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2.陸遜が改名した時期を絞り込むにあたって○「陸議」と「陸遜」の表記を整理する陸遜が改名した時期は『正史三国志』に記されておらず、特定は困難です。しかし、「陸議(改名前)」と「陸遜(改名後)」の使い分けを見ることで、ある程度まで範囲を絞ることができます。いつ改名したかは複数の方が推定されており、目新しい話ではありませんが、拙稿でも絞り込みを試みます。まず、『正史三国志』における「陸議」と「陸遜」がどのように表記されているか、簡単に整理します。(呉書)・・・基本的に「陸遜」
1.改名した人物の中で、陸遜は注目されている名前が変わった人物は、歴史上の様々な時代や地域で見られますが、三国志の世界も例に漏れません。史書を見ると、例えば以下のような人物で改名(※1)したことが記されています。(※2)王朗王厳→王朗程昱[程イク]程立→程昱[程イク]関羽(字)長生→雲長徐庶徐福→徐庶簡雍耿雍→簡雍李厳李厳→李平馬忠狐篤→馬忠王平何平→王平朱然施然→朱然陸遜陸議→陸遜これらの人物の中には、改名の理由や時期が記されている場合が
19.最後に龐統[ホウ統]の描かれ方を整理『三国志演義』での龐統[ホウ統]は、赤壁の戦いでの連環の計、耒陽県令となり故意に政務を滞らせてから能力を見せる、落鳳坡での落命といった、存在が際立つ場面がいくつもあります。しかし、益州攻略時に、涪城[フ城](※1)で劉璋を害そうとしたこと、劉備に涪城[フ城]を奪取する献策をしたことを除き、龐統[ホウ統]の姿は多くが創作されたものです。ここまで『正史三国志』および中間地点としての『三国志平話』と、『三国志演義』を比較することで、龐統[ホウ
18.まとめ5劉備陣営との対峙を回避まとめの最後に、『正史三国志』『三国志平話』で龐統[ホウ統]が劉備以外の陣営にいる場面を確認します。・『正史三国志』では、龐統[ホウ統]は南郡の功曹になり、後に南郡太守になった周瑜が亡くなると、亡骸を呉に運んでいる。(3.周瑜の死)・『三国志平話』では周瑜の死に旧友である龐統[ホウ統]が立ち合い、将星を留め亡骸を呉に運ぶ。その途中で諸葛亮に会い、将星を留めたことを見破られる。(3.周瑜の死)・『三国志平話』で歴陽(耒陽)から姿を消した龐統[ホ
中国の方って数年前から爆買い観光客とかでマナー問題とかありましたがやはり歴史的には、スゴいと思う。宗教とか歴史とかたまに三國志ドラマとか観てもやっぱり面白いのよ。軍師とか哲学者とか宗教家とか考え方が確立されててスゴい。4000年の歴史は伊達じゃない。
17.まとめ4超常的な龐統[ホウ統]の姿を削除する龐統[ホウ統]は『三国志平話』で、史実にはない超常的な姿を何度か見せますが、『三国志演義』には採用されることはありませんでした。今回は、これらの場面を確認します。(場面についているカッコ内の数字は、ここまでの拙稿における項番になっています)・周瑜が死亡した際、呪術で将星を天に留める。(3.周瑜の死)・劉備との面会に向かう時、帝星が荊州を照らしているのを見て、自分の主に出会えたことを知る。(5.劉備への仕官)・諸葛亮は占星をして
Audible(オーディブル):本は、聴こう。narratedby尾川楓|Audible.co.jpAudible(オーディブル)で、本を「朗読」で聴こう。オーディオブックやオーディオエンターテインメントをいつでもどこでも好きなだけ。スマートフォン・タブレットで、小説や落語、ビジネス自己啓発など聴き放題(8/27まで)。今すぐ無料で始めよう。www.audible.co.jpいきなり3か所も刺されてました。まだ潜んでいるかも?室温と湿度が高いからパン1になっちゃうん
息子、しま夫が持ってる本を読む。ハマる(・ω・)三國志。私、三國志ってちゃんと読んだことない。高校の漢文で史記の関羽と劉邦、鴻門の会・四面楚歌とかを読んだのが最後。………あれ?刎頸の交わりって誰の話だっけ?廉頗と藺相如?まあ、こんなレベルです(;^ω^)しま夫がよく「関羽と劉邦のリーダーシップの違い、および現代の自衛隊組織における適切なリーダーシップの種類」的なことをめし食いながらしゃべってることがあるんだけど。土台がわからんから、頭の中でわたあめがどんどん出来ちゃって、「
