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第157話『夕焼けの怪獣』透明怪獣ザグレゴル・FS-1もし、ウルトラセブンの最終回のあと、TVでゾフィが始まっていたら?の妄想ストーリーの第157話。ある村で、道祖神を倒して以来、夕焼けの時、限定で、怪獣が現れるようになります。USTが調査をすると…【UST=防衛チーム】ユルガ(隊長)ゴウリナワテユリコヒデコクロス【IDM=地球防衛機構】(Bチーム=情報技術班)シズカ(班長)ドノバユウカジ(UST参謀)マキノ
泊駅の顔に近付きます。まず視界に入るのが、この駐輪場です。屋根はありませんが、それなりに長さがあります。やっと駐輪場が終わりますが、駅舎へのアプローチにはもうひとひねりあります。いわゆる、萬屋(よろずや)的な商店。ひまわりチェーンは石川県に本拠を置く、中部限定のスーパーのボランタリーチェーンで、三重県が南限になるようです。ひまわりチェーンは2012年以降は全国展開の全日食チェーンの傘下に入ります。駐輪場の全景。みっちり置かれていますね。泊駅は、1922年(大正11年)1
花弁のミルフィーユ状態も、意外といろいろなスタイルが存在するのです。
非の打ちどころがないくらいに、美しい並びが続きます。
子供が居なかったら、即離婚したでしょうね。まあ、いろいろ考えは巡らせているでしょうけど。
今回からは、12月20日取材分です。冬枯れの景色を求めて、東京都町田市野津田町地区の薬師池公園へ。紅葉は本命ではなかったんですが、ああ、まだ行けるじゃんと言う事で、少々紅葉狩りを。葉を落としている木々も多かったんですが、一番奥手の木々がまだ残っていました。古民家周辺のものの中に結構確認できました。これが、10日後ぐらいには、全部落葉になるんですよね・・・。
12月16日取材分の締めくくりとなります。駐車場近くに、新たに植栽された木々が、ずいぶん板に付いてきた感じです。初めて震生湖に来た時は、まだ中途半端だった事を思い出します。秦野市自体には幼少のころから訪れています。震生湖には社会人になって、最初の会社が秦野がお膝元でしたので、そこで初めてだったのです。もう30年近い時間が流れる事になります。2019年紅葉狩りはこれでお仕舞いのつもりでいたんですが、延長戦がございます。次節以降で数回ございます。
みなさま、おはようございまーすっ♪\(^▽^)さて、今日も引き続き、【ちり紙細工でつくしんぼを作る♪】で、(4/5)ですよー♪べんべんべんべん♪さてさて、前回までで、本体は実質、出来ました♪今回は足元の、磁石をつけます。一度試しに、組み合わせてみてー…いいかな?どうかな?あ、この頃は、差込式にしてたんですね!?我ながら、パターンが決まっていない、手探り時代の事は、結構忘れてるんですが、なんか無駄に、手間かけてるような気も…(笑)ま
線路沿いの畦道を突き進んで、次の踏切に到達しました。直前に、西桑名起点4.5kmのキロポストを確認です。リレーボックスをしっかり撮影。この踏切を通過する際に、次の踏切に作動を指示する役割を担うものです。表札で、順当に在良2号踏切と確認です。踏切柵が設置されてないため、照明灯の柱に括りつけられていました。踏切上から各方向を眺めます。この付近は直線になっていて見通しが良いです。反対側に立つと、街道筋の民家の古さや、一軒一軒が結構大きい事が判ります。
その足で向かったのは、都筑区池辺町の、神奈川運輸支局沿いの並木道です。派手さはありませんが、年季の入った、幹の太い木が数本並びますので、しっかりとした花の付き具合を確認できました。お手軽な散歩道としては好適な印象です。愛車を置いている、コインパーキングに戻ります。次に向かったのは、数年ぶりのポイントです。東京都町田市成瀬地区の恩田川沿いです。安定の並木道を、次節以降でしっかり堪能していただきます。
最後にシャガを収めて、この場を離れます。
南日永7号踏切の観察が続きます。踏切のすぐ傍を用水路が通過しています。踏切上から、各方向を眺めます。6号踏切からは直線に見えたのですが、こうして見ると、いくらかカーブしている感じです。泊駅が交換設備の整った駅である事を確認できます。踏切の道幅は、極端には狭くはない印象ですが、大きなサイズの車を拒む理由はいろいろとあるのでしょう。踏切を境に線路に沿う道が終わるため、泊駅のホーム全体を外側から撮影できる場所は、意外と限られていました。7号踏切を渡り直して、いくらか線路と距離
車の往来も激しい、しっかりとした踏切です。折れ曲り式の遮断棒も採用されています。踏切を離れ、先に進みます。暫くは線路に沿う道に恵まれそうです。それにしても、線路沿いの工場の建屋の錆付き具合が気になります。程なく、構内信号機が視界に入ります。泊(とまり)駅に到着の流れとなります。その前に踏切が1つありますね。踏切作動灯の表札で、南日永7号踏切と判断はできます。表札で、改めて確認です。元農道と判る、車両通行止めの道路標識が植わっています。
次から次へと、撮りたいものに出合えています。
発色の良さと、複雑な花弁の素晴らしさの両方を備えた品種です。
ついに娘との再会を果たせぬまま、横田滋氏が87年の生涯に幕を下ろしました。徳島県徳島市生まれで、札幌南高校を卒業後、日本銀行に入行。いわゆる転勤族で、長女めぐみが北朝鮮に拉致された当時は、新潟支店に在職で、居住の場を市内に構えていました。その後、定年まで日銀に奉職しました。1997年(平成9年)2月に、産経新聞が北朝鮮の特殊工作員らによる日本人拉致をスクープしたことで、全国の被害者らと家族会を立ち上げ、初代会長に。それまでは孤軍奮闘で、娘の行方を探し続けていました。家族会の必死の活動で、
