ブログ記事20,262件
数あるブログから見つけてくださりありがとうございます。何だか。。最近はソファに横になる日が増えています。怠け癖がついたのかな。。と思いますがちょうど清掃の仕事の疲労が出てきたのだと思います。半分外になっている廊下は長いのですが。。今はいいけれど真夏になったらちょっと自信ないな。。と思うほどこの頃の24℃くらいでも汗だくになります。まぁ無理なく続けて行きたいと思います。先週の聖書講座は引き続きヨハネの福音書から学びました。ふと。。昔。。同じヨハネの福音書を洗礼を受ける為の講座。。
ファクトチェック結果:前回答の内容は史実と完全に一致し、正確です。en.wikipedia.org信頼できる一次・二次史料(Wikipediaの参照文献、MacTutor、RiceUniversityGalileoProject、Britannicaなど専門家執筆)で全主要点が裏付けられます。推論ではなく、宮廷記録・書簡・任命事実に基づきます。検証済み主要事実グラーツ追放(1600年):カトリック大公フェルディナント(後の皇帝フェルディナント2世)の対抗宗教改革により、ルター派(
###カトリック批判に対する反論のみインターネット上で見られるカトリック教会への批判に対し、カトリック側からの反論だけを、論点別に整理します。批判そのものを繰り返すのではなく、その批判に対してどのように反論できるかに限定します。###1\.聖書と教会の伝承反論:キリスト教の信仰を聖書の文字だけに限定することが、必ずしも聖書自身から導かれるとは限りません。初期キリスト教では、新約聖書が現在の形にまとまる以前から、使徒たちの教えが口頭でも伝えられていました。カトリックは聖書を軽視しているので
プロテスタントに対する批判のみを扱います。*聖書解釈の主観性:解釈の最終的な権威を個人に置くことで、教派間の対立や解釈の分裂を招きやすい。*聖書のみ(SolaScriptura)の問題:聖書の正典や解釈原則そのものを、聖書だけから完全に確定することは難しい。*教会の伝統の軽視:初期教会以来の伝承や公会議の権威を相対化することで、キリスト教の歴史的連続性が弱まる可能性がある。*教派の分裂:信仰と教会の権威について共通の最終的判断機関を持たないため、相互に矛盾する教義が並立しやすい
###カトリック教会に対する批判と反論の包括的検証対象を正教会、プロテスタント、無神論、近代世俗主義、他宗教、歴史学、哲学・倫理学にまで広げ、反カトリック批判を可能な限り強い形で提示し、カトリック側の反論、批判者側の再反論、そして最終的な論証の評価まで検討します。ただし、網羅的な検証は一度の回答では完結しません。そこで、まず全体の論点を整理し、主要な争点について実際に双方の主張を比較・評価します。その後も個別の論点を同じ基準で掘り下げられる構成にします。###1\.検証の方法それぞれの論争
###カトリック側から見たプロテスタント批判1\.聖書のみ(SolaScriptura)の問題聖書だけを最終的な権威とする原則は、聖書そのものに明確な形で規定されていない。聖書の正典を識別し、教義を解釈するためには、使徒から受け継がれた聖伝と教会の権威が必要である。2\.教会の分裂を招く問題プロテスタントは教皇やカトリック教会の教導権を認めないため、解釈の最終的な統一基準が失われやすい。その結果、洗礼、聖餐、救済、教会制度などについて多数の教派が分裂している。3\.使徒継承の
*カトリックの教義は、聖書・聖伝・教会の教導権を一体として理解するものであり、聖書のみを基準とする立場だけが唯一の正統な解釈とは限らない。*教会の伝統は、人間が後世に付け加えたものと一括りにできず、使徒時代から受け継がれた信仰を保存・伝達する役割を持つ。*教皇の首位権は、単なる権力欲ではなく、教会の一致と使徒ペトロの継承という神学的根拠に基づいている。*教皇不可謬権は、教皇があらゆる発言で誤りを犯さないという意味ではなく、厳密な条件の下で信仰と道徳に関する教義を宣言する場合に限定さ
