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『ちょこっと雑学』[[昭和の時代にこんな事が?]]ICカード乗車券が主流となった今では、駅の改札口といえば「自動改札機」が当たり前の光景となった昨今。改札口に駅員さんが立って“カチカチ”と音を鳴らしながら“切符”にハサミを入れていた光景を、見たことがないという人もいる時代になってしまった。いまでもローカル私鉄のなかには、このハサミを使用している路線もあり、昭和の改札風景もまだまだ健在だ。自動改札機が多くの鉄道で取り入れられるようになったのは、昭和から平成に時代が移り変わったころのこと。当時
1352)『1352)茨城の消えたローカル私鉄(16)3回目の日立電鉄-2営団2000系の初日運行を追う』1351)『1351)茨城の消えたローカル私鉄(15)3回目の日立電鉄-1営団2000系の初日に大失敗』1330)『1330)茨城の消えたローカル…ameblo.jpの続きです。1991(H3).11.26の日立電鉄。大橋~茂宮間の原っぱのあと久慈浜駅脇の検修所を見に行く前に川中子、茂宮、南高野あたりの田園地帯をうろうろ。だんだん1両編成が増え
1351)『1351)茨城の消えたローカル私鉄(15)3回目の日立電鉄-1営団2000系の初日に大失敗』1330)『1330)茨城の消えたローカル私鉄(12)日立電鉄-6➡常磐線旧客やすらぎへ単行の日立電鉄から』1329)『1329)茨城の消えたローカ…ameblo.jpの続きです。大橋の架道橋で4両編成をカメラの電圧降下で撮り逃すというくやしい思いをしたので、いっそ場所を変えることにしました。10レの大橋駅停車中に急いで追い越して大橋~茂宮間の原っぱ
撮影日20226.1.2撮影場所各写真に記載鹿児島本線基山駅を起点とする第三セクター・甘木鉄道は近年LE-DCタイプの液体式ディーゼルカーで運行されていましたが、導入開始から25年以上経ち遂に三セクでは初となる電気式気動車ARe500形に全車置換が決まりました。実際の運行開始は4月以降との事で、開業以来使われてきた液体式気動車は見納めとなると共にいよいよ三セクにも電気式の時代がやって来た事になります。尚4年前にも訪問し、その際に多くの車両を撮影して
今年もこの時期がやって来ました。毎年恒例のマキノ町の清水の桜を。今が見頃の清水の桜です。ここから直ぐ近くの海津大崎は渋滞で進まなそうなのでヨーロッパ軒でカツ丼を。その後は湖岸道路で帰宅してバイクで地元のローカル私鉄の近江鉄道へ。風が吹くと花弁が舞い散りはじめてそろそろ終了な感じでしたよ。
撮影日2025.1.31撮影場所四日市あすなろう鉄道内部線日永駅前回の記事に続き、日本では貴重なナローゲージの四日市あすなろう鉄道の記事の最終回です。今回は途中訪れたジャンクションの日永駅を紹介します。こじんまりな駅は小綺麗で小宇宙を感じました。(一枚目)・日永駅の駅舎です。1912年の開業で、平屋のしっかりとした駅舎が設置されています。「あすなろう中央緑地駅」という愛称が有ります。現在は無人駅ですが窓口の跡が有ります。券売機とICカードの
撮影日2025.1.31撮影場所四日市あすなろう鉄道内部線日永駅(1・2・4枚目は西日野駅)前回の記事に続き、日本では貴重なナローゲージの四日市あすなろう鉄道の記事です。今回は一駅しかない八王子線を往復乗車した後、分岐駅の日永駅で撮影を行った際の記事です。(一枚目)・西日野駅で四日市駅へ向け折り返し中のモ264です。1982年近畿車輛製で2018年にリニューアルされています。前ドア後部には「なろうグリーン」なる愛称とイラストが貼られています。
当日、南部縦貫鉄道への日帰り撮影行でした。早朝、東京駅から新幹線「やまびこ」で盛岡へ、このまま東北本線で野辺地駅に向かっても、午前中の2往復は撮れず。思案の末、東北本線千曳駅から、南部縦貫鉄道の沿線まで歩きました。歩くこと20分、南部縦貫鉄道の踏切が見え、この地点で上り野辺地行きを撮影。その後、折り返し列車を西千曳駅ホームで待ちました。40分後、七戸行き下り列車が姿を現わしました。背後に見えるのは旧.西千曳駅跡で、国鉄時代の長大ホームと駅舎が残されていました。構内側線へと続く線路も