うさぎくんの『新しいことわざ』【説明♪】このコーナーでは、新しいことわざを発表します♪ぴーさんが、作った物もあるし、どっかで、聞いてきた物もあります♪うさぎくん「ですよー♪さて今回は…」*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*りゅうとうりゅうびどうはへび「竜頭竜尾、胴は蛇」【意味】最
震生湖での紅葉狩りも間もなくヤマ場です。弁天社へのアプローチと重なると、湖岸周回は完了した事になります。今回も無事回りきりました。
湖岸周回路のほぼ4分の3を進んできた形です。落ち葉が溜まっているエリアです。この付近の木々は、人の手が加わったものが植栽されていて、枝ぶり、色彩とも考えられています。落ち葉が拡散しないように、竿が浮かべられています。
5月も新型コロナウイルス感染症の猛威が収まりません。それでも、中旬には吉備の国は緊急事態宣言が解除されました。みどり会のホームグラウンド「囲碁ハウス」も営業再開しました。営業中止の期間がものすごく長く感じました。今年は、大型連休もどこかに飛んで行ってしまい、孫の帰省もなく寂しいものでした。オンライン帰省はありましたが。いつの間にか季節は進み、気温が30度近くにまでなる日もありました。囲碁は46勝8敗。公式戦はなし。棋譜並べは64局。ステイホーム期間に研究が進みました?ウォーキングは、
踏切の観察が続きます。表札で、順当に在良1号踏切と確認です。踏切上から各方向を眺めます。在良駅構内も決して線形が良いとは言えませんでしたが、引き続き長いカーブが続く形です。如何に直線に線路が敷けることが凄い事であるかが証明されます。元農道とは言え、極端に狭い道ではない感じです。この付近の架線柱はしっかりとしたものが連なっている印象です。街道筋まで戻るのが面倒に感じてしまい、思い切って田圃の畦道を突き進みます。
旧街道筋を更に進んでいきます。如何にも昭和を象徴する家屋が並びます。商売をしていれば、このような形が基本でしたね。必ず勝手口も存在して、台所が広かったり。瓦屋根は基本でしたし。程なく、地名を象徴する村社、額田神社の参道前に。本殿は北勢線の線路を渡った先になります。祭神は意富伊我都命、天照大御神、天津彦根命。原点となる額田寺は西暦440年頃の創建で、神社に変わったのは、1825年(文政8年)の事になるようです。参道に該当する部分を進んでいきます。延長上には踏切が存在する事にな
昼食は恒例となった、麺匠八雲でのラーメン。本日は海老ワンタンメンを塩で頂きました。実はこの数週間の間に、店主自身が店先には立たずに裏方に徹する宣言があり、行くたびにホールを駆けずり回っている彼女の姿はもう御無沙汰の域に入っているのです。そのため、店内の空気感は明らかに変わってはいます。その代わり、提供されるラーメンは、まさに店主本人が頑張って仕込んでいる安定の味が。誰が調理しても遜色ないオペレーションが確立された感じです。製麺や根本のレシピはまだまだ自身がやり続けて、守り続けている感じです
みなさま、おはようございまーすっ♪\(^▽^)さて、今日も引き続き、【ちり紙細工で桜餅・ぼたもちを作る♪】で、(3/4)ですよー♪ぶりぶりぶりぶり♪ぼたもち製作中です♪ティッシュ丸めて、お団子を作り、最後に、黒紫ティッシュで包んで、あとはセロテープで、貼るだけです♪たちどころに、完成です♪続いて、黄な粉のぼたもちです♪コレも、同じですね。ティッシュ丸めて、お団子を作り、最後に、黄色ティッシュで包んで、あとはセロテープで、貼ります♪
マスク姿だけを見ると、2020年と錯覚しそうですが、あくまでも花粉症対策のものであって、意味合いが変わって来ます。今年は此処は人が集えない場所と化してしまいましたので・・・。
同じ道を戻っているだけなのですが、立つ位置によって印象が変わっています。再びチューリップのゾーンまで戻って来ました。いくらか俯瞰する形の方が、桜の主役感が増しますね。
次の踏切に到達します。1.8mのガードとは対照的な、オープンな状態です。警報機の高さだけで倍はありますね。目の錯覚か、線路の方が下って来ている感じにも。障害物検知装置が目に留まります。表札と踏切標で、順当に南日永6号踏切と確認です。線路も道路も互いに高さを折り合う感じになったのを踏切で確認できました。交差する道は、国道1号に直結する三重県道44号です。道幅、歩道もしっかりしてます。踏切際にある建物は、ワイズ・スポジアムと言う、スポーツ施設です。ジムではなく、野球に特化し
次も踏切ではなく、ガードです。此処はきちんと高さ制限のフレームが組まれています。線路に沿う道に恵まれて、移動自体はスムーズです。徐々に道路の方が線路の高さに寄って行く感じです。なだらかな築堤なので、その気になれば、容易に線路に上れてしまう感じです。次の踏切で平行になる感じです。四日市起点3.5kmのキロポストを確認です。全線で5.7kmなので、半分以上は来ている形です。この付近の草はしっかりと刈り込まれていました。
白い品種はどうしても開花の途中から、色が悪くなりやすい傾向にあるんですが、職人さんの努力で、結構しっかり維持されているんです。淡い赤と深紅では全く印象が変わりますね。
太陽が真上から照らしてくれているので、よりしっかりとした発色になっています。