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下北交通大畑線第5回探索日2024.11.03公開日2026.02.25所在地青森県むつ市もぬけの殻2024/11/0308:25《現在地》前回あのような不吉な終わり方をしたが実はこれもぬけの殻でした。どうやら巣が作られてからかなりの時間がたっているようで、なんの危害も無かった。驚かしやがって。え?そんなことは道でもいいから早く本編へ入れって?それでは長い前置きはここまでにして駅舎探索へと移ろう。実はこの駅舎は二代目である。
下北交通大畑線第4回探索日2024.11.03公開日2026.02.18所在地青森県むつ市車の墓2024/11/0308:00《現在地》田名部駅を出ると軌道はそのまま緩いカーブを描きながら街の郊外へと抜ける。ここもこれまで通り軌道跡がくっきりと残されており、いたるところに木製の柱が立ったまま放置されていた。なかでもこの柱は信号か何かをつけていたのか、電気設備が取り付けられたままになっていた。電柱など早急に撤去されそうなものだが、これまでの
下北交通大畑線第3回探索日2024.11.03公開日2026.02.11所在地青森県むつ市対岸からの景色2024/11/0307:28《現在地》下北側からの渡河を諦め、ぐるっと国道279号線を通って対岸へとやってきた。流れの小さな水面にはその姿が映し出されている。おそらく開業から架け替えられていないであろう橋は今年で86年を迎える。第一・三径間を緑に覆われながらもここに歴史があったことを伝える者としての定めを全うしているのかもしれない。
下北交通大畑線第2回探索日2024.11.03公開日2026.02.04所在地青森県むつ市田名部川橋梁(仮称)2024/11/0307:15《現在地》仲町の車道化区間も1,5キロ程で終わりを迎え、再び路盤は緑へと戻る。ちょうど写真に写っている緑の広場が大畑線が走っていた場所である。地図によればこの先に田名部川があり、大畑線はここを渡っていたと考えられる。恥ずかしながら今回の探索はメインの大間線ばかりを事前調査しており、大畑線については路線
廃線レポ下北交通大畑線第1回探索日2024.11.03公開日2026.01.28所在地青森県むつ市大間線唯一の開通区間かつて下北には本州最北を目指した路線が存在した。1921年に大湊線が開業したことを皮切りに、翌年に発行された改正鉄道敷設法の別紙1号に「青森縣田名部ヨリ大畑ヲ經テ大間ニ至ル鐡道」として規定されたのが大間鉄道の始まりであった。下北交通大畑線はそんな鉄路の最初の区間として1937年に着工し、1939年に下北駅から大畑駅までの18キロ間が開通した
旧梅田橋中編探索日2024.09.28公開日2025.01.14所在地青森県五所川原市新道と旧道2024/9/2810:04《現在地》旧橋なのか、はたまたただの堰なのか、二列の丸太が橋の下には眠っていた。もし旧橋だとすれば昭和27年以前の物となる。実際にその可能性を少し探ってみた。これは昭和14年の五所川原を記した地図で中央上に現在の中心街が記されている。右下寄りに梅田橋がある。地図によれば昭和14年の時点ではこの地に橋が架かっていた事が分
橋梁レポ旧梅田橋前編探索日2024.09.28公開日2025.01.07所在地青森県五所川原市ついに五所川原市を代表する古い橋が役目を終えようとしている。その橋の名は「梅田橋」。五所川原市の広田地区を流れる十川を跨ぐ小さな橋だ。驚くべきはその築造年。なんと昭和27年に建造されたのだ。西暦に直せば1952年のことである。今からおよそ72年前に建造されついにその役目に終止符を打とうとしている梅田橋。そんな橋が廃止される前に探索すべく、私は単身梅田橋へと向かった。