撮影日2025.1.31撮影場所各写真に記載前回の記事に続き、日本では貴重なナローゲージの四日市あすなろう鉄道の記事です。今回は一駅しかない上に線名と駅名が一致しない八王子線を乗車した際の記事です。(一枚目)・内部線と八王子線の分岐駅、日永駅です。当駅については別途紹介予定ですが、島式の2・3番線ホームは分岐に合わせて三角形になっており、特にこの八王子方面の3番線はカーブが大きく車両間の隙間も大きくなっており、電車の裾がカットされているのもこの為です。ホ
撮影日2025.1.31撮影場所各写真に記載前回の記事に続き、日本では貴重なナローゲージの四日市あすなろう鉄道を紹介します。今回は始発の四日市駅から内部駅まで乗車した際の記事を掲載します。(一枚目)・駅の外側から見たあすなろう四日市駅です。立派な駅ビルの有る近鉄四日市駅の高架下に設けられており、改札は独立しています。尚古くは国鉄四日市駅まで伸びていましたが、後にその区間は近鉄四日市線となりました(現在は経路変更で廃止)。又同じく四日市駅から分岐する湯の山線
撮影日2025.1.31撮影場所四日市あすなろう鉄道内部線内部行き車内(1枚目はあすなろう四日市駅)前回の記事に続き、今回も日本では貴重なナローゲージの四日市あすなろう鉄道を紹介します。今回は乗車した260系リニューアル車の車内です。(一枚目)・こちらは乗車したク165の車内です。こちらのサボ代わりのHMは「四日市⇔内部」になっており、HMは1枚だけの設置でした。四日市発の電車も学生が多く、途中追分駅まで高校生で混んでいました。(二枚目)
撮影日2025.1.31撮影場所四日市あすなろう鉄道内部線あすなろう四日市駅前回までの昨年冬の中部旅行の記事の続きで、いよいよ行程は最終日となりました。この日は日本で僅かとなった762㎜の軽便鉄道の一つ、四日市あすなろう鉄道を完乗し、快速「みえ」のキハ75形に乗車し戻る行程でした。それではまず最初の目的・四日市あすなろう鉄道に乗車します。(一枚目)・近鉄四日市駅を降り、あすなろう鉄道のホームを訪れました。近鉄の駅は高架ですが、その下に隠れる様に小さな島式1
撮影日2025.1.30撮影場所三岐鉄道三岐線東藤原駅付近前回までの記事の続きで、今回は東藤原駅構内で撮影したED45形電気機関車の写真を掲載します。雪が降る中でしたが、重厚な電気機関車達が行き交う姿にはとても心惹かれるものが有りました。(一枚目)・東藤原駅ホームの隣、211系が並ぶ側線をED45形の重連が唸り音を立て走っていました。機関車だけの組成です。2両ともパンタグラフを上げていますが、各車両とも1基だけ使用していました。いずれも車齢60年超の古
まだ全区間(白山前〜燕)が健在だった頃、東関屋車庫を訪れていました。木造の検修区に数本の留置線など、車両数と比べて(古いながらも)広々としていました。クハ37は、国鉄キハ04形気動車を電車に改造した変わり種で、正面2枚窓の前面が鹿島鉄道のキハ410形と瓜二つでした。電動貨車のモワ51、当時の新潟交通に現存した唯一の自社発注車両で、冬季に除雪車を推す以外の仕事は無く、広々とした構内にポツンと佇む姿が印象的!車庫の裏手には狭い公道が続いており、電車を観察するのに適した場所でした。
撮影日2025.1.30撮影場所各写真に記載前回までの記事に続き、今回から昨年冬の旅行の目的地の一つ・三岐鉄道三岐線の記事を掲載して行きます。三岐線はJR関西本線富田駅~西藤原駅間及び近鉄富田駅~三岐朝明信号場間の延長27.6kmの電化私鉄で軌間は1067㎜となっています。全区間単線で自動閉塞方式となっています。現在旅客列車は近鉄富田駅発着のみですが、貨物列車はJR富田駅発着となっており、現在私鉄では珍しく貨物扱いを行っています。同線の歴史は1931年に