↓大学受験無料相談【公式】総合型選抜専門対策塾Atelier(アトリエ)|「オンリーワン」夢を描く!嚶鳴進学塾アトリエは、10年以上の指導歴を誇るプロ講師が、生徒一人ひとりに最適なオーダーメイドカリキュラムで合格まで伴走します!LINE相談も24時間対応です!sougou.f-oumeishingakujuku.com大学入試総合型選抜や公募推薦や、嚶鳴進学塾の講座内容についての、個別相談は随時可能です。まずは、お申込みフォームの「その他」にチ
noteのことnoteの方で、こちらにも書いている原理の記事3つを公開するために編集をしていた。そのまま貼り付けると、改行が広すぎたり、見出し設定ができてなかったりするので。途中からパソコンで作業したら早かったnoteはデフォルトでコメント可の設定になっていて、不可にするにはプラン変更(プレミアム)しないといけないからできなくて、負担に感じそうなコメントこないかちょっと心配ちなみにアメブロからはnoteのリンク(プロフィールなどに掲載)を辿って見てもらえたらいいと思う。アメブロは広告
16.まとめ3劉備の人徳を補強する前回、涪城[フ城](※1)における劉備と龐統[ホウ統]のやりとりから、龐統[ホウ統]の人間性について考えましたが、今回は違った角度で見てみます。(場面についているカッコ内の数字は、ここまでの拙稿における項番になっています)益州攻略を開始し、涪城[フ城](※1)で勝利の宴会を行った際、喜んだ劉備に対して、龐統[ホウ統]は他人の国を奪って喜ぶのは仁者のいくさではないと言う。劉備が怒ると龐統[ホウ統]は恐れる様子もなく出ていくが、劉備は後悔して龐統[ホ
今シーズン最後になる推し活してきた三國志版の呂布はこんな感じ?でも宝塚版になるととても素敵になる❣️当たり前だけど~😭素敵過ぎる鳳月杏さま美しすぎる天紫珠李さまあ、でも私、風間柚乃ファンなのでユノ様の煽りにウデがモゲルほど拍手をしてきたꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)笑もう好きすぎる♡宝塚の皆さまありがとうございました!
前回は、龐統[ホウ統]の描かれ方の傾向から、智謀が強調され、早い死が惜しまれるように描かれていることを確認しましたが、今回はどのような人間性が見られるかを確認します。15.まとめ2龐統[ホウ統]に垣間見える人間性『三国志演義』には、『正史三国志』から採用された龐統[ホウ統]の人間性を感じる、以下の逸話が見られます。(場面についているカッコ内の数字は、ここまでの拙稿における項番になっています)益州攻略を開始し、涪城[フ城](※1)で勝利の宴会を行った際、喜んだ劉備に対して、龐
簡単に言うと最初の三国志ゲームを、現代の制作技術で生まれ変わらせたスマホアプリ。戦略ゲーム×人間ドラマ『三國志』シリーズの二作目は、『三國志Ⅱ』だったような……オイラは、Ⅱを抜かしてⅢにハマっちゃったから、リメイク前のⅡを知らないんだけど……リメイク版のタイトルを『三國志2』としたのは、初代『三國志』の進化版って意味なんだろうか?初代『三國志』は、それくらい画期的なゲームだったよなあ……その前に発表された、日本の戦国時代を舞台にしたゲーム、『信長の野望』……国を富ませて、兵を
ここまで龐統[ホウ統]の描かれ方を場面ごとに見てきましたが、全体を通すといくつか傾向が見えてきます。それらを順にまとめていきます。14.まとめ1智謀と早い死を印象付ける龐統[ホウ統]に関する記述が、『正史三国志』から『三国志平話』、『三国志演義』と進むにつれ創作が進む場面があります。これらは『三国志演義』で表現したかった龐統[ホウ統]像が出やすい部分ではないかと思います。そこで『三国志演義』における龐統[ホウ統]に関する創作部分と、1箇所だけ『正史三国志』と大きく差はない部分
