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今年のGW休暇は4月29日から5月6日までの8連休。初日から東北方面へ旅行してきました。目的はニューヨーク足はアイサイトひめちゃん号およそ1400キロ程走る行程です。GW期間中は高速休日割りの設定は無いけど、深夜割は適用アリ!当然、AM3時15分自宅出発ナビ行先設定は平泉東北道浦和料金所を3時台に通過して深夜割ゲット羽生PAで2時間ほど仮眠朝食終えたら移動再開SA休憩は多め。10時過ぎ仙台通過AM11時半道の駅平泉到着、昼食PM1時中
一ノ関駅から「平泉の世界文化遺産」へのぶらり旅。世界遺産の中心的構成資産である「中尊寺」の境内をぶらり歩いて来ました。こちらは本堂の入口である本坊表門。岩手県指定文化財です。中尊寺というのは山全体の総称です。本寺「中尊寺」と山内17ヶ院の支院で構成される一山寺院。この本堂は、その中心となる建物です。立派なご本尊は釈迦如来。遠いので分かりにくいですが台座から高さ5メートルもあるそうです。中尊寺の寺格は天台宗東北大本山です。こちらは境内鎮守の白山神社入口。立派な鳥居。どん
さて。先月の出張は久しぶりの旅だったのでプライベート時間を少し作りました。目的地の青森県では手頃な前泊宿泊施設が全く取れなかったので、様々に探した結果岩手県のJR一ノ関駅周辺で前泊しました。実は一ノ関市については恥ずかしながら全然知識が有りませんでした。しかし一ノ関駅があの平泉観光の拠点と知り、これは世界遺産の平泉に行かなければ!…と言うことで今回は初めて奥州平泉を訪問。世界遺産構成資産の一つであるあの「中尊寺」へ向かいました。平泉は、中尊寺を含む「平泉の文化遺産」が
本日からGW突入…という事で、早起きして東北自動車道440キロ走る目的地はコチラ光り輝く金色堂を拝みましたお宿にチェックインしたら周辺調査へR342を横手方面へ山あいに近づくと古いお墓?6基が目に入りました。ちょうどこの先で歩道が無くなり…この先は行くなと言われた様な気がして、ここで折り返し。スタート地点に戻ります無事帰還したら、宿泊先のお隣りにあるニューヨーク施設岩手NO.1サウナと言われている古戦場へ館内は独特の雰囲気今回はお食事付きニューヨーク牛肉たっぷり入った
東北大本山中尊寺5奥州藤原氏初代の清衡公が込めた想い「中尊寺」を訪ねる中尊寺の境内には金色堂のほかにもさまざまなお堂があります。「経蔵」は国宝の中尊寺経を納めるために建立されたお堂で、平安時代の材料を使って再建されたといわれ、重要文化財に指定されています。「金色堂旧覆堂」は金色堂を風雪から護るために鎌倉幕府によって建てられました。「江戸時代になると、中尊寺は仙台藩に属していましたので、伊達家から大変庇護を受けましてたくさんのお堂が建てられました。」釈迦堂や阿弥陀堂、薬師堂など新旧の諸堂を
東北大本山中尊寺4奥州藤原氏初代の清衡公が込めた想い「中尊寺」を訪ねるまた、この中尊寺の場所は、実は東北地方でも特別な場所です。中尊寺の北側に衣川という川が流れています。衣川は安倍氏の勢力と朝廷の勢力との境だったわけです。衣川を南北に分けまして多くの命が失われていきました。人間だけでなく鳥や魚などの動物、生きとし生けるものの命が失われていきました。清衡は衣川から一歩、南に移動した、この平泉という場所にお寺を建てることによって、争っていた2つの勢力が1つに合わさって平和を築いていくために、
昨日は強い地震があり、津波もありましたね。日当たりの良くない我が家の庭で、ようやくチューリップが咲きました。昨日は…。緊急のアラームがなりましたので、すぐさま火の元を消し、縁側のサッシ戸と玄関を開けました。家が危なくなったとき、外へ出られるようにするためです。家が軋んで戸が開かなくなり、閉じ込められては大変ですからね。やがて、ゆわらんゆわらんと、めまいを起こしたような揺れがきました。物が落ちる殆どではありませんでした。震度5の地域の方はさぞ驚かれたことでしょう。ましてや津波警報や
