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箱根登山鉄道の3線区間入生田駅構内に進入します『箱根登山鉄道1000形ベルリナ号で大平台駅から箱根湯本駅へ』1000形ベルリナ号がやってきました『箱根登山鉄道大平台駅③待望の旧型車100形を迎え撃ちます』100形が強羅方面に出発!『箱根登山鉄道大平台駅②…ameblo.jp箱根湯本駅で小田急1000系普通電車に乗り換え小田原駅を目指します。箱根湯本駅から小田原駅までは箱根登山鉄道の路線ですが、小田急線からの乗り入れ列車受け入れのため3線区間となっていました。2006年に原
「目で見る甲府の100年」から引用警察署前駅とボロ電と甲府郵便局【2026.6.22撮影】甲府警察署東交差点を南から撮影ここを路面電車が走っていたと言っても、ウソでしょ、と言われかねないくらい痕跡は見当たらないどこかにあったら、教えてくれる?そこの街ゆく人。ストリートビュー·GoogleマップGoogleマップでより臨場感の高い方法で探索しましょう。maps.app.goo.gl
駅前駅前、駅周辺は住宅地で、近くに駅名の由来ともなった県立日高高等学校・附属中学校があります。その他、病院も徒歩圏内にありますが、鉄道利用者は少ないようです。駅名標紀州鉄道では、この学門駅の「入場券(硬券)」が人気らしいです。お守り代わりに購入して、財布や手帳に入れて持ち歩いてはいかがでしょうか。隣駅の紀伊御坊駅で購入可能です。駅間が短いので、学門駅で下車し、徒歩5分程で紀伊御坊駅へ行く事が可能です。時刻表上下線ともに1時間に1本程度の運行頻度です。西御坊駅方面ホームの端
YouTube新作4本アップロードしましたお陰様をもちまして全8本の二週間の総再生回数3万回を達成しました本物のランプの温泉宿失われたローカル私鉄1失われたローカル私鉄2失われたローカル私鉄3
「青春18きっぷ」で飾磨港線、鍛冶屋線、北条線、三木線を乗車し、加古川駅には高砂行きの2両編成が乗り換え待ちでした。(1983.3.17山陽本線加古川駅構内)加古川から15分で終点高砂に到着、5分後の折り返し列車で加古川へ戻りました。平凡な風景に全く記憶が無いものの、野口駅で接続する別府鉄道の気動車が車窓から見え、キハ20の窓を開けて1枚だけ撮れたのが収穫でした。(1983.3.17別府鉄道野口駅構内)
1000形ベルリナ号がやってきました『箱根登山鉄道大平台駅③待望の旧型車100形を迎え撃ちます』100形が強羅方面に出発!『箱根登山鉄道大平台駅②行き交う2000形サン・モリッツ号たち』大平台駅で2000形同士が駅に同時進入中『箱根登山鉄道大平…ameblo.jp100形を見送り、帰宅の途につきます。次にやってきたのは1000形ベルリナ号。ながらく100形などの旧型車が活躍していた箱根登山鉄道に昭和59年導入された車両です。大平台駅に進入折り返しまでの間しばし休
地獄の6月に私は、初めて青森県を訪問しました。弘前に行くなら、桜の時期が良いと言われております。が、その時は桜のシーズンでもなく、地獄の6月に確実に有給休暇を!との意味で得た「シルバーウィーク(4連休)」でしたので、弘南鉄道だけを目当てに行きました。大鰐線の終着駅、大鰐駅。JR東日本奥羽線、大鰐温泉駅の横にある駅です。この駅では、大鰐線の運行休止までのカウントダウンが掲げられております。2027年度末をもって、大鰐線は運行休止となります。この時点では、あと654日。大鰐線
100形が強羅方面に出発!『箱根登山鉄道大平台駅②行き交う2000形サン・モリッツ号たち』大平台駅で2000形同士が駅に同時進入中『箱根登山鉄道大平台駅①いきなり遭遇した旧型の100形編成』箱根登山鉄道大平台駅いきなり遭遇した100形が坂…ameblo.jp2000形サン・モリッツ号が一通りでは入りしたのち、大平台駅にはひと時の静寂が訪れました。そして、再度電車が行き交う時間帯になります。強羅方から3000形・3100形アレグラ号が下りてきます。3000形系列は2014年か
