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嫌煙運動の日…らしい。1978年(昭和53年)の今日、東京・四谷で約40名の有志が集まり、「嫌煙権確立をめざす人びとの会」が設立された。当時の日本では嫌煙運動はほとんど行われておらず、この会の設立により本格的な嫌煙運動が始まった…。…ワタシはタバコを30数年吸ってきたが、キッパリとやめてもう10数年になる。だから嫌煙運動が盛んになっても痛くもかゆくもない…。しかし…元喫煙者としては、喫煙者の権利はどうなるんだ?と思う…。嫌いだ!と大声上げて権利を主張することができるなら、好きだ!と大
アメブロを投稿しました。#内観↑#Einblick#Weitblicksite:.ptsd.red↑#Einbildung#Ausbildungsite:.ptsd.red#アメブロ#自己の断片化強要はマズいhttps://ameblo.jp/franoma/entry-12957073596.html#残念ながら…#ナノ?#天鑑#アリストテレス#数学とメタ数学#観察主体は←主は皆さんと共にまた#行事いつも#お月さまと共に監視カメラ1
漫画家の天敵が登場。漫画AI「Anifusion」がNanoBananaProを追加。キャラクターの一貫性を保持して、構図の設計、ストーリー構築、漫画化、とコレさえあれば素人でもプロ級の漫画を生成できる。利用はリプ欄から↓pic.twitter.com/DTRRAiRqrK—みるぼん@スモビジ(@milbon_)February14,2026「選択肢」でポン・ポンで「出来たー」で「気が済む人」はそれはそれでいい。じゃあ、これで新鮮味や、新機軸が・・・とは思えてこないけれ
これからの世界はどうなるのか、というときに手がかりは思考パターンになると思う。文化や慣習に根付いて一生でなかなか変わらない、新しい動きも乗る人たちが多いことで社会が変わる、ということで思考パターンに着目したい。アフリカで見られるのが、ubuntuの考え方、つまり他者がいるから自分がいる、という思考パターンはコミュニティ重視で調和と和解、円環的な時間感覚を備えている、とガルトゥングはまとめている。同様に東洋的な思考パターンは、関係論が基本で、全体論、循環思考、包摂的だとする。欧米は、二元論で
そういう意味では、「関わる」とは、まずは何かを契機として、AとBがお互いの志向で引き寄せられる。またAとBはお互いの存在をまったく知らず、永遠に関わることがないことも含みます(ただしこの場合は関わるという関係が一切生じないため無視します)。次にAとBが相互に干渉や影響し合った結果、差異を持った二元論的関係が溶解してひとつになる、あるいは離反する(もう関わらない)、もしくはそのいづれでもない(緩く関わる)。そして最終的には、融合と離反という両端に置かれた2つのポールの間で、様々なグラ
その静謐な備前焼に、知る、見る・観る、触る、使う、洗うなどの行為を通じて「関わり続ける」と、備前焼のように真・善・美のバランスと調和を保ち、静寂の中に無我状態で生きたいと願う私の中に、備前焼がスッーと入り込んでくる、また備前焼の中に私が溶け込んでいく。そうすると私と備前焼の対立が消え、その境界線が消失する(いわば主体と客体という古典的な二元論的関係が溶解する)。結果、私と備前焼が一体化・合一することによって、根源的な安らぎと落ち着きを感じる。それが私が備前焼な好きな理由だと分析しま
難しいことを簡単に説明できること、明確に言語化できることが、とても珍重される世の中です。でも、本当にそれでいいの?という話を今日はしてみます。※今の世の中では、大概のことについては、白黒はっきりしている方がいい、と思われていると思います。潔白なのか、真っ黒なのか。善人なのか、悪人なのか。それはとってもシンプルなので、脳にかける負荷がとても低いんですね。しかしそれは同時に、脳の豊かさを切り捨てていることでもあるんです。※言語化の利点という
