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リヒヤルト・ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」の日本語版を作成せんとす。その第一夜「ワルキユーレ」より、主に地の文を補はんとする、その第三幕二場。「ワルキユーレ」地の文編第三幕二場ウオータンは激しく、憤り、昂りて、樅の森より現れ、岩山の高きにゐるワルキユーレらの前を、ブリユンヒルデを尋(と)めて、荒らかに行きつ戻りつし、(ウオータン)いづこ、ブリユンヒルデは、いづこ、罪深き者は。爾ら、敢へて、科(とが)あるを、匿ふや。(ワルキユーレたち)恐ろしき憤りのほ
ワーグナー:タンホイザー序曲カラヤン/ベルリンライブワーグナー「タンホイザー」序曲ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
YouTubeに自作曲『秋桜(コスモス)』(Normal+TristanChordVersion)のピアノ演奏動画をアップしました演奏日は今日(2026年9月15日)場所は青森市『新町キューブ』SHIN『秋桜』(NormalVersion)SHIN『秋桜(コスモス)』(NormalVersion)2026.9.15青森市『新町キューブ』ストリートピアノ同日演奏動画で『秋桜』(TristanChordVersion)もありますSHINBLOGhttps://ameb
人間とは役割の違いによってその位置づけが決められる。しかし、人間は人間としてひとつの種である。しかし、人間には心というものがあり、思考と感情によってその価値観が異なる。価値感が異なることによって、それぞれの個性というようなものが表に出てくる。その価値観が今日ではひとつの価値というものをよしとして、それ以外の価値感を排除しようとする傾向が見られる。それが顕著に見えてくるものが、人間にとっての男女ではないだろうか。男と女は、その存在がひとつとなって一対だとされ、それはさもすれ
リヒヤルト・ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」の日本語版を作成せんとす。その第一夜「ワルキユーレ」より、主に地の文を補はんとする、その第三幕一場。「ワルキユーレ」地の文編第三幕一場上手(かみて)に樅の森あり、下手(しもて)は大なる岩穴の口にて、その岩穴に連なりて稍やひらけゐたる。岩穴の上は高く聳ゆる巖たり、奥は虚空のみにて、それ懸崖の一劃と知らる。吹き過ぐる雲、閃々。ゲルヒルデ、オルトリンデ、ワルトラウテ、シユヱルトライテら、つはものを隙なく具足して、岩山の其処彼処に在り。さて
今日は日中はほぼ雨、夕方からようやく曇り空になった。最高気温は23度。モントゥーはブラームスとワーグナーが特に好きだった、ということで、1963年のワーグナー作品の演奏を聴いてみた。1963年はワーグナーの生誕150年に当たる年で、モントゥーとアムステルダム・コンセルトヘボー管弦楽団はオランダ・フェスティヴァルでワーグナーの管弦楽曲を演奏している(1963年7月1日、スヘフェニンゲンのクアハウスでの演奏)。その時の演奏を収めたCD[TESTAMENT:SBT2-1507]の曲目は次の
ドイツ旅行・ノイシュバンシュタイン城風景画2026年6月4日スイス〜イタリア〜クロアチア〜スロベニア〜オーストリアの1ヶ月の旅行の最終にオーストリア/インスブルックからドイツ最南端のフッセンに夕刻バス移動し(国境の山越え、約110km)、市内のルイトポルトパークホテルにチェックインし翌日ノイシュバンシュタイン城、旧市街を散策し、最も印象に残ったノイシュバンシュタイン城の風景画を後日描きました。風景画はマリエン橋からの城の風景で白いお皿に描いた。下書きホップステ
(承前)第7講ジークフリート㈠、逆説だらけの牧歌ジークフリートの育ての親であるミーメは反ユダヤ主義でもあったワーグナーが舞台に描き出したユダヤ人の戯画と考えることも可能である、私たち純粋な鑑賞者もミーメに対する暴力をどう受け取って良いのか居心地の悪い感じを抱くミーメに暴力をふるうジークフリートの状態は若いころのヘレンケラーにちょっと似ているとも言える、三重苦の彼女は手の付けられない乱暴でわがままな子供だった、ミーメのもとでジークフリートも言葉を覚えるのが遅かったのではないか
