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こんばんわ涼しくなってうれしい去年は11月まで暑くて暑くて汗だくだくだったと記憶今年は暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものです、いにしえの方ってことで9月も最終週先日ナガイさんのお宅へお邪魔した↓ご夫妻かわらずおしゃれでお元気ですナガイさんは7年前までJR芦屋の北口で「ギャルリーシャルグラン」をされてた↓2016年12月の写真より(「マチス展」の時)わたしはシャルグランが大好きで個展の時はいつも額装をお願いしてた次女の個展のときはすべての作品の額装を奥さんのタ
三輪修個展■会期:2026年9月16日(水)~9月25日(金)※9月21日(月)休廊11:00~18:00(最終日は16時閉廊)■会場:ギャラリー彩4Fギャラリー彩名古屋市中区錦3丁目25-1AYA栄ビル地下鉄栄駅下車6番出口前☎0529714997作家在廊日16日17日19日20日23日25日時間帯11時30分から15時30分在廊しますクリックして頂ければ幸いです↓にほんブログ村↓人気ブログランキング
昨日は豊田市美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」に行って来ました。30年ほど前に愛知県美術館でも開催されてて行ってきたけど、今回はお隣の豊田市開催ですよ。前売りでチケットも買ってるし、究極の安近短ではないか、ありがたいです。ワイエスの個展なんて豊田市は財力ある。先週のおいでんまつりの時も感じましたがトヨタの本社があるおかげか祭りの規模も大きく、来週ある安城の七夕祭りがかすむほど祭りへの協賛金が多いんだろう。ゲスな考えですな豊田のイオンの隣にあるカニ道楽の城以外にも美術館のとこ
こんにちは。お立ち寄りいただき、ありがとうございます。先週、『アンドリュー・ワイエス展』を見に行きました東京・愛知・大阪と巡回する回顧展、東京会場は終了しましたが、現在は豊田会場(愛知)で開催中、大阪は10/3(土)~です↓公式サイトはこちらアンドリュー・ワイエス展アンドリュー・ワイエス展の公式サイトです。2026年4月28日(火)~7月5日(日)まで、東京都美術館で開催。その後、2026年10月3日(土)~12月6日(日)まで、あべのハルカス美術館で開催。愛知県豊田市へ
楽しみにしていたアンドリュー・ワイエス展、初日に行ってきました!お昼過ぎから行って、混み具合はまあまあ。1つの絵を1人で見れることもあるし、数人のこともある、という感じでした。駐車場は並ばずに入れました。特に気に入ったのは「冷却小屋」「オルソーの家」「薄氷」で、独特の奥行きというか、自分がその場所に立っているかのような錯覚を覚える絵がいくつかあり、引き込まれるように見入ってしまいました。絵のモチーフが本当にそこらへんにあるもの(穀物袋なんかもあった)なのも面白くて、それでも見応えのある
東京都美術館開館100周年記念アンドリュー・ワイエス展東京都美術館2026年5月2日(土)アンドリュー・ワイエスの作品を初めて見た時の感動は忘れがたい。もう昔のことでヘルガをという女性を描いた作品群でした。女性の裸身をリアルに描ききる。皺の一本、毛の一本まで徹底的に。美化することなく。しかしその尊厳を穢すこともなく。とてつもなく神々しいものを見たという印象でした。日本にも超写実絵画のアーティストはいますがワイエスの作品に感じる深い哲学性を等しく感じる者はいません。対象との距離感が違う
ご紹介のご注文作品は、アンドリューワイエスーANDREWWYETHー「狩人」1980年制作技法:コロタイプサイズ:43.2×60.9㎝お客様にセレクト頂き、ご購入頂きました本作「狩人」は、ワイエス監修のもとコロタイプで制作されたました。ご本人の意向のもと他の技法ではなくコロタイプが一番、原画を忠実に表現できると考えたのではないのでしょうか原画(水彩画)は1975年~1976年に制作され、シカゴ美術館所蔵されています。
上野の東京都美術館で行われているアンドリューワイエス展ワイエスはなんとなく目にしたことはあるが、興味を持ったことはなかった。が、先日美の巨人たちでワイエスをとりあげた。ワイエスが20年描き続けてきたクリスティーナについて。アメリカのアートといえば、ポップアートキースへリングや、アンディウォーホール、リキテンスタインでも、このワイエスがアメリカの画家だと知って驚き、なんだか急に興味がわいた。金曜日は美術館は20時までやっているので、会社帰りに行ってきました