教皇庁(バチカン)のFaviodalCin大司教から依頼されて祈りの会を広めております北海道はここで、毎週行っていますどなたさまもどうぞ、お気軽にお越しくださいその前の時間、10時から、11時からと勉強会も行っていますぜひお声かけてくださいお越しに慣れない人は、WEBでご参加くださいSantaCasadiLoretoは現地時間朝7時半からミサ(平日)12時からお告げの祈りとロザリオ日曜は、司教様のミサがライブと録画でございますSant
こちらの「地方」では、WEBが使えない人が多いため部屋をかりて、講座にあずかれるように機会を提供しているのですが、担当の人が、、、、掲示板にはらせてくれないんですよね、、、だから、希望者はお知らせくださいご一緒に勉強しましょう💛
マリア論オンライン講座PAMISr.ルカ岡立子MariologyOnlineCoursepami-japan1208.amebaownd.comお申込みはこちら無料
動画はこちら小寺神父様のお話小寺神父様の許可を得て、神父様のお話を動画にしました。www.youtube.com一緒に聞くことで、より理解がふかまりますぜひ、オフラインもお越しください
神についての正しい知識-それは、彼の啓示された「真理」に対する「信仰」を通して得られるものです。人生の中で、「悲しみ」や「苦しみ」は避けられないことです。そんなときに、ただ闇雲に、「どうして神は私にこんなことをするのだろうか。」と思うこともあるでしょう。悲しみは、普段気にせず流しがちな深い物事を、冷静に見つめるチャンスといえるでしょう。ここでは、「どうして神は」と嘆く前に、「正しい神の知識」に到達するまでの考え方を紹介しようと思います。参考文
《「天国の書」第13巻》1921年8月13日悲しみは「神のご意志」の中には入り込みません。神のご意志には、あらゆる喜びの実体と、あらゆる幸福の源が含まれています。私はひどく苦しんでいましたが、私の愛するイエスが私の内面で動かれ、こう言われました。「娘よ、勇気を持ちなさいわたしはあなたが苦しむのを望みません。なぜなら、わたしの意志の中に生きる者は、天の微笑み、祝福された者たちの満足、そして聖人たちの平安が、その存在全体を優しく包み込むからです。わ
↑↑↑まるで11月の中間選挙の応援歌のようでございます。どっちの?知らん!テキサス出身者って、見ればすぐに分かるんですって。日本でそういうとこ、ございます~?例えば、大阪って言っても、東京人には奈良や京都や神戸の違いの区別は難しいですわよ。明石家さんまだって、大阪じゃなくて奈良なんでしょ?トランプはテキサスの行方が心配で、何回もテキサス入りをしているようでございますが、私が有権者なら、来てもらったら困ると思うけれど。ああ、そういう政治家、いましたね、選挙応援に来な
【1991年青春18切符旅】上田駅を出発して軽井沢へ、旧軽井沢地域の泉「御膳水」、旧三笠ホテル、聖パウロカトリック教会、電車で移動して善光寺へ参拝後ホテルに宿泊しました1991年9月4日撮影旧軽井沢地域の泉「御膳水」https://karuizawa-kankokyokai.jp/information/89618/重要文化財旧三笠ホテルhttps://kyu-mikasa-hotel.jp/【公式】カトリック軽井沢聖パウロ教会https://catholic-karuiz
この地域格差の主な理由は、単一の要因ではなく、政治・司法構造、宗教的競争、法制度の違いが複合したものです。歴史学のコンセンサス(BrianLevack、WolfgangBehringer、JohannesDillingerら)と、最近の定量研究(Leeson&Russなど)を基にまとめます。1.政治・司法の極度の分断(最大の要因)神聖ローマ帝国(特にドイツ中西部)は、数百の小さな領邦・司教領・自由都市・伯領などに細かく分かれていました。各地域がほぼ独立した裁判権を持ち、中央(皇帝