今日も一日雨で、気温は20度前後でほぼ一定だった。昨日取り上げたモントゥーとボストン交響楽団のライヴを収録した8枚組CDには一回のコンサートがほぼそのまま記録されているものがあるので、それを聴いてみた。■1951年12月1日ボストンシンフォニーホール①ワーグナー「パルジファル」前奏曲②ドビュッシー「聖セバスチャンの殉教」より「ユリの庭」「法悦の踊りと第1幕終曲」➂ワー
みなさんこんにちは😃本日ご紹介していくのは、ネーメ・ヤルヴィ&ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル・オーケストラによる楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」オーケストラル・トリビュート、序曲「ファウスト」、2つの悲劇的間奏曲(フリーヘル編)、序曲「クリストファー・コロンブス」(モットル校訂)です。両者によるワーグナー・シリーズとしてはこの後も続きますが、「ニーベルングの指環」、「パルジファル」、「トリステンとイゾルデ」と続いてきたフリーヘル編によるワーグナー・オペラ四部作最後を飾るのは「マ
山崎太郎著の「《ニーベルングの指環》教養講座」(2017年刊、アルテルパブリッシング)を読んだ、これは先月、NHKのBS放送で1989年のバイエルン国立歌劇場「ニーベルングの指環」4部作が毎週放送され、それを全部観ようと思い、その前にその「ニーベルングの指環」について勉強しようと思ったからだ、AIに何か適当な本を推薦してくれと頼み、一番良い本だとアドバイスされたものが本書だった山崎太郎氏は、1961年生まれ、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授、専門はドイツ・オペラ、とりわけリヒャルト
読書エッフェル塔の黒猫新井満この本と出会えてとても嬉しかった。以前から気になっていた謎が解明した。そもそもこの小説は、1800年代後半から1900年代前半まで生きたエリックサティの生涯の話だが、その時代背景、彼と共に生きた芸術家達の人生も含まれている。サティは生前既に知名度も上げ、有名だったらしいが他界した後はすっかり忘れさられていた作曲家だった。1970年代にフランス映画に彼の曲が使われたのをきっかけにブレイクし、今ではあちらこちらで良く耳にする。彼の曲ジムノペディは有名だが、当時
NHKのBS放送でワーグナーの楽劇「指環」4作品の連続上演、この日は「神々のたそがれ」(Götterdämmerung、プロローグと3幕)を自宅で観劇した収録/1989年11月26・27・30日バイエルン国立歌劇場(ミュンヘン)演出/ニコラウス・レーンホフ(独、1938-2015)音楽監督・指揮/ヴォルフガング・サヴァリッシュ管弦楽/バイエルン国立歌劇場管弦楽団出演ジークフリート/ルネ・コロブリュンヒルデ/ヒルデガルド・ベーレンスアルベリッヒ/エッケハルト・ウラシハハ
9月3日ミュンヘン2日目はバスツアーに参加しました。早朝集合なので昨日の内に切符も買い『嘘ーん‼️』空港から翌朝6時まで乗れるグループ切符は何の問題もなく自分で買えました。ミュンヘンでは翌日やそれ以降の切符も買えるらしい。到着翌日は早朝から列車に乗るので買…ameblo.jp楽しみにしていたホテルの朝ごはんは食べられずお弁当を作って貰って出発。ルートは昨日の内に一回歩いているから出口もよく分かっているしサッと行けるよーと思っていたのにまさかのその出口に向かう前面に大きな壁が行く手を
私の音楽一人旅前回まではワーグナー「ニーベルングの指環」より第二夜「ジークフリート」と人形浄瑠璃、浪曲、詩吟を鑑賞してきました今回はワーグナーの「ニーベルングの指環」最終章第三夜「神々の黄昏」を鑑賞しましたここのところ、ワーグナーと邦楽のお芝居を交互に鑑賞する、という実験的な試みを続けましたがいやぁー、長かったーw序夜「ラインの黄金」約150分第一夜「ワルキューレ」約250分第二夜「ジークフリート」約255分第三夜「神々の黄昏」約270分合