東北大本山中尊寺3奥州藤原氏初代の清衡公が込めた想い「中尊寺」を訪ねる岩手県の詩人・宮沢賢治は何度も中尊寺を訪れ、中尊寺に関するいくつかの詩や句を残しています。「雨ニモマケズ」には東西南北の困っている人のところに行って助けたいと書いていますが、宮沢賢治の手帳にはその詩の真の欄外に「行って」と赤い字で書いてあるそうです。観音様の親指のように「困っている人のところまで自分が歩いて行って」、その現場まで行って助けてあげたいという気持ちが込められているのではと思います。宮沢賢治は熱心な法華経の
東北大本山中尊寺2奥州藤原氏初代の清衡公が込めた想い「中尊寺」を訪ねる御本尊の両脇にある灯籠の灯火は、昭和33年(1958)に東北大本山の号をゆるされたことを記念して、伝教大師最澄様が延暦7年(788)に灯されて約1200年の間世を照らし続ける「不滅の法灯」を延暦寺から分灯させていただきました。以来、日夜油を継いでお護りしております。東日本大震災では灯籠の灯火が消えてしまったのですが、常香盤で種火を常に絶やさないように取ってあり、この種火によって不滅の法灯を護ることができました。「油
天台宗東北大本山中尊寺1126年4月18日(大治元年3月24日)藤原清衡が中尊寺の金堂・三重塔の落慶法会を斎行。奥州藤原氏初代の清衡公が込めた想い「中尊寺」を訪ねる中尊寺本堂明治42年(1909)の建築。平成25年(2013)、新本尊の丈六釈迦如来坐像の開眼法要が行われた。阿弥陀如来像(御本尊)平成25年(2013)に造立。岩手県平泉にある天台宗の東北大本山中尊寺。嘉祥3年(850)に慈覚大師円仁が開山し、12世紀はじめ、奥州藤原氏初代の清衡公が前九年・後三年の合戦で亡
平泉限定のナンバープレートマグネットです(^^)ナンバーの1124は、、、中尊寺金色堂建立の年西暦1124年(天治元年)を基にしております。
中尊寺金色堂を見に行く旅なら、宿でも静かに余韻に浸りたい。そう思って探し始めると、泊まる場所は見つかっても、「夕食はできれば部屋でゆっくり食べたい」となった瞬間に、一気に候補が少なくなって迷いやすくなります。せっかく中尊寺や毛越寺を歩いて、平泉の空気に触れたあとに、夜まで慌ただしくしたくないものです。食事会場へ移動して人の気配を気にしながら食べるより、自分たちの空間でゆっくり味わえたほうが、旅の満足感はかなり変わります。しかも、中尊寺金色堂の近くは宿の数自体はあっても、本当に部屋食を取りやす
お知らせ代行参拝のお申込を受付けます。2026年4月2日8時~こちらのLINEにご登録の上お待ちください。神社参拝専用公式LINEhttps://lin.ee/t8CI8sqInstagram満月瞑想会ライブ日程◆2026年4月2日(木)21時~満月瞑想会はSAEのインスタをフォローしてお待ちください。もちろん無料よ~♪↓クリックセッションについて◆2026年5月分は4月1日8時より開始2026年4月分までは満席となっております。次回公式LINE
園長通信~こころ~№420千日苦行2026.3.30楽しみにしていた昼食で
園長通信~こころ~№419前沢牛2026.3.272月の3連休のときだった
きゅんパス2026年版東北の旅に行って来ましたちょうど3月11日は東日本大震災から15年目の日でもあり中尊寺の鐘の音に合わせ黙祷を捧げる事もできました当時の事は同じ東日本の片隅で暮らす私も忘れられない一日でした東北には友達もいて安否を知る術は当日Twitterだけだった他の連絡手段はことごとくつながらず何故かTwitterだけは本人のツイートが表示されて無事を確認出来現地の悲惨な状況が次々と伝わって来ましたしかし同じ県内でも山側と海側ではまた違った悲惨さがあり家が傾こう
「みちのく黄金伝説を訪ねて」日本は、ヨーロッパで「黄金の国ジパング」と呼ばれ、憧れの対象になっていた時代がありました。イタリアのマルコ・ポーロが著した「東方見聞録」の『ジパングは、東海にある大きな島で、大陸から2400kmの距離にある。』、『宮殿の屋根は全部黄金でふかれており、道路の舗装路や宮殿の床は4cmの厚さの純金を敷き詰めている。』、『この国ではいたる所に黄金が見つかるものだから、国人は誰でも莫大な黄金を所有している。この国へは大陸から誰も行った者がない。商人でさえ訪れないから、豊富
この機会に、平泉へ足を運んでみてはいかがでしょうか!!