大間線木野部峠大間側攻略作戦後編探索日2025.05.17公開日2025.12.31所在地青森県むつ市未成の大橋2025/05/1712:34《現在地》前回の大石垣の場所から海側を見るとまた別世界が広がっていた。某不動産会社のキャラクター・ス〇モのような石たちはいったいどこから集まったのだろうか。これが石垣の穴部分の成れの果てだったり‥‥少し進むと今度は石垣自体がかなりの崩落を起こし、原型をとどめないほどになっていた。そして何よりも
このレポ-トは大間線〈未成線〉の続きです。本編をより楽しむためには大間線を読んでからこのレポを読むことをおすすめします。大間線木野部峠大間側攻略作戦前編探索日2025.05.17公開日2025.12.24所在地青森県むつ市挑むべき最後の敵2025/05/17《現在地》この日私の姿は半年前に完走した大間線にあった。レポも既に投稿済みだが、私には一つやり残したことがあった。それは木野部峠の大間側探索だ。前回は時間的制約からやむなくカットした
廃道レポ善知鳥古道探索日2024.11.02公開日2025.12.17所在地青森県青森市崎の道2024/11/0206:03《現在地》無数のテトラポットに囲まれた海岸線の先には善知鳥崎の岩場が海にせり出している。山側には人が歩ける道が存在していたが、、、現場にはロープが張られ、行く手をふさいでいる。そんなものお構いなしに釣りのおじちゃんはずかずかと入り込んでいった。どうもここは絶好の釣りスポットらしい。そしてロープが張られていた理由だがおそらく
善知鳥前隧道後編探索日2024.11.02公開日2025.12.10所在地青森県青森市青森側坑口2024/11/0206:03《現在地》青森側の坑口はロックシェッドにより全体的に暗く、不気味な印象だ。元々はロックシェッドもなく、浅虫側同様装飾が施されていたのだろうか、上部の見えないところには立派な額縁が取り付けられていた。坑口には下水道圧送管と書かれた標識が立っていた。今でもこの隧道は脈々と生きているのだろう。この設備がなくなった時にこの隧道は完
善知鳥前隧道中編探索日2024.11.02公開日2025.12.03所在地青森県青森市禍々しさを背負い・・2024/11/0206:03《現在地》洞内に入ると外から見ていた雰囲気よりも禍々しさが増して居づらしさを感じた。出口が見えているので特に何も問題ないだろうと思っていたが、それ以外にも洞内には気味の悪さが漂っていた。壁面は何やら黄ばんでおり、気持ち悪さを演出している。いたるところから漏れ出る水分はこの隧道の古さと残りの寿命が短いことが分かる
隧道レポ善知鳥前隧道前編探索日2024.11.02公開日2025.11.26所在地青森県青森市改廃に改廃を重ねた隧道たち2024/11/02青森市からかねてよりの温泉地・浅虫に行くためには、ここ善知鳥(うとう)崎を越えなければならない。読みは”ぜんちどり”ではないようだ。善知鳥崎はかねてより「親不知子不知に匹敵する」といわしめるほどの難所であり、この地の攻略には多くの人々が携わってきた。そんな中、昭和8年に竣工された「善知鳥前隧道」はかつての一級国
大間線〈未成線〉最終回探索日2024.11.02公開日2025.11.19所在地青森県風間浦村続く路盤と釜ノ沢2024/11/0215:05《現在地》焼山隧道から帰還し、目の前には焼山沢橋梁が伸びている。路盤はこのまま橋を渡り国道へと接近していく。今回は橋は渡らずに国道からの接近を行う。国道に躍り出てしばらく走ると線路敷きの石垣が国道に向かってせり出してくる。その後は桑原まで並走することなる。道中地図にもならないような小さな沢を跨ぐ暗渠が現れた。
大間線〈未成線〉第20回探索日2024.11.02公開日2025.11.12所在地青森県風間浦村焼山の中心2024/11/0214:58《現在地》入洞から70メートルほどで地面の様子が少し変わった。終始乾いた印象であったが、ここは昔見た月の地面のようだった。そしてあろうことか、地面には黒い二本の筋が残っているのである。この轍は一体いつつけられたものなのだろうか。実はこの大間側坑口は今から30年ほど前までは開口していたとされ、出入りができたようだ。
