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奥羽本線矢立峠旧線区間最終回探索日2024.10.05公開日2026.05.06所在地秋田県大館市第一下内川橋梁“跡”2024/10/0511:40《現在地》矢立温泉から1キロほど離れた場所に日景温泉がある。この温泉もまた泉質がよく、温泉好きにはたまらないのだが、今回の話のミソはここじゃなかったな。その日影温泉へとつながる道の一本秋田側の道にその意向はある。いや、正確には“あった”というべきだな。それがこれである。なん
奥羽本線矢立峠旧線区間第3回探索日2024.10.05公開日2026.04.29所在地秋田県大館市矢立温泉2024/10/0511:12《現在地》矢立第四隧道から南に1.5キロ程進むと矢立温泉が現れる。この温泉はお湯に含まれる鉄分が豊富で湯の色が赤く染まることから「赤湯」と呼ばれ親しまれてきた。しかしいつの日にか廃業したようで赤湯へとつながる道には車両が入れないよう一本のトラロープでふさがれていた。いつ頃廃業したのかは知られて
廃道レポ矢立峠の国道旧線探索日2024.10.05公開日2026.04.22所在地青森県平川市思わぬ発見2024/10/0511:03《現在地》矢立峠での探索途中、思わぬ発見をした。矢立峠の奥羽本線旧線を探索していたのだが、まさかの道路の旧線を見つけてしまった。現在の矢立峠は国道7号線が動脈として通っているが、冬季の過酷さや道路幅の拡張などからたびたび道路の改変が行われきた。道の駅矢立峠を通り過ぎてすぐの場所に一つ目の旧線を
奥羽本線矢立峠旧線区間第2回探索日2024.10.05公開日2026.04.15所在地青森県平川市矢立第一隧道2024/10/0510:18《現在地》第六平川橋梁から南に1キロほど進むと小さなペンションの廃墟が並んだ場所が現れる。そこで山を見ると矢立第一隧道の坑口が見えるという。が、完全に時期を誤ったようだ。10月上旬はまだ草木が生い茂っており、とてもじゃないが坑口は見えず、入り込める隙間すらなさそうだった。廃墟と同
奥羽本線矢立峠旧線区間第1回探索日2024.10.05公開日2026.04.08所在地青森県平川市秋田と青森を結ぶ地青森県と秋田県の境にある矢立峠。明治の中期に東北縦断を目指して奥羽本線は青森と福島の双方から工事が進められた。明治36年6月には青森側から勧められた工事によってはじめて秋田県にも鉄路を及ぼし、ついに陣場までの間が開通に至った。その後順調に鉄路を伸ばした奥羽本線は今でも東北の日本海側で幹線として重要な役割を果たしている。
五所川原駅の謎のホーム探索日2024.08.08公開日2026.04.01所在地青森県五所川原市車両の来ないホーム2024/08/0815:47《現在地》私はかねてより鉄道というものが好きで、たびたび近くの五所川原駅へと足を運ぶのだが、その中であるものを発見した。現役線よりも古そうなホーム!の切れ端…途中で明らかに切られたホームがひっそりと残っているのである。今回はこの謎のホームについて調査する。第一次現地調査2
下北交通大畑線最終回探索日2024.11.03公開日2026.03.25所在地青森県むつ市大畑踏切と落とし物2024/11/0309:18《現在地》正津川駅を出て大畑側に100メートルほど進むと大き目な市道に突き当たる。そこにはこれまでで一番大きな踏切の跡が残っていた。レールなども現役当時のまま、遮断機だけが切り離された踏切だ。レールの部分は手前は草が生い茂っているものの、中央付近は隙間もありまだ使えそうなほどだ。廃止された踏切