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は龐統[ホウ統]が涪城[フ城]奪取の献策を行い、劉備のために智謀を発揮するところを確認しました。しかし、その活躍も束の間で、今回は龐統[ホウ統]が命を落とす箇所を確認します。11.死の予兆『三国志演義』では、龐統[ホウ統]が命を落とす少し前から、何度も死を予感させる出来事が起こります。『三国志平話』での予兆は一箇所のみですので、『三国志演義』でかなり創作された箇所となります。【正史】(記載な
豊臣兄弟。最後の摩訶不思議。秀吉が半兵衛を失ったことは劉備が孔明を失うに等しい。ハッ?。どういう例えか知らんが孔明は劉備が亡くなっても劉禅を守り北伐して五丈原で亡くなるのよ‼️。例え的にもおかしいな。劉備と孔明が生きていた時に劉備が本当に孔明がいなくなったら困ると思っていたなら別だよ。そうなら説明してよ。このドラマはフィクションですが歴史上をねじ曲げちゃ駄目だよ。ちゃんと三國志勉強してね‼️。それとあの信長が荒木村重を殺してないのが、不思議でならないわ。
人に誇れるほどのゲーマーではないですが、いろんなゲームに当たってきました。クリアできずに挫折したソフトは数多くあります。『ファイナルファンタジー』や『信長の野望』シリーズでも挫折したものもあります。「覇王伝」や「三國志Ⅲ」に当たりましたが、情報量が多くて挫折しました。いくら10・20代の体力や記憶力があっても、限界がありました。再チャレンジはないかもしれませんが、やってきたことは無駄ではありません。ただ、クリアできたゲームはどこか肌に合ってたのかも。ちなみに、『FF5』に関してはブ
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は龐統[ホウ統]が劉備の益州攻略を決断させ、劉璋を殺害して一気に益州を得ようとするが、実現しない様子を確認しました。今回、ついに劉備が益州攻略を実行に移し、最初に涪城[フ城](※2)を奪取する箇所を確認します。9.涪水関[フ水関](白水関)・涪城[フ城]の奪取『三国志演義』で劉璋に援助を求めるものの、対応の悪さに腹を立てた劉備は、益州攻略に進みます。龐統[ホウ統]は上中下の献策を行い、いとも簡単に
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は龐統[ホウ統]が劉備を後押しし、劉璋を救う名目で兵を率いて益州に入るところを確認しました。今回は、劉璋が劉備を歓迎すべく面会する裏で、龐統[ホウ統]が益州を得るため画策し、いよいよ劉備のために力を発揮し始める姿を確認します。8.涪城[フ城]にて劉備と劉璋が面会する『三国志演義』では涪城[フ城]で劉備と劉璋が面会しますが、龐統[ホウ統]はこの機会に劉璋の殺害を試み、益州を得ようとします。策は成りま
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は龐統[ホウ統]が劉備の配下に加わったものの政務を執り行わず、能力を見せて認められる姿を確認しました。今回は、龐統[ホウ統]が劉備の益州攻略を後押しする姿を確認します。7.劉備に益州攻略を説く『三国志演義』では張松が劉備を訪問したことをきっかけに、劉備の益州攻略に向けて、まずは周囲が動き始めます。龐統[ホウ統]もその一人で、劉璋が劉備に助けを求めたことに乗じ、劉備に益州奪取の決断を迫ります。
私も歴史大好きです6三國志私が三國志を知ったのは55年ぐらい前まだまだゲームがなかった時代小学校高学年か中学生になってすぐ図書館で借りて読みましたもうその頃の記憶はほとんどなく桃園の誓いぐらいしか覚えていませんその後私が20代のころゲームで信長の野望がでました信長の野望最高むちゃくちゃ面白いそして遂に三國志が出ました三國志最高の最高劉備、関羽、張飛曹操、呂布、孫堅、孫権諸葛孔明大スターの共演ですでもゲームするときはすでに三國志の内容ち
私も歴史大好きです5項羽と劉邦この辺からは教師から聞いた話は減ってきますね天下を統一した秦の始皇帝が早くに亡くなりますここで私が子供達によく出すクイズです世界で一番大きな墓は?高さ面積体積(容積)て、三つ答えてくでさい答えはクフ王のピラミッド仁徳天皇陵始皇帝凌でした吉沢亮くんせっかく不老不死の薬をさがしていたのにみつからなかったんですね始皇帝がなくなったらすぐに内乱がはじまりました台頭してきたのが項羽と劉邦この物語はその頃古文の授業
