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園部城からの帰路気になってた地黄(じおう)陣屋跡へなかなかマニアックな場所に在る陣屋です。しかし侮るなかれ!石垣など立派なものでした現代になり、一部に中学校の体育館が在ったみたいだけど解体され、今は広い広場となってます跡地は、かなり広いよ喰違いの大手門跡「地黄陣屋を拠点とした能瀬氏の歴史は古く平安後期に、多田満仲の一族がこの地(能勢)に入り土着化し、国基の時に能勢郡を拝領、はじめて能勢氏を名乗り(能瀬国基)、丸山城を本拠としました。時代が過ぎ、城主は16代能瀬頼次と
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行しています御城印集めのひとり旅を九州・沖縄地方の百名城についてまとめました▶続きはライブドアブログに掲載しています全国御城印コレクション⑥【九州・沖縄地方の百名城】:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~お城を巡りながら集めている御城印のコレクション記録です今回は九州・沖縄地方の百名城・続百名城をまとめました✅が御城印入手済みですお城の名前から記事へ移動できます《福岡県》✅福岡城(百名城No.85
みなさん、おはようございます本日もゆるっとお付き合いくださいませ①のつづきですこの洲本城山城なので『ある程度の覚悟』はしてたけど思ってたよりハードやったもちろんスニーカーを履いて来たけどなかなかの上り坂『はあはあ』言いながら登って来た先に見つけた看板『ん?んん?』『んんん⁉️』なんと‼️『お城は現在整備中のためこの先からは登城出来ません‼️』と言った感じの内容が書かれてるいやいや、ちょっと待って私ら結構、がんばってここまで登ってきたよ今、ここでそれを言い
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行しています御城印集めのひとり旅を中国・四国地方の百名城についてまとめました▶続きはライブドアブログに掲載しています全国御城印コレクション⑤【中国・四国地方の百名城】:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~お城を巡りながら集めている御城印のコレクション記録です今回は中国・四国地方の百名城・続百名城をまとめました✅が御城印入手済みですお城の名前から記事へ移動できます《鳥取県》☐鳥取城(百名城No.63)☐
この旅の5城目は新宮城。松阪駅から移動して来ました新宮駅新宮駅到着後、まず徒歩で阿須賀神社にむかいました。阿須賀神社続いて新宮城です。現在の地に築城したのは浅野忠吉であり、一国一城令により一度廃城した後、忠吉が再築城した新宮城には、大・小の天守や二ノ丸などがあったそうです石垣松ノ丸西口鐘ノ丸東口鐘ノ丸(二ノ丸)鐘ノ丸西口本丸虎口本丸本丸腰曲輪(屏風折れ)城からの眺め丹鶴姫之碑新宮
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行しています御城印集めのひとり旅を関西地方の百名城についてまとめました▶続きはライブドアブログに掲載しています全国御城印コレクション④【関西地方の百名城】:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~お城を巡りながら集めている御城印のコレクション記録です今回は関西地方の百名城・続百名城をまとめました✅が御城印入手済みですお城の名前から記事へ移動できます《滋賀県》✅小谷城(百名城No.49)✅彦根城(国宝・百
いや〜今日はお休みを取っていたので〜兵庫へお城巡り!🏯先ずは、忠臣蔵でお馴染み、播州赤穂城へ!その後、蜂須賀小六のお城、龍野城へ!最後は、明石城!遠くには、明石海峡大橋も〜!そしていよいよ明日は〜例の城を〜!😊
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行しています御城印集めのひとり旅を北陸・東海地方の百名城についてまとめました▶続きはライブドアブログに掲載しています全国御城印コレクション③【北陸・東海地方の百名城】:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~お城を巡りながら集めている御城印のコレクション記録です今回は北陸・東海地方の百名城・続百名城をまとめました✅が御城印入手済みですお城の名前から記事へ移動できます《富山県》✅高岡城(百名城No.33)✅
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行しています御城印集めのひとり旅を関東・甲信越地方の百名城についてまとめました▶続きはライブドアブログに掲載しています全国御城印コレクション②【関東・甲信越地方の百名城】:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~お城を巡りながら集めている御城印のコレクション記録です今回は関東・甲信越地方の百名城・続百名城をまとめました✅が御城印入手済みですお城の名前から記事へ移動できます《茨城県》☐水戸城(百名城No.1