地獄の6月に私は、初めて青森県を訪問しました。弘前に行くなら、桜の時期が良いと言われております。が、その時は桜のシーズンでもなく、地獄の6月に確実に有給休暇を!との意味で得た「シルバーウィーク(4連休)」でしたので、弘南鉄道だけを目当てに行きました。こんどは大鰐線の始発駅、中央弘前駅。レトロ感満点の駅です。弘南線、奥羽線の弘前駅からかなり離れており、歩くと30分くらいかかります。バスがありますが「中央弘前駅前」というバス停がないため、非常にわかりにくい。同じ「中央◯◯」の「中
今年5月に訪れたばかりの小湊鉄道が先週発生した水害で数十か所が寸断されて全く復旧の目途が立っていないそうです。JR各社でも長期間不通によりついに廃線に追い込まれた線区があるので、先行きがとても案じられます。小生が初めて見参したのは2000年代初頭で、それまで国鉄・JR一辺倒からようやくローカル私鉄の魅力に目覚めた頃でした。当時走っていたのはキハ200だけで桜や菜の花の有名スポットに行っても近年のように同業者や観光客が群がることはなく、真にのんびりムードでした。恐らく沿線で一
大平台駅で2000形同士が駅に同時進入中『箱根登山鉄道大平台駅①いきなり遭遇した旧型の100形編成』箱根登山鉄道大平台駅いきなり遭遇した100形が坂を下りていきます『まもなく見納め?箱根十国峠パノラマケーブルカー乗車②』箱根十国峠パノラマケーブル…ameblo.jp前回同様、大平台駅にて電車を眺めます。2000形サン・モリッツ号が下ってきました。大平台駅では駅進入時はそのまま直進となります。2000形2003号が駅進入中、麓側から2000形2001号が同時に駅進入し
VLOG73作目です。2026年8月。三重県桑名市から三岐鉄道北勢線に乗車してきました。全国的にも珍しい762ミリのナローゲージ。そして非冷房車。少しクセの強いローカル私鉄を体験できました。
箱根登山鉄道大平台駅いきなり遭遇した100形が坂を下りていきます『まもなく見納め?箱根十国峠パノラマケーブルカー乗車②』箱根十国峠パノラマケーブルカーをふもとから見てみます『まもなく見納め?箱根十国峠パノラマケーブルカー乗車①』箱根十国峠パノラマケーブルカーに乗車『…ameblo.jp注意:ここからの記事で箱根登山鉄道と記載がありますが、現在の社名は小田急箱根、路線は箱根登山電車と呼称されています。便宜上、箱根登山鉄道と記載しております。芦ノ湖からは小田原方面に
地獄の6月に私は、初めて青森県を訪問しました。弘前に行くなら、桜の時期が良いと言われております。が、その時は桜のシーズンでもなく、地獄の6月に確実に有給休暇を!との意味で得た「シルバーウィーク(4連休)」でしたので、弘南鉄道だけを目当てに行きました。弘南鉄道の営業列車はすべて、東京急行電鉄(東急)出身の初代7000です。初代7000は車体が18mと小ぶりであることから、全国各地の地方私鉄で引く手あまたの車両です。そのうち弘南鉄道の7000は、中間車改造以外の車両や、ワンマン運
長野県北に路線を広げる長野電鉄は1922年屋代-須坂間が開業した河東鉄道が発祥。その後順次路線拡張し、1926年長野電鉄に社名変更。権堂-須坂間が長野線、屋代-須坂-信州中野-木島間が河東線となりました。翌年山之内線湯田中-信州中野が、1928年権東-長野駅が開業して最盛期の路線が全通しました。その後国鉄乗り入れ、特急列車運転、長野線地下化を実施。2002年河東線信州中野駅-木島駅間(通称:木島線)が、2012年屋代-須坂間の廃止で現存の路線となりました。訪問は1972年、河東線も健在で