リヒヤルト・ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」の日本語版を作成せんとす。その第一夜「ワルキユーレ」より、主に地の文を補はんとする、その第二幕四場及び五場。「ワルキユーレ」地の文編第二幕四場ブリユンヒルデ、ほら穴より馬を引きて出で来たる、緩らかに厳かに、漸々と進み出づ、片手に盾と槍を持ち、片手を馬の首に添はせ、いかめしう、ジークムントを見遣りて、(ブリユンヒルデ)ジークムントよ矣。見よかし、我れを矣。爾はやがて、我が率ゐん身ぞ。(ジークムント)誰そや、もの
みなさんこんにちは😃本日ご紹介していくのは、山田一雄&新交響楽団vol.2です。収録されている曲目は非常に豪華で、シューベルトの交響曲第7(8)番「未完成」、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」、ワーグナーの楽劇「神々のたそがれ」より序奏、夜明けとジークフリートのラインへの旅、ジークフリートの葬送行進曲、ブリュンヒルデの自己犠牲と終末の音楽、マーラーの交響曲第3番と交響曲「大地の歌」です。vol.1ではマーラーの交響曲のみとなっていましたが、今回はどれも素晴らしいライヴばかり。「英雄」以外初出
こんばんは私の音楽一人旅前回まではワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」から第一夜「ワルキューレ」、能楽「羽衣」、歌舞伎「勧進帳」という西洋、ドイツの楽劇と日本の舞台芸能などを前回、前々回と2回に分けて鑑賞してきました今回は同じくワーグナーの楽劇「ニーベルングの指環」から第二夜「ジークフリート」と日本の舞台芸能の人形浄瑠璃「義経千本桜」と浪曲「石松三十石船道中」、詩吟「川中島」を休日を利用し、一気に鑑賞しましたワーグナーの楽劇と日本の舞台
NHKのBS放送でワーグナーの楽劇「指輪」4作品の連続放送、この日は「ジークフリート(Siegfried、全3幕」を自宅で観劇した、例によって1幕毎に山崎氏の本を読んで、すぐにテレビ録画を観るやり方で鑑賞した収録:1989年1989年11月19日・22日・23日バイエルン国立歌劇場(ミュンヘン)演出/ニコラウス・レーンホフ(独、1938-2015)音楽監督・指揮/ヴォルフガング・サヴァリッシュ管弦楽/バイエルン国立歌劇場管弦楽団ジークフリート/ルネ・コロブリュンヒルデ/
【ワグナー事件】1913年9月4日にドイツ、バーデン=ヴュルテンベルク州のミュールハウゼン村(現在はミュールアッカー市の一部)で発生した大量殺人事件。日本では、1938年5月21日、岡山県苫田郡で津山事件が発生した際、この事件と多くの共通点が指摘された。犯人のエルンスト・アウグスト・ワグナー(ErnstAugustWagner)は、1874年9月22日、バーデン=ヴュルテンベルク州のエグロスハイムという村で、貧農の家の10人中9番目の子として生まれた。父は飲酒好きでうぬぼれの強い性格
ベートーヴェン亡き後、19世紀半ば以降のドイツでは、ベートーヴェンが築きあげたものをどう受け継いでいくかという方針の違いにより、【保守派】と【革新派】のグループに分かれていった。【保守派】あくまでも、音楽そのものだけで音楽を成り立たせようと考えていたブラームスと、ヴァイオリニストで作曲家のヨアヒム。【革新派】それに対し、リストとワーグナーは、音楽に文学や物語の要素を持ち込むことで、新しい音楽の可能性を切り開こうとしていた。こんな対立構図になっていた19世紀後半のドイツの音楽シーンに
NHKのBS放送でワーグナー楽劇「指輪」4作品の連続上演、この日は「ラインの黄金」に続いて「ヴァルキューレ(DieWalküre、全3幕」」を自宅で観劇した収録:1989年11月11・12・14、12月2日バイエルン国立歌劇場(ミュンヘン)演出/ニコラウス・レーンホフ(独、1938-2015)音楽監督・指揮/ヴォルフガング・サヴァリッシュ管弦楽/バイエルン国立歌劇場管弦楽団(出演)ジークムント/ロベルト・シュンクジークリンデ/ユリア・ヴァラディフンディング/クルト・モ