大間線〈未成線〉第19回探索日2024.11.02公開日2025.11.05所在地青森県風間浦村2024/11/0214:47《現在地》焼山隧道の大畑側坑口封鎖を見届け、例の工事用道路を通って国道に抜けるとそこには小さな暗渠が残っていた。見た感じ暗渠としての仕事はすでに終えているようであるが、外見の保存状態はとても良い。車からでは見えない位置のためこれまであまり世に出ていなかったが無理もないな。そして街道添橋梁付近に止めた車まで国道を歩いて戻る
大間線〈未成線〉第18回探索日2024.11.02公開日2025.10.29所在地青森県風間浦村街道添橋梁(仮称)2024/11/0214:38《現在地》大川尻沢橋梁から500メートルほど進むと小さな沢が現れる。その沢にはコンクリートの橋が架けられており、形状は大川尻沢橋梁とほぼ同等だったようだ。なぜ私がこのような言い回しかというと、、、やけに山肌が白い!!しかもこの白さは良くないやつだ。その答えは、橋は現存しない。斜面全てを真新
大間線〈未成線〉第17回探索日2024.11.02公開日2025.10.22所在地青森県風間浦村下風呂第二隧道2024/11/0214:24《現在地》下風呂第一隧道の閉塞点を見出し、その少し先の下風呂第二隧道へと進む。法面工事による基盤の消失は割と早く終わり、くっきりとした路盤と石垣が姿を現す。ここまでの大間線探索で一番の規模の石垣だ。ここまでといってもほとんど登場してこなかった石垣だが、体感として下風呂駅までは石垣が極端に少なく、それ以降は極端に多くな
大間線〈未成線〉第16回探索日2024.11.02公開日2025.10.15所在地青森県風間浦村下風呂の8連アーチ橋2024/11/0214:05《現在地》下風呂駅を後にすると再び橋が現れた。先ほどの橋と同じ規模のコンクリート橋は川を跨ぐのではなく道路を跨いでいる。いたるところから流れ出た石灰分は状態の悪さを物語っているが、約80年間現役の橋として機能している。これも大間線の特徴なのだが建造物の残っている割合が極端に多い。これはほかの未成線にも共通
大間線〈未成線〉第15回探索日2024.11.02公開日2025.10.08所在地青森県風間浦村下風呂温泉郷2024/11/0213:57《現在地》畑尻隧道から100メートルほど進むと北の一大温泉地・下風呂温泉郷に入る。大間線の遺構はそんな下風呂温泉の入り口から現れる。下風呂地区の境である小さな沢を跨ぐコンクリート橋が現れる。これこそが大間線の橋であり、現在でも利用されている数少ない遺構だ。単純なつくりの橋はいかにも戦時中の物らしく桁が薄い。限ら
田代隧道後編探索日2024.11.03公開日2025.10.01所在地青森県青森市人の気配2024/11/0314:43《現在地》二本目の分岐を右に曲がり、険道242号線から離れていく。隧道まではこの道を700メートルほどの道なりなのだが今でも人の出入りがあるのか、路盤は良く締まっており落ち葉にも轍が形成されていた。正直砂利道の県道242号線よりも走りやすそうだ。急に右側が開けたと思ったらそこには八甲田の山々が神々しくそびえ立っていた。田代平の平
隧道レポ田代隧道前編探索日2024.11.03公開日2025.09.24所在地青森県上北郡七戸町“神風”鉱山の隧道青森にはかつて”神風鉱山”と呼ばれた鉱山が存在した。上北鉱山は第二次世界大戦のさなか、まさに戦況に神風をもたらすように発掘され、もともとは硫化鉄鉱を産出するために開発された。硫化鉄鉱は窒素肥料の原料になるため食糧増産の達しが出ていた当時、とても重宝された。そのかいもあってか上北鉱山は急ピッチで開発がすすめられ、発見から2年程で豊富な銅鉱脈にたどり着き、月