皆様こんにちはワイエス展の最終日に行きました。間に合った。思ったことは水彩、ドライブラシ、テンペラだ小さい画面にびっしり描いてるなやっぱホラーだな写真で見た通りだです大抵の展覧会では、画集と色合いが全然違うのですが、ワイエスの絵は画集の色合いそのままでした。油彩だと透明の厚塗り、重ね塗りで、ライティングによって色合いが変化すると思いますがワイエスの描き方だと多分そういう色の変化は無いのだと思います。印刷されて出版されるのが
アンドリュー・ワイエス教会(ÉGLISE)技法:コロタイプ刷りシートサイズ:710x520mm制作年:1970年刊行:ア-ロン・アシュレ-この作品は原画は1969年制作の水彩画でアリゾナ州立大学の教会へコレクタ-のO.B.ジェイムズ氏が寄贈したものです。アンドリュー・ワイエスは、生まれ育ったペンシルバニア州の風景を生涯を通じて描き続けた画家です。特別な場所ではなく、いつも見ている風景の中に静かな物語を見出す人でした。この作品でワイエスが描いてい
<京都四条>作家在廊予定7/4・7/2613~15時イノブン四条本店26年原画展2026年7月4日(土)~7月26日(日)会期中無休〒600-8002京都市下京区四条通河原町西入ル御旅町26TEL075-221-0854お近くにお越しの際は、お立ち寄りくださいね。INOBUN(イノブン)雑貨販売事業・住宅リフォーム事業等(京都・大阪・滋賀)www.inobun.co.jp著作権の関係上、一部を掲載させていただきます。
アメリカを代表する国民画家…と言われているそうです。でも私にとっては同時代…とまでは言いませんが、私が美術に興味を持ち始めた頃、現役で有名だった人。なので巨匠というより、ずっと親近感がある画家です。都美術館は相変わらず、大変な混みようでした。平日の雨模様というのに。企画が好みに合うのでしょうか。私も最近はほとんど都美術館ばかり行ってます。西洋美術館には随分行ってないなあ。ワイエス自身の人気も私の予想以上のようで、好きな画家なので何となく嬉しい。ミュエクと違って、ワイエスはかなりの作
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、《ヒトデ》の主観レビューをお届けします。印象的なのは、「窓」を通して人物を見ている構図です。室内の暗く静かな空間から、海の光へ視線が抜けていく。窓は単なる背景ではなく、内と外、孤独と世界、観察する者/される者を分ける境界として機能しています。窓の「あちら側」には、光が溢れ、どこまでも続く世界。対する「こちら側」は、制約された光しか入って来ず、広がりも無い。「あちら側」への憧れも感じられます。窓枠にあるヒトデ
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、《ゼラニウム》の主観レビューをお届けします。まず目を引くのは、「窓」というモチーフです。画面には古びた木造家屋の外壁が大きく広がり、その中央に小さな窓が切り取られています。窓の内側は暗く沈み、外の光との対比によって、見る者は自然に”内と外””生と静寂”の境界を意識させられます。水平線が目立ち、静かな生活を想起させます。窓の内側にはクリスティーナがおり、海側の窓から入る光で顔が照らされています。外と比べると影が
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、《花びら》の主観レビューをお届けします。画面を観察すると、主題は劇的な人物や事件ではありません。古い建物の壁、開いた小窓、木の幹、そして風に散る白い花びら。にも関わらず、画面全体に強い緊張感があります。窓が開いていることで、花の香りが入ってくるようです。また、外の世界と繋がることで、「生」のエネルギーが入ってきています。「あちら側の世界」への橋渡しになっています。建物そのものは重く、静止し、時間が堆積し