ここに1本のビデオテープがある・・・(ドラマ「ラジエーションハウス風に」)もはや令和の現代人は使う事のない、アナログ式の磁気録画式機器のテープである。私の音楽一人旅前回は「越天楽」を始めとする雅楽を聴いてきました今回はこのビデオテープに1992年のテレビ放送を録画したワーグナー楽劇「ニーベルングの指環」から第一夜「ワルキューレ」を鑑賞しました私の記入によると、収録時間250分とあるので、約4時間を超える放送で当然通常録画は不可能3
日曜日、イベント仕事だったのですが微妙に鼻声💦月曜はお休みで、耳鼻科に行ったらお久しぶりの「副鼻腔炎」でした。高校生の時に、慢性化して受験終わったら手術の予定だったのですが、受験から解放されたらすっかり治って(若いってスゴイ✨)、でも、何かあると風邪ではなく副鼻腔炎になる体質。右足のヒビに続いて...たぶん、そういうタイミング。左足を骨折した時も、海から山へ変わる時でしたのでー。骨折よりは小さいけど、きっと何かが変化する⭐️調子良いアングルにある土星が逆行しているし、冥王星も海王星も逆行
プロソパイトは氷晶石、水晶、アパタイト、フローライトなどの他の鉱物の結晶を元の幾何学的形状を保ったまま置き換える仮晶(かしょう)として存在する。仮晶とは鉱物の結晶形が保たれたまま、中身が別の鉱物によって置き換わることで、本来はありえない外形をとる現象です。プロソパイトについて純粋なプロソパイトは無色ですが銅がインクルージョンとして含まれることが多く、トルコ石にとても似ていて混同されることがあります。ドイツのザクセン州アルテンベルクの錫鉱山から発見されました。
8月のBS放送「プレミアムシアター」はワーグナーの「ニーベルングの指輪」4作品を毎週順番に放送するすごいプログラムだった、「指輪」は長時間演奏なので敬遠していたが、勉強する格好のチャンスが巡ってきたと思った先ずは前夜祭「ラインの黄金(DasRheingold)」(全1幕)を観劇した収録:1989年11月1・7日バイエルン国立歌劇場(ミュンヘン)演出/ニコラウス・レーンホフ(独、1938-2015)音楽監督・指揮/ヴォルフガング・サヴァリッシュ管弦楽/バイエルン国立歌劇場
こんばんは私の音楽一人旅前回から西洋クラシック音楽から更に世界を拡げて「私の音楽一人旅」と、より広義な音楽への旅にスタート!昨日までは三枝成彰の音楽へ旅をしてさて、日本の音楽とはいったい何だろうか?と立ち止まって思案したところそれならばうんと遡って、「雅楽」を聴こう!という道筋に決まりました雅楽の音楽と楽器は中国大陸、朝鮮半島からうんと昔に伝来していますうんと昔、、、千数百年前くらいに奈良、平安時代を通じて舞踊を伴う音楽として、宮廷で整理、編成、伝承さ
何度聴いても素晴らしい!ではなく、何度も聴いてもタイトルから曲が浮かんでこない。有名な曲なのに。何十年も前から何度も聴いているはずなのに、耳を素通りしていく。YouTubeを観ていたら、これらの曲は官能的な曲なのだそう……︎『亡き王女のためのパヴァーヌ』は、フランスの作曲家モーリス・ラヴェルが1899年に作曲したピアノ曲、および1910年にラヴェル自身が編曲した管弦楽曲。ピアノ曲はパリ音楽院在学中に作曲した初期を代表する傑作であり、ラヴェルの代表曲の1つと言える。
ベートーヴェンというのは、社会オンチ、政治オンチとは正反対である。それが、1つの世渡り上手で、生き延びるための条件でもあろう。話しはそれますが、指揮者のフルトヴェングラーは、完璧なる社会オンチ、政治オンチと言われている。対して、カラヤンは、非常に社会情勢、政治情勢を読み解く能力があった。と言われている。ナチスがドイツ国民を大戦へと主導していく当時、ナチスの宣伝大臣ゲッベルスがフルトヴェングラーを、国家元帥ゲーリングが若きカラヤンを押して、ナチス内で
っきょうはそこから歩ったので、吉﨑理乃女史の棒、新日本響公演、済む、吉﨑女史の吉の字は下が長い字体のようだが、っこの入力フォームでは出ない、演目は、ヴァグナー《ジークフリート牧歌》、中間楽章をアンダンテ、スケルツォの順でマーラー《トラギッシェ》である、新日響は創立60周年を迎えられる老舗アマチュアとのことであるが、自由席で、開場10分後くらいに入場せると、1階も2階もかなりの埋まりぐあいであり、固定客も大勢いるのだろう、2階右翼バルコニーの何列でもよい左端部が慾しかったが、っすでにして綜て埋