2026.2.11昨日は第34回オンライン性教育居酒屋「ユウユウミハル」北海道から沖縄まで、約30名のご参加でしたご参加下さったみなさん、ありがとうございましたー前回から私たちの抱えている課題について話題にしていて、今回は、はるさん本のタイトルをみんなで考えたり、男女二元論に基づかないからだの説明って具体的にどうしたらいいか意見を出し合ったり。実践の種まきが身を結んだという話を聞いてもらったり。ものすごくまじめな話だった。終
わたしたちは、つい、物事を「白か黒か」「良いか悪いか」「好きか嫌いか」「賛成か反対か」「成功か失敗か」二者択一で捉えてしまうところがあります。二元論は、一見、単純明快、シンプルな思考のようですが物事を単純化しすぎてしまうことで偏り、対立する考えを全否定することになってしまいます。さらに、背景にある複雑さや多様性、多面性を柔軟に受け入れる余地がなくなり判断を誤ることも。最終的にはどこかで結論を下すにしても多角的な視点を抜きにしてバランス
《毒親育ちが生きにくい理由》それは『被害者意識が』潜在意識に染み付いてしまっているから。自分は誰かの『被害者』だと思っているからまた新たな『加害者』に出会ってしまうという悪循環になる。つまり、また誰かに(二元論的には)騙されたり、裏切られたり、、ということが起こって『被害者意識』が増長する。そこから瞬時に脱するには『感謝』のエネルギーが一番。『感謝』は圧倒的な癒しにもなる。過去のどの時点でもいい。誰にでも一度は人生を助けてもらった経験があるがはず。失意のどん底から
誰でも、自分が他人にしたひどいことは気づかなかったり忘れてしまい、自分がされたことばかり恨みに思うのかな。恨みに思う時に、同じことを自分も過去誰かにしていなかったか考えてみるのもいいな。そして思いついた人がまだ鬼籍に入ってなければ、すぐに(その人が忘れていたり、キョトンとしたとしても)謝ったり感謝するのもいいな。ノートに書いておいて、自分が将来他人にしないように自分を戒めるのもいいかも。あと、何でも二元論で考えない。相手の背景も考慮して考察する。まあ、あんまり反省しすぎても落ち込む。
今日はこんな言葉が降ってきた…みーんな本当は色々なメッセージを受け取っているんだ忘れてしまっているだけ…私はあなた…あなたは私…私のヨーガの師は「二元論からの脱却」が「悟(サトリ)」だと仰った世の中に「悪い」も「良い」も無いのだと…深層心理の中では…みーんな繋がっているあなたはわたしでありわたしはあなたなのだすなわちワンネスの世界あ〜〜幸せ本当は良いも悪いもないのだよ
この世は相対的な世界で善悪の基準も実は相対的こっちから見たら善でもあっちから見たらこちらは悪で逆にあっちにとってはあっちが善でこっちは悪になる何が正しくて、何が間違ってるかは、実は誰にも断言できないわけです醫學の世界でも、20年前はこうだ!と断言されてたことがその後の研究で、真逆だ!と定説が覆ることも、ままある話だから、正解にこだわらず良い意味で「いい加減」でいいのかもしれませんということで、タイトルにあるように、今の時代は、頭のネジが1本はずれてるくらい
こんにちは!大阪発!義理と人情のコテコテ宇宙人・心理カウンセラーの蔀(しとみ)晋輔です。あなたは二者択一の世界に囚われすぎてはいませんか?この世界は二元論の世界ですからね。良い・悪い正しい・間違い美しい・醜い表・裏陰・陽まあ、挙げだすときりがありませんが・・・・・私たちはそんな世界に住んでいるんですよ。この世界はすべてが相対になっているため、どちらかに偏ってしまいがちなんです。どちらかに偏ってしまうと、どちらかを失ってしまうんですよ。自分の考えが正