都営地下鉄の65年の歴史で、6000形は他社に払下げられた唯一の車両。秩父鉄道では使い勝手が良いのか、事故廃車の1編成を除いて全編成が健在で、都営での在籍期間を優に超えています。東武東上線との相互乗入れを前提に製造されたので、東武8000系をステンレス化したような顔つき。上部に急行灯があるのも、その経緯が偲ばれますね。熊本電鉄のようなローカル私鉄が20m車両を譲り受けるのは珍しく、しかも併用軌道区間を走るのに魅せられます。ただ、残念ながら廃車が進み、昨年の熊本訪問の折りは運用に就いていま
旅とグルメと温泉を愛するあまのじゃくです。お引き立て戴きありがとうございます。当ブログは週末中心の不定期更新とさせて戴いております。是非気楽にお付き合い下さい。なお、更新頻度は時期等により大きく変わります(月平均10~12回程度更新)。仕事上や体調面等に加えアプリの不具合による投稿不能が頻発しており、突然急に更新間隔が開いてしまう事もありますが、お許し下さい。当ブログ又はFacebook・Twitter(現X)をフォローして戴ければ最新記事をお読み戴けます。当
中学生の頃、広田尚敬さん撮影の山渓カラーガイド「日本の私鉄1」の表紙を飾った、本銚子駅近くの跨線歩道橋から撮ったデハ201が記憶に残っています。(2009.8.1銚子電鉄本銚子駅付近)広田さんが撮った頃には低かった木々が成長し、鬱蒼と茂る森林に様変わり・・もちろん、車両も随分と変わってしまいました。(2009.8.1銚子電鉄本銚子駅付近)1ヶ月後、性懲りも無く再びやって来ました。ラッピングに包まれたデハ1001も正面から撮ると、なかなか良い感じ!(2009.9.19銚子
日没が近づいた頃、富山軌道線の南富山に来ました。併用軌道を外れ、ホームへと続くコンクリート製軌条が良い味出してします。駅舎上にある誇らしげな「研修センター」の看板がいいですね。富山地鉄は地方私鉄では珍しく、自前の「動力車操縦者養成所」があるは自慢できます。ただ、新規採用に対し「卒業予定の高校生の応募がゼロ」とのネットニュースを見て、いささか複雑中な気持ち・・・帰路、富山駅前ですれ違ったのがオリジナル塗装の7018号、この車両を南富山駅で見たかったなぁ・・
撮影日2025.1.29撮影場所近江鉄道本線彦根駅付近※立ち入り可能場所から撮影前回に続き昨年1月に乗車した近江鉄道の記事です。近江鉄道に乗るのは5年振りでしたが、徐々に車両の代替が進んでいました。今回は車庫が有る彦根駅で撮影した写真を紹介します。かつて彦根の車庫には廃車やら休車やら改造待ちの車両やらが潜み、超古典電気機関車やレールバス等もいて恐ろしい「魔境」でした。今では大分整理されましたが、それでもまだまだ面白い車両がいます。尚こちらの記事でも
撮影日2025.1.29撮影場所近江鉄道彦根行きワンマン普通列車車内前回に続き昨年1月に乗車した近江鉄道の記事です。今回は1本だけの存在、900形「あかね号」の車内を紹介します。近江ではこの車両しか存在しない設備が有ります。(一枚目)・こちらはモハ901の車内です。基本的にロングシートで、独特な形状の座席が目を惹きます。西武時代とは大きく変わっておらず、壁はクリーム系で床はグレーとなっています。荷棚は金網タイプで袖仕切りと一体型となっています。袖仕切りは
撮影日2025.1.29撮影場所近江鉄道本線米原駅付近前回に続き昨年1月の中部旅行の記事の続きです。311系の名残乗車を行った後、今度は久々の近江鉄道に乗車する事にしました。短時間ですが近年譲渡された300系(元西武3000系)や当時搬入されたばかりの200系(元西武2000系)を見る為で、米原駅から彦根駅まで往復しました。(一枚目)・近江鉄道の列車の出発まで時間が有った為、近くの鉄道総合技術研究所の保存車達を少し拝みに行きました。これらの車両達の成果を