下北交通大畑線第8回探索日2024.11.03公開日2026.03.18所在地青森県むつ市正津川橋梁2024/11/0309:05《現在地》踏切跡から数百メートルほど大畑側へ移動すると軌道跡は正津川にぶつかる。ここは川の両岸とも立ち入れるため探索難易度は高くない。私はより容易な大畑側から入り込んでいるが、ここは皆さんの判断次第だ。正津川を跨ぐのはこれまでとうって変わってコンクリートで作られた正津川橋梁である。大畑線唯一のコン
下北交通大畑線第7回探索日2024.11.03公開日2026.03.11所在地青森県むつ市出戸川橋梁撤退!2024/11/0308:46《現在地》枯れ木のようなツタに侵食された橋は奇妙そのものだった。それこそ急にツタが動き始めて足をつかまれて・・・こんなくだらない妄想(←現地では本当に思ったんだよ!)をしながらこの先は進めまいと撤退を決意した。そして帰りの道中でふと下を見てしまった。高ぇ!この橋思ってた以上に高
下北交通大畑線第6回探索日2024.11.03公開日2026.03.04所在地青森県むつ市出戸川橋梁2024/11/0308:40《現在地》1939年に開通した大畑線だがその工事の中で最も障害となったのが出戸川だった。そこそこ広い川幅とすでに川沿いに整備された国道279号線を跨ぐ必要があり、巨大な橋を架ける必要があった。そこで整備されたのが出戸川橋梁である。見よ!これが出戸川橋梁の雄姿である!ここまでの大畑線にはなか
下北交通大畑線第5回探索日2024.11.03公開日2026.02.25所在地青森県むつ市もぬけの殻2024/11/0308:25《現在地》前回あのような不吉な終わり方をしたが実はこれもぬけの殻でした。どうやら巣が作られてからかなりの時間がたっているようで、なんの危害も無かった。驚かしやがって。え?そんなことは道でもいいから早く本編へ入れって?それでは長い前置きはここまでにして駅舎探索へと移ろう。実はこの駅舎は
下北交通大畑線第4回探索日2024.11.03公開日2026.02.18所在地青森県むつ市車の墓2024/11/0308:00《現在地》田名部駅を出ると軌道はそのまま緩いカーブを描きながら街の郊外へと抜ける。ここもこれまで通り軌道跡がくっきりと残されており、いたるところに木製の柱が立ったまま放置されていた。なかでもこの柱は信号か何かをつけていたのか、電気設備が取り付けられたままになっていた。電柱など早急に撤去されそうなものだが、こ
下北交通大畑線第3回探索日2024.11.03公開日2026.02.11所在地青森県むつ市対岸からの景色2024/11/0307:28《現在地》下北側からの渡河を諦め、ぐるっと国道279号線を通って対岸へとやってきた。流れの小さな水面にはその姿が映し出されている。おそらく開業から架け替えられていないであろう橋は今年で86年を迎える。第一・三径間を緑に覆われながらもここに歴史があったことを伝える者としての定めを全うしているのかもしれ
下北交通大畑線第2回探索日2024.11.03公開日2026.02.04所在地青森県むつ市田名部川橋梁(仮称)2024/11/0307:15《現在地》仲町の車道化区間も1,5キロ程で終わりを迎え、再び路盤は緑へと戻る。ちょうど写真に写っている緑の広場が大畑線が走っていた場所である。地図によればこの先に田名部川があり、大畑線はここを渡っていたと考えられる。恥ずかしながら今回の探索はメインの大間線ばかりを事前調査しており、大畑線につい
廃線レポ下北交通大畑線第1回探索日2024.11.03公開日2026.01.28所在地青森県むつ市大間線唯一の開通区間かつて下北には本州最北を目指した路線が存在した。1921年に大湊線が開業したことを皮切りに、翌年に発行された改正鉄道敷設法の別紙1号に「青森縣田名部ヨリ大畑ヲ經テ大間ニ至ル鐡道」として規定されたのが大間鉄道の始まりであった。下北交通大畑線はそんな鉄路の最初の区間として1937年に着工し、1939年に下北駅から大畑駅までの18キロ間が