箱根十国峠パノラマケーブルカーをふもとから見てみます『まもなく見納め?箱根十国峠パノラマケーブルカー乗車①』箱根十国峠パノラマケーブルカーに乗車『伊豆箱根鉄道大雄山線完乗東海道線で熱海駅へ向かいます』東海道線根布川駅付近で海が見えました『伊豆箱根鉄道大雄山線…ameblo.jp十石峠山頂の様子です。山頂にはケーブルカー駅舎の上に建物が設置されておりカフェとして使われていました。その外は展望デッキになっています。なお、ワンちゃんも乗車できるようで複数のワンちゃんも見かけ
18時17分、この日の最終列車が盛駅に到着。旅客輸送の廃止を控え、元.夕張鉄道のキハ301が充当されたため、最終列車には同業者がチラホラ。停車中のキハ301に、同業者が一斉にカメラを向けました。皆ひと通り撮り終えると、運転士が再び運転席に着席し、前照灯を点灯して入庫待ち。おそらくは、降車終了と同時に入庫するところを、写真を撮り終えるまで待機してくれたのでしょう。
高松琴平電鉄は香川県内に、琴平線(高松築港駅-琴電琴平駅)、長尾線(瓦町駅-長尾駅)、志度線(瓦町駅-琴電志度駅)の3路線を営業する地方鉄道です。愛称は「ことでん」。沿革はそれぞれ異なった鉄道会社でしたが、1943年の戦時事業統合で合併し高松琴平電鉄となりました。2000年代には瓦町駅ビルに関しての債務保証が原因で経営困難に陥り民事再生法を適用、経営陣を一新して再生し現在に至ります。軌間は四国内唯一の1,435mm、600V現在だった長尾線と志度線も昇圧され全線1,500Vの電気鉄道にな
箱根十国峠パノラマケーブルカーに乗車『伊豆箱根鉄道大雄山線完乗東海道線で熱海駅へ向かいます』東海道線根布川駅付近で海が見えました『伊豆箱根鉄道大雄山線緑町駅の急カーブを行き交う電車』伊豆箱根鉄道大雄山線緑町駅付近の急カーブを行くの5000系電車…ameblo.jp東海道線で熱海駅まで来ました。普通列車にもかかわらず大勢の観光客が下車。夏休みとはいえ平日なのに、熱海は手ごろに電車で行ける観光地として大いににぎわっています。駅前にあるバスロータリーで伊豆箱根バス・元箱根行に乗
開発駅に到着、ホーム上にある待合室が気になる存在でした。(2025.6.25富山地方鉄道開発駅構内)住宅地に佇む古色蒼然とした駅舎、線路跡に植栽された草花•••かつては2面4線の広々とした構内で、線路が撤去された側の夏草が雨に映える。にわかに雨脚が強くなり、次の下り列車までの40分をホーム待合室で待機。まだ朝7時台なのに、既に通学時間帯を終えたようでした。
茨城交通湊線は国鉄勝田駅-那珂湊-阿字ヶ浦14.3kmの非電化路線です。1913年湊鉄道として勝田-那珂湊、1924年那珂湊-磯崎、1928年磯崎-阿字ヶ浦開業。1944年戦時統合により茨城交通湊線となりました。2005年経営悪化により廃線を表明、紆余曲折を経て2008年、茨城交通から新設分割により発足した三セクひたちなか海浜鉄道に移管し現在に至ります。2020年には阿字ヶ浦駅-国営ひたち海浜公園西口付近間の延伸事業について、国土交通省に事業許可申請を提出し2021年認可、2031年の開
地獄の6月に私は、初めて青森県を訪問しました。弘前に行くなら、桜の時期が良いと言われております。が、その時は桜のシーズンでもなく、地獄の6月に確実に有給休暇を!との意味で得た「シルバーウィーク(4連休)」でしたので、弘南鉄道だけを目当てに行きました。弘南線に乗車し、黒石駅に。もちろん、翌年には「黒」がつく駅シリーズとして再度紹介します。黒石駅弘南線の黒石駅も、列車の発車5分前になるまではホームに入れません。ここでも、本来の形の「改札」をおこなっているためです。改札開
【2019.12.20撮影】6000系開業90周年記念列車金色で高級感ありますね。ホームの丸いランプも良い雰囲気です。