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、《ケネットの集会所》の主観レビューをお届けします。画面には、白い集会所が静かに佇み、手前には石垣や柵、冬枯れの地面が広がっています。人物は描かれていませんが、人の気配だけが残っているような静けさがあります。水平線が目立ち、静けさが強調されています。また、集会所横の木は生命力を失った冬の状態で地面も湿って冷たい。そして、色彩は白と黒が多い。このことから、死と祈りを感じさせます。その印象は、「劇的な死」では
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、《ハイ・スツール》の主観レビューをお届けします。画面を見ると、中央左に高いスツール、壁には吊られた白いパレット、床には立てかけられた額縁のような板が置かれています。人物は存在しませんが、光の入り方や物の配置によって、「今しがた誰かがいた」ような感覚が漂っています。この不在感が、作品全体に静かな喪失感を与えています。ワイエスは1980年代、老いや死を意識する時期に入っていましたし、長年のモデルや親しい人々の老い・死
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、《モデルの椅子》の主観レビューをお届けします。画面には人物そのものは描かれず、椅子に掛けられた白い衣服、そして右側の籠に盛られた卵だけが静かに置かれています。しかし、そこに「不在の人間」の気配が濃密に漂っている点が本作の核心です。「不在」と死の気配は、ワイエスがしばしば用いたものです。本作からは、ワイエスが経験した親しい人の死を表しているように思われます。水平線が強調されていることもそれを裏付けます。ワイ
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、アンドリュー・ワイエス(1969)《オルソン家の終焉》クリーブランド美術館の主観レビューをお届けします。本作で目を引くのは、人の不在です。画面には屋根、煙突、海、そして荒れた草地しかありません。しかし、この「誰もいない風景」こそが作品の核心です。右上の森や水面に影があり、太陽に照らされたオルソン家の明るさが際立ちます。煙突からは今にも煙が出てきそうです。しかし、この家の主は亡くなっており、終焉を迎えたの
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、アンドリュー・ワイエス(1947)《クリスティーナ・オルソン》マイクロン・クニン・コレクションの主観レビューをお届けします。黒い服を着たクリスティーナが、半開きの扉の内部に静かに座り、外の光景を見つめています。画面の大部分は暗い室内ですが、扉から差し込む強い光が彼女の横顔を照らしています。クリスティーナの視線により、外へと視線を誘導されます。重要なのは、外部空間が具体的にほとんど描かれていないことです。白く開
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、アンドリュー・ワイエス(1953)《オルソン家の納屋のツバメ》丸沼芸術の森蔵の主観レビューをお届けします。本作で印象的なのは、「暗い内部」と「窓から差し込む外光」の対比です。画面の大半は黒褐色の影に沈み、屋根裏の梁が斜めに交差しています。その中で、小さな窓だけが青白く発光するように浮かび上がっています。窓という境界を超えて、光とともに入ったツバメや葉には「生のエネルギー」が感じられます。室内に広がる光はまるで
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、アンドリュー・ワイエス(1947)《海からの風》習作丸沼芸術の森蔵の主観レビューをお届けします。本作で印象的なのは、窓辺を吹き抜ける”風”そのものが主題になっている点です。画面には人物が登場しませんが、薄いレースのカーテンが大きくはためくことで、「そこに誰かがいた気配」や、「海辺の家に流れる時間」が強く感じられます。室内は暗く、窓から入る光によって照らされています。つまり、窓は光源になっており、「生」エネルギ
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、アンドリュー・ワイエス(1976)《松ぼっくり男爵》福島県立美術館蔵の主観レビューをお届けします。画面中央に古い鉄兜が置かれ、その中に大量の松ぼっくりが入っています。周囲には赤茶けた松葉が積もり、冬へ向かう空気感が漂っています。松ぼっくりは一般に、種子を守るもの、繁殖・循環、生命の継承を連想させるモチーフです。しかも本作では、鉄兜の中に入っています。鉄兜は本来「戦争」や「死」に関係するものですが、その内部に生