スイス西部(特にPaysdeVaud=ヴォー州)で人口比が極めて高くなった主な理由は、司法の極度の分断と政治・宗教的な特殊事情にあります。1.司法権限の極端な細分化(最も重要な要因)1536年にベルンがサヴォイア公国からこの地域を征服した後も、高裁判権(死刑を含む)が多数の地元領主や代官(baillis)に分散していました。1581〜1620年だけで、少なくとも91もの異なる裁判所が魔女を死刑に処した記録があります。ベルン当局は何度も抑制を試みましたが、実効性は低く、地元レベルで告
要理のクラスは、私が対応しますお気軽にご参加どうぞそして、羽生クラスとおなじURLです(SantaCasadiSapporoinJapan-ZOOM)JoinZoomMeetinghttps://us05web.zoom.us/j/3623696870?pwd=Y3dSaW5URjd4MU93blpsZXZBNThGUT09&omn=85634463083MeetingID:3623696870Passcode:MIHO----------土曜
アラム(ダマスコ、ツォバ、ハマトなど)は鉄器文化を持ち、交易路を支配し、軍事力が強かった。アラム人諸国が成立しつつあったが、まだダマスコ王国は地域覇権を握っていなかった(紀元前1100年〜)。後のソロモン王国後期・北王国イスラエルの脅威となった。BC931年にダビデ・ソロモン王国が分裂し、北王国イスラエルには、はじめ、首都と中央聖所がなく、王家もなく、政情は不安定やがて、首都をティルツァに定めた。ダンとベテルが北王国イスラエルの聖所となった預言者エリシャがエリヤのあとを継ぐ(王下2:1-
ファクトチェック結果:前回の回答の主要な主張は、歴史的データと研究と概ね一致しており、大きな誤りはありません。細部の精度を確認した結果を以下にまとめます。1.両陣派で実施された点正確。魔女裁判はカトリック地域でもプロテスタント地域でも大規模に行われました。ルター:Exodus22:18の説教や『卓上談話』で「魔女を殺せ」「すべて燃やせ」と明確に支持。ヴィッテンベルクでも処刑例あり。カルヴァン:魔女の実在を信じ、ジュネーヴ当局に対して「魔女の種族を根絶せよ」と促した記録あり。ジュネー
両方の側が積極的に関与し、単純な「カトリックだけが推進・プロテスタントだけが解放」という図式は成り立たない。両方の陣営で大規模に実施された魔女狩り(魔女裁判)の最盛期は宗教改革後の16〜17世紀で、カトリック地域でもプロテスタント地域でも激しく行われた。ルター自身が魔女の処刑を認め、カルヴァンもジュネーヴで魔女の根絶を促した記録がある。イングランド、スコットランド、スイスの一部、ドイツのプロテスタント領でも多数の裁判・処刑が起きている。逆に、カトリックのスペイン異端審問所は魔女に対して比較的
魔女裁判(魔女狩り)の地域差の比較ヨーロッパの魔女裁判は、地域によって激しさ・規模・性格が大きく異なりました。全体の処刑数は約4〜6万人と推定されますが、その分布は極めて偏っています。以下に主要な比較をまとめます。1.激しさの順位(人口比・絶対数を考慮)順位地域・国特徴・規模の目安主な理由・背景1位ドイツ(神聖ローマ帝国)全体の約40%(処刑1.7〜2.5万人前後)小規模領邦の分断、宗派対立の激化、司教領の熱狂2位スイス人口比で最高レベル(処刑4〜5千人)高山地域の
「プロテスタントだけが一方的に魔女狩りから解放してきた」という主張への批判この主張は歴史的事実と大きく乖離しており、以下の点から明確に否定されます。1.魔女狩りの最盛期は宗教改革後であり、カトリック・プロテスタント双方が積極的に関与した魔女狩り(特に大規模な処刑を伴うもの)のピークは15世紀末から17世紀中頃で、特に1560〜1650年頃に集中します。これは宗教改革(1517年以降)の後であり、プロテスタントの登場・拡大と重なります。ルター自身も魔女の存在を認め、処刑を支持した記録があ