平泉('05.3.12)ついに、金色堂の覆堂(おおいどう)の前までやってきた。覆堂は1965年(昭和40年)に建てられた、コンクリート製の入れ物なのだが、杉林と調和した、良い姿をしている。(※覆堂完成時、金色堂は解体修理されており、覆堂に収められたのは1968年(昭和43年))金色堂と、宝物館「讃衡蔵」(さんこうぞう)の拝観券を買う(\800)。まず讃衡蔵へ。2000年(平成12年)の建物で、新しくて広くて、展示物が見やすい。※現在の拝観料は¥1,000です。中
・もう一つくらい摩崖仏見ておこうと選んだのは鍋山磨崖仏。元宮磨崖仏、熊野と[・ともに国の史跡に指定されているということで。入口から約80段から100段の石段・を登った岩壁に不動三尊が半肉彫りで刻まれていました。脇侍として、不動尊の・足元に矜羯羅童子と制多迦童子が寄り添うように彫られているとのことでしたが、・これはいまいち判別がつきませんでした。さて続いて、日本三阿弥陀堂である・富貴寺へ。宇治の平等院鳳凰堂、平泉の中尊寺金色堂と並ぶということですから・期待してよいところと思いましたが、
こんにちは氣功整体心閑堂の嫁、あいです最近、白山権現信仰にまつわるお話や、夫の名でもある「宇賀神」の由来に触れる機会が多く・・・。そんな折、夫が「白山神社の夢を見た」と言い出したので、直感に従って平泉・中尊寺へ行ってきました。宇賀神は蛇の神様。白山権現は白蛇の神様。目に見えない不思議なご縁に導かれるように、私たちにとっての「心の故郷」である平泉へ。平日の境内はとても落ち着いていて、一歩一歩、自分たちの「理(ことわり)」を確かめるように歩くことができました。✨各お堂に捧げた
少し前、仙台(盛岡)に行きました🚅1日目。東京から仙台へ。仙台では宿泊先に荷物を預け仙台駅構内にあるDateCafeOrderで芋煮の朝食🍙芋煮はお野菜・こんにゃくがしっかり入っていて美味しかった~😋仙台からまた新幹線などなど乗り継ぎ平泉へ。途中駅の一ノ関🚉平泉では中尊寺へ。大切に保存されている金色堂(写真NG)。こういった建築物が建物の中に入っていること自体、新鮮。2013年に新しくされたお釈迦様の御手には水かき。震災のことを思い
こんにちはまたしてもご無沙汰しています222『にゃんにゃんにゃん』🐈⬛の日も何もあげられずぽんちゃんもちゃっくんも元気に過ごしておりますのでご安心ください選べるギフトで届いた花咲ガニの匂いに気づき興味しんしんのぽんちゃん私今までの人生で花咲ガニを食べた記憶がなくてほぼ初花咲でしたが美味しかった〜トゲが鋭く準備するのが大変そうでしたがカニ用のハサミがあると割と簡単でしたお味はタラバと毛蟹の中間みたいな感じでしょうか?でも美味しいには間違いありません選べるギフトは普
「5小倉百人一首(その76」今日は、黄金の国とはみなさんおはようございます人は忘れるものですねとくに感謝の心を忘れてしまいます反省です新しい春の前に去年の出来事に感謝したいものです(笑)少し立ち止まるのもいいかもしれません君のため、如月、2月感謝に心を忘れずに(笑顔で)「小川翔護とハタラク仲間たち(OHN)」ご参加いただいた皆様、今年もよろしくお願いいたします2月15日は奥州藤原家は中尊寺金色堂を建立しました亡くなった人を平