加悦鉄道の沿革は、国鉄宮津線丹後山田-加悦間5.7kmが1926年開業。当初は沿線の特産品である丹後ちりめんを京阪神地区に輸送することを主目的としていましたが、加悦駅の南西にある大江山でニッケルの採掘が開始されたため、1940年に大江山ニッケル鉱山への貨物専用線が、1942年には丹後山田駅から北東の岩滝町にある精錬所(日本冶金工業大江山製造所)への専用線もそれぞれ開通しました。かつては貨客輸送両面に大きな役割を果たしましたが、自家用車の普及による地元住民の利用減少とニッケル鉱石輸送の終了に伴
東海道線根布川駅付近で海が見えました『伊豆箱根鉄道大雄山線緑町駅の急カーブを行き交う電車』伊豆箱根鉄道大雄山線緑町駅付近の急カーブを行くの5000系電車『伊豆箱根鉄道大雄山線大雄山駅から緑町駅へ移動』伊豆箱根鉄道大雄山線の5000系電車『大雄…ameblo.jp伊豆箱根鉄道大雄山線で緑町駅から小田原駅までやってきました。これで大雄山線および伊豆箱根鉄道は完乗となります。Y字状の古レールを使用したホーム上屋。列車は交互に発車するため両側に電車が停まっています。大雄山線は
大雄山線は1925年大雄山鉄道として開業、道了尊で有名な最乗寺への参詣客運搬が目的でした。1933年に西部系傘下に、1941年に駿豆鉄道に吸収合併され、1957年には改称して伊豆箱根鉄道大雄山線となりました。1976年11月架線電圧を600Vから1500Vに昇圧を期に車両近代化が行われ、1984年初の新造車5000系も投入、現在に至ります。開業100年を迎え減便や運賃改定など経営努力を行いつつも、鉄道部門単体では年間5000万円強の赤字計上が続き、一層の経営改善が望まれる状況です。訪問は
北炭真谷地専用鉄道に続いて同会社の北海道炭礦汽船夕張鉄道のご紹介です。同線は国鉄函館本線野幌から室蘭本線栗山を経由、新夕張(のちの夕張本町)に至る53.2kmの炭鉱鉄道です。石炭輸送が主目的でしたが旅客列車も運行しており、大型気動車も保有して旅客輸送にあたっていました。北海道の雄大な自然を背景に煙を上げる大型のSL列車や気動車は、多くのファンを魅了しました。時代の変遷で石炭産業の斜陽化に伴い夕張鉄道は1971年から順次営業を縮小、1975年4月には全線廃止となりました。私が訪問した
伊豆箱根鉄道大雄山線緑町駅付近の急カーブを行くの5000系電車『伊豆箱根鉄道大雄山線大雄山駅から緑町駅へ移動』伊豆箱根鉄道大雄山線の5000系電車『大雄山最乗寺参拝を終えて伊豆箱根鉄道大雄山駅を観察』伊豆箱根鉄道大雄山線大雄山駅に列車が進入してきます『大雄山最乗…ameblo.jp伊豆箱根鉄道大雄山線緑町駅で下車。小田原方へ去っていく電車を見送ります。緑町駅は1面1線の無人駅。JR線のすぐそばに設置されています。小田原駅までは1kmもなく、列車が発車する様子がうかがえ
*パーキンソンの病状が進んでいよいよキーボード操作がおぼつかなくなってきたので、リハビリも兼ねてできる限り記事をアップしようと思います。炭鉱と夕張メロン、財政破綻でその名を知られる夕張市と室蘭本線追分駅を結ぶ夕張線(現:石勝線)からは幾つかの炭鉱鉄道路線が分岐していました。ここにご紹介するのはその中でも最後までSLが活躍していた北海道炭礦汽船真谷地炭鉱専用鉄道(沼ノ沢駅-真谷地炭鉱4.4km)です。石炭輸送が主目的でしたが1966年まで旅客列車も運行していました。北海道の雄大な自然を背景
伊豆箱根鉄道大雄山線の5000系電車『大雄山最乗寺参拝を終えて伊豆箱根鉄道大雄山駅を観察』伊豆箱根鉄道大雄山線大雄山駅に列車が進入してきます『大雄山最乗寺訪問②大雄山最乗寺を参拝』大雄山最乗寺結界門から境内と天狗の銅像をみます『大雄山最乗…ameblo.jp大雄山駅で伊豆箱根鉄道大雄山線に乗車します。伊豆箱根鉄道は言わずと知れた伊豆と箱根地区を中心に鉄道やバスなどの事業の他、観光や不動産業などを行う西武グループの会社です。鉄道事業は小田原近郊を走る大雄山線と伊豆半島西部