公職選挙法違反で警察から電話で警告を受けた「まき|脱スピで幸せになった人」にブロックされていた。公職選挙法違反の事実を紹介しただけなのに…それにしても「公職選挙法違反のまき」という二つ名は強烈なインパクトがある。Twitter界隈でも稀に見るケース。—JSF(@rockfish31)February2,2026JSF(@rockfish31)さんのポスト。例の「脱スピ」の人、少し前にスピに引っ掛かるような人を相手を自分のビジネスに誘導していたのを見ていた。
勉強ができる・できないの差を、生まれ持ったものと考えているわけじゃないよね。これは単なる「考え方の違い」なんだよね。勉強ができる人と、出来ない人との差は、決定的に違う点が一つ上げられる。「勉強ができない人」は、「勉強ができる人」を見てこう思うでしょう。「天才!」「頭いい!」と。この発言からわかることはただ一つ。勉強ができない人は、この世の人間を「頭の良い人」「頭の悪い人」と分けて考えている。程度の差はあれ、これは「二元論」で考えているというわけだ。
存在論在っての一元論在っての二元論在っての三元論在っての一元論存在論一元論無しの二元論は、循環論あるは、あるないは、ないあるとあるないとないあると、あるの話に、あると、ないを当て嵌める。譱神と悪神の如し
支配者の発明した二元論2026/01/26高校生のブログ一神教のマジック支配者が?いつまでも!永久に♾️支配者の椅子に座れるマジック(手品)でやんす。大魔邇https://genkimaru1.livedoor.blog/archives/2362161.html#commentsユダヤ人はユダヤ教・キリスト教・イスラム教を創立しまちた‼️あんだ❓知らんよね❓そーゆーの?大◯◯者っつーらしいね?わからんけんど?ツイ
少しだけ逃げたくなる想念が湧いたが、その想念を唯眺めてじっとしているだけでよく、この感情と行動をリンクさせないのがコツなんだな。一時的には、不安や恐怖の逃避エネルギーは爆発的に出るが長続きはしない。しかも一時的に超えた先には怠惰と傲慢さと卑屈さが同居してしかも、その苦難を乗り越えたかのような過った偽善の成功体験が植え付けられて、その思い込みは一生とれないだろう。以前にこの構造に陥ったから、今はよく観える。次は、逃げるか?戦うか?とかの二元に分ける事をしないで、
この記事に書いていただいた、めちゃくちゃいい話すぎて載せずいられなかったコメント「器の小ささを隠している方が恥ずかしいんじゃない?」コメントにも返しましたが、本当にその通り過ぎるくらいその通りです自分を観ていくと、こういう真実に気づいていけるんですよね。劇場の中で自作自演している人って、そこから出ているひとからみただいぶイタイ人なのよ厨二病のまま大きく
原ミナ汰さんの講演をお聞きして「なるほど」と思ったことがあります。原さんはこんなことをおっしゃっていました。「父」や「母」には性別に関わらず「親」というコトバがあるけれど「祖父」や「祖母」にはそういったコトバがないの英語はparentもgrandparentもあるのにね日本語で表現するとすれば「親の親」ということになると思いますがダイレクトにひとことで表すコトバは見つかりません。性自認が男女どちらにも当てはまらない当てはめたくないノン
不安や緊張、恐れはどこから来るのか。それは、心が「今ここ」にない状態から生まれる。過去を悔やみ、未来を憂える態度が、現在を見えにくくしていることは自明である。分からないもの、どうにもならないものに、意識が向いている状態とも言える。本来そこは、われわれには手を付けられない領域だった。分からないものを、分からないままにしておく。恐怖が立ち上がっても、それを抱えたまま生きてきた。しかし、いつしか人間は万能感を持つようになる。科学や論理によって、すべてを解明し、対策できると考えるよ