いつも「カッキーは全国を旅するブログ」をご覧くださいましてありがとうございます。9月連休を利用した「日本海北陸関西めぐり」のお泊まりマイカー旅は、2日目の夜を迎えました。この日もリアル登城とGPS攻略を予定通りこなすと、ヘトヘトになってしまったね。そんな「ヘトヘトになった小生」を見越して、宿泊施設で夕食をいただくことにしました。京都府舞鶴市に宿泊この日の最後にGPS攻略したのが、「行永城(ゆきながじょう)」京都府舞鶴市行永にあり、16世紀前期に「延永修
本編のホームページに、三浦海岸・福寿寺の散策記をアップしました。本編のホームページはこちらです:http://cf916626.cloudfree.jp/index.html2012年12月、三浦半島先端東側の剱崎を訪れました。この日は元々、神奈川県横須賀市の久里浜から千葉県の浜金谷までの東京湾フェリーに乗り、千葉県の陣屋巡りをしようと思っていました。しかし、久里浜のフェリー乗り場に行ったのですが、冬型の気圧配置が強く、強風の為フェリーが欠航になっていました。そこで、急遽、剱崎を
ブログ更新の励みになりますのでポチッと応援をお願いします🙏にほんブログ村旅4日目は、沖縄でもお城めぐりを楽しんだりやっと大好きな沖縄そばにありつけたり普天間基地のオスプレイを見たりたくさん刺激を受けました簡単投稿にて
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行しています御城印集めのひとり旅を北海道・東北地方の百名城についてまとめました▶続きはライブドアブログに掲載しています全国御城印コレクション①【北海道・東北地方の百名城】:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~お城を巡りながら集めている御城印のコレクション記録です今回は北海道・東北地方の百名城・続百名城をまとめました✅が御城印入手済みですお城の名前から記事へ移動できます《北海道》☐根室半島チャシ跡群(百
皆様こんばんは元宝塚の花影アリスです。20年前の思い出が突然届いた日昨日、ファスティングのサポートをさせていただいている方から、とても嬉しいご連絡をいただきました「CSのタカラヅカ・スカイ・ステージで、宙組公演『維新回天・竜馬伝!』の新人公演が放送されてましたよ」と。今から約20年も前の新人公演が今も放送されているなんて…と驚きつつも、一気に当時の記憶が蘇ってきました芸者役に込めた思いと、京都での特別な学び『竜馬伝!』では、本公演で高杉晋作の恋人「おうの」役
この旅の4城目は津城。松阪駅から近鉄山田線で津新町駅に向かいます津新町駅駅から徒歩約12分で津城到着です。藤堂高虎公像慶長13年(1608年)に藤堂高虎が入城し、城の大改修に着手し、以後明治維新まで藤堂氏の居城となったそうです丑寅櫓復元されましたが、史実を無視した観光用の模擬櫓ということです石垣石垣と犬走石垣と堀入徳門藩校有造館の正門だったものが移築現存しています。埋門高山神社藤堂高虎を祀っています。
今回の目的地だった園部城跡園部城は、江戸時代は園部藩の陣屋として機能し、明治に入って正式に築城された「日本最後の城」と呼ばれています現在は京都府立園部高等学校の敷地となり、巽櫓、城門の櫓門(高校の校門)、番所、太鼓櫓(八木町の安楽寺に移築)など一部の建物が現存しています校門が現存の櫓門なんて!羨まし過ぎて滅(笑)(番所)(本丸巽櫓)曲輪の段差(切岸)現在はプールだけど、ここは濠だった所洒落てるね~
土曜日急きょ、お仕事がキャンセルになったので、小田原へ行ってきましたまずは、お昼を食べましょうTVで観たばかりの「だるま料理店本店」さんへ運良く、お店の隣にあるコインパーキングが空いてました。待ち時間も、10分くらいで入店できました。お店の中もレトロで素敵でした。お刺身と天丼のセットにしました。とっても美味しかったですご馳走さまでした。お昼を食べたら、移動します。小田原城近くのコインパーキングに、またまた運良く停めることができました小田原城立派な城です今
存在は知られていたが、ずっと幻とされていた指月伏見城の石垣が数年前に発掘され!ニュースになりましたね~発掘現場の一般公開へ参加したかったなぁこちらは、団地の一角に以前より再現されてる復元石垣。この団地の周囲(敷地)を発掘調査すると!石垣が発見されたのです当時、団地を立てる前に調査していたら、もっと出てきたのでは?城跡としては見に行く事が出来ませんが!とりあえず御城印は出てたので購入
コンカルノーを後にして、近場のカルナックで巨石群を軽く見学してからロアール峡谷にやって来ました。ここには100を超えるお城があるそうです。どうせ東に戻るなら来た時と同じではなく違うルートで、せっかくだからお城巡りを、そしてどうせならお城ホテルに泊まってしまおう、という計画です。夫にお城ホテルに泊まってそこでディナーを食べる、なんて言ったら即却下されるので、ギリギリまで秘密(笑)でも結局はディナーも気に入って、ドイツ料理の豪快な大盛りもいいけど、やっぱりフランス料理は繊細で味も