大間線〈未成線〉第14回探索日2024.11.02公開日2025.09.17所在地青森県風間浦村甲崎隧道2024/11/0212:48《現在地》小赤川橋梁から1㎞ほど進み現在地は風間浦村甲崎である。ここには甲崎隧道が甲(かぶと)崎の岩を貫いていた。大畑側の坑口は国道の改良工事によって法面の中に埋められてしまった可能性が高い。少なくとも私はこの隧道を発見することはできなかった。そのまま大間側の坑口の探索へと移行する。こちら側は法面工事が行われて
大間線〈未成線〉第13回探索日2024.11.02公開日2025.09.10所在地青森県むつ市大沢目沢橋梁2024/11/0212:33《現在地》木野部峠での探索を終え、現在地は大畑町赤岩である。道路を走っていると左手に突如二連アーチが現れる。これが大沢目沢橋梁である。規模はさほど大きくないが、構造的には二枚橋のアーチ橋と何ら変わらない立派な橋である。実際沢を跨いでいるのは第一径間のみであり、第二径間は下をくぐることもできそうだ。近づいて観察す
大間線〈未成線〉第12回探索日2024.11.02公開日2025.09.03所在地青森県むつ市生還の為のみち2024/11/0212:43《現在地》洞内からの撤収を始めるために謎の菓子袋とお別れして来た道を引き返す。目の前の横穴から差し込む光を最後に坑口までの470メートルは暗闇に世界だ。写真では坑口が明るく映っているが実際にはここまで明るくはない。微かに円形の光が遠く、遠〜くにあるだけだ。来る時に見た景色とはまた違って見えるのも隧道探索の楽しみ
大間線〈未成線〉第11回探索日2024.11.02公開日2025.08.27所在地青森県むつ市めがねの先へ2024/11/0212:29《現在地》めがねでのひと時を終え再び洞内に戻る。横穴がある場所だけは外界につながっているため、ここに来て初めて緑の世界にを目の当たりにした。自然の力は壮大だ。たったこれっぽっちの光からここまで緑を広げることができるのだから。わずかな穴から差し込む光によって洞内は明るさを取り戻し私の恐怖心も少し減った。いくら
大間線〈未成線〉第10回探索日2024.11.02公開日2025.08.20所在地青森県むつ市最恐の箱2024/11/0212:27現在地:450m地点まただよ。急に現れると焦るから、、、退避坑におかれていたのは漁業で使うような鮮やかな青のかご。どうも蓋つきタイプなので中身を知る由はないが人間味の薄い隧道内ではひときわ新しい人間の痕跡だった。20年前にこの地を訪れた人たちはこれを取り上げていない。これくらいインパクトがある物をスルーするとは
大間線〈未成線〉第9回探索日2024.11.02公開日2025.08.13所在地青森県むつ市隧道のアルジ2024/11/0212:25《現在地》入洞から5分は経っただろう。その間の進行距離は約250メートル。ここにきて初めて”アイツ”と遭遇することになった。いたぁぁ!!!この隧道内に唯一暮らす黒いモフモフ。一体この隧道の主(あるじ)となってから一体いくつの月日が流れたのだろうか。人間という脅威がない隧道内はまさに彼らの楽園なのだろう。どうもここの
隧道レポ藤琴森林鉄道荷上場隧道探索日2024.10.05公開日2025.08.06所在地秋田県能代市藤琴の森二ツ井での隧道探索を終え、少し時間が余ったため近くにある藤琴森林鉄道の探索を少しだけ行うことにした。今回の探索は藤琴の序章に過ぎない。秋田県内でも有数の規模を誇った藤琴森林鉄道は本線支線あわせて14本の路線を従え、総延長96092mを誇った日本有数の巨大路線網であった。中には高岩橋といった林鉄としては最大級の規模を誇った吊り橋も存在していた。今回
大間線〈未成線〉第8回探索日2024.11.02公開日2025.07.30所在地青森県むつ市つづく暗闇2024/11/0212:20《現在地》およそ20年ぶりとなる通行者となったわけだが、第二隧道の方が坑口の保存状態がよかったのに対し、内部の状態は第一隧道よりも劣化が進んでいる印象だった。基本的な構造は先ほどと同じで上部のみがブロック積み立てになっている。先ほどと違うのは地面が見える事だろう。おかげで隧道の左端には湧水を流すための水路があり、築80年