方女らの道中行列が繰り広げられます。続いての御田植神事では、八乙女から渡された玉苗が、植方男・植方女により、古来より伝わる舞奉納獅子神楽が奏でられる中を、一株一株丹念に植え付けられます。「大団扇合わ
波方玉生八幡神社例大祭波方玉生八幡神社愛媛県今治市五月第四日曜日波方玉生八幡神社は源頼義を始め伊予守等武将の信仰厚く、特に来島家の信仰は極めて篤く氏神として崇敬し、社領の寄進・社殿の修覆・武具の奉納等があった。明治4年郷社となり、旧北郷10カ村の総氏神として特に海運業者の信仰が篤い。五月に行われる例大祭の奉納行事今治継獅子今治継獅子五人継を行われるのは樋口とここだけ波方玉生八幡神社よりお旅所までの渡御お旅所で行われるお旅所祭神輿がお旅所から出てから奉納芸が行われる