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は孫権と劉備に面会し、劉備から県令に任命された場面を確認しました。龐統[ホウ統]は県令に任命されたものの、役目を果たしているとは言えず、今回は県令にまつわる騒動を確認します。6.耒陽県令就任後の顛末『三国志演義』で県令に任命された龐統[ホウ統]は仕事をしませんが、能力を見せて劉備から認められるようになります。『正史三国志』も『三国志平話』も、おおまかに「龐統[ホウ統]は県令の役目を果たさなかったが
ご訪問いただきありがとうございます!これまでのブログでも散々触れていますが、私、漫画やアニメが好きです。高校時代から二十歳くらいまで漫画雑誌に自作の漫画を投稿していたほどです。残念ながら入賞することはありませんでしたが、ケント紙やら丸ペン、Gペン、スクリーントーンなど、漫画を描く道具は一式持っていましたね〜。今の時代にこんなにも漫画やアニメが世界共通のカルチャーになるなんて思いもしなかったなぁ。そんな今回のブログでは、今一番好きな漫画について熱く語らせてく
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は周瑜の死に際して、龐統[ホウ統]がどのような姿を見せたか確認しましたが、今回は孫権そして劉備に仕えようと面会する場面を確認します。4.孫権との面会『三国志演義』では魯粛に推薦された龐統[ホウ統]が孫権と面会しますが、仕えることにはなりませんでした。【正史】(記載なし)【平話】魯粛は龐統[ホウ統]を孫権に推薦する。孫権は劉表の死、赤壁の戦い、周瑜の死について魯粛を罵り、龐統[ホウ統]は仕え
🍖肉饅頭‼️リスペクトしているブロガー様の記事で久々三國志演義/水滸伝を読みたくなりました~✌💕🍖そのブロガー様の中国史特に三國志への鋭い考察が毎回面白く楽しく拝読させていただいてます。今回の題目は兵糧。🍖当時如何に食料が大事だったか。兵士が食べた食料が現代人にはかなり辛い内容との考察でした。その中に諸葛孔明の肉饅頭の記述が有りました。諸葛孔明の英明さの証明だけでなくその裏事情。そして程昱...この話題久々で嬉しい😃💕🍖水滸伝の孫二娘が有名ですが○肉は昔からメジャーだったのねぇ😱宿に泊まっ
『三国志演義』の成立において、龐統[ホウ統]に着目して人物像の変遷を確認しています。前回は龐統[ホウ統]の登場と、登場すると早々に赤壁の戦いで「連環の計」を成功させ、智謀を披露した龐統[ホウ統]を確認しました。今回は旧知だった周瑜の死における龐統[ホウ統]の姿を比較します。3.周瑜の死『三国志演義』では周瑜の死後、諸葛亮の前に姿を現し、劉備へのつながりができます。周瑜の死の前後に登場する点は共通しますが、『正史三国志』『三国志平話』それぞれ違った話になっています。【正史】南郡の
『三国志平話』は『三国志演義』に先行して成立しており、『正史三国志』などの史書に始まり『三国志演義』が成立する過程を考えるには、欠かすことができない作品です。成立順は『正史三国志』と『三国志演義』の間に位置するとはいえ、正史に近い部分もあれば、『三国志演義』より虚構が強い部分もあります。本記事では龐統[ホウ統]に着目し、『三国志演義』が成立する過程において、龐統[ホウ統]の描き方の推移をたどり、どのような人物像が形成されたかを検討します。確認する場面は、龐統[ホウ統]が『三国志平話』と『三国
前回(長坂橋で張飛が大喝すると落馬したのは誰(前))、三国志に関する「長坂橋で張飛が大喝した時に、驚きで落馬した曹操軍の武将は誰でしょうか」という問題に対して、4つの選択肢(夏侯傑/夏侯杰/夏侯覇/そのような人物はいない)のどれもが正解になり、誤りにもなることを記しました。これは過去に見た問題をわざと曖昧にしたのですが、実際に出題された時は、『三国志演義』に関する問題は「毛宗崗本」に基づくことが明示されていました。しかし、「毛宗崗本」で夏侯傑が落馬することを知っていたはずなのに、夏侯覇を選