長崎県の旅~日本百名城巡りの71城目は平戸市の「平戸城」です。別名亀岡城とも呼ばれているそうです。平戸瀬戸に突き出た丘の上に立つ海に囲まれた美しい城です。1718年平戸藩松浦家の31代篤信の時代に築城され、山鹿流と呼ばれる特別な軍学に基づいて設計された日本で唯一の珍しい城郭として知られています。明治時代に建物は一度取り壊されましたが、昭和の時代に天守閣や櫓が再建され現在の美しい姿に生まれ変わりました。城内には平戸藩ゆかりの貴重な甲冑や刀剣、歴史資料が展示されてお
過去に二度訪れた淀城跡(投稿済み)ですが、つい先日!御城印が発売されたので、買いに立ち寄って来ました以前は撮らなかった内堀側からの天守台を
以前訪れた高槻城跡しかし、当時はまだ御城印が出てなかったつい先日、気が付くと!発売されていることが分かったので、近くを通った序でに購入しました以前、工事していた「高槻城公園芸術文化劇場」も出来ていた何となく、城を模した造りが良い感じです今回は歴史についての書き込みは割愛です(高山右近の像)「しろあと歴史館」にて(移築門)(野見神社)
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行していますひとり旅の記録を九州・沖縄エリアについてまとめました▶続きはライブドアブログに掲載していますひとり旅の記録⑥【九州・沖縄編】:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~ひとり旅の記録を九州・沖縄エリアについてまとめました《福岡県》東海・山陽ひとり旅【全6回】福岡県は⑥北へ南へひとり旅【全17回】福岡県は⑥熊本と広島ひとり旅【全7回】福岡県は①山陽ひとり旅【全7回】福岡県は①~②福
瀬戸内海の海水を引き入れたお堀が特徴的な、日本三大水城の一つです🌊お堀には何と、黒鯛などの海の魚が泳いでおり水族館の様な雰囲気があります🐟国の重要文化財に指定されている艮櫓、月見櫓、水手御門、渡櫓、披雲閣があるほか、国の名勝に指定されている披雲閣の庭園があります🍀2006年には「日本100名城」にも選定されました🤩他にも、戦争中に焼失した桜御門(さくらごもん)の復元再建が2022年に完成し、着々と観光スポットとしての整備が進められています🌟高松駅からも徒歩五分というアクセスの良さ🚃高
銀色の旅8日目今日は何日?何曜日?すっかり分からなくなってます。本日は9月26日(土)ですよ〜外は雨☔朝イチで向かうのは、大養パン店🥐宿から車で5分くらいです。ややっ!お城が出てきた♪何城だろう。パンを買ったら見に行こう。駐車場あり〼早朝からやってます。人気店なので、次から次へと入れ替わりで車がやって来ます。パンの種類が豊富。サバサンドが有名?ノマディカも春と秋にイベントやったり、ツーリングマップルでも紹介されてる♪雨でテラス席は雨で座れないねコーヒーも買いました。
2026.8.4.駐車場が山上に在るのでアクセスは楽です先ずは模擬天守へ向かいます(模擬櫓門)模擬ですが、立派な櫓門です石垣も模擬です櫓門の前に二の丸喰違いを抜けると本丸です(模擬天守)付櫓タイプですが、何となく清州城の模擬天守に似てるな南北朝動乱の頃(約680年前)南朝方、河野氏の砦として、土肥義昌が延元二年(1337)鷲尾山(城山)に川之江城を築いた。興国三年(1342)北朝方、細川頼春が讃岐より七千の兵を率いて攻めてきた。義昌は出城の畠山城主由良
2026/09/14長野市にある松代城(まつしろじょう)へ行って来ました。城の南側にある無料駐車場に車を停めて、見学スタート。「南三日月堀」「外堀」「二の丸南門」「内堀」「太鼓門」「本丸」「武者走り」「戌亥隅櫓台(本丸側)」「戌亥隅櫓台からの眺め(西側)」「戌亥隅櫓台からの眺め(東側)」「北不明門」「二の丸」「戌亥隅櫓台(二の丸側)」
2009年頃のテレビ番組で「ロケみつ」という番組がありました。新潟では深夜にやっていました。ワタクシ、コレが好きで毎回楽しみにしていました。特に桜・稲垣早希さんの西日本横断ブログ旅が最高に面白かったです。ワタクシがエヴァンゲリオンを見るようになったのは彼女の影響なのです。その番組で通過ポイントになったのが今回紹介する食堂かめっちです。岡山県久米郡美咲町にある小さな食堂です。あれから17年たっていますが当時のままです!こういうお店です。黄福定食700円を選択
☆このブログは記事本文をライブドアブログへ移行していますひとり旅の記録を中国・四国エリアについてまとめました▶続きはライブドアブログに掲載していますひとり旅の記録⑤【中国・四国編】:ぼっち旅~ひとり旅の記録と健康への道~ひとり旅の記録を中国・四国エリアについてまとめました《岡山県》山陽ひとり旅【全7回】岡山県は④~⑤《広島県》熊本と広島ひとり旅【全7回】広島県は⑥~⑦山陽ひとり旅【全7回】広島県は③ほかのエリアはこちら北海道・東北
みくるです昨晩の大河ドラマ『豊臣兄弟!』第37回「秀長の国」では、待ちに待った秀長の郡山入りが描かれました奈良県民として、そして最近ずっと郡山城や秀長ゆかりの場所を巡っている私としては、楽しみにしていた回です。そして今回、思わず「あっ!」となった場面がありました。秀長が手を合わせたお地蔵さま郡山城の築城を進めるなか、石材として運び込まれたお地蔵さまに、秀長が静かに手を合わせる場面がありました。ドラマの中では「さかさ地蔵」という名前は出てきません。でも郡山城を知っている人なら、「これは