昨年の秋、久しぶりに銚子電鉄を訪れました。仲ノ町駅構内は、今も昔も変わらぬ佇まい。さすがに、40年前と比べれば車両は一新されていますが・・(2025.9.18銚子電鉄仲ノ町駅)40年前、ビューゲル装着のデハ301が運用に就いていました。デハ301は元.鶴見臨港鉄道のいわゆる「買収国電」、銚子では15m3ドアの大型車両でしたので、重宝がられたのでしょう。デハ301は直接制御で、運転台にダイレクトコントローラーが鎮座していました。計器類は圧力計1基のみで、路面電車然とした運転台が印
1339)『1339)岐阜の消えたローカル私鉄線(3)名鉄揖斐線黒野モ510形転線~入庫と750形770形』1338)『1338)岐阜の消えたローカル私鉄線(2)名鉄揖斐線・樽見鉄道の客レ・黒野』1337)『1337)岐阜の消えたローカル私鉄線区(1)名…ameblo.jpの続きです。1988(S63).9.6訪問名鉄揖斐線と谷汲線の分岐駅-黒野から谷汲線の谷汲行きに乗り、終点-谷汲まで乗り通しました。黒野9:52発→10:17谷汲着モ755。地方都市
撮影日2025.11.2撮影場所各写真に記載前回に続き昨年末に訪問した紀州鉄道の記事です。古い家並が残る御坊の街を抜け、西御坊駅から紀伊御坊駅まで歩き帰りの列車に乗車しました。(一枚目)・紀州鉄道の主要駅、紀伊御坊駅の駅舎です。当駅は1931年に当初の終着駅として開業し、当初は御坊町駅と名乗っていました。1932年に松原口(→西御坊駅)まで延伸されています。駅名は1931年中には現駅名に改名されています。現在の駅舎は1979年に竣工したもので、コンクリート
鶴岡駅前から湯野浜温泉行き路線バスに乗車、約40分で善宝寺バス停に到着。バス停の目前に善宝寺鉄道記念館(旧.善宝寺駅跡)がありました。(1993.10.10善宝寺鉄道記念館)木造駅舎にホームが2面、そしてモハ3は開業時(1929年)に自社発注した生え抜き車両。館内には係員が常駐して施設管理が行き届いていましたが、残念ながら「閑古鳥が鳴く」状況で・・・案の定、私が訪問した数ヶ月後には閉館に至ったようです。
撮影日2025.11.2撮影場所各写真に記載前回に続き昨年末に訪問した紀州鉄道の記事です。紀伊御坊駅から西御坊駅まで10分もかからないショートトリップで、あっという間に終点に着きました。乗客には同好者の姿も多く見られました。(一枚目)・これは終点の西御坊駅と、停車中のKR301です。1932年に松原口駅として開業し、すぐに現駅名に改名されています。1934年にその先日高口駅まで延伸されましたが、1989年に廃止され再び終点となりました。無人駅で黒く塗られた
撮影日2025.11.2撮影場所各写真に記載紀勢本線御坊駅から西御坊駅までを結ぶ紀州鉄道は全長僅か2.75kmという大変なミニ私鉄で、国内では芝山鉄道に次いで短い鉄道です。全区間非電化単線で軌間は1,067㎜、スタフ閉塞方式で途中駅での交換は有りません。開業は1931年で、元は御坊臨港鉄道と名乗っていました。1934年に日高川駅までの全区間が開業しましたが、その時点でも3.54kmというミニ私鉄でした。1984年に貨物営業が廃止、1989年に西御坊駅から日高川駅ま
1337)『1337)岐阜の消えたローカル私鉄線区(1)名鉄揖斐線・谷汲線・岐阜市内線-初めての訪問-1』1335)までは茨城県の消えたローカル私鉄の記録をまとめてきましたが、ここらで趣きを変えて岐阜県に飛ぼうと思います。1336)でうまづら電車名鉄モ510形…ameblo.jpの続きです。名鉄揖斐線美濃北方で交換の上り忠節行きです。モ510形の3両編成を後追い撮影。S63(1988)年9月6日7:51ごろ美濃北方モ512+モ511+モ513→
紀州鉄道どうなるねん?昨年秋に紀州鉄道が2026年で廃止の話が…日本一短いローカル私鉄紀州鉄道が廃線の危機-日高新報日本一短いローカル私鉄として鉄道ファンの人気を集め、100年近い歴史を持つ紀州鉄道(経営=紀州鉄道株式会社)hidakashimpo.co.jpもともと赤字の会社(御坊臨港鉄道)を鉄道会社のネームバリューで買収した(買収後、紀州鉄道に改名)が、その会社も2022年に中国系企業に身売り。現オーナーの中国系企業は、譲渡先がなければ2026年に廃止とか。