「プロテスタントが魔女狩りから人々を解放した」という主張に対する批判は、歴史的事実に基づいて以下のようにまとめられる。1.魔女狩りのピークは宗教改革後に訪れた魔女狩りの最盛期は中世ではなく、16〜17世紀(特に1550〜1650年頃)である。これはマルティン・ルターの宗教改革(1517年)以降に本格化した。データによると、1400〜1750年頃の魔女裁判の約88%が1520〜1700年に集中しており、宗教改革がむしろ魔女狩りを激化させた要因の一つと見なされる。プロテスタントが「解放」したの
当ブログにお運び頂き、ありがとうございます(^-^)先日、カトリックの十字架や御メダイを扱っているオンラインショップで、こんなものを購入しました。3センチ弱程の小さな十字架です。オーソドックスなデザインですが、荘厳さも感じられる一品です。裏にはROMAの刻印があります。訳アリ品として扱われているのは、恐らく、十字架の下が少し欠けたように見えるからだと思います。パッと見た感じ、全く訳アリ品には見えない作りです。お次はこちら…大天使ミカエル
お寺を後にして、次に向かったのは、キリスト教徒の墓地。ここはキリスト教禁止令がとけた後、赴任してきたフランス人神父さんのお墓を始め、島の教徒のお墓が一堂に会しています。今は家族でひとまとめになった形ですが(つまり、仏教徒のお墓と同じ)、かつては一人一人のお墓だったようですが、後に家族でひとまとめにされたそう。仏教徒のお墓のスタイルとほぼ同じですが、墓石のてっぺんに十字架があしらわれていたり、お墓の正面にマリア像や聖書の一句が彫られていたりしていたのが興味深かった。亡くなった人の名前も、まず洗礼
聖イグナチオ・デ・ロヨラスペイン北部、ピレネー山脈の麓で、1491年、イニゴ・ロペス・デ・ロヨラという名の貴族の少年が、13人兄弟の末っ子として生まれた。城で育った幼いイニゴは、聖人君子になる事ではなく、騎士道精神と栄光を夢見ていた。彼は騎士や宮廷ロマンス、そして戦いのスリルに憧れていた。彼は誇り高く、情熱的で、そして彼自身が認めているように、美徳よりも虚栄心に重きを置いていた。若き日の彼は軍に入隊し、スペインの旗の下、勇敢に戦った。然し1521年、パンプローナの防衛戦で砲弾が彼の脚
《「天国の書」第13巻》1921年6月12日神がご自身の「いのち」を見出すその場所に、神は立ち止まり、永遠に住まわれます。そのとき神は、天地創造のみ業においてではなく、ご自身の「いのち」のうちに憩われるのです。魂こそが、神のご意志の中心でなければなりません。いつもの状態にある私に、常に愛すべきイエスが、ご自身の聖なるご意志について語り続けてくださっています。「愛する娘よ、わたしの意志から生まれなさい。わたしはあなたを、星々で飾られた空にはしたくあ
【ロザリオの祈りの集い第1220回】今日は【栄えの神秘】を黙想しました。ありがとうございました。特に教皇様のご回復をお祈りしています。10月15日(木)はお休みさせていただきます。次回は10月16日(金)22:00からの予定です。交唱してくださる方は入室後、チャットからご連絡をお願いします。もちろん沈黙のうちにご一緒にお祈りくださる方のご参加も大歓迎です。お待ちしています。ZOOMURLhttps://us06web.zoom.us/j/5572572594?pw
嫁さんと二人で劇団四季の「オペラ座の怪人」を観に行ってきました。嫁さんは観劇が好きで「オペラ座の怪人」は2回目らしく前回は2階席から、今回は1階からでした。舞台に近い8番の席でしたので舞台装置や衣装なども間近に見れて感激しました。私は観劇初めてでしたが、たまには自分の興味の枠を越えてみるとまた違った世界を垣間見ることができてよい刺激になりました。...ということで...長崎県の旅~神社仏閣教会巡りの教会8ヶ所目は平戸市の「田平天主堂」(カトリック田