旧梅田橋中編探索日2024.09.28公開日2025.01.14所在地青森県五所川原市新道と旧道2024/9/2810:04《現在地》旧橋なのか、はたまたただの堰なのか、二列の丸太が橋の下には眠っていた。もし旧橋だとすれば昭和27年以前の物となる。実際にその可能性を少し探ってみた。これは昭和14年の五所川原を記した地図で中央上に現在の中心街が記されている。右下寄りに梅田橋がある。地図によれば昭和14年の時点ではこの地に橋が架かってい
橋梁レポ旧梅田橋前編探索日2024.09.28公開日2025.01.07所在地青森県五所川原市ついに五所川原市を代表する古い橋が役目を終えようとしている。その橋の名は「梅田橋」。五所川原市の広田地区を流れる十川を跨ぐ小さな橋だ。驚くべきはその築造年。なんと昭和27年に建造されたのだ。西暦に直せば1952年のことである。今からおよそ72年前に建造されついにその役目に終止符を打とうとしている梅田橋。そんな橋が廃止される前に探索すべく、私は単身梅田橋へ
大間線木野部峠大間側攻略作戦後編探索日2025.05.17公開日2025.12.31所在地青森県むつ市未成の大橋2025/05/1712:34《現在地》前回の大石垣の場所から海側を見るとまた別世界が広がっていた。某不動産会社のキャラクター・ス〇モのような石たちはいったいどこから集まったのだろうか。これが石垣の穴部分の成れの果てだったり‥‥少し進むと今度は石垣自体がかなりの崩落を起こし、原型をとどめないほどになっていた。
このレポ-トは大間線〈未成線〉の続きです。本編をより楽しむためには大間線を読んでからこのレポを読むことをおすすめします。大間線木野部峠大間側攻略作戦前編探索日2025.05.17公開日2025.12.24所在地青森県むつ市挑むべき最後の敵2025/05/17《現在地》この日私の姿は半年前に完走した大間線にあった。レポも既に投稿済みだが、私には一つやり残したことがあった。それは木野部峠の大間側探索だ。前回は時間的制約からやむなくカットした
廃道レポ善知鳥古道探索日2024.11.02公開日2025.12.17所在地青森県青森市崎の道2024/11/0206:03《現在地》無数のテトラポットに囲まれた海岸線の先には善知鳥崎の岩場が海にせり出している。山側には人が歩ける道が存在していたが、、、現場にはロープが張られ、行く手をふさいでいる。そんなものお構いなしに釣りのおじちゃんはずかずかと入り込んでいった。どうもここは絶好の釣りスポットらしい。そしてロープが張られていた理由
善知鳥前隧道後編探索日2024.11.02公開日2025.12.10所在地青森県青森市青森側坑口2024/11/0206:03《現在地》青森側の坑口はロックシェッドにより全体的に暗く、不気味な印象だ。元々はロックシェッドもなく、浅虫側同様装飾が施されていたのだろうか、上部の見えないところには立派な額縁が取り付けられていた。坑口には下水道圧送管と書かれた標識が立っていた。今でもこの隧道は脈々と生きているのだろう。この設備がなくなった時にこの
善知鳥前隧道中編探索日2024.11.02公開日2025.12.03所在地青森県青森市禍々しさを背負い・・2024/11/0206:03《現在地》洞内に入ると外から見ていた雰囲気よりも禍々しさが増して居づらしさを感じた。出口が見えているので特に何も問題ないだろうと思っていたが、それ以外にも洞内には気味の悪さが漂っていた。壁面は何やら黄ばんでおり、気持ち悪さを演出している。いたるところから漏れ出る水分はこの隧道の古さと残りの寿命が短いこと
隧道レポ善知鳥前隧道前編探索日2024.11.02公開日2025.11.26所在地青森県青森市改廃に改廃を重ねた隧道たち2024/11/02青森市からかねてよりの温泉地・浅虫に行くためには、ここ善知鳥(うとう)崎を越えなければならない。読みは”ぜんちどり”ではないようだ。善知鳥崎はかねてより「親不知子不知に匹敵する」といわしめるほどの難所であり、この地の攻略には多くの人々が携わってきた。そんな中、昭和8年に竣工された「善知鳥前隧道」はかつて