東京都美術館で開催中の、「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、アンドリュー・ワイエス(1964)《ブルーベリーのバケツ》ユニマットグループの主観レビューをお届けします。本作は、画面右側の白い棚の上に置かれた金属製のバケツ、その中のブルーベリー、そして左側の窓だけで構成されています。構図は簡素ですが、その分、物の質感や空気感が強調されています。ブルーベリーの入ったバケツは、窓から入る光に照らされているため、室内でも明るく、「生」のエネルギーが溢れています。これは、ブルーベ
東京都美術館の『アンドリュー・ワイエス』展に行ってきました。日曜日の昼時に行ったのですが、お客さんの入りはそこまで多くはありませんでした。↑展覧会の様子、2階の撮影可能エリア展示していた作品の内容としては、残念ながらワイエスの代表作「クリスティーナの世界」はありませんでした。ただ、ワイエスの二十代から九十代までの幅広い世代の作品がありました。二十代のワイエス二十代の時(1940年代)の作品には、若いワイエスの自画像や、知人の女性の絵がありまし
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、アンドリュー・ワイエス(1975)《火打ち石》個人蔵の主観レビューをお届けします。本作は、ワイエスらしい「静かな不穏さ」が極限まで凝縮されており、巨大な岩だけが荒涼とした斜面に置かれています。人物も物語も明示されませんが、見る者に強い心理的緊張を与えます。巨石の前にカモメが残していったエビの殻などが描かれています。生命はいつか朽ち果てるということでしょうか。画面の斜線がそのことを補強しています。一方、巨
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、アンドリュー・ワイエス(1947)《スプール・ベッド》ホイットニー美術館蔵の主観レビューをお届けします。本作で印象的なのは、「光」と「闇」の強烈な対比です。左の窓から入る白い光が、室内を斜めに切り裂くように広がる一方、部屋の大半は黒褐色の影に沈んでいます。静かな午後の空気、誰かが去った後の気配、時間が止まったような感覚が漂います。ベッドは死を連想させることから、窓外の不変と、室内の滅びゆく者との対比が出来ます。
入手困難なアンドレイ・タルコフスキーによるポラロイド写真集『インスタント・ライト』(60点以上掲載)の評論で、アンドリュー・ワイエスとの親和性について語られたものがあり、とても気になりました。ちょうど今、東京都美術館でアンドリュー・ワイエス展をやっているでタイムリー。まだ展示は観に行けてないのですが、アンドリュー・ワイエスの画集を入手。「薄氷」は、唸り声をあげるほど感動しました。「霧の中のオルソンの家」「オルソンの家」「カーナー家の夕暮れ」「粉挽き小屋」といった、家がうつる風景画に
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、アンドリュー・ワイエス(1944)《クリスマスの朝》マイロン・クニン・コレクションの主観レビューをお届けします。丘陵地帯に一人の人物が横たわっています。人物は顔をこちらに見せず、白い布で頭を覆っているようにも見えるため、生者なのか夢見る人なのか、あるいは死や眠りの象徴なのか判然としません。ワイエス特有の「説明しすぎない」構図によって、観る者は物語を想像することになります。本作は、知人の女性が亡くなったことを知り
東京都美術館で開催中の「アンドリュー・ワイエス展」でこれは、と思う作品、アンドリュー・ワイエス(1967)《スィープ》フリント美術館蔵の主観レビューをお届けします。画面を見ると、荒涼とした石垣、低く広がる空、黒々とした木立、そして石垣に置かれた一本の長いオールが目に入ります。題名の”Sweep”はここではオールや長い竿を指しています。石垣が斜線を作っています。石垣そのものは本来「安定」「境界」「防御」を象徴する建造物です。しかし本作では、完全な水平ではなく、微妙に傾斜しながら画面