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本屋敷錦吾1935年10月31日~兵庫県神戸市東灘区出身、右投右打、内野手本屋敷錦吾は長嶋茂雄、杉浦忠とともに「立教三羽烏」と呼ばれ、立教大学黄金時代を主将として支えた。兵庫の名門、芦屋高校から立教大学、そしてプロ野球の阪急・阪神で活躍した、卓越した守備と高い野球頭脳を持つ選手でした。◎甲子園で全国制覇を経験芦屋高校時代、本屋敷氏は在学中に甲子園に3回、国体に3回出場という華々しい実績を残した。特に2年時の1952年夏、第34回全国高校野球選手権大会では、
阪急ブレーブスユニフォームギャラリーシリーズ#52025年5月5日に5個目の投稿。そんな第5回目は阪急ブレーブス「1970年代中盤に黄金時代を築いた勇者達①」です。今回は阪急ブレーブスの投手陣を見ていきます。西本幸雄監督の元で1967年に初優勝、そこから3連覇。1971年、72年と2連覇した阪急ブレーブス。梶本隆夫選手、米田哲也選手、足立光宏選手、石井茂雄選手が投手陣を支えてました。しかし、山田久志選手が台頭してきたものの、梶本隆夫選手は1972年に引退、石井茂雄選手は太平洋クラブラ
思い出のプロ野球選手、今回は「吉沢俊幸」選手です1970年代後半から80年代中盤まで阪急を中心に活躍し、野球のエリートコースを進んできましたが、控えとして渋い働きを見せ、内野、外野共に守りました。昭和20年代生まれの選手紹介は、これが最後となります。【吉沢俊幸(よしざわ・としゆき)】生年月日:1954(昭和29)年7月23日入団:阪急('76・ドラフト3位)経歴:日大三高-早大-阪急('77~'85)-南海('86)通算成績:740試合打率.19811