大間線〈未成線〉最終回探索日2024.11.02公開日2025.11.19所在地青森県風間浦村続く路盤と釜ノ沢2024/11/0215:05《現在地》焼山隧道から帰還し、目の前には焼山沢橋梁が伸びている。路盤はこのまま橋を渡り国道へと接近していく。今回は橋は渡らずに国道からの接近を行う。国道に躍り出てしばらく走ると線路敷きの石垣が国道に向かってせり出してくる。その後は桑原まで並走することなる。道中地図にもならないような小さな沢を跨ぐ暗渠が
大間線〈未成線〉第20回探索日2024.11.02公開日2025.11.12所在地青森県風間浦村焼山の中心2024/11/0214:58《現在地》入洞から70メートルほどで地面の様子が少し変わった。終始乾いた印象であったが、ここは昔見た月の地面のようだった。そしてあろうことか、地面には黒い二本の筋が残っているのである。この轍は一体いつつけられたものなのだろうか。実はこの大間側坑口は今から30年ほど前までは開口していたとされ、出入りができ
大間線〈未成線〉第19回探索日2024.11.02公開日2025.11.05所在地青森県風間浦村2024/11/0214:47《現在地》焼山隧道の大畑側坑口封鎖を見届け、例の工事用道路を通って国道に抜けるとそこには小さな暗渠が残っていた。見た感じ暗渠としての仕事はすでに終えているようであるが、外見の保存状態はとても良い。車からでは見えない位置のためこれまであまり世に出ていなかったが無理もないな。そして街道添橋梁付近に止めた車まで国道を歩
大間線〈未成線〉第18回探索日2024.11.02公開日2025.10.29所在地青森県風間浦村街道添橋梁(仮称)2024/11/0214:38《現在地》大川尻沢橋梁から500メートルほど進むと小さな沢が現れる。その沢にはコンクリートの橋が架けられており、形状は大川尻沢橋梁とほぼ同等だったようだ。なぜ私がこのような言い回しかというと、、、やけに山肌が白い!!しかもこの白さは良くないやつだ。その答えは、橋は現存しない。斜
大間線〈未成線〉第17回探索日2024.11.02公開日2025.10.22所在地青森県風間浦村下風呂第二隧道2024/11/0214:24《現在地》下風呂第一隧道の閉塞点を見出し、その少し先の下風呂第二隧道へと進む。法面工事による基盤の消失は割と早く終わり、くっきりとした路盤と石垣が姿を現す。ここまでの大間線探索で一番の規模の石垣だ。ここまでといってもほとんど登場してこなかった石垣だが、体感として下風呂駅までは石垣が極端に少なく、それ以
大間線〈未成線〉第16回探索日2024.11.02公開日2025.10.15所在地青森県風間浦村下風呂の8連アーチ橋2024/11/0214:05《現在地》下風呂駅を後にすると再び橋が現れた。先ほどの橋と同じ規模のコンクリート橋は川を跨ぐのではなく道路を跨いでいる。いたるところから流れ出た石灰分は状態の悪さを物語っているが、約80年間現役の橋として機能している。これも大間線の特徴なのだが建造物の残っている割合が極端に多い。これはほかの未
大間線〈未成線〉第15回探索日2024.11.02公開日2025.10.08所在地青森県風間浦村下風呂温泉郷2024/11/0213:57《現在地》畑尻隧道から100メートルほど進むと北の一大温泉地・下風呂温泉郷に入る。大間線の遺構はそんな下風呂温泉の入り口から現れる。下風呂地区の境である小さな沢を跨ぐコンクリート橋が現れる。これこそが大間線の橋であり、現在でも利用されている数少ない遺構だ。単純なつくりの橋はいかにも戦時中の物らしく桁が