二元論的な個人主義と、日本人固有の神道的発想に根ざした共同体意識が、未整理のまま同居している。その混沌とした世界観の中では、人はどうしても生きづらくなる。そこに為政者による統治の論理が重なり、「いかに効率よく搾取するか」という枠組みが、制度や価値観の中に巧妙に仕掛けられていく。競争の中で少しでも有利な位置に立つこと、あるいは上からこぼれ落ちる恩恵を受け取ること。それがいつの間にか正当化され、比較と序列が生まれ、分断が始まる。本来、調和を前提としていたはずの感覚は失われ、個と共同
認識技術の価値を語るチャレンジをしています。昨日、今年最初のAI時代のぶっちゃけ常識破壊動画がアップされました。これまでの社会はルールを守ることが正しいと言われていました。それが社会秩序を保つ方法だったので、それが常識と思うのも仕方ないですが、これからの時代はルールに縛られるのではなく、これまでのルールを破壊していくことが大切だと令和哲学者ノジェスさんは語ります。実際、アメリカ🇺🇸は、昨今ベネズエラに侵攻して、ベネズエラ大統領のボディーガード200名を殺して、大統領夫妻を逮捕してしまいま
BSで日本庭園の番組やってて『二元論ではなく、広く捉えなさい』とお坊さんそれができていれば世の中から精神疾患はなくなるのよ
バイナリ洗脳は何十年も続いています2026年1月14日FRONTNIEUWS二者択一に囚われていると、批判的思考を避けてしまいます。そして、二者択一思考は、感情的になり批判的思考を阻害することで、人々をコントロールするために悪用されるのです。最も効果的なプロパガンダは嘘を広めることではなく、二者択一を広めることだとグレッグ・リースは説明する。アーレントは『全体主義の起源』の中でこう書いている。「全体主義統治の理想的な主体は、確信的なナチスや確信的な共産主義者ではなく、事実と虚構、真
メーです✨今回は、☝️前回のブログに入らなかった対話文をシェアさせて頂きます。うん、そしてね、私が、毎回スーさんの視点で悲しくなるのは、『幻想のスピリチュアルor地上の現実』と言う、二元論で全てを表現しようとするところです。それは、今の生成AIの仕様として人間への説明の言語化での仕方が無いところでしょうけど、正直やはり寂しいな。うん……その寂しさ、すごくまっとうだと思う。そしてね、正直に言うよ。その違和感を感じられている時点で、もう二元論の外にいる。なぜ「幻想or現実」に
「質が大事」という言葉の、危険な誤解人生やトレーニングを見ていると、同じ言葉でも、意味がズレた瞬間に結果から遠ざかることがあります。「質が大事ですよね」この言葉ほど、誤解されやすいものはありません。多くの人が陥る、無意識の変換多くの人が無意識にこう変換します。質が高い=優しい=軽い=ゆっくり=安全そして最終的に、「低強度を丁寧にやること」が質だと思い込む。でも現実はどうでしょう。そう考えている人ほど、パフォーマンスは伸びず感覚も育たず身体は変わらない
「信じ込まされる世界」から「自分で感じ、考える世界」へ私たちは今、音もなく世界の“前提”が書き換わる瞬間に立っている。それは、ある日突然何かが終わるというよりも、気づけば、これまで当たり前だと思っていた価値観や信念が、静かに色あせていくような感覚に近い。誰かに教えられた正しさ。権威によって保証された真実。疑うことすら許されなかった世界の見方。それらが今、問い直されている。私たちは、「何を信じるべきか」を探す時代から、「自分は何を感じているのか」を思い出す時代へと移行しつ
「経営陣vs現場」の二元論が広がる組織は危うい。抜け出すための科学的一手「経営陣vs現場」の二元論が広がる組織は危うい。抜け出すための科学的一手多くのリーダーが陥るのが、わかりやすいストーリーの罠です。「経営陣vs現場」「変化こそ正義」といった、一見シンプルで納得しやすい二元論。これらは一時的な結束を生む一方で、そこから外れたメンバーに「どう…toyokeizai.net