2026年2月7日(土)、中尊寺第一駐車場入口付近の「カリカ平泉」で美味しい「ポークカレー」を頂いた後はウォーキングを兼ねて中尊寺へ。月見坂キツイ!ハアハアゼイゼイ。。。一番キツイところを上りきると舗装の整備された参道・・・あれー、2年前は舗装されてたっけか?での「本坊表門」は解体修理中。通常は本堂からの出口門?から入り、参拝。もちろん「右耳の耳鳴りが治りますように」を住所氏名を伝えてお願い。そして金色堂覆堂・・・金色堂本体はこの覆堂の中。中尊寺金色
引き続いて8月9日~17日かけて行ってきた、夏の下北半島ブルートレイン旅についてですコンバン波動砲!!(。・ェ・)ノノ^\/\/\/\/\☆)゚д゚||)グハC58-103号機、C58ってあまり馴染みがないです。屋根付きでボディーも綺麗で保存状態は良さげ。一関文化センターから中尊寺へ。中尊寺は今回で3回目の訪問です。新緑の木々が旅人たちを出迎えます。弁慶の顔出しパネル。ここから見る景色は毎回見ている気がします。東北本線が眼下に見渡せ、701系を撮っていたのも懐かしい。あれ
植林(営林署でしょうか)発売は昭和24年5月10日。こちらは透かしありで、透かしなしは昭和26年8月頃発売ですがなしの方が倍額の価値があります。この切手は第1次動植物国宝切手の頃は透かしなしで発売されています。この切手は中学3年の頃手に入れた記憶があります。かなり高額で、2級品で手に入れた筈。高校受験が近い頃かな?未だ昭和の時代に手に入れた筈。(10月辺りでしょう。)この20円は切手の歩みシリーズに選ばれました。20円は第2次動植物国宝切手でモデルチェンジ。これは高校時代でし
八雲中学校の修学旅行は東北だったとおもう青函連絡船で海を渡り中尊寺や龍泉洞南部鉄などを見学した憶えが在る金色堂何故黄金で義経は海を渡れただろうか金塊を運べたのだろうか兄の追手から逃げ海を金塊とともに津軽海峡をどうやって渡ったというのだろう中尊寺はとても寒い場所だった冷気が首を撫でるようで寒くて寒くてバスでは乗物酔いで嘔吐した原因は乗物だったのだろうか母は史多が滑落した同時刻に嘔吐と下痢頭部から肩や首にかけての激痛によるもので其処は史多が損傷
夫が昨年9月に退職した際、会社から某旅行会社の15万円の旅行券を貰いました。ハイボール好きの夫はかねてよりニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所に行きたいと言っていたので行き先は仙台になりました。私は世界遺産の岩手県平泉の中尊寺金色堂に行きたいと思い、余力があれば日本三景の松島へも足を延ばしたいと、2泊3日の計画を立てることにしました。またせっかく平泉に行くのなら奥州藤原氏の歴史を多少なりとも知っておきたいと思い、早速1993年の大河ドラマ『炎立つ』のDVDを